説明

微小区画の融合と分裂を繰り返す方法

【課題】微小区画(例えば、リポソーム)の融合と分裂を繰り返す方法を提供することを本発明の課題とする。
【解決手段】上記課題は、リポソームなどの微小区画にポリマーを封入し、自然に微小区画が分裂する条件を見出し、電気融合などの条件と組み合わせる方法を提供することによって、解決された。自然に微小区画が分裂する条件は、代表的には、リポソームの排除体積の減少に起因する化学的ポテンシャルの減少(ΔEex)が、曲げエネルギーの獲得(ΔEbend)よりも大きい条件である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微小区画の融合と分裂を繰り返す方法に関する。より詳細には、本発明は、リポソームの融合と分裂を繰り返す方法に関連する。
【背景技術】
【0002】
脂質小胞は、生物学的膜のモデルとして長らく研究されてきた。現在、融合し、そして、分裂するベシクルを作製する多数のアプローチが存在する。細胞を模倣する区画の増殖は、区画の環境から膜成分(両親媒性物質)を添加すること(非特許文献1)、または、他の小胞と融合すること(非特許文献2)によって模倣することが可能である。小胞の分裂は、機械的せん断ストレスによってか(非特許文献3)、または、出芽形状を生じる形態変化を利用することによって、可能である(非特許文献4〜7)。
【0003】
しかしながら、脂質小胞の融合と分裂を組み合わせることは困難である。例えば、Szostakらは、脂肪酸の添加と、機械的せん断の組み合わせを利用している(非特許文献8〜9)。Sugawaraらは、合成化学的手法を用い、前駆体として合成両親媒性分子から構成される多重膜小胞を用い、合成両親媒性分子を脱水し、同一の両親媒性物質を生成し、小胞を成長させる手法を用いた。その結果、小さいサイズの小胞が、自己集合し、最終的には、排除されることを示した(非特許文献10〜11)。
【0004】
いずれの先行技術文献も、微小区画の融合と分裂を自発的に繰り返す方法については、教示も示唆もしていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Szostak, J. W., D. P. Bartel, et al.(2001). "Synthesizing life." Nature 409(6818): 387-390
【非特許文献2】Luisi, P. L., F. Ferri, et al. (2006)."Approaches to semi-synthetic minimal cells: a review."Naturwissenschaften 93(1): 1-13.
【非特許文献3】Macdonald, R. C., R. I. Macdonald, etal. (1991). "Small-Volume Extrusion Apparatus for Preparation of Large,Unilamellar Vesicles." Biochimica Et Biophysica Acta 1061(2): 297-303.
【非特許文献4】Kas, J. and E. Sackmann (1991)."Shape Transitions and Shape Stability of Giant Phospholipid-Vesicles inPure Water Induced by Area-to-Volume Changes." Biophysical Journal 60(4):825-844.
【非特許文献5】Staneva, G., M. I. Angelova, et al.(2004). "Phospholipase A(2) promotes raft budding and fission from giantliposomes." Chemistry and Physics of Lipids 129(1): 53-62.
【非特許文献6】Baumgart, T., S. T. Hess, et al. (2003)."Imaging coexisting fluid domains in biomembrane models coupling curvatureand line tension." Nature 425(6960): 821-82
【非特許文献7】Tanaka, T., R. Sano, et al. (2004)."Shape changes and vesicle fission of giant unilamellar vesicles ofliquid-ordered phase membrane induced by lysophosphatidylcholine."Langmuir 20(22): 9526-9534.
【非特許文献8】Hanczyc, M. M., S. M. Fujikawa, et al.(2003). "Experimental models of primitive cellular compartments:encapsulation, growth, and division." Science 302(5645): 618-622.
【非特許文献9】Zhu, T. F. and J. W. Szostak (2009)."Coupled Growth and Division of Model Protocell Membranes." Journalof the American Chemical Society 131(15): 5705-5713.
【非特許文献10】Takakura, K., T. Toyota, et al. (2003)."A novel system of self-reproducing giant vesicles." J. Am. Chem.Soc. 125(27): 8134-8140.
【非特許文献11】Toyota, T., K. Takakura, et al. (2008)."Population study of sizes and components of self-reproducing giantmultilamellar vesicles." Langmuir 24(7): 3037-3044.
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、微小区画の融合と分裂を繰り返す方法を提供する。微小区画について、本発明においては、代表的には、巨大単一膜小胞(GUVリポソーム)を用いることができる。
【0007】
本発明においては、例えば、電気融合と、それに続く(または、それと同時の)、自発的に生じる出芽形状を生じる形態変化を利用することによって、微小区画の融合と分裂を繰り返すことが可能となった。
【0008】
電気融合は、他の融合技術(例えば、膜電荷の利用、および、膜融合分子の利用)と比較して、優れている。本発明においては、電気融合を利用して、融合と分裂を繰り返す方法が提供される。本発明では、好ましくは、系の構成要素(膜成分、および、周囲の溶液)を変化しない。分裂においては、余剰な表面積と膜の曲率を有し、かつ、出芽形状への形態変化を生じる小胞の性質を利用する。出芽形状への形態変化に必要な膜の曲率は、封入されたポリマーと膜との排除体積相互作用によって誘導される。
【0009】
本発明は、例えば、以下を提供する:
(項目1) リポソームの融合と分裂を繰り返す方法であって、以下の工程:
(a)リポソームの内水層にポリマーを含み、自然に分裂するポソームを提供する工程、および、
(b)該ポリマーを含むリポソームを、電気融合を生じる環境下に配置する工程、
を包含する方法。
(項目2) 項目1に記載の方法であって、ここで、前記ポリマーが、PEG、および、デキストランからなる群から選択される、方法。
(項目3) 項目1に記載の方法であって、前記電気融合を生じる環境において、リポソームの排除体積の減少に起因する化学ポテンシャルの減少(ΔEex)が、膜の曲げエネルギーの増加(ΔEbend)よりも大きい、方法。
(項目4) 項目3に記載の方法であって、ここで、前記化学ポテンシャルの減少(ΔEex)および前記曲げエネルギーの獲得(ΔEbend)の算出が:
リポソームの形態変化の前後の形状を、球面円柱レンズ形状および2つの球の形状であると近似することによって行なわれる、方法。
(項目5) 前記電気融合が、以下:
(i)前記リポソームを含む溶液に交流電圧を印加して、該リポソームを整列させる工程;および、
(ii)該整列させたリポソームに短い直流パルスを印加する工程、
を包含する、項目1に記載の方法。
(項目6) 前記電気融合が、以下:
(i)1MHzの正弦交流150V/cmを印加する工程;および、
(ii)2〜6kV/cm 60μ秒のパルスを印加する工程、
を包含する、項目1に記載の方法。
(項目7) 前記ポリマーが、3mMのPEG−6000である、項目1に記載の方法。
【0010】
本発明においては、リポソームのような微小区画が融合と分裂を繰り返すことが可能となる。本発明において、リポソームの排除体積の減少に起因する化学ポテンシャルの減少(ΔEex)が、曲げエネルギーの増加(ΔEbend)よりも大きい場合、すなわち、
【0011】
【数1】

【0012】
が成り立つ場合、リポソームは、自然に分裂することが見出された。
【0013】
リポソームの排除体積の減少に起因する化学ポテンシャルの減少(ΔEex)、および、膜の曲げエネルギーの増加(ΔEbend)は、周知の手法を用いて計算することが可能である。上記自由エネルギーの計算は、特に、分裂前のリポソームの形状を球面円柱レンズ形状(すなわち、円柱の両端に、半球が付着した形状)、分裂後のリポソームの形状を2つの球であると近似した場合、以下に記載するように、上記値を計算することが可能である。
【0014】
これらの形状は計算を容易にするために単純化した場合であり、本発明は、上記計算式に限定されるものではない。上記以外の、より複雑な形状や形態変化であっても、たとえば数値シミュレーションなどの方法によって計算することが可能である。
【0015】
球面円柱レンズ形状(「sc」を付す)および2つの球(「ts」を付す)のそれぞれを用いて、形態変化の前後の形状を近似する。球面円柱レンズ形状は、円柱についての2つの幾何学的パラメーターである半径Rscおよび長さLscを有する。2つの球は、1つの幾何学的パラメーターである半径Rtsのみを有する。これら2つの球が同一体積および同一表面積を有する場合、以下の関係が導き出される。
【0016】
【数2】



【0017】
【数3】



【0018】
上記の両式において、左辺は球面円柱レンズ形状の量を、右辺は2つの球の量を、それぞれ、示す。上記(1)および(2)の式から、以下の式が導き出される。
【0019】
【数4】



【0020】
【数5】



【0021】
次に、これら2つの形状の排除体積が、以下のとおり導き出される。
【0022】
【数6】



【0023】
【数7】



【0024】
上記の式(3)〜(6)から、球面円柱レンズ形状から、2つの球への形態変化に伴う排除体積の変化を、以下のとおり得ることができる。
【0025】
【数8】



【0026】
排除体積の減少による自由エネルギーの減少は、
【0027】
【数9】



【0028】
となるため、以下の関係式を得ることができる。
【0029】
【数10】



【0030】
次に、2つの球について膜の曲げエネルギーを得る。球面円柱レンズ形状の曲げエネルギーは、円柱部分と、2つの半球状のキャップ部分との寄与の和であり、以下の式で表される。
【0031】
【数11】



【0032】
ここで、2つの球は、単純に、以下の式で表される。
【0033】
【数12】



【0034】
次に、形態変化に伴う曲げエネルギー変化は、上記の式(3)および式(4)を用いて導き出される。
【0035】
【数13】



【0036】
この値は、一定であり、かつ、小胞サイズとは独立している。上記にしたがって、曲げエネルギーの獲得(ΔEbend)が求められる。
【0037】
上記の計算において、浸透圧ΔΠは、浸透圧測定から実験的に求めることが可能である。また、膜の曲げ弾性定数κbは、10−19[J]程度である。
上記の結果から、
【0038】
【数14】

【0039】
の関係が成り立つか否かを決定することができる。上記関係が成り立つ場合、リポソームなどの微小区画は自然に分裂する。さらに、
【0040】
【数15】



【0041】
の値が大きければ、微小区画の分裂は速やかに生じる(すなわち、単位時間あたりの分裂頻度が増加する)。
【0042】
上記の[数15]の値は、大きいことが好ましい。
【0043】
リポソームのような微小区画を融合する手法は、周知である。代表的なリポソームの融合法として、電気融合が挙げられるがこれらに限定されない。
【0044】
本発明の一つ局面においては、融合によって比膜面積が大きい条件を生じさせたときに、式14の条件を満たすと、分裂が誘発される。
【0045】
本発明にしたがって、リポソームのような微小区画の融合と分裂を繰り返す場合、リポソームのような微小区画の体積の総和は、ほとんど変化しない。
【発明の効果】
【0046】
本発明によって、リポソームのような微小区画の融合と分裂を繰り返す方法が提供される。この融合と分裂は、交互に生じても、同時に生じてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1(a)は、電気融合を模式的に示す図である。図1(b)は、ポリマーを用いない場合の、GUVの電気融合についての一連の落射蛍光観察を示す写真である。右上の数字は、試験開始から経過した秒数を示す。「0s」すなわち、試験開始時の写真中、白矢印で示す複数の小胞、および、黒矢印で示す複数の小胞は、お互いに融合する小胞を示す。図1(c)〜図1(f)は、3mMのPEG6000を含む小胞の出芽形状を生じる形態変化を示す一連の写真である。右上の数字は、試験開始から経過した秒数を示す。「0s」すなわち、試験開始時の写真中、白矢印で示す複数の小胞は、お互いに融合する小胞を示す。「0s」以外の写真中、灰色矢印は、出芽前のくびれを示す。
【0048】
図中のスケールバーは、10μmを示す。図中の写真の種類は、次のとおりである:(a)微分干渉(DIC)観察、(b)蛍光脂質で標識した膜の落射蛍光画像、(c)蛍光脂質で標識した膜の共焦点画像。(d)FITC−BSAを含む溶液を封入した小胞の共焦点画像。
【図2】図2は、種々の条件下での出芽形状が出現する確率を示すグラフである。図2(a)は、種々の濃度のPEG−6000を用いた結果である。図2(b)は、種々の濃度のPEG−20000を用いた結果である。図2(c)は、種々の分子量および濃度のデキストランを用いた結果である。
【図3】図3(a)は、出芽の後期における、代表的な形態変化を示す写真である。出芽に際して、伸長した形状における収縮が進行する。図3(b)は、小胞形状を立体的に示した図である。図3(c)は、形態変化の間の自由エネルギー変化を評価するために使用する、小胞の単純化したモデルである。球面円柱レンズ形状の場合(左側)は、円柱の半径「Rsc」および長さ「Lsc」を有する。図3(d)は、膜の曲げエネルギー変化(ΔEbend)、排除体積の減少に起因する化学的ポテンシャルの減少(−ΔEex)、および、これら要素が寄与する系の自由エネルギー変化(−(ΔEbend−ΔEex))を示す。 2つの球は、球面円柱レンズ形状よりも自由エネルギーが低いため、熱力学的に好ましい。
【図4】図4は、融合と出芽形状の形態変化のサイクルの反復を示す写真である。小胞は、3mMのPEG−6000を含む。各写真の右上の数字は、最初の電気融合からの経過時間(秒)を示す。電気融合の1秒後の写真(右上に「1s」と記載)は、出芽した小胞を示す。その後、1MHzの交流電流150V/cmを、最初の電気融合から3秒経過後、24秒経過後、および、80秒経過後に、それぞれ、2秒間、印加した(それぞれ、対応する写真の右下に円を記載)。スケールバーは、10μmを示す。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、本発明を説明する。本明細書において使用される用語は、特に言及しない限り、当該分野で通常用いられる意味で用いられることが理解されるべきである。
【0050】
以下に本明細書において特に使用される用語の定義を列挙する。
【0051】
(定義)
本明細書において使用する場合、用語「微小区画」とは、脂質層、および、その内部の水層から構成される閉じられた微小な空間をいう。「微小区画」としては、例えば、リポソームが挙げられるがこれに限定されない。
【0052】
本明細書で使用される場合、「リポソーム」とは、通常、膜状に集合した脂質層および内部の水層から構成される閉鎖小胞を意味する。代表的に使用されるリン脂質のほか、コレステロール、糖脂質などを組み込ませることも可能である。本発明において、リポソームは、修飾基を付するために、エステル結合を付与する官能基を有する構成単位(例えば、糖脂質、ガングリオシド、ホスファチジルグリセロールなど)またはペプチド結合を付与する官能基を有する構成単位(例えば、ホスファチジルエタノールアミン)を有してもよい。
【0053】
本発明において使用するリポソームの種類、膜多重度、および、サイズ、ならびに、その調製法は限定されることはない。リポソームの調製法としては、種々の周知の方法が利用可能である。
【0054】
本明細書において使用する場合、微小区画に封入される「ポリマー」は、好ましくは、微小区画の成分(例えば、脂質)と相互作用しない物質をいう。「ポリマー」としては、代表的には、PEG(ポリエチレングリコール)、デキストラン、および、Ficollなど浸透圧作用の大きいポリマーが挙げられるがこれらに限定されない。
【0055】
本明細書において使用する場合、用語「電気融合」とは、微小区画(例えば、リポソーム)に、交流および/または直流の電圧を印加することにより、微小区画を融合する手順をいう。リポソームの融合に適切な電気融合の条件としては、例えば、(i)1MHzの正弦交流150V/cmを2秒間印加する工程;次に、(ii)2〜6kV/cm 60μ秒のパルスを3回、0.2秒間隔で印加する工程が挙げられるがこれに限定されない。この代表的な条件では、上記(i)においてリポソームが整列し、上記(ii)において整列し、隣接したリポソームが融合する。
【0056】
(本発明の応用)
本発明を使用することによって、微小区画の融合と分裂を繰り返すことが可能となる。また、本発明を使用することにより、多数の微小区画について、微小区画相互の独立性を維持しながら(すなわち、多数の微小区画内の空間が、相互に隔てられている状態を維持しながら)、各微小区画に、膜透過性の低い物質(例えば、酵素反応の反応基質、イオン、ヌクレオチド、ポヌクレオチド、アミノ酸、ペプチド、ポリペプチドなどが挙げられるがこれらに限定されない)を電気融合によって供給することが可能となる。この場合には、膜透過性の低い物質の供給を受ける微小区画の数に対する、膜透過性の低い物質を含む微小区画の数の比率を高くすること(例えば、1個の膜透過性の低い物質の供給を受ける微小区画に対して、大多数の膜透過性の低い物質を含む微小区画が存在する条件で、融合を生じさせること)によって、膜透過性の低い物質の供給を受ける微小区画相互間の融合の確率を低く抑えることが可能となる。
【0057】
あるいは、異なる物質を含有する微小区画を相互に融合させることによって、微小区画内に含まれる物質の組み合わせの多様性を大きくすることも可能である。この場合、微小区画の多様性は、指数的に増加する。
【0058】
(1.インビトロ進化工学への応用)
微小区画に、遺伝子ライブラリ(例えば、変異体ライブラリ)等からの遺伝子クローンを封入する。このとき、1区画あたり1遺伝子断片になるように封入する。その後、その遺伝子を起点とした反応が進行するが、区画中には封入されている遺伝子のみに由来する反応産物(例えば、酵素など)が存在し、他のものと混ざりあわない。従って、遺伝型と表現型が関連付けられる。その後、例えばセルソーター等によって希望する表現型を持つ微小区画のみを選択取得すれば、その表現型に対応する遺伝子クローンを得ることができる。
【0059】
従来の方法では、選択された区画内部の遺伝子群をいったん全回収・精製し、(必要なら)変異処理を加え、再封入することを1ラウンドとし、ラウンドを繰り返すことで、より高機能な配列をもった遺伝子を取得していた。そのため、多数のラウンドを行なうためには、多大な時間と労力が必要であった。
【0060】
これに対して、本発明の方法では、ラウンド後の回収をすることなく、微小区画内に遺伝子を封入したまま継続して変異と選択を繰り返すことが可能となり、より簡便に実験を行なうことができる。また、本発明に従うと、より生物の進化に近い進化工学的実験が可能になる。
【0061】
(2.クローン細胞培養への応用)
例えば抗体を産生するハイブリドーマや、生体幹細胞は、ヘテロな細胞集団の中で稀に存在する。これらの細胞を単離するためには、通常、単一細胞から増殖させたクローン細胞集団(コロニー)を得るクローニングが必要となる。その場合に、例えば自己の産生する成長因子が拡散してしまうなどの原因により、単一細胞からの増殖が生じにくく、クローニングが困難な場合が多々ある。このような問題に対して、クローン培養を融合と分裂するベシクル中で行うと、成長因子をベシクル中で高い濃度に保ったまま培養することができ、単一細胞からの増殖が可能になると期待できる。
【0062】
また、W/Oエマルション(油中水滴)からリポソームを作製する際に、液滴中に細胞を混ぜ込んでおくと、細胞を含むリポソームが調製可能である。
【0063】
(3.遺伝子診断への応用)
将来的に、被験者の血液などのサンプルから、癌およびその他の病因となる遺伝子突然変異を定量的に検出する技術が求められている。そして、目的の遺伝子変異がサンプル中の多数の野生型遺伝子中にごく少数しか存在しない場合が多々ある。野生型遺伝子 対 変異体遺伝子の比率を保ったまま増幅をすることができれば、変異遺伝子の存在比を正確に検量することができる。
【0064】
そのために、例えば、各微小区画が遺伝子1分子のみを含むように、遺伝子を微小区画に封入し、PCRなどによって増幅した遺伝子を検出する。この場合、ある種類の遺伝子群を含む微小区画(または担体としてのビーズ)の数の比が目的遺伝子の存在比になる。
【0065】
以下に実施例等により本発明を詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0066】
(1:材料および方法)
(1.1:材料)
1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(POPC)、および、1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−[ホスホ−rac−(1−グリセロ)](POPG)は、Avanti Polar Lipids(Alabaster,AL)から購入した。コレステロールは、Nacalai Tesque(日本)から購入した。緑色蛍光脂質である2−(4,4−ジフルオロ−5,7−ジメチル−4−ボラ−3a,4a−ジアザ−s−インダセン−3−ウンデカノイル)−1−ヘキサデカノイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(BODIPY−HPC)、赤色蛍光タンパク質R−フィコエリトリン(R−PE)、および、ウシ血清由来のアルブミンのフルオレセイン結合体(FITC−BSA)は、Invitrogen(Carlsbad, CA)から購入した。種々の分子量のポリエチレングリコール(PEG−400;PEG−6000;PEG−20000)は、Wakoより購入した。小胞内に封入する内部溶液は、50mM HEPES−KOH(pH=7.6)、150mM スクロース、350mM グルコース、および、種々の濃度(0〜5% w/w)のポリマーからなる水性緩衝液であった。小胞の外部溶液は、50mM HEPES−KOH(pH=7.6)、500mM グルコースからなる水性緩衝液であった。ポリマーを内部溶液に含める場合、同じモル数のグルコースを外部溶液に添加し、浸透圧を調節した。
【0067】
(1.2:巨大単一膜小胞(GUV)の調製)
w/oエマルショントランスファー法(Pautot, S., B. J. Frisken, et al. (2003). "Production ofunilamellar vesicles using an inverted emulsion." Langmuir 19(7):2870-2879. Nishimura, K., T. Hosoi, et al. (2009). "Population Analysis of Structural Properties of GiantLiposomes by Flow Cytometry." Langmuir 25(18): 10439-10443)を用いて、巨大単一膜小胞(GUV)を調製した。1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(POPC):1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−[ホスホ−rac−(1−グリセロ)](POPG):コレステロール=18:2:1(重量比)総量10.5mgを、105μLのクロロホルムに溶解し、流動パラフィン2.1mLと混合した。膜を可視化する際に、BODIPY−HPCを、POPCに対するモル分率0.1%で添加した。この溶液を80℃で30分間加熱し、脂質を完全に溶解し、クロロホルムを蒸発させた。次に、この溶液500μLを、ガラスチューブに移し、内部溶液45μLを添加した。内部水溶液を可視化する際に、15.5μMのGFP、400nMのPE、または、5μM FITC−BSAのいずれかを、内部溶液に添加した。この混合液を30秒間ボルテックスによって混合し、w/oエマルションを形成し、氷上で10分間平衡化した。このエマルション400μLを、別の新たなチューブ内の外部溶液の上に、穏やかに配置した。18,000g(14,000rpm)30分間、4℃で遠心後、エマルションを、脂質で飽和した油/水界面を通過させ、二分子膜構造を形成した。約100μLの沈殿したリポソーム懸濁液を、チューブの底に開けた穴から回収した。安定したリポソーム濃度を得るために、900μLの外部溶液を、この懸濁液に添加し、18,000g、30分間、4℃で遠心した。最後に、20μLの沈殿を回収し、250μLの外部溶液で希釈した。コントロール実験として、静置水和法を用いて、巨大リポソームを調製した。全く同一の量および比率の、クロロホルム中の脂質を、ロータリーエバポレーターに供し、薄い、乾燥脂質フィルムを、洋ナシ型フラスコの底部に形成した。内部溶液1mLを穏やかに導入して、巨大小胞を膨潤させた。実験条件と一致させるために、この小胞懸濁液500μLを、500μLの外部溶液と混合し、次に、18,000g、30分間、4℃で遠心した。最後に、20μLの沈殿物を回収し、250μLの外部溶液にて希釈した。
【0068】
(1.3:電気融合の設定)
GUVの電気融合をモニターするためのチャンバーは、以下のとおりである。2つの銅電極(幅5mm、高さ0.1mm、長さ約20mm)を、カバーグラス(松浪ガラス)上に、約1mmの間隔で、平行に並べた。小胞懸濁液を銅電極間に挿入し、その上に、カバーグラス(松浪ガラス)を接着し、グリースで蓋をした。電気融合の際に、小胞が流されないように密封することが重要である。電気融合では、最初1MHzの正弦交流150V/cmを2秒間印加し、小胞を整列させた(真珠ネックレスの形状)。次に、直流の短時間のパルス(2〜6kV/cm、60μ秒)を3回、0.2秒間隔で印加し、整列した小胞を融合させた。
【0069】
(1.4:画像収集)
倒立光学顕微鏡を用いて、顕微鏡画像を得た(IX71;Olympus,Japan)。明視野画像を、微分干渉(DIC)観察(例えば、図1a)、および、落射蛍光画像(例えば、図1a)を、対応するフィルターおよびダイクロイックミラーユニット(U−MWIB2、Olympus,Japan、励起 450〜480nm/発光 カットオフ 510nm)によって、得た。40倍の乾燥対物レンズを使用し、1秒間隔で、デジタルCCDカメラ(VB−7000,Keyence,Japan)を用いて撮影を行なった。共焦点画像を、リアルタイム レーザー共焦点顕微鏡ユニット(CSU10,Yokogawa Electric Corp.,Japan)および冷却高解像度デジタルCCDカメラ(ORCA−ER, Hamamatsu photonics,Japan)と励起光としての30mW 488nm Ar/Krレーザーを用いて得た。代表的には、100倍の油浸対物レンズを用いて、1秒間の露光で共焦点画像を得た(例えば、図1c)。
【0070】
(1.5:出芽形状を生じる確率の算出)
出芽形状を生じる確率を推定するために、融合した小胞が、10分以内に出芽した形状となるか否かを観察した。具体的には、一連の記録された画像の目視により判断した。小胞のくびれが狭くなり、次に、隔壁が現れた場合、この変形事象を、出芽事象と判断した。典型的には、融合操作を3回程度行い、タイムラプス撮影画像を記録した。この記録時間内においては、典型的には、各実験条件において、100回程度の融合事象が生じた。
【0071】
(2.GUVの調製)
w/oエマルショントランスファー法(Pautot, S., B. J. Frisken, et al. (2003). "Production ofunilamellar vesicles using an inverted emulsion." Langmuir 19(7):2870-2879. Nishimura, K., T. Hosoi, et al. (2009). "Population Analysis of Structural Properties of GiantLiposomes by Flow Cytometry." Langmuir 25(18): 10439-10443)を用いて、1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−ホスホコリン(POPC):1−パルミトイル−2−オレオイル−sn−グリセロ−3−[ホスホ−rac−(1−グリセロ)](POPG):コレステロール=18:2:1(重量比)からなる膜の巨大単一膜小胞(GUV)を調製する。この方法では、予め形成した油中水エマルション液滴を、別の油/水界面を強制的に通過させて、遠心によって二分子膜構造を形成した。この調製法によって、高分子を高濃度でGUV内に封入することが可能となる。本実施例では、負に荷電した脂質であるPOPGを少量含ませた。なぜなら、負に荷電した脂質を用いることによって、高収率で球状のGUV分散物を得ることを容易にするからである。
【0072】
また、この方法を用いることによって、透析あるいはクロマトグラフィーを用いることなく、GUV内部の溶液とGUV外部の溶液を異なる溶液として調製することが可能となる。界面を横切る水性液滴の移動を促進するために、スクロースおよびグルコースの濃度を調節することにより、エマルションの密度を外部の水溶液よりも幾分高く設定した(エマルション:50mM Hepes−KOH(pH7.6)中の150mM スクロース、および、350mM グルコース;外部溶液:50mM Hepes−KOH(pH7.6)中の500mM グルコース。両者)。以下の実験では、ポリマー(種々の分子サイズおよび濃度の、PEG、および、デキストラン)を、エマルションの水相に含めた。そのような場合、外部溶液のグルコース濃度を増加し、モル濃度に合うように調整し、浸透圧を調整した。
【0073】
(3.GUVの電気融合)
小胞の体積が小胞の表面積と等価である球の体積よりも小さい場合(換言するならば、膜が過剰である場合)、非球形のGUVが形成される。このような状況をもたらすため、GUVを、電気融合を用いて融合した(Stoicheva, N. G. and S. W. Hui (1994). "Electrofusion ofCell-Size Liposomes." Biochimica Et Biophysica Acta-Biomembranes 1195(1):31-38.)。融合した小胞では、表面積 対 体積の比率が増加する(ただし、表面積および体積が融合の間に変化しない場合)。光学顕微鏡での観察下において、GUVの電気融合を行ない、微分干渉(DIC)観察、落射蛍光観察、および、蛍光共焦点観察を用いて、小胞の変化についての微速度撮影を行なった。Bodipi−HPCの濃度はPOPC に対して0.1Wt%を使用した(VB 露光1秒 微速度撮影)。結果を図1(b)に示す。
【0074】
最初に電気融合の条件について試験した。1MHz交流150V/cmによって、GUVを一列に整列させ(すなわち、真珠ネックレスの形状)、次に、2kV/cm〜6kV/cmのパルスを60μ秒の短時間だけ用いることによって、小胞の融合を誘導した。融合の後、小胞内の水溶液が迅速に混合したことを確認した。この結果、複数の小胞が融合して、単一の小胞を形成した(図1b:GFP 15.5μM、PE 400nM、WIG、VB 露光1秒のタイムプラス、×40 乾燥対物レンズ)。
【0075】
短時間のパルスの電圧を高くすると、融合する小胞の数が増加した。例えば、4kV/cmおよび6kV/cmの電圧を印加したところ、4個および5個の小胞が融合して単一の小胞になる確率は、それぞれ、18%および13%であった。これに対して、2kV/cmの電圧を用いた場合、4小胞以上の小胞が融合することはなかった。相互に融合した小胞の数は、融合後の小胞における表面積 対 体積の比率と強く相関する重要なパラメータである。
【0076】
(4.小胞の形態の変化)
小胞内にポリマーが封入されていない場合、最も外側の膜の形状は、ほとんど球状であった。しかしながら、小胞内の溶液が3mM(2.5% w/w)のPEG6000を含んだ場合、融合後の小胞の形状は、劇的に変化し、トーラス様の形状、馬蹄形の形状、および、細長い形状などの種々の形状が観察された。
【0077】
融合後、小胞の形状は、徐々に変化し、そして、1分目から10分目の間に、出芽した形状が、頻繁に観察された。結果を図1(c)〜図1(f)に示す。なお、図1(c)において使用したBodipi−HPCの濃度は図1(b)において使用した濃度と同一である(共焦点露光 1秒、枚数×1秒の時間間隔、対物oli×100)。図1(d)は、FITC−BSA 5μMを用いた結果である(共焦点露光 1秒、oli×100)。
【0078】
この形状の変化は、同濃度(3mM(2.5% w/w))のPEG6000が、(1)小胞内部溶液と小胞外部溶液の両方に存在する場合、または、(2)小胞外部溶液にのみ存在する場合には、観察されなかった。
【0079】
この結果は、小胞の融合後の出芽形状を生じる形態変化が、小胞内に封入されたPEGによって誘導されたことを示すものである。PEGは、脂質膜と非特異的相互作用のみを示すことが公知の物質であり、また、膜表面の高分子排除によって小胞を凝集させることが公知の物質である。そのため、PEGの排除相互作用が出芽形状を生じる形態変化を生じたものと考えられる。粒子/ポリマー混合物中では、粒子は凝集し、粒子周辺の高分子排除体積(立体障害のために、ポリマーが接近できない領域)を減少させる。この変化は、ポリマーの並進エントロピーを増加するので、熱力学的に好ましい。膜、および、膜の一方のみのポリマー溶液からなる系では、膜の面積が一定の場合、膜の曲率が増加するにつれて、膜近傍の排除体積は減少する。そのため、排除体積の減少に起因する自由エネルギーの減少が、膜を曲率させるのに必要とされるエネルギーを超える場合、曲率の増加は、熱力学エネルギー的に好ましい。
【0080】
(5.出芽形状が出現する確率)
種々の濃度のPEG6000を封入し、その効果について、試験した。具体的には、固定した電圧(6kV/cm)での電気的パルスによる融合小胞を用いて、出芽形状が出現する確率を試験した。
【0081】
上記のとおり、小胞の形状についての重要なパラメーターは、体積の減少であり、
【0082】
【数18】

【0083】
で表される。上記の式において、「V」および「A」は、それぞれ、小胞の体積および表面積である。上記vredは、小胞と等価な表面積を有する球の体積に対する、小胞の体積の比を示す。このパラメーターと、出芽形状が出現する確率とを相関させるために、融合した小胞の「V」および「A」を、融合前の球状小胞のこれらの値の総和として推定した。(例えば、2個、3個、および、4個の同一の小胞の融合によって生じるvredは、それぞれ、約0.71、約0.57、および、約0.5である。) この評価は、これらの量が融合および変形の過程で保存されていることを前提とする。そして、この前提が正しいことは、共焦点顕微鏡を用いる、微速度三次元撮影によって確認された。次に、vredの各範囲について、全ての融合事象に対する出芽形状出現の確率として、プロットした。(図2a)
封入されたPEG−6000の濃度が0mMおよび0.3mM(0.25%w/w)の場合、融合した小胞は、球状のままであり、出芽形状の出願は、観察されなかった。しかしながら、PEG−6000の濃度が1.5mM(1.2%w/w)の場合、出芽形状の出現は増加し、vredに対して負に相関した。PEG−6000がより高濃度の場合、出芽形状の出現は増加した。例えば、PEG−6000濃度が、3mM(2.5%w/w)の場合、出芽形状の出現の確率は、vredが約0.7の場合に20%であり、vredが約0.5の場合に約70%であった。PEG−6000の濃度が、6mM(5%w/w)の場合、確率は、vredが0.5の場合に100%に達した。
【0084】
出芽形状の出現の確率を示す曲線は、融合に使用した電位差に依存しなかった。また、低張条件におけるポリマー含有小胞についても、同様の出芽形状の出現が観察された。これらの結果は、出芽形状の出現が電気融合に起因して生じるものではなく、専ら、封入されたPEG分子およびvredにのみ依存することを支持する。さらに、静置水和法によって調製された小胞において出芽形状が出現する変形を観察し、出芽形状の出現が小胞の調製法とは無関係であることが確認された。
【0085】
次に、出芽形状の出現の確率がPEG分子量に依存するか否かについて試験した(図2)。なぜなら、排除体積は、ポリマーの回転半径に比例して増加するからである。その結果、出芽形状の出現の確率が、ポリマーの分子量と高い相関関係を有することが明らかとなった。PEG−400を用いた場合、PEG−6000で出芽形状の出現が確認された濃度(2.5%w/w、PEG−400の濃度で62mM)であっても、出芽形状の出現が観察されなかった。これとは対照的に、PEG−20000では、3mM(6%w/w)の濃度で、出芽形状の出現の確率は、100%に到達した。
【0086】
PEG以外の別のポリマーについても試験した。多糖デキストラン(図2c)を用いて、試験した。多糖デキストランの場合、小胞の出芽形状が出現する濃度と分子量は、PEGの場合よりも高かったが、PEGの場合と同様の出芽形状の出現を観察した。この観察は、この出芽形状の出現が、PEGの化学的性質に特異的な事象ではないことを実証するものである。
【0087】
(6.形状変化における特徴的な挙動)
排除相互作用に基づくモデルは、以下に挙げる主な特徴をよく説明する。第一に、より高濃度、および/または、より大きな分子量の場合、電気融合の直後の小胞の形状は、球状にならなかった。むしろ、小胞は、波状の表面を有する細長い形状であり、そして、真珠のネックレスの形状に類似する形態の変化を示した。この原因は、排除体積を減少しようとする傾向がより強い場合、膜は、局所的な曲率を維持するためであると考えられる。第二に、より多くの小胞が融合すると(すなわち、vred<0.5の場合)、出芽形状を形成し、そして、複数のほぼ球状の小胞を生じた(例えば、図1f)。この結果は、出芽形状の形成が、vredが一致するまで続くというモデルと一致する。
【0088】
(7.自由エネルギーの推定)
排除体積効果が、本実施例において観察された現象の主な原因であることを確認するために、単純化したモデルにおいて自由エネルギーの計算を行なった。形状変化にともなう薄い排除体積の変化は極少量であることから(排除体積厚さ=ポリマーの回転半径)、実験的なデータから、排除体積の変化を評価することは、困難である。そのため、小胞の形状を、数学的に定義可能な幾何学的形態に近似することによって、排除体積の変化を推定した。我々の実験では、細長い形状から一対の(出芽した)形状への形態の変化が、出芽の最終段階で観察された(図3a、b)。これを球面円柱レンズ形状(末端に半球のキャップを有する円柱)から2つの球の膜への変化としてモデル化し、排除体積および曲げエネルギーにおける自由エネルギー(化学的ポテンシャル)を計算し、以下のとおり、系全体の自由エネルギーの変化を求めた。
【0089】
排除体積効果が、出芽形状の形態変化をもたらすか否かを判断するために、化学的ポテンシャルの変化と、曲げエネルギー変化を評価する。この手法においては、球面円柱レンズ形状(「sc」を付す)および2つの球(「ts」を付す)のそれぞれとして、形態変化の前後の形状を近似する。球面円柱レンズ形状は、円柱についての2つの幾何学的パラメーターである半径Rscおよび長さLscを有する。2つの球は、1つの幾何学的パラメーターである半径Rtsのみを有する。これら2つの球が同一体積および同一表面積を有する場合、以下の関係が導き出される。
【0090】
【数19】



【0091】
【数20】



【0092】
上記の両式において、左辺は球面円柱レンズ形状の量を、右辺は2つの球の量を、それぞれ、示す。上記(1)および(2)の式から、以下の式が導き出される。
【0093】
【数21】



【0094】
【数22】



【0095】
次に、これら2つの形状の排除体積が、以下のとおり導き出される。
【0096】
【数23】



【0097】
【数24】



【0098】
上記の式(3)〜(6)から、球面円柱レンズ形状から、2つの球への形態変化に伴う排除体積の変化を、以下のとおり、容易に得ることができる。
【0099】
【数25】



【0100】
排除体積の減少による自由エネルギーの減少は、
【0101】
【数26】



【0102】
となるため、以下の関係式を得ることができる。
【0103】
【数27】



【0104】
次に、2つの球についての曲げエネルギーを得る。球面円柱レンズ形状の曲げエネルギーは、円柱部分と、2つの半球状のキャップ部分との寄与の総和であり、以下の式で表される。
【0105】
【数28】



【0106】
ここで、2つの球は、単純に、以下の式で表される。
【0107】
【数29】



【0108】
次に、形態変化に伴う曲げエネルギー変化は、上記の式(3)および式(4)を用いて導き出される。
【0109】
【数30】



【0110】
この値は、一定であり、かつ、小胞サイズとは独立している。上記にしたがって、曲げエネルギーの獲得(ΔEbend)が求められる。
【0111】
上記の計算において、浸透圧ΔΠは、浸透圧測定から実験的に求めることが可能である。また、膜の曲げ弾性定数κbは、10−19[J]程度である。
【0112】
上記の式(8)を用いて、形状変化に伴う、これらの寄与からの自由エネルギー変化を評価することができる。出芽形状の小胞の直径を5μmとして計算したとき、PEG400 62mMの場合ΔEexは1.6x10−18[J]であり、PEG6000 3mMの場合ΔEexは1.4x10−17[J]であった。
【0113】
これに対して、上記に従い算出されたΔEbendは、8.0x10−19[J]である。そのため、
【0114】
【数31】



【0115】
の関係は、PEG6000 3mMの場合は成り立つが、PEG400 62mMの場合ほぼ等しくなり、成り立たない。この計算の結果は、PEG6000(旋回半径 r=3.2nm、Kawaguchi et al., “Aqueous solution properties of oligo-and poly(ethyleneoxide) by static light scattering and intrinsic viscosity”, Polymer,38(12), 2885-2891, 1997) 3mMをポリマーとして利用した場合には自然にリポソームが分裂するが、PEG400 62mMをポリマーとして利用した場合には自然にリポソームが分裂しないという観察と合致するものである。
【0116】
結果として、|ΔEex|>|ΔEbend|の関係が成り立つか否かが、自発的分裂のために必要である。それゆえ、、PEG6000 3mMを用いた場合には、上記の式の関係が成立し(すなわち、|ΔEex|>|ΔEbend|)、自発的分裂が生じるが、これに対して、PEG400 62mMを用いた場合には、上記の式の関係が成立しない(すなわち、|ΔEex|<=|ΔEbend|)ため、自発的分裂が生じない。
【0117】
この結果は、PEG6000 3mMの場合、形状の変化が、熱力学的に安定であることを確認するものである(図3d)。対照的に、この関係は、PEG−400濃度が62mM(同一の重量濃度、r=0.7nm)の場合には、逆であった。出芽形状の形態変化は、デキストランの場合と比較して、PEGではより頻繁に観察された(分子量および濃度が同じ場合)。その理由は、PEGは、より高い浸透圧活性を有し、その結果、実質的により大きな排除相互作用を有するからである。
【0118】
(8.融合と出芽形状の形態変化の反復サイクル)
電気融合は、融合/分裂プロセスの反復サイクルのために理想的である。なぜなら、系の成分に変化をもたらさないからである。実際、本実施例では、電気的シグナルを用いることによって、融合プロセスと分裂プロセスを反復的に誘導することができた(図4)。興味深いことに、再融合プロセスは、GUVの整列に使用した、交流150V/cmによって誘導され、さらに高い電圧でのパルスは不要であった。
【0119】
以上のように、本発明の好ましい実施形態を用いて本発明を例示してきたが、本発明は、この実施形態に限定して解釈されるべきものではない。本発明は、特許請求の範囲によってのみその範囲が解釈されるべきであることが理解される。当業者は、本発明の具体的な好ましい実施形態の記載から、本発明の記載および技術常識に基づいて等価な範囲を実施することができることが理解される。本明細書において引用した特許、特許出願および文献は、その内容自体が具体的に本明細書に記載されているのと同様にその内容が本明細書に対する参考として援用されるべきであることが理解される。
【産業上の利用可能性】
【0120】
本発明は、微小区画の融合と分裂を繰り返す方法を提供する。微小区画について、本発明においては、代表的には、巨大単一膜小胞(GUV)などのリポソームを用いることができる。
【0121】
本発明においては、例えば、電気融合と、それに続く(または、それと同時の)、自発的に生じる出芽形状を生じる形態変化を利用することによって、微小区画の融合と分裂を繰り返すことが可能となった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リポソームの融合と分裂を繰り返す方法であって、以下の工程:
(a)ポリマーを含み、自然に分裂するポソームを提供する工程、および、
(b)該ポリマーを含むリポソームを、電気融合を生じる環境下に配置する工程、
を包含する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、ここで、前記ポリマーが、PEG、および、デキストランからなる群から選択される、方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、前記電気融合を生じる環境において、リポソームの排除体積の減少に起因する化学的ポテンシャルの減少(ΔEex)が、曲げエネルギーの獲得(ΔEbend)よりも大きい、方法。
【請求項4】
請求項3に記載の方法であって、ここで、前記化学的ポテンシャルの減少(ΔEex)および前記曲げエネルギーの獲得(ΔEbend)の算出が:
リポソームの形態変化の前後の形状を、球面円柱レンズ形状および2つの球の形状であると近似することによって行なわれる、方法。
【請求項5】
前記電気融合が、以下:
(i)前記リポソームを含む溶液に交流電圧を印加して、該リポソームを整列させる工程;および、
(ii)該整列させたリポソームに短い直流パルスを印加する工程、
を包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記電気融合が、以下:
(i)1MHzの正弦交流150V/cmを印加する工程;および、
(ii)2〜6kV/cm 60μ秒のパルスを印加する工程、
を包含する、請求項1に記載の方法。
【請求項7】
前記ポリマーが、3mMのPEG−6000である、請求項1に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−165673(P2012−165673A)
【公開日】平成24年9月6日(2012.9.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−27936(P2011−27936)
【出願日】平成23年2月10日(2011.2.10)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者:日本生物物理学会、「日本生物物理学会 第48回年会講演予稿集」、平成22年8月15日、表紙、裏表紙、奥付、及び、第S125頁
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【Fターム(参考)】