説明

形状記憶能を有するコポリエステル紡績糸

【目的】 形状記憶能を有し,一旦高温で型付けすると,型崩れしても軽い加熱で型付けした形状に戻る布帛となり得るコポリエステル紡績糸を提供する。
【構成】 炭素数6以上の長鎖脂肪族ジカルボン酸,例えばドデカン二酸を共重合した融点が150℃以上のポリエチレンテレフタレートからなり,単繊維強度2.5g/デニール以上の,形状記憶能を有するコポリエステル繊維より構成された紡績糸。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は,合成繊維からなる紡績糸に関し,さらに詳しくは,形状記憶能を有するコポリエステルからなる紡績糸に関するものである。
【0002】
【従来の技術】近年,形状記憶能を有する合成樹脂が開発,市販されつつある。この樹脂は,ガラス転移点前後での弾性率変化の大きいものである。その機能は,例えば,まず,任意の形状Aに成形し,その形状Aの状態で加熱して結晶化(結晶部分の絡み合い)あるいは分子間架橋によって固定点を生ぜしめて形状を記憶させる。次いで,ガラス転移点以上,上記加熱温度未満の温度雰囲気下で外力を加え,形状Bに変形し,そのままガラス転移点未満の温度にすると,形状Bに固定できる。これをさらにガラス転移点以上に加熱することにより,外力を加えることなく形状Aに回復するという機能,すなわち「形状記憶能」を有するものである。
【0003】形状記憶能を有する樹脂材料としては,ポリトランスイソプレン系樹脂(特開昭55−93806号),ポリノルボルネン系樹脂(特開昭59−53528号),ビニル系樹脂とアクリル酸系樹脂または合成ゴムとの混合物からなるもの(特開昭63−17952号)等が知られている。さらに,ポリウレタン系の形状記憶ポリマー糸(特開平2−169713号)が開示されている。
【0004】しかし,従来知られている樹脂材料では曳糸性が悪く,紡績糸として用いられるような1〜3デニール程度の細繊度で,紡績可能な強度の繊維を生産性良く製造することは,ほとんど不可能であった。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,このような課題を解決しようとするものである。すなわち,通常のポリエステルと同様に,生産性良く,細繊度の繊維を溶融紡糸できる形状記憶能を有するコポリエステルを用いた紡績糸を提供しようとするものである。
【0006】
【課題を解決するための手段】本発明者は,前記課題を解決すべく鋭意検討の結果,本発明に到達した。
【0007】すなわち,本願の第1発明は,ガラス転移点が80℃以下,融点が150℃以上であり,単繊維強度が2.5g/デニール以上の形状記憶能を有するコポリエステル繊維からなることを特徴とするコポリエステル紡績糸を要旨とするものであり,本願の第2発明は,炭素数6以上の長鎖脂肪族ジカルボン酸を共重合した,ガラス転移点が80℃以下,融点が150℃以上であり,単繊維強度が2.5g/デニール以上の形状記憶能を有するポリエチレンテレフタレート繊維からなることを特徴とするコポリエステル紡績糸を要旨とするものである。
【0008】以下,本発明を詳細に説明する。
【0009】本発明に用いる形状記憶能を有するコポリエステルとは,以下のような特性を有するものである。
(a) 溶融成形後,加熱雰囲気下で結晶化させると,形状を記憶する。
(b) ガラス転移点よりも高く,形状を記憶させた温度より低い温度範囲で外力をかけると,比較的容易に変形する。
(c) 変形した形状を保持したままガラス転移点未満の温度にすると,変形した形状に固定される。(形状固定能)
(d) さらに,これに外力をかけない状態でガラス転移点より高い温度にすると,(a)で記憶した形状に回復する。(形状回復能)
【0010】コポリエステルのガラス転移点は80℃以下である必要がある。ガラス転移点が80℃を超える場合,形状回復に要する温度が高すぎ,実用的でない。なお,ガラス転移点が45℃程度以上の場合,室温あるいは体温付近までは,本発明の紡績糸は通常のポリエチレンテレフタレート紡績糸と同様のコシのある風合となり,ガラス転移点以上に加熱すれば,記憶させた状態に戻る。ガラス転移点が室温あるいは体温に満たない場合は,通常使用時にガラス転移点以上の温度となるため,コシが柔らかく,また,常に記憶させた状態に戻ろうとする性質があるので,例えば,本発明の紡績糸よりなる布帛を予め高温でアイロンがけ等によってシワのない状態を記憶させれば,使用時にシワがよりにくいものとなる。
【0011】また,コポリエステルの融点は150℃以上とする必要がある。融点が150℃未満では,紡績糸の加熱時収縮を防ぐための熱セツトや高温染色がしにくくなり,実用的でない。
【0012】さらに,コポリエステル繊維の単繊維強度は2.5g/デニール以上である必要がある。単繊維強度が2.5g/デニールに満たない場合,紡績工程での単繊維切れに伴う紡績性や糸品位の低下が生じ,実用的でない。
【0013】次に,形状記憶能を有するコポリエステルを得る方法としては,芳香族ポリエステルセグメント(ハードセグメント)と脂肪族ポリエステルセグメント(ソフトセグメント)とを適度な割合で共重合してポリマーとする方法や,芳香族ポリエステルセグメント(ハードセグメント)とポリアルキレングリコールセグメント(ソフトセグメント)とを適度な割合で共重合してポリマーとする方法等が挙げられるが,前者が好ましい。
【0014】芳香族ポリエステルセグメントとは,ポリエステルの繰り返し単位に少なくとも1つの芳香環を有するポリエステルセグメントのことをいい,脂肪族ポリエステルセグメントとは,ポリエステルの繰り返し単位が脂肪族化合物のみからなるポリエステルセグメントのことをいう。
【0015】ハードセグメントを構成する芳香族モノマー成分としては,例えば,テレフタル酸,イソフタル酸,ビスフエノールA,p−オキシ安息香酸等のジカルボン酸,ジオールおよびヒドロキシカルボン酸類が挙げられる。
【0016】芳香族モノマーとハードセグメントを構成したり,あるいはそれ自体でソフトセグメントを構成する脂肪族モノマー成分としては,例えば,アジピン酸,アゼライン酸,ドデカン二酸,エイコサン二酸,エチレングリコール,ブタンジオール,ヘキサンジオール,ε−カプロラクトン等のジカルボン酸,ジオールおよびオキシカルボン酸(またはラクトン)類が挙げられる。また,ポリエチレングリコール,ポリテトラメチレングリコール等のポリアルキレングリコールも,ソフトセグメント成分として機能し得る。
【0017】ハードセグメントとしては,エチレンテレフタレート単位やブチレンテレフタレート単位のポリエステルが好ましいが,経済性,物性を考慮すれば,エチレンテレフタレート単位が最も好ましい。
【0018】ソフトセグメントとしては,アゼライン酸,セバシン酸,ドデカン二酸等の長鎖脂肪族ジカルボン酸,とりわけ炭素数6以上の脂肪族ジカルボン酸とエチレングリコールとのエステル単位が好ましい。
【0019】本発明に用いるコポリエステルにおいては,ソフトセグメントが分子内可塑剤の作用をしてポリマーの結晶化を促進させ,かつ結晶化部分の絡み合いを引き起こして固定点を生ぜしめるものと思われる。これらハードセグメントとソフトセグメントのみよりなるコポリエステルでも,十分な形状記憶能を有するポリエステルとなし得るが,さらに,分子間架橋が可能な分子構造を導入しても,ゴムが加硫により形状を記憶する原理と同様,ポリエステルの分子間を要所で架橋させ,記憶すべき形状を固定させる固定点として機能し得る。分子間架橋が可能な分子構造の具体例としては,不飽和結合を有するモノマー成分を共重合し,ポリエステルの主鎖に不飽和結合を導入する構造が挙げられる。この不飽和結合を形状を固定記憶させる際に適当な手段で開裂させることにより,分子間架橋が可能となる。
【0020】ポリエステルに共重合が可能で,不飽和結合を有するモノマー成分としては,例えば,無水マレイン酸,マレイン酸,クロロマレイン酸,イタコン酸,フマル酸,シトラコン酸,ヘツト酸,無水ヘツト酸,2−ブテン−1,4−ジオール,3−ブテン−1,2−ジオール等の不飽和ジカルボン酸または不飽和ジオール類が挙げられる。
【0021】また,ポリエステルに3官能以上のモノマー成分を共重合させることも有力な手段である。この場合は,形状を固定記憶させる際に,ポリエステルの水酸基あるいはカルボキシル基,イソシアネート基,アミノ基等を有する架橋剤を添加,反応させることにより分子間架橋を行うことが可能となる。
【0022】本発明におけるポリエステルには,必要に応じて,本発明の目的を損なわない範囲であれば他の副原料が共重合されていてもよいし,種々の添加剤等が含まれていてもよい。
【0023】本発明に用いるポリエステルを構成するモノマーの構成成分およびその共重合割合は,広範囲に選択し得るが,経済性,汎用性,物性等を勘案すれば,例えば次のようなものが好ましい。すなわち,ジカルボン酸としてテレフタル酸を50〜95モル%,好ましくは60〜90モル%,ドデカン二酸を5〜50モル%,好ましくは10〜40モル%,ジオールとしてはエチレングリコールを100モル%の割合で使用したポリエステルである。この例においては,エチレングリコールとテレフタル酸からなる繰り返し単位がハードセグメント,エチレングリコールとドデカン二酸からなる繰り返し単位がソフトセグメントという機能をそれぞれ分担している。
【0024】本発明に用いるポリエステル繊維は,汎用のポリエステル繊維と同様に,溶融紡糸,延伸方法で製造すればよい。紡糸条件や延伸条件は,使用する形状記憶性ポリエステルの物性により異なるが,概ね従来技術を踏襲できる。すなわち,汎用の紡糸装置あるいは複合紡糸装置を用いて紡糸すればよい。紡出された繊維は,必要に応じて連続的または別工程で延伸,熱処理され,捲縮加工,薬液処理等の高次加工に付される。また,紡糸に際し,安定剤,蛍光剤,顔料,強化材といった添加材を共存させてもよい。
【0025】コポリエステル繊維の繊維形状は,丸断面をはじめ,三角断面等の異形でもよく,中空繊維であってもよい。
【0026】得られたコポリエステル繊維は,常法により,生産性よく紡績糸とすることができ,通常のポリエチレンテレフタレートと同様に製編織加工や染色加工をすることが可能である。
【0027】なお,本発明の紡績糸は,形状記憶能を阻害しない範囲で,形状記憶能を有しない通常のポリエチレンテレフタレート,ポリブチレンテレフタレート等のポリエステル繊維,ナイロン繊維,レーヨン繊維,ウール,木綿,麻等の合成繊維,再生繊維,天然繊維と混紡したものであっても差し支えない。
【0028】
【作用】本発明の紡績糸のごとく,固定点が生じるような熱処理を施した工程で形状を記憶させておくと,ガラス転移点以上の温度になったとき,もとの形状に戻ろうとする作用が働き,もとの形状に復帰することができるようになる。
【0029】
【実施例】次に,実施例を挙げて本発明を記述する。なお,実施例において,ポリエステルの特性値は次のようにして測定したものである。
(1)極限粘度フエノールと四塩化エタンとの等重量混合物を溶媒とし,温度20℃で測定した。
(2)融点およびガラス転移点示差走査熱量計(パーキンエルマー社製,DSC−2型)を用いて,昇温速度20℃/min で測定した。
【0030】実施例1テレフタル酸とエチレングリコールとのエステル化反応により得られたビス(β−ヒドロキシエチルテレフタレート)およびそのオリゴマー45.0kgに,ドデカン二酸5.8kg,マレイン酸0.4kg,エチレングリコール9.0kg,触媒としてテトラブチルチタネート26gを加え,250℃,窒素ガス制圧下3.6kg/cm2 で2時間,エステル化反応を行った。ドデカン二酸の共重合量は10モル%,マレイン酸の共重合量は1.5モル%であった。
【0031】得られたエステル化物を重縮合反応器に移して,280℃,0.4トルで3時間,重縮合反応を行い,コポリエステルAを得た。得られたコポリエステルAは,ガラス転移点49℃,融点232℃,極限粘度0.65であった。
【0032】コポリエステルAのチツプを減圧乾燥した後,通常の溶融紡糸装置を使用して溶融し,紡糸孔数415の紡糸口金を通し,紡糸温度270℃,総吐出量300g/分で溶融紡出した。紡出繊維糸条を冷却後,引取速度1000m/分で引き取って未延伸繊維糸条を得た。得られた糸条を集束し,10万デニールのトウにして,延伸倍率3.4,延伸温度60℃で延伸し,150℃のヒートドラムで熱処理してから,押込式クリンパを使用して捲縮を付与した。続いて,長さ51mmに切断して,単糸繊度2デニール,単繊維強度6.0g/デニール,伸度57%の形状記憶能を有するコポリエステル繊維を得た。この繊維を用い,カード,練条,粗紡,精紡を経て,20番手の本発明の紡績糸を得た。
【0033】この紡績糸を,経糸103本/インチ,緯糸87本/インチ,幅93cmの設計で製織し,常法に従って糊抜き精練を行った。さらに高圧ビーム染色機を用い,分散染料,分散剤によって130℃,1時間高温染色して,青色の布帛を得た。この布帛40cm四方を2つ折りにし,175℃に加熱したアイロンをかけて熱セツトし,折り目を記憶させた。さらに,これを家庭用洗濯機で洗濯後,60℃の乾燥室で布帛の一辺を上にして吊るし,乾かせた。乾燥後外に出してみると,通常のポリエチレンテレフタレート布帛に同条件でアイロン掛けしたものと較べて,記憶させた折り目が明瞭に認められ,形状記憶能は良好であった。
【0034】実施例2〜3および比較例1実施例1においてマレイン酸を添加せず,ドデカン二酸の共重合量を変更すること以外は,実施例1と同様にしてコポリエステルB〜Dを得た。これらのコポリエステルの物性を表1に示す。さらに,実施例1においてコポリエステルAの代わりにこれらのコポリエステルを用い,延伸工程でのヒートドラム温度を変更すること以外は,実施例1と同様にして実施例2〜3および比較例1の紡績糸を得た。これらの紡績糸を用い,折り目を記憶させるアイロン熱セツト温度を変更すること以外は,実施例1と同様に製織,染色加工して形状記憶能を評価した。その結果を併せて表1に示す。
【0035】
【表1】


【0036】実施例2および3の形状記憶能は,実施例1と同様,折り目の記憶具合により目視で判定でき良好であったが,ドデカン二酸の共重合量が多くて融点の低いコポリエステル繊維である比較例1の場合,染色時に繊維間の軽い融着が生じてゴワゴワした風合となり,形状記憶能も不良であった。
【0037】比較例2実施例1において,重縮合反応の時間を1.5時間として極限粘度0.44のコポリエステルEを得た。このコポリエステルEのガラス転移点は47℃で,融点は230℃であった。このコポリエステルEを用いること以外は,実施例1と同様にして実施し,単繊維強度2.3g/デニール,伸度50%のコポリエステル繊維を得た。この繊維を用いて紡績を行ったが,風綿発生,糸切れにより紡績性が悪いため,以後の試験を取り止めた。
【0038】
【発明の効果】本発明によれば,形状記憶能を有するポリエステル紡績糸を得ることができる。これを用いた布帛は,一旦型付けすると,使用時に型崩れしても軽い加熱で元の型付けした状態に戻る。すなわち本発明の紡績糸を製編織して得た布帛は,シワ加工,熱プレスあるいは立体形状に加熱処理し,その状態で結晶化あるいは架橋反応を促進させれば,その形状を記憶する。そして,使用時あるいは洗濯等により記憶した形状が崩れても,ガラス転移点以上の軽い加熱により元の形状を回復する。従って,布団側地,枕カバー等の寝装品あるいはカツターシヤツ,ポロシヤツ,ズボン,ネクタイ等の衣料品に適用して,プレス加工によりシワ防止,折り目付の効果を長続きさせたり,衣料用芯地,帽子材料に適用して,型崩れ防止効果を助長させたりできる。また本発明の紡績糸をモケツト,カーペツト等のパイルに適用して,パイル倒れを修正する効果をもたらすことができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 ガラス転移点が80℃以下,融点が150℃以上であり,単繊維強度が2.5g/デニール以上の形状記憶能を有するコポリエステル繊維からなることを特徴とする紡績糸。
【請求項2】 炭素数6以上の長鎖脂肪族ジカルボン酸を共重合した,ガラス転移点が80℃以下,融点が150℃以上であり,単繊維強度が2.5g/デニール以上の形状記憶能を有するポリエチレンテレフタレート繊維からなることを特徴とするコポリエステル紡績糸。