説明

弾性表面波素子の使用方法

【課題】所定周波数のバースト信号を入力し、その後の周回に伴う信号の位相を測定するのが容易であり、さらに、周回時間と励起する弾性表面波の周波数によっても測定の安定性を確保することが出来る、弾性表面波素子の使用方法を提供することである。
【解決手段】圧電性結晶材料の球形状3次元基体11の表面に電気音響変換素子12からのバースト信号により弾性表面波14を励起し伝搬周回させ前記変換素子により受信し、前記基体が前記表面波の伝搬を遮断しないよう支持体18により支持され、前記表面において球形であり前記支持体を含み外部物質と接触しない表面積が前記球形表面が完全球面と仮定した際の表面積に対し95%以上である球状弾性表面波素子10を用い、前記励起終了後で前記周回に伴い減衰する前記変換素子からの高周波信号の強度減衰率が変化する時刻よりも後の時刻で前記高周波信号の位相あるいは強度の測定に基き前記表面波の伝搬状態を計測する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、環状の弾性表面波伝搬路を有した弾性表面波素子の使用方法に関係している。
【背景技術】
【0002】
弾性表面波(SAW:Surface Acoustic Wave)が励起可能であり励起された弾性表面波を伝搬させることが可能な表面を有する基体と、この基体の表面に前記弾性表面波を励起し前記表面に沿い前記弾性表面波を伝搬させるとともに前記伝搬する前記弾性表面波を受信可能な電気音響変換素子と、を備えた弾性表面波素子は従来から良く知られている。
【0003】
弾性表面波素子は、遅延線,発振素子,共振素子,周波数選択素子,例えば化学センサやバイオセンサや圧力センサを含む種々のセンサ,或いはリモートタグ等として使用されている。
【0004】
そして、ここにおいて弾性表面波は、基体の表面に沿い伝搬する回廊波やレーリー波や基体の表面を基体を構成している物質とは異なる物質で覆っている薄膜と基体の表面との間の界面に沿い伝搬する境界波を含む。
【0005】
国際公開 WO 01/45255 A1 号公報は、球形状の弾性表面波素子を開示している。この球形状の弾性表面波素子の基体は、弾性表面波が励起可能であり励起された弾性表面波を伝搬させることが可能な球形状の表面を有している。この球形状の弾性表面波素子の電気音響変換素子は、基体の球形状の表面において円環状に連続している所定の幅を有した帯域に配置されていて、前記表面に励起した弾性表面波を前記帯域が連続している方向に沿い伝搬させ繰り返し周回させるよう構成されている。
【0006】
球形状の弾性表面波素子では、基体の表面の円環状に連続している弾性表面波伝搬帯域に電気音響変換素子により励起された弾性表面波を、弾性表面波伝搬帯域内で実質的に減衰することなく前記表面を繰り返し周回させることが出来る。
【特許文献1】国際公開 WO 01/45255 A1 号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
球状弾性表面波素子は、球形の例えば圧電結晶基材の表面にすだれ状電極を形成することによって構成されている。すだれ状電極に電界を印可し、もって球表面に弾性表面波を励起して球表面を多重周回させる。
【0008】
圧電結晶を球形基材に使用する際に弾性表面波を励起周回させることが出来る経路は圧電結晶の材料とその結晶軸によって決まっておりその研究が成されてきた。球状弾性表面波素子において、すだれ状電極の電極幅を弾性表面波の波長と球表面の直径によって決まる所定の範囲に設計すると、弾性表面波はビーム状に周回を行い、ビームの外には殆どエネルギーを漏らさない事が知られており、このようにビームから離れた場所で固定したり、材料を両極から接触しても従来の測定では、球状表面の弾性表面波の伝搬への影響は観測されていない。
【0009】
弾性表面波が多重周回することで、限られた領域でありながら長い距離を伝搬させることになり、球形表面の状態変化に基いて伝搬状態の変化があった際に、それを伝搬時間の差(位相変化)や弾性表面波の強度変化として非常に感度良くその変化を検出することから超高感度センサーとして期待されている。
【0010】
しかし、所定の周波数を有したバースト信号を入力して、その後の周回に伴う信号の位相を測定する場合、周回に伴い(励起させた時刻から時間が経過するに従って)強度が低下するために、素子からの出力信号を増幅するに際して、周回が多くなり、周回時間が長くなるに連れて増幅率を大幅に大きくしなくてはならず、増幅率可変の回路か、可変の減衰器か、あるいは高価な非常にダイナミックレンジの広いデジタイザーを利用したり、あるいはログアンプをもちいることで対処をしなくてはならなかった。
【0011】
さらに、従来の球状弾性表面波素子の使用において、周回時間と励起する弾性表面波の周波数によっては、周囲の温度が変化する際に出力信号の位相が不規則な振る舞いが観測される事があり、測定の安定性確保の点で課題とされていた。
【0012】
本発明は上記事情の下でなされ、本発明の目的は、所定の周波数を有したバースト信号を入力して、その後の周回に伴う信号の位相を測定するのが容易であり、さらに、周回時間と励起する弾性表面波の周波数によっても測定の安定性を確保することが出来る、弾性表面波素子の使用方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上述した如きこの発明の目的を達成する為に、この発明に従った弾性表面波素子の使用方法は:弾性表面波が伝搬可能な球形表面を有する3次元基体と、前記表面に前記弾性表面波を励起し前記表面に沿い前記弾性表面波を伝搬させ周回させるとともに前記表面を伝搬する前記弾性表面波を受信可能な電気音響変換素子と、前記電気音響変換素子により前記表面に励起された前記弾性表面波の前記表面における伝搬を遮断しないよう前記3次元基体を支持する3次元基体支持体と、を備えていて、前記3次元基体の表面において、球形の表面であるとともに前記3次元基体支持体とを含んで外部物質と接触していない球形表面の表面積が、前記3次元基体の球形表面が完全球面と仮定した際の球形表面の面積に対して95%以上であるとともに、前記3次元基体が圧電性結晶材料で構成されている球状弾性表面波素子を用い、前記電気音響変換素子に入力されて弾性表面波を励起する電気信号は時間的に限られたバースト信号であり、前記弾性表面波の励起の終了後であって、球表面の弾性表面波の周回に伴って減衰する前記電気音響変換素子からの高周波信号の強度の時間あたりの減衰率が変化する時刻よりも後の時刻で前記電気音響変換素子から出力される高周波信号の位相あるいは強度の測定に基いて、前記弾性表面波の伝搬状態を計測する、ことを特徴としている。
【0014】
上述した如きこの発明の目的を達成する為に、この発明に従ったもう1つの弾性表面波素子の使用方法は:前記電気音響変換素子からの高周波信号強度の時間あたりの減衰率が変化する時刻よりも後の時刻であって、前記時刻より前の時間あたりの減衰率(A)と前記時刻より後ろの時間あたりの減衰率(B)として10dB/(A-B)よりも大きくなる時刻における電気音響変換素子からの出力を利用して、前記弾性表面波の伝搬状態を計測する、ことを特徴としている。
【発明の効果】
【0015】
上述した如く構成されていることを特徴としているこの発明に従った弾性表面波素子によれば、所定の周波数を有したバースト信号を入力して、その後の周回に伴う信号の位相を測定するのが容易であり、さらに、周回時間と励起する弾性表面波の周波数によっても測定の安定性を確保することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明で弾性表面波と称する弾性表面波は、表面にエネルギーを集中させて伝搬する弾性波であればよく、球内部の球形表面に沿って伝搬する回廊波であっても、漏洩弾性表面波でもよく、また擬似弾性表面波でもよいものとする。
【0017】
電気音響変換素子は、弾性表面波の励起(電気信号を弾性表面波に変換)する機能をもたせたものと、周回する弾性表面波を検出するものとを同一の電気音響変換素子によって担わせても、あるいは上記2つの役割に応じて別個の電気音響変換素子に担わせてもよい。
【0018】
発明者は、この時刻が弾性表面波の伝搬する球形領域が完全であったと仮定して得られる球表面の面積の95%以上であれば、従来観測されていたより小さな減衰率で球表面上を周回する弾性表面波の伝搬が存在することを、励起されて最初に検出される弾性表面波の強度の40dB以上減衰した、微弱な出力を検出できたことから発見した。
【0019】
この発明において、「電気音響変換素子からの高周波信号の強度の時間あたりの減衰率が変化する時刻」とは実際には以下に示すように、すだれ状電極の励起する弾性表面波が前記周回経路近辺から球の中心角30度以上離れた球表面上の領域の5%以上の面積に亘って、弾性波の吸収体あるいは拡散体によって阻害するとき(95%以上の面積を持つ弾性波吸収体あるいは拡散体を少なくとも有する)と、阻害しない時に得られる電気音響変換素子からの出力の減衰曲線の比較によって定める。実際には、阻害する場合と阻害しない場合で時間あたりの出力の減衰率が変化する時間によって実験的に求める事が出来る。
【0020】
本発明を添付図面を参照しながら実施の形態を用いて説明する。
【0021】
図1の(a)及び図1の(b)中に示されているこの球状弾性表面波素子10において水晶球11は直径1cmの完全球形であり、この素子において電気音響変換素子とは金とクロム膜を水晶球11の表面に蒸着してフォトリソグラフィーによるエッチングによりパターニングして形成したすだれ状電極12であり、水晶球11のZ軸を地軸として赤道上に且つ、すだれ状電極12から励起された弾性表面波14が赤道を周回する方位(Z軸シリンダー)に形成され、直径5mmパイプ切断によるリング形状のテフロン(登録商標)製支持体16によって支持されている。
【0022】
球状弾性表面波素子10のすだれ状電極12に、純金製の接触型電極棒(接触面積0.01m以下)を用いて周波数45MHz、バースト信号幅3マイクロ秒の高周波信号を入力してのちに、同じすだれ状電極12から出力される高周波出力が時間の経過とともに減衰する様子を図1の(c)に実線で示す。横軸を時間、縦軸をデシベル表示によって示している。
【0023】
次に、図1の(b)中に示すように、前記テフロン(登録商標)製支持体16を外し、水晶球11を赤道から30度以上離れた位置で、鋭角の3本のステンレス製支持針18によって固定した際に出力される信号の同様の強度変化を同じく図1の(c)に破線で示す。この球状弾性表面波素子10の場合1周回に要する時間は0.01msecであって、例えば100周回に相当する時間は1msecになる。
【0024】
鋭角の支持針18と水晶球11の接点の面積は一本が0.01m以下であり合わせても水晶球11の表面積314mの一万分の1以下である。120周以上の周回の相当する時間(1.2msec)以降の時刻で、観測時刻(横軸)に対して信号強度の減衰率が小さいことが判る。時間に対する減衰率は、1週目から120周目までは約33dB/msecであり、120周以上では約20dB/msecの時間あたりの減衰率である。
【0025】
図1の(c)において減衰率変化点GHPは減衰率の微分係数が極大を取る時間と表現することも出きるのは当然である。
【0026】
この球状弾性表面波素子10の場合、弾性波吸収体や拡散体の面積が球表面の少なくとも5%以下とし、さらに120周以降で球状弾性表面波素子10の出力の位相計測を行えば、周回数の変化に対して強度が大きく変化しない事から、適当なリミッターによって入力制限を行った後に一定増幅率の増幅を行えば、周回数の異なる時刻の強度変化や位相変化を計測する際に、計測回路の増幅部品の前段に可変アッテネーターを組みこむ必要や、非常に大きなダイナミックレンジを持つデジタイザーを利用したりする必要がなく、広い周回時刻範囲での出力計測が可能なことが明らかである。当然、非常に長く伝搬させた弾性表面波14を電気信号として検出して出力するために、高感度に弾性表面波14の伝搬状態モニター出来る方法になる。
【0027】
次に、弾性波の吸収や拡散させる面積と減衰率の小さな領域の発生する条件の出し方について説明を加える。
【0028】
図2中に示されているように、水晶球11の表面の何れの場所においても(例えばA点、B点、C点)、球表面を5%以上の面積で弾性波14の伝搬を阻害する例えば先端断面の直径がDmmのシリコンゴム20を接触させると上記破線で示す長時間の周回を観測する事は困難であることを実験で確認した。確認の方法は、直径の異なるシリコンゴム20製の棒材を水晶球11の様々な位置で圧迫する際の信号の変化によって容易であるが、C点の様に周回経路22から十分離れた例えば緯度方向に赤道から30度離れた位置で行なう。周回経路22に近いと周回現象自体を阻害する。
【0029】
シリコンゴム20の直径Dが3mmの場合(球面積積の2.2%)の場合、は図1の(c)で破線に近い出力変化のグラフを得ることが出来たが、直径Dが5mmの場合(6.3%)の場合では雑音レベルを除いて完全に実線同様の出力となり、時間あたりの減衰率の小さな信号を検出できなかった。
【0030】
さらに、図2中において、A点とB点で外部の接触があった場合、図1の(c)中の1.3msecより遠い時刻の信号出力は10dB以上の低下を示したが、1msecの時刻の信号強度は殆ど変化がなかった。上記減衰の小さい領域の信号は球表面の広い範囲で外部付着物の検出や濡れに対して感度を有しており、球状弾性表面波素子10の表面状態の検証を信号の変化に従って行う事も可能である。
【0031】
球状弾性表面波素子10を用いて、球状弾性表面波素子10の表面に付着する物質が存在したり、その量が増えるに従って、電気音響変換素子(この場合は、すだれ状電極12)から出力される信号の位相は遅くなる。この現象を用いて、球状弾性表面波素子10の表面にアルブミンを付着させる時の45MHz素子の位相変化を、図1の(c)中の0.7msec、1.3msec、1.5msecの時刻で測定したところ、1.3msecの時刻の信号を持ちいて測定した位相によっては測定値が15%以上変動した。測定値が変動する領域は、図1の(c)において実線と破線の差(G)が5dBの範囲であり、それよりも時間的に離れた時刻で測定することが望まれた。
【0032】
0.7msecの時刻で測定する場合は高いSN比が得られるが、1.5msecの測定では周回数が大きいことからSN比は低下するが、実際上は極微量の付着を検出する際に、位相変化が時刻に周回時間に比例して大きく測定出来る。結果的に、位相測定における最小計測単位による制限を受けにくいために最も精度の高い測定を実現できる長所を有している。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】(a)は、この発明の一実施の形態に従った球状弾性表面波素子の使用方法において比較のために使用される球状弾性表面波素子を概略的に示す図であり; (b)は、この発明の一実施の形態に従った球状弾性表面波素子の使用方法において使用される球状弾性表面波素子の一例を概略的に示す図であり; (c)は、(a)に示されている球状弾性表面波素子における時間の経過に伴う信号強度の低下を実線で、そして(b)に示されている球状弾性表面波素子における時間の経過に伴う信号強度の低下を破線で、示す図である。
【図2】球状弾性表面波素子の水晶球の表面の何れの場所においても(例えばA点、B点、C点)、球表面を5%以上の面積で弾性波の伝搬を阻害する例えば先端断面の直径がDmmのシリコンゴムを接触させると上記破線で示す長時間の周回を観測する事は困難であることを確認する実験の様子を概略的に示す斜視図である。
【符号の説明】
【0034】
10…球状弾性表面波素子、11…水晶球、12…すだれ状電極(電気音響変換素子)、14…弾性表面波、16…テフロン(登録商標)製支持体、18…ステンレス製支持針、20…シリコンゴム、22…周回経路。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
弾性表面波が伝搬可能な球形表面を有する3次元基体と、前記表面に前記弾性表面波を励起し前記表面に沿い前記弾性表面波を伝搬させ周回させるとともに前記表面を伝搬する前記弾性表面波を受信可能な電気音響変換素子と、前記電気音響変換素子により前記表面に励起された前記弾性表面波の前記表面における伝搬を遮断しないよう前記3次元基体を支持する3次元基体支持体と、を備えていて、
前記3次元基体の表面において、球形の表面であるとともに前記3次元基体支持体とを含んで外部物質と接触していない球形表面の表面積が、前記3次元基体の球形表面が完全球面と仮定した際の球形表面の面積に対して95%以上であるとともに、前記3次元基体が圧電性結晶材料で構成されている球状弾性表面波素子を用い、
前記電気音響変換素子に入力されて弾性表面波を励起する電気信号は時間的に限られたバースト信号であり、前記弾性表面波の励起の終了後であって、球表面の弾性表面波の周回に伴って減衰する前記電気音響変換素子からの高周波信号の強度の時間あたりの減衰率が変化する時刻よりも後の時刻で前記電気音響変換素子から出力される高周波信号の位相あるいは強度の測定に基いて、前記弾性表面波の伝搬状態を計測する、ことを特徴とする球状弾性表面波素子の使用方法。
【請求項2】
前記電気音響変換素子からの高周波信号強度の時間あたりの減衰率が変化する時刻よりも後の時刻であって、前記時刻より前の時間あたりの減衰率(A)と前記時刻より後ろの時間あたりの減衰率(B)として10dB/(A-B)よりも大きくなる時刻における電気音響変換素子からの出力を利用して、前記弾性表面波の伝搬状態を計測する、ことを特徴とする球状弾性表面波素子の使用方法。
【請求項3】
前記電気音響変換素子は、前記表面に前記弾性表面波を励起するとともに前記伝搬し周回した前記弾性表面波を受信する1つのすだれ状電極を含んでおり、
前記すだれ状電極が前記表面に励起する前記弾性表面波の振動数は、前記弾性表面波が前記表面を周回する周期の50分の1以下に設定されていて、
前記すだれ状電極において前記表面に前記弾性表面波を励起するのに有効な電極の幅は、前記曲面の曲率半径の1.5分の1以下である、
ことを特徴とする請求項1に記載の弾性表面波素子の使用方法。

【図1】
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【図2】
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