説明

弾性表面波センサー

弾性表面波素子上に反応膜が形成された質量負荷による周波数変化量の測定により検出対象物質を検出もしくは定量する弾性表面波センサーであって、弾性表面波素子自体の構造の改良により感度が高められた弾性表面波センサーを提供する。SHタイプの弾性表面波を利用しており、オイラー角が(0°,0°〜18°,0°±5°)または(0°,58°〜180°,0°±5°)である回転YカットLiTaO基板と、該LiTaO基板2上に形成されており、Auを主成分とする表面波励振用電極3と、表面波励振用電極3を覆うようにLiTaO基板上に形成されており、検出対象物質または検出対象物質を結合する結合物質を結合する反応膜4とを備え、上記インターデジタル電極3の波長で規格化された膜厚が0.8〜9.5%の範囲とされている、弾性表面波センサー1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、例えば、バイオセンサーやガスセンサーなどに用いられる弾性表面波センサーに関し、より詳細には、SHタイプの表面波を利用しており、付加される質量負荷による周波数変化に基づいて検出対象物質が検出される弾性表面波センサーに関する。
【背景技術】
従来、様々な物質を検出するために、弾性表面波素子を用いた種々の弾性表面波センサーが提案されている。例えば、DNAや抗体などの生体物質を検出する弾性表面波センサーでは、弾性表面波素子上に特定のDNAや抗体などの生体物質とのみ反応する反応膜が設けられている。上記DNAや抗体が反応膜と反応し、反応膜に結合され、それによって弾性表面波素子上に質量が負荷される。この質量負荷に起因する周波数変化により、DNAや抗体の有無や濃度が検出される。
他方、下記の特開平10−90270号公報には、この種の弾性表面波センサーの一例が開示されている。この先行技術に記載の弾性表面波センサーは、水中に含まれるカビ臭物質である2−MIB(2−メチルイソボルネオール)の検出を可能とするものである。図12に示すように、弾性表面波センサー101では、圧電基板102上にインターデジタル電極103,104及び金属薄膜105が形成されている。一方のインターデジタル電極103と他方のインターデジタル電極104との間に増幅器106,107が接続されており、出力側のインターデジタル電極104及び増幅器106,107の後段に混合器108が接続されている。混合器108から弾性表面波センサー101の出力が取り出されるように構成されている。
この先行技術に記載の弾性表面波センサー101では、上記圧電基板102の上面において、カンファー・Ova複合体が固定化される。このカンファー・Ova複合体が反応膜として機能し、カンファー・Ova複合体との反応により2−MIBが検出される。
すなわち、カビ臭原因物質である2−MIBに類似の構造を有するカンファー及び蛋白質の複合体抗原が、弾性表面波センサー101において固定化されている。そして、弾性表面波センサー101が、2−MIBを特異的に結合する抗2−MIB抗体を一定濃度で含む被測定溶液中に浸漬され、溶液中に存在している未知濃度の2−MIBと、上記カンファー・蛋白質複合体抗原とが競合的に反応する。そして、弾性表面波センサー101上に固定化されているカンファー・蛋白質複合体抗原に結合した抗2−MIB抗体量が、弾性表面波センサーに対する質量負荷による出力変化により求められる。そして、カンファー・蛋白質複合体抗原に結合された抗2−MIB抗体量と、2−MIBが存在しない場合の結合抗体量の差により、被測定溶液中の2−MIB濃度が定量される。
上記のように、従来、DNA、抗原、抗体などの生体物質や、カビ臭原因となる2−MIBなどの様々な物質を検出あるいは定量するために、弾性表面波センサーが広く用いられている。この種の弾性表面波センサーでは、検出対象物質に応じた反応膜が圧電基板上に形成され、該反応膜に対する質量負荷による周波数変化により、検出対象物質の検出もしくは定量が行われている。
弾性表面波センサーでは、質量変化が周波数変化として検知される。従って、周波数変化が大きいほど、弾性表面波センサーの感度が高められる。そこで、従来、感度を高めるために、上記のように、検出対象物質に応じた反応膜の構成についての研究が種々行われていた。
しかしながら、従来、この種の弾性表面波センサーにおける弾性表面波素子自体の構造と、弾性表面波センサーの感度との関係についてはあまり着目されてなかった。
【発明の開示】
本発明の目的は、上述した従来技術の現状に鑑み、弾性表面波素子上に反応膜が形成されており、弾性表面波素子への質量負荷の変化により検出対象物質を検出する弾性表面波センサーであって、弾性表面波素子自体の構造を改良することにより、感度が効果的に高められている弾性表面波センサーを提供することにある。
本発明は、弾性表面波素子への微小な質量負荷を周波数変化により検出する弾性表面波センサーであって、SHタイプの弾性表面波を利用しており、オイラー角が(0°,0°〜18°,0°±5°)または(0°,58°〜180°,0°±5°)である回転YカットLiTaO基板と、前記LiTaO基板上に形成されており、Auを主成分とする表面波励振用電極と、前記表面波励振用電極を覆うように、前記LiTaO基板上に形成されており、かつ検出対象物質または検出対象物質と結合する結合物質を結合する反応膜とを備え、前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が0.8〜9.5%の範囲にあることを特徴とする。
上記オイラー角は、好ましくは、(0°,120°〜140°,0°±5°)とされる。
本発明に係る弾性表面波センサーのある特定の局面では、前記反応膜と前記電極との間に形成されており、前記反応膜と前記電極との密着性を高める密着層をさらに備える。
本発明に係る弾性表面波センサーの他の特定の局面では、前記反応膜と前記電極との間に形成されており、前記電極上から電極外の領域に至るように設けられた保護膜をさらに備えられる。
本発明に係る弾性表面波センサーのさらに他の特定の局面では、前記密着層と前記電極との間に形成されており、前記電極上から電極外の領域に至るように設けられた保護膜をさらに備えられる。
本発明に係る弾性表面波センサーの他の特定の局面では、前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が、1.2〜8.5%の範囲にある。
本発明に係る弾性表面波センサーのさらに特定的な局面では、前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が、1.9〜6.6%の範囲にある。
本発明に係る弾性表面波センサーのさらに別の特定の局面では、前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚は、3.0〜5.0%の範囲にある。
本発明に係るバイオセンサーは、本発明に従って構成された弾性表面波センサーを用いて構成されており、反応膜が検出対象物質としての生体物質と結合する物質を有し、該生体物質が反応膜表面に結合されることにより、弾性表面波センサーの基板面に負荷される質量が変化するように構成されている。
【図面の簡単な説明】
図1は、(a)〜(d)は、本発明の弾性表面波センサーの測定原理を説明するための図であり、(a)は液体中に検出対象物質が存在しない場合の状態を模式的に示す正面断面図、(b)は液体中に検出対象物質が存在しない場合の周波数変化を示す図、(c)は液体中に検出対象物質が存在する場合の模式的正面断面図、(d)は液体中に検出対象物質が存在する場合の周波数変化を説明するための図である。
図2は、実験例1で用意された2ポート型弾性表面波共振子の電極構造を模式的に示す平面図である。
図3は、レイリー波及びSH波の初期インピーダンス−周波数特性及び液体中でダンピングされた後のインピーダンス−周波数特性を示す図である。
図4は、実験例において、インターデジタル電極の規格化膜厚を変化させた場合の弾性表面波素子への質量負荷による周波数変化量の経時による変化を示す図である。
図5は、実験例3において、インターデジタル電極の規格化膜厚を変化させ、10ng/mmの質量負荷を与えた場合の周波数変化量の変化を示す図である。
図6は、LiTaO基板のオイラー角を種々変更した場合の電極規格化膜厚と周波数変化量との関係を示す図である。
図7は、実験例4において、LiTaO基板のオイラー角のθを変化させた場合のP波、SH波及びSV波の変位U1,U2,U3の変化を示す図である。
図8は、2ポート型弾性表面波共振子構造による本発明の一実施形態の弾性表面波センサーの挿入損失−周波数特性の一例を示す図である。
図9は、(a)及び(b)は、本発明の弾性表面波センサーの変形例を示し、保護膜が設けられている弾性表面波センサーの各模式的正面断面図である。
図10は、本発明の弾性表面波センサーで用いられる電極構造の一例としての1ポート型表面波共振子の電極構造を示す模式的平面図である。
図11は、本発明の弾性表面波センサーで用いられる電極構造の他の例としてのトランスバーサル型弾性表面波フィルタの電極構造を示す模式的平面図である。
図12は、従来の弾性表面波センサーの一例を説明するための模式的平面図である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、図面を参照しつつ、本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
図1(a)〜(d)は、本発明の一実施形態に係る弾性表面波センサーの測定原理を説明するための図である。
本実施形態の弾性表面波センサー1は、SHタイプの表面波を利用しており、オイラー角が(0°,0°〜18°,0°±5°)または(0°,58°〜180°,0°±5°)である回転YカットLiTaO基板2を有する。このLiTaO基板2上に表面波励振用電極としてインターデジタル電極3が形成されている。インターデジタル電極3はAuにより構成されている。また、インターデジタル電極3の弾性表面波の波長で規格化された膜厚は0.8〜9.5%の範囲とされている。
上記LiTaO基板上に反応膜4が形成されている。反応膜4は、検出対象物質または検出対象物質と結合する結合物質を結合する適宜の材料で構成され得る。
弾性表面波センサー1では、例えば、検出対象物質を含まない液体5に浸漬されると、図1(a)に示すように、液体5が反応膜4に接触する。この場合、液体5内に検出対象物質が存在しないが、液体5が反応膜4に接触し、ひいてはLiTaO基板2のインターデジタル電極3が形成されている面に質量が負荷されることになる。従って、図1(b)に示すように、液体5に浸漬される前の周波数特性Aから、液体に浸漬した後の周波数特性Bとなるように、周波数が低下する。しかしながら、この場合には、この周波数の変化量は比較的小さい。
これに対して、図1(c)に示すように、検出対象物質6を含有している液体5に弾性表面波センサー1が浸漬された場合には、検出対象物質6が反応膜4に結合される。そのため、LiTaO基板2のインターデジタル電極3が形成されている面に、反応膜4の表面に結合された検出対象物質6による質量が、単に液体5による増加作用に追加されることになる。
液体5中に検出対象物質6が存在した場合には、検出対象物質6が反応膜4と反応し、反応膜4の表面に結合される。そのため、該検出対象物質6による質量負荷作用により、LiTaO基板2の表面で励振されたSHタイプの表面波への影響が大きくなり、上記のように周波数変化により検出対象物質の有無を検出することができる。
ところで、本実施形態の弾性表面波センサー1の特徴は、SHタイプの表面波を利用していること、上記特定のオイラー角の回転YカットLiTaO基板を用いたこと、インターデジタル電極3をAuにより形成したこと、並びにインターデジタル電極3の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が0.8〜9.5%の範囲にあることにあり、このような構成を採用することにより、後述の実験例から明らかなように、弾性表面波センサー1のセンサー感度が飛躍的に高められている。これを、具体的な実験例に基づき説明する。
(実験例1)
36°回転Y板LiTaO基板を用意し、該LiTaO基板上に、1つのインターデジタル電極と、インターデジタル電極の表面波伝搬方向両側に設けられた反射器とを形成し、1ポート型弾性表面波共振子を作製した。なお、反応膜は形成されていない。
上記インターデジタル電極の表面波の波長で規格化された膜厚を2%とし、この弾性表面波センサーの周波数特性を測定した。図3に実線で、この弾性表面波センサーの初期状態のインピーダンス−周波数特性及び位相−周波数特性を示す。
なお、図3の矢印X1で示す共振は、レイリー波による共振であり、矢印X2で示す共振は、SHタイプの表面波の共振である。
図3の破線は、エタノール浸漬後の液中での弾性表面波センサーのインピーダンス・周波数特性及び位相・周波数特性を示す。実線の特性と、破線の特性を比較すれば明らかなように、レイリー波による共振X1は、液中では励振が弱まっているのに対し、SHタイプの表面波による共振X2はあまり励振が弱まっていないことがわかる。つまり、レイリー波では液中でセンサーとしては利用できないことがわかる。従って、SHタイプの表面波を利用することにより、液中であっても、確実に弾性表面波センサーとしての機能を得ることができる。
よって、本発明では、上記のように、SHタイプの表面波の応答を利用するように弾性表面波センサーが構成されている。
図7は、オイラー角(0°,θ,0°)のθ(度)が変化された場合のLiTaO基板において生じる表面波の変位を示す図であり、縦軸は規格化された変位量を示す。また、図7の一点鎖線が利用しているSH波の変位U2を示し、変位U1はP波、変位U3はSV波の変位を示す。
図7から明らかなように、オイラー角のθが0°〜18°及び58°〜180°の範囲にある場合、SH波の変位U2が大きく、かつ安定しており、SH波が主に励振される。上記のように液中に浸漬された場合、レイリー波による共振は弱まりやすいのに対し、SHタイプの表面波の共振は弱まり難い。従って、オイラー角のθが0°〜18°及び58°〜180°の範囲のLiTaO基板を用いることにより、SH波を十分に励振させることができ、かつ液中に浸漬された場合でもSH波を十分に励振させ得ることがわかる。
さらに、オイラー角のθが120°〜140°の範囲では、SH波の共振の近くに現れるSV波の共振の変位U3が非常に小さいことがわかる。従って、好ましくは、オイラー角のθを120〜140°の範囲とすることにより、SV波の影響をあまり受けることなく、液中での特性劣化をより効果的に防ぐことができる。
よって、本発明では、オイラー角のθが0°〜18°及び58°〜180°、特に好ましくは120〜140°であるLiTaO基板を用いることにより、液中でも確実に、センサーとしての機能が得られるSH波を利用することができる。
なお、オイラー角のθは、上記のように0°〜18°または58°〜180°の範囲にあることが必要であるが、オイラー角(0°,0°〜18°,0°±5°)または(0°,58°〜180°,0°±5°)の範囲であれば、同様の効果を得ることができる。
(実験例2)
実験例1と同様にして、反応膜を有しない弾性表面波素子を構成した。但し、Auからなるインターデジタル電極の規格化膜厚は、0.4%、2.0%及び5.5%と変化させ、3種類の弾性表面波素子を用意した。参考としてインターデジタル電極の規格化膜厚が2.0%の弾性表面波素子の特性を図8に示す。そして、このようにして用意された3種類の弾性表面波素子を、エタノールに浸漬し、アルカンチオール化合物を140μmol/lの濃度となるように滴下した。
用いたアルカンチオール化合物は、10−カルボキシ−1−デカンチオールCOOH−(CH10−SHである。
上記アルカンチオール化合物は、末端のS原子が電極として使用されているAuと反応し、Au上に自己組織化単分子膜を形成する。この時、形成された自己組織化単分子膜により質量負荷が生じ、上述した実施形態の弾性表面波センサー1の場合と同様に、弾性表面波センサーの周波数が変化する。
結果として、アルカンチオール化合物がインターデジタル電極を構成しているAuと反応し、自己組織化単分子膜が形成された。そして、この自己組織化単分子膜の形成による質量負荷作用により、各弾性表面波素子の周波数が変化した。結果を図4に示す。なお、図4の横軸は、上記アルカンチオール化合物を滴下した時点を0とした経過時間(分)を示し、縦軸は、SHタイプの表面波の共振の共振周波数の変化量(kHz)を示す。
図4から明らかなように、電極の規格化膜厚が0.4%である場合では、アルカンチオール化合物を滴下してから約40分後に20kHzの周波数低下が見られた。これに対して、規格化膜厚が2.0%及び5.5%では、アルカンチオール化合物を滴下してから約40分後に40kHzの周波数低下が見られた。従って、電極の規格化膜厚を変化させることにより、弾性表面波素子の周波数変化量が変化することがわかる。
なお、上記アルカンチオール化合物による自己組織化単分子膜は、表面波励振用のAuからなるインターデジタル電極と強固に結合する。従って、上記自己組織化単分子膜は、本発明の密着層として好適に用いられる。すなわち、密着層を設けることにより、密着層上に形成される反応膜とインターデジタル電極との密着性を効果的に高めることができる。従って、弾性表面波センサーの信頼性を高めることができるとともに、反応膜における質量負荷の変化をより高精度に測定することができる。
なお、密着層を構成する材料は、上記アルカンチオール化合物に限定されず、該アルカンチオール化合物の誘導体、あるいは他の化合物を用いることができる。用いられる他の化合物としては、表面波励振用電極やLiTaO基板に結合され得る任意の化合物からなるものを挙げることができる。
(実験例3)
実験例2の結果を考慮して、電極の規格化膜厚を0〜10%の範囲で変化させ、実験例2と同様にして弾性表面波素子へのアルカンチオール化合物による質量負荷による周波数変化量を測定した。結果を図5に示す。
図5から明らかなように、電極の規格化膜厚が0.9%〜9.5%の範囲では、周波数変化量は30ppm以上であった。他方、30ppmの周波数変化量は、0.9℃の温度変化によって生じる周波数変化量に相当する。従って、電極の規格化膜厚を0.8〜9.5%の範囲とすれば、0.9℃未満の温度変化に対応し得ることがわかる。言い換えれば、0.9℃未満の温度変化が生じたとしても、周波数変化量が温度変化による周波数ばらつき量よりも大きくなるため、0.9℃未満の温度変化が生じたとしても、周波数変化を確実に検出することができる。
また、電極の規格化膜厚が1.2〜8.5%の範囲では、周波数変化量が35ppm以上であり、他方、35ppmの周波数変化が起こる温度変化は1℃である。従って、電極の規格化膜厚を1.2〜8.5%の範囲とすれば、1℃の温度変化にも対応し得る弾性表面波センサーを提供することができる。
また、電極の規格化膜厚が1.9〜6.6%の場合には周波数変化量は45ppm以上、3〜5%の場合には55ppm以上である。そして、45ppmの周波数変化量を引き起こす温度変化を1.3℃、55ppmの周波数変化量をもたらす温度変化は1.6℃である。従って、電極の規格化膜厚1.9〜6.6%、より好ましくは3%とすれば、それぞれ、1.3℃及び1.6℃の温度変化があった場合でも機能し得る弾性表面波センサーを提供することができる。
すなわち、上記のように、電極の規格化膜厚を上述した特定の範囲とすることにより、温度変化による周波数ばらつきの影響があったとしても、有効に機能し得る弾性表面波センサー提供することができる。
(実験例4)
実験例1では、36°回転Y板LiTaO基板、すなわちオイラー角で(0°,126°,0°)である回転YカットLiTaO基板を用いたが、実験例4では、LiTaO基板のオイラー角と規格化膜厚を変化させ、種々の弾性表面波素子を構成し、実験例2と同様に質量負荷による周波数変化量を測定した。図6に結果を示す。
なお、LiTaO基板のオイラー角を変更したことを除いては、実験例2で用意した弾性表面波共振子と同様に構成した。
図6はオイラー角のθを変化させた場合の変位を示している。図6から、オイラー角を変化させても規格化膜厚と周波数変化量の関係はあまり変化しないことがわかる。よって、SH波が主に励振されるオイラー角であればよいことがわかる。
上述した実験例1〜4から明らかなように、オイラー角が(0°,0°〜18°,0°±5°)または(0°,58°〜180°,0°±5°)であるLiTaO基板上にAuを主成分とする表面波励振用電極を形成し、該電極の規格化膜厚を0.8〜9.5%とすれば、SH波の応答の質量負荷による周波数変化を高精度に測定し得ることがわかる。従って、本発明では、このように構成された弾性表面波素子が用いられ、かつ該弾性表面波素子上に反応膜4(図1参照)が形成されることにより、検出対象物質の検出または定量を高精度に行うことができる。
なお、反応膜自体は特に限定されず、測定される検出対象物質に応じた適宜の反応膜を用いることができる。例えば、前述した特開平10−90270号公報に記載のように、カビ臭原因とする2−MIBを検出する場合には、特開平10−90270号公報に記載のように、2−MIBに構造の類似したカンファー・蛋白質複合体からなる膜を反応膜として形成すればよい。また、特定のDNA、抗原または抗体などを検出する場合には、該DNA、抗原または抗体と特異的に結合する物質を含有する反応膜を用いればよい。
さらに、反応膜は、検出対象物質と直接反応して検出対象物質を結合するものに限らず、検出対象物質と結合する結合物質と反応して該結合物質を結合するように構成されていてもよい。
本発明のある特定の実施態様では、上記反応膜が、DNA、抗原または抗体などの生体物質と結合する物質を有しており、該生体物質が反応膜表面に結合されることにより、弾性表面波センサーの基板面に負荷される質量が変化される、バイオセンサーが提供される。従って、このバイオセンサーを用いることにより、生体物質の検出及び定量を高精度に行うことができる。
なお、好ましくは、図9(a)に模式的に示すように、LiTaO基板2上に形成されたインターデジタル電極3を覆うように、保護膜7が形成され、該保護膜7上に密着層8及び反応膜4が形成される。すなわち、保護膜7を、密着層8と電極3との間に配置することにより、電極3及び誘電体基板2を保護することができる。保護膜7として、例えばSiOなどの絶縁性材料を用いた場合には、導電性の液体中に弾性表面波センサーを浸漬した場合であっても、電極の所望でない短絡を防止することができる。また、保護膜7は、電極3上だけでなく、電極3以外の領域にも至るように形成されており、それによって保護膜7の上面の全面に密着層8を形成することができ、それによってセンサーの感度を高めることも可能となる。
このように、SiOなどからなる保護膜7を設けた場合、上記密着層8を構成する材料としては、アルカンチオール化合物ではなく、例えば、(CHO)SiCOCHCHCHOなどのメトキシシラン化合物を用いることが好ましい。メトキシ基CHOは、SiOなどの無機物に対する密着性に優れていることによる。
また、図9(a)では、電極3と密着層8との間に保護膜7が設けられていたが、図9(b)に示すように、密着層8を有しない弾性表面波装置においても、保護膜7を設けてもよい。図9(b)に示す弾性表面波装置では、保護膜7は、電極3と反応膜4との間に形成されている。この場合においても、SiOなどの絶縁性材料からなる保護膜を用いることにより、電極3の所望でない短絡を防止することができる。また、保護膜7が、電極3の上面だけでなく、電極3の外部にも至るように形成されているので、保護膜7上の全面に反応膜4を形成することができ、感度を高めることができる。
また、本発明に係る弾性表面波センサーを用いて検出対象物質を測定する場合、好ましくは、反応膜を有しないことを除いては、本発明の弾性表面波センサーと同様に構成された弾性表面波装置をリファレンスとして用いてもよい。その場合には、本発明に従って構成された弾性表面波センサーにおける液体浸漬時の周波数変化と、リファレンスとして用意された上記弾性表面波装置における液体浸漬時の周波数変化との差を求めることにより、液体浸漬による周波数変化量を無視することができ、検出対象物質または上記結合物質の反応膜への付着による周波数変化のみを高精度に測定することができる。
なお、本発明における弾性表面波センサーにおいて、弾性表面波素子を構成する表面波励振用電極の形状については特に限定されない。例えば、図10に示すように、1つのインターデジタル電極21と、反射器22,23とを有する1ポート型表面波共振子となるように表面波励振用電極が構成されていてもよい。また、図11に示すように、インターデジタル電極31,32を表面波伝搬方向において隔てて配置してなるトランスバーサル型の弾性表面波フィルタ30を構成してもよい。なお、トランスバーサル型の弾性表面波フィルタ30を構成した場合、必要に応じて、インターデジタル電極31,32間に金属薄膜33を配置してもよい。
【産業上の利用可能性】
本発明に係る弾性表面波センサーでは、SHタイプの表面波を利用しており、オイラー角が(0°,0°〜15°,0°±5°)または(0°,58°〜180°,0°±5°)である回転YカットLiTaO基板上にAuを主成分とし、波長で規格化された膜厚が0.8〜9.5%の範囲にある表面波励振用電極が形成されている弾性表面波素子を用いているため、該弾性表面波素子のLiTaO基板面に付与される質量の変化による周波数特性の変化が高精度に検出され得る。従って、該LiTaO基板に形成された表面波励振用電極を覆うように反応膜が形成されているので、該反応膜と反応して結合される検出対象物質あるいは前述した結合物質と結合されている検出対象物質の反応膜への結合による質量負荷を周波数特性の変化量として高精度に検出することができる。従って、検出対象物質に応じた様々な反応膜を用いた弾性表面波センサーにおいて、弾性表面波素子自体の構造の工夫により、感度を大幅に高めることが可能となる。
すなわち、従来の弾性表面波センサーでは、反応膜の工夫によりセンサー感度の向上が図られていたが、本発明では、反応膜が形成される弾性表面波素子自体の構造の工夫により感度を高めることができる。
また、表面波励振用電極がAuを主成分とするので、Auが他の物質と反応し難いため、弾性表面波センサーの汚染が生じ難く、かつ経時による特性の劣化が生じ難い。
また、反応膜と表面波励振用電極との間に、反応膜と電極との密着性を高める密着層がさらに形成されている場合には、信頼性に優れた弾性表面波センサーを提供することができるとともに、反応膜における質量負荷をより高精度に検出することができる。
また、電極と反応膜との間または電極と密着層との間に保護膜がさらに形成されている場合には、保護膜が絶縁性材料で構成されている場合、導電性液体に浸漬された場合に起こり得る所望でない短絡を防止することができる。また、保護膜が電極上及び電極外に至るように形成されているので、保護膜上の全面に反応膜や密着層を形成することができ、それによって感度を高めることができる。
上記密着層が、末端にS原子を有するアルカンチオールにより構成されている場合には、密着層がAuからなる電極に強固に結合し、自己組織化単分子膜を形成する。従って、密着層上に反応層を形成することにより、反応膜を弾性表面波素子に強固に結合することができる。
表面波励振用電極の規格化膜厚が1.2〜8.5%の範囲、より好ましくは1.9〜6.6%の範囲、さらにより好ましくは3.0〜5.0の範囲とされている場合には、弾性表面波センサーの感度をより一層効果的に高めることができる。
本発明に係るバイオセンサーは、本発明に従って構成された弾性表面波装置を用いて構成されているため、反応膜が検出対象物質としての生体物質と特異的に結合する物質を有しているので、生体物質が反応膜表面に結合されることにより弾性表面波センサーの基板面に負荷される質量が変化し、従って生体物質を本発明のバイオセンサーを用いることにより高精度に検出もしくは定量することができる。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】

【図10】

【図11】

【図12】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性表面波素子への微小な質量負荷を周波数変化により検出する弾性表面波センサーであって、
SHタイプの弾性表面波を利用しており、
オイラー角が(0°,0°〜18°,0°±5°)または(0°,58°〜180°,0°±5°)である回転YカットLiTaO基板と、
前記LiTaO基板上に形成されており、Auを主成分とする表面波励振用電極と、
前記表面波励振用電極を覆うように、前記LiTaO基板上に形成されており、かつ検出対象物質または検出対象物質と結合する結合物質を結合する反応膜とを備え、
前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が0.8〜9.5%の範囲にある、弾性表面波センサー。
【請求項2】
前記LiTaO基板のオイラー角が(0°,120°〜140°,0°±5°)である、請求項1に記載の弾性表面波センサー。
【請求項3】
前記反応膜と前記電極との間に形成されており、前記反応膜と前記電極との密着性を高める密着層をさらに備える、請求項1または2に記載の弾性表面波センサー。
【請求項4】
前記反応膜と前記電極との間に形成されており、前記電極上から電極外の領域に至るように設けられた保護膜をさらに備える、請求項1に記載の弾性表面波センサー。
【請求項5】
前記密着層と前記電極との間に形成されており、前記電極上から電極外の領域に至るように設けられた保護膜をさらに備える、請求項3に記載の弾性表面波センサー。
【請求項6】
前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が、1.2〜8.5%の範囲にある、請求項1〜5のいずれかに記載の弾性表面波センサー。
【請求項7】
前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が、1.9〜6.6%の範囲にある、請求項6に記載の弾性表面波センサー。
【請求項8】
前記電極の弾性表面波の波長で規格化された膜厚が、3.0〜5.0%の範囲にある、請求項7に記載の弾性表面波センサー。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の弾性表面波センサーを用いて構成されており、前記反応膜が検出対象物質としての生体物質と結合する物質を有し、該生体物質が前記反応膜表面に結合されることにより、弾性表面波センサーの基板面に付加される質量が変化する、バイオセンサー。

【国際公開番号】WO2005/003752
【国際公開日】平成17年1月13日(2005.1.13)
【発行日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−511304(P2005−511304)
【国際出願番号】PCT/JP2004/005077
【国際出願日】平成16年4月8日(2004.4.8)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】