説明

循環冷却水系における亜鉛濃度低下方法および該亜鉛濃度低下方法を用いた亜鉛メッキ防食方法

【課題】亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系において、簡便かつ短期間で安定的に亜鉛濃度を低下させ、前記設備の腐食を防止する技術を提供すること。
【解決手段】亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系における亜鉛濃度を低下させる方法であって、アルカリ剤を用いて前記水系をpH8以上9以下に維持する亜鉛濃度低下方法を提供する。本発明によれば、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系において、簡便かつ短期間で安定的に亜鉛濃度を低下させ、前記設備の腐食を優位に防止することが可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、循環冷却水系における亜鉛濃度低下方法に関する。より詳しくは、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系において、亜鉛濃度を低下させる方法および該亜鉛濃度低下方法を用いて前記設備の腐食を防止する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、鉄や鋼などの金属の保護や腐食防止のために、金属表面に亜鉛を化学的に結合させてコーティングを行う、いわゆる亜鉛メッキが使用されている。亜鉛メッキが施された金属は、土木建築用の部材として、例えば、通信ケーブル用支柱、送電線鉄塔、電車の架線用支柱、橋梁などに用いられる他、工業用水系をはじめとした様々な水系の配管として多く使用されている。
【0003】
亜鉛メッキが施された金属表面は、通常の大気中では高い防食性を発揮するが、常に湿潤環境に曝される水系の配管などの設備においては、急速に腐食が進んで「白錆」を発生する場合がある。この「白錆」は、亜鉛メッキの外観的な悪影響のみならず、メッキ面の更なる腐食を促し、被メッキ金属面からの剥離にまで発展する場合もある。
【0004】
亜鉛メッキの腐食を防止する方法として、例えば、特許文献1には、飲料をはじめとする塩化カルシウムの添加を行う一般生活用水系に、炭酸水素ナトリウムを添加することにより、亜鉛メッキの腐食を防止する技術が開示されている。この技術を循環冷却水系に用いると、銅材質の腐食リスクが高まったり、カルシウムなどの硬度成分のスケール析出リスクが高まったりするといった問題が生じる場合がある。そのため、従来においては、この技術を循環冷却水系に用いることはなされていない。
【0005】
また、例えば、特許文献2には、鋼管製の給水管路を備えた建物において、給水管路に供給する前の水に、窒素ガスをバブリングさせることにより給水管の腐食を防止する技術が開示されている。
【0006】
これらの技術は、いずれも非循環水系における技術であるが、循環水系における亜鉛メッキの防食技術としては、例えば、特許文献3には、水熱源空調設備の熱源水循環路において、熱源水中に窒素ガスをバブリングさせることにより、空調用熱源水経路の腐食を防止する技術が開示されている。
【0007】
また、特許文献4では、亜鉛メッキした金属面に、硫化物ベースの白錆腐食抑制化合物を導入してバリアを形成し、1時間以上の間隔を空けて、更に硫化物ベースの白錆腐食抑制化合物を導入してバリアを重ねて形成することにより、亜鉛メッキした金属面の腐食を抑制する技術が開示されており、この技術は、冷却水循環システムにも用いることができる旨が記載されている。しかし、この技術を用いて、配管全てにバリアを形成するのは現実的ではなく、実際の現場では行われていない。
【0008】
ところで、循環冷却水系において亜鉛メッキの腐食を防止するには、特許文献4のような技術も存在するが、一般的には、水系中の亜鉛濃度が高濃度になった場合に、ブロー量を増加し、水の入れ替えを行うことで、水系中の亜鉛濃度を低減化し、排水規制に対応する方法が多く行われている。
【0009】
この一般的な方法では、亜鉛メッキ面からの亜鉛の溶出を、むしろ促進している可能性がある。これは、水の入れ替えにより、pHの低下や外部からの酸素の持ち込みがあり、亜鉛の防食環境がいつまでも形成されないためであると考えられる。
【0010】
また、この一般的な方法では、溶出した亜鉛の濃度が1mg/L以下程度の低濃度に安定するには、およそ1年程度の長い期間を要するといった問題もあった。
【0011】
更に、水の入れ替えにより、用水や排水が増加するといった問題もあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開昭57−120679号公報
【特許文献2】特開平6−2347号公報
【特許文献3】特開平6−2894号公報
【特許文献4】特開平6−154790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
上述のように、循環冷却水系における亜鉛メッキ面の従来の防食方法は、亜鉛溶出の促進、長期化、用水や排水の増加などの問題があった。前記特許文献4のような技術も開発されつつあるが、非常に煩雑な方法であり、実際の現場では、もっと簡便な方法が望まれているのが実情である。
【0014】
そこで、本発明では、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系において、簡便かつ短期間で安定的に亜鉛濃度を低下させ、前記設備の腐食を防止する技術を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本願発明者らは、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系における亜鉛濃度の推移について鋭意研究した結果、該水系のpHに着目することにより、簡便かつ短期間で安定的に亜鉛濃度を低下し得る新規な方法を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0016】
即ち、本発明ではまず、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系における亜鉛濃度を低下させる方法であって、
アルカリ剤を用いて前記水系をpH8以上9以下に維持する亜鉛濃度低下方法を提供する。
本発明に係る亜鉛濃度低下方法では、アルカリ剤を添加して所定のpHを維持することにより亜鉛の溶出を防止し、かつ、添加するアルカリ剤に含有されるOHイオンが、既に発生している亜鉛イオンにも作用し、水酸化亜鉛に変化させると考えられる。この水酸化亜鉛が前記水系内の冷却塔水槽などの流速の遅い箇所に堆積することにより、水系内の亜鉛濃度を早期に低下させることができる。
本発明に係る亜鉛濃度低下方法では、系内の亜鉛濃度を低下させるために、従来行われていた水の入れ替えを行う必要はない。
本発明に係る亜鉛濃度低下方法において、用いることができる前記アルカリ剤は特に限定されないが、例えば、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化ナトリウムから選択される一以上のアルカリ剤を選択することが可能である。
本発明に係る亜鉛濃度低下方法を用いることができる水系は、循環冷却水系であれば、開放系および密閉系のいずれにおいても適用することができるが、特に、開放循環式冷却水系において好適に用いることができる。
【0017】
本発明に係る亜鉛濃度低下方法を用いて、亜鉛メッキの腐食を好適に防止することが可能である。具体的に、本発明では、循環冷却水系における亜鉛メッキが施された設備の防食方法であって、
アルカリ剤を用いて前記水系をpH8以上9以下に維持して亜鉛濃度を低下させることにより前記設備の腐食を防止する方法を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系において、簡便かつ短期間で安定的に亜鉛濃度を低下させ、前記設備の腐食を優位に防止することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】実施例1、比較例1および2における期間中のpHの推移を示す図面代用グラフである。
【図2】実施例1、比較例1および2における期間中の亜鉛濃度の推移を示す図面代用グラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明を実施するための好適な形態について、詳細に説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0021】
本発明は、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系における亜鉛濃度を低下させる方法であって、アルカリ剤を用いて前記水系を所定のpHに維持することにより、亜鉛濃度の低下を実現させる方法である。また、本発明では、本発明に係る亜鉛濃度低下方法を用いて、亜鉛メッキの腐食を好適に防止する方法も提供する。
【0022】
具体的には、本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法では、アルカリ剤を用いて水系のpHを8以上9以下に維持することを特徴とする。亜鉛メッキの腐食速度は、pH8以上9以下が最小である(後述の実施例参照)。従って、水系のpHを8以上9以下に維持することにより、亜鉛メッキからの亜鉛の溶出を最小限に抑制することが可能である。
【0023】
また、水系を前記所定のpHに維持するために、本発明ではアルカリ剤を用いることを特徴とする。アルカリ剤を用いることで、該アルカリ剤に含有するOHイオンが、既に水系内に発生している亜鉛イオンに作用し、該亜鉛イオンを水酸化亜鉛に変化させると考えられる。そして、この水酸化亜鉛が系内の冷却塔水槽などの流速の遅い箇所に堆積することにより、水系の亜鉛濃度を短時間で低下させることができる。
【0024】
このように、本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法においては、水系を所定のpHに維持することで亜鉛メッキからの亜鉛溶出を抑制し、かつ、pH維持のために用いるアルカリ剤により既に発生している亜鉛イオンを水酸化亜鉛に変化させて堆積させるといった二つの作用が相俟って、水系の亜鉛濃度を簡便かつ短期間で安定的に低下させることを実現させている。その結果、循環冷却水系において、亜鉛メッキの腐食を優位に防止することが可能である。
【0025】
本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法において、用いることが可能なアルカリ剤の種類は特に限定されず、循環冷却水系において用いることができるアルカリ剤を1種または2種以上自由に選択して用いることが可能である。例えば、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化ナトリウムなどを1種または2種以上自由に組み合わせて用いることができる。
【0026】
本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法において、アルカリ剤の水系への添加方法は特に限定されず、目的に応じて、任意の場所からアルカリ剤を添加することができる。例えば、配管を保護したい場合には、保護したい配管の直前に投入したり、循環水配管全体を保護したい場合には、例えば冷却塔水槽などの系内の任意の場所に投入したりすることができる。
【0027】
本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法においては、水系のpHを8以上9以下に維持することを特徴としているが、対象の冷却水系に稼動負荷などがある場合には、本発明の効果を確実に達成するためにも、各冷却水系の水質基準値を上限として、できる限り高pHおよび高アルカリ度に維持することが好ましい。
【0028】
本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法を用いることができる水系は、循環冷却水系であれば、開放系および密閉系のいずれにおいても適用することが可能であるが、特に、開放循環式冷却水系において好適に用いることができる。
【0029】
本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法においては、系内の亜鉛濃度を低下させるために、従来行われていた水の入れ替えを行う必要はなく、むしろ水の入れ替えを行わないことが好ましい。水の入れ替えにより、系外からの酸素の持ち込みやpHの低下による亜鉛メッキからの亜鉛溶出の促進を防止するためである。
【0030】
即ち、本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法では、従来の水の入れ替えを行うことなく亜鉛濃度の低下を実現させることができ、また、従来の水の入れ替えによる亜鉛溶出促進や高濃度亜鉛含有排水の大量排出などの悪影響を防止することが可能である。その結果、用水や排水の削減にも貢献することができる。
【0031】
また、従来の水の入れ替えによる亜鉛濃度低下方法では、亜鉛濃度が低濃度に安定するまでに約1年程度の長期間を要していたが、本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法では、数日から数週間単位の短期間で、水系の亜鉛濃度を1mg/L未満の低濃度に安定させることが可能である(後述する実施例参照)。そのため、通常、新設設備や水の入れ替えを行った設備などでは、亜鉛濃度の上昇が起こる場合があったが、本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法では、新設設備などにおいても早期に排出基準を満足する水質を得ることができる。
【0032】
このように、本発明に係る亜鉛濃度低下方法および亜鉛メッキ防食方法は、pHを調整するだけの簡単な方法にも関わらず、従来の方法における様々な問題点を解決することができる方法であり、その管理も大変容易であり、設備の長期的な延命を図ることが可能である。
【実施例】
【0033】
以下、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明するとともに、本発明の効果を検証する。なお、以下に説明する実施例は、本発明の代表的な実施例の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0034】
<実験例1>
実験例1では、実際に負荷を有して稼働している循環冷却水系において、亜鉛メッキテストピースの腐食速度や亜鉛濃度の変化についてモニタリングを行った。
【0035】
具体的には、下記の表1に示す条件で、pH条件、冷却水の稼働・停止条件、亜鉛濃度低下のための希釈水(強制補給)の有無などを加味して実施例1および2、比較例1および2について、亜鉛メッキテストピースの腐食速度や亜鉛濃度の変化に関するモニタリングを行った。比較例1については、1stRUN終了後にpH調整を実施し、pHをアルカリサイドに調整した上で、2stRUNを行った。
【0036】
結果を表1、図1および図2に示す。表1は、各実施例および比較例の条件、期間中のpH、腐食速度を示す表であり、図1は、実施例1、比較例1および2における期間中のpHの推移を示す図面代用グラフであり、図2は、実施例1、比較例1および2における期間中の亜鉛濃度(mg/L)の推移を示す図面代用グラフである。
【0037】
【表1】

【0038】
図1および図2に示す通り、pHの上昇につれて、亜鉛濃度が低下することが証明された。また、表1に示す通り、pHを8以上9以下に維持した実施例1および2では、pH8未満の比較例1および2に比べ、亜鉛メッキテストピースの腐食速度が優位に低いことが証明された。更に、表1に示す通り、強制補給を行った比較例1および2では、腐食速度が高くなってしまうことが確認できた。
【0039】
<実験例2>
実験例2では、純水中に亜鉛メッキテストピースを入れ、撹拌を行うことにより流動条件の下で、下記表2に示す条件にpHを調整した際の亜鉛メッキテストピースの腐食速度を比較した。pHの調整には、炭酸カリウム水溶液(「ポリクリンS−910」栗田工業株式会社製)を用いた。結果を表2に示す。
【0040】
【表2】

【0041】
表2に示す通り、pHを8以上9以下に維持した実施例3および4では、pH9を超える比較例3やpH調整を行わなかったブランクに比べ、亜鉛メッキテストピースの腐食速度が優位に低いことが証明された。中でもpHを8に維持した実施例3は、腐食速度が非常に優位に低下することが分かった。
【0042】
以上の結果から、亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系において、水中の亜鉛濃度を低下させ、腐食を防止するには、水系中のpHを8以上9以下に維持することが必要であることが確認できた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
亜鉛メッキが施された設備を用いた循環冷却水系における亜鉛濃度を低下させる方法であって、
アルカリ剤を用いて前記水系をpH8以上9以下に維持する亜鉛濃度低下方法。
【請求項2】
亜鉛濃度を低下させるための水の入れ替えは行わないことを特徴とする請求項1記載の亜鉛濃度低下方法。
【請求項3】
前記アルカリ剤は、炭酸カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、水酸化ナトリウムから選択される一以上のアルカリ剤であることを特徴とする請求項1または2に記載の亜鉛濃度低下方法。
【請求項4】
前記循環冷却水系は、開放循環式冷却水系である請求項1から3のいずれか一項に記載の亜鉛濃度低下方法。
【請求項5】
循環冷却水系における亜鉛メッキが施された設備の防食方法であって、
アルカリ剤を用いて前記水系をpH8以上9以下に維持して亜鉛濃度を低下させることにより前記設備の腐食を防止する方法。

【図1】
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【図2】
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