説明

形状記憶合金製の鋳造品の製造方法

【課題】 形状記憶合金製の鋳造品の表面性状を維持しながら耐久性を向上することができる技術を提供する。
【解決手段】 本発明の形状記憶合金製の鋳造品の製造方法では、まず、使用温度範囲において形状記憶特性を示す組成に調整された形状記憶合金を所望の形状に鋳造する(S4)。次いで、鋳造によって得られた鋳造品に超音波ショットピーニングを施す(S6)。そして、超音波ショットピーニングが施された鋳造品に形状記憶熱処理を施す(S8)。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、形状記憶合金製の鋳造品の製造方法に関する。詳しくは、形状記憶合金製の鋳造品の耐久性を向上するための技術に関する。
【背景技術】
【0002】
形状記憶合金は、変態点温度以下の温度で変形させても、変態点温度以上の温度に加熱すると元の形状に戻る特性(形状記憶特性)を有している。この特性を利用して、形状記憶合金を様々な製品に応用することが考えられている。例えば、脳外科手術に用いられる脳ベラは、手術時には患者の脳の形状に併せて折り曲げて使用し、手術後は元の形状に戻している。通常の金属製の脳ベラでは、手術後に完全に元の形状に戻すことは難しい。このため、使用回数に応じて徐々に残留する変形量が増し、その結果、使用できない状態となってしまう。形状記憶合金で脳ベラを製作できれば、手術後に変態点以上の温度まで加熱することで、脳ベラを元の形状に容易に戻すことができる(すなわち、残留変形量がない)。これによって、長期間繰り返し使用することができる脳ベラを実現することができる。
【0003】
ところで、形状記憶合金を用いて製品を製作する場合、機械加工により所望の形状(すなわち、最終製品形状又は最終製品形状に近似する形状等)に成形する方法と、鋳造により所望の形状に成形する方法がある。機械加工による方法では、形状記憶合金が難加工性の金属であることから、所望の形状に加工するための製作コストが高くなる。鋳造による方法では、低コストで所望の形状に成形できるが、その耐久性が問題となってしまう。このため、形状記憶合金を鋳造によって所望の形状に成形し、かつ、その耐久性を上げることが望まれている。
なお、形状記憶合金製の製品(鋳造品ではない製品)の耐久性を向上する技術としては、形状記憶合金製の製品にショットピーニングを行う技術が知られている(例えば、特許文献1等)。
【特許文献1】特開平9−89156号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1に記載されるように、耐久性を向上するためにショットピーニングを行うことは公知である。このため、本発明者らも鋳造後の部材に特許文献1のショットピーニングを行うことで耐久性が容易に向上できると考えていた。
しかしながら、上述した特許文献1に記載された技術では、通常のショットピーニングを用いるため、ショットピーニングを行う時間に応じて製品の表面が削食する。このため、表面の削食が問題となる製品(上述した脳ベラ等)では、ショットピーニングを長時間行うことができず、付与できる圧縮残留応力が低くなってしまう。形状記憶合金製の製品を製作する場合、ショットピーニングをした後に形状記憶熱処理を行う。付与できる圧縮残留応力が低いと、形状記憶熱処理によって圧縮残留応力が開放されてしまうため、その耐久性を充分に上げることができない。
【0005】
本発明は上述した実情に鑑みてなされたもので、その目的は、形状記憶合金製の鋳造品の耐久性を向上することができる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の形状記憶合金製の鋳造品の製造方法は、使用温度範囲において形状記憶特性を示す組成に調整された形状記憶合金を所望の形状に鋳造する工程と、鋳造によって得られた鋳造品に超音波ショットピーニングを施す工程と、超音波ショットピーニングが施された鋳造品に形状記憶熱処理を施す工程を有する。
この鋳造品の製造方法では、鋳造によって得られた鋳造品に超音波ショットピーニングを施す。超音波ショットピーニングは、表面が滑らかな投射材を使用し、その投射材を比較的遅い速度で鋳造品に投射する。このため、表面の削食を低く抑えることができ、ショットピーニングを長時間に亘って施すことができる。したがって、付与される圧縮残留応力を高めることができ、形状記憶熱処理後も充分に圧縮残留応力を残すことができる。これによって、形状記憶合金製の鋳造品の耐久性を向上することができる。
ここで、「形状記憶合金」とは、形状記憶特性を備えた合金を意味しており、典型的には、TiNi系合金やTiNiCu系合金等が挙げられる。なお、ここでいう「TiNi系合金」や「TiNiCu系合金」は、これらの金属を主成分とする形状記憶合金や超弾性合金を意味している。したがって、これら金属と不可避的不純物からなる合金のみならず、この合金にその他さまざまな元素(例えば、Cr,Fe,Co,V,Mn,Mo,B,Cu,Nb等)を加えたものやNiフリー形状記憶合金が含まれる。
【0007】
なお、超音波ショットピーニングは、形状記憶合金の変態点温度より低い温度で行われることが好ましい。変態点温度より低い温度で超音波ショットピーニングを行ったほうが、変態点温度より高い温度で超音波ショットピーニングを行うよりも、多くの残留応力を付与することができるためである。これは、変態点温度より低いときの結晶構造と変態点温度より高いときの結晶構造が相違することによるものと推察される。
【0008】
また、超音波ショットピーニングのカバレージが300%以上であることが好ましい。カバレージとは、投射材の衝突により形成される圧痕面積の元の表面に対するパーセント表示を意味し、超音波ショットピーニングのショットピーニング量を定量的に評価するための指標である。カバレージを300%とすることで、形状記憶熱処理後も充分な圧縮残留応力を残すことができる。
【0009】
上記の製造方法によって得られた形状記憶合金製の鋳造品は、表面の削食が抑えられ、かつ、耐久性が向上したものとなる。また、最終製品形状又は最終製品形状に近似する形状のものを鋳造できるため、その後の加工も容易に行うことができ、製造コストを低くすることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態に係る形状記憶合金製の鋳造品の製造方法について説明する。図1に示すように、本実施形態の製造方法は、燃焼合成工程(S2)と鋳造工程(S4)と超音波ショットピーニング工程(S6)と形状記憶熱処理工程(S8)を備えている。以下、各工程について説明する。
【0011】
[燃焼合成工程] 図2は燃焼合成反応を説明する模式図である。先ず、使用温度範囲において形状記憶特性を示すように金属粉末原料を精密に混合する。配合比は、Ti48−52at%、残りNi程度とし、変態温度が使用温度範囲より高くなるように配合する。
次いで、燃焼合成反応装置を用いて、燃焼合成法によって原料混合粉末から化合物(合金)を合成する。すなわち、図2に模式的に示すように、燃焼合成反応装置内で原料混合粉末の一端を、放電あるいは電熱線の通電等の点火手段にて強熱する。強熱された点火点は着火温度に到達し、これによって化学反応が始まる。化学反応によって生成熱が生じるため、この生成熱によって加熱される加熱層が化学反応が行われている合成層に隣接して形成される。そして、加熱層が着火温度に到達し、加熱層で化学反応が発生する。このように化学反応による生成熱が周りに伝播し連鎖反応を起こし、加熱層と合成層が連続的に形成される。これによって、全体が化合物(合金)となるのである。このとき、原料は巨視的には溶解されることなく、不純物の極めて少ない金属間化合物が焼結された状態でできあがる。なお、燃焼合成法の詳細な手順は、例えば、特許1816876号に開示されている。
【0012】
[鋳造工程] 鋳造方式としては、砂型鋳造、ロストワックス、シェルモールド、遠心鋳造など一般によく知られた方法を用いることができる。これらの中から製品の形状寸法や量産性を加味して選択することになる。上記の燃焼合成法によって得られた合金を溶解して鋳込む。その後、冷却し凝固させた後、離型をして鋳型より取出す。この間、特別な熱処理を要しない。
【0013】
[超音波ショットピーニング工程] 鋳型より取り出した部材に超音波ショットピーニング処理を施す。超音波ショットピーニング処理は、超音波発振素子であるピエゾ素子を振動させ、その振動を利用して投射材を投射する。このため、通常のエアショットピーニング処理と比較して、遅い速度で投射材が施工対象物に衝突する。また、投射材としては、表面が滑らかな金属球(例えば、鋼球)が用いられる。これによって、施工対象物の削食が低く抑えられる。
ここで、超音波ショットピーニングを施す時間は、カバレージが300%以上となるように設定される。カバレージを300%以上とすることで、後述する形状記憶熱処理後も充分な残留応力を残すことができる。
また、超音波ショットピーニングは、処理対象となる形状記憶合金の変態点温度より低い温度で行うことが好ましい。変態点温度より低い温度で超音波ショットピーニングを行うことで、変態点温度より高い温度で超音波ショットピーニングを行う場合と比較し、より多くの残量応力を付与することができる。
【0014】
[形状記憶熱処理工程] 超音波ショットピーニングを施した部材を300〜600℃の範囲内で数分間〜数時間程度記憶処理をすることによって、その部材に形状記憶特性を付与する。
【0015】
上記のようにして得られた形状記憶合金製の鋳造品の適用例は、上述した脳ベラの他、種々の製品に適用することができる。例えば、骨折治療に利用されるメネンプレート(Mennen Plate)等に応用することができる。とくに、製品の形状が複雑で途中機械加工が必要なものには鋳造が極めて有効であるので、製造コストを低くすることができる。
【実施例】
【0016】
次に、実施例を説明する。まず、形状記憶効果が得られるようにNi粉末とTi粉末の組成比(Ni50.1at%,Ti49.9at%)を調整し、燃焼合成法によりNiTi系合金を合成した。そして、このNiTi系合金を用いて精密鋳造法により試験片を製作した。
【0017】
まず、超音波ショットピーニングとエアショットピーニングとの比較を行った。すなわち、上述した試験片に超音波ショットピーニングを施し、また、他の試験片にエアショットピーニングを施した。超音波ショットピーニングの条件とエアショットピーニングの条件は、下の表1に示す通りである。
【0018】
【表1】

【0019】
表1に示すように、超音波ショットピーニングでは投射材としてφ0.8の研磨鋼球を用い、エアショットピーニングではφ0.8のコンディションドカットワイヤを用いた。超音波ショットピーニングでは、表面の削食が大きな問題とならないため、投射距離10mm、投射時間を320秒×2とした。このため、投射量は3.77g(投影面積25%)で、カバレージが4000%となった。エアショットピーニングでは、表面の削食が問題となるため、投射時間を60秒×2とした。このため、投射量は9.12kg/分となった。
【0020】
上述したショットピーニングを行った試験片に形状記憶熱処理(480℃×40分)を施し、両試験片に残留する応力を測定した。残留応力の測定はゴニオメータにより測定した。測定結果を図3に示している。図3に示すように、エアショットピーニング処理を行った試験片では、形状記憶熱処理によって残留応力が殆ど開放されている。これに対して、超音波ショットピーニング処理を行った試験片では、形状記憶熱処理後も残留応力が充分に付与されている。したがって、超音波ショットピーニングを用いると、表面の削食が抑えられるため投射時間を長くすることができ、これによって、形状記憶熱処理後も充分な残留応力を付与できることが確認できた(すなわち、耐久性を上げることができることが確認できた。)。
【0021】
次に、カバレージによる影響を調べるため、カバレージを種々に変えて超音波ショットピーニングを行い、その後に形状記憶熱処理(480℃×40分)を行った。超音波ショットピーニングの他の条件は、上記の表1と同様であり、単にカバレージのみを変えている。すなわち、カバレージを300%、1000%、4000%とした。
残留応力を測定した結果を図4に示している。図4に示すように、カバレージが大きくなればなるほど、残留応力も大きくなることが確認できた。また、カバレージが300%の場合でも、充分な残留応力が残っていることが確認された。
【0022】
最後に、超音波ショットピーニングを施す際の温度の影響を調べるため、温度条件を変えて超音波ショットピーニングを行い、その後に形状記憶熱処理(480℃×40分)を行った。超音波ショットピーニングの条件は、上記の表1と同様であり、単に超音波ショットピーニングを施す温度を、変態点温度(40℃)より低い25℃と、変態点温度(40℃)より高い60℃とした。
残留応力を測定した結果を図5に示している。図5に示すように、変態点温度より低い温度で超音波ショットピーニングを施した試験片の方が、変態点温度より高い温度で超音波ショットピーニングを施した試験片よりも、多くの残留応力を付与できることが確認できた。
【0023】
以上、本発明のいくつかの実施形態について詳細に説明したが、これらは例示に過ぎず、特許請求の範囲を限定するものではない。特許請求の範囲に記載の技術には、以上に例示した具体例を様々に変形、変更したものが含まれる。
また、本明細書または図面に説明した技術要素は、単独であるいは各種の組み合わせによって技術的有用性を発揮するものであり、出願時請求項記載の組み合わせに限定されるものではない。また、本明細書または図面に例示した技術は複数目的を同時に達成するものであり、そのうちの一つの目的を達成すること自体で技術的有用性を持つものである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本実施形態に係る形状記憶合金製鋳造品の製造手順を示すフローチャートである。
【図2】燃焼合成反応を説明する模式図である。
【図3】超音波ショットピーニングとエアショットピーニングを施した各試験片について、残留する応力を測定した結果を示すグラフである。
【図4】カバレージを変えて超音波ショットピーニングを施した各試験片について、残留する応力を測定した結果を示すグラフである。
【図5】温度条件を変えて超音波ショットピーニングを施した各試験片について、残留する応力を測定した結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
使用温度範囲において形状記憶特性を示す組成に調整された形状記憶合金を所望の形状に鋳造する工程と、
鋳造によって得られた鋳造品に超音波ショットピーニングを施す工程と、
超音波ショットピーニングが施された鋳造品に形状記憶熱処理を施す工程と、を有する鋳造品の製造方法。
【請求項2】
超音波ショットピーニングは、形状記憶合金の変態点温度より低い温度で行われることを特徴とする請求項1の鋳造品の製造方法。
【請求項3】
超音波ショットピーニングのカバレージが300%以上であることを特徴とする請求項1又は2の鋳造品の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載された製造方法によって製造された形状記憶合金製の鋳造品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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