説明

弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置

【課題】地震が発生したとき、地震による弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を解析により予測、推定出来る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置を提供すること。
【解決手段】実地震波を位相差分分布に変換して標準偏差を算出する標準偏差算出部15と、実地震波により発生する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出する最大変位量算出部16と、弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関関係情報を記憶する相関関係情報DB17と、標準偏差算出部15により算出された実地震波の標準偏差と、最大変位量算出部16により算出された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、相関関係情報DB17に記憶された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を演算する累積損傷値演算部18とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばプレファブ化された建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
建物の地震による被害予測、或いは建物の地震発生時の被害推定について、特に弾塑性エネルギー吸収体を有する弾塑性エネルギー架構体が耐力要素として装備される建物における弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値の予測、推定を的確に且つ早急に行うことにより弾塑性エネルギー吸収体の劣化を診断する技術が望まれている。
【0003】
例えば、特開2005−351742号公報(特許文献1)には、弾塑性エネルギー吸収体に塗布された塗料の剥離状態で弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を推定出来ることが記載されている。
【0004】
また、日本建築学会構造系論文集No562、p159〜p166(非特許文献1)には、弾塑性エネルギー吸収体の損傷評価方法の記載が有り、地震による荷重変形履歴が影響することが記載されている。
【0005】
【特許文献1】特開2005−351742号公報
【非特許文献1】2002年12月 社団法人 日本建築学会発行 小山雅人,青木博文著「日本建築学会構造系論文集No562 繰返し変形を受ける鋼部材の累積損傷評価指標に関する研究」p.159〜p.166
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前述の特許文献1の技術では、地震発生後に塗装の剥離状態を調べ、弾塑性エネルギー吸収体の損傷を推定するには、該弾塑性エネルギー吸収体が埋設された建物の内壁を破壊しなければならないという問題がある。
【0007】
また、非特許文献1の技術では、想定する地震に対しての時刻歴応答解析が必要となるが、時刻歴応答解析は解析に用いた地震波に対する個別解であり、そのばらつきの影響を除去するためには多数の地震波による解析が必要となるという問題があった。
【0008】
本発明は前記課題を解決するものであり、その目的とするところは、地震が発生したとき、地震波の波形、建物強度によらずに、いち早く住宅等の建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を推定し、建物の劣化診断を行うと共に、地震発生時にその地震のタイプをいち早くより正確に特定出来る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記目的を達成するための本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の第1の構成は、建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置であって、地震発生後にその実地震波を位相差分分布に変換して標準偏差を算出する標準偏差算出手段と、前記実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出する最大変位量算出手段と、地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報を予め記憶する相関関係情報記憶手段と、前記標準偏差算出手段により算出された実地震波の標準偏差と、前記最大変位量算出手段により算出された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、前記相関関係情報記憶手段に記憶された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を演算する累積損傷値演算手段とを有することを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の第2の構成は、前記第1の構成において、前記標準偏差算出手段は、前記位相差分分布に変換する前の実地震の加速度データについて、該実地震波の最大加速度発生時刻を所定時間経過した後に移動することを特徴とする。
【0011】
また、本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の第3の構成は、前記第1の構成において、前記標準偏差算出手段は、前記位相差分分布の標準偏差を求めるために該位相差分分布の度数分布の最大値付近の位相差分とその度数とから度数分布の包絡線の最大値を変更することを特徴とする。
【0012】
また、本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法は、建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法であって、地震発生後にその実地震波を位相差分分布に変換して標準偏差を算出し、前記実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出し、前記実地震波の標準偏差と、前記実地震により発生する前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、予め作成した地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報と、から前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を演算することを特徴とする。
【0013】
ここで、弾塑性エネルギー吸収体の劣化の診断を行なうために用いる累積損傷値とは、疲労破壊や延性破壊による金属の疲労寿命を評価する線形累積損傷則(Miner則)に基づいて求められた値であり、「累積損傷値=1」を限界値とする。
【0014】
ここで、地震により発生する最大変位量とは、例えば、建物躯体の下階梁と上階梁との間の水平方向の変位量等の最大層間変位量(cm)、柱と梁との間の角度等の最大変位角(rad)、弾塑性エネルギー吸収体等の最大せん断変形量(cm)等が適用出来る。
【0015】
ここで、規格化された弾塑性エネルギー吸収体とは、その形状、材料が規格化されており、更にはその疲労寿命特性から累積損傷値を求めることが出来る弾塑性エネルギー吸収体を言う。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の第1の構成によれば、最大変位量算出手段により地震発生時に実地震により発生する弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出することが出来、標準偏差算出手段により地震発生後にその実地震波を位相差分分布に変換して標準偏差を算出することで地震のタイプを特定することが出来る。
【0017】
そして、累積損傷値演算手段により、標準偏差算出手段により算出された実地震波の標準偏差と、最大変位量算出手段により算出された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、相関関係情報記憶手段に記憶された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を演算して劣化を診断することが出来、これにより直ちに建物の劣化判定が非破壊で容易に出来る。
【0018】
また、本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の第2の構成によれば、実地震の地震波から位相差分分布を得るにあたり、リンク効果による不正データが分布の末尾に残存があった場合でも、正確な地震波の位相差分の標準偏差を得ることが出来、より正確な弾塑性エネルギー吸収体の劣化判断が出来る。
【0019】
また、本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の第3の構成によれば、実地震波の位相差分分布と正規分布の分布形状に差が生じた場合でも、正確な地震波の位相差分の標準偏差を得ることが出来、より正確な弾塑性エネルギー吸収体の劣化判断が出来る。
【0020】
また、システムに本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の第2、第3の構成をツールとして搭載しておくことで、実地震発生後、直ちに、より正確な弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断が出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
図により本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の一実施形態を具体的に説明する。図1は本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の構成を示す制御系のブロック図、図2は弾塑性エネルギー吸収体を有する弾塑性エネルギー架構体を耐力要素として装備した耐力壁の構成を示す図、図3は弾塑性エネルギー吸収体の一例を示す図、図4は地震のタイプ別に作成した模擬地震波の一例を示す図、図5及び図6は位相差分分布の標準偏差毎に作成された模擬地震のタイプ毎に、異なる複数の地震波の波形及び異なる複数の建物強度に応じてプロットされた最大変位量に対する累積損傷値群を包絡する上限曲線を、該地震により発生する最大変位量と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係として設定する様子を示す図、図7は実地震の波形を修正した後にフーリエ変換して求めた位相差分分布を示す図、図8は位相差分分布の極値の求め方を説明する図、図9は各地震波の位相差分分布と正規分布との関係を示す図、図10及び図11は弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するフローチャートである。
【0022】
図1において、11は建物の規格化された弾塑性エネルギー吸収体6の劣化診断装置であり、パーソナルコンピュータ等により構成される。12はキーボードやマウス等により構成される入力部であり、所定の入力画面を利用して実地震波情報及び建物被害情報を入力する。13はCPU(中央演算処理装置)等により構成される制御部である。14はデイスプレイや印刷装置等により構成される出力部である。20はインターネット21に接続されたインターフェイスである。
【0023】
本実施形態では地震発生後に公共機関からインターネット21を介してウエブサイト(ホームページ)上に提供される実地震波情報を取得する実地震波情報取得手段をインターフェイス20及び制御部13等が兼ねる。インターフェイス20及び制御部13等により構成された実地震波情報取得手段により取得された実地震波情報は図示しないメモリに一時記憶される。
【0024】
15は地震発生後にその実地震の地震波データをフーリエ変換により位相差分分布に変換して標準偏差をσを算出する標準偏差算出手段となる標準偏差算出部である。16は実地震により発生する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出する最大変位量算出手段となる最大変位量算出部であり、弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量情報記憶手段となる最大変位量情報データベース(以下、「最大変位量情報DB」という)19に記憶して格納された個々の弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量情報に基づいて弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出する。
【0025】
17は地震により発生する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関関係情報を記憶する相関関係情報記憶手段となる相関関係情報データベース(以下、「相関関係情報DB」という)である。
【0026】
18は標準偏差算出部15により算出された実地震波の標準偏差σと、最大変位量算出部16により算出された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と、相関関係情報DB17に記憶された弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を演算する累積損傷値演算手段となる累積損傷値演算部である。
【0027】
図2及び図3において、Aは建物の構造体に装備される耐力要素の一例として、中低層住宅の鉄骨建物に取り付けられる耐震要素である。1は上下梁であり、2は上下梁1間に立て付けられた左右柱である。3は上下梁1間に左右柱2に添え付けて立て付けられた主枠体であり、4は主枠体3間の中央部に水平に設置された連結枠材である。
【0028】
耐震要素Aは主枠体3、連結枠体5、弾塑性エネルギー吸収体6、連結部材7、及び斜め枠体8からなり、連結枠材4は、主枠体3に接続される左右の連結枠体5と、中央に配置される建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体6とが連結部材7によって連結されており、該連結部材7には、前記左右の主枠体3に一端が接続されて斜めに設置される複数の斜め枠体8が接続されている。
【0029】
本実施形態では、例えば、上下梁1及び主枠体3をH形鋼(例えば、SS400)、左右柱2を角形鋼管、連結枠体5を角形鋼管(例えば、STKR400)、弾塑性エネルギー吸収体6を低降伏点鋼板(高延性熱延軟鋼板)、連結部材7を鋼板(例えば、SS400)、斜め枠体8を丸形鋼管(例えば、STK400)等により構成されており、弾塑性エネルギー吸収体6と連結部材7とは、図3に示すように、トルシア型高力ボルト9(例えば、M16(S10T))等により固定され、他の部材は互いに溶接によって一体的に組み立てられている。
【0030】
図3に示す実施形態では、例えば、弾塑性エネルギー吸収体6を高延性熱延軟鋼板を断面コ字形状で図3に示す形状にプレス加工して成形されており、板厚4.2mm、全長200mm、両端部の幅110mm、中央部のくびれの幅33.4mm、起立片の高さ14mmで構成されている。またくびれの両端拡張部には拘束部材10がトルシア型高力ボルト9等により固定されており、弾塑性エネルギー吸収体6のくびれの中央部に集中して塑性変形が起きるように構成されている。
【0031】
弾塑性エネルギー吸収体6の素材となる低降伏点鋼材は、一般には、鉄と炭素、その他の微量のマンガン、ニッケル、リン、イオウ等の元素の合金で構成され、炭素を始め、鉄以外の元素の含有量を減らし、純鉄に近づけたり、結晶の粒子を大きくしたり、ニオブ(Nb)等の特殊な元素を微量添加することで、低降伏点鋼材を作ることが出来る。
【0032】
一般の鋼材と比較した低降伏点鋼材の機械的性質は、降伏点が半分程度低められ、伸び能力を高めて、引っ張り強さを低めている。そして、一般の鋼材と同じ高い剛性を有しながら、降伏点が低いので同じ力に対して少ない変形段階から降伏するので、一般の鋼材が弾性変形にとどまる変形量において、塑性歪みエネルギーで振動エネルギーを吸収することが出来る。従って、低降伏点鋼材は、小変形時のエネルギー吸収量が一般の鋼材よりも大きくなる。
【0033】
一方、一般の鋼材を用いた構造と同じ強度になるだけ鋼材の使用量を増して、低降伏点鋼材を用いて構造体を作ると、伸び能力の高い分だけ破壊までの塑性歪みエネルギーが増すので大地震時の耐震性が向上する。
【0034】
従って、連結枠材4を左右の連結枠体5と、中央の弾塑性エネルギー吸収体6とを接続して構成することで、力学的性質の大きく異なる一般の鋼材と、低降伏点鋼材を組み合わせて使い分けることで構造物としての力学的挙動を設計者の意図通りコントロールすることが可能となる。
【0035】
連結枠材4の中央部に配置された弾塑性エネルギー吸収体6は、地震等により鉄骨軸組に作用する所定値を越える外力を受けると、他の部位よりも先に降伏し、塑性変形するように設計された塑性体で構成されている。そして、この弾塑性エネルギー吸収体6の材質,長さ,形状等を適当に変える等してエネルギー吸収量が明確になるように降伏耐力が設計されている。
【0036】
弾塑性エネルギー吸収体6は、図6に示すように、地震により発生する該弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(本実施形態では「最大層間変位量」を採用している)と、該地震に起因する該弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関関係が予め設定されており、相関関係情報DB17に記憶して格納されている。その相関関係は地震のタイプをパラメータとしている。そして、その地震のタイプのパラメータは、地震波データをフーリエ変換して得られた位相差分分布の標準偏差σとしている。
【0037】
図5に示すように、地震のタイプ毎に該地震により発生する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との関係を異なる複数の地震波の波形毎及び異なる複数の建物強度毎に時刻暦応答解析しそれぞれについてプロットし、そのプロットされた最大変位量(最大層間変位量)に対する累積損傷値群を包絡する上限曲線Lを、地震により発生する最大変位量と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関関係として設定する。
【0038】
そして、図5で求めた地震のタイプ毎の上限曲線Lを図6に示すように地震により発生する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値との相関曲線データとして作成して相関関係情報DB17に格納しており、これを利用して、累積損傷値演算部18により建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を演算することにより劣化診断を行うことが出来る。
【0039】
即ち、相関関係情報DB17に格納された図6の相関曲線データに基づいて、最大変位量算出部16により算出した実地震により発生する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)に基づいて、累積損傷値演算部18により該実地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を演算し、弾塑性エネルギー吸収体6の劣化を診断する。
【0040】
このような構成において、鉄骨建物が大きな地震力を受けると、先ず、弾塑性エネルギー吸収体6が降伏点に達して塑性変形し、他は殆ど損傷されないで済む。交換する場合には、図2に示す塑性変形等した弾塑性エネルギー吸収体6を有する耐震要素Aを左右柱2から取り外し、新しい弾塑性エネルギー吸収体6を取り付けた耐震要素Aを左右柱2に固定するだけで鉄骨軸組を当初の状態に容易に復元させることが出来る。
【0041】
また、この弾塑性エネルギー吸収体6のみを新しいものに交換する場合には、図3に示す高力ボルト9を外して地震等の外力により塑性変形し、或いは破断した弾塑性エネルギー吸収体6を連結部材7から取り外し、新しい弾塑性エネルギー吸収体6を高力ボルト9によって連結部材7に固定するだけで耐震要素A及び鉄骨軸組を当初の状態に容易に復元させることが出来る。
【0042】
耐震要素Aは主枠体3、連結枠体5、弾塑性エネルギー吸収体6、連結部材7、及び斜め枠体8、拘束部材10を含んで一体的に組み立てられる。
【0043】
共立出版により発行された「鋼構造の性能と設計(桑村仁・著)」によると、疲労寿命の推定にはマイナー則に基づき、式:D=Σ(n/N)で定義される累積損傷値で評価し、D=1で破断とすることが記載されている。累積損傷値を求めるためには累積損傷値を求める弾塑性エネルギー吸収体6の試料を数本用意し、予め、異なる振幅での定振幅載荷を行って調べておく。
【0044】
また地震等で耐震要素Aが損傷を受けた場合には、クロス、石膏ボード等の内装材やシーリング材、外壁等の外装材も損傷を受ける。その損傷の程度は建物が変形した振幅の大きさと相関があることが分かっている。よって、内装材や外装材の位置ズレや変形、損傷状態から弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を推定して入力部12により入力し、最大変位量算出部16は建物を非破壊で弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を算出することが出来、その最大変位量に基づいて、累積損傷値演算部18により実地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を求めることにより耐力要素として建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を演算して劣化を診断することが出来る。
【0045】
最近では防災技術研究所が提供する「K−net」等を中心に強震動観測網が充実しており、地震発生直後から図7に示す地震波観測データの入手が容易に出来る。また、中央防災会議や防災技術研究所(J−SHIS)等ではシナリオ地震動の波形等も公開されており、図7に示す地震波データを容易に取得することが出来る。
【0046】
本実施形態では、活断層の変動によって断層が相互にズレる震源の浅い内陸直下型地震、或いは海洋にある巨大なプレート(岩板)が陸側のプレートの下に沈み込む海溝の近くでプレート境界で滑りが生じて起きる海溝型地震等の地震のタイプの分類方法として図7に示す位相差分分布を用いている。
【0047】
ここで、模擬地震の位相差分分布を正規分布と仮定し、模擬地震の地震のタイプをその標準偏差σをパラメータとして設定する。模擬地震のパラメータとしては、例えば、図4に示すように、地震波の全データ時間を163.84秒、位相差分分布の平均値を81.92秒、位相差分を0〜2πとした時、直下型地震の地震波の標準偏差σは図4(a)に示すように0.04π、中間型1地震の地震波の標準偏差σは図4(b)に示すように0.15π、中間型2地震の地震波の標準偏差σは図4(c)に示すように0.25π、海溝型地震の地震波の標準偏差σは図4(d)に示すように0.40πである。
【0048】
このように設定した地震のタイプのそれぞれについて、地震波の位相差分の標準偏差σがそれぞれの値になるように異なる模擬地震波を30波ずつ作成する。
【0049】
また、模擬地震波を用いた解析では、中低層鉄骨造建物の1階〜3階の各階層に対応して3質点系のせん断ばねモデルを用いて時刻歴応答解析を行う。せん断ばねには、耐力パネル、軽量気泡コンクリート(ALC)帳壁、石膏ボード等を考慮する。
【0050】
地震のタイプ毎にその位相差分分布に対応して作成した振動の加速度波形からなる各地震波を入力した応答解析の一例を図5に示す。解析では累積損傷値が0.05以上1.0以下の範囲(累積損傷値の最大値を「1.0」とする)で複数の結果が得られるように降伏せん断力係数をパラメータとしている。また、地震のタイプが図5(b)に示すような海溝型地震になるに従い、設定した模擬地震では累積損傷値が1.0に至らない場合が生じるが、この場合には入力振幅の割り増しにより結果を得た。
【0051】
図5(a),(b)において、任意の1地震波について強度を変化させて時刻暦応答解析して得られた弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と累積損傷値との相関関係を求めると略同一曲線上に分布する。
【0052】
図6は相関関係情報DB17に格納された、弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と累積損傷値との相関関係情報であり、図5に示す地震のタイプ毎の弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と累積損傷値との相関関係において複数プロットした上限値の近似曲線である上限曲線Lを用いて地震のタイプ毎の弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量(最大層間変位量)と累積損傷値との相関関係を地震波の位相差分分布の標準偏差σ(図の左側からσ=0.40π,0.25π,0.15π,0.04π)毎に示したものである。
【0053】
一方、実地震データから地震のタイプを判別し図6の最大変位量と累積損傷値の相関関係から、実地震の地震のタイプに応じた相関関係を選択するためには、実地震波の位相差分分布の標準偏差をより正確に計算するために、実地震データを次のように修正することが好ましい。
【0054】
図7(a),図9(a)は1995年に発生した兵庫県南部地震の地震波の位相差分分布の一例であり、図7(b),図9(b)は1952年に発生したKern County地震の地震波の位相差分分布の一例であり、図7(c),図9(c)は1968年に発生した十勝沖地震の地震波の位相差分分布の一例である。
【0055】
図7(a)〜(c)に示すように、修正前の実地震の地震波をそのままフーリエ変換して求めた位相差分分布で、リンク効果による不正データが位相差分分布の末尾に残存する場合には正確な標準偏差σが得られない。そのため、標準偏差算出部15は、位相差分分布に変換する前の実地震の地震波について、該実地震波の最大加速度発生時刻を所定時間経過した後に移動する。即ち、本実施形態では、加速度「0」を一定時間補足修正して得られた地震波の加速度データをフーリエ変換して位相差分分布を求める。この様に、位相差分分布のピーク値が、位相差分の2πの略中央部であるπの位置になる様に地震波の加速度データを修正する。
【0056】
ここで、図9(a)〜(c)に示すように、実地震波の位相差分分布は正規分布に似た形状となることが知られているが、位相差分分布から標準偏差σを求める時には正規分布との分布の違いにより、実地震波の位相差分分布と正規分布の分布形状に差が生じることが考えられる。
【0057】
そこで、本実施形態では、実地震波の位相差分分布と、正規分布との対応を以下の数1式に示すように設定する。即ち、(1)位相差分分布を確立密度に基準化する。そして、(2)標準偏差算出部15は、位相差分分布の標準偏差を適正化するために該位相差分分布の度数分布の最大値付近の位相差分とその度数とから度数分布の包絡線の最大値を変更する。即ち、図8に示すように、実地震波の位相差分分布の最頻値(P)と、該最頻値(P)の前後のデータ値(Pi-1),(Pi+1)との計3つのデータ値を通る二次曲線aを求め、その二次曲線aの極値座標(xopt,Popt)を求める。(3)正規分布の平均値をxoptとし、正規分布の確率密度の極値が(Popt)と同じになる時の標準偏差σを以下の数1式に示すように設定する。ここで、正規分布の標準偏差をσ、度数分布の間隔(2π/32)をdxとする。
【0058】
【数1】

【0059】
上記数1式から分かるように、地震の地震波の位相差分分布が作成されれば、正規分布の標準偏差σを求めることが出来る。
【0060】
図9(a)〜(c)に地震の地震波の位相差分分布から直接標準偏差を求めた場合をσ0、上記数1式により標準偏差を求めた場合をσとして、各標準偏差に対応した確率密度分布を示した。
【0061】
上記各実地震波の位相差分布は共に上記数1式による確率密度と位相差分分布と良く一致している。また、上記数1式により求められる標準偏差σの値は、図9の例では地震波の位相差分分布から直接求めた標準偏差σ0の値の半分ほどである。
【0062】
前述のように説明した手法を用いて、より正確に計算された標準偏差σを本発明でいう実地震の波形の標準偏差σと見做して実地震の地震のタイプを決めるのである。
【0063】
上記のような弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するに当り、図10のステップSにおいて、先ず、地震のタイプ毎に該地震により発生する弾塑性エネルギー吸収体6の最大変位量を求め、ステップSにおいて、地震のタイプを想定し、ステップSにおいて、前記ステップSで想定した地震の地震のタイプに対応する最大変位量−累積損傷値曲線から累積損傷値を求める。
【0064】
そして、前記ステップSで求めた最大変位量と、前記ステップSで求めた地震タイプにより、ステップSにおいて、地震のタイプをパラメータとする最大変位量と累積損傷値との相関関係から弾塑性エネルギー吸収体6の累積損傷値を求める。
【0065】
次に地震後の劣化診断においては、実地震が発生した後、図11のステップS11において、目的の劣化診断建物が実際に応答した最大変位量(最大層間変位量)を内外装被害調査や予め建物に設置した加速度センサの履歴データ等により推定する。
【0066】
同時にステップS12において、観測された実地震波から地震のタイプを判別し、前記ステップS11で求めた最大変位量と、前記ステップS12で求めた地震タイプにより、ステップS13において、地震のタイプをパラメータとする最大層間変位量と累積損傷値との相関関係から累積損傷値を推定する。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本発明の活用例として、建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置に適用出来、特に部材が規格化され、予め地震により被害を受ける階を想定して設計された建物に装備された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置に好適である。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】図1は本発明に係る弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置の構成を示す制御系のブロック図である。
【図2】弾塑性エネルギー吸収体を有する弾塑性エネルギー架構体を耐力要素として装備した耐力壁の構成を示す図である。
【図3】弾塑性エネルギー吸収体の一例を示す図である。
【図4】地震のタイプ別に作成した模擬地震波の一例を示す図である。
【図5】位相差分分布の標準偏差毎に作成された模擬地震の地震のタイプ毎に、異なる複数の地震波の波形及び異なる複数の建物強度に応じてプロットされた最大変位量に対する累積損傷値群を包絡する上限曲線を、該地震により発生する最大変位量と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係として設定する様子を示す図である。
【図6】位相差分分布の標準偏差毎に作成された模擬地震の地震のタイプ毎に、異なる複数の地震波の波形及び異なる複数の建物強度に応じてプロットされた最大変位量に対する累積損傷値群を包絡する上限曲線を、該地震により発生する最大変位量と、該地震に起因する弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係として設定する様子を示す図である。
【図7】実地震波を修正した後にフーリエ変換して求めた位相差分分布を示す図である。
【図8】位相差分分布の極値の求め方を説明する図である。
【図9】各地震波の位相差分分布と正規分布との関係を示す図である。
【図10】弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するフローチャートである。
【図11】弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係を活用するフローチャートである。
【符号の説明】
【0069】
A…耐震要素
L…上限曲線
1…上下梁
2…左右柱
3…主枠体
4…連結枠材
5…連結枠体
6…弾塑性エネルギー吸収体
7…連結部材
8…斜め枠体
11…劣化診断装置
12…入力部
13…制御部
14…出力部
15…標準偏差算出部
16…最大変位量算出部
17…相関関係情報DB
18…累積損傷値演算部
19…弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量情報DB
20…インターフェイス
21…インターネット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置であって、
実地震の地震波を位相差分分布に変換して標準偏差を算出する標準偏差算出手段と、
前記実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出する最大変位量算出手段と、
地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報を予め記憶する相関関係情報記憶手段と、
前記標準偏差算出手段により算出された実地震波の標準偏差と、前記最大変位量算出手段により算出された前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、前記相関関係情報記憶手段に記憶された弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と累積損傷値との相関関係情報と、から前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を演算する累積損傷値演算手段と、
を有することを特徴とする弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置。
【請求項2】
前記標準偏差算出手段は、前記位相差分分布に変換する前の実地震の加速度データについて、該実地震波の最大加速度発生時刻を所定時間経過した後に移動することを特徴とする請求項1に記載の弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置。
【請求項3】
前記標準偏差算出手段は、前記位相差分分布の標準偏差を求めるために該位相差分分布の度数分布の最大値付近の位相差分とその度数とから度数分布の包絡線の最大値を変更することを特徴とする請求項1に記載の弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断装置。
【請求項4】
建物用の規格化された弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法であって、
実地震の地震波を位相差分分布に変換して標準偏差を算出し、
前記実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量を算出し、
前記実地震波の標準偏差と、前記実地震により発生した前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、予め作成した地震により発生する前記弾塑性エネルギー吸収体の最大変位量と、該地震に起因する前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値との相関関係情報と、から前記弾塑性エネルギー吸収体の累積損傷値を演算することを特徴とする弾塑性エネルギー吸収体の劣化診断方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate

【図11】
image rotate