説明

延命評価モデル

【課題】延命評価に適した非ヒト動物モデルの簡便かつ効率的な作製方法。
【解決手段】MDA−MB−361などの乳癌細胞株を、マウスなどの非ヒト動物の頭蓋内に移植することを特徴とする非ヒト動物モデルの作製方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、簡便かつ効率的に、延命効果を評価できる非ヒト動物モデルの作製方法および、これを用いる抗癌剤のスクリーニング方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
乳癌による死亡の原因のほとんどは、原発腫瘍の増殖より、むしろ転移腫瘍によるものである。そして乳癌の主な転移部位は、脳、リンパ節、肺、骨、及び肝臓である。転移先での腫瘍の増殖を制御する事ができれば、乳癌による死亡率を低減させる事ができる。
【0003】
現在のところ、転移を伴う乳癌に対する効果的な治療法は非常に限られている。有効な治療の開発が進まない原因の1つは、種々の治療法を適切に評価できる動物モデルが少ないことである。(非特許文献1)。
【0004】
抗癌剤を始めとする多くの抗腫瘍活性を示す物質は腫瘍増殖を抑制する薬理作用と共に、生体内の正常臓器の生理を悪化させる有害作用を保有している。その為、動物モデルで腫瘍増殖を阻害する活性だけで抗腫瘍活性を評価しては、有害作用について見過ごす事になり、臨床での延命効果に繋がり難い。よって動物モデルにおいて、真に臨床で有益な治療法を評価するには、腫瘍の増殖阻害だけでなく、宿主個体の生存期間で治療法を評価する必要がある。
【0005】
ヒト乳癌を由来とする多くの細胞株が知られているが(非特許文献2)、多くの細胞株は非ヒト動物に移植しても、生着・増殖を示さず、(非特許文献3)。また、生着を示すヒト乳癌細胞株でも、そのほとんどは、生着率の低さ、増殖速度の遅さ、またはそれらの各個体間のばらつきの大きさの影響をうけやすく、延命効果を評価する動物モデルを作製するのは困難であった。
【0006】
また、延命効果を評価する動物モデルとして、モデル動物の乳腺脂肪組織内(非特許文献4)もしくは背部皮内(非特許文献5)に腫瘍を増殖させるモデルが知られているが、臨床では原発腫瘍の増殖が原因で死亡する例はほとんどなく、モデルとしての臨床との同等性は極めて低い。また、乳癌細胞(MDA−MB−231)を左心室内に移植して、大腿骨内で増殖させたモデル(非特許文献6)でも延命効果を評価し得るが、本法は移植に高度な技術上の習熟が要求され簡便性は低い。また手技上の原因で動物が死亡する率も高く(非特許文献7)、動物愛護上の観点からもより効率の高い作製方法が望まれている。なお、脳内移植モデルとしては、グリオーマを脳内に移植したものが知られている(非特許文献8)。
【0007】
従って、乳癌の治療法の創製・改良の為には、臨床との同等性の高い、より簡便な新しい動物モデルが求められる。本発明はこのような課題を満たし、さらに他の関連した解決法を提供する。
【非特許文献1】Nat.Rev.Cancer、2002年、第2巻、563−572ページ
【非特許文献2】Breast.Cancer.Research and Treatment、2004年、第83巻、249−289ページ
【非特許文献3】J.Clin.Pathol、2002年、第55巻、294ページ
【非特許文献4】Cancer.Res.2003年、第63巻、7630ページ、
【非特許文献5】Cancer.Gene.Therapy.2000年、第7巻、384ページ
【非特許文献6】Cancer.Res.1995年、第55巻、3551ページ
【非特許文献7】Cancer.Res.1995年、第48巻、6876ページ
【非特許文献8】Cancer.Res.2005年、第65巻、7194ページ
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、乳癌の治療法の延命効果を簡便に高い再現性で評価できる、臨床との同等性の高い動物モデルを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、多くの乳癌細胞株を様々な手法で非ヒト動物に接種し、延命効果を評価するためのモデル系の構築を検討したところ、特定の乳癌細胞株を非ヒト動物の頭蓋内に注入すれば、高効率で腫瘍が生着・増殖を示し、個体差の影響による生存期間のばらつきが小さく、全ての個体が比較的短期間で死亡することを見出した。そしてこの動物モデルに、抗腫瘍活性を持つ物質を投与する事により延命効果が確認できることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
すなわち本発明は、乳癌細胞株を非ヒト動物の頭蓋内に注入することを特徴とする、延命効果の評価に適した非ヒト動物モデルの作製方法を提供するものである。
また本発明は、このような動物モデルを用いた抗腫瘍効果を持つ物質のスクリーニング方法や、チロシンキナーゼ阻害剤のスクリーニング方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ヒト乳癌細胞の脳転移を再現した動物モデルが作製できる。この動物モデルを用いれば、多くの抗腫瘍活性を持つ物質の中から特に延命効果に優れた物質を的確にスクリーニングする事ができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明に用いられる動物は、非ヒト動物であれば特に制限されないが、実験動物としての情報量、取り扱い性等の点から、ラット、マウス等のげっ歯類が好ましい。
【0013】
げっ歯類の中でも、異種であるヒトの乳癌細胞を移植する際には、特に免疫不全マウス、もしくは免疫不全ラットが好ましい。例えば、ヌードマウス、SCIDマウス、NODマウス、beigeマウス、またはそれらと他のマウスとを掛け合わせたマウス、もしくはヌードラットなどを挙げることができる。
【0014】
まず本発明においては、非ヒト動物の頭蓋内に外来乳癌細胞を移植する。移植操作は麻酔下に行うのが好ましい。頭蓋における癌細胞の注入部位は、大脳実質が好ましい。
【0015】
移植に用いられる外来乳癌細胞としては、株化されている乳癌細胞が好ましい。一般的に乳癌細胞は生体内で増殖しにくいことはしられており、通常の背部皮下や乳腺部脂肪組織内への移植でも生着・増殖の効率は芳しくない。特に脳は他の臓器と異なり隔離された環境にあるので、本発明の実施においては株の選択に注意を要する。そのような好ましい細胞株の例としては、例えば、MDA−MB−361、BT−474などが挙げられる。
【0016】
また、本発明に用いる乳癌細胞株は、その目的に応じて適宜選択することができる。例えば、被検対象が、チロシンキナーゼレセプター(EGFR、HER2、HER4など)の阻害に基づく抗腫瘍作用を有するものであれば、レセプターを発現する乳癌細胞株(例えば、MDA−MB−361、BT−474)を選択すれば良い。
【0017】
移植に際しては、通常乳癌細胞を懸濁液として調製し、1×102〜1×1010個/ml程度を注入するのが好ましい。また注入手段は特に制限されず、注射針により注入するのが好ましい。
【0018】
上記の操作により、頭蓋内には移入細胞由来の腫瘍が生着させることができる。そして、このような動物モデルは、個体差に依ることなく、腫瘍の増殖や、生理活性に起因して、比較的短期間に死亡することが確認された。これらの点から、本発明の方法により作製した動物モデルは延命効果の評価に適した動物モデルであることがわかる。また、宿主動物に痩身、活動性低下、体温低下などの末期癌患者に酷似した症状が観察される。これらの点は本モデル系が臨床での乳癌脳転移の状態をよく反映したモデルであると考えられる。
【0019】
このように、本発明方法によれば、簡便な操作により再現性よく、臨床での乳癌脳転移をよく反映したモデルが得られる。このモデルに抗腫瘍活性を持つ化合物を投与すると、生存期間の延長が観察された。このように本モデル系に被験物質を投与し、その生存日数を観察することにより、より有効な抗癌剤のスクリーニングが可能となる。
【0020】
被験物質の投与手段は、経口、静脈内、腹腔内、皮下等への投与でもよく、また脳内への局所投与でもよい。
【0021】
本動物モデルにおける抗腫瘍効果の評価は投与された個体の生存期間を指標になされるが、その他にも組織学的検査、コンピューター断層写真撮影装置(CT)、核磁気共鳴画像法(MRI)、もしくはマーカー遺伝子などで標識した乳癌細胞を用いた生体内イメージング技術により、脳内での腫瘍増殖を定量し、その増殖程度を以って、なされた治療法の有効性を評価することができる。なお、本モデルによって評価される治療法には、一般的な抗癌剤と同様の低分子物質の投与による治療だけでなく、遺伝子や蛋白質の投与による治療、免疫賦活作用のある物質や免疫細胞の移入による治療、放射線の照射による治療、外科的な技術による治療などが含まれる。
【実施例】
【0022】
以下に実施例を示し、本発明をさらに詳しく説明するが、これらは単なる例であって本発明を何ら限定するものではない。
【0023】
1.材料および方法
(1)細胞培養
液体窒素中で凍結保存していたヒト乳癌細胞、MDA−MB−361(ATCC、ヴァージニア、USA)のバイアルを37℃の湯槽に入れ、速やかに解凍した。融解した細胞を培養液(Dulbeccos modified MEM)(ナカライテスク、京都)に20%の非働化したFetal Bovine Serum(FBS、Hyclone、ユタ、USA)、及び1/100 v/vの5000 units/ml Penicillin−5000μg/ml Streptomycin溶液(インビトロジェン、カリフォルニア、USA)を添加したもの)で1回洗浄した後、培養フラスコに入れ、培養器(37℃、5% CO)中で培養を開始した。細胞が十分に増殖したら、PBS(Phosphate Buffered Saline、Sigma−Aldrich、ミズーリ、USA)で2回洗浄した後、Trypsin−EDTA溶液(インビトロジェン)を加え、室温で2〜3分反応させて培養基質より剥がし、継代を行った。通常1:2〜4の比率で、5〜10日間隔で継代した。移植するのに十分な細胞数が得られるまで増えるまで継代を繰り返した。
【0024】
(2)移植用細胞の調整
継代時と同様にフラスコより細胞を剥がし、得られた細胞懸濁液を遠心分離(1000rpm、5min.、室温)して、細胞を回収した。これらの細胞をFBSを含まない培養液で3回洗浄した後、懸濁液をセルストレイナー(Becton、Dickinson and Company、ニュージャージー、USA)に通し、凝集した細胞塊を除いた。血球計算板を用いて細胞数を計数した後、再度、遠心分離し、上清を除き、2.6 × 10cells/mLになるように、FBSを含まない培養液で再懸濁した。
【0025】
(3)移植
入荷後、一定の順化飼育期間を得たヌードマウス(BALB/cA Jcl−nu/nu、雌、6週齢、日本クレア、東京)を用意した。移植はジエチルエーテルによる麻酔下で行った。まずヌードマウスの頭部を70%エタノールで拭き、清浄にした後、先に調製した癌細胞懸濁液を30Gの注射針(Becton、Dickinson and Company、ニュージャージー、USA)を装着した微量注射筒(Hamilton、ネバダ、USA)を使用して、マウスの右大脳半球内(正中より2 〜5 mm右側、前背側大脳静脈より2〜 5 mm、 深さ3〜 5 mm)に25μl(6.5 x 10cells)注入した。
【0026】
(4)群構成
ここでは2種のキナゾリン骨格を持つチロシンキナーゼ阻害剤である、化合物X、及びYの投与による抗腫瘍効果を評価し、比較する。群構成を表1に示す。移植後23日目に各群の体重が同等になるように群分けを行った。
【0027】
【表1】

【0028】
(5)投薬用懸濁液の調製
ヌードマウスの体重10gあたり0.1mLの投与容量を基準として、各群の薬液の濃度を算出した。それぞれの薬液は以下のように調製した。まず秤量した各化合物をメノウ乳鉢に入れ、塊が無くなるまで乳棒で擂り潰した。ここに媒体(0.5w/v% Methyl Cellulose 400cP Solution (和光純薬、大阪))を少量ずつ加えて、化合物と混和し、各化合物の最大濃度の懸濁液を調製した。この液を媒体で希釈して低濃度懸濁液を調製した。全ての薬液は冷蔵庫内で保管し、2週間以内に使用した。
【0029】
(6)投薬、及び観察
群分け日より連日、被検化合物の経口投与を行った。5〜9日ごとに一度、体重を測定し、直近の体重を元に投与量を調節した。観察は連日行い、各個体の生死を確認した。急激な体重減少、著しい活動性の低下、体温低下などの人道的エンドポイントを示した個体は安楽死の対象とした。経時的な生存個体数の変動を図1に示す。また、各群の平均生存日数を算出し下記に示す式に従い、生存延長率 [%]を求めた。観察終了後、各個体の生存日数をSASソフトウェア(SAS Institute、ノースキャロライナ、USA)によりログランク検定で統計解析した結果と共に表2に示す。
【0030】
【表2】

【0031】
2.結果及び考察
化合物Xは最高用量である200mg/kgでも有意な延命効果を示し得なかったが、化合物Yは最高用量である80 mg/kgではおよそ150 %の有意な生存延長効果を示した。また、その半量の40mg/kgでは有意ではないものの(P=0.07)、生存延長率は200mg/kg化合物Xを超えており、化合物Yの延命効果は化合物Xより優れているという事が確認できた。このように本動物モデルを用いる事により化合物投与による延命効果が評価され、また化合物間の優劣を示す事が可能となった。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】各投薬群の生存曲線を示した図である。(実施例1)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
乳癌細胞株を非ヒト動物の頭蓋内に移植することを特徴とする非ヒト動物モデルの作製方法。
【請求項2】
非ヒト動物が、げっ歯類である請求項1記載の非ヒト動物モデルの作製方法。
【請求項3】
乳癌細胞株が、MDA−MB−361である請求項1または2のいずれかに記載の非ヒト動物モデルの作製方法。
【請求項4】
非ヒト動物が延命評価に適したものである請求項1〜3のいずれかに記載の非ヒト動物モデルの作製方法。
【請求項5】
請求項1に記載の方法で作製した非ヒト動物モデルを用いた抗癌剤のスクリーニング方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−55796(P2009−55796A)
【公開日】平成21年3月19日(2009.3.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−223632(P2007−223632)
【出願日】平成19年8月30日(2007.8.30)
【出願人】(000001926)塩野義製薬株式会社 (229)