説明

引き抜き加工用ダイスおよびめっき鋼線の引き抜き加工法

【課題】めっき削られ量を著しく減少させ、めっき付着量不足および表面キズの発生を低減して良好な厚いめっき層を持つ高強度鋼線を円滑に製造できる引き抜き加工用ダイスとめっき鋼線の引き抜き方法を提供する。
【解決手段】金属製のダイスケースにニブ2が嵌合された引き抜き加工用ダイスにおいて、前記ニブ2はマウス21、アプローチ22、ベアリング23およびバック24を順次形成し、前記バックが二段のバック角を有したサイアロンを主成分とするセラミックスを用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、めっき鋼線の冷間引き抜き加工に好適なダイスおよびこれを用いた引き抜き加工法に関する。
【背景技術】
【0002】
圧延された線材を所望の線径および引っ張り強度を得るために冷間引き抜き加工(冷間伸線加工)が汎用されている。この加工には、従来一般に、ニブに超硬合金を用いたダイスが用いられ、ニブにはWC−Co系、WC−TiC−Co系などの合金の焼結体が使用されている。
【0003】
このようなダイスを用いて冷間引き抜き加工をする際に、ニブと鋼線の界面には大きな摩擦力が働くので、その摩擦力を緩和し良好な表面を得るために潤滑剤が使用されている。また、ニブと鋼線との焼付きを防止する為に、潤滑剤に極圧剤や添加剤などを加えることもある。さらに、潤滑性能を上げるために、鋼線表面に造膜処理を行うこともある。
そして、ニブがサイアロンを主成分とするセラミックスからなるダイスを用いて加工を行うこともある。
【0004】
ところで、近年、鋼線に関して、市場からは良好な耐食性を維持しつつ高強度の鋼線やワイヤロープが求められている。こうした市場の要請に対応するためには、高強度鋼線を使用し、耐食性を向上するためにめっき付着量を増した上で、冷間引き抜き加工により引っ張り強度の向上を図る必要がある。
詳述すると、この場合のめっきとしては、亜鉛および亜鉛合金めっきが用いられ、いずれも、溶融めっき法によりめっきされるが、浴温は450℃前後の高温となり、そのめっき浴に鋼線を通過させることで、鋼線の強度低下をもたらす。そこで、亜鉛および亜鉛合金めっき鋼線の所望の強度を得るために、めっき後の鋼線を冷間引き抜き加工することになる。
【特許文献1】特開昭62−104618号公報
【特許文献2】特開2007−69230号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
このように良好な耐食性を維持しながら高強度の鋼線を得るべく、厚いめっき層を持つ鋼線を冷間引き抜き加工すると、ダイスとめっきの界面に大きな摩擦力が発生するとともに、ダイスに多大な負荷がかかり、ダイスとしてニブが超硬合金のものでめっき鋼線を長時間冷間伸線加工すると、乾式、湿式のいかんにかかわらず、ダイス/めっき境界面における良好な潤滑状態を維持することが困難となり、ダイス入口部分において、めっきが削られることによるめっき付着量不足および表面キズの発生、そしてダイスが早期に磨耗することによる線径不良の発生およびダイス寿命低下を避けられなかった。
【0006】
この対策として、ボラックスなどをめっき鋼線に塗布したり、MoS2などの添加材を多く配合した潤滑剤を使用したり、強制潤滑法を使用したりすることが行なわれているが、効果の程度が不安定で、ほとんど効果が得られない場合があるなど実効が乏しかった。
【0007】
本発明の目的は、前記の問題点を解消し、めっき削られ量を著しく減少させ、めっき付着量不足および表面キズの発生を低減して良好な厚いめっき層を持つ高強度鋼線を円滑に製造できる引き抜き加工用ダイスとめっき鋼線の引き抜き方法を提供することにある。
また、ダイスが早期に磨耗することによる線径不良の発生およびダイス寿命低下を抑制することができる引き抜き加工用ダイスとめっき鋼線の引き抜き方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため本発明の引き抜き加工用ダイスは、金属製のダイスケースにニブが嵌合された引き抜き加工用ダイスであって、前記ニブがサイアロンを主成分とするセラミックスからなり、
前記ニブは、マウス、アプローチ、ベアリングおよびバックを順次形成しており、前記バックが二段のバック角を有し、
ダイスケース内径とニブ外径が、0.994≦a/b≦0.998(但し、a=ダイスケース内径、b=ニブ外径とする。)を満足することを特徴とする引き抜き加工用ダイス。(請求項1)
また、上記目的を達成するため本発明のめっき鋼線の引き抜き法は、亜鉛または亜鉛アルミ合金めっきを施した鋼線を多段で冷間引き抜き加工するにあたり、ダイスとして請求項1に記載のものを使用することを特徴としている。(請求項2)
【発明の効果】
【0009】
本発明者らは、ダイス入口部分においてめっき削れやめっき鋼線表面のキズが発生する状況と原因を仔細に検討した。
その結果、超硬ダイスでは、主としてベアリング部において、亜鉛やこれとアルミニウムなどの合金がベアリング部に溶着し、それにより潤滑剤が機能しなくなる、すなわち、潤滑剤の引き込み不足による潤滑剤の皮膜切れでめっき表面とアプローチ、およびベアリング表面がダイレクトタッチし、摩擦による温度上昇でめっき層の一部とニブが溶着し、そのままダイスを使用し続けることにより、アプローチにめっき削れかすが堆積し、めっき削れかすが鋼線表面のしごき手段として作用し、ベアリングへの潤滑剤の供給が阻害されることが主たる原因であると判断された。
【0010】
そこで本発明者らは、亜鉛やこれと他の金属の合金からなるめっき層と溶着を起こしにくいニブに適した材料を種々試験し、その結果、サイアロンを主成分とするセラミックスが亜鉛合金浴中で亜鉛合金との反応が皆無(親和性ゼロ)である知見から、このサイアロンを主成分とするセラミックスをニブ材料として構成し、該ニブをダイスケースに嵌合せて引き抜き用ダイスとしたものであり、サイアロンを主成分とするセラミックスは亜鉛合金との親和性がなく、反応が皆無であるから、潤滑剤の皮膜切れが発生してもアプローチ、およびベアリング表面と亜鉛めっき表層の溶着が軽減され、皮膜切れが早期に回復し、めっき層の削れ屑が著しく減少し、安定した品質を維持できるという優れた効果を得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
前記サイアロンを主成分とするニブは、マウス、アプローチ、ベアリングおよびバックを順次形成しており、前記バックが二段のバック角を有している。
高強度の鋼線を得るための加工は、鋼線が引っ張られ、ダイスニブの径を拡張する方向に力が強く働く。同時に、ニブには鋼線進行方向にも強い引っ張り力が働き、これらの力が、ニブの割れやバックの欠けを引き起こす。
まず、鋼線の引き抜きに伴いダイスニブのベアリングおよびバックに鋼線進行方向に強い引っ張り力が働く。バックはベアリングからの潤滑剤の引き出しを助長する効果があるが、ベアリング角度とバック角度の差が大きいと、ベアリングとバックの境界部の欠けを引き起こすことになる。
【0012】
本発明は、バックを小さい角度の第1バックと大きい角度の第2バックの2段のバック角度を持たせたのであり、これにより、ベアリング、バック境界部に作用する鋼線進行方向に働く強い引っ張り力を緩和することが可能となり、引き抜き加工中のバックの欠損によるニブの破壊が的確に防止される。
【0013】
ダイスケース内径:aとニブ外径:bを、0.994≦a/b≦0.998を満足する嵌合関係とする。
高強度鋼線を得るための伸線加工はダイスニブの内径を拡張する方向に強く力が働き、この力はニブの割れを引き起こす。
そこで、ダイスケースの内径aとニブ外径bの比を0.994≦a/b≦0.998とし、ニブの内径方向への圧縮力を高め、締め代を大きくした嵌合(焼嵌め)としたのである。
これにより、セラミックスの脆く欠けやすい欠点が改善され、ダイス寿命の大幅向上によるダイス交換作業の軽減を図ることができる。
【実施例1】
【0014】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。図1は本発明を適用した冷間引き抜き加工用ダイスを示しており、1はダイスであり、窒化ケイ素系の化合物であるサイアロン(SiAlON)を主成分とするセラミックスからなるニブ2が、金属たとえばSCM435からなる筒状のケース3に内挿され、半径方向突出部31を端部に有する嵌合わせ部30に焼嵌めにより強嵌されている。
【0015】
前記サイアロン(SiAlON)は、Si34−Al23−AlO―SiO2の四元素の化合物であり、Mg,Li,Yなどの元素との置換固溶体をも含む。サイアロンは耐酸化性が窒化ケイ素よりも強いほか、亜鉛やこれを含む溶融金属に対して反応がない特性を有している。
ニブ2は緻密なサイアロン焼結体が望ましく、かかる緻密な組織のサイアロン焼結体を得るには、Al23等を焼結助剤として用い、たとえば、1600℃の加圧窒素ガス雰囲気中に1時間30分程度保持後、1800℃で2時間程度保持する。
1600℃の加圧窒素ガス雰囲気中に1時間30分程度保持することで、Si34にAl23が固溶して固溶体化し、1800℃で2時間程度保持することで、組織の緻密なサイアロンが得られる。
【0016】
前記サイアロン焼結体からなるニブ2は、図2に示すように、鋼線の引き込み方向から順に、マウス21、アプローチ22、ベアリング23およびバック24から構成されるが、本発明は、バック24を第1バック241、第2バック242から構成するものである。
バックはベアリングからの潤滑剤を円滑に引き出すためトランペット状であり、第1バック241の角度B1は15度〜60度が望ましい。15度以下では潤滑剤の引き出しが不十分となり、60度以上では引き抜き加工時にベアリング、バック境界部の欠けが発生する可能性がある。より好適な第1バック角度B1は15度〜40度である。
【0017】
第2バックの角度B2は60度〜90度の範囲で適宜選択すればよく、本発明では80度を採用した。
なお、第1バック241の角度B1と第2バック242の角度B2は通常異なる値とし、たとえば、第1バック241の角度B1を30度とし、第2バック242の角度B2を80度とするが、場合によっては、第1バックと第2バックの角度を同一にして15度〜60度にすることも可能である。
【0018】
図3は本発明のダイスを分解状態で示しており、(a)にダイスケース3、(b)にサイアロンの焼結体からなるニブ2を示す。ダイスケース3は金属SCM435からなり、軸方向端部にリング状の半径方向突出部31を設け、これの付け根から軸方向にニブ2を装着する嵌合わせ部30を設けており、ニブ2をダイスケース3に一体化すべく、ダイスケース3を加熱してダイスケースの内径:嵌合わせ部30の径aが膨張し拡径した状態で、常温状態にあるニブ2を挿入し、焼嵌めする。
【0019】
サイアロンの焼結体は、超硬合金に比べ、破壊靭性値が低く、したがってニブに使用すると、引き抜き加工中にめっき鋼線の軸方向に沿ってニブが破壊する危険がある。そこで、ダイスケース3にニブ2を焼き嵌めにて強嵌し、ニブ2の円周方向に圧縮力を作用させるのである。
そして、本発明は焼嵌めの締め代を大きくし、大きな圧縮力をニブに作用させるのであり、具体的には、ダイスケース内径aとニブ外径bの比は0.994≦a/b≦0.998が望ましい。0.998超えではニブの締め付けが弱く、引き抜き加工によるアプローチおよびベアリングの拡径圧力により、ニブ2の割れが起こりやすくなる。0.994未満ではダイスケース3を加熱し膨張させても、ダイスケース3の内径がニブ2を挿入するに足りる径に拡径せず、ニブ2の嵌合わせが困難であり、嵌合わせできても冷却する過程でニブが破壊されることもあるので、下限を0.994としたのである。
【0020】
本発明ダイス1を使用した冷間引き抜き加工は、湿式伸線機において行なわれる。図4はその湿式伸線機5の例を示しており、潤滑剤を満たしたボックス50内にテーパーコーン状の2対のキャプスタン51,51、52,52を所定間隔をおいて配し、入口にひとつ、中間に1つ、出口に1つ、他を上流側キャプスタン51、51間と下流側キャプスタン間52,52に所要数ずつ配し、めっき鋼線を所要の線速で移動させて所定の引き抜き、地上げ径に伸線し、ボビン6に巻き取るのである。
【0021】
次に、本発明を適用した引き抜き加工例を示す。
1)本発明ダイス1は図4に示す湿式伸線機に16個セットし、亜鉛めっき鋼線を冷間伸線加工した。亜鉛めっき鋼線は、溶融亜鉛めっき法でめっきしたもので直径1.55mmの鋼線を、400m/分の線速で0.40mmに伸線し、ボビン6に巻き取った。
2)本発明のダイス1は、材質SCM435のダイスケースと、サイアロンを主成分とするセラミックスを1750度で焼結したニブ2からなり、ダイスケース内径aは16.5mmに加工し、ニブ外径bは16.566mmに加工し、ダイスケースを高温で熱し、ニブを焼嵌めして強嵌一体化している。
【0022】
3)ニブ2は、図2のように、マウス21、アプローチ22、ベアリング23、第1バック241、第2バック242から構成され。マウス21はラッパ状をなし、アプローチ22の角度は12度、ベアリング23の角度は0度、第1バック241の角度は25度、第2バック242の角度は80度とした。
【0023】
上記本発明のサイアロンダイス、従来の超硬合金ダイスを用い、それぞれ直径1.55mmの鋼線を400m/分の線速で0.40mmに冷間伸線加工した結果を表1に示す。
【0024】
【表1】

【0025】
表1から明らかなように、本発明のサイアロンダイスの実施例1,2,3および従来例1,2,3はアプローチ、バック境界面が欠けることなくそれぞれ亜鉛めっき鋼線を49000m伸線することができた。
比較例1に示すバック角80度の1段バック式のサイアロンダイスは、伸線途中でアプローチ、バック境界面の欠けが発生し伸線不能となったが、2段バック角のものは欠けが発生せず最後まで円滑に引抜を行なえた。
【0026】
サイアロンダイス、超硬合金ダイスでそれぞれ49000m伸線した亜鉛めっき鋼線は湿式伸線機5からボビン6に巻き取られる。実験では、ボビン6の胴径165mmで、これに巻き取られた巻取り径は270mmであった。
【0027】
評価方法について説明すると「削りカス」は、亜鉛めっき鋼線を49000m伸線した後に、湿式伸線機のボックス50内に堆積しためっき削り屑を集め、その量を測定した。「めっきキズ」はボビンに巻き取った後、巻き取り径の全表面を目視により観察し、亜鉛めっき鋼線のキズをカウントした。
図5は伸線加工した亜鉛めっき鋼線を24倍に拡大し、「めっきキズ」を示したものであり、亜鉛めっき層の削れにより鉄地肌が露出し、長手方向に引っかかれた凹のキズの状態を呈している。
【0028】
「削りカス」に関して説明すると、49000m伸線したときの従来例1,2,3の削り屑量はそれぞれ151.9g、208.4g、248,3gであり、平均すると202.9gと多量なものとなる。本発明の実施例1,2,3の削り屑量は、それぞれ4.0g、3.3g、2.1gで、平均すると3.1gと極めて微量である。これは、本発明がニブ材質を亜鉛やその合金と親和力がなく、反応性がないサイアロンとしたことによることは明らかである。
【0029】
「めっきのキズ」も従来例1,2,3のキズはそれぞれ0個、0個、16個である。実施例1,2,3のキズはそれぞれ0個、0個、0個、であり、従来例に対し明らかに優位性が確認された。
【0030】
図6は49000mm伸線後の本発明による伸線機内部の状況を示しており、図7は同じく超硬ダイスを用いた場合の伸線機内部の状況を示している。7は「削りカス」であり、アプローチに多量に堆積していることがわかる。
図6と図7から明らかなように、本発明は非常にクリーンな状態となっている。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】(a)は本発明による冷間引き抜きダイスの一例を示す正面図、(b)は(a)のA−A断面図である。
【図2】図1におけるニブの詳細を示す断面図である。
【図3】(a)は本発明のケースの断面図、(b)はニブの断面図である。
【図4】本発明を適用した湿式伸線機を示す平面図である。
【図5】引き抜き加工実験の結果(めっき削れ)を示す拡大側面図である。
【図6】(a)は本発明ダイスを用いて49000mm引き抜きを行なった後の湿式伸線ボックス内ダイス部分の斜視図、(b)は平面図である。
【図7】(a)は超硬ダイスを用いて49000mm引き抜きを行なった後の湿式伸線ボックス内ダイス部分の斜視図、(b)は平面図である。
【符号の説明】
【0032】
1 ダイス
2 サイアロンニブ
3 ダイスケース
241 第1バック
242 第2バック
a ダイスケース内径
b ニブ外径
5 湿式伸線機

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製のダイスケースにニブが嵌合された引き抜き加工用ダイスであって、前記ニブがサイアロンを主成分とするセラミックスからなり、
前記ニブは、マウス、アプローチ、ベアリングおよびバックを順次形成しており、前記バックが二段のバック角を有し、
ダイスケース内径とニブ外径が、0.994≦a/b≦0.998(但し、a=ダイスケース内径、b=ニブ外径とする。)を満足することを特徴とする引き抜き加工用ダイス。
【請求項2】
亜鉛または亜鉛アルミ合金めっきを施した鋼線を多段で冷間引き抜き加工するにあたり、ダイスとして請求項1に記載のものを使用することを特徴とするめっき鋼線の引き抜き加工法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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