説明

底質の改質方法

【課題】スラグによる沿岸海域の環境を改質する分野において、硫化物や窒素が多い底質に対し、製鋼スラグを用いて、アンモニア臭などを発生させることなく、汚泥からの硫化水素臭などの悪臭や硫化物の溶出を、長期間に亘り安定的に抑制する方法を提供する。
【解決手段】硫化物を含有する底質に対し、製鋼スラグを投入して混合し、底質の表層から20cm以上を底質と製鋼スラグの混合物とし、前記混合物のpHを8.3〜9.3の範囲とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製鋼スラグを用いて、硫化物を含む底質を改質する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
環境保全のため、排水や土壌に関しての環境基準が設けられているが、水底の底質に関しての環境基準は現状では設けられていない。しかしながら、近年の環境問題に対する関心の高まりは、湖沼や海域などの環境水や、海域環境における底質の改質に向いている。そして、従来から、様々な環境水の浄化方法や底質の改質方法が検討されてきた。ここに、環境水の浄化に関しては、一定の浄化方法が開発されて、実用化されているが、底質の改質については、未だ種々の問題を抱えている。
【0003】
底質には、生活排水や農薬からの流入により、硫化物等のSが含まれる場合が多いことが報告されているが、場合によっては、有毒かつ悪臭の硫化水素が発生する懸念がある。例えば、上述したような底質の改質については、石灰を散布したり、覆砂を施すなどの方法がある。しかしながら、石灰の散布は、散布の直後に一定の効果が発揮されるものの、長期間の持続性に問題がある。また、その散布量が多すぎると、底質中に窒素含有物質を多く含む場合は、アンモニア臭が発生するなどの問題がある。
【0004】
また、覆砂を施す場合、粒度の小さい砂状スラグを用いると、環境水の塩基度が高くなった際に固化したり、硫化物の固定効果が限定的と言った問題があるばかりでなく、アンモニア臭発生のリスクには何らの効果も発揮しない。一方、粒度の大きいスラグを用いると、生物の生息には好適で、硫化物の一定の固定効果があるが、比表面積が小さいために、大量のスラグを必要とする。
【0005】
これらの問題に対して、特許文献1に、リンの溶出を確実に抑制し、更に、硫化水素臭やアンモニア臭の発生も抑制可能な海底底質からのリンの溶出抑制方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2008−175008号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上記の特許文献1は、製鋼スラグの直上水のpH管理を常時必要とし、また、製鋼スラグによって対象となる底質を覆うだけなので、台風や高潮などの海流の急激な変化が起こると、その効果が一気に失われてしまうといった問題があった。
【0008】
本発明は、上記した現状に鑑み開発されたもので、スラグによる沿岸海域の環境を改質する分野において、内部湾の海域、生活排水が流入する河川・湖沼水域および養殖水域などの硫化物や窒素が多い底質に対し、製鋼スラグを用いることによって、アンモニア臭などを発生させることなく、汚染された底質(汚泥等)からの硫化水素臭などの悪臭や硫化物の溶出を、長期間に亘り安定的に抑制する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.硫化物を含有する底質に、製鋼スラグを混合し、底質の表層から20cm以上を底質と製鋼スラグの混合物とし、前記混合物のpHを8.3〜9.3の範囲とすることを特徴とする底質の改質方法。
【0010】
2.対象とする底質の硫化物濃度が、乾泥状態で0.1質量%以上であることを特徴とする前記1に記載の底質の改質方法。
【0011】
3.前記製鋼スラグのCaO/SiO比が、0.1〜3であることを特徴とする前記1または2に記載の底質の改質方法。
【0012】
4.前記製鋼スラグが、脱リンスラグであることを特徴とする前記1〜3のいずれかに記載の底質の改質方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、硫化物や窒素が多い底質に対して、製鋼スラグを用いることで、アンモニア臭などを発生させずに、長期間に亘り安定的に、汚染された底質(汚泥等)からの硫化物溶出を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】実施例の試験フローを示す図である。
【図2】硫化物などの濃度を測定する要領を示す図である。
【図3】脱水泥(脱水した底質)と転炉スラグを混合した場合における、養生時間とアンモニアガス濃度との関係を示すグラフである。
【図4】脱水泥と転炉スラグを混合した場合における、養生時間と硫化水素ガス濃度との関係を示すグラフである。
【図5】脱水泥と転炉スラグを混合した場合における、養生時間と直上水の硫化物濃度との関係を示すグラフである。
【図6】脱水泥と転炉スラグを混合した場合における、養生時間と直上水のpHとの関係を示すグラフである。
【図7】生泥(そのままの状態の底質)と転炉スラグを混合した場合における、養生時間とアンモニアガス濃度との関係を示すグラフである。
【図8】生泥と転炉スラグを混合した場合における、養生時間と硫化水素ガス濃度との関係を示すグラフである。
【図9】生泥と転炉スラグを混合した場合における、養生時間と直上水の硫化物濃度との関係を示すグラフである。
【図10】生泥と転炉スラグを混合した場合における、養生時間と直上水のpHとの関係を示すグラフである。
【図11】脱水泥および生泥と脱リンスラグを混合した場合における、養生時間とアンモニアガス濃度との関係を示すグラフである。
【図12】脱水泥および生泥と脱リンスラグを混合した場合における、養生時間と硫化水素ガス濃度との関係を示すグラフである。
【図13】脱水泥および生泥と脱リンスラグを混合した場合における、養生時間と直上水の硫化物濃度との関係を示すグラフである。
【図14】脱水泥および生泥と脱リンスラグを混合した場合における、養生時間と直上水のpHとの関係を示すグラフである。
【図15】製鋼スラグを底質に混合した際の効果をイメージしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明は、硫化物を含有する底質に、製鋼スラグを混合し、底質の表層から20cm以上を底質と製鋼スラグの混合物とし、前記混合物のpHを8.3〜9.3の範囲とすることで、この混合物を再利用することができる。
ここに、本発明は、硫化物を含有する底質を採取して、この底質に製鋼スラグを混合し、再び、採取場所に戻すことも他の場所で使用することもできる。また、硫化物を含有する底質に直接、製鋼スラグを投入して海底で混合することもできる。
【0016】
底質とは、湖沼、海洋等の水域における水底の表層のことを言う。具体的には、水底を構成している堆積物や岩石のことであり、主に、川岸などの侵食で生じた砂泥が、川の流れによって運ばれ、海洋の水底に堆積した砂泥や、生物の遺骸、不溶性塩などで形成されている。内陸部が都市化している場合の生活排水や、農薬の含有した排水などにより、底質には、硫化物が含まれていることが多く、窒素含有化合物も含まれていることが多い。また、表層土類や岩盤類の間隙水、および表層土類や岩盤類の直上に蓄積した不溶物や直上水を調べることで水質汚濁の状況などが分かる。なお、間隙水とは、表層土類や岩盤類の間に存在している水のことで、含有水とも言う。
【0017】
製鋼スラグとは、高炉で製造された銑鉄を鋼にする過程で副生するスラグであって、工程により成分の異なったスラグが発生し、大きく分けて、転炉スラグと溶銑予備処理スラグがある。溶銑予備処理スラグは、さらに脱珪スラグ、脱硫スラグ、脱リンスラグに分けられる。また、転炉スラグは、脱炭スラグとも呼ばれる。
【0018】
本発明では、上述した底質と製鋼スラグとを混合して、底質に含まれる硫化物をアンモニア臭などの発生のおそれなしに、改質して固定することができる。また、底質と製鋼スラグを混合することで、当該底質は、長期間に亘り安定的に硫化物の溶出、硫化水素の発生が抑制される。
なお、その際の混合方法は、以下に説明する条件を除けば、従来公知の方法のいずれもが好適に使用できる。
【0019】
本発明において、最も重要なことは、上記混合の際に、混合物のpHを、8.3〜9.3の範囲に調整することである。
というのは、pHが9.3を超えると、アンモニア臭が発生してしまい、一方、pHが8.3に満たないと、硫酸還元菌の抑制効果が薄れてしまうからである。好ましくは、8.3〜9.0の範囲である。硫酸還元菌は、嫌気的環境で有機物を分解し、そこで生じた電子を用いて硫酸塩を還元する微生物であり、硫酸還元菌の抑制効果が薄れると、硫酸塩は硫化物イオンにまで還元され、硫化水素として発生したり、金属イオンと反応して硫化物を生成したりするためである。
また、具体的な調整手段としては、スラグの種類、粒度、配合比率を抑制する方法がある。
【0020】
本発明は、特に、上述したように、Sの固定能力に優れているため、前記した底質に含まれる硫化物の濃度を、乾泥における硫化物濃度のS換算で0.1質量%以上の底質に対し行うことができる。好ましくは、S換算で0.3質量%以上である。
【0021】
本発明では、製鋼スラグのCaO/SiO比を、0.1〜3の範囲とすることが好ましい。
というのは、CaO/SiOの比が、0.1に満たないと、Caイオンが不足して、S固定効果が薄れる。一方、CaO/SiOの比が、3を超えると、前記混合物のpHが9.3以上となるおそれがある。従って、製鋼スラグのCaO/SiO比を、0.1〜3の範囲とすることが好ましい。より好ましくは、0.5〜3の範囲である。
【0022】
本発明で、製鋼スラグとは、転炉スラグや溶銑予備処理スラグを単独または混合した製鋼スラグ100%が望ましいが、高炉スラグや土砂などが混入していても良い。なお、上記高炉スラグや土砂などの製鋼スラグ以外の混入物は、製鋼スラグに対して40%未満とすることが好ましい。但し、40%以上であっても、予備実験などで、前記混合物のpHが、8.3〜9.3の範囲に調整されれば用いることができる。
【0023】
また、本発明に用いる製鋼スラグの粒径に特段の限定はないが、平均粒径で5〜20mm程度の範囲が好ましい。
【0024】
本発明では、上述したように、製鋼スラグは混合物でもよいが、前述したように、製鋼スラグのなかでも、溶銑予備処理中に発生する脱リンスラグとすることが最も好ましい。
というのは、アルカリ負荷が少なく、pH上昇が抑制され、前記混合物のpHを制御しやすいからである。
【実施例1】
【0025】
図1に、本試験のフローを示す。
同図に示したように、まず、製鋼スラグ(以下、単にスラグという)と底質(採取ままの泥、脱水泥)を混合する。この混合物を広口ビンに入れた後、上から海水を注いで、所定の期間養生する。養生後、硫化物等以下の項目を測定する。
なお、上記混合は、上記広口ビンに入れたあと、手動で攪拌棒によりかき混ぜて混合した。
なお、図2に、上記養生時と、硫化物等の測定時の要領を示す。
また、底質として本試験に使用した採取したままの泥(生泥)の含水率は342.6%であった。底質として、この生泥と、脱水した泥を用いた。表1に、本試験に使用した底質の性状を示す。表2に、製鋼スラグの性状、表3に、試験条件をそれぞれ示す。
【0026】
測定項目は、直上水のpH、直上水の硫化物濃度(酸揮発性硫化物濃度)、直上雰囲気の硫化水素ガス濃度、直上雰囲気のアンモニアガス濃度である。測定方法は、以下のとおりである。
【0027】
直上水のpH
JIS Z 8802に準拠して行なった。
【0028】
直上水の硫化物濃度
北川式硫化物用検知管を用いた。
【0029】
硫化水素ガス濃度
硫化水素用検知管を取り付けたガステック製GV100S気体採取器を用いて、測定した。
【0030】
アンモニアガス濃度
アンモニア用検知管を取り付けたガステック製GV100S気体採取器を用いて、測定した。
【0031】
【表1】

【0032】
【表2】

【0033】
【表3】

【0034】
図3〜6に、試験No.1〜4の直上水のpH、直上水の硫化物濃度、直上雰囲気の硫化水素ガス濃度、直上雰囲気のアンモニアガス濃度の測定結果を養生時間との関係でグラフに示す。
【0035】
図7〜10に、試験No.5〜8の直上水のpH、直上水の硫化物濃度、直上雰囲気の硫化水素ガス濃度、直上雰囲気のアンモニアガス濃度の測定結果を養生時間との関係でグラフに示す。
【0036】
図11〜14に、試験No.1およびNo.5とNo.9およびNo.10の直上水のpH、直上水の硫化物濃度、直上雰囲気の硫化水素ガス濃度、直上雰囲気のアンモニアガス濃度の測定結果を養生時間との関係でグラフに示す。
【0037】
以上の結果より、本発明に従った条件で底質の改質を行った場合は、そのいずれもが、アンモニアガスおよび硫化水素ガスの発生を効果的に抑制しつつ、底質中の硫化物を固定させていることが分かる。
【0038】
図15に、製鋼スラグを底質に混合した時の効果をイメージしたグラフを示す。同図より、低塩基度スラグ(脱リンスラグ)が、S固定効果とアンモニア臭の発生の抑制に対して、極めて有効であることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫化物を含有する底質に、製鋼スラグを混合し、底質の表層から20cm以上を底質と製鋼スラグの混合物とし、前記混合物のpHを8.3〜9.3の範囲とすることを特徴とする底質の改質方法。
【請求項2】
対象とする底質の硫化物濃度が、乾泥状態で0.1質量%以上であることを特徴とする請求項1に記載の底質の改質方法。
【請求項3】
前記製鋼スラグのCaO/SiO比が、0.1〜3であることを特徴とする請求項1または2に記載の底質の改質方法。
【請求項4】
前記製鋼スラグが、脱リンスラグであることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の底質の改質方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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