説明

微生物の分離方法

【構成】 炭素源を含まない水性培地と、炭化水素類の基質を含有する脂環式炭化水素(例えば、デカリン、テトラリン)からなる、二相系溶液で微生物を培養し、この培養液を平板培地に塗布した後、更に基質を供給して培養することを特徴とする微生物の分離方法。
【効果】 炭化水素類の基質を他の有機化合物に変換しうる微生物を効率的に分離できる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、水難溶性もしくは不溶性である炭化水素類の基質を含有した有機溶媒と水性培地からなる二相系における、微生物を用いた変換プロセスを確立する技術に関し、更に詳細には、効率良く変換するために最適な有機溶媒及び該微生物の効率的な分離方法を提供するものである。
【0002】
【従来の技術】水に難溶もしくは不溶な化合物は、ステロイド類、テルペノイド類、石油系炭化水素類等多数あり、又これらは工業的に有用な化合物でも有る。しかも工業的に扱われる有機化合物は、気体、液体及び固体を問わず殆どが水に難溶もしくは不溶な化合物で有ると言える。
【0003】従来、これら液体及び固体状の有機化合物又はその誘導体を微生物によって変換するためには、培養又は反応させる水溶液中に、これらの基質を、■直接供給する。■直接供給し、激しく攪拌して分散を促進する。■界面活性剤を添加し、分散を促進する。■ホモジナイザーを使いエマルション化して供給する。等の方法が用いられていた。
【0004】特に固体状の有機化合物の変換方法については、総称して結晶発酵法とも言われている。しかしながら、通常行なわれているこれらのような基質の供給方法は、基質を結晶状態で直接供給する点で、水溶性基質の供給方法の延長的方法に過ぎず、培地に溶解しないため有効な供給方法とは成り得ず、従って固体状炭化水素を微生物変換原料として、その価値の向上を効率的に図ることはできていなかった。
【0005】既に、液体状炭化水素を基質として、これを大量供給することにより形成される、液体状有機化合物−水からなる二相系による変換例は多数あるが、これらは培養又は反応によってその後に水系に変わり、又溶媒としての有機化合物の存在がない点で、効率的な固体状炭化水素の供給方法の概念とは程遠いもので有った。
【0006】有機溶媒中での酵素反応の研究は、例えば20β−ヒドロキシステロイド脱水素酵素、コレステロール酸化酵素を材料とした有機溶媒中の生体触媒の最適化のためのルールの提唱(Laane,et,al.,Biotechnol.Bioeng.,30.81,1987)など比較的多いが、加水分解反応の様な特定の反応系に偏っている。
【0007】又、有機溶媒を利用したバイオリアクターに限らず、これまでに実用化されたものは、その殆どが「単一酵素による単一反応」のみを行なうものであった。反応系についても前述のように偏っており、加水分解酵素、異性化酵素及びリアーゼに限られていた。一方、他の補酵素再生系を必要とする転移反応、特に酸化還元反応で多段階な酸化反応などについては、その開発例は結晶発酵法によるものである。
【0008】その理由としては、系外から供給する必要のある遊離型の補酵素が1モル当たりの価格でNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)が約1,000ドル、ATP(アデノシン三リン酸)が約800ドルと言われており、これらを供給しながらのプロセスは非常にコストが高く付くことにある。
【0009】従って、補酵素再生系を必要とし、多段階な酸化反応系による、しかも有機溶媒系変換プロセス開発を考える場合には、プロセスの難易性、コスト面からも生体触媒自らがエネルギーを獲得し得る生細胞系を用いることが最も可能性が高いと言える。
【0010】近年、井上、堀越(Inoue,A and Horikoshi,K.,Nature,338,264,1989)によるトルエン耐性微生物の分離及び、中島(Harushi,N.,et,al.,Biosci.Biotech.Biochem.,56(11),1872,1992)らによるそのような微生物の効率的分離方法が報告された。この事実は、大量の有機溶媒存在下でも菌は生存し、また毒性の強い有機溶媒存在下でも生存可能な菌が存在するという、従来の概念では考えられなかった微生物が、有機溶媒系とも言える二相系でも利用できるとの概念を普及させたと言える。
【0011】この概念の普及によって、大量の有機溶媒を介在させ、有機溶媒による二相系での水溶性基質の反応系という既成概念の延長から外れた、しかも特定の反応系に限らない種々の反応系の微生物変換が現実的に考えられるようになってきた。
【0012】そして、有機溶媒耐性微生物については、現在のところ明確な定義はないが、トルエン、ベンゼンなど、後述するLogP値が3以下の有機溶媒中で生存可能な微生物がこれに該当するようである。
【0013】しかしながら、従来既知の多くの微生物の生育限界はLogP値が3以上であることから、LogP値が4前後の有機溶媒で生存可能な微生物であれば、有機溶媒耐性微生物と称しても良いものと考えられる。
【0014】
【発明が解決しようとする課題】固体状炭化水素を有機溶媒に溶かして供給する考えは、固体状の基質を連続的且つ大量に供給することを可能とし、それによって大量に生産し得るプロセスの可能性を考えることができるが、この様な特殊な系に適応し得る微生物と製造プロセスは実用化した事例がなく、まさに可能性の実証が望まれている状況にあると言える。
【0015】又、実験室的生産実験から工業的生産実験に至る生産の場においては、水系で必ず問題となるものに発泡がある。これは、常に溶存酸素濃度の低下や通気量及び攪拌速度に制限をもたらすため、非常に大きな懸案事項であった。
【0016】その対策として、通常、シリコーンや大豆油等の消泡剤を用いているが、効果が長続きすることはなく、従ってプロセスを必要以上に複雑にしたり、それ自身が生産性向上の阻害要因となることが多く満足のゆくものとは言えなかった。
【0017】更に、固体状炭化水素を有機溶媒に溶かして供給する方法を採用するにしても、工業的に有効な有機溶媒を選定する必要がある。そして、要求される有機溶媒の性質としては、操作上及び装置上の安全性や経済性から、揮発減少しないもの、また、人体の影響や雑菌汚染の面から、微生物毒性が適度なもの、微生物によって資化されないものが要求される。
【0018】一方、このような有機溶媒系で利用するための微生物について考えてみると、有機溶媒に耐性を有する微生物すべてが、有機溶媒の存在しない従来的な水系の結晶発酵法的環境で、発現している特定の炭化水素類の変換能力を、耐性を有する有機溶媒存在下で、効率良くその機能を発現し得るかと言うと、必ずしも、そうとは限らないと言う問題がある。
【0019】即ち、特定の炭化水素類の変換能力を有する微生物が、有機溶媒耐性能を有していても、有機溶媒に溶解した特定の炭化水素類の変換能力を発現できない場合が多い。特に、従来の結晶発酵法に基づく分離法から分離された微生物では、このような傾向が顕著である。
【0020】つまり、従来の様な分離法では、有機溶媒存在下での変換能力を有する微生物と、有しない微生物が混在して分離されてくるため、多数の有機溶媒耐性能の弱い、或いは変換の機能を有しない微生物がノイズとなり、目的とする変換能力を有する微生物の、分離効率を極度に妨げる問題があった。
【0021】加えて、選定された工業的に有効な有機溶媒系において、変換能力を有する微生物をいかに効率的に取得するか、と言う課題も発生した。
【0022】以上のように、有機溶媒−水の二相系で、微生物による変換反応プロセスを組むためには、有効な有機溶媒は何か、この有機溶媒系で利用し得る微生物をどのように効率良く分離獲得するか、が極めて重要なポイントとなり、これらの組合わせが有機溶媒−水の二相系変換反応プロセス開発の重要な鍵であると言える。
【0023】
【課題を解決するための手段】即ち、有機溶媒存在下で、有機溶媒に含有される基質を、効率的に変換し得る微生物の効率的な分離方法と、効率的な培養法又は反応法に関する一連のプロセスが確立されれば、これまで全く実例の無かった、補酵素再生を要する酸化還元反応でも工業的に可能性の有り得る、有機溶媒を大量に含有する有機溶媒系によるバイオリアクターの設計が可能になると言える。従って石油産業及び石油化学産業にとっても、環境調和型、環境に優しい形態の、新しい有機化合物の変換プロセスとして大いに役立つものとなる。
【0024】この様な状況において、本発明者らは前記課題を解決すべく、鋭意検討を重ねた結果、環境に優しく、安全で且つ安価に効率的な微生物による物質生産の、工業的に有効な変換プロセスを可能とする、有機溶媒の選択及びこれら有機溶媒系で変換し得る微生物の効率的な分離法を見出し、本発明を成すに至った。
【0025】本発明は、安全、安価且つ効率的な微生物による物質生産の、工業的に有効な変換プロセスを可能とする、有機溶媒の選択及びそれを用いた、有機溶媒中に溶解した炭化水素類を炭素源として生育可能又は変換可能である、有機溶媒−水の二相系変換微生物の効率的な分離法を、固体状炭化水素として2,6−ジメチルナフタレンの微生物変換を例にして、これまで実例の無かった二相系での多段階酸化反応プロセスを提供するものである。
【0026】本発明の方法によれば、微生物による基質の変換で大量の有機溶媒を用いることが可能になるため、系内での発泡を強力に抑制でき飛躍的に通気量や攪拌速度を上げることができる。特に、高溶存酸素濃度を要求する微生物反応には非常に有効な方法となり得るものである。また、これまで基質が固体状であったため、不可能であった連続基質供給が可能となり、有機溶媒の毒性により雑菌汚染の確率も大きく下げられる。更には、反応速度を上げられる等の効果が期待される。本方法は、固体状のみでなく液体状の炭化水素類についても当然有効である。
【0027】固体状炭化水素類の基質を溶解する溶媒として例えば、脂肪族炭化水素類では、n−ペンタン、n−ヘキサン、n−オクタン、n−デカン、2−ペンテン、2−ヘキセン、1−オクテン等が、脂環式炭化水素類では、シクロペンタン、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、シクロオクタン、テトラリン、デカリン等が、芳香族炭化水素類では、ベンゼン、トルエン、p−キシレン、エチルベンゼン、クロロベンゼン、ブロモベンゼン、スチレン等が、アルコール類では、エタノール、ブタノール、ヘプタノール、オクタノール、等が、エーテル類では、ジエチルエーテル、n−ヘキシルエーテル、ジフェニルエーテル、ベンジルエーテル等がある。
【0028】一方、微生物の培養又は反応に要求される有機溶媒の性質としては、揮発減少しないものが装置上及び操作上安全であり、経済的である。また、微生物毒性が強すぎると操作する人への健康上の影響や、有用菌の分離効率の低下、弱すぎると培養又は反応中の雑菌汚染の恐れがあるため、経済性、効率性の面からも好ましくなく、有機溶媒系バイオリアクターとしてのメリットが半減してしまう。
【0029】そこで、これらのことについて種々調査や微生物試験等を繰り返した結果、エーテル類はあまり好ましいとはいえず、脂肪族炭化水素類や脂環式炭化水素類が良好であった。そして、溶媒選択上での上記理由を鑑み、本発明者らが好ましい有機溶媒として選択したものに、脂環式炭化水素類、より好ましくはデカリン、テトラリン、更により好ましくはデカリンが挙げられる。
【0030】デカリン(デカヒドロナフタリン)は、沸点が197.54℃(cis)、187.2℃(trans)、引火点が57.8℃(cis、密閉)の物性を有し、テトラリン(テトラヒドロナフタリン)は、沸点が207.6℃、引火点が71.1℃の物性を有している。
【0031】この様な物性から、これら2種の有機溶媒は、非極性溶媒の中では、特に微生物の分離培養や生産培養のような長時間培養に適していると言える。生産性への影響についても、調査検討した溶媒の中でも生産性は良好であった。有機溶媒の毒性の指標には、極性値を利用した。この極性値は、有機溶媒と水及びオクタノールの二相系における、水相及びオクタノール相での分配係数値の常用対数値(LogP値)で表現されたものである。このLogP値は、値の小さいほど極性が強く、即ち毒性が強くなる。又この極性値は、微生物毒性の指標としても利用されている。
【0032】微生物毒性(極性値)は、微生物による試験からテトラリンがデカリンよりも強いと見られたが、トルエンやベンゼンほどの毒性は有していないことも判明した。
【0033】各種の有機溶媒による微生物の生育限界を確認するため、有機溶媒耐性度を評価した。これは当該微生物が良く生育する培地に、既知の極性値を有する各有機溶媒を重層し、培養したときの生育限界を有機溶媒の極性値で表現し、有機溶媒耐性の有無の判定に用いた。
【0034】すなわち、本発明は、微生物を分離するに際し、炭素源を含まない水性培地と、炭化水素類の基質を含有するデカリン又はテトラリン等の脂環式炭化水素からなる、二相系溶液で培養し、この培養液を平板培地に塗布した後、さらに基質を供給して培養することを特徴とする微生物の分離方法、をその基本的技術思想とするものである。
【0035】したがって、本発明の分離方法によれば、基質のみを炭素源としてデカリンまたはテトラリン等に溶解し、二相系培養により成育した微生物をもってスクリーニングして生産物質の生産能力を確認することにより目的とする微生物を分離することができるもので、デカリンおよび/又はテトラリン等の有機溶媒を用いた二相系において、微生物を利用し培養または反応させて基質を変換するに際し、これらの系にて変換能を有する微生物を分離することができる。更に炭素源である基質の炭化水素類を任意に選択すれば、特定の炭化水素類について変換能を有する微生物を効率的に分離することが可能となる。
【0036】本発明の分離方法の詳細を、基質を2,6−ジメチルナフタレン、有効溶媒をデカリンとして、変換能を有する微生物を一例に、以下に記す。また本発明の分離方法により分離される微生物ならば、例示した微生物に限定されるものではない。
【0037】発明者らが、全国各地から集めた土壌について、微生物の増殖に必要な成分の内、炭素源を含まない水性培地(以下、培地という)を試験管等に分注し、さらに2,6−ジメチルナフタレンを溶解した有機溶媒、例えば2,6−ジメチルナフタレンを添加したデカリンを加え滅菌した後、土壌を添加して試験管振とう機等により培養を行なう。この培養液を予め同様の2,6−ジメチルナフタレンを溶解した有機溶媒と培地を混合分注しておいた別の試験管等に植え継ぎした後、試験管振とう機等により更に培養する。この培養液もしくは滅菌水等で希釈した培養液を寒天培地等に塗布した後、有機溶媒に溶解した2,6−ジメチルナフタレンを供給してさらに培養する。培養後、形成したコロニーを単離すれば良い。
【0038】更に、例えば2,6−ナフタレンジカルボン酸の生産微生物の分離を行なう場合は、それぞれの菌株について2,6−ナフタレンジカルボン酸の生産能力を確認することにより、2,6−ナフタレンジカルボン酸生産微生物を選抜することができる。
【0039】これらの微生物を培養する培地は、一般的な培地成分を使用することができる。即ち、窒素源としては、例えば、塩化アンモニウム、燐酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、炭酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、硝酸ナトリウム、尿素等が、無機塩類としては、例えば、カリウム、ナトリウム、鉄、マグネシウム、マンガン、銅、カルシウム等の各塩類等が使用できる。又、前記培養条件は、一般に微生物が死滅しない培養条件であれば良く、例えばpH約5〜9、温度約20〜40℃で好気的に行われる。
【0040】培養又は反応条件は、分離された微生物が死滅せず増殖または反応可能であれば良く、例えば培養温度は、約15〜37℃、より好ましくは約25〜35℃、培地のpHは約4.2〜8.9、より好ましくは約6.0〜8.0で、およそ1〜30日間、好気的に培養又は反応させると良い。
【0041】当該微生物を用いて、2,6−ジメチルナフタレンから培養産物を生産する工程はバッチ式でも良く、バイオリアクター等を用いて連続式でも可能である。
【0042】さらには、微生物菌体を燐酸緩衝液等の溶液で洗浄し、該溶液に懸濁して使用することもできる。
【0043】次に、本発明の分離方法により得られた2,6−ジメチルナフタレン資化性微生物について、一例を掲げ記述する。
【0044】各種微生物学的試験及び腸内細菌以外の非発酵菌同定用API20NE(ビオメリュー社)を用いた試験を実施した結果、表1に示す菌学的性質を有するものであった。
【0045】
【表1】


【0046】表1で示された菌学的性質を、BERGEY’S MANUAL OF SYSTEMATIC BACTERIOLOGY,vol.1,P198(1984)、INTERNATIONAL JOURNAL OF SYSTEMATIC BACTERIOLOGY,vol.40,No.3,P320〜321(1990)、API20NE(ビオメリュー社)プロファイルインデックスで分類すると、スフィンゴモナス パウチモビリスに属するものと認められた。
【0047】以上の菌学的性質より本発明者らは、本菌はスフィンゴモナス属に属する新菌株と判定して、スフィンゴモナス パウチモビリス AK2M16(Sphingomonas paucimobilis AK2M16)株と命名し、工業技術院生命工学工業技術研究所に寄託(FERM P−13996)した。
【0048】上記の分離方法により得られた微生物は、2,6−位のメチル基の酸化能を有するが、本発明の分離方法はスフィンゴモナス属パウチモビリス種に属する微生物に限定されるものではない。
【0049】
【実施例】以下、実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0050】
【実施例1】2,6−ジメチルナフタレンを唯一の炭素源として、デカリンに溶解し、これと水系の培地による不均一系(二相系)で生育する微生物を分離するためスクリーニングを行なった。培地には表2に示す成分のものを用いた。これらを脱イオン水に溶かすとpHは7となった。
【0051】
【表2】


【0052】(2,6−ジメチルナフタレン資化性微生物の分離)全国各地から集めた土壌について、微生物の増殖に必要な成分の内、炭素源を含まない表2に示した成分の培地を、内径21mmの試験管に8ml入れ、さらに2,6−ジメチルナフタレンを1wt%含有したデカリンを2ml加え、121℃で20分間滅菌し室温にて冷却後、土壌を薬さじ1〜2杯加えて試験管振とう機により30℃、270rpmで振とう培養を行なった。
【0053】この培養液を、予め同様の2,6−ジメチルナフタレンを1wt%含有したデカリンと培地を混合分注しておいた別の試験管に、ピペットを用いて80μlを植え継ぎし、再び試験管振とう機によりさらに培養した。
【0054】培養後、この培養液もしくは滅菌水で希釈した培養液を、表2に示した成分の培地に寒天を15g/lとなるように加えた平板培地に塗布した後、2,6−ジメチルナフタレンを溶解したエーテルを噴霧し、析出させて更に培養した。5〜7日間培養後、平板培地上に形成された、2,6−ジメチルナフタレンを資化したことを示す透明帯を形成して生育したコロニーを単離した。これらの中からB−2株、E−1株、G−1株、G2−1株、AK2M16株、他十数株を分離した。
【0055】(有機溶媒耐性度試験)次に、確認されたこれらの2,6−ナフタレンジカルボン酸生産菌の中から、任意に選択した5株を対象に各種有機溶媒の耐性度を試験した。
【0056】この有機溶媒耐性度試験のための培養は、良好な生育を示すL培地(1%バクトトリプトン、0.5%酵母エキス、1%塩化ナトリウム、0.2%ブドウ糖、10mM硫酸マグネシウム、pH7.0)と各有機溶媒を等量重層して、滅菌冷却後、各菌株を1白金耳植え付け、30℃、300rpmの条件で2日間往復振とう培養し、各有機溶媒における生育の有無を評価した。結果を表3に示す。
【0057】
【表3】


【0058】有機溶媒耐性度試験の結果から、各有機溶媒の極性値(LogP)で見ると、デカリンの微生物毒性(極性値LogP約4.5)又はテトラリンの微生物毒性(極性値LogP約4.0)以上の有機溶媒耐性を有した微生物のみが得られていることが判る。
【0059】(二相系培養における2,6−ジメチルナフタレンの変換能評価)更に、十分な有機溶媒耐性を有していても、二相系培養において有機溶媒に溶解した基質の変換能があるとは限らないので、次に記す二相系培養での2,6−ジメチルナフタレンの変換能について評価した。
【0060】表2に示した成分の培地5mlと2,6−ジメチルナフタレンを1wt%含有したデカリン5mlを内径21mmの試験管に分注し、これを121℃で20分間滅菌し室温にて冷却後、分離したB−2、E−1、G−1、G2−1、AK2M16株、の各微生物ごとに1白金耳植え付け、30℃、270rpm、7日間振とう培養した。結果を表4に示す。
【0061】
【表4】


【0062】(濃縮菌体反応による残存2,6−ジメチルナフタレン量の測定)AK2M16株以外の微生物では良好な生育が認められたので、唯一の炭素源である2,6−ジメチルナフタレンの変換能が確認できたが、生育が認められなかったAK2M16株について、濃縮菌体反応後の有機溶媒相における残存2,6−ジメチルナフタレン量の測定を試みた。
【0063】500mlのバッフル付きフラスコに、表2に示した成分の培地100mlと2,6−ジメチルナフタレン100mgを入れ、121℃で20分間滅菌し室温にて冷却後、AK2M16株を1白金耳植え付け、30℃、160rpm、5日間振とう培養した。培養後、増殖菌体を遠心分離機で集菌分別し、これを内径21mmの試験管に入った同様培地4mlと、2,6−ジメチルナフタレンが1wt%含有したデカリン4mlからなる二相系へ懸濁し、30℃、270rpm、2日間振とう培養した。培養後デカリン相を分別し、これをガスクロマト分析して残存2,6−ジメチルナフタレンの量を測定した。結果を表5に示す。
【0064】
【表5】


【0065】この結果から、AK2M16株については、二相系培養において生育は認められないものの、二相系培養における2,6−ジメチルナフタレンの変換能は有していることが判った。従って、全て二相系培養で2,6−ジメチルナフタレン資化機能を発現し得る微生物であることが判る。
【0066】以下、本発明の顕著な効果を実証するため、更に比較例について述べる。
【0067】
【比較例1】
(2,6−ジメチルナフタレン資化性微生物の分離)2,6−ジメチルナフタレンを唯一の炭素源として生育する菌を分離するため、以下の方法によりスクリーニングを行なった。
【0068】実施例1と同様に全国各地から集めた土壌について、微生物の増殖に必要な成分の内、炭素源を含まない表2に示した成分の培地を、内径21mmの試験管に10ml入れ、さらに2,6−ジメチルナフタレンを2mg添加し、121℃で20分間滅菌し室温にて冷却後、土壌を薬さじ1〜2杯加えて試験管振とう機により30℃、270rpmで振とう培養を行なった。
【0069】この培養液0.1mlを、別に準備した表2に示した成分の培地10mlに2,6−ジメチルナフタレンを10mg添加したものへ植え継ぎした後、再度、同様の条件で振とう培養した。一週間後、培養液の一部を滅菌した生理食塩水で希釈し、表2に示した成分の培地に寒天を15g/lとなるように加えた平板培地に塗布し、更に2,6−ジメチルナフタレンを溶かしたジエチルエーテル溶液を平板培地上に噴霧し、析出させ、30℃で5〜7日間培養を行なった。
【0070】培養後、平板培地上に形成された、2,6−ジメチルナフタレンを資化したことを示すコロニーを単離した。これらの中からK113−2株、K118−2株、T374−29株、T44−1株、T272−48株、T272−81株、T272−31株、A−7株、他二百株以上を分離した。
【0071】(有機溶媒耐性度試験)次に、確認されたこれらの2,6−ジメチルナフタレン資化生菌の中から、任意に選択した7株を対象に各種有機溶媒の耐性度を実施例1に記載した方法で試験した。結果を表6に示す。
【0072】
【表6】


【0073】上記結果から明らかなように、本比較例の分離方法によって得られた菌株は、2,6−ジメチルナフタレンの資化機能を有するものの、有機溶媒耐性の弱いものが多数分離されてくることが判る。
【0074】(不均一系培養における2,6−ジメチルナフタレンの変換能評価)更に、十分な有機溶媒耐性を有していても、不均一系培養において有機溶媒に溶解した基質の変換能があるとは限らないので、デカリンに耐性を示した菌株を対象に実施例1に記載した同様の方法で2,6−ジメチルナフタレンの変換能について評価した。結果を表4に示す。
【0075】(濃縮菌体反応による残存2,6−ジメチルナフタレン量の測定)実施例1と同様に生育が認められなかったT374−29株、T44−1株、T272−48株、T272−81株、T272−31株について、濃縮菌体反応により有機溶媒相における残存2,6−ジメチルナフタレン量の測定を試みた。結果を表5に示す。
【0076】以上の結果から、比較例の分離方法によると有機溶媒耐性が強くとも、二相系培養においては変換能を発現できないものが多数含まれてくることが明らかである。
【0077】
【発明の効果】本発明によれば、例えば2,6−ジメチルナフタレンのような、水に難溶もしくは不溶性の炭化水素類を、唯一の炭素源としてデカリン又はテトラリンに溶解し、これと培地又は反応水溶液からなる二相系で、培養又は反応可能な微生物を、効率良く分離することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 微生物を分離するに際し、炭素源を含まない水性培地と、炭化水素類の基質を含有する脂環式炭化水素からなる、二相系溶液で培養し、この培養液を平板培地に塗布した後、さらに基質を供給して培養することを特徴とする微生物の分離方法。
【請求項2】 脂環式炭化水素がデカリン及び/又はテトラリンであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】 微生物がスフィンゴモナス属に属する微生物であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】 基質が2,6−ジメチルナフタレンであることを特徴とする請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】 請求項1に記載した方法によって分離した微生物を用いることを特徴とする2,6−ナフタレンジカルボン酸の製造方法。

【公開番号】特開平7−194368
【公開日】平成7年(1995)8月1日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平5−349495
【出願日】平成5年(1993)12月28日
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成5年12月9日 社団法人日本生物工学会主催の「平成5年度日本生物工学会大会」において文書をもって発表
【出願人】(000001144)工業技術院長 (75)
【上記1名の復代理人】
【弁理士】
【氏名又は名称】戸田 親男 (外1名)
【出願人】(590000455)財団法人石油産業活性化センター (249)
【出願人】(000005991)三菱石油株式会社 (3)
【上記2名の代理人】
【弁理士】
【氏名又は名称】戸田 親男