説明

建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法

【課題】耐摩耗性および靭性にすぐれたローラーシェルの製造方法の提供。
【解決手段】中炭素珪素鋼から成る粗材(丸棒)を切断する工程(S2)と、切断された材料を鍛造する工程(S3)と、鍛造された材料を機械加工する工程(S4)と、熱処理工程(S6)とを有し、熱処理工程(S6)では焼入れを行ない、焼もどしは、加熱炉による低温焼もどしあるいは焼入れ冷却の残熱を利用して大気中で自己焼もどしを行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建設機械下部走行体のローラーシェルに関する。より詳細には、本発明は係るローラーシェルの製造技術に関する。
【背景技術】
【0002】
そのようなローラーシェルの詳細について、図1、図2を参照して説明する。
図2は、例えば掘削機のような建設機械10の下部走行体Dを示し、図1は下部走行体Dの一部の断面を示している。
【0003】
当該下部走行体Dは、図2に示すように、履帯1と、トラックローラー4aおよびキャリアローラー4bと、駆動側のスプロケット5と、従動側のアイドラー6とにより構成されている。
履帯1は駆動側スプロケット5で駆動され、トラックローラー4aは、履帯1を転動するように構成されている。
【0004】
図1において、履帯1は、1対のリンク2と、ピン・ブッシュ3と、図示を省略した履板(シュー)とで構成されている。図1の左右方向に配置された1対のリンク2、2は、ピン・ブッシュ3によって連結されている。1対のリンク2、2は、図示しない履板に固定されている。
履帯1上をトラックローラー4aおよびキャリアローラー4bが転動し、ローラーシェル11は、トラックフレーム8、ブラケット7、シャフト9に対して回転可能となっている。
リンク2において、図1の上側の面2uが、ローラーシェル4の外周部4fと接触している。
なお図1において、符号12はブッシュを示す。
【0005】
ここで、ローラーシェル11は、「リンク2をローラーシェル11から脱輪させない」、という機能を有している。そして、トラックローラー4aのローラーシェル11は、「建設機械10全体の質量を支える」という機能をも有している。
「リンク2をローラーシェル11から脱輪させない」機能を発揮するため、ローラーシェル11の軸方向の両端には、リンク2の脱輪を防止するためのツバ部4tが形成されている。ここで、リンク2が斜面4fを乗り越えて、ツバ部4tに乗り上げる現象(脱輪)が発生する場合がある。脱輪が発生した場合に、ツバ部4tの耐摩耗性および靭性が不十分であれば、偏摩耗(いわゆる「ダレ」、「カケ」)が発生してしまう。
また、「建設機械10全体の質量を支える」という機能を発揮するため、トラックローラー4aのローラーシェル11の外周面4fには硬さと強度が必要であり、ローラーシェル4の芯部には靭性が要求される。
【0006】
耐摩耗性と靭性を獲得するため、ローラーシェル11の製造に際して、粗材としては、例えば、JIS規格のSMn443(マンガン鋼)あるいはボロン添加鋼が用いられていた。
そして、「全体加熱焼入れ」→「全体加熱高温焼もどし」→「外周部の誘導加熱焼入れ」→「低温焼もどし」の順番に行われる熱処理方法か、あるいは、「全体加熱焼入れ」→「低温焼もどし」の順番に行われる熱処理方法の、いずれかが施されていた。
ここで、前者の熱処理方法において、「全体加熱焼入れ」→「全体加熱高温焼もどし」の2つの処理を「素地調質」という。
【0007】
しかし、発明者の研究によれば、従来の方法で製造されたローラーシェル11は、そのツバ部4tにおいて、必要とされる耐摩耗性および靭性が得られないことが判明した。
また、図1において、トラックローラーのローラーシェル11のツバ部4tに履帯1のリンク2が乗り上げる現象(いわゆる「脱輪」)が多発し、脱輪の際にツバ部4tに通常より大きな負荷が一時的に作用し、当該ツバ部4tに、いわゆる「欠け」(チッピング)および「ダレ」(偏摩耗)が発生してしまうことが分かった。
換言すれば、ローラーシェル11のツバ部4tが所定の耐摩耗性および靭性を有するようなローラーシェルの製造技術は、現時点では提案されていない。
【0008】
その他の従来技術として、Si、Al、Cr、Mo、V、W、Ni、Coを適正に添加して、HRC50以上でシャルピー衝撃値が5kg・m/cm2以上となる高硬度高靭性鋼が提案されている(特許文献1)。
また、別の従来技術においては、耐摩耗性、強度、延性、靭性に優れた金属ベルトを実現するための機械構造用鋼が提案されている(特許文献2)
これ等の従来技術(特許文献1、特許文献2)は、熱処理を行った後にローラーシェルのツバ部に所定の耐摩耗性および靭性を得ることについては、何等開示されていない。
【特許文献1】特開2003−328078号公報
【特許文献2】特開2007−177317号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上述した従来技術の問題点に鑑みて提案されたものであり、熱処理後のローラーシェルにおけるツバ部が所定の耐摩耗性および靭性を有するような建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法の提供を目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明に係る建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法は、中炭素珪素鋼から成る粗材に熱間鍛造および機械加工を施してローラーシェル形状の素材とし、該素材に焼入れおよび焼もどしを含む熱処理を施すことを特徴としている。
本発明に係る建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法において、前記熱処理の焼もどしを、加熱炉にて行うことができる。
または、本発明に係る建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法において、前記熱処理の焼もどしを、前記焼入れ冷却の残熱を利用して大気中にて行うこと(自己焼もどし)ができる。
【発明の効果】
【0011】
上述する構成を具備する本発明によれば、粗材に中炭素珪素鋼を用い、焼入れおよび焼もどしを含む熱処理を施すので、珪素(Si)添加によって耐摩耗性および靭性が向上する。
また、従来技術の「全体加熱焼入れ」→「全体加熱高温焼もどし」→「外周部の誘導加熱焼入れ」→「低温焼もどし」の順番に行われる熱処理方法における素地調質工程が不要になり、熱処理における工程数が4工程から2工程に削減される。
さらに本発明において、前記熱処理の焼もどしを、前記焼入れ冷却の残熱を利用して大気中にて行う(自己焼もどしを行う)のであれば、焼もどしの加熱炉が不要になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態について説明する。
図示の実施形態では、上述したローラーシェル11のツバ部4tの耐摩耗性および靭性を確保するために、以下に説明する製造方法を行っている。
【0013】
最初に図3を参照して、一般的なローラーシェルの製造工程について説明する。
図3において、ステップS1では、粗材である丸棒(棒鋼)を購入する。
本発明の中炭素珪素鋼の組成(質量%)の一例を示すと以下のとおりである。
炭素(C):0.28〜0.50、ケイ素(Si):0.5〜2.4、マンガン(Mn):0〜1.7、クロム(Cr):0〜1.5、モリブデン(Mo):0〜1.0、ホウ素(B):0.0005〜0.0040、チタン(Ti):0.010〜0.070、アルミニウム(Al):0.010〜0.070
【0014】
ここで、上述した組成では、珪素(Si)添加量が0.5〜2.4質量%であることが特徴的である。珪素(Si)添加量を増大することにより、耐摩耗性を確保することができるからである。
なお、上記組成は、後述の図4においては「新規配合」と表示されている。
【0015】
ステップS2では、ステップS1で購入した粗材を所定の長さに切断し、その切断されたワークを、(ローラーシェル11の形状となるように)大まかに鍛造加工する(ステップS3)。
ステップS4では、ステップS3で大まかに鍛造加工されたワークを、切削、研削その他の機械加工によって、ローラーシェル11を成形する。
【0016】
ここで、ステップS3、ステップS4では、円筒状のローラーシェル4の1/2(いわゆる「半割り」)を成形する。係る半割りは、例えば図1において、ローラーシェル11の左右方向中心軸4dを境界として、右半分あるいは左半分が相当する。
換言すれば、ステップS3では鍛造加工によりローラーシェル11の半割りを大まかに成形し、ステップS4では鍛造されたワーク(大まかに鍛造された「半割り」)に対して各種機械加工を行って、ローラーシェル11の半割りを成形するのである。
【0017】
次のステップS5では、成形したローラーシェルの半割り2つを当接し、当接した部分、すなわち中心軸4Cの部分を溶接によって接続し、ローラーシェル11として一体化する。
最後のステップS6では、ステップS5で一体化されたローラーシェル11に熱処理を施す。
【0018】
ここで図3において、購入された丸棒の成分が異なる点を除けば、ステップS1の「丸棒購入」、ステップS2の「丸棒切断」、ステップS3の「鍛造」、ステップS4の「機械加工」、ステップS5の「溶接」の各工程は、従来技術と図示の実施形態とでは同様となっている。
しかし、図3のステップS6における熱処理工程は、実施形態に係るローラーシェル製造方法と従来技術とで相違している。
【0019】
図4を参照して、図3のステップS6における熱処理工程について、図示の実施形態に係るローラーシェル製造方法と、従来のローラーシェル製造方法とで、比較しつつ説明する。
【0020】
図4において、図示の実施形態に係るローラーシェル製造方法では、粗材の鋼種(M)としては、上述した成分配合(珪素の量が多い配合)のものを用いる。そして、熱処理(H)においては、先ず、図示しない加熱炉でローラーシェル11の全体を加熱した後(全体加熱を行った後)、冷却液(水が好ましい)を噴射して、焼入れを行う。
焼入れを行った後、再び加熱炉でローラーシェル11を全体加熱して、低温焼もどしを行う。あるいは、焼入れ冷却の途中で冷却を停止して、芯部の残熱により表面の低温焼もどしを行ってもよい。焼入れ冷却途中のワーク(ローラーシェル11)の表面は低温であるが、内部(芯部)は高温であるため、内部(芯部)の残熱が熱源となって表面の焼もどしが行われる。いわゆる、「自己焼もどし」である。
【0021】
図示の実施形態に係るローラーシェルの製造方法によれば、粗材に中炭素珪素鋼を用い、焼入れおよび焼もどしから成る熱処理を施すので、珪素(Si)添加によって耐摩耗性および靭性が向上する。
また、従来技術の素地調質工程を伴う熱処理方法に比べて、素地調質工程の分だけ工程が削減されるので、生産性が向上し、製造原価が削減される。
【0022】
なお、図示の実施形態に係るローラーシェル製造方法において、焼入れの後に行われる低温焼もどしについては、従来技術と同様である。
【0023】
図示の実施形態はあくまでも例示であり、本発明の技術的範囲を限定する趣旨の記述ではないことを付記する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】ローラーシェルがリンクを支持している状態を示す正面図。
【図2】履帯の概要を示す図。
【図3】本発明におけるローラーシェル製造方法の概要を示す工程図。
【図4】本発明における熱処理を従来技術との比較表として示す図。
【符号の説明】
【0025】
1・・・履帯
2・・・リンク
3・・・ピン・ブッシュ
4a・・・トラックローラー
4b・・・キャリアローラー
4f・・・外周部
4t・・・ツバ部
7・・・ブラケット
8・・・トラックフレーム
9・・・シャフト
11・・・ローラーシェル
12・・・ブッシュ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中炭素珪素鋼から成る粗材に熱間鍛造および機械加工を施してローラーシェル形状の素材とし、該素材に焼入れおよび焼もどしを含む熱処理を施すことを特徴とする建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法。
【請求項2】
前記熱処理の焼もどしを、加熱炉にて行う請求項1記載の建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法。
【請求項3】
前記熱処理の焼もどしを、前記焼入れ冷却の残熱を利用して大気中にて行う請求項1記載の建設機械下部走行体のローラーシェルの製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2009−262776(P2009−262776A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−115247(P2008−115247)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【出願人】(000110251)トピー工業株式会社 (255)