説明

延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法

【課題】高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、延性と穴広げ性に優れ、高降伏比である溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】成分組成は、質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上2.4%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.01%以上0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、フェライトが94%以上、マルテンサイトが2%以下であり、フェライトの平均結晶粒径が10μm以下、フェライトのビッカース硬度が140以上、かつ、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物の平均結晶粒径が0.5μm以下、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物のアスペクト比が2.0以下であることを特徴とする延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の産業分野で使用される部材として好適な延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保護意識の高まりから、自動車のCO排出量削減に向けた燃費改善が強く求められている。これに伴い、車体材料の高強度化での薄肉化を図り、車体を軽量化しようとする動きが活発となってきている。しかしながら、鋼板の高強度化により、延性や穴広げ性の低下が懸念される。このため、高延性と高穴広げ性を併せ持つ高強度鋼板の開発が望まれている。さらに、側面衝突時の乗員保護に対応する耐座屈性確保の観点から、高降伏比の鋼板に対する要望も高くなっている。また、防錆性を考慮した部材では高強度溶融亜鉛めっき鋼板のニーズが高まっている。
【0003】
高強度鋼板の穴広げ性の向上に対して、例えば特許文献1では、化学成分を規定し、複合組織中のフェライトの面積率と結晶粒径、フェライト中に存在する微細析出物のサイズと量および残留オーステナイトの面積率を規定することにより、材質安定性と穴広げ性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法が提案されている。また、高強度鋼板の穴広げ性の向上および降伏比の上昇に対して、特許文献2では、化学成分を規定し、マルテンサイト、残留オーステナイトおよびベイナイトの硬質相組織がフェライトマトリックス中に微細分散した複合組織を造り込むことにより、成形性に優れた高強度熱延鋼板および高強度溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法が提案されている。さらに、特許文献3では、化学成分を規定し、フェライトが主体の組織でTi量とC量との比を制御することにより、疲労特性と伸びフランジ性に優れた熱延鋼板およびその製造方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2008−291314号公報
【特許文献2】特開2001−335892号公報
【特許文献3】特開2008−274416号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1では、穴広げ性の向上を主目的としているため、延性の向上および降伏比の上昇については考慮されていない。また、特許文献2、3では、穴広げ性の向上と降伏比の上昇について考慮しているが、延性の向上については検討されていない。そのため、高延性と高穴広げ性と高降伏比を兼ね備えた高強度溶融亜鉛めっき鋼板の開発が課題となる。
【0006】
本発明は、かかる事情に鑑み、高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、延性と穴広げ性に優れ、高降伏比である溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、延性と穴広げ性に優れ、高降伏比である溶融亜鉛めっき鋼板を得るべく鋭意検討を重ねたところ、以下のことを見出した。
【0008】
フェライトを主体とした組織にSiを添加することにより、フェライト自体の加工硬化能向上による延性の向上と、フェライトの固溶強化による強度確保および第二相との硬度差低減による穴広げ性の向上が可能となった。また、フェライトの結晶粒界に存在するセメンタイト等の炭化物のサイズとアスペクト比を制御することで、打ち抜きによる穴あけ加工時に発生するマイクロボイドの量を低減させ、さらに穴広げ加工時の亀裂伝播を抑制させ、更なる穴広げ性の向上を可能とした。加えて、マルテンサイトの分率を低く抑えた組織を造り込むことで、高降伏比が可能となった。以上のことにより、引張強度TSが590MPa以上の強度レベルの鋼板に対して、高延性と高穴広げ性を有し、さらに高降伏比を有することが可能となった。
【0009】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、以下の特徴を備えている。
【0010】
[1]成分組成は、質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上2.4%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.01%以上0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、フェライトが94%以上、マルテンサイトが2%以下であり、フェライトの平均結晶粒径が10μm以下、フェライトのビッカース硬度が140以上、かつ、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物の平均結晶粒径が0.5μm以下、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物のアスペクト比が2.0以下であることを特徴とする延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0011】
[2]さらに、鋼組織を3000倍の走査型電子顕微鏡で観察した際に、結晶粒内に炭化物を5個以上含むフェライトの結晶粒が0.005個/μm以上存在することを特徴とする前記[1]に記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0012】
[3]さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.05%以上1.0%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.05%以上1.0%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする前記[1]または[2]に記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0013】
[4]さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0014】
[5]さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする前記[1]〜[4]のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0015】
[6]さらに、成分組成として、質量%で、Ta:0.001%以上0.010%以下、Sn:0.002%以上0.2%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする前記[1]〜[5]のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0016】
[7]さらに、成分組成として、質量%で、Sb:0.002%以上0.2%以下を含有することを特徴とする前記[1]〜[6]のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【0017】
[8]前記[1]、[3]〜[7]のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを仕上出側温度850℃以上で熱間圧延し、450〜600℃で巻き取った後、酸洗し、600〜750℃の温度域で50〜550s保持して焼鈍した後、冷却し、次いで、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0018】
[9]溶融亜鉛めっきを施した後、470〜600℃の温度域で亜鉛めっきの合金化処理を施すことを特徴とする前記[8]に記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0019】
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%は、すべて質量%である。また、本発明において、「高強度溶融亜鉛めっき鋼板」とは、引張強度TSが590MPa以上である溶融亜鉛めっき鋼板である。
【0020】
また、本発明においては、合金化処理を施す、施さないにかかわらず、溶融亜鉛めっき方法によって鋼板上に亜鉛をめっきした鋼板を総称して溶融亜鉛めっき鋼板と呼称する。すなわち、本発明における溶融亜鉛めっき鋼板とは、合金化処理を施していない溶融亜鉛めっき鋼板、合金化処理を施した合金化溶融亜鉛めっき鋼板の両方を含むものである。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、延性と穴広げ性に優れ、高降伏比である溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板を、例えば、自動車構造部材に適用することにより車体軽量化による燃費改善を図ることができ、産業上の利用価値は非常に大きい。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に、本発明の詳細を説明する。
【0023】
一般に、軟質なフェライトと硬質なマルテンサイトとの二相組織構成では、延性の確保は可能であるが、フェライトとマルテンサイトの硬度差が大きいために、十分な穴広げ性が得られないことが知られている。また、DP組織(フェライト+マルテンサイト)では、高い降伏比が得られないことが知られている。一方、フェライトを主体とし、第二相をセメンタイト等の炭化物とすることにより、硬度差が大きい異相界面の量を低減することで穴広げ性が確保され、かつマルテンサイトを含まないことで高い降伏比が得られるものの、十分な強度と延性が得られないことが知られている。そこで、本発明者は、フェライトを主体とし、第二相を、マルテンサイト分率を低く抑え、セメンタイト等の炭化物を主体とする組織構成として、Siを積極活用することでフェライトの固溶強化による強度の確保と、フェライト自体の加工硬化能向上による延性の確保の可能性に着目し検討を行った。加えて、フェライトの結晶粒界に存在するセメンタイト等の炭化物のサイズおよびアスペクト比を小さくすることで、打ち抜きによる穴あけ加工時に発生するマイクロボイドの量を低減させ、さらに穴広げ加工時の亀裂伝播を抑制させ、更なる穴広げ性の向上の可能性に着目し検討を行った。その結果、引張強度TSが590MPa以上の強度レベルの鋼板に対して、高延性と高穴広げ性を有し、さらに高降伏比を有することが可能となった。
【0024】
以上が本発明を完成するに至った技術的特徴である。
【0025】
そして、本発明は、成分組成は、質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上2.4%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.01%以上0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、フェライトが94%以上、マルテンサイトが2%以下であり、フェライトの平均結晶粒径が10μm以下、フェライトのビッカース硬度が140以上、かつ、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物の平均結晶粒径が0.5μm以下、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物のアスペクト比が2.0以下であることを特徴とする。
【0026】
(1)まず、成分組成について説明する。
【0027】
C:0.04%以上0.13%以下
Cはオーステナイト生成元素であり、組織を複合化し、強度と延性向上に主要な元素である。C量が0.04%未満では、強度の確保が難しい。一方、C量が0.13%を超えて過剰に添加すると、伸びフランジ割れの起点となる炭化物の量が増加し、穴広げ性が低下する。よって、Cは0.04%以上0.13%以下とする。好ましくは0.06%以上0.11%以下である。
【0028】
Si:0.9%以上2.3%以下
Siはフェライト生成元素であり、フェライトの固溶強化に有効な元素でもある。強度と延性のバランスの向上およびフェライトの硬度確保のためには0.9%以上の添加が必要である。しかしながら、Siの過剰な添加は、赤スケール等の発生により表面性状の劣化や、めっき付着・密着性の劣化を引き起こす。よって、Siは0.9%以上2.3%以下とする。好ましくは、1.0%以上1.8%以下である。
【0029】
Mn:0.8%以上2.4%以下
Mnは、鋼の強化に有効な元素である。また、オーステナイト生成元素であり、Mn量は0.8%未満では強度の確保が難しい。一方、2.4%を超えて過剰に添加すると、伸びフランジ割れの起点となる炭化物の量が増加し、穴広げ性が低下する。また近年、Mnの合金コストが高騰しているため、コストアップの要因にもなる。Mnは0.8%以上1.8%以下が好ましく、より好ましくは1.0%以上1.8%以下である。
【0030】
P:0.1%以下
Pは、鋼の強化に有効な元素であるが、0.1%を超えて過剰に添加すると、粒界偏析により脆化を引き起こし、耐衝撃性を劣化させる。また0.1%を超えると合金化速度を大幅に遅延させる。従って、Pは0.1%以下とする。
【0031】
S:0.01%以下
Sは、MnSなどの介在物となって、耐衝撃性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因となるので極力低い方がよいが、製造コストの面からSは0.01%以下とする。
【0032】
Al:0.01%以上0.1%以下
Alは、鋼を脱酸させるために添加される元素であり、AlNによる熱間圧延後の鋼組織を微細化し、材質を改善するために有効な元素である。Al量が0.01%に満たないとその添加効果に乏しくなるため、下限を0.01%とする。しかしながら、Alの過剰な添加は、酸化物系介在物の増加による表面性状や成形性の劣化を招き、コスト高にもなるため、Alは0.1%以下とする。
【0033】
N:0.008%以下
Nは、鋼の耐時効性を最も大きく劣化させる元素であり、少ないほど好ましく、0.008%を超えると耐時効性の劣化が顕著となる。従って、Nは0.008%以下とする。
【0034】
残部はFeおよび不可避的不純物である。ただし、これらの成分元素に加えて、以下の合金元素を必要に応じて添加することができる。
【0035】
Cr:0.05%以上1.0%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.05%以上1.0%以下から選ばれる少なくとも1種
Cr、V、Mo、Ni、Cuは鋼の強化に有効な元素であり、本発明で規定した範囲内であれば鋼の強化に使用して差し支えない。その効果は、Crは0.05%以上、Vは0.005%以上、Moは0.005%以上、Niは0.05%以上、Cuは0.05%以上で得られる。しかしながら、Crは1.0%、Vは0.5%、Moは0.5%、Niは1.0%、Cuは1.0%を超えて過剰に添加すると、第二相の分率が過大となり著しい強度上昇による延性および穴広げ性の低下の懸念が生じる。また、コストアップの要因にもなる。したがって、これらの元素を添加する場合には、その量をそれぞれCrは0.05%以上1.0%以下、Vは0.005%以上0.5%以下、Moは0.005%以上0.5%以下、Niは0.05%以上1.0%以下、Cuは0.05%以上1.0%以下とする。
【0036】
更に、下記のTi、NbおよびBのうちから選ばれる1種以上の元素を含有することができる。
【0037】
Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種
Ti、Nbは鋼の析出強化に有効な元素である。その効果は、Tiは0.01%以上、Nbは0.01%以上で得られる。しかしながら、Tiは0.1%、Nbは0.1%を超えて過剰に添加すると、第二相の分率が過大となり著しい強度上昇による延性および穴広げ性の低下の懸念が生じる。また、コストアップの要因にもなる。従って、Ti、Nbを添加する場合には、その添加量をTiは0.01%以上0.1%以下、Nbは0.01%以上0.1%以下とする。
【0038】
Bは鋼の強化に有効な元素であり、その効果は、0.0003%以上で得られる。しかしながら、Bは0.005%を超えて過剰に添加すると、第二相の分率が過大となり著しい強度上昇による延性および穴広げ性の低下の懸念が生じる。また、コストアップの要因にもなる。したがって、Bを添加する場合には、その量を0.0003%以上0.005%以下とする。
【0039】
Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種
CaおよびREMは、硫化物の形状を球状化し穴拡げ性への硫化物の悪影響を改善するために有効な元素である。この効果を得るためには、それぞれ0.001%以上必要である。しかしながら、過剰な添加は、介在物等の増加を引き起こし表面および内部欠陥などを引き起こす。したがって、Ca、REMを添加する場合は、その添加量はそれぞれ0.001%以上0.005%以下とする。
【0040】
Ta:0.001%以上0.010%以下、Sn:0.002%以上0.2%以下から選ばれる少なくとも1種
Taは、TiやNbと同様、合金炭化物や合金炭窒化物を形成して高強度化に寄与するのみならず、Nb炭化物やNb炭窒化物に一部固溶し、(Nb,Ta)(C,N)のような複合析出物を形成することで、析出物の粗大化を著しく抑制して、析出強化による強度への寄与を安定化させる効果があると考えられる。そのため、Taを添加する場合は、その含有量を0.001%以上とすることが望ましい。しかし、過剰に添加した場合、上記の析出物安定化効果が飽和するのみならず、合金コストが上昇するため、Taを添加する場合は、その含有量を0.010%以下とすることが望ましい。
【0041】
Snは、鋼板表面の窒化、酸化、あるいは酸化により生じる鋼板表層の数10μm領域の脱炭を抑制する観点から添加することができる。このような窒化や酸化を抑制することで鋼板表面においてマルテンサイトの生成量が減少するのを防止し、疲労特性や耐時効性を改善させる。窒化や酸化を抑制する観点から、Snを添加する場合は、その含有量は0.002%以上とすることが望ましく、0.2%を超えると靭性の低下を招くため、その含有量を0.2%以下とすることが望ましい。
【0042】
Sb:0.002%以上0.2%以下
SbもSnと同様に鋼板表面の窒化、酸化、あるいは酸化により生じる鋼板表層の数10μm領域の脱炭を抑制する観点から添加することができる。このような窒化や酸化を抑制することで鋼板表面においてマルテンサイトの生成量が減少するのを防止し、疲労特性や耐時効性を改善させる。窒化や酸化を抑制する観点から、Sbを添加する場合は、その含有量は0.002%以上とすることが望ましく、0.2%を超えると靭性の低下を招くため、その含有量を0.2%以下とすることが望ましい。
【0043】
(2)次に、ミクロ組織について説明する。
【0044】
フェライトの面積率:94%以上
良好な延性と穴広げ性を確保するためには、フェライトは面積率で94%以上必要である。
【0045】
マルテンサイトの面積率:2%以下
高い降伏比と良好な穴広げ性を確保するためには、マルテンサイトは面積率で2%以下にする必要がある。
【0046】
フェライトの平均結晶粒径:10μm以下
所望の強度を確保するためには、フェライトの平均結晶粒径が10μm以下である必要がある。
【0047】
フェライトのビッカース硬度:140以上
所望の強度と良好な穴広げ性を確保するためには、フェライトのビッカース硬度が140以上である必要がある。好ましくは、フェライトのビッカース硬度が150以上である。
【0048】
フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物の平均結晶粒径:0.5μm以下
良好な穴広げ性を確保するためには、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物の平均結晶粒径が0.5μm以下である必要がある。
【0049】
フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物のアスペクト比:2.0以下
良好な穴広げ性を確保するためには、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物のアスペクト比が2.0以下である必要がある。
【0050】
鋼組織を3000倍の走査型電子顕微鏡で観察した際に、結晶粒内に炭化物を5個以上含むフェライトの結晶粒:0.005個/μm以上
より高い降伏比を確保するためには、鋼組織を3000倍の走査型電子顕微鏡で観察した際に、結晶粒内に炭化物を5個以上含むフェライトの結晶粒が0.005個/μm以上存在することが好ましい。3000倍の倍率で観察するのは、この倍率が降伏比を高める作用のある炭化物の観察と個数算出に適した倍率であるためである。
【0051】
なお、フェライト、マルテンサイト、セメンタイト等の炭化物以外に、ベイニティックフェライト、パーライト、球状化したパーライト、残留オーステナイト等を生じる場合があるが、上記のフェライトの面積率およびマルテンサイトの面積率等が満足されていれば、本発明の目的を達成できる。
【0052】
(3)次に、製造方法について説明する。
【0053】
本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、上記の成分組成範囲に適合した成分組成を有する鋼スラブを仕上出側温度850℃以上で熱間圧延し、450〜600℃で巻き取った後、酸洗し、600〜750℃の温度域で50〜550s保持して焼鈍した後、冷却し、次いで、溶融亜鉛めっきを施し、必要に応じて、溶融亜鉛めっきを施した後、470〜600℃の温度域で亜鉛めっきの合金化処理を施す方法によって製造できる。
【0054】
以下、詳細に説明する。
【0055】
上記の成分組成を有する鋼は、通常公知の工程により、溶製した後、分塊または連続鋳造を経てスラブとし、熱間圧延を施して熱延板とする。スラブの加熱については、特に条件を限定しないが、例えば1100〜1300℃に加熱後、仕上出側温度を850℃以上で熱間圧延を施し、450〜600℃で巻き取る。
【0056】
熱延仕上出側温度:850℃以上
熱延仕上出側温度が850℃未満の場合、フェライトが圧延方向に伸長した組織となるとともにセメンタイト等の炭化物のアスペクト比が大きくなり、穴広げ性が低下する。そのため、熱延仕上出側温度を850℃以上とする。
【0057】
巻取温度:450〜600℃
巻取温度が450℃未満の場合、熱延組織において、マルテンサイトやベイナイトの硬質相が大半を占め、最終的に焼戻しマルテンサイトおよびベイナイトが多い組織となり、著しい強度上昇によって、延性および穴広げ性が低下する。さらに、その後の焼鈍処理後、3000倍の走査型電子顕微鏡で鋼組織を観察した際、結晶粒内に炭化物を5個以上含むフェライトの結晶粒を0.005個/μm以上確保することが困難となり、高い降伏比が得られない。また、巻取温度が600℃を超えた場合、フェライトの結晶粒径が大きくなり、所望の強度が得られない。そのため、巻取温度は450〜600℃とする。
【0058】
前記で得た熱延板を、通常公知の方法で酸洗し、必要に応じては、脱脂などの予備処理を実施し、その後、以下の焼鈍を行なう。
【0059】
焼鈍:600〜750℃の温度域で50〜550s保持
本発明では、600〜750℃の温度域にて、具体的には、フェライト単相域で、50〜550s間保持して焼鈍する。焼鈍温度が600℃未満の場合や、保持時間(焼鈍時間)が50s未満の場合は、熱延時に生成されたパーライトが残存し、延性が低下する。一方、焼鈍温度が750℃を超えると、フェライトとオーステナイトの二相域での焼鈍となり、最終的に第二相の殆どがマルテンサイトに変態し、高降伏比が得られない。また、保持時間(焼鈍時間)が550sを超えると、結晶粒が粗大化し、所望の強度の確保が困難となる。そのため、焼鈍は600〜750℃の温度域で50〜550s保持する条件とする。
【0060】
焼鈍後、冷却し、鋼板を通常の浴温のめっき浴中に浸入させて溶融亜鉛めっきを行い、ガスワイピングなどで付着量を調整する。
【0061】
プレス成形性、スポット溶接性および塗料密着性を確保するために、めっき層中に鋼板のFeを拡散させた、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を製造するときは、溶融亜鉛めっきを施した後に、470〜600℃の温度域で亜鉛めっきの合金化処理を施す。
【0062】
合金化処理温度が600℃より高い場合、フェライトの結晶粒が粗大化し、所望の強度の確保が困難となる。また、合金化処理温度が470℃より低い場合は合金化が進行せず、合金化溶融亜鉛めっき鋼板が得られない。
【0063】
なお、本発明の製造方法における一連の熱処理においては、熱履歴条件さえ満足されれば、鋼板はいかなる設備で熱処理を施されてもかまわない。加えて、溶融亜鉛めっき後に、合金化処理を施す場合は合金化処理後に形状矯正のため本発明の鋼板に調質圧延をすることも本発明の範囲に含まれる。
【実施例】
【0064】
表1に示す成分組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を転炉にて溶製し、連続鋳造法にてスラブとした。得られたスラブを1200℃に加熱後、表2に示す仕上出側温度で2.3〜3.2mmの各板厚まで熱間圧延を行い、表2に示す巻取温度で巻き取った。次いで、得られた熱延板を酸洗し、連続溶融亜鉛めっきラインにより、表2に示す条件で焼鈍を行った後、溶融亜鉛めっきし、さらに表2に示す条件の合金化処理を施した溶融亜鉛めっき鋼板(合金化溶融亜鉛めっき鋼板、表3のめっき種:GA)を得た。一部、合金化処理を施さない溶融亜鉛めっき鋼板(表3のめっき種:GI)を得た。溶融亜鉛めっき浴はAl:0.14%含有亜鉛浴を使用し、浴温は460℃とした。亜鉛めっき量は、片面当たり45g/mに調整し、合金化処理は皮膜中Fe濃度が9〜12%になるように調整した。
【0065】
【表1】

【0066】
【表2】

【0067】
得られた溶融亜鉛めっき鋼板に対して、フェライト、マルテンサイトの面積率は、鋼板の圧延方向に平行な板厚断面を研磨後、3%ナイタールで腐食し、板厚1/4位置について、SEM(走査型電子顕微鏡)を用いて2000倍の倍率で10視野観察し、Media Cybernetics社のImage−Proを用いて各相の面積率を10視野分算出し、それらの値を平均して求めた。フェライトの平均結晶粒径は、上述のImage−Proを用いて、各々のフェライト結晶粒の面積を求め、円相当径を算出し、それらの値を平均して求めた。また、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物の平均結晶粒径は、TEM(透過型電子顕微鏡)で20個のフェライトの結晶粒界上に存在する炭化物を観察し、各々の炭化物の面積を求め、円相当径を算出し、それらの値を平均して求めた。さらに、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物のアスペクト比は、TEMで20個のフェライトの結晶粒界上に存在する炭化物を観察し、上述のImage−Proを用いて、各々の炭化物の長軸を短軸で除した値を平均して求めた。
【0068】
また、結晶粒内に炭化物を5個以上含むフェライトの結晶粒の数については、SEMを用いて鋼組織を3000倍の倍率で10視野を合計で10000μm観察し、結晶粒内に炭化物を5個以上含むフェライトの結晶粒の個数を求め、1μm当たりの個数に換算した。
【0069】
フェライトのビッカース硬度は、ビッカース硬度計を用いて荷重2g、負荷時間15sで測定した。フェライトの中央付近についてフェライト10粒子分の硬度を測定し、その平均値をフェライトのビッカース硬度とした。
【0070】
引張試験は、引張方向が鋼板の圧延方向と直角方向となるようにサンプルを採取したJIS5号試験片を用いて、JIS Z2241に準拠して行い、YS(降伏強度)、TS(引張強度)、EL(全伸び)を測定した。ここで、YR(降伏比)はYS/TSとする。延性は、TS×ELの値で評価した。なお、本発明では、YR≧0.75、TS×EL≧19000MPa・%の場合を良好と判定した。
【0071】
また、以上により得られた溶融亜鉛めっき鋼板に対して、穴広げ性を測定した。穴広げ性は、日本鉄鋼連盟規格JFST1001に準拠して行った。得られた各鋼板を100mm×100mmに切断後、クリアランス12%±1%で直径10mmの穴を打ち抜いた後、内径75mmのダイスを用いてしわ押さえ力8tonで抑えた状態で、60°円錐のポンチを穴に押し込んで亀裂発生限界における穴直径を測定し、下記の式から、限界穴広げ率λ(%)を求め、この限界穴広げ率の値から穴広げ性を評価した。
【0072】
限界穴広げ率λ(%)={(D−D)/D}×100
ただし、Dは亀裂発生時の穴径(mm)、Dは初期穴径(mm)である。なお、本発明では、λ≧80(%)の場合を良好と判定した。
【0073】
以上により得られた結果を表3に示す。
【0074】
【表3】

【0075】
本発明例の高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、いずれもTSが590MPa以上であり、延性および穴広げ性にも優れており、高降伏比である。一方、比較例では、強度、延性、穴広げ性、降伏比のいずれか一つ以上が劣っている。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明によれば、高強度(590MPa以上の引張強度TS)を有し、かつ、延性と穴広げ性に優れ、高降伏比である溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。本発明の高強度溶融亜鉛めっき鋼板を、例えば、自動車構造部材に適用することにより車体軽量化による燃費改善を図ることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成は、質量%でC:0.04%以上0.13%以下、Si:0.9%以上2.3%以下、Mn:0.8%以上2.4%以下、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.01%以上0.1%以下、N:0.008%以下を含有し、残部が鉄および不可避的不純物からなり、組織は、面積率で、フェライトが94%以上、マルテンサイトが2%以下であり、フェライトの平均結晶粒径が10μm以下、フェライトのビッカース硬度が140以上、かつ、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物の平均結晶粒径が0.5μm以下、フェライトの結晶粒界上に存在する炭化物のアスペクト比が2.0以下であることを特徴とする延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
さらに、鋼組織を3000倍の走査型電子顕微鏡で観察した際に、結晶粒内に炭化物を5個以上含むフェライトの結晶粒が0.005個/μm以上存在することを特徴とする請求項1に記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
さらに、成分組成として、質量%で、Cr:0.05%以上1.0%以下、V:0.005%以上0.5%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上1.0%以下、Cu:0.05%以上1.0%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
さらに、成分組成として、質量%で、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
さらに、成分組成として、質量%で、Ca:0.001%以上0.005%以下、REM:0.001%以上0.005%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項6】
さらに、成分組成として、質量%で、Ta:0.001%以上0.010%以下、Sn:0.002%以上0.2%以下から選ばれる少なくとも1種の元素を含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項7】
さらに、成分組成として、質量%で、Sb:0.002%以上0.2%以下を含有することを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項8】
請求項1、3〜7のいずれかに記載の成分組成を有する鋼スラブを仕上出側温度850℃以上で熱間圧延し、450〜600℃で巻き取った後、酸洗し、600〜750℃の温度域で50〜550s保持して焼鈍した後、冷却し、次いで、溶融亜鉛めっきを施すことを特徴とする延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項9】
溶融亜鉛めっきを施した後、470〜600℃の温度域で亜鉛めっきの合金化処理を施すことを特徴とする請求項8に記載の延性と穴広げ性に優れた高降伏比高強度溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2012−36497(P2012−36497A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−144093(P2011−144093)
【出願日】平成23年6月29日(2011.6.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】