説明

強化ガラス板の製造方法

【課題】本発明の技術的課題は、製造コストを高騰させることなく、ガラス板(特に無アルカリ又は低アルカリのガラス板)を強化処理し得る方法を創案することである。
【解決手段】本発明の強化ガラス板の製造方法は、ガラス板を熱処理して、ガラス板の表面領域のSiOの含有量を、ガラス板の表面から深さ1μmの内部領域に比べて、質量基準で1.03倍以上に増加させることにより、ガラス板を強化処理することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、強化ガラス板の製造方法に関し、具体的には、ガラス板の表面領域のSiOの含有量を内部領域よりも増加させることにより、ガラス板を強化処理する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ガラス板は、脆性材料であるため、加工工程、搬送工程等で他の部材に軽く接触しただけで、微少なクラックが発生したり、割れる場合がある。特に、近年タッチパネルディスプレイ等に用いられるガラス板は、表面に僅かなクラックが発生しただけでも、製品としての機能が失われる。このため、クラック抵抗が高く、且つ傷が入り難いガラス板を製造することは非常に重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特公昭47−49298号公報
【特許文献2】特公昭41−20629号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1、2には、イオン交換によるガラス板の強化処理の方法が記載されている。この方法は、ガラス板の歪点以下の温度でイオン交換することにより、ガラス板にイオン半径の大きいアルカリイオンを導入する方法である。この方法によれば、ガラス板の板厚が薄くても、良好に強化処理を施すことができる。
【0005】
しかし、この方法は、ガラス板を硝酸カリウム溶融塩等に浸漬して、熱処理する方法である。よって、この方法を用いると、エネルギー効率が低下し、また工程が複雑化して、強化ガラス板の製造コストが高騰する虞がある。更に、この方法は、アルカリ成分を多量に含むガラス板を用いるため、無アルカリ又は低アルカリのガラス板の強化処理には不向きである。
【0006】
そこで、本発明は、製造コストを高騰させることなく、ガラス板(特に無アルカリ又は低アルカリのガラス板)を強化処理し得る方法を創案することを技術的課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者等は、鋭意検討の結果、ガラス板を熱処理して、ガラス板の表面領域のSiOの含有量を内部領域よりも増加させることにより、上記技術的課題を解決し得ることを見出し、本発明として提案するものである。すなわち、本発明の強化ガラス板の製造方法は、ガラス板を熱処理して、ガラス板の表面領域のSiOの含有量を、ガラス板の表面から深さ1μmの内部領域に比べて、質量基準で1.03倍以上に増加させることにより、ガラス板を強化処理することを特徴とする。
【0008】
ガラス板は、一般的に、SiとOの網目構造を有する。この網目構造の隙間にアルカリ土類イオンやアルカリイオン等が入ると、非架橋酸素が存在することになり、網目構造の切断箇所が発生する。このような状態でガラス板に所定の熱処理を行うと、アルカリ土類成分やアルカリ成分等がガラス板の表層から揮発して、ガラス板の表面領域は、網目構造の隙間に空洞が存在するSiOリッチな状態となる。ガラス板の表面領域がSiOリッチになると、ガラス板の表面領域の網目構造に柔軟性が付与されて、ペン等の押し込み等の外圧に対して、高密度化の作用が大きくなり、結果として、発生応力が小さくなり、クラック抵抗が向上する。本発明者等が種々の調査を重ねた結果、ガラス板の表面から深さ1μmの内部領域に比べて、ガラス板の表面領域のSiOの含有量を質量基準で1.03倍以上に増加させると、ガラス板の機械的強度が顕著に向上することが明らかになった。
【0009】
第二に、本発明の強化ガラス板の製造方法は、800〜1000℃の温度で熱処理することが好ましい。
【0010】
第三に、本発明の強化ガラス板は、上記の強化ガラス板の製造方法により作製されてなることを特徴とする。
【0011】
第四に、本発明の強化ガラス板は、未研磨の表面を有することが好ましい。
【0012】
第五に、本発明の強化ガラス板は、実質的にアルカリ金属酸化物を含まないことが好ましい。ここで、「実質的にアルカリ金属酸化物を含まない」とは、アルカリ金属酸化物(LiO、NaO、KO)の含有量が0.1質量%未満の場合を指す。
【発明の効果】
【0013】
本発明の強化ガラス板の製造方法は、熱処理によるガラス成分の揮発作用を利用している。このため、ガラス板の成形後に連続的に熱処理を行うことが可能であり、工程の簡素化を図れると共に、無アルカリ又は低アルカリのガラス板であっても、適正に強化処理を行うことが可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の強化ガラス板の製造方法において、ガラス板の表面領域のSiOの含有量は、ガラス板の表面から深さ1μmの内部領域に比べて、質量基準で1.03倍以上であり、1.05倍以上、1.07倍以上、特に1.10倍以上が好ましい。ガラス板の表面領域のSiOの含有量が上記範囲外になると、ガラス板の機械的強度を高め難くなる。
【0015】
本発明の強化ガラス板の製造方法において、熱処理の温度は800〜1000℃、特に880〜970℃が好ましい。このようにすれば、ガラス板の不当な変形を抑制した上で、ガラス板の表面領域でSiOの含有量を増加させ易くなる。
【0016】
熱処理の時間は30秒〜5時間、5分〜3時間、特に30分〜2時間30分が好ましい。このようにすれば、製造効率を低下させることなく、ガラス板の表面領域でSiOの含有量を増加させ易くなる。
【0017】
本発明の強化ガラス板の製造方法において、熱処理は、ガラス板の表面領域のSiOの含有量を厳密に制御するために、別途の工程で行うことが好ましい。一方、製造効率を考慮すると、熱処理は、ガラス板の成形後に連続して行うことが好ましい。なお、ガラス板の成形と同時に上記の熱処理を行ってもよく、本発明では、このような態様を完全に排除するものではないが、ガラス板の成形時に、上記の熱処理を行うと、ガラス板の寸法制御が困難になる虞がある。
【0018】
上記の通り、本発明の強化ガラス板の製造方法は、無アルカリ又は低アルカリのガラス板であっても、適正に強化処理を行うことが可能である。なお、ガラス板中にアルカリ成分を含有する場合は、本発明に係る強化処理の後に、イオン交換による強化処理を行うことも可能である。
【0019】
特に、無アルカリのガラス板は、ガラス組成として、質量%で、SiO 50〜70%、Al 10〜25%、B 3〜20%、MgO 0〜10%、CaO 3〜15%、BaO 0〜10%、SrO 0〜10%含有することが好ましい。各成分の含有量を上記の通りに限定した理由を下記に示す。
【0020】
SiOの含有量は50〜70%が好ましい。SiOの含有量が50%より少ないと、耐薬品性、特に耐酸性が低下し、また密度を低下させることが困難になる。一方、SiOの含有量が70%より多いと、高温粘度が高くなり、溶融性が低下すると共に、ガラス中に失透異物(クリストバライト)の欠陥が生じ易くなる。SiOの含有量は58%以上、60%以上、特に62%以上が好ましく、また68%以下、特に66%以下が好ましい。
【0021】
Alの含有量は10〜25%が好ましい。Alの含有量が10%より少ないと、歪点を高めることが困難になる。またAlにはヤング率を向上させて、比ヤング率を高める働きがあるが、Alの含有量が10%より少ないと、ヤング率が低下し易くなる。Alの含有量は12%以上、特に14.5%以上が好ましく、また19%以下、特に18.0%以下が好ましい。なお、Alの含有量が19%より多いと、液相温度が高くなり、耐失透性が低下し易くなる。
【0022】
は、融剤として働き、粘性を下げて、溶融性を改善する成分である。またBが多い程、ガラス板の表面領域でSiOの含有量を増加させ易くなる。一方、液晶ディスプレイ等に用いるガラス板には高い耐酸性が要求されるが、Bが多い程、耐酸性が低下する傾向にある。よって、Bの含有量は3〜20%が好ましい。Bの含有量が3%より少ないと、融剤としての働きが不十分になると共に、耐バッファードフッ酸性が低下し易くなる。またBの含有量が20%より多いと、歪点や耐熱性が低下し易くなると共に、耐酸性が低下し易くなる。更にヤング率が低下して、比ヤング率が低下し易くなる。Bの含有量は5%以上、8.6%以上、特に9.5%以上が好ましく、また15%以下、14%以下、特に12%以下が好ましい。
【0023】
MgOの含有量は0〜10%が好ましい。MgOは、歪点を低下させることなく、高温粘性を下げ、ガラスの溶融性を改善する成分である。またアルカリ土類金属酸化物の中では最も密度を下げる効果がある。しかし、MgOを多量に添加すると、液相温度が上昇して、耐失透性が低下し易くなる。またMgOは、バッファードフッ酸と反応して生成物を形成し、ガラス板表面の素子上に固着したり、ガラス板に付着して、これを白濁させる虞がある。このため、MgOの含有量に一定の制限を設けることが好ましい。よって、MgOの含有量は0〜2%、0〜1%、特に0〜0.5%が好ましい。
【0024】
CaOも、MgOと同様に歪点を低下させることなく、高温粘性を下げ、溶融性を著しく改善する成分であり、その含有量は3〜15%が好ましい。低アルカリ又は無アルカリのガラス板の場合、安価に高品質のガラス板を供給するためには、溶融性を高めることが重要である。その方法として、ガラス組成中のSiOを減少させることが、最も効果的であるが、SiOの含有量を減らすと、耐酸性が極端に低下すると共に、密度、熱膨張係数が増大する虞がある。よって、CaOの含有量は、溶融性を高めるため、3%以上が好ましい。一方、CaOの含有量が15%より多いと、耐バッファードフッ酸性が低下して、ガラス板の表面が浸食され易くなると共に、反応生成物がガラス板の表面に付着して、ガラス板が白濁する虞がある。CaOの含有量は4%以上、5%以上、特に6%以上が好ましく、また12%以下、10%以下、特に9%以下が好ましい。
【0025】
BaOは、耐薬品性、耐失透性を高める成分である。一方、BaOは、密度、熱膨張係数を大きく上昇させる成分である。また環境面からも多量の含有は好ましくない。よって、BaOの含有量は10%以下、5%以下、2%以下、特に1%以下が望ましい。
【0026】
SrOは、耐薬品性、耐失透性を高める成分である。SrOの含有量は0〜10%が好ましい。一方、SrOは、密度、熱膨張係数を上昇させる成分である。よって、SrOの含有量は4%以下、2.7%、特に1.5%以下が好ましい。
【0027】
上記成分以外にも、以下の成分を添加してもよい。
【0028】
ZnOは、耐バッファードフッ酸性を改善すると共に、溶融性を改善する成分であるが、多量に添加すると、ガラスが失透し易くなり、歪点も低下する上、密度が上昇し易くなる。よって、ZnOの含有量は0〜10%、0〜7%、0〜5%、0〜3%、特に0〜0.5%が好ましい。
【0029】
TiOは、耐薬品性、特に耐酸性を改善し、且つ高温粘性を下げて、溶融性を高める成分であるが、多量に添加すると、ガラス板が着色する虞がある。よって、TiOの含有量は0〜5%、0〜3%、特に0〜1%が好ましい。
【0030】
は、耐失透性を高める成分であるが、多量に添加すると、ガラス板中に分相、乳白が生じると共に、耐酸性が著しく低下する虞がある。よって、Pの含有量は0〜5%、0〜3%、特に0〜1%が好ましい。
【0031】
またY、Nb、Laを各々3%程度まで添加してもよい。これらの成分は、歪点、ヤング率等を高める働きがあるが、多量に添加すると、密度が増大する虞がある。更に、ガラス特性が損なわれない限り、As、Sb、F、Cl、SO、C、金属粉末(例えばAl、Si)等の清澄剤を各々2%まで添加してもよい。また、CeO、Fe等も清澄剤として各々1%まで添加してもよい。なお、環境的観点からAsを使用しないことが望ましい。
【0032】
本発明に係るガラス板は、所望のガラス組成となるように調合したガラス原料を連続溶融炉に投入し、ガラス原料を1500〜1650℃で加熱溶融し、清澄した後、成形装置に供給した上で溶融ガラスを板状に成形した後、熱処理することにより製造することができる。
【0033】
ガラス板の成形方法は、特に限定されず、ロール成形法、フロート成形法、アップ・ド口一成形法、スロットダウン成形法、オーバーフローダウンドロー成形法、リドロー成形法等を利用することができる。その中でも、成形方法として、オーバーフローダウンドロー法が好ましい。その理由は、オーバーフローダウンドロー法の場合、ガラス板の表面となるべき面は樋状耐火物に接触せず、自由表面の状態で成形されることにより、未研磨でも表面品位が良好なガラス板が得られるからである。
【0034】
本発明の強化ガラス板は、上記の強化ガラス板の製造方法により作製されてなることを特徴とする。ここで、本発明の強化ガラス板の技術的特徴は、上記の強化ガラス板の製造方法と同様になる。
【0035】
本発明の強化ガラス板は、未研磨の表面を有することが好ましく、未研磨の表面の平均表面粗さ(Ra)は好ましくは10Å以下、より好ましくは5Å以下、より好ましくは4Å以下、さらに好ましくは3Å以下、最も好ましくは2Å以下である。尚、表面の平均表面粗さ(Ra)はSEMI D7−97「FPDガラス基板の表面粗さの測定方法」に準拠した方法により測定すればよい。ガラスの理論強度は本来非常に高いが、理論強度よりも遥かに低い応力でも破壊に至ることが多い。これはグリフィスフローと呼ばれる小さな欠陥がガラス板の成形後の工程、例えば研磨工程等で生じるからである。それ故、強化ガラス板の表面を未研磨とすれば、本来の機械的強度が維持されて、強化ガラス板が破壊し難くなる。また、強化ガラス板の表面を未研磨とすれば、ガラス板の製造工程で研磨工程を省略できるため、強化ガラス板の製造コストを下げることができる。本発明の強化ガラス板において、強化ガラス板の両面全体を未研磨とすれば、強化ガラス板が更に破壊し難くなる。また、強化ガラス板の切断面から破壊に至る事態を防止するため、切断面に面取り加工やエッチング処理等を行ってもよい。なお、未研磨の表面を得るためには、ガラス板の成形をオーバーフローダウンドロー法で行えばよい。
【実施例】
【0036】
以下、実施例に基づき、本発明を詳細に説明する。但し、以下の実施例は、単なる例示である。本発明は、以下の実施例に何ら限定されない。
【0037】
表1は、本発明の実施例(試料No.1〜4)と比較例(試料No.5、6)を示している。
【0038】
表2は、表1に記載の実験に用いたガラス板のガラス組成を示している。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
次のようにして、各試料を調製した。まず表2に記載のガラス組成(A、B)を有するガラス板を用意した。次に、表1に記載の条件で熱処理を行うことにより、試料No.1〜4のガラス板を得た。なお、試料No.5、6は、所定の熱処理が行われていない(但し、溶融時に、多少の成分揮発が生じている)。次に、各試料について、SiO質量比及びクラック抵抗を評価した。その結果を表1に示す。
【0042】
表1に記載のSiO質量比は、深さ1μmの内部領域に対する表面領域のSiOの割合を示している。また、表1のSiO質量比は、グロー放電発光分析で測定した値である。
【0043】
表1に記載のクラック抵抗は、和田等が提案した方法(必要であれば、M.Wada et al.Proc.,the Xth ICG,vol.11,Ceram.Soc.,Japan,Kyoto,1974,p39参照)に準拠して測定した値である。具体的には、ビッカース硬度計のステージに強化ガラス板を載置し、強化ガラス板の表面に所定の菱形状のダイヤモンド圧子を所定の荷重で15秒間押し付ける。次に、徐荷後15秒までに庄痕の四隅から発生するクラック数をカウントする。最後に、最大発生し得るクラック数(4ケ)に対する割合を求め、クラック発生率とし、クラック発生率が50%になる時の荷重を「クラック抵抗」とする。なお、クラック発生率の測定は、同一荷重で20回測定し、その平均値を求めた。また測定条件は、気温25℃、湿度30%の条件で行った。ここで、クラック抵抗が大きい程、高い荷重でもクラックが発生し難い、つまり耐クラック性に優れていることを示している。
【0044】
表1から明らかなように、試料No.1〜4は、表面領域のSiOの含有量が、深さ1μmの内部領域に比べて1.03倍以上であったため、クラック抵抗が2800g以上であった。
【0045】
一方、試料No.5、6は、表面領域のSiOの含有量が、深さ1μmの内部領域に比べて1.02倍であったため、クラック抵抗が1800g以下であった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明の強化ガラス板は、携帯電話、デジタルカメラ、PDA、太陽電池等のカバーガラス、又はタッチパネルディスプレイ基板として好適である。また、本発明の強化ガラス板は、これらの用途以外にも、高い機械的強度が要求される用途、例えば窓ガラス、磁気ディスク用基板、フラットパネルディスプレイ用基板、固体撮像素子用カバーガラス、食器等への応用が期待できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ガラス板を熱処理して、ガラス板の表面領域のSiOの含有量を、ガラス板の表面から深さ1μmの内部領域に比べて、質量基準で1.03倍以上に増加させることにより、ガラス板を強化処理することを特徴とする強化ガラス板の製造方法。
【請求項2】
800〜1000℃の温度で熱処理することを特徴とする請求項1に記載の強化ガラス板の製造方法。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の強化ガラス板の製造方法により作製されてなることを特徴とする強化ガラス板。
【請求項4】
未研磨の表面を有することを特徴とする請求項3に記載の強化ガラス板。
【請求項5】
実質的にアルカリ金属酸化物を含まないことを特徴とする請求項3又は4に記載の強化ガラス板。


【公開番号】特開2013−43783(P2013−43783A)
【公開日】平成25年3月4日(2013.3.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−180028(P2011−180028)
【出願日】平成23年8月21日(2011.8.21)
【出願人】(000232243)日本電気硝子株式会社 (1,447)
【Fターム(参考)】