弱毒ウイルスの作出方法
【課題】従来法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化することができる新規な手段を提供すること。
【解決手段】本発明の弱毒ウイルスの作出方法は、ウイルスが感染した株化細胞を培養し、次いで、ウイルス非感染細胞へのウイルスの再接種をすることなく、感染細胞を継代培養する工程を含む。ウイルスが本来はCPEを示さない非感受性の細胞株を用いて、ウイルス感染細胞自体を細胞継代することにより、ウイルス回収・再接種という操作をすることなくウイルスを維持できる。このような細胞継代を繰り返すことで、従来の継代培養法による弱毒化方法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化できる。
【解決手段】本発明の弱毒ウイルスの作出方法は、ウイルスが感染した株化細胞を培養し、次いで、ウイルス非感染細胞へのウイルスの再接種をすることなく、感染細胞を継代培養する工程を含む。ウイルスが本来はCPEを示さない非感受性の細胞株を用いて、ウイルス感染細胞自体を細胞継代することにより、ウイルス回収・再接種という操作をすることなくウイルスを維持できる。このような細胞継代を繰り返すことで、従来の継代培養法による弱毒化方法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化できる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弱毒ウイルスの作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
弱毒ウイルスは、ウイルス感染症の治療及び予防のための有用な手段の一つである。弱毒ウイルスの作出方法としては、従来よりウイルスの継代培養法が知られている。これは、培養細胞へのウイルス接種、感染細胞の培養、増殖したウイルスの回収及び非感染細胞への再接種を繰り返してウイルスの変異を促し、もとのウイルスよりも毒性が低下したウイルスを取得するものであり、各種のウイルスにおいてこの方法で種々の弱毒ウイルスが得られている。
【0003】
豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)は、PRRSウイルスの感染によって引き起こされる疾病であり、雌豚の繁殖障害と幼豚の呼吸器病を特徴とする。1987年に米国で、次いで1990年に欧州で発生が確認された後、現在では世界的に蔓延し、流産・死産や幼豚の死亡を招いて養豚業界に甚大な経済的損失を与えている。
【0004】
PRRSの予防及び治療のために、種々のPRRS弱毒ウイルスワクチンが開発されている。例えば、特許文献1〜4には、PRRSウイルスの継代培養により弱毒ウイルスを得る方法が記載されている。しかしながら、いずれの文献でも、継代培養工程はウイルスの回収及び非感染細胞への再接種を繰り返すことによって行なわれている。いずれの文献にも、PRRSウイルスが本来は細胞変性効果(CPE)を示さない非感受性の培養細胞を用いて、ウイルス回収・再接種という操作をすることなく感染細胞自体を細胞継代することによりウイルスを維持する方法は、全く記載も示唆もされていない。そして、これら公知の方法ではウイルスの継代回数が多く、特許文献1では合計で47代、特許文献2では70代以上、特許文献3では49代以上、特許文献4では最低200代以上である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2750557号
【特許文献2】特許第4300252号
【特許文献3】特開2007-320963号公報
【特許文献4】特表2003-523727号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】DISEASES OF SWINE, 9th edition, p.387-417, Chapter 24, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、従来法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化することができる新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は、鋭意研究の結果、ウイルスが本来はCPEを示さない非感受性の細胞株を用いて、ウイルス感染細胞自体を細胞継代することにより、ウイルス回収・再接種という操作をすることなくウイルスを維持できること、このような細胞継代を繰り返すことで、従来の継代培養法による弱毒化方法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化できることを見出し、本願発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、ウイルスが感染した株化細胞を培養し、次いで、ウイルス非感染細胞へのウイルスの再接種をすることなく、感染細胞を継代培養する工程を含む、弱毒ウイルスの作出方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により作出された弱毒ウイルスを提供する。さらに、本発明は、上記本発明の弱毒ウイルスを含むワクチンを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、新規な継代法によるウイルスの弱毒方法が提供された。本発明によれば、公知の方法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化できる。公知の継代培養法では、感染細胞からのウイルス回収・再接種を繰り返すことでウイルスが継代され弱毒化されるが、本発明の方法ではこのような回収・再接種を行なう必要がない。従って、ウイルスを継代するための新たな細胞を調製する必要がなく、工程が簡便である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の方法では、ウイルスを株化細胞に接種し、感染細胞の細胞継代を連続して複数回繰り返す。この細胞継代では、ウイルス感染細胞からのウイルスの回収及び新たな細胞(非感染細胞)への再接種という操作をせず、ウイルス感染細胞自体を細胞継代する。すなわち、ウイルス感染細胞の一部を採取して新鮮な培地に植え継ぎ、感染細胞が一定以上増殖したら再度新たな培地に植え継ぐ。植え継ぎのタイミングは、通常の株化細胞を細胞継代する場合と同様であり、細胞の密度が過剰にならないように適当な間隔で継代すればよい。培地は、用いる株化細胞の種類に応じて選択される。なお、本明細書において、ウイルスの回収及び再接種によってウイルスを継代する公知の方法を「ウイルス継代法」といい、本発明の継代法を「感染細胞継代法」ということがある。
【0012】
感染細胞の継代工程の回数は特に限定されず、弱毒化すべきウイルスの種類に応じて変動し得るが、通常は15〜35回程度、特に17〜30回程度行なえば弱毒化を達成できる。本発明の感染細胞継代法によれば、公知のウイルス継代法よりも少ない継代回数で弱毒化ウイルスを取得することができる。例えば、PRRSウイルスの場合、公知のウイルス継代法では約50回程度以上の継代を行なう必要があるが(特許文献1〜4)、本発明の方法では、非感受性株化細胞での継代第25代程度で弱毒ウイルスを取得することができる(下記実施例参照)。
【0013】
感染細胞の継代工程の合計回数は上記の通りであるが、5回程度以上、好ましくは7回程度以上連続して細胞継代が行なわれればよく、継代の全工程中に少数回のウイルス回収・再接種の工程を含ませることは差し支えない。ただし、このウイルス回収・再接種工程は連続して行なわれない。例えば、下記実施例に記載されるように、連続して7回の細胞継代を3セット行ない、その間に各1回のウイルス回収・再接種を行なってもよい。この際のウイルス回収・再接種は、常法通りに行なうことができ、例えば別途培養した感染前の株化細胞を単層培養になるように準備し、これに感染細胞及び/又はその培養液を添加してウイルス接種を行なえばよい。このような工程は、弱毒化すべきウイルスが、用いた株化細胞に順化したかどうかを確認するのに有用である。
【0014】
用いる株化細胞は、弱毒化すべきウイルスが細胞変性効果(CPE)を示さずに持続的に感染可能な細胞であればよい。そのような細胞は、通常、そのウイルスの天然の宿主とは異なる動物に由来する細胞であり、一般にはそのウイルスとの関係で非感受性細胞として扱われている細胞である。そのような株化細胞は、当業者であればウイルスの種類に応じて適宜選択することができる。
【0015】
例えば、PRRSウイルスの場合、天然の宿主である豚以外の動物に由来する細胞のうち、アフリカミドリザル腎細胞由来のMA104系細胞(MA104細胞又はCL-2621、MARC-145等のその派生細胞株)、コットンラット肺細胞(ATCC PTA-3930)がPRRSウイルス感受性であることが知られている(非特許文献1)。このような感受性細胞は、PRRSウイルスに感染すると、細胞内でウイルスが増殖し、CPEを示す。従って、PRRSウイルスを弱毒化する場合、これら以外の非感受性細胞が用いられる。具体例としては、非MA104系の非豚由来細胞が好ましく、中でも非MA104系サル腎細胞が好ましく、特にベロ細胞が好ましい。
【0016】
細胞継代工程では、ウイルスによる細胞変性効果が観察されないため、必要に応じ、公知の常法により細胞内のウイルスの存在を確認してもよい。例えば、ウイルスゲノムの一部を増幅できるプライマーを用いたPCRや抗血清を用いた間接蛍光抗体法等により、容易にウイルスの存在を確認することができる。
【0017】
ウイルスが株化細胞に順化すると、CPEが観察されるようになる。細胞継代工程中に任意で挿入するウイルス回収・再接種の工程は、CPEが生じるようになったか否か(順化したか否か)を確認するのに有用である。ウイルスの順化が確認された場合、該ウイルスは弱毒化している可能性が高い。ウイルスが弱毒化したか否かは、宿主動物(宿主がヒトの場合はサル等の代替動物)への接種試験によって常法により確認することができる。動物を用いた接種試験に先立ち、予備的な試験として、本来の感受性細胞に感染させて感受性の低下(CPEの低下ないしは消失)を確認してもよい。PRRSウイルスの場合には一般に豚肺胞マクロファージを用いて予備的な試験が行われる。予備試験や接種試験で弱毒化が不十分だった場合には、可能であればさらに細胞継代に付してもよいし、CPEにより細胞継代が困難であるときは従来のウイルス継代に付してもよい。
【0018】
本発明の方法で弱毒化できるウイルスは特に限定されず、種々の動物ウイルスに本発明の方法を適用することができる。具体例としてはPRRSウイルスを挙げることができる。PRRSウイルスには北米型と欧米型が存在するが、そのいずれであってもよい。
【0019】
PRRSウイルスは、通常、豚肺胞マクロファージやMA104細胞を用いて飼育豚から分離され維持される。従って、本発明の方法でPRRSウイルスを弱毒化する場合、該ウイルスは、豚肺胞マクロファージやMA104細胞等の感受性細胞で数回継代されて維持された状態のものであってよい。例えば、豚肺胞マクロファージで数回、次いでMA104系細胞で数回ウイルス継代(ウイルス回収及び再接種による継代)した状態のウイルスに対して本発明の方法を実施することができる。PRRSウイルス以外のウイルスの場合も同様であり、感受性細胞を用いて継代することで生体から分離し維持された状態のものを用いることができる。
【0020】
本発明の方法により作出された弱毒ウイルスは、もとのウイルスの感染によって生じる疾患の治療及び予防のためのワクチンとして調製することができる。弱毒ウイルスを用いたワクチンの調製方法はこの分野で周知であり、常法により調製することができる。例えば、公知の賦形剤やアジュバント等と弱毒ウイルスを混合し、生ウイルスワクチン製剤として調製することができる。
【0021】
ワクチンの投与経路は特に限定されず、非経口でも経口でもよい。生ウイルスワクチンの場合は、通常、皮下投与、筋肉内投与、鼻腔内投与等の非経口投与により投与されるが、これらに限定されない。投与量は、もとのウイルスによる感染症を予防、治療ないしは軽減できる程度の量であればよく、年齢、体重、症状等に応じて適宜選択することができ、特に限定されない。例えば、豚の場合には通常1頭当たり102〜109 TCID50程度、特に104〜107.5 TCID50程度である。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0023】
1.PRRSウイルス分離株の取得
野外飼育豚から、以下に示す通りに独自に豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)ウイルスを分離した。ウイルスゲノム配列の一部を解析した結果から、当該分離株は北米型PRRSウイルスであることが判明した。
【0024】
PRRSの症状を示す野外飼育豚から接種材料(肺)を採取した。豚肺胞マクロファージ(PRRS陰性SPF豚の肺から独自に採取)をRPMI1640培地中で培養して密集度80%程度に調整し、上記接種材料をこのマクロファージに接種して、37℃で5〜7日間培養した。細胞変性効果(CPE)が確認された後、感染細胞及び培養液の一部を回収し、新たな豚肺胞マクロファージに添加して細胞にウイルスを接種した。このウイルス継代操作を合計3代行なった。
【0025】
次いで、豚肺胞マクロファージで培養したウイルス液(回収培養液)をMARC145細胞(MA104系、家畜衛生試験場(現:動物衛生研究所)より入手)に接種して37℃で5〜7日間培養した。MARC145細胞は、MEM培地中で培養し、単層培養に調整して接種に用いた。細胞変性効果(CPE)が確認された後、感染細胞及び培養液の一部を回収し、新たなMARC145細胞に添加して細胞にウイルスを接種した。このウイルス継代操作を合計6代行なった。
【0026】
2.ベロ細胞を用いたPRRSウイルス分離株の弱毒化
MARC145細胞で培養したウイルス液(回収培養液)をベロ細胞(理研セルバンクより入手)に接種し、37℃で5〜7日間培養した。ベロ細胞はMEM培地中で培養し、単層培養に調整して接種に用いた。接種後、CPEは確認されなかったが、抗血清を用いた間接蛍光抗体法により細胞内のウイルスの存在は確認できた。
【0027】
CPEが確認されないウイルス感染ベロ細胞の細胞継代を行なった。すなわち、ウイルス感染細胞の一部を新たな培地に播種して継代培養(37℃、5〜7日間)した。この細胞継代を7回(ベロ細胞で第8代まで)実施した。この時点でもCPEは確認されないままであった。
【0028】
第8代の感染細胞及びその培養液を一旦回収し、回収した培養液を新たなベロ細胞に接種した。5〜7日間培養後でもCPEは確認されなかった。そこで、上記した細胞継代を再び7回(第16代まで)実施した。
【0029】
ベロ細胞で通算16代目の感染細胞及び培養液を回収し、再び新たなベロ細胞に接種した。CPEはやはり確認されなかった。そこで、上記した細胞継代をさらに7回実施した(第24代まで、細胞継代工程は計21回)。
【0030】
その後、ベロ細胞で通算24代目の感染細胞及び培養液を回収し、もう一回ベロ細胞に接種・培養し、培養液を回収した(ベロ細胞で25代目)。この時点でベロ細胞にCPEが確認できた。
【0031】
これ以降はベロ細胞に明瞭なCPEが出現し、細胞の破壊も顕著で感染細胞として維持・継代することが困難であったため、従来の「ウイルス回収・再接種」の操作でベロ細胞でのウイルス継代を進めた。
【0032】
以上により、ベロ細胞で25代目(PRRSVwt-7/Vero-25T)、33代目(PRRSVwt-7/Vero-33T)及び40代目(PRRSVwt-7/Vero-40T)の3つのウイルス株を取得した。また、後述するマクロファージへの接種試験にて弱毒化を確認した後、33代目のウイルス株PRRSVwt-7/Vero-33Tを再度ベロ細胞に接種し、34代目のウイルス株PRRSVwt-7/Vero-34Tを得た。
【0033】
3.弱毒化の確認
(1) 各種細胞への感受性試験
予備試験として、上記で得たウイルス株のうち33代目(PRRSVwt-7/Vero-33T)について、豚肺胞マクロファージへの感受性を確認した。コントロールのウイルス株として、MARC145細胞で7代及び27代継代(ウイルス回収・再接種)した株を用いた。回収培養液(ウイルス液)を豚肺胞マクロファージ(Mφ)、MARC145細胞、ベロ細胞に接種し、各ウイルスの力価を算出して比較した。試験に用いたウイルス株と試験の結果をそれぞれ表1及び表2に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
MARC145細胞で7代および27代継代(回収・再接種)という操作では、Mφへの感受性は残存していた。ベロ細胞で33代継代した株では、Mφへの感受性が消失していた。
【0037】
(2) 子豚への接種試験
下記表3に示す通り、4週齢のPRRS陰性SPF豚5頭に1頭当たり106.8TCID50のウイルス液を筋肉内接種し、4週間観察した。比較のため、PRRSVwt-7/MARC-7T(比較例)及び市販の弱毒生ワクチン製剤(参考例)を接種した。市販のワクチンは販売者が推奨する用法・用量通りに用いた。
【0038】
【表3】
【0039】
結果を表4に示す。実施例1〜3の接種群では、いずれも、観察期間中に発熱や発咳、元気消失といった臨床症状は確認されなかった。一方で、比較例の接種群では、接種2週目から発熱、元気消失及び腹式呼吸といったPRRSに特徴的な臨床症状が確認された。
【0040】
【表4】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弱毒ウイルスの作出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
弱毒ウイルスは、ウイルス感染症の治療及び予防のための有用な手段の一つである。弱毒ウイルスの作出方法としては、従来よりウイルスの継代培養法が知られている。これは、培養細胞へのウイルス接種、感染細胞の培養、増殖したウイルスの回収及び非感染細胞への再接種を繰り返してウイルスの変異を促し、もとのウイルスよりも毒性が低下したウイルスを取得するものであり、各種のウイルスにおいてこの方法で種々の弱毒ウイルスが得られている。
【0003】
豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)は、PRRSウイルスの感染によって引き起こされる疾病であり、雌豚の繁殖障害と幼豚の呼吸器病を特徴とする。1987年に米国で、次いで1990年に欧州で発生が確認された後、現在では世界的に蔓延し、流産・死産や幼豚の死亡を招いて養豚業界に甚大な経済的損失を与えている。
【0004】
PRRSの予防及び治療のために、種々のPRRS弱毒ウイルスワクチンが開発されている。例えば、特許文献1〜4には、PRRSウイルスの継代培養により弱毒ウイルスを得る方法が記載されている。しかしながら、いずれの文献でも、継代培養工程はウイルスの回収及び非感染細胞への再接種を繰り返すことによって行なわれている。いずれの文献にも、PRRSウイルスが本来は細胞変性効果(CPE)を示さない非感受性の培養細胞を用いて、ウイルス回収・再接種という操作をすることなく感染細胞自体を細胞継代することによりウイルスを維持する方法は、全く記載も示唆もされていない。そして、これら公知の方法ではウイルスの継代回数が多く、特許文献1では合計で47代、特許文献2では70代以上、特許文献3では49代以上、特許文献4では最低200代以上である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第2750557号
【特許文献2】特許第4300252号
【特許文献3】特開2007-320963号公報
【特許文献4】特表2003-523727号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】DISEASES OF SWINE, 9th edition, p.387-417, Chapter 24, 2006
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
従って、本発明は、従来法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化することができる新規な手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願発明者は、鋭意研究の結果、ウイルスが本来はCPEを示さない非感受性の細胞株を用いて、ウイルス感染細胞自体を細胞継代することにより、ウイルス回収・再接種という操作をすることなくウイルスを維持できること、このような細胞継代を繰り返すことで、従来の継代培養法による弱毒化方法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化できることを見出し、本願発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、ウイルスが感染した株化細胞を培養し、次いで、ウイルス非感染細胞へのウイルスの再接種をすることなく、感染細胞を継代培養する工程を含む、弱毒ウイルスの作出方法を提供する。また、本発明は、上記本発明の方法により作出された弱毒ウイルスを提供する。さらに、本発明は、上記本発明の弱毒ウイルスを含むワクチンを提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明により、新規な継代法によるウイルスの弱毒方法が提供された。本発明によれば、公知の方法よりも少ない継代回数でウイルスを弱毒化できる。公知の継代培養法では、感染細胞からのウイルス回収・再接種を繰り返すことでウイルスが継代され弱毒化されるが、本発明の方法ではこのような回収・再接種を行なう必要がない。従って、ウイルスを継代するための新たな細胞を調製する必要がなく、工程が簡便である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の方法では、ウイルスを株化細胞に接種し、感染細胞の細胞継代を連続して複数回繰り返す。この細胞継代では、ウイルス感染細胞からのウイルスの回収及び新たな細胞(非感染細胞)への再接種という操作をせず、ウイルス感染細胞自体を細胞継代する。すなわち、ウイルス感染細胞の一部を採取して新鮮な培地に植え継ぎ、感染細胞が一定以上増殖したら再度新たな培地に植え継ぐ。植え継ぎのタイミングは、通常の株化細胞を細胞継代する場合と同様であり、細胞の密度が過剰にならないように適当な間隔で継代すればよい。培地は、用いる株化細胞の種類に応じて選択される。なお、本明細書において、ウイルスの回収及び再接種によってウイルスを継代する公知の方法を「ウイルス継代法」といい、本発明の継代法を「感染細胞継代法」ということがある。
【0012】
感染細胞の継代工程の回数は特に限定されず、弱毒化すべきウイルスの種類に応じて変動し得るが、通常は15〜35回程度、特に17〜30回程度行なえば弱毒化を達成できる。本発明の感染細胞継代法によれば、公知のウイルス継代法よりも少ない継代回数で弱毒化ウイルスを取得することができる。例えば、PRRSウイルスの場合、公知のウイルス継代法では約50回程度以上の継代を行なう必要があるが(特許文献1〜4)、本発明の方法では、非感受性株化細胞での継代第25代程度で弱毒ウイルスを取得することができる(下記実施例参照)。
【0013】
感染細胞の継代工程の合計回数は上記の通りであるが、5回程度以上、好ましくは7回程度以上連続して細胞継代が行なわれればよく、継代の全工程中に少数回のウイルス回収・再接種の工程を含ませることは差し支えない。ただし、このウイルス回収・再接種工程は連続して行なわれない。例えば、下記実施例に記載されるように、連続して7回の細胞継代を3セット行ない、その間に各1回のウイルス回収・再接種を行なってもよい。この際のウイルス回収・再接種は、常法通りに行なうことができ、例えば別途培養した感染前の株化細胞を単層培養になるように準備し、これに感染細胞及び/又はその培養液を添加してウイルス接種を行なえばよい。このような工程は、弱毒化すべきウイルスが、用いた株化細胞に順化したかどうかを確認するのに有用である。
【0014】
用いる株化細胞は、弱毒化すべきウイルスが細胞変性効果(CPE)を示さずに持続的に感染可能な細胞であればよい。そのような細胞は、通常、そのウイルスの天然の宿主とは異なる動物に由来する細胞であり、一般にはそのウイルスとの関係で非感受性細胞として扱われている細胞である。そのような株化細胞は、当業者であればウイルスの種類に応じて適宜選択することができる。
【0015】
例えば、PRRSウイルスの場合、天然の宿主である豚以外の動物に由来する細胞のうち、アフリカミドリザル腎細胞由来のMA104系細胞(MA104細胞又はCL-2621、MARC-145等のその派生細胞株)、コットンラット肺細胞(ATCC PTA-3930)がPRRSウイルス感受性であることが知られている(非特許文献1)。このような感受性細胞は、PRRSウイルスに感染すると、細胞内でウイルスが増殖し、CPEを示す。従って、PRRSウイルスを弱毒化する場合、これら以外の非感受性細胞が用いられる。具体例としては、非MA104系の非豚由来細胞が好ましく、中でも非MA104系サル腎細胞が好ましく、特にベロ細胞が好ましい。
【0016】
細胞継代工程では、ウイルスによる細胞変性効果が観察されないため、必要に応じ、公知の常法により細胞内のウイルスの存在を確認してもよい。例えば、ウイルスゲノムの一部を増幅できるプライマーを用いたPCRや抗血清を用いた間接蛍光抗体法等により、容易にウイルスの存在を確認することができる。
【0017】
ウイルスが株化細胞に順化すると、CPEが観察されるようになる。細胞継代工程中に任意で挿入するウイルス回収・再接種の工程は、CPEが生じるようになったか否か(順化したか否か)を確認するのに有用である。ウイルスの順化が確認された場合、該ウイルスは弱毒化している可能性が高い。ウイルスが弱毒化したか否かは、宿主動物(宿主がヒトの場合はサル等の代替動物)への接種試験によって常法により確認することができる。動物を用いた接種試験に先立ち、予備的な試験として、本来の感受性細胞に感染させて感受性の低下(CPEの低下ないしは消失)を確認してもよい。PRRSウイルスの場合には一般に豚肺胞マクロファージを用いて予備的な試験が行われる。予備試験や接種試験で弱毒化が不十分だった場合には、可能であればさらに細胞継代に付してもよいし、CPEにより細胞継代が困難であるときは従来のウイルス継代に付してもよい。
【0018】
本発明の方法で弱毒化できるウイルスは特に限定されず、種々の動物ウイルスに本発明の方法を適用することができる。具体例としてはPRRSウイルスを挙げることができる。PRRSウイルスには北米型と欧米型が存在するが、そのいずれであってもよい。
【0019】
PRRSウイルスは、通常、豚肺胞マクロファージやMA104細胞を用いて飼育豚から分離され維持される。従って、本発明の方法でPRRSウイルスを弱毒化する場合、該ウイルスは、豚肺胞マクロファージやMA104細胞等の感受性細胞で数回継代されて維持された状態のものであってよい。例えば、豚肺胞マクロファージで数回、次いでMA104系細胞で数回ウイルス継代(ウイルス回収及び再接種による継代)した状態のウイルスに対して本発明の方法を実施することができる。PRRSウイルス以外のウイルスの場合も同様であり、感受性細胞を用いて継代することで生体から分離し維持された状態のものを用いることができる。
【0020】
本発明の方法により作出された弱毒ウイルスは、もとのウイルスの感染によって生じる疾患の治療及び予防のためのワクチンとして調製することができる。弱毒ウイルスを用いたワクチンの調製方法はこの分野で周知であり、常法により調製することができる。例えば、公知の賦形剤やアジュバント等と弱毒ウイルスを混合し、生ウイルスワクチン製剤として調製することができる。
【0021】
ワクチンの投与経路は特に限定されず、非経口でも経口でもよい。生ウイルスワクチンの場合は、通常、皮下投与、筋肉内投与、鼻腔内投与等の非経口投与により投与されるが、これらに限定されない。投与量は、もとのウイルスによる感染症を予防、治療ないしは軽減できる程度の量であればよく、年齢、体重、症状等に応じて適宜選択することができ、特に限定されない。例えば、豚の場合には通常1頭当たり102〜109 TCID50程度、特に104〜107.5 TCID50程度である。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0023】
1.PRRSウイルス分離株の取得
野外飼育豚から、以下に示す通りに独自に豚繁殖・呼吸障害症候群(PRRS)ウイルスを分離した。ウイルスゲノム配列の一部を解析した結果から、当該分離株は北米型PRRSウイルスであることが判明した。
【0024】
PRRSの症状を示す野外飼育豚から接種材料(肺)を採取した。豚肺胞マクロファージ(PRRS陰性SPF豚の肺から独自に採取)をRPMI1640培地中で培養して密集度80%程度に調整し、上記接種材料をこのマクロファージに接種して、37℃で5〜7日間培養した。細胞変性効果(CPE)が確認された後、感染細胞及び培養液の一部を回収し、新たな豚肺胞マクロファージに添加して細胞にウイルスを接種した。このウイルス継代操作を合計3代行なった。
【0025】
次いで、豚肺胞マクロファージで培養したウイルス液(回収培養液)をMARC145細胞(MA104系、家畜衛生試験場(現:動物衛生研究所)より入手)に接種して37℃で5〜7日間培養した。MARC145細胞は、MEM培地中で培養し、単層培養に調整して接種に用いた。細胞変性効果(CPE)が確認された後、感染細胞及び培養液の一部を回収し、新たなMARC145細胞に添加して細胞にウイルスを接種した。このウイルス継代操作を合計6代行なった。
【0026】
2.ベロ細胞を用いたPRRSウイルス分離株の弱毒化
MARC145細胞で培養したウイルス液(回収培養液)をベロ細胞(理研セルバンクより入手)に接種し、37℃で5〜7日間培養した。ベロ細胞はMEM培地中で培養し、単層培養に調整して接種に用いた。接種後、CPEは確認されなかったが、抗血清を用いた間接蛍光抗体法により細胞内のウイルスの存在は確認できた。
【0027】
CPEが確認されないウイルス感染ベロ細胞の細胞継代を行なった。すなわち、ウイルス感染細胞の一部を新たな培地に播種して継代培養(37℃、5〜7日間)した。この細胞継代を7回(ベロ細胞で第8代まで)実施した。この時点でもCPEは確認されないままであった。
【0028】
第8代の感染細胞及びその培養液を一旦回収し、回収した培養液を新たなベロ細胞に接種した。5〜7日間培養後でもCPEは確認されなかった。そこで、上記した細胞継代を再び7回(第16代まで)実施した。
【0029】
ベロ細胞で通算16代目の感染細胞及び培養液を回収し、再び新たなベロ細胞に接種した。CPEはやはり確認されなかった。そこで、上記した細胞継代をさらに7回実施した(第24代まで、細胞継代工程は計21回)。
【0030】
その後、ベロ細胞で通算24代目の感染細胞及び培養液を回収し、もう一回ベロ細胞に接種・培養し、培養液を回収した(ベロ細胞で25代目)。この時点でベロ細胞にCPEが確認できた。
【0031】
これ以降はベロ細胞に明瞭なCPEが出現し、細胞の破壊も顕著で感染細胞として維持・継代することが困難であったため、従来の「ウイルス回収・再接種」の操作でベロ細胞でのウイルス継代を進めた。
【0032】
以上により、ベロ細胞で25代目(PRRSVwt-7/Vero-25T)、33代目(PRRSVwt-7/Vero-33T)及び40代目(PRRSVwt-7/Vero-40T)の3つのウイルス株を取得した。また、後述するマクロファージへの接種試験にて弱毒化を確認した後、33代目のウイルス株PRRSVwt-7/Vero-33Tを再度ベロ細胞に接種し、34代目のウイルス株PRRSVwt-7/Vero-34Tを得た。
【0033】
3.弱毒化の確認
(1) 各種細胞への感受性試験
予備試験として、上記で得たウイルス株のうち33代目(PRRSVwt-7/Vero-33T)について、豚肺胞マクロファージへの感受性を確認した。コントロールのウイルス株として、MARC145細胞で7代及び27代継代(ウイルス回収・再接種)した株を用いた。回収培養液(ウイルス液)を豚肺胞マクロファージ(Mφ)、MARC145細胞、ベロ細胞に接種し、各ウイルスの力価を算出して比較した。試験に用いたウイルス株と試験の結果をそれぞれ表1及び表2に示す。
【0034】
【表1】
【0035】
【表2】
【0036】
MARC145細胞で7代および27代継代(回収・再接種)という操作では、Mφへの感受性は残存していた。ベロ細胞で33代継代した株では、Mφへの感受性が消失していた。
【0037】
(2) 子豚への接種試験
下記表3に示す通り、4週齢のPRRS陰性SPF豚5頭に1頭当たり106.8TCID50のウイルス液を筋肉内接種し、4週間観察した。比較のため、PRRSVwt-7/MARC-7T(比較例)及び市販の弱毒生ワクチン製剤(参考例)を接種した。市販のワクチンは販売者が推奨する用法・用量通りに用いた。
【0038】
【表3】
【0039】
結果を表4に示す。実施例1〜3の接種群では、いずれも、観察期間中に発熱や発咳、元気消失といった臨床症状は確認されなかった。一方で、比較例の接種群では、接種2週目から発熱、元気消失及び腹式呼吸といったPRRSに特徴的な臨床症状が確認された。
【0040】
【表4】
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスが感染した株化細胞を培養し、次いで、ウイルス非感染細胞へのウイルスの再接種をすることなく、感染細胞を継代培養する工程を含む、弱毒ウイルスの作出方法。
【請求項2】
前記工程が15〜35回行われる請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記細胞は、弱毒前の前記ウイルスが細胞変性効果を示さない細胞である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記ウイルスが豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルスであり、前記細胞が非MA104系サル腎細胞である請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記細胞がベロ細胞である請求項4記載の方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法により作出された弱毒ウイルス。
【請求項7】
請求項6記載の弱毒ウイルスを含むワクチン。
【請求項1】
ウイルスが感染した株化細胞を培養し、次いで、ウイルス非感染細胞へのウイルスの再接種をすることなく、感染細胞を継代培養する工程を含む、弱毒ウイルスの作出方法。
【請求項2】
前記工程が15〜35回行われる請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記細胞は、弱毒前の前記ウイルスが細胞変性効果を示さない細胞である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記ウイルスが豚繁殖・呼吸障害症候群ウイルスであり、前記細胞が非MA104系サル腎細胞である請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記細胞がベロ細胞である請求項4記載の方法。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の方法により作出された弱毒ウイルス。
【請求項7】
請求項6記載の弱毒ウイルスを含むワクチン。
【公開番号】特開2011−41534(P2011−41534A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−192750(P2009−192750)
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【出願人】(000201641)全国農業協同組合連合会 (69)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願日】平成21年8月24日(2009.8.24)
【出願人】(000201641)全国農業協同組合連合会 (69)
【Fターム(参考)】
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