説明

建築物の地震時応答解析方法及び建築物

【課題】簡易な方法で建築物の地震時応答解析を効率的、且つ精度良く行うことができる地震時応答解析方法を提供することを目的とする。
【解決手段】解放工学的基盤スペクトルと所定の増幅率とに基づいて任意の固有周期と地表面の加速度応答値との対応関係を示す基準応答スペクトルを求める基準応答スペクトル導出工程と、敷地の固有周期と基準応答スペクトルとに基づいて、任意の固有周期と加速度応答値との対応関係を示す設計用応答スペクトルを定める設計用応答スペクトル導出工程と、建築物の固有周期と設計用応答スペクトルとに基づいて地震時の建築物の応答解析を行う応答解析工程と、を含む建築物の地震時応答解析方法である。設計用応答スペクトルは、敷地の特定固有周期に対応する加速度応答値が基準応答スペクトルに一致すると共に、特定固有周期における加速度応答値が上限となり、且つ、基準応答スペクトルに内包されるように定められる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、解放工学的基盤または地震基盤の応答スペクトルと表層地盤での所定の増幅率とに基づいて求められる地表面での加速度応答スペクトルを用いて建築物の地震時応答解析を行う地震時応答解析方法及び該地震時応答解析方法に基づいて設計された建築物に関する。
【背景技術】
【0002】
建築物の耐震設計(構造計算)において、せん断波速度400m/sec程度の解放工学的基盤における加速度応答スペクトル(解放工学的基盤スペクトル)に表層地盤での非線形増幅特性を考慮して地表面での加速度応答スペクトルを算定する、いわゆる限界耐力計算が導入、運用されてきた。この限界耐力計算とは、建築物を一質点系に置き換えた上で、加速度応答スペクトルを用いて、地震時の応答値を予測し、応答値が損傷限界値・安全限界値以内に収まっているかを評価するための方法である。
【0003】
限界耐力計算において地盤による地震動増幅の影響を精度良く求める場合、従来は、1次元等価線形法、非線形逐次積分法または有限要素法などの難解な解析的方法(精算法)を行う必要があった(特許文献1参照)。しかしながら、これらの解析的方法は、高度な技術的知識を要し、時間や費用がかかるために実用的ではなかった。一方で、基盤に対する表層地盤の概略的な増幅率を求め、その増幅率と解放工学的基盤スペクトルとから地表面での加速度応答スペクトルを算出し、かかる加速度応答スペクトルに基づいて建築物の地震時の応答解析を行う手法(略算法)も知られている。例えば、「建設省告示平12−1457号第7の二」には、概略的な増幅率の算出方法が記載されている。なお、「建設省告示平12−1457号第7の二」には、難解な解析的方法(精算法)についての記載もあり、特許文献1に記載の表層地盤の増幅率を求める手順は、「建設省告示平12−1457号第7の二」に記載の精算法そのものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−250027号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら従来の略算法では、固有周期の違いに基づいて分類された第一種から第三種までの地盤ごとに増幅率を算出できるものの、表層地盤の固有周期の違いが地盤増幅に与える影響を充分に反映しているとは言えず、建築物の地震時応答解析を効率的、且つ精度良く行うための新たな方法が望まれていた。
【0006】
本発明は、以上の課題を解決することを目的としており、耐震設計に必要な地表面または基礎底面の地震動を得るための詳細な地震時応答解析を行わずに、簡易な方法で効率的、且つ精度良く行うことができる地震時応答解析方法及び該地震時応答解析方法に基づいて設計された建築物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、例えば、従来の略算法で採用されていたような簡易な方法で表層地盤の増幅率を求めて地表面での加速度応答スペクトル(基準応答スペクトル)を求めた場合、実地盤の特質測定データに基づく精算法によって導出された実応答スペクトルとの間で乖離が大きく、建築物の地震時応答解析を行うには精度的に不十分であることを知見した。一方で、従来の精算法で増幅率を求めることは実用的に不向きであるとの考えもあり、より効率的であり、且つ高い精度で建築物の地震時応答解析を行える方法について鋭意検討した。その結果、本発明者は実応答スペクトルと上述の基準応答スペクトルとの関係を検証して以下の特徴を見出した。第1に、表層地盤の固有周期以下では、実応答スペクトルは急激に落ち込み、基準応答スペクトルに対する乖離が大きくなる。第2に、表層地盤の固有周期を含む所定の範囲では、基準応答スペクトルに一致する傾向にある。第3に、表層地盤の固有周期を含む所定の範囲よりも長周期側では、実応答スペクトルはなだらかに低下し、解放工学的基盤スペクトルに重なるようになる。本発明者は、これらの検証結果に基づいて、本発明に想到した。
【0008】
すなわち、本発明は、地震時における建築物の応答解析を行う方法において、解放工学的基盤スペクトルと所定の増幅率とに基づいて任意の固有周期と地表面の応答値との対応関係を示す基準応答スペクトルを求める基準応答スペクトル導出工程と、建築物の建築予定地における特定表層地盤の固有周期と基準応答スペクトルとに基づいて、任意の固有周期と応答値との対応関係を示す設計用応答スペクトルを定める設計用応答スペクトル導出工程と、建築物の固有周期と設計用応答スペクトルとに基づいて地震時の建築物の応答解析を行う応答解析工程と、を含み、設計用応答スペクトル導出工程では、特定表層地盤の固有周期である特定固有周期に対応する応答値が基準応答スペクトルに一致すると共に、特定固有周期における応答値が上限となり、且つ、基準応答スペクトルに内包されるように設計用応答スペクトルを定めることを特徴とする。
【0009】
本発明では、例えば、従来の略算法で採用されていたような簡易な方法で、まず、基準応答スペクトルを求めることができる。さらに、設計用応答スペクトル導出工程で定められる設計用応答スペクトルは、特定表層地盤の固有周期である特定固有周期に対応する応答値が基準応答スペクトルに一致すると共に、特定固有周期における応答値が上限値となり、且つ、基準応答スペクトルに内包されるように定められるので、実地盤の特質測定データに基づいて導出される実応答スペクトルとの乖離幅が少なくなると想定でき精度が良くなる。さらに、この方法では、従来の精算法に比べて簡易な方法となり、効率も向上する。その結果、建築物の地震時応答解析を効率的、且つ精度良く行うことができる。
【0010】
さらに、固有周期の異なる複数の表層地盤の特質測定データに基づいて任意の固有周期と応答値との対応関係を示す実応答スペクトルが表層地盤ごとに定められており、設計用応答スペクトル導出工程では、低層の鉄骨造住宅からなる特定建築物の固有周期が含まれる応答周期帯での応答値が、複数の実応答スペクトルそれぞれにおける応答周期帯での応答値の全てを包絡するように設計用応答スペクトルを定めると好適である。特定建築物が低層の鉄骨造住宅の場合に想定される応答周期帯においての実際の応答値との間での乖離幅は小さくなり、低層の鉄骨造住宅の地震時応答解析を行う場合の精度を確実に向上できる。
【0011】
さらに、設計用応答スペクトルは、固有周期が0の場合には、対応する応答値が解放工学的基盤スペクトルに一致し、固有周期が0よりも大きく、且つ特定固有周期よりも小さい場合には、固有周期の増加に応じて応答値が漸次増大して基準応答スペクトルに近づき、固有周期が特定固有周期を含む所定の上限周期範囲の場合には、対応する応答値が基準応答スペクトルに一致し、固有周期が上限周期範囲よりも大きい場合には、固有周期の増加に応じて応答値が漸次低減して解放工学的基盤スペクトルに近づくように定められていると好適である。この方法によれば、従来の精算法に比べて、簡易な方法となるために効率も向上する。その結果、建築物の地震時応答解析を効率的、且つ精度良く行うことができる。
【0012】
また、本発明の建築物は、上記の地震時応答解析方法による解析結果に基づいて耐震設計されたことを特徴とする。この建築物は、効率的、且つ精度良く行われた地震時応答解析結果に基づいて耐震設計されたものとすることができる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、建築物の地震時応答解析を効率的、且つ精度良く行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】建築物の設計の手順を示すフローチャートである。
【図2】仮決定建築物の地震時応答解析の手順を示すフローチャートである。
【図3】設計用応答スペクトル設定処理の手順を示すフローチャートである。
【図4】解放工学的基盤スペクトルにおいて示される加速度応答値Saを固有周期Tの関数として示す図である。
【図5】固有周期が特定固有周期を含む一定の範囲よりも短い場合の設計用応答スペクトルを概略的に示すグラフである。
【図6】固有周期が特定固有周期を含む一定の範囲内での設計用応答スペクトルを概略的に示すグラフである。
【図7】固有周期が特定固有周期を含む一定の範囲よりも長い場合の設計用応答スペクトルを概略的に示すグラフである。
【図8】解放工学的基盤スペクトル、基準応答スペクトル、設計用応答スペクトル及び実応答スペクトルを示すグラフである。
【図9】固有周期の異なる三種の表層地盤における解放工学的基盤スペクトル、基準応答スペクトル、設計用応答スペクトル及び実応答スペクトルを示すグラフであり、(a)は第1の表層地盤を示し、(b)は第2の表層地盤を示し、(c)は第3の表層地盤を示す図である。
【図10】設計支援装置の機能的構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を参照しながら説明する。
【0016】
本実施形態では、限界耐力計算を利用して建築物の地震時応答解析を行い、その応答解析結果に基づいて建築物の耐震設計を行う。地震時応答解析については、時刻歴応答解析、等価線形法、エネルギー法などの解析手法を採用することができる。なお、一般に、限界耐力計算とは、建築物を一質点系に置き換えた上で、地表面または建築物基礎底面(以下、総称して「地表面」という)での標準加速度応答スペクトルを用いて、地震時の建築物の加速度応答値を予測し、加速度応答値が損傷限界値・安全限界値以内に収まっているかを評価するための方法である。
【0017】
地表面での標準加速度応答スペクトルは、解放工学的基盤や地震基盤の加速度応答スペクトル(基盤応答スペクトル)と表層地盤の増幅率とに基づいて求められる。本実施形態では、解放工学的基盤の加速度応答スペクトル(以下、「解放工学的基盤スペクトル」という)から簡易な方法(略算式)で求めた地表面での標準加速度応答スペクトルに改良を加えることで、より精度の高い設計用加速度応答スペクトルを定めている。そして、建築物の固有周期と設計用加速度応答スペクトルとに基づいて建築物の加速度応答値を解析結果として求めており、その解析結果に基づいて建築物の耐震設計を行っている。以下、建築物の設計方法について詳しく説明する。
【0018】
図1に示されるように、建築物を耐震設計する際には、まず、建築物の階層や間取り、更には屋根および柱もしくは壁などの材料や寸法を仮決定する(ステップS1)。次に、仮決定された建築物(以下「仮決定建築物」という)に対して地震時応答解析を行う(ステップS2)。次に、地震時応答解析の解析結果が所定の許容範囲内か否かを判断し、許容範囲内でなければステップS1に戻り、建築物を構成する屋根および柱もしくは壁などの材料や寸法等を変更して再び建築物の仮決定を行い、上述の処理を繰り返す。一方で、地震時応答解析の結果が所定の許容範囲内であると判断された場合には、仮決定建築物を本建築物として決定し、建築物の詳細設計を実行して建築物の設計を完了する。
【0019】
仮決定建築物の地震時応答解析は、設計支援装置1(図10参照)によって実行される。本実施形態に係る地震時応答解析では、一般的な限界耐力計算において利用されている地表面の標準加速度応答スペクトル(以下、「基準応答スペクトル」という)に改良を加えた設計用応答スペクトルを利用しており、建築物の建築予定地である地表面に、いわゆる地震動が作用したときの建築物の加速度応答値を求めている。
【0020】
具体的には、図2に示されるように、仮決定建築物の固有周期を演算処理によって取得する(ステップS11)。次に、記憶部3に格納された設計用応答スペクトルが読み出され(ステップS12)、仮決定建築物の固有周期と設計用応答スペクトルとから仮決定建築物の応答値を求める(ステップS13)。仮決定建築物の応答値を求める処理は、建築物の応答解析に相当し、ステップS13は、応答解析工程に相当する。
【0021】
設計用応答スペクトルは、設計用応答スペクトルの設定処理によって予め定められ、設計支援装置1の記憶部3に格納されている。本実施形態に係る地震時応答解析では、建築物の設計を行う度に、記憶部3に格納された設計用応答スペクトルが読み出されている。以下、図3を参照して設計用応答スペクトルの設定処理について説明する。
【0022】
限界耐力計算では、地下のどこか深いところを「工学的基盤」として定義する。具体的には、せん断波速度(地中を伝搬する横波の速度)が約400m/s程度以上で、且つ、相当な層厚を有する地層を工学的基盤として定義する。また、工学的基盤から地表面までの間を「表層地盤」と定義している。また、「工学的基盤の地震動が表層地盤を伝わっていく」という解析モデルを作ったときに、上に何も被っていない工学的基盤及び表層地盤というモデルを考える必要があるため、この「上に何も被っていない工学的基盤」を「解放工学的基盤」と定義する。
【0023】
解放工学的基盤スペクトルは、「平成12年建設省告示第1461号第四号イ」に定められた解放工学的基盤における加速度応答スペクトルであり、固有周期Tを変数とした加速度応答値Saの関数として規定されており、地震力の大小による地震発生頻度に応じて定められている(図4参照)。
【0024】
例えば、地震力の大きな地震については「きわめてまれに発生する地震」として標準加速度応答スペクトルが定められており、具体的には、固有周期Tが0.16(s)未満の場合には、加速度応答値Saは“3.2+30T”であり、固有周期Tが0.16(s)以上で、0.64(s)未満の場合には、加速度応答値Saは“8.0”であり、固有周期Tが0.64(s)以上の場合には、加速度応答値Saは“5.12/T”である。また、地震力の小さな地震については「まれに発生する地震」として標準加速度応答スペクトルが定められており、具体的には、固有周期Tが0.16(s)未満の場合には、加速度応答値Saは“0.64+6T”であり、固有周期Tが0.16(s)以上で、0.64(s)未満の場合には、加速度応答値Saは“1.6”であり、固有周期Tが0.64(s)以上の場合には、加速度応答値Saは“1.024/T”である。なお、「きわめてまれに発生する地震」は一次設計の地震力(層せん断力係数0.2)に相当し、「まれに発生する地震」は二次設計の地震力(層せん断力係数1.0)に相当する。
【0025】
本実施形態では、きわめてまれに発生する地震に対応する解放工学的基盤スペクトルを設計用基盤スペクトル導出のために利用しており、解放工学的基盤スペクトルに係るデータを設計支援装置1(図10参照)の解析部4において記憶部3から読み出す処理を実行することで解放工学的基盤スペクトルの設定を行う(ステップS21)。
【0026】
次に、地表面での標準加速度応答スペクトル(以下、「基準応答スペクトル」という)の設定を行う(ステップS22)。ここで、基準応答スペクトルを設定する際の前提となる考え方について説明する。解放工学的基盤を伝わってきた地震動は表層地盤で増幅される。解放工学的基盤に対する表層地盤での増幅率を求めることができれば、地表面(建築物基礎底面含む)での標準加速度応答スペクトルを求めることができる。
【0027】
表層地盤の増幅率の求め方は、例えば、「平12建告第1457号第7号」に規定されている通り、精算法と略算法とが知られている。精算法は、表層地盤に含まれる各地層の層厚・せん断波速度・密度などのデータをもとにこれを等価な一層地盤に置き換え、地盤の非線形性を考慮しながら収束計算によって増幅率を求めるものである。精算法は、高度な技術的知識を要し、時間や費用がかかり過ぎてしまうため、実用的ではない。一方で、略算法は、建設地の地盤をおおまかに第一種、第二種、第三種に区分し、地盤種別ごとに増幅率を簡便な式で与えるものであり、精算法に比べて実用的である。
【0028】
本実施形態では、第二種地盤の増幅率を簡便な式で与え、基準応答スペクトルを導出する。ここで、「基準応答スペクトルを導出する」とは、簡便な式で与えられた第二種地盤の増幅率を解放工学的基盤スペクトルに掛け合わせるという基礎式を導くことを意図し、従って、基準応答スペクトルを設定するとは、導いた基礎式に係るデータを設計支援装置1の記憶部3に格納する処理を実行することを意味する(ステップS22)。ステップS21及びステップS22は、基準応答スペクトル導出工程に相当する。
【0029】
次に、敷地地盤データの測定を行う(ステップS23)。ここでは、例えば、建築物の建築予定地である敷地(特定表層地盤)での地盤調査、具体的には、ボーリング及び標準貫入試験、PS検層などによって地盤特質データの測定を行う。次に、地盤調査の結果に基づいて敷地の固有周期(以下、「特定固有周期」という)Tgを演算によって求める(ステップS24)。
【0030】
つぎに、上述の基準応答スペクトルと特定固有周期Tgとに基づいて設計用応答スペクトルを導出する。ここで、「設計用応答スペクトルを導出する」とは、固有周期Tを変数とした加速度応答値ySaの関数を導出することを意味し、固有周期Tの範囲に応じて4種類の計算式が定められている。なお、固有周期Tの範囲は、第1の範囲(0(s)≦T<Tg(s))、第2範囲(Tg(s)≦T<2.2Tg(s))、第3の範囲(2.2Tg(s)≦T<8Tg(s))及び第4の範囲(8Tg(s)≦T)は、特定固有周期Tgがどのような値であっても、加速度応答値ySaが実応答スペクトルに近似し得るように試行錯誤を繰り返して求められたものである。
【0031】
具体的には、固有周期Tが0以上で、且つ特定固有周期Tg未満の範囲(第1の範囲)では、固有周期Tの増加に応じて加速度応答値ySaが漸次増大して基準応答スペクトルに近づくように直線補間すべく以下の式(1)が定められている。図5は、式(1)における固有周期Tと加速度応答値ySaとの対応関係を示す図である。なお、固有周期T=0の場合の加速度応答値ySaは、解放工学的基盤スペクトルに一致している。
【0032】
【数1】

【0033】
次に、固有周期Tが特定固有周期Tg以上で、且つ2.2Tg未満の範囲(第2の範囲)では、基準応答スペクトルに一致するように以下の式(2)が定められている。ここで、第2の範囲は特定固有周期Tgを含む所定の上限周期範囲に相当する。なお、図6は、式(2)における固有周期と加速度応答値との対応関係を示す図である。
【0034】
【数2】

【0035】
次に、固有周期Tが前述の上限周期範囲を外れて2.2Tgよりも長い(第3の範囲)場合には、固有周期Tの増加に応じて加速度応答値ySaが漸次低減して解放工学的基盤スペクトルに近づくように以下の式(3)及び式(4)が定められている。具体的には、第3の範囲では、以下の式(3)が定められている。なお、図7は、式(3)における固有周期Tと加速度応答値ySaとの対応関係を示す図である。
【0036】
【数3】

【0037】
また、固有周期Tが8Tg以上の範囲(第4の範囲)では、以下の式(4)が定められている。ここで、第4の範囲の加速度応答値ySaは、解放工学的基盤スペクトルに一致している。
【0038】
【数4】

【0039】
以上のステップS23〜ステップS25は、設計用応答スペクトル導出工程に相当する。設計用応答スペクトル導出工程では、特定固有周期Tgに対応する加速度応答値ySaが基準応答スペクトルに一致すると共に、特定固有周期Tgにおける加速度応答値ySaが上限となり、且つ、基準応答スペクトルに内包されるように設計用応答スペクトルを定めている。以下、図8を参照して、解放工学的基盤スペクトル、基準応答スペクトル、設計用応答スペクトル及び実応答スペクトルの関係を説明する。なお、実応答スペクトルは、実際の敷地(実地盤)での測定データに基づき精算法を利用して導出した加速度応答スペクトルである。また、図8は、解放工学的基盤スペクトル、基準応答スペクトル、設計用応答スペクトル及び実応答スペクトルの一例を示す図である。
【0040】
図8で示される実地盤の特定固有周期Tgは0.6(s)である。そして、設計用応答スペクトルは、特定固有周期Tgを含む上限周期範囲、すなわち、固有周期Tに対してTg≦T<2.2Tgにおいて加速度応答値ySaが上限となり、上限周期範囲を外れた範囲において対応する加速度応答値ySaが基準応答スペクトル以下、すなわち、基準応答スペクトルに内包されるように設計用応答スペクトルが定められている。
【0041】
ここで、基準応答スペクトルと実応答スペクトルとを対比した場合、少なくとも上限周期範囲(Tg≦T<2.2Tg)の長周期側での加速度応答値Saは近似した値となるが、固有周期Tが特定固有周期Tgを含む上限周期範囲を外れて短周期側にずれると乖離幅が大きくなり、また、固有周期Tが上限周期範囲を外れて長周期側にずれると乖離幅が大きくなる。実応答スペクトルに対する基準応答スペクトルの乖離幅が大きくなるということは、建築物に作用する加速度応答値Saとして実際の加速度応答値よりも大きな値を想定することになる。加速度応答値Saは敷地の揺れによって建築物との間で生じる最大せん断応力に対応するため、実際の加速度応答値に比べて大きな値を想定することになると、その分、必要以上の強度を確保するための設計が必要となり、制約も多くなって非効率である。
【0042】
一方で、設計用応答スペクトルの場合には、特定固有周期Tgを含む上限周期範囲を外れても乖離幅を小さくできて精度が高くなる。実応答スペクトルに対する設計用応答スペクトルの乖離幅が小さくなるということは、建築物に作用する加速度応答値Sa(=ySa)として実際の加速度応答値に近い値を想定することになり、建築物の設計において、適切な強度を確保するための設計を行い易くなって効率的である。
【0043】
また、本実施形態での設計対象は、低層の鉄骨造住宅からなる特定建築物である。特定建築物の場合、固有周期の範囲は0.7(s)〜1.5(s)となる。上述の方法によって求められた設計用応答スペクトルは、結果として、特定建築物の固有周期の範囲(応答周期帯)における加速度応答値ySaが、複数の実応答スペクトルそれぞれにおける応答周期帯での加速度応答値Saの全てに包絡するように定められている。その結果として、低層の鉄骨造住宅の場合に想定される応答周期帯においての実際の加速度応答値との間での乖離幅は小さくなり、低層の鉄骨造住宅の地震時応答解析を行う場合の精度を確実に向上できる。
【0044】
ここで、固有周期の異なる複数の実応答スペクトルを導出する方法(実応答スペクトル導出処理)について説明する。実応答スペクトルとは、実地盤において測定された特質データ(特質測定データ)に基づき、精算法を利用して導出された加速度応答スペクトルであり、任意の固有周期と加速度応答値との対応関係を示している。なお、ここで用いる精算法は、前述の建設省告示等、建築関連の法令に規定された精算法のみに限定されるものではなく、種々の精算法が適用可能である。
【0045】
実応答スペクトル導出処理では、まず、固有周期Tgの異なる複数の実地盤(表層地盤)の特質データ(特質測定データ)を測定し、実地盤ごとの特質データの収集を行う。なお、実地盤の特質データとは、実地盤に含まれる各地層の層厚、せん断波速度、および密度などのデータである。
【0046】
次に、測定した特質データに基づいて実地盤を等価な一層地盤に置き換え、地盤の非線形性を考慮しながら収束計算によって実地盤ごとの増幅率を求める。さらに、これらの増幅率と解放工学的基盤スペクトルとに基づいて任意の固有周期Tと加速度応答値Saとの対応関係を示す実応答スペクトルを求める(等価線形化法)。同様の手法によって固有周期の異なる複数の実地盤について特質データを取得し、実地盤それぞれにおける実応答スペクトルを求め、固有周期Tgの異なる複数の実地盤それぞれにおける実応答スペクトルに関するデータを設計支援装置1の記憶部3に格納する。なお、本実施形態に係る実応答スペクトル導出処理では、「等価線形化法」を利用して実応答スペクトルを求める場合を例示するが、実応答スペクトルを求める方法(応答値計算方法)は、例えば、時刻歴応答計算、エネルギーの釣合いに基づく耐震計算(略称:エネルギー法)等を適用することも可能である。
【0047】
次に、図9を参照して、設計用応答スペクトルと実応答スペクトルとを対比した検証結果について説明する。図9(a)は、第1の実地盤での実応答スペクトル、基準応答スペクトル及び設計用応答スペクトルを対比して示すグラフ、図9(b)は、第2の実地盤での実応答スペクトル、基準応答スペクトル及び設計用応答スペクトルを対比して示すグラフ、図9(c)は、第3の実地盤での実応答スペクトル、基準応答スペクトル及び設計用応答スペクトルを対比して示すグラフである。なお、第1〜第3の実地盤の固有周期はそれぞれ異なっている。
【0048】
図9(a)に示されるように、第1の実地盤は、固有周期Tgが0.26(s)であり、比較的短周期である。そして、第1の実地盤での実応答スペクトルは、短周期側、具体的には、0.4(s)で加速度応答値Saのピークを持ち、固有周期Tgを含む所定の周期範囲、具体的にはTg〜2.2Tgの範囲(以下、「上限周期範囲」という)では、基準応答スペクトルが実応答スペクトルを包絡している。しかしながら、固有周期Tが上限周期範囲を外れると、基準応答スペクトルと実応答スペクトルとの乖離幅が大きくなる。一方で、設計用応答スペクトルでは、上限周期範囲では、基準応答スペクトルに一致するために、基準応答スペクトルと同様に実応答スペクトルを包絡しており、さらに、上限周期範囲を外れても、実応答スペクトルを略包絡していることが確認でき、設計用スペクトルを利用した方が、基準応答スペクトルを利用する場合よりも、建築物の耐震設計を行う上での精度向上を図ることが可能になることが類推できる。
【0049】
また、第2の実地盤は、固有周期Tgが0.55(s)であり、第1の実地盤に比べて長周期である。また、第2の実地盤での実応答スペクトルは、約0.58(s)で加速度応答値Saのピークを持ち、第1の実地盤に比べて長周期側にピークを持つことになる。第2の実地盤では、固有周期Tが0.1(s)〜10(s)の全範囲に亘って設計用応答スペクトルが実応答スペクトルを略包絡しており、基準応答スペクトルを利用する場合よりも、建築物の耐震設計を行う上での精度向上を図ることが可能になることが確認できる。
【0050】
また、第3の実地盤は、固有周期Tgが1.19(s)であり、第2の実地盤に比べて長周期である。また、第3の実地盤での実応答スペクトルは、約0.75(s)で加速度応答値Saのピークを持ち、第2の実地盤に比べて長周期側にピークを持つことになる。第3の実地盤においても、上述の第1及び第2の実地盤同様に、実応答スペクトルに対する乖離幅は、設計用応答スペクトルの方が基準応答スペクトルよりも小さくなるため、建築物の耐震設計を行う上での精度向上を図ることが可能になることが確認できる。
(設計支援装置)
【0051】
次に、図10を参照して設計支援装置1について説明する。図10は、設計支援装置1の機能的構成を示すブロック図である。設計支援装置1は、ハードウェア構成としてCPU、RAM及びROMなどを実装する制御手段、キーボードやマウスなどの入力手段及び液晶ディスプレイやスピーカなどの出力手段を備えており、以下に示す各機能を実現可能に構成されている。
【0052】
設計支援装置1は、オペレータによる仮決定建築物に関する情報の操作入力を受け付ける入力受付部2と、各種データを格納する記憶部3と、記憶部3に格納されたデータを適宜に読み出し、仮決定建築物の地震時応答解析を行う解析部4と、解析部4で実行された解析結果に基づいて仮決定建築物の評価を行う評価部5と、所定の情報を出力する出力部6と、を備えている。
【0053】
入力受付部2は、オペレータの操作入力によって建築物の階層や間取り、更には屋根および柱もしくは壁などの材料や寸法に関する情報や敷地(建築物の建築予定地)の特定固有周期を導出するための特質データを受け付ける。
【0054】
記憶部3には入力受付部2で受け付けられた各種情報、前述の実応答スペクトル導出工程で求められた複数の実応答スペクトルに関するデータ、解放工学的基盤スペクトルに関するデータなどが記憶されている。
【0055】
解析部4は、記憶部3に格納された解放工学的基盤スペクトルに関するデータ、基準応答スペクトルに関するデータ及び敷地の特質データを読み出し、設計用応答スペクトルを導出する。設計用応答スペクトルの導出方法では、上述の設計用応答スペクトルの設定処理で示す手順に沿った処理が実行される。さらに、解析部4は、記憶部3に格納された敷地の特質データに基づいて仮決定建築物の固有周期(特定固有周期)を演算処理によって求め、設計用応答スペクトルを参照して、特定固有周期に対応する加速度応答値Saを求め、仮決定建築物に作用する最大せん断応力を解析結果として求める。最大せん断応力に関するデータは、記憶部3に記憶される。
【0056】
評価部5は、仮決定建築物において許容される最大せん断応力(許容範囲)を割り出すと共に、記憶部3に記憶された解析結果(最大せん断応力)を読み出して対比し、解析結果に係る最大せん断応力が許容範囲内か否かを判断し、許容範囲を超えている場合にはエラー情報を出力部6から出力し、最大せん断応力が許容範囲内と判断する場合には、条件を満たすことを示すOK情報を出力部6から出力する。
【0057】
オペレータは、出力部6で表示された内容を確認し、例えば、エラー情報が出力された場合には、仮決定建築物の寸法や材料などの条件を変更する操作入力を行い、OK情報が出力された場合には、仮決定建築物を本建築物と決定して詳細設計を行う。
【0058】
以上、本発明をその実施形態に基づき具体的に説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。基盤スペクトルについては、解放工学的基盤スペクトルに限定されず、地震基盤の応答スペクトルであってもよい。
【符号の説明】
【0059】
Sa…加速度応答値、ySa…設計用応答スペクトルの加速度応答値、T…任意の固有周期、Tg…表層地盤の固有周期。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
地震時における建築物の応答解析を行う方法において、
基盤スペクトルと所定の増幅率とに基づいて任意の固有周期と地表面の応答値との対応関係を示す基準応答スペクトルを求める基準応答スペクトル導出工程と、
前記建築物の建築予定地における特定表層地盤の固有周期と前記基準応答スペクトルとに基づいて、任意の固有周期と応答値との対応関係を示す設計用応答スペクトルを定める設計用応答スペクトル導出工程と、
前記建築物の固有周期と前記設計用応答スペクトルとに基づいて地震時の前記建築物の応答解析を行う応答解析工程と、を含み、
前記設計用応答スペクトル導出工程では、前記特定表層地盤の固有周期である特定固有周期に対応する応答値が前記基準応答スペクトルに一致すると共に、前記特定固有周期における応答値が上限となり、且つ、前記基準応答スペクトルに内包されるように前記設計用応答スペクトルを定めることを特徴とする建築物の地震時応答解析方法。
【請求項2】
固有周期の異なる複数の表層地盤の特質測定データに基づいて任意の固有周期と応答値との対応関係を示す実応答スペクトルが前記表層地盤ごとに定められており、
前記設計用応答スペクトル導出工程では、
低層の鉄骨造住宅からなる特定建築物の固有周期が含まれる応答周期帯での前記応答値が、複数の前記実応答スペクトルそれぞれにおける前記応答周期帯での応答値の全てを包絡するように前記設計用応答スペクトルを定めることを特徴とする請求項1記載の建築物の地震時応答解析方法。
【請求項3】
前記設計用応答スペクトルは、固有周期が0の場合には、対応する応答値が解放工学的基盤スペクトルに一致し、固有周期が0よりも大きく、且つ前記特定固有周期よりも小さい場合には、固有周期の増加に応じて応答値が漸次増大して前記基準応答スペクトルに近づき、固有周期が前記特定固有周期を含む所定の上限周期範囲の場合には、対応する応答値が前記基準応答スペクトルに一致することを特徴とする請求項1または2記載の建築物の地震時応答解析方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項記載の建築物の地震時応答解析方法による解析結果に基づいて耐震設計されたことを特徴とする建築物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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