説明

形状記憶性繊維集合体及びその製造方法

【課題】ラジカル形成性繊維集合体に高級脂肪酸エステルを結合させ形状記憶機能を発現する繊維集合体及びその製造方法を提供する。
【解決手段】ラジカル形成性繊維に炭素数16〜22の高級脂肪酸エステル及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を接触させた状態で電子線照射し、高級脂肪酸エステルを前記繊維にグラフト結合させるとともに、高級脂肪酸エステルを架橋させ、アイロン掛けにより所定の形状に維持し、形状記憶性を発現させる。本発明の製造方法は、電子線加工により形状記憶加工した繊維集合体の製造方法であって、溶媒に炭素数12〜22の高級脂肪酸エステル及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を溶解させた処理液をラジカル形成性繊維に接触させ、乾燥させた後、電子線照射することにより、形状記憶性繊維集合体を得る。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線加工を用いた形状記憶性繊維集合体及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生地の形状記憶性は、アイロン掛けなどのヒートセットにより、所望の形状にセットした後は皺を入れたり揉んで形状を崩しても元の形状に戻る性質である。この性質は、シャツやズボンなどの衣類、シーツや枕カバーなどの寝具、ハンカチなどにとっては好ましい。
【0003】
従来、形状記憶性生地は形態安定加工生地とも呼ばれ、セルロース繊維にポリエステル繊維を混紡したり、セルロース繊維生地をホルマリン処理するとか、液体アンモニア処理等をして加工していた(非特許文献1)。また特許文献1には、保湿性、抗菌性、防臭性を付与するため、べへニルアルコール等の高級アルコールをアクリル酸エステルなどのバインダーで固定することが提案されている。特許文献2には、塩基性窒素を含む化合物と高級脂肪酸エステルとを繊維表面にグラフト化させ、糊付け不要で製織できる糸が提案されている。特許文献3には、高級脂肪酸などの油脂をポリエステルなどに混合して紡糸し、繊維にすることが提案されている。
【0004】
近年、セルロース繊維生地を形状記憶することの要求が市場からあるが、従来技術ではこのような要求に応ずることはできなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平10-245782号公報
【特許文献2】特表2007-517990号公報
【特許文献3】特開2010-195735号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】繊維学会編「繊維便覧」第3版,395〜396頁,平成16年12月15日,丸善
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、前記従来の技術を解決するため、ラジカル形成性繊維集合体に高級脂肪酸エステルを結合させ形状記憶機能を発現する繊維集合体及びその製造方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の形状記憶繊維集合体は、ラジカル形成性繊維に炭素数16〜22の高級脂肪酸エステル及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を接触させた状態で電子線照射することにより、前記高級脂肪酸エステルを前記繊維にグラフト結合させるとともに、前記高級脂肪酸エステルを架橋させ、アイロン掛けにより所定の形状に維持し、形状記憶性を有することを特徴とする。
【0009】
本発明の形状記憶繊維集合体の製造方法は、電子線加工により形状記憶加工した繊維集合体の製造方法であって、溶媒に炭素数16〜22の高級脂肪酸エステル及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を溶解させた処理液をラジカル形成性繊維に接触させ、乾燥させた後、電子線照射することにより、前記の形状記憶性繊維集合体を得ることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、ラジカル形成性繊維に炭素数16〜22の高級脂肪酸エステル及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を接触させた状態で電子線照射することにより、前記高級脂肪酸エステルを前記繊維にグラフト結合させるとともに、前記高級脂肪酸エステルを架橋させ、アイロン掛けにより形状固定可能とした形状記憶繊維生地を提供できる。すなわち、ラジカル形成性繊維に前記高級脂肪酸エステル及び前記架橋剤を接触させておき、電子線照射することにより、前記繊維に前記高級脂肪酸エステルが共有結合しかつ架橋する。したがって、本発明の繊維を含む集合体を洗濯した後などにアイロン掛けすると、アイロンの熱により前記高級脂肪酸エステルは溶融し、個化点以下で固化し、形状が固定される。これにより、形状記憶性を有する繊維集合体とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1A−Dは本発明の一実施例における形状記憶保持試験の測定方法を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.ラジカル形成性繊維
本発明のラジカル形成性繊維、特に電子線照射によりラジカル形成可能な繊維は、一例としてセルロース系繊維、獣毛繊維及びポリアミド繊維から選ばれる少なくとも一つである。この中でもセルロース系繊維が好ましい。セルロース系繊維は、木綿、麻(亜麻、ラミー、ジュート、ケナフ、大麻、マニラ麻、サイザル麻、ニージーランド麻を含む)、カポック、バナナ、ヤシなどの天然繊維のほか、レーヨン、ポリノジック、モダール、キュプラ、テンセル、リヨセルなどの再生繊維、トリアセテート及びジアセテートなどの半合成繊維も含む。天然セルロースには天然のままのほか、シルケット加工されたもの、及び液体アンモニア処理されたものも含む。セルロース系繊維に生じるラジカルは、セルロース分子の構造単位における5位の炭素、次に4位や1位の炭素に生成し易く、さらには2,3,6位の炭素にも生成するものと考えられる。レーヨンの場合は、普通レーヨンのほか難燃加工したレーヨンであっても良い。難燃性は寝具類に有用である。
【0013】
獣毛繊維としては、羊毛、モヘア、カシミヤなどが挙げられる。ポリアミド繊維はナイロン繊維とも呼ばれているものである。ナイロン6繊維、ナイロン6,6繊維のほか、公知のいかなるナイロンも含む。
【0014】
2.炭素数16〜22の高級脂肪酸エステル
炭素数16〜22の高級脂肪酸エステルとしては、セチルアクリレート、セチルメタクリレート、ヘプタデシルアクリレート、ヘプタデシルメタクリレート、ステアリルアクリレート、ステアリルメタクリレート、ノナデシルアクリレート、ノナデシルメタクリレート、エイコシルアクリレート、エイコシルメタクリレート、ベヘニルアクリレート、ベヘニルメタクリレート、などが挙げられる。これらの中で好ましい高級脂肪酸エステルは、セチルアクリレート、セチルメタクリレート、ステアリルアクリレート、ステアリルメタクリレート、ベヘニルアクリレート、ベヘニルメタクリレートである。特に好ましいのはベヘニルアクリレート及び/又はベヘニルメタクリレートである。前記ラジカル形成性繊維に対して前記高級脂肪酸エステルは0.1〜15質量%グラフト結合させるのが好ましい。さらに好ましくは0.5〜10質量%である。前記高級脂肪酸エステルのグラフト結合率は、架橋剤の結合率と合計し、下記により算出する。
結合率(omf%)=[(EB加工後の生地質量−EB加工前の生地質量)/(EB加工前の生地質量)]×100
但し、EB加工とは電子線照射加工のことである。また、omfはon the mass of fiberの略である。
【0015】
炭素数12未満の高級脂肪酸エステルは固化温度が室温以下であり、形状記憶性を出すことは困難である。また、炭素数22を超える高級脂肪酸エステルは溶剤に溶解させることが困難であり、繊維に付着させることも困難である。
【0016】
3.架橋剤
これらの架橋剤はいずれも1分子当たり2個以上の官能基を含む。好ましい架橋剤としては、熱架橋型であるメチロールメラミン(官能基数:2)、グリオキザール(官能基数:2)並びに電子線架橋型であるジトリメチロールプロパンテトラアクリレート(官能基数:4)、ウレタンアクリレート(一例の官能基数:9)、ポリグリセリンアクリレート(一例の官能基数:12)、ジペンタエリスリトールポリアクリレート(官能基数:6)及びペンタエリスリトールテトラアクリレート(官能基数:4)から選ばれる少なくとも一つである。特に好ましい架橋剤としては、電子線架橋型の架橋剤であり、具体的にはジトリメチロールプロパンテトラアクリレート、ウレタンアクリレート、ポリグリセリンアクリレート、ジペンタエリスリトールポリアクリレート及びペンタエリスリトールテトラアクリレートである。前記架橋剤の結合量は、前記ラジカル形成性繊維に対して0.1〜10質量%であるのが好ましい。さらに好ましくは0.5〜7質量%である。
【0017】
4.電子線架橋
電子線を照射は、通常は1〜200kGy、好ましくは5〜100kGy、より好ましくは10〜50kGyの照射量が達成されればよい。雰囲気条件は、窒素雰囲気下で照射を行うことが好ましく、また透過力があるため、素材の片面に照射するだけでよい。電子線照射装置としては市販のものが使用可能であり、例えば、エリアビーム型電子線照射装置としてEC250/15/180L((株)アイ・エレクトロンビーム社製)、EC300/165/800((株)アイ・エレクトロンビーム社製)、EPS300((株)NHVコーポレーション製)などが使用される。
【0018】
電子線を照射した後は通常、水洗により未反応成分を除去し、乾燥が行われる。乾燥は例えば、素材を20〜85℃で0.5〜24時間保持することによって達成される。
【0019】
5.繊維集合体
本発明の繊維集合体としては、わた、糸、織物、編物又は不織布の形態であるのが好ましい。繊維集合体が織物、編物又は不織布の場合は、単位面積当たりの質量はとくに制限されるものではないが、50〜400g/m2が好ましく、さらに好ましくは100〜350g/m2である。本発明の形状記憶繊維は、繊維集合体中20質量%以上であればよく、洗濯耐久性のさらなる向上の観点から好ましくは50質量%以上であり、とくに好ましくは100質量%である。
【0020】
6.製造方法の一例
本発明の形状記憶繊維集合体は、一例としてソルフィットAC(3メトキシ−3−メチル−1−ブチルアセテート)などの溶媒にベヘニル(メタ)アクリレート、及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を溶解させた処理液をラジカル形成性繊維集合体に接触させ、乾燥させた後、電子線照射する。前記処理液をラジカル形成性繊維に接触させる方法は、パディング、浸漬、スプレーなどがあるが、操作しやすいパディングが好ましい
【0021】
セルロース分子は下記一般式(化1)で示され(但し、nは1以上の整数)、反応性に富む水酸基をグルコース残基のC−2、C−3、C−6の位置に持ち、この部分にベヘニル(メタ)アクリレートがグラフト結合する。例えばグルコース残基のC−2の位置にヘベニルアクリレートがグラフト結合した例を下記(化2)に示す。下記(化3)にはベヘニルメタアクリレートがグラフト結合した例を示す。下記(化2〜3)において、「Cell」はセルロースを示し、ベヘニル(メタ)アクリレートがグラフト結合している−CH2−基はセルロース鎖内の炭化水素基である。mは1以上の整数である。
【0022】
【化1】

【0023】
【化2】

【0024】
【化3】

【0025】
以上の処理をした繊維集合体は、通常のアイロン掛けにより所定の形状に維持でき、形状記憶性を発現させることができる。この形状記憶性は、後に説明するカール保持特性と平面保持特性を測定することにより、定量的に評価することができる。カール保持特性と平面保持特性は、JIS L1059に規定されているモンサント形試験器を使用して測定できる。
【実施例】
【0026】
以下実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。なお本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0027】
<形状記憶性の評価方法>
カール保持特性と平面保持特性を測定することにより評価した。測定方法は次のとおりである。
1.測定環境:室温
2.試験片:縦10mm,横40mm
3.操作・測定
(1)カール保持特性
a.図1Aに示すように、試験片1を直径15mmの金属棒2にセットした。試験片1がずれないよう試験片1の両端を両面粘着テープ3で固定した。
b.固定した SHAPE \* MERGEFORMAT 試験片1ごと金属棒2を加温(100℃、10分間)し、ヒートセットした。
c.室温(20℃程度)になるまで試験片1ごと金属棒2を十分に冷却した。
d.試験片1を金属棒2から慎重にピンセットで外した。
e.図1Bに示すように、モンサント形試験器用金属板ホルダ4に形状が崩れないように慎重にピンセットでセットした。固定部分5:16.5mm、フリー部分6:23.5mmとした。
f.図1Cに示すように、セットした金属板ホルダ4をモンサント形試験器7(JIS L1059参照)のホルダ8に差込んだ。
g.金属板ホルダ4の支持架が垂直になるように測定直前までセットした。矢印aで示す指針9の角度=180°とした。
h.5分及び10分後に、図1Dに示すように試験片6の自由端が垂線と重なるように回転板を回し、指針の角度を測定した。矢印bで示す指針9の角度=130°であった。すなわち、開角度(どの程度円が開いたか=指針の角度)=130°であった。これが90°に近い方が、形状記憶性がよいこととなる。
【0028】
(2)平面保持特性
a.試験片を中温(140〜160℃)にて平らになるようにアイロン掛けした。
b.室温(20℃程度)になるまで十分に冷却した。
c. SHAPE \* MERGEFORMAT 直径15mmの金属棒にセットした(室温、10分間)。
d.試験片がずれないよう試験片の両端をテープで固定した。
以降は(1)d〜hの手順にて評価した。
(備考)平面保持特性の場合、角度は180°の近い方が良いこととなる。
【0029】
(実施例1)
1.処理液
形状記憶処理剤液として、下記の薬剤を調整した。
(1)高級脂肪酸エステル
ベヘニルアクリレート:5質量%
(2)架橋剤
ジペンタエリスリトールポリアクリレート:2質量%
(3)溶剤
ソルフィットAC(3メトキシ−3−メチル−1−ブチルアセテート):25質量%
(4)界面活性剤
ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート:1質量%
(5)その他
水:67質量%
【0030】
2.パディング
前記処理液をコットン100質量%紡績糸使用の平組織の織物(目付け120g/m2)にパディングで付着させ、100℃、90秒で乾燥した。
【0031】
3.電子線照射
生地の一方の面に対して、エリアビーム型電子線照射装置EC250/15/180L(岩崎電気(株)製)により窒素雰囲気下で電子線を照射線量40kGy、加速電圧200KVで照射した。
【0032】
得られた処理織物の高級脂肪酸エステルと架橋剤の合計結合率は2.4質量%であった。また、処理織物の示差走査熱量測定(DSC)による熱吸収ピーク温度は63℃であった。これは63℃で高級脂肪酸エステル成分は溶融し、63℃未満の温度で固化し、形状が固定されることを意味している。手でもんでシワを作った織物に対してアイロン掛けをすると、シワは伸び、さらにのり付けしたようなパリッとした触感が得られた。この性質は家庭洗濯を10回繰り返しても変らなかった。
【0033】
(実施例2〜9、比較例1)
高級脂肪酸エステルの種類と量を表1〜2に示す以外は実施例1と同様に実験した。条件と結果をまとめて表1〜2に示す。参考までに実施例1のデータもまとめて示す。比較例1は高級脂肪酸エステルを付与していない。
【0034】
【表1】

【0035】
【表2】

【0036】
表1から明らかなとおり、本発明の実施例品は、手でもんでシワを作った織物に対してアイロン掛けをすると、シワは伸び、さらにのり付けしたようなパリッとした触感が得られ、形状記憶性が確認できた。この性質は家庭洗濯を10回繰り返しても変らなかった。
【符号の説明】
【0037】
1 試験片
2 金属棒
3 両面粘着テープ
4 金属板ホルダ
5 固定部分
6 フリー部分
7 モンサント形試験器
8 ホルダ
9 指針

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラジカル形成性繊維に炭素数16〜22の高級脂肪酸エステル及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を接触させた状態で電子線照射することにより、
前記高級脂肪酸エステルを前記繊維にグラフト結合させるとともに、前記高級脂肪酸エステルを架橋させ、
アイロン掛けにより所定の形状に維持し、形状記憶性を有することを特徴とする形状記憶性繊維集合体。
【請求項2】
前記高級脂肪酸エステルが、ヘベニル(メタ)アクリレート及びステアリル(メタ)アクリレートから選ばれる少なくとも一つである請求項1に記載の形状記憶性繊維集合体。
【請求項3】
前記ラジカル形成性繊維に対して前記高級脂肪酸エステルを0.1〜15質量%グラフト結合させる請求項1又は2に記載の形状記憶性繊維集合体。
【請求項4】
前記架橋剤が、電子線架橋型である請求項1に記載の形状記憶性繊維集合体。
【請求項5】
前記架橋剤の結合量が、前記ラジカル形成性繊維に対して0.1〜10質量%である請求項1又は4に記載の形状記憶性繊維集合体。
【請求項6】
前記ラジカル形成性繊維が、セルロース繊維、獣毛繊維及びポリアミド繊維から選ばれる少なくとも一つである請求項1〜5のいずれか1項に記載の形状記憶性繊維集合体。
【請求項7】
前記繊維集合体が、わた、糸、織物、編物又は不織布の形態である請求項1〜6のいずれか1項に記載の形状記憶性繊維集合体。
【請求項8】
電子線加工により形状記憶加工した繊維集合体の製造方法であって、
溶媒に炭素数16〜22の高級脂肪酸エステル及び1分子当たり2個以上の官能基を含む架橋剤を溶解させた処理液をラジカル形成性繊維に接触させ、乾燥させた後、電子線照射することにより、
請求項1〜7のいずれか1項に記載の形状記憶性繊維集合体を得ることを特徴とする形状記憶性繊維集合体の製造方法。
【請求項9】
前記処理液をラジカル形成性繊維に接触させる方法が、パディングである請求項8に記載の形状記憶性繊維集合体の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−219403(P2012−219403A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−85687(P2011−85687)
【出願日】平成23年4月7日(2011.4.7)
【出願人】(000001096)倉敷紡績株式会社 (296)
【Fターム(参考)】