説明

当帰芍薬散の評価方法およびその評価用マーカー遺伝子の同定方法

【課題】当帰芍薬散の患者に対する効果および適合性を評価する方法、ならびに当帰芍薬散方剤の活性を評価する方法などを提供する。
【解決手段】当帰芍薬散投与前後における発現変動遺伝子を、統計学的手法を用いて、網羅的に解析し投薬前後で遺伝子発現比が有意に変動している遺伝子のなかから、当帰芍薬散の効果を評価するためのマーカー遺伝子になりうる遺伝子を同定し、その同定されたマーカー遺伝子の投薬前後における発現変動を解析することにより当帰芍薬散の効果および適合性を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、当帰芍薬散の薬効評価用のマーカー遺伝子を利用した当帰芍薬散の薬効評価方法、ならびに当帰芍薬散の薬効評価用マーカー遺伝子を同定する方法に関する。詳しくは、当帰芍薬散の薬効評価用マーカー遺伝子の発現変動を解析することにより、当帰芍薬散の患者に対する効果および適合性を評価する方法、ならびに当帰芍薬散方剤の活性を評価する方法に関する。更に、当帰芍薬散投与による被験者の発現遺伝子変動をDNAマイクロアレイにて測定し、そのデータを統計学的手法により解析することによる当帰芍薬散の薬効評価用マーカー遺伝子を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
漢方医学には、3千年にもおよぶ長い歴史があり、その間、漢方薬は、実際に数え切れないほど多くの人に使われてきており、その中で副作用が少なくて、効果のある漢方薬だけが受け継がれ、現在まで残っている。代表的漢方薬の一つの当帰芍薬散は、当帰、芍薬、茯苓、朮、沢瀉、川きゅうの生薬からなり、古くより多くの女性に用いられてきた漢方薬である。その効能効果は月経不順、月経異常、月経痛、更年期障害、産前産後あるいは流産による障害(貧血、疲労倦怠、めまい、むくみ)、めまい、頭重、肩こり、腰痛、足腰の冷え症、しもやけ、むくみ、しみ等である。
【0003】
漢方薬は、副作用が少ない反面、効果も穏やかな面があり、その効能・効果の科学的根拠や作用メカニズムなどは、解明されていない面もある。また、近年、医療の分野において、EBM(Evidence−Based Medicine:根拠に基づいた医療)という考え方、つまり、臨床的な試験・研究によって治療効果を確認して、それを根拠に治療を行うべきであるという考え方が世界的な潮流となってきており、漢方医学もその例外ではない。
【0004】
さらに、漢方薬は、複数の生薬からなり有効成分の数、量、状態、あるいは、有効成分の効果を増減する成分の混入割合など、様々な要因によりその効果が影響されるために有効な活性探索及び活性評価並びに品質管理の方法が無かった。特に、高速液体クロマトグラフィー(HPLC)、薄層クロマトグラフィー(TLC)あるいは質量分析法などによる成分分析は、活性や効果を評価する方法ではないため、有効成分の効果を増減する成分についてはその影響を評価できないという欠点がある。
【0005】
近年、格段の進歩を遂げた西洋医学におけるポストゲノム研究技術を、漢方医学に応用し、客観的な指標(診断バイオマーカー等)の構築の努力がなされてきている。即ち、漢方医学において重視される「証」の診断を、ゲノミクスやプロテオミクス技術で支援するシステムの構築が検討されている。例えば、香蘇散および半夏厚朴湯の証について、DNAマイクロアレイ技術を用いた客観的で信頼性および再現性の高い診断を可能にする遺伝子およびその利用技術が開示されている(特許文献1、非特許文献1)。
【0006】
一方、当帰芍薬散の作用メカニズムを調べるため、抹消血細胞やラットおける当帰芍薬散による発現遺伝子変動をDNAマイクロアレイ技術により解明しようとしている報告がなされているが(非特許文献2、3)、ヒトの遺伝子発現変動については報告がなく、また、当帰芍薬散の患者に対する効果・適合性やその方剤の活性を評価する方法は報告されていない。さらに遺伝子発現変動解析において、被検体の個体差やデータのバラツキを補正し、統計学的に有意に変動する遺伝子を評価用マーカー遺伝子として同定する方法に関する記載もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−113号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Hayasakiら、ジャーナル オブ クリニカル ファーマシ ー アンド セラピュティクス(J Clin Pharm Ther)、32巻、24 7−252頁、2007年
【非特許文献2】Kawamuraら、バイオオーガニック アンド メディシナル ケミストリー レターズ(Biorg Med Chem Lett、17巻、6879 −82頁、2007年
【非特許文献3】Chungら、ジャーナル オブ トラディショナル メディシン(J Traditional Medicine)、24巻、24−30頁及び31−38頁、2007年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、当帰芍薬散投薬の患者の生体試料、特に抹消血由来のRNAを用いて、特定の遺伝子の発現プロファイルの変化を調べることにより当帰芍薬散の効果・適合性を評価する方法、および当帰芍薬散方剤の活性を評価する方法、ならびに当帰芍薬散の効果・適合性や当帰芍薬散方剤の活性を評価するための試薬等の提供を目的とする。更に、当帰芍薬散投与によるDNAマイクロアレイにて遺伝子発現変動遺子を統計学的手法により解析することによる該当帰芍薬散の薬効評価用マーカー遺伝子を同定する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、以上の目的を達成するために、先ず月経不順、冷え症およびむくみの3つの症状を認め、かつ他に基礎疾患をもたない女性被験者に当帰芍薬散を4週間投与し、問診票による問診にて症状改善を確認した被験者の抹消血からRNAを抽出し、cDNAマイクロアレイ・チップ(アジレント・テクノロジー社)を用いて、当帰芍薬散投与前後における発現遺伝子を網羅的に解析し、投薬前後で遺伝子発現比が有意に変動している遺伝子のなかから、統計学的手法を用いて当帰芍薬散の効果の評価マーカーになりうる遺伝子群を決定し、その遺伝子発現変動を解析することにより当帰芍薬散の効果および適合性を評価出来る方法を検討し、本発明を完成させた。
【0011】
即ち、本発明は、
(1)当帰芍薬散を投与した被験者の生体試料由来のRNAを用いた、表1から選ばれるいずれかのマーカー遺伝子の発現解析結果に基づき、当帰芍薬散の該被験者に対する薬効を評価することを特徴とする当帰芍薬散の効果の評価方法、
(2)前記生体試料が抹消血である(1)記載の評価方法、
(3)前記遺伝子発現解析が、該被験者への当帰芍薬散の投薬前後の遺伝子発現比であることを特徴とする(1)または(2)記載の評価方法、
(4)前記マーカー遺伝子が、ZNF267,CASP3,SAMD9,HMGB1,IFI44,COL4A3BP,RPS6KB,RB1CC1,CHMP5,SLC25A4,TLR7,SLC30A1,ROCK1,HSPA5,CSF1R,NRIP1,CCR5,GFAP,EPOR,RERG,AGTR1,HSPB9,TAS1R1,HTR1B,IGFBP2,TEAD1,RGS12,KCNN2,AGRIN,EFNA1,PDE4C,GLP2R,SLC14A2などからなる群より選ばれる1つ以上であることを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の評価方法、
(5)前記遺伝子発現解析が、チップ、アレイ、メンブレンフィルターおよびビーズを含むDNA固相化試料のいずれかを用いて行われることを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の評価方法、
(6)前記遺伝子発現解析が、RT−PCR、リアルタイムPCR、ノーザンブロット法、サブトラクション法、ディファレンシャル・ディスプレイ法、及びディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法から選ばれるいずれかの方法を用いて行われることを特徴とする、(1)〜(4)のいずれかに記載の評価方法、
(7)当帰芍薬散方剤の活性を評価する方法である(1)〜(6)のいずれかに記載の評価方法、
(8)表1に記載のマーカー遺伝子にそれぞれ特異的にハイブリダイズし、該遺伝子を検出するための各プローブのうち複数個を、固相上に固定化したことを特徴とする当帰芍薬散の効果の評価用固相化試料、
(9)漢方薬の評価用マーカー遺伝子を同定する方法であって、該漢方薬投与被験者由来の生体試料についてのDNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現変動データ解析おいて、得られたデータをノーマライズ処理した後、統計学的に有意に変動している遺伝子を選択することを特徴とする、上記方法、
(10)前記漢方薬が当帰芍薬散である(9)記載の方法、
(11)前記ノーマライズ処理が、クオンタイルノーマライゼイション(Quantile Normalization)であることを特徴とする(9)または(10)記載の方法、
(12)フォールスディスカバリーレイト(False discovery rate;FDR)と遺伝子発現変動の関係をプロットしたボルケーノプロットを用いて統計学的に有意に変動している遺伝子を選択することを特徴とする(9)〜(11)いずれかに記載の方法、
(13)(9)〜(12)いずれかに記載の方法によって同定される表1に示す当帰芍薬散評価用マーカー遺伝子、
などを提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、当帰芍薬散評価用のマーカー遺伝子を同定することが可能となり、その遺伝子発現変動を解析することにより、被験者の当帰芍薬散に対する効果や適合性を評価すること、および当帰芍薬散方剤の活性を評価することが可能となる。また、マーカー遺伝子を検出するためのプローブを、固相上に固定化した当帰芍薬散の効果・適合性および活性の評価用固相化試料を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】当帰芍薬散投与前後の被験者に対して問診に用いた問診票を示す。
【図2】問診票の解析による愁訴改善効果が確認された項目を示す(*、**記号が付いているものが、統計学的有意に改善効果が確認された項目)。
【図3】当帰芍薬散評価用マーカー遺伝子の同定方法のうち、(1)ノーマライゼーション過程を図示する。
【図4】当帰芍薬散評価用マーカー遺伝子の同定方法のうち、(2)遺伝子発現比(Fold change)の統計解析過程を図示する。
【図5】当帰芍薬散評価用マーカー遺伝子の同定方法のうち、(3)遺伝子発現比によるプローブの選択過程を図示する。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下において、本発明を詳細に説明する。当帰芍薬散は、「芍薬」、「茯苓」、「朮」、「沢瀉」、「当帰」、「川きゅう」の6種類の生薬からなり、その混合比は、通常4:4:4:4:3:3や3:3:3:3:2:2等のものが使用される。本明細書における当帰芍薬散方剤は、例えば、芍薬4g、茯苓4g、蒼朮4g、沢瀉4g、当帰3g、川きゅう3gの混合物を用い、この方剤を煎じて約200mLとしたものを1日量とし、1日2回(朝夕、1回投与量は約100mL)被験者に投与した。また、当帰芍薬散を被験者に投与する試験において、他の5種の生薬は全く同じロットの生薬を用いて、当帰のみ奈良県産大和当帰(高級品として取引されている)と中国産大和当帰(低級品として取引されているもの)の2種の当帰を用いた比較実験を実施した。高級品、低級品の区別は、生薬マイスター(財団法人日本特産農産物協会認定)の鑑定結果によるものである。なお、本明細書では、奈良県産大和当帰とは、大和トウキ(Angelica acutiloba Kitagawa)を奈良県で栽培・加工したものであり、中国産大和当帰とは、大和トウキの種子を中国へ持ち込み、中国で栽培・加工したものをいう。
【0015】
問診は、特に限定されないが、例えば、図1に示す問診票に示すごとく、当帰芍薬散が対象とされる11症状に分けられた67項目について、被験者が、当帰芍薬散投薬前後の被験者の状態を記入した。問診票の11症状のうち冷えとむくみ症状については、「ぜんぜんない」1点、「まれにある」2点、「ときどきある」3点、「ひんぱんにある」4点、「いつもある」5点の5段階、その他の9症状については、「ない」1点、「どちらともいえない」2点、「ある」3点の3段階に分けて点数化した。投薬前後の問診データについて、対応あるt−検定(Paired t−test)を実施すると、統計学的有意に改善された症状と、その改善程度等を解析できる。
【0016】
生体試料とは、RNAが採取できるものであれば特に制限はなく、例えば、組織サンプル、抹消血、骨髄液などが用いられるが、被験者への負担を考慮すると抹消血が好ましい。これらの生体試料は、所定の処理(例えば、分画処理など)に供されたものであってもよい。
【0017】
遺伝子発現解析に際しては、全RNAをそのまま用いるほか、精製した全RNA標品からmRNAを単離して用いるが、mRNAの単離に際しては、当該分野で周知のRNA単離方法を用いることが出来る(例えば、Ausubel,F.M.ら編, 1987−1993, Current Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons, Inc. New York)。また、抹消血から全RNAの抽出は、例えば、PAXgene Blood RNA Kit(キアゲン社製)等のキットを用いて、そのキットに記載されている手順書に従って抽出することもできる。
【0018】
遺伝子の発現解析方法は、DNAチップ、DNAアレイ、メンブレンフィルター等の他のDNA固相化試料を用いた核酸ハイブリダイゼーション法、RT−PCRやリアルタイムPCR等の定量的PCR法、ノーザンブロット法、サブトラクション法、ディファレンシャル・ディスプレイ法、及びディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法等、当該技術分野で知られた任意の解析方法を用いることができる。特に、多数の遺伝子を一度に網羅的に解析する場合は、DNAチップ、DNAアレイ、メンブレンフィルター、及びビーズ等のDNA固相化試料を用いた解析方法が好ましい。一方、特定の遺伝子の発現量を解析する場合は、RT−PCRやリアルタイムPCR等の定量的PCR法を用いた解析方法が好ましい。
【0019】
遺伝子を検出するためのプローブは、周知の方法に従って、例えば、表1から選ばれる各マーカー遺伝子の特異性の高い領域に相補的な配列として設計することができ、25−100塩基長の合成オリゴプローブ、あるいは300−1000塩基長のPCR産物を使用することができる。固相上へのプローブの固定化方法は、特に限定されず、周知の方法に従い、合成したプローブを固相上にスポットするか、プローブを固相上で合成すればよい。さらに、DNAマイクロアレイにおいては、基板上にスポットしたDNAを標識したサンプルDNAとハイブリダイズさせるが、この標識方法も限られず、蛍光標識、放射性同位体による標識等を含む。例えば、標識化したcRNAをWhole Human Genome Oligo Microarray(アジレント・テクロノロジー社)とハイブリダイズさせ、マイクロアレイスキャナー(アジレント・テクノロジー社)でスキャンすることにより、遺伝子発現データを得ることができる。
【0020】
DNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現データの解析から、マーカー遺伝子の候補を選択することができる。上記のハイブリダイゼーションをDNAチップに用いて得られたデータには、ノイズリダクションおよびノーマライゼーション等の補正を行う必要がある。なぜなら、プローブの物理的、化学的な変化による測定値のばらつき、実験環境のばらつき、時間によるずれ、チップ製造時に生じる不均一性などのチップ間のばらつきが存在するためである。ノイズリダクションの手法は、例えば、GeneSpring GX(アジレント・テクノロジー社)を用いて行うことができる。また、GeneSpring GXから得られるスポット情報を用いて、ハイブリダイゼーションの品質を評価し、サチュレーションの排除、バックグランドと有意な差のないシグナルを有するスポットの排除を行うことができる。ノーマライゼーションの手法は、例えば、Global Scaling、Loess NormalizationおよびQuantile Normalizationなどの手法がある。本発明では、複数の被験者からのデータのヒストグラムを同じにするQuantile Normalizationが好ましい。この手法は臨床実験による被験者のばらつきを最小にすることから、本発明のような臨床実験データの解析には最適である。ノーマライゼーション後、各プローブにおける投薬前後のシグナル強度の間に差異がないという帰無仮説の下でt−検定を行い、投薬前後でシグナル強度の有意に異なる、すなわち統計的に有意な発現の変化を示すプローブ(遺伝子)を検出することができる。
【0021】
上記の遺伝子発現データの統計的解析から得られた結果を、縦軸にFalse discovery rate(FDR)、横軸に発現比(投薬後シグナル強度/投薬前シグナル強度)をプロットしたボルケーノプロットを参考に、発現が有意に変化した遺伝子を検出することが可能である。ここで、FDRは、帰無仮説が棄却された遺伝子群に含まれる偽陽性の割合を示す。なお、FDRの算出は、Storeyらの方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA 100, 9440-9445, 2003)に従った。
【0022】
以下実施例にて具体的に述べるが、このように奈良県産大和当帰含有当帰芍薬散(TSSn)および中国産含有当帰芍薬散(TSSc)を投薬した被験者の投薬前後の問診結果の統計解析により(図2に示す)、冷え、むくみ、婦人科症状および精神・神経症状の4つの症状に改善が認められた被験者において、当帰芍薬散服用前後において統計学的有意に発現変動している遺伝子を同定し、そのうち発現変動が大きい等、評価用マーカーとして適当であると判断された遺伝子を当帰芍薬散の薬効評価用マーカー遺伝子として選択した。即ち、当帰芍薬散の投薬前後での発現量比が、1.30以上または0.70以下の発現比で有意に変動している(p<0.01、FDR<0.01)224個の遺伝子を選択し、さらに、機能不明および重複する遺伝子を削除して、当帰芍薬散評価用マーカー遺伝子として130個の遺伝子を選択し、表1に、配列番号、マーカー遺伝子のGenBankデータベース記載のUniGene名とGenBankのアクセッション番号を示す。
【0023】
【表1】

【0024】
表1に示される遺伝子のなかには、当帰芍薬散の効能であり、問診結果、有意に改善効果が認められた冷え、むくみ、婦人科症状および精神・神経症状の改善や免疫作用等と関係が示唆される遺伝子が含まれる。そのような遺伝子として、例えば、ZNF267,CASP3,SAMD9,HMGB1,IFI44,COL4A3BP,RPS6KB,RB1CC1,CHMP5,SLC25A4,TLR7,SLC30A1,ROCK1,HSPA5,CSF1R,NRIP1,CCR5,GFAP,EPOR,RERG,AGTR1,HSPB9,TAS1R1,HTR1B,IGFBP2,TEAD1,RGS12,KCNN2,AGRIN,EFNA1,PDE4C,GLP2R,SLC14A2などがあげられる。表1の遺伝子マーカーの複数個以上の遺伝子の発現変動を解析することにより、または表1に示される特定の遺伝子を特定の遺伝子の発現量をRT−PCRやリアルタイムPCR等の定量的PCR法を用いて解析することにより、被験者の当帰芍薬散への効果が判定できるとともに、一定期間の投薬による発現変動および/または発現量を解析することにより、被験者の当帰芍薬散への相性、即ち適用性を調べることができる。さらには種々の品質の生薬原料からなる当帰芍薬散方剤の活性も調べることが可能である。
【0025】
また、表1に示されるマーカー遺伝子の複数個以上を検出するためのプローブを固相上に固定化することにより、当帰芍薬散の効果・適用性や当帰芍薬散方剤の活性を評価する固相化試料を作製することが出来る。固相の形状は特に限定されず、その全体または一部が平坦な面を有する固相が好ましい。例えばスライドガラス(ポリL−リシンコート、シリレン化、シラン化などを行ってもよい)、ナイロンメンブレン、ニトロセルロースメンブレンなどを用いることができる。固定化する際、市販のスポッティング装置などを用いてもよい。特にDNAマイクロアレイについては多くの作製装置が市販されており、作製方法も担体上に直接DNAを合成する方法(Affymetrix社)もある。例えばDNAマイクロアレイについては、細胞工学別冊、DNAマイクロアレイと最新PCR法、村松正明、那波宏之監修、秀潤社、p.26−34、サザンブロットについては、実験医学別冊、改訂第4版、新遺伝子工学ハンドブック、村松正實ら編、羊土社、p.90−94、DNAマクロアレイについては、実験医学別冊、ポストゲノム時代の実験講座1、ゲノム機能研究プロトコール、辻本豪三ら編、羊土社、p.78−83を参照して作製することができる。
【実施例】
【0026】
以下に、本発明を参考例および実施例に基づいて説明する。本発明は以下の参考例および実施例によってなんら限定されるものではなく、本発明の属する技術分野における通常の変更を加えて実施することが出来ることは言うまでもない。なお、本研究は、北里大学東洋医学総合研究所倫理委員会の承認を得ている。また、各参加者から書面のインフォームド・コンセントを得ている。
【0027】
試験に用いた当帰芍薬散の原料生薬のうち、シャクヤク(芍薬,Paeonia lactiflora Pallas,日本産)、ブクリョウ(茯苓,Poria cocos Wolf,韓国産)、ソウジュツ(蒼朮,Atractylodes lancea De Candolle, 中国産)、タクシャ(沢瀉,Alisma orientale (Sam.) Juzepczuke,中国産)、センキュウ(川きゅう,Cnidium officinale Makino, 日本産)は、ウチダ和漢(東京)より購入した。2種類の大和トウキ(大和当帰,Anglica acutiloba Kitagawa,日本産と中国産)は、福田商店(奈良)より購入した。また、大和当帰の高級および低級の等級判定は、生薬マイスター(財団法人日本特産農産物協会認定)による判定結果である。
【0028】
実施例1(投薬試験1)
冷え、むくみ、婦人科症状(3症状)をいずれも持ち、かつ他に基礎的疾患を持たず、妊娠していない非喫煙女性で、21〜47歳(平均年齢34.8歳)の女性24名を被験者とした。一方、奈良県産大和当帰含有当帰芍薬散(芍薬4g、茯苓4g、蒼朮4g、沢瀉4g、川きゅう3gおよび奈良県産大和当帰3g)(TSSn)に水400mLを加え、煎じて200mLまで煮詰めた当帰芍薬湯を1日量とした。この当帰芍薬湯を上記被験者に4週間、朝夕の空腹時2回(1回分100mL)投与した。投与開始前と4週間後の終了時に、各被験者に対する愁訴程度の診断は、図1に示す問診票による自己記入方式により行った。また、各被験者から抹消血を採取した。
【0029】
実施例2(投薬試験2)
実施例1と同様の条件の26〜49歳(平均年齢39.6歳)の女性被験者18名に、中国産大和当帰含有当帰芍薬散(芍薬4g、茯苓4g、蒼朮4g、沢瀉4g、川きゅう3gおよび中国産大和当帰3g;当帰以外は実施例1にて用いたものと同じロットの生薬を用いた)(TSSc)を、同様に処理したものを、同様に投与し、問診結果を得、また末梢血を採取した。
【0030】
実施例3(問診結果)
実施例1および2で得られた各被験者の投薬前後の問診結果について統計解析を実施した。即ち、冷えとむくみの2症状は、5段階の程度を、回答するようにした。すなわち、回答1 (全く愁訴がない)、2 (希に愁訴がある)、3 (時々、愁訴がある、)、4 (大体、常に愁訴がある)、5 (常に、愁訴がある)。その他の9の症状(全身症状、精神・神経症状、眼・耳・鼻・のど症状、呼吸・循環器症状、消化器症状、泌尿器症状、皮膚症状、筋・骨・関節症状、婦人科症状)は、3段階の程度を回答するようにした。すなわち、回答1 (愁訴がない)、2 (愁訴がある時と無い時がある)、3 (愁訴がある)。それを愁訴得点とした。投薬前と投薬後の得点に対して、関連2群のt−検定を行い、かつ、得点を比べることによって、改善程度を判断した。結果を図2に示す。以上のように問診票の愁訴得点を解析した結果、冷え症、むくみ、婦人科病および精神・神経症状の愁訴改善効果が認められた。
【0031】
実施例4(マーカー遺伝子の同定)
実施例1および2で得られた投薬前と投薬後に採取した被試験者の末梢血より、PAXgene Blood RNA Kit(キアゲン社)を用いて、添付されたプロトコールに従い、全RNAを抽出した。cDNAの合成とそれに続く、Cyanine3 CTPで標識されたcRNAの増幅合成は、Low RNA Fluorescent Linear Amplification Kit(アジレント・テクノロジー社)で行った。標識cRNAを、Whole Human Genome Oligo Microarray 44K×4 pack(アジレント・テクノロジー社)にハイブリダイズし、Microarray scanner(アジレント・テクノロジー社)で、蛍光をスキャンした。
【0032】
プローブの検出は、Feature Extractソフト(アジレント・テクノロジー社)で行い、データ・マイニングはGeneSpring GXソフト(アジレント・テクノロジー社)を用いて行った。全てのスポットのシグナル強度が解析対象にはならない。なぜなら、コントロールスポットやシグナル強度が低いスポットを除外しておかなければ、解析においてノイズとなってしまうためである。そこで、84枚のアレイに対して、以下のQuality controlを行った。1)コントロールスポットの除去(ControlType=0を選択);2)サチュレーションしたスポットの除去(glsSaturated=0を選択);3)ある閾値よりも低いシグナル強度であるスポットの除去(glsWellAboveBG=1を選択);4)スポット(バックグランド)内のむら、均一性にフラグがたっているスポットを除去(glsFeatNonUnifOL=0, glsBGNonUnifOL=0を選択);5)プローブが複数のアレイにプリントされている場合にそれらのプローブとスポット間の均一性にフラグがたっているスポットを除去(glsFeatPopnOL=0, glsBGPopnOL=0を選択)。さらに、全てのアレイ(84枚)で上記のQualityを満たす9,070個のスポットを分析対象とし、これらは、8,795個のプローブと7,787個の遺伝子に相当した。
【0033】
データ・マイニングの後、スポットのシグナル強度に対するQuantile Normalizationを行い、各アレイのシグナル強度の分布を全て同じにした。その後、各プローブに対応したRNA発現比(投薬後シグナル強度/投薬前シグナル強度)を計算した。それから、各プローブのlog2(発現比)の平均が0に等しいという帰無仮説の下で、Studentのt−検定を行った。統計的に有意な発現の変化を示したプローブ(遺伝子)を、Storeyらの方法に従い算出したFalse discovery ratio(FDR)と発現比からなるボルケーノプロットを用いて選択した。具体的には、縦軸にFDRの−log10値、横軸に発現比の平均を設定したボルケーノプロットによりフィルタリングを行った。フィルタリングの結果、8,795個のプローブのうちFDR値が0.01以下のプローブは2,454個であり、p値は0.007以下であった。
【0034】
それらのプローブにおいて発現比が1.3以上または0.7以下であったプローブは、それぞれ、129個と95個であった。さらに、それらのプローブから、Genbankに登録されている遺伝子のプローブを選択し、機能性不明の遺伝子のプローブを除き、さらにプローブ間で遺伝子の重複がある場合は発現比の絶対値の大きいほうのプローブを選択した。その結果、発現比が1.3以上および0.7以下である遺伝子はそれぞれ75個と55個であり、それらの遺伝子を当帰芍薬散評価用マーカー遺伝子として選択した(表1)。上記のマーカー遺伝子の選択過程を図3、図4および図5に示す。
【0035】
表1のマーカー遺伝子において、投薬前後で遺伝子発現量が増加したマーカー遺伝子を表2に、減少したマーカー遺伝子を表3に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明により同定された当帰芍薬散薬効評価用の遺伝子マーカーの発現変動を解析することにより、被験者の当帰芍薬散に対する薬効や適合性を評価すること、および当帰芍薬散方剤の活性を評価することが可能となる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
当帰芍薬散を投与した被験者の生体試料由来のRNAを用いた、表1から選ばれるいずれかのマーカー遺伝子の発現解析結果に基づき、当帰芍薬散の該被験者に対する薬効を評価することを特徴とする当帰芍薬散の効果の評価方法。
【請求項2】
前記生体試料が抹消血である請求項1記載の評価方法。
【請求項3】
前記遺伝子発現解析が、該被験者への当帰芍薬散の投薬前後の遺伝子発現比であることを特徴とする請求項1または2記載の評価方法。
【請求項4】
前記マーカー遺伝子が、ZNF267,CASP3,SAMD9,HMGB1,IFI44,COL4A3BP,RPS6KB,RB1CC1,CHMP5,SLC25A4,TLR7,SLC30A1,ROCK1,HSPA5,CSF1R,NRIP1,CCR5,GFAP,EPOR,RERG,AGTR1,HSPB9,TAS1R1,HTR1B,IGFBP2,TEAD1,RGS12,KCNN2,AGRIN,EFNA1,PDE4C,GLP2R,SLC14A2からなる群より選ばれる1つ以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の評価方法。
【請求項5】
前記遺伝子発現解析が、チップ、アレイ、メンブレンフィルターおよびビーズを含むDNA固相化試料のいずれかを用いて行われることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の評価方法。
【請求項6】
前記遺伝子発現解析が、RT−PCR、リアルタイムPCR、ノーザンブロット法、サブトラクション法、ディファレンシャル・ディスプレイ法、及びディファレンシャル・ハイブリダイゼーション法から選ばれるいずれかの方法を用いて行われることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の評価方法。
【請求項7】
当帰芍薬散方剤の活性を評価する方法で請求項1〜6のいずれか1項記載の評価方法。
【請求項8】
表1に記載のマーカー遺伝子のそれぞれに特異的にハイブリダイズし、該遺伝子を検出するための各プローブのうち複数個を、固相上に固定化したことを特徴とする当帰芍薬散の効果の評価用固相化試料。
【請求項9】
漢方薬の評価用マーカー遺伝子を同定する方法であって、該漢方薬投与被験者由来の生体試料についてのDNAマイクロアレイを用いた遺伝子発現変動データ解析おいて、得られたデータをノーマライズ処理した後、統計学的に有意に変動している遺伝子を選択することを特徴とする、上記方法。
【請求項10】
前記漢方薬が当帰芍薬散である請求項9記載の方法。
【請求項11】
前記ノーマライズ処理が、クオンタイルノーマライゼイション(Quantile Normalization)であることを特徴とする請求項9または10記載の方法。
【請求項12】
フォールスディスカバリーレイト(False discovery rate;FDR)と遺伝子発現変動の関係をプロットしたボルケーノプロットを用いて統計学的に有意に変動している遺伝子を選択することを特徴とする請求項9〜11いずれか1項記載の方法。
【請求項13】
請求項9〜12いずれか1項記載の方法によって同定される表1に示す当帰芍薬散評価用マーカー遺伝子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−30528(P2011−30528A)
【公開日】平成23年2月17日(2011.2.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−181805(P2009−181805)
【出願日】平成21年8月4日(2009.8.4)
【出願人】(306023336)財団法人奈良県中小企業支援センター (18)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【出願人】(504143441)国立大学法人 奈良先端科学技術大学院大学 (226)
【Fターム(参考)】