説明

強じんな鉄系バルク金属ガラス合金

優れた加工性能およびじん性を有する鉄系リン含有バルク金属ガラス群、かような合金の製造方法、およびそれからの物品の製造方法を提供する。本発明の鉄系合金は、Fe系P含有バルク金属ガラス合金の半金属部分の組成を非常に厳密に調整することによって、驚くほど低いせん断弾性率で、かつ、高いじん性を有する、非常に加工性能のよい合金を得ることができるとの知見に基づく。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は概して鉄系バルク金属ガラス合金に関する。特に、低せん断弾性率を示す鉄系リン含有バルク金属ガラス合金群に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄系のガラスの非常に高い強度、係数、および硬度は、低コストとともに、5年間の尽力により促され、構造応用に好適なアモルファススチールの設計がなされた。合金開発の試みにより、12mmの長さの臨界棒径で4GPa超えの強度を有するガラスを開発し得た。(例えば、非特許文献1〜3参照。参照により各開示内容を本明細書に援用する。)これらの低コスト、超強固な材料は、しかしながら、3MPam1/2程度の低い破壊じん性値を示し、これは構造材料としての許容される最小じん性限界値をはるかに下回る。(例えば非特許文献4を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)これらのガラスの低いじん性は弾性定数、特に高いせん断弾性率に関連し、いくつかの組成物では80GPaを超えると報告されている。(例えば、非特許文献5を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)これらの合金の元素組成を変えることによりこれらの合金を強化する最近の試みにより、より低いせん断弾性率(70GPa未満)を有するガラスが得られ、このガラスは切欠じん性の向上(50MPam1/2程度の強さ)を示すが、ガラス形成能の脆弱を示す(3mm未満の臨界棒径)。(例えば非特許文献6を参照。この開示を参照により本明細書に援用する。)
【0003】
これにより、高いじん性(50MPam1/2超の切欠じん性)を示すが、十分なガラス形成能(6mm程度の大きさの臨界棒径)を示す、非常に低いせん断弾性率(60GPa未満)を有する鉄系の合金の需要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献1】Lu ZP, et at., Phys Rev Lett 2004:92;245503
【非特許文献2】Ponnambalam V, et at., J Mater Res 2004:19; 1320
【非特許文献3】Gu XJ, et al., J Mater Res. 2007:22;344
【非特許文献4】Hess PA, et al., J Mater Res. 2005:20;783
【非特許文献5】Gu XJ, et al., Acta Mater 2008:56;88
【非特許文献6】Lewandowski JJ, et al.., Appl Phys Lett 2008:92;091918
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
よって、本発明によれば、合金の最大の到達可能な臨界棒径で最大限のじん性を有する鉄系バルク金属ガラス合金を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
一実施形態において、本発明の組成物は少なくともFe、P、CおよびBを含み、このうちFeは少なくとも60原子パーセント含み、Pは5〜17.5原子パーセント含み、Cは3〜6.5原子パーセント含み、Bは1〜3.5原子パーセント含む。
【0007】
別の実施形態において、この組成物はPを10〜13原子パーセントを含む。
【0008】
さらに別の実施形態において、この組成物はCを4.5〜5.5原子パーセントを含む。
【0009】
また別の実施形態において、この組成物はBを2〜3原子パーセント含む。
【0010】
またさらに別の実施形態において、この組成物はP、CおよびBを合計で19〜21原子パーセント含む。
【0011】
またさらに別の実施形態において、この組成物はSiを0.5〜2.5原子パーセント含む。別のかような実施形態において、Siは1〜2原子パーセントである。
【0012】
さらに別の実施形態において、この組成物はP、C、BおよびSiを合計で19〜21原子パーセント含む。
【0013】
またさらに別の実施形態において、この組成物はMoを2〜8原子パーセントさらに含む。別のかような実施形態において、Moは4〜6原子パーセントである。かような一実施形態において、この組成物はNiを3〜7原子パーセントさらに含む。さらに別のかような実施形態において、Niは4〜6原子パーセントである。また別のかような実施形態において、この組成物はCrを1〜7原子パーセントさらに含む。またさらに別のかような実施形態において、この組成物はCrを1〜3原子パーセントさらに含む。またさらに別のかような実施形態において、この組成物はCo、Ru、Ga、Al、およびSbのうち少なくとも1つを1〜5原子パーセントさらに含む。
【0014】
またさらに別の実施形態において、この組成物は少なくとも1種の微量元素をさらに含み、ここで前記少なくとも1種の微量元素の総重量比が0.02未満である。
【0015】
またさらに別の実施形態において、この合金は440℃未満のガラス転移点(T)を有する。
【0016】
またさらに別の実施形態において、この合金は60GPa未満のせん断弾性率(G)を有する。
【0017】
またさらに別の実施形態において、この合金は少なくとも2mmの臨界棒径を有する。
【0018】
またさらに別の実施形態において、この合金は以下に記載するものの1つに従う組成物を有する:Fe8012.52.5、Fe80112.5Si1.5、Fe74.5Mo5.512.52.5、Fe74.5Mo5.5112.5Si1.5、Fe70MoNi12.52.5、Fe70MoNi112.5Si1.5、Fe68MoNiCr12.52.5およびFe68MoNiCr112.5Si1.5(数字は原子パーセントを意味する)。
の製造方法に関する。
【0019】
別の実施形態において、本発明は既述のバルク金属ガラス組成物の製造方法に関する。
【0020】
別の実施形態において、本発明は既述の組成物を含有するアモルファス合金からなり、最小寸法で少なくとも1ミリメートルの厚みを有する金属ガラス物体に関する。
【発明の効果】
【0021】
本発明は、優れた加工性能およびじん性を有し、新たな構造応用に使用可能である鉄系金属ガラスに関する。具体的には、本発明にかかる鉄系合金は、鉄系のP含有バルク金属ガラス合金のうち、半金属部分の組成を非常に厳密に調整することによって、驚くほど低いせん断弾性率と高いじん性とを有する、非常に加工性能のよい合金を得ることができるという知見に基づく。さらにより具体的には、本発明の鉄合金では最大6mm棒径のガラス棒を形成することができ、これは60GPa以下のせん断弾性率および40MPam1/2以上の切欠じん性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
本記載は以下の図およびデータ図を参照してより十分に理解されるが、これらの図およびデータ図は本発明の例となる実施形態として記載するものであり、発明の範囲内の全ての記述として解釈されるべきではない。
【0023】
【図1】図1は、本発明の鉄系合金から製造した様々な棒径のアモルファス棒を示す。
【図2】図2は、(a)Fe8012.57.5、(b)Fe8012.5(C2.5)、(c)(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(d)(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)、および(e)(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)のアモルファス試料に対して20K/分の走査速度で行った示差走査熱量測定のデータグラフを示し、矢印はこの合金各々のガラス転移点を示す。
【図3】図3は、(a)(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(b)(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)、および(c)(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)の組成物のアモルファス試料の破断面の走査電子顕微鏡写真を示し、矢印は各試料の切欠に隣接して成長した「ギザギザした(jagged)」領域のおおよその幅を示す。
【図4】図4は、臨界棒径に対して切欠じん性をプロットしたデータグラフを示し、(□)は、(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)、および(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)のアモルファスのものであり、(○)は、Poonおよび共働者により開発され(Ponnambalam V, et at., J Mater Res 2004:19;1320; Gu XJ, et at., J Mater Res. 2007:22;344; Gu XJ, et at., Acta Mater 2008:56;88; and Gu XJ, et at., Scripta Mater 2007:57;289。参照により各開示内容を本明細書に援用する。)、Lewandowskiおよび共働者により研究された(Lewandowski JJ, et al., Appl Phys Lett 2008:92;091918; and Nouri AS, et al., Phil. Mag. Lett. 2008:88;853。参照により各開示内容を本明細書に援用する。)鉄系のガラスのものであり、線は、データの直線回帰である。
【図5】図5は、臨界棒径に対してせん断弾性率をプロットしたデータグラフを示し、(□)は、(Fe74.5Mo5.5)(P12.52.5)、(Fe70MoNi)(P12.52.5)、および(Fe68MoNiCr)(P12.52.5)のアモルファスのものであり、(○)は、Poonおよび共働者により開発された(上にて引用)鉄系のガラスのものである。先行技術の合金と比較すると、本発明の合金は各臨界棒径でのせん断弾性率が60GPa(直線によって示す)未満を示すことに注目すべきである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
(定義)
金属ガラス:本発明において、アモルファスの特質による高い強度、高い弾性歪み上限、および高い耐食性を示す金属合金の分類を意味する。金属ガラスは等方性であり、均一であり、結晶欠陥がほとんど無い。(典型的なBMGsは米国特許第5,288,344号明細書、米国特許第5,368,659、米国特許第5,618,359号明細書、および米国特許第5,735,975号明細書にてわかる。参照により各開示内容を本明細書に援用する。)
【0025】
(説明)
従来の鉄系ガラスの高いせん断弾性率と低いじん性との間の関連性は、せん断弾性率が高いと、ずれ流動を受けることによる応力に耐える高い抵抗力を示すので、キャビテーションおよび早期の破壊が促されて、その結果じん性が制限されるとの理解に基づく。(Demetriou et al., Appl Phys Lett 2009:95;195501を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)高いGの他、これらのガラスの脆弱な特性は高いTから予測することもでき、いくつかの鉄系ガラスでは600℃を超えると報告された。(Lu ZP, et al., Phys Rev Lett 2004 & Ponnambalam V, et al. J Mater Res 2004を参照。上にて引用。)ガラス転移点は、ずれ流動を受けることによる応力への耐抗性の指標でもある。(Demetriou et al., Appl. Phys Lett 2009:95;195501を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)従って、かように高いGおよびTは、ずれ流動が非常に起きにくいことを示し、これらのガラスの低いじん性が説明できる。
【0026】
Fe−P−Cガラス形成合金系の群は、1967年にDuwezおよびLinにより初めて発表され、彼らは50mm厚みのガラス金属はくの形状で報告した。(例えば、Duwez P & Lin SCH., J Appl Phys 1967:38;4096参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)後の研究で、ガラスFe−P−Cマイクロワイヤーは比較的高い張力および曲げ延性を示すことが明らかとなった。(例えば、lnoue A, et al., J Mater Sci 1982:17;580; and Masumoto T & Kimura H., Sci Rep Res Inst Tohoku Univ 1975:A25;200を参照。参照によりこれらの開示内容を本明細書に援用する。)延性は、400℃をやや超えると報告される比較的低いTと比較的低いGとに関連し得る。(Duwez P & Lin SCH., J Appl Phys 1967参照。上にて引用。)〜3000MPaというFe−P−Cの報告された単軸降伏強度および0.0267という金属ガラスへの一般的せん断弾性限界からすれば、〜56GPaのせん断弾性率が見込まれる。(例えば、Johnson WL & Samwer K. Phys Rev Lett 2005; and Masumoto T & Kimura H. Sci Rep Res Inst Tohoku Univ 1975を参照。上にて引用。)かように低いGおよびTにより、Fe−P−Cガラスが高いじん性も示すことを期待できる。ガラスFe−P−Cリボンの平面応力破壊じん性は、KumuraおよびMasumotoによって32MPam1/2と測定され、これは先行技術の多くのバルクガラスよりも大幅に高い値であった。(例えばKimura H & Masumoto T. Scripta Metall 1975:9;211を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)
【0027】
1999年に、ShenおよびSchwarzはFe−P−C系から得たバルクガラス合金の開発を報告した。(例えば、Shen TD & Schwarz RB., Appl Phys Lett 1999:75;49参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)具体的には、彼らは微量のCをBに置換し、微量のFeをCo、Cr、Mo、およびGaに置換することにより、最大4mmの径のガラス棒を形成できた。ごく最近では、(Fe、Mo)−P−(C、B)、(Fe、Mo)−(P、Si)−(C、B)、(Fe、Cr、Mo)−P−(C、B)、(Fe、Ni、Mo)−P−(C、B)および(Fe、Co、Mo)−(P、Si)−(C、B)の合金系が研究されており、これら全てが2〜6mmの範囲の臨界棒径を有するバルクガラスを形成できることが明らかになった。(例えば、Gu XJ, et al., Acta Mater 2008:56;88; Zhang T, et al., Mater Trans 2007:48;1157, Shen B, et al., Appl Phys Lett 2006:88;131907, Liu F, et al., Mater Trans 2008:49;231 ; and Li F, et al., Appl Phys Lett 2007:91 ;234101を参照。参照により各開示内容を本明細書に援用する。)しかしながら、これらの合金のガラス転移点およびせん断弾性率は低くない。特に、これらの系では、470℃程度の高さのT値および70Gpa近くのG値が報告された。その結果として、それらのガラスは最適なガラス形成能/じん性の関係が見られず、すなわち、これらの合金は、最大の到達可能な臨界棒径での最大限のじん性は示さない。
【0028】
本発明において、これらの合金の半金属部分を調整することによって、440℃未満のT値を有し、60GPa未満のG値を有し、少なくとも2mm以上の棒に鋳造できる、鉄系のP含有バルクガラス形成組成物群を得ることができ、その結果最適なガラス形成能とじん性との関係が得られることが意外にもわかった。
【0029】
従って、一実施形態において、本願発明に従う合金の組成物は次の式によって表すことができる(下付き文字は原子パーセントを意味する)。
〔Fe,X〕〔(P,C,B,Z)〕100-a
ここで、aは79〜81であり、好ましくはaが80である。
Pの原子パーセントは5〜17.5であり、好ましくは11〜12.5である。Cの原子パーセントは3〜6.5であり、好ましくは5である。Bの原子パーセントは1〜3.5であり、好ましくは2.5である。
Xは、Mo、Ni、Co、Cr、Ru、AlおよびGaから選択される任意の金属か金属の組合せであって、Xは好適にはMo、NiおよびCrの組合せであり、このときMoの原子パーセントは2〜8であり、好ましくは5であり、Niの原子パーセントは3〜7であり、好ましくは5であり、Crの原子パーセントは1〜3であり、好ましくは2である。
ZはSiおよびSbから選択される任意の半金属であり、Zの原子パーセントは0.5〜2.5であり、好ましくは1.5である。
規定の組成式には、他の微量元素を0.02未満の総重量比で加えてもよい。
【0030】
上記の式と、特に新たな半金属部分とを用いて、優れたじん性、440℃未満のT値および60GPa未満のGを有するバルク金属ガラス合金が得られ、該合金は3mm以上、いくつかの例では6mmの臨界棒径のアモルファス棒に鋳造することができることが意外にも判明した。
【0031】
上記の組成物は、本発明に従う鉄系リン含有バルク金属ガラス群の1つの式を示すが、本発明により他にとり得る組成式が考えられることを理解されたい。
【0032】
まず、BやCのような格子間の半金属は、ガラス形成能を増大させるが、せん断弾性率も増大させるのでじん性を下げる。BおよびCがせん断弾性率を向上させたりじん性を悪化させたりする効果は、従来の(結晶質の)合金鋼に生じることも知られている。本発明において、これらの半金属の部分を厳密に調整することによりガラス形成とじん性との間の最適バランスを得ることができることを見いだした。かような実施形態において、本発明の合金は、P、C、Bおよび任意にZを含む半金属部分を含み、ZはSiおよびSbのうち一方または両方である。ここで、(P+C+B+Z)の合計原子パーセントは19〜21である。かような一実施形態において、Cの原子パーセントは3〜6.5であり、好ましくは4〜6であり、Bの原子パーセントは1〜3.5であり、好ましくは2〜3であり、Zの原子パーセントは0.5〜2.5であり、好ましくは1〜2である。
【0033】
別の代替的実施形態として、Fe含量の一部は他の金属の組合せに代えることができる。かような一実施形態では、60原子パーセント以上、好ましくは68〜75原子パーセントの濃度であるFeは、2〜8原子パーセント濃度をMoで置換し、好ましくは5原子パーセント濃度をMoで置換する。かようなMo置換合金において、FeはさらにNiで3〜7原子パーセントを置換してもよく、好ましくは5原子パーセント置換してもよい。かようなMo,Ni置換合金において、FeはさらにCrで1〜3原子パーセント置換してもよく、好ましくは2原子パーセント置換してもよい。
【0034】
あるいは、FeはCo、Ru、AlおよびGaの少なくとも1つで1〜5原子パーセント置換してもよい。
【0035】
一般的に、最大4原子パーセントの他の遷移金属はガラス合金に使用可能である。ガラス形成合金は、偶発材料または混入材料と考えられる数種の元素のかなりの量に耐容性であることに留意されたい。例えば、かなりの量の酸素を金属ガラス中に溶解しても、結晶化曲線は大幅な推移をしない。ゲルマニウムまたは窒素などの他の偶発元素は総量中約2原子パーセント未満存在してもよく、好ましくは総量中約1原子パーセント未満存在してもよい。
【0036】
上記の議論は合金自体の組成物に焦点をおくが、本発明は、既述の式によるFe系P含有バルク金属ガラスを形成する方法、および、本発明の合金組成物から形成する物品にも関することを理解されたい。かような一実施形態において、本発明の合金の好ましい製造方法は、不活性雰囲気下の石英管中での適切量の構成成分の誘導融解を含む。本発明の合金からのガラス棒の好適な製造方法は、0.5mm厚みの管壁の石英管の内部において不活性雰囲気下で合金インゴットを再融解させるステップ、および迅速に水で急冷するステップを含む。あるいは、0.5mm厚みの管壁の石英管の内部において不活性雰囲気下で合金インゴットを再融解させ、融解したインゴットを融解した酸化ホウ素と約1000秒間接触させ、その後に迅速に水で急冷することにより、ガラス棒を本発明の合金から製造できる。本発明の合金から製造した様々な径のアモルファスFe系棒を図1に示す。
【0037】
上記の代替的な実施形態は、制限する意味ではなく、組成物を加工性を低く(1mm未満の臨界棒径)またはじん性を不十分(60GPaより大きいせん断弾性率)にすることのない、構造応用のための基本的な装置および方法に対する他の変更は、本発明と併せて使用できることを意味することを理解されたい。
【実施例】
【0038】
当業者は、本発明に従う追加の実施形態を既述の全体的な開示の範囲内として認識するであろう。また、既述の制限しない例によっていかなる権利も排除されない。
【0039】
(実験方法および材料)
高純度アルゴン雰囲気下で密封された石英管中で、所定量の、Fe(99.95%)、Mo(99.95%)、Ni(99.995%)、Cr(99.99%)、B結晶(99.5%)、黒鉛粉末(99.9995%)、およびP(99.9999%)の溶解混合物を誘導融解することにより、合金インゴットを調製した。50μm厚みのガラスのFe8012.57.5金属箔はエドモンドビューラーD-7400スプラットクエンチャーを用いて調製した。他の全ての合金は、高純度アルゴン雰囲気下にて0.5mm厚みの管壁の石英管中で合金インゴットを再融解し、急速に水冷することにより、ガラス円柱棒に形成した。Cu-Kα放射線でのX線回析を行い、ガラス金属箔およびガラス棒のアモルファス特性を検証した。20K/分の走査速度での示差走査熱量測定法を行い、各合金の遷移温度を決定した。
【0040】
2mm超えの径を有するアモルファス棒の形成が可能な本発明の合金の弾性定数は、密度測定とともに超音波計測を用いて評価した。ガラス(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)および(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)棒のせん断速度および縦波速度は、25MHz圧電変換器を用いてパルスエコーオーバーラップ法により測定した。密度は、米国材料試験協会規格C693−93によるアルキメデス法により測定した。
【0041】
2mm超えの径を有するアモルファス棒の形成が可能な本発明の合金の切欠じん性試験を行った。じん性試験には、(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)および(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)の2mm径のガラス棒を用いた。これらの棒は、高純度アルゴン雰囲気下にて0.5mm厚みの管壁の2mmID石英管中で合金インゴットを再融解し、急速に水冷して調製した。これらの棒には、90μmの先端半径のワイヤーソーを用いて、その棒径の約半分の深さに切込みを入れた。切込みを形成した試料は、12.7mmにわたる長さの3pt曲げ治具上に載置し、切込み形成側を下方に向けて慎重に並べた。臨界破壊荷重は、スクリュー駆動インストロン試験フレームを用いて、0.1mm/分の一定のクロスヘッド速度での漸増荷重を適用して測定した。各合金について少なくとも3回ずつ試験を行った。破壊試験片の表面はLEO1550VP電界放出SEMを用いて走査電子顕微鏡法により試験した。
【0042】
用いた円筒形状の応力拡大係数はムラカミ解析を用いて評価した。(例えば、Murakami Y., Stress Intensity Factors Handbook. Vol. 2. Oxford (United Kingdom): Pergamon Press; 1987. p. 666を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)試料の大きさは、許容の平面歪み破壊じん性測定の標準サイズ要件KICを満たす程の大きさである。特に、本試料の最も多い管隙間サイズは〜1mmであったことを考慮し、この群のガラスの降伏強度を〜3200MPaにすれば、名目上、平面歪み状態は、本明細書で得られえる、KIC<60MPam1/2の破壊じん性測定値が推定される。(例えば、Gu XJ, et al., Acta Mater 2008; Zhang T, et al., Mater Trans 2007, Shen B, et al., Appl Phys Lett 2006; Liu F, et al., Mater Trans 2008; and Li F, et al., Appl Phys Lett 2007を参照。上にて引用。)しかしながら、(標準KIC評価の必要条件として)切込みよりも前に鋭い予亀裂は本試料中に導入されないので、測定される応力拡大係数は標準KIC値を示さない。その意味で、本研究において評価した切欠じん性Kと、従来の合金の標準KIC値との直接比較は不適当である。ただし、K値は、一様に試験した1セットの材料内での耐破壊性の変動について有用な情報を示す。多くの新規に開発された金属ガラス合金の固有の臨界鋳造厚さ限界に起因して、円筒形状で先在クラックのない試料を用いた切欠じん性測定は、金属ガラス合金系にたびたび報告されている。(例えばWesseling P, et a L, Scripta Mater 2004:51 ;151 ; and Xi XK, et al., Phys Rev Lett 2005:94;125510を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)さらに具体的には、本研究に似た構造および大きさの試料を用いてFe系バルク金属ガラスに対してLewandowskiらによって近年行われた切欠じん性測定は、本評価との直接比較に適している。(例えばNouri AS, et al., Phil. Mag. Lett. 2008:88;853を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)
【0043】
(実施例1:組成検査)
この組成検査に基づいて開発した合金を、関連の臨界棒径とともに表1に示す。熱走査は図2に示し、各合金のTは表1に示す。測定したせん断弾性率および体積膨張率は、(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)および(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)のモル体積とともに表1に示す。表1に見られるように、実施例となるFe系合金は0.5mm〜6mmの範囲内の径を有するガラス棒を形成することができ、60GPa未満のせん断弾性率を示し、本発明に記載した基準に従う。興味深いことに、表1の、本発明の組成物のうち、1.5%のPをSiに置換すると、ガラス形成能がわずかに向上することがわかった。上記組成物のSi含有型は、Fe80(P11Si1.5)(C2.5)、(Fe74.5Mo5.5)(P11Si1.5)(C2.5)、(Fe70MoNi)(P11Si1.5)(C2.5)および(Fe68MoNiCr)(P11Si1.5)(C2.5)である。
【0044】
【表1】

【0045】
(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)および(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)の測定した切欠じん性Kは、標準偏差の値を表す誤差(quoted error)とともに表1中に記載する。比較的大きい不確定範囲があり、これは、これらのガラスの比較的小さい塑性領域サイズをたびたび超える加工欠陥によるものと思われるが、データはKにおいて、最も低レベルのガラスから最良のガラスになるにつれて漸減傾向を示した。(例えば、Nouri AS, et at., Phil. Mag. Lett. 2008:88;853を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)この傾向はまた、図3の顕微鏡写真に示す試験試料の破壊面の表面状態にも反映されている。これらの合金の破壊表面には荒れた「ギザギザ(jagged)」パターンがクラック伝播の初期段階で現れ、続いて脆いガラス金属の破壊に典型的な特有のくぼみパターンが現れる。(例えばSuh JY. PhD Dissertation, California Institute of Technology 2009を参照。参照によりこの開示内容を本明細書に援用する。)典型的なくぼみ形態の前のかようなギザギザ領域の広がりは、相当なプラスチック流入が致命的な破壊の前に起こったことを意味し、これは比較的高いK値の裏付けとなる。より興味深いことに、これらのギザギザ領域の幅(図3にて矢印により近似)が減ると、より強靭な合金から脆弱な合金になることから、ギザギザ領域の幅はKに大体対応し、より適切には、材料の特有の塑性領域サイズに大体対応することがわかる。かような相似関係の存在は、Suh(上にて引用)によっても指摘されていた。
【0046】
(実施例2:本発明の合金のじん性−ガラス形成能の関係)
図4において、(Fe74.5Mo5.5)P12.5(C2.5)、(Fe70MoNi)P12.5(C2.5)および(Fe68MoNiCr)P12.5(C2.5)について、臨界棒径dに対して切欠じん性Kをプロットすることによって、ガラス形成能の増強に伴うじん性の低下傾向を実証した。興味深いことに、プロットはこの傾向が大体直線状であることを示した。同じプロット上に、Poonおよび共働者(上にて引用)により開発され、Lewandowskiおよび共働者(上にて引用)によって研究されたFe系ガラス合金のK対dデータも表した。データによる直線状の回帰は、じん性とガラス形成能との同様の傾斜の相関を示すが、本データにより示される相関関係をはるかに下回って位置した。
【0047】
従来の合金と比較して本発明の合金が、所定の臨界棒径でかなり高いじん性を示すのは、本発明の合金の、かなり低いせん断弾性率に起因すると考えられる。(Demetriousらを参照。上にて引用。)従来技術の合金のガラス構成に至った組成の研究は、せん断弾性率を最小化させようとせずに行ったためじん性を最大化させた。特に、従来技術の合金ではCおよびBの割合が高いため、高いせん断弾性率を生じさせ、じん性が低くなる。バルクガラス棒を形成することのできる従来技術における全ての合金は、CおよびBの少なくとも一方または両方がそれぞれ6.5原子パーセント超えおよび3.5原子パーセント超えの材料を有している。一方、本発明では、CおよびBの割合は、ガラス形成を促進するためには十分高いが、せん断弾性率は低くして高いじん性となるには十分低くなる程度に、注意深く制御されている。バルクガラス棒を形成できる本発明の合金組成物は、CおよびBを、それぞれ3原子パーセント以上および1原子パーセント以上、かつ、6.5原子パーセント以下および3.5原子パーセント以下で有する。CおよびBの原子パーセントをそれらの範囲内に維持するによって、バルクガラスの形成は可能としつつ、せん断弾性率を低く維持してじん性を高めることができる。これは図5で実証されており、図5では本発明の合金および従来技術の合金のせん断弾性率をそれら各々の臨界棒径に対してプロットした。図4に示されているように、本発明の合金では、所定の臨界棒径で相当低いせん断弾性率が見られ、これは所定の棒径でのより高いじん性の要因である。
【0048】
(結論)
まとめると、本発明のFe系P含有金属ガラスは最適なじん性−ガラス形成能の相関を示す。具体的には、本発明の合金は、所定の臨界棒径で従来技術の他の合金よりもより高いじん性を示す。この好適な相関は、Fe系に特有であり、本発明合金の組成物中のCおよびBの割合を非常に厳密に調整して得られる低いせん断弾性率の結果である。
【0049】
本発明の合金に関する高いガラス形成能およびじん性の特有の組合せにより、本発明の合金は多くの応用、具体的には家庭用電化製品業界、自動車業界および航空宇宙業界で、構造要素の用途として優れた候補になる。良好なガラス形成能およびじん性に加えて、本発明のFe系合金は市販のZr系ガラスよりも、より高い強度、硬度、剛性および耐食性を示し、また、はるかにコスト安となる。従って、本発明の合金は、高い強度、剛性並びに耐食性および耐引っかき性を必要とするモバイル電子機器の部品として非常に適しており、それは限定されない例として、例えば携帯電話、携帯情報端末、またはノートパソコンなどのモバイル電子デバイス用の、ケース、フレーム、ハウジング、蝶番、またはその他の構成部品を含む。加えて、これらの合金は生体有害反応を引き起こすと分かっている元素を含有しない。具体的には、CuおよびBeが含まれておらず、特定の組成物はNiやAlなしに形成することができ、これらはすべて生体有害反応にかかわることが知られている。従って、本発明の材料は生物医学的応用、例えば、医療移植片および医療機器などへの使用によく適していると考えられ、また、本発明は、本発明の合金を用いて製造した以下のようなものにも関し、手術器具などの医療器具や、整形外科用ワイヤーや歯科用ワイヤーなどの外部固定用具や、従来型のインプラント、特に荷重支持インプラント、例えば整形外科インプラント、歯科インプラント、脊椎インプラント、胸部インプラント、頭蓋インプラントである。この合金の、高い耐引っかき性と高い耐食性の組合せ、生物学的適合性、および魅力的な「白い」色により、例えば、腕時計、指輪、ネックレス、イヤリング、ブレスレット、カフスボタン、並びにかような商品のケースおよびパッケージなどの宝飾品応用にも適している。最後に、これらの材料は軟強磁性特性も示し、例えば電磁遮蔽応用または変圧器鉄心応用などの軟磁気特性が求められる応用に適しているであろうことが判明した。
【0050】
(均等論)
以上の記載は本発明の多くの具体的な実施態様を含むと同時に、本発明の範囲を制限するものとして解釈されるべきではなく、むしろこの1つの実施形態の1つの例として解釈されるべきである。従って、本発明の範囲は説明した実施態様によって特定されるべきではなく、むしろ添付の特許請求の範囲およびこれらの均等物によって特定されるべきである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくともFe、P、CおよびBを含有し、Feを少なくとも60原子パーセント含み、Pを5〜17.5原子パーセント含み、Cを3〜6.5原子パーセント含み、Bを1〜3.5原子パーセント含む鉄系金属ガラス組成物。
【請求項2】
前記Pの原子パーセントが10〜13である、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項3】
前記Cの原子パーセントが4.5〜5.5である、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項4】
前記Bの原子パーセントが2〜3である、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項5】
前記P、CおよびBの原子パーセントの合計が19〜21である、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項6】
前記組成物はSiを0.5〜2.5原子パーセントさらに含む、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項7】
前記Siの原子パーセントは1〜2である、請求項6に記載の金属ガラス。
【請求項8】
前記P、C、BおよびSiの原子パーセントの合計が19〜21である、請求項7に記載の金属ガラス。
【請求項9】
前記組成物はMoを2〜8原子パーセントさらに含む、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項10】
前記Moの原子パーセントは4〜6である、請求項9に記載の金属ガラス。
【請求項11】
前記組成物はNiを3〜7原子パーセントさらに含む、請求項9に記載の金属ガラス。
【請求項12】
前記Niの原子パーセントは4〜6である、請求項11に記載の金属ガラス。
【請求項13】
前記組成物はCrを1〜7原子パーセントさらに含む、請求項9に記載の金属ガラス。
【請求項14】
前記組成物はCrを1〜3原子パーセントさらに含む、請求項11に記載の金属ガラス。
【請求項15】
前記組成物はCo、Ru、Ga、AlおよびSbのうち少なくともひとつを1〜5原子パーセントさらに含む、請求項9に記載の金属ガラス。
【請求項16】
少なくとも1種の微量元素をさらに含有し、前記少なくとも1種の微量元素の総重量比が0.02未満である、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項17】
前記合金が440℃未満のガラス転移点(T)を有する、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項18】
前記合金が60GPa未満のせん断弾性率(G)を有する、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項19】
前記合金が少なくとも2mmの臨界棒径を有する、請求項1に記載の金属ガラス。
【請求項20】
前記組成物は、Fe8012.52.5、Fe80112.5Si1.5、Fe74.5Mo5.512.52.5、Fe74.5Mo5.5112.5Si1.5、Fe70MoNi12.52.5、Fe70MoNi112.5Si1.5、Fe68MoNiCr12.52.5およびFe68MoNiCr112.5Si1.5からなるグループから選択され、数字は原子パーセントを意味する、請求項1に記載の金属ガラス合金。
【請求項21】
少なくともFe、P、CおよびBを含む原材料を準備する工程であって、前記Feは少なくとも60原子パーセント含み、前記Pは5〜17.5原子パーセント含み、前記Cは3〜6.5原子パーセント含み、前記Bは1〜3.5原子パーセント含む工程と、
前記原材料を融解状態に融解する工程と、
前記融解した原材料を前記合金の結晶化を防ぐのに十分な速さの冷却速度で急冷する工程とを含む、金属ガラス組成物の製造方法。
【請求項22】
少なくともFe、P、CおよびBを含み、Feを少なくとも60原子パーセントを含み、Pを5〜17.5原子パーセントを含み、Cを3〜6.5原子パーセントを含み、Bを1〜3.5原子パーセントを含む金属ガラス合金から形成される本体を含む金属ガラス物体。
【請求項23】
前記物体が家庭用電子製品用構成部品である、請求項22に記載の物体。
【請求項24】
前記構成部品がケース、フレーム、ハウジングおよび蝶番からなるグループから選択される、請求項23に記載の物体。
【請求項25】
前記物体が生物医学的応用に用いる構成部品である、請求項22に記載の物体。
【請求項26】
前記構成部品が生物医学的移植、固定用具および器具からなるグループから選択される、請求項25に記載の物体。
【請求項27】
前記物体は宝飾品である、請求項22に記載の物体。
【請求項28】
前記宝飾品が時計、指輪、ネックレス、イヤリング、ブレスレット、カフスボタンおよびそれらアイテムのケースまたはパッケージからなるグループから選択される、請求項27に記載の物体。
【請求項29】
前記物体は電力変圧器用軟磁性物である、請求項22に記載の物体。
【請求項30】
前記軟磁性物が変圧器鉄心、スイッチ、チョークおよびインバーターからなるグループから選択される、請求項29に記載の物体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2012−527541(P2012−527541A)
【公表日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−511987(P2012−511987)
【出願日】平成22年5月19日(2010.5.19)
【国際出願番号】PCT/US2010/035382
【国際公開番号】WO2010/135415
【国際公開日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【出願人】(301059570)カリフォルニア インスティチュート オブ テクノロジー (14)
【Fターム(参考)】