説明

微生物の回収方法、及び微生物由来DNAの精製方法

【課題】液体試料中の微生物を、セルロース膜を用いたフィルター濾過により捕集した後、当該セルロース膜から効率よく微生物を遊離し回収する方法、及び当該方法により回収された微生物からDNAを精製する方法の提供。
【解決手段】(a)被検液体試料中の微生物を、セルロース膜に捕集する捕集工程と、(b)前記工程(a)の後、前記セルロース膜にアセトンを添加して、当該セルロース膜を溶解させる工程と、(c)前記工程(b)の後、得られたセルロース膜溶解物に、セルロース膜に添加したアセトンの1〜10倍量の水又は緩衝液を添加してセルロース繊維を析出させる工程と、(d)前記工程(c)の後、セルロース繊維が析出された水溶液から、アセトンを揮発除去する工程と、を有することを特徴とする、微生物の回収方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、濾過処理によってセルロース膜に捕集された微生物を回収する方法、及び当該方法により回収された微生物由来のDNAを精製する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
典型的な微生物の検出方法として、被検試料を適当な平板培地に塗布した後、培養することにより、微生物を単離し、同定する培養法がある。当該方法は、精密な検査が可能であるという利点があるが、培養に長期間要する、培養条件が不適切であると菌が増殖できない等の問題がある。そこで、近年の核酸解析技術の進歩に伴い、より迅速に微生物を検出する方法として、被検試料から微生物を回収し、そのDNAを解析する方法が報告されている。液体の被検試料中の微生物を検出する場合、まず、当該被検試料をフィルター濾過することにより、濾過膜上に微生物を捕集し、この捕集された微生物からDNAを抽出する。抽出されたDNAを鋳型としてPCR等の核酸増幅反応を行うことにより、微生物を検出することができる。
【0003】
ここで、液体試料中の微生物をフィルター濾過により捕集する場合、通常、ポリカーボネイト膜等の膜表面が平滑な濾過膜が使用される。濾過膜の膜表面が平滑であれば、微生物は濾過膜表面に捕集されているため、捕集された微生物から容易にDNAを抽出することができるためである。
【0004】
例えば非特許文献1には、ポリカーボネイト又はポリスルホンからなる濾過膜を用いて飲料水をフィルター濾過した後、当該濾過膜にジルコニア・ガラスビーズを添加して振動を与えて菌体を破砕し、DNAを抽出する方法が開示されている。また、例えば非特許文献2には、飲料水をポリカーボネイト膜で濾過した後、当該濾過膜から市販のDNA抽出キットによりDNAを抽出し、これを解析することにより、飲料水中のヘリコバクター・ピロリ菌を検出する方法が開示されている。その他、特許文献1では、血液試料をフッ化ポリビニリデン製やポリカーボネイト製等の、セルロース系以外の濾過膜を用いてフィルター濾過し、当該濾過膜を洗浄した後、当該濾過膜上に捕集された微生物からDNAを抽出する方法が開示されている。
【0005】
その他、非特許文献3には、微生物を回収した濾過膜を溶解させることにより、当該濾過膜に捕集された微生物を回収する方法が開示されている。具体的には、ビールをポリカーボネイト膜で濾過した後、当該濾過膜に水とクロロホルム−イソアミルアルコール(24:1)溶液とを添加し、溶解した濾過膜から遊離した微生物を水相に回収している。
【0006】
一方で、一般的に、液体試料中の微生物を検出する場合には、検出感度を高めるため、より大量の液体試料を一の濾過膜で濾過することが好ましい。しかしながら、ポリカーボネイト膜等の膜表面が平滑な濾過膜は、水等の濾過には優れているものの、ビール等の比較的粘度の高い液体を濾過した場合には目詰まりを起こしやすい。例えばビールの場合、ポリカーボネイト膜では数十mL程度しか濾過することができず、微生物の検出感度を充分に向上させることが困難である。
【0007】
これに対して、濾過性が優れた濾過膜として、セルロース膜が挙げられる。しかしながら、セルロース膜は膜繊維により様々な孔径の孔が形成されているため、微生物の多くは膜繊維の内部に埋め込まれるようにして捕集される。セルロース膜繊維深部に捕集された微生物からDNAを抽出・回収することは困難であり、DNA回収効率が劣る結果、微生物の検出感度も低下してしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2009−537167号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】中村、ジャーナル・オブ・エアロゾル・リサーチ(Journal of Aerosol Research)、2003年、第18巻第3号、第177〜180ページ。
【非特許文献2】セン(Sen)、外2名、アプライド・アンド・エンバイロメンタル・マイクロバイオロジー(Applied and Environmental Microbiology)、2007年、第73巻第22号、第7380〜7387ページ。
【非特許文献3】ディミッシェル(DiMichele)、外1名、ジャーナル・オブ・アメリカン・ソサエティ・オブ・ブリューイング・ケミスツ(the Journal of the American Society of Brewing Chemists)、1993年、第51巻第2号、第63〜66ページ。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
非特許文献3には、ビールをセルロースエステル膜で濾過した後、当該セルロースエステル膜をアセトンで溶解させた後、遠心分離処理を行い、微生物を含む画分として沈殿を回収したが、当該画分に対してDNA抽出操作及びPCRを行ったところ、微生物を検出することができなかった、と記載されている。つまり、現在までに、セルロース膜に捕集された微生物から効率よくDNAを抽出する方法は、知られていなかった。
【0011】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであって、液体試料中の微生物を、セルロース膜を用いたフィルター濾過により捕集した後、当該セルロース膜から効率よく微生物を遊離し回収する方法、及び当該方法により回収された微生物からDNAを精製する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意研究した結果、微生物を捕集したセルロース膜をアセトンで溶解させた後、適当量の水や緩衝液を添加してセルロース繊維を再度析出させることにより、セルロース膜から効率よく微生物を遊離させられることを見出し、本発明を完成させた。
【0013】
すなわち、本発明は、
(1) (a)被検液体試料中の微生物を、セルロース膜に捕集する工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記セルロース膜にアセトンを添加して、当該セルロース膜を溶解させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、得られたセルロース膜溶解物に、セルロース膜に添加したアセトンの1〜10倍量の水又は緩衝液を添加してセルロース繊維を析出させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、セルロース繊維が析出された水溶液から、アセトンを揮発除去する工程と、
を有することを特徴とする、微生物の回収方法、
(2) 前記工程(c)の後前記工程(d)の前、又は前記工程(d)の後に、前記水溶液に、1種又は2種以上のセルロースに対するブロッキング剤を添加することを特徴とする前記(1)に記載の微生物の回収方法、
(3) 前記ブロッキング剤が、スキムミルク、λ−DNA、酵母tRNA、アルブミン、カゼイン、及び動物由来のDNAからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする前記(2)に記載の微生物の回収方法、
(4) (a)被検液体試料中の微生物を、セルロース膜に捕集する工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記セルロース膜にアセトンを添加して、当該セルロース膜を溶解させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、得られたセルロース膜溶解物に、セルロース膜に添加したアセトンの1〜10倍量の水又は緩衝液を添加してセルロース繊維を析出させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、セルロース繊維が析出された水溶液から、アセトンを揮発除去する工程と、
(e)前記工程(d)の後、得られた水溶液中で、細胞壁分解酵素及びタンパク質分解酵素からなる群より選択される1種以上による分解反応を行うことにより、当該水溶液中に含まれている微生物からDNAを抽出する工程と、
(f)前記工程(e)の後、前記水溶液中に、CTABを添加し、溶解していたセルロースを不溶化する工程と、
(g)前記工程(f)の後、前記水溶液からDNAを精製する工程と、
を有することを特徴とする、微生物由来DNAの精製方法、
(5) 前記工程(c)の後前記工程(f)の前に、前記水溶液に、1種又は2種以上のセルロースに対するブロッキング剤を添加することを特徴とする前記(4)に記載の微生物由来DNAの精製方法、
(6) 前記ブロッキング剤が、スキムミルク、λ−DNA、酵母tRNA、アルブミン、カゼイン、及び動物由来のDNAからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする前記(5)に記載の微生物由来DNAの精製方法、
(7) 前記工程(c)の後前記工程(d)の前に、前記水溶液にλ−DNA及び/又は動物由来のDNAを添加し、
前記工程(e)の後前記工程(f)の前に、前記水溶液にスキムミルク及び/又はアルブミンを添加することを特徴とする前記(6)に記載の微生物由来DNAの精製方法、
(8) 前記被検液体試料が、ビール又はビール様発泡性飲料であることを特徴とする前記(4)〜(7)のいずれか一つに記載の微生物由来DNAの精製方法、
を提供するものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明の微生物の回収方法により、濾過性に優れたセルロース膜から効率よく微生物を回収することができる。このため、本発明の微生物の回収方法は、特にビール等の濾過性が低い液体試料に対して、充分量の液体試料から微生物を効率よく回収することができる。
また、本発明の微生物由来DNAの精製方法は、本発明の微生物の回収方法により回収された微生物からDNAを抽出・精製する方法であり、被検液体試料中の微生物由来DNAを、効率よく精製することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明及び本願明細書において、セルロース膜とは、セルロース分子又はその誘導体を主たる構成分子とし、膜繊維により様々な孔径の孔が形成されている多孔質膜をいう。セルロース分子の誘導体を主たる構成分子とする膜としては、例えば、ニトロセルロース膜、セルロースアセテート膜等が挙げられる。また、セルロース分子又はその誘導体のみからなる膜であってもよく、セルロース分子又はその誘導体のみからなる膜が備える濾過性を損なわない限り、その他の分子を構成分子として含んでいてもよい。このようなセルロース膜として、孔径が0.1〜5.0μm、空隙率が65〜81%、質量が4.2〜6.3mg/cm、厚さが110〜160μmの市販のセルロース系フィルターを用いることができる。
【0016】
本発明の微生物の回収方法及び微生物由来DNAの精製方法に供される被検液体試料は、液体であれば特に限定されるものではなく、飲料水等の十分に粘度の低い液体であってもよく、比較的粘性の高い液体であってもよい。また、ビール、発泡酒やノンアルコールビール等のビール様発泡性飲料、お茶等の飲料であってもよく、湖沼、海等の自然から採取された液体試料であってもよく、注射剤、点眼剤等の医薬品であってもよく、化粧水等の化粧品であってもよい。本発明においては、比較的粘性が高く、濾過性に劣る液体を被検液体試料とすることが好ましく、ビール又はビール様発泡性飲料を被検液体試料とすることがより好ましい。
【0017】
<微生物の回収方法>
本発明の微生物の回収方法は、下記工程(a)〜(d)を有することを特徴とする。
(a)被検液体試料中の微生物を、セルロース膜に捕集する工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記セルロース膜にアセトンを添加して、当該セルロース膜を溶解させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、得られたセルロース膜溶解物に、セルロース膜に添加したアセトンの1〜10倍量の水又は緩衝液を添加してセルロース繊維を析出させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、セルロース繊維が析出された水溶液から、アセトンを揮発除去する工程。
【0018】
まず、工程(a)として、被検液体試料中の微生物を、セルロース膜に捕集する。具体的には、セルロース膜を用いて、被検液体試料を濾過する。被検液体試料中の液体成分や、セルロース膜の膜孔よりも小さな物質はセルロース膜を透過するが、膜孔よりも大きな微生物は、セルロース膜を透過することができず、捕集される。セルロース膜中では、セルロース繊維によって形状や孔径の異なる多数の孔が形成されている。このため、ポリカーボネイト膜等の膜表面が平滑な濾過膜を用いた場合と異なり、セルロース膜に捕集される微生物の大部分は、膜表面ではなく、膜中のセルロース繊維に埋もれた状態で捕集される。
【0019】
微生物が捕集されたセルロース膜は、工程(b)の前に、適当な緩衝液や水により、洗浄しておくことが好ましい。例えば、ビールやビール様発泡性飲料には、PCR等の核酸増幅反応に対する阻害物質が含まれている(例えば、非特許文献3参照。)。このため、被検液体試料がビール等の各種阻害物質を含む液体である場合には、当該被検液体試料を透過させた後のセルロース膜に、さらに水や緩衝液等を透過させて洗浄することにより、阻害物質の混入の少ない微生物を回収することができる。
【0020】
次いで、工程(b)として、微生物が捕集されたセルロース膜にアセトン(C)を添加して、当該セルロース膜を化学的に溶解させる。アセトンを添加した後、ボルテックス等により十分に混合することにより、アセトンにセルロース膜を完全に溶解させる。セルロース膜に添加するアセトンの量は、セルロース膜を完全に溶解させることが可能な量であれば特に限定されるものではない。例えば、セルロース膜の表面積1mm当たり1μL以上のアセトンを添加することが好ましい。セルロース膜の表面積1mm当たり1μL以上となるようにアセトンを添加した場合には、ボルテックス等を行うことにより、セルロース膜を十分に溶解させることができる。一方で、アセトンの量が多すぎる場合には、その後の工程(d)において用いる水又は緩衝液の量が増大してしまい、試薬コストがかかるだけでなく、大きな容器を用意するか複数の試験管に小分けしなければならず、操作効率が低下し、かつDNA回収率が低下する。このため、本発明においては、セルロース膜の表面積1mm当たり1〜2μL、より好ましくは1〜1.5μLのアセトンを添加することが好ましい。
【0021】
また、工程(b)においてアセトンが添加される前に、微生物が捕集されたセルロース膜は、完全に乾燥させておくことが好ましい。例えば乾燥が不十分である場合には、水分を含んだ部位はアセトンで溶解し難くなる。
【0022】
次いで、工程(c)として、得られたセルロース膜溶解物に、セルロース膜に添加したアセトンの1〜10倍量の水又は緩衝液を添加してセルロース繊維を析出させる。水等を添加したセルロース膜溶解物をボルテックス等により十分に混合させることにより、より効率よくセルロース繊維を析出させることができる。これにより、セルロース膜に埋め込まれていた微生物を、液相に遊離させることができる。
【0023】
セルロース膜溶解物に添加する水又は緩衝液の量が少なすぎる場合には、セルロース繊維が大きく、高密度な凝集塊となって析出されてしまい、その後の細胞壁溶解酵素やタンパク質分解酵素処理の観点から好ましくない。アセトンの1倍量以上、好ましくは5倍以上の水又は緩衝液を添加することにより、アセトンに溶解していたセルロース繊維を、適度な大きさで析出させることができる。一方で、セルロース膜溶解物に添加する水又は緩衝液の量が多すぎる場合には、試薬コストがかかり、操作効率が低下し、かつDNA回収率が低下する。本発明においては、アセトンの10倍量以下の水又は緩衝液を添加することにより、試薬コストや操作効率、DNA回収率等を犠牲にすることなく、セルロース繊維を析出させることができる。
【0024】
セルロース膜溶解物に添加する緩衝液は、リン酸緩衝液やトリス緩衝液等の、微生物や核酸を含有する試料を調製する際に用いられる公知の緩衝液の中から適宜選択して用いることができ、また、これらの緩衝液を適宜改変したものを用いてもよい。本発明の微生物の回収方法においては、微生物は、工程(c)において添加された緩衝液に含まれた状態で回収される。このため、回収された微生物のその後の処理方法に適した緩衝液を用いることも好ましい。例えば、回収された微生物に対して、細胞壁溶解酵素等の酵素処理を行う場合には、当該酵素の反応に適した緩衝液をセルロース膜溶解物に添加することが好ましい。
【0025】
その後、工程(d)として、セルロース繊維が析出された水溶液から、アセトンを揮発除去する。これにより、析出されたセルロース繊維が存在し、かつセルロース膜に捕集されていた微生物がセルロース繊維から遊離した状態で含まれる水溶液が得られる。アセトンの揮発除去は、水よりもアセトンを優先して揮発させられる方法であればよい。例えば、セルロース繊維が析出された水溶液をアセトンの沸点以上、好ましくは60〜100℃に加熱することにより、アセトンを揮発除去することができる。
【0026】
なお、セルロースがアセトン単独に溶解された状態でアセトンを揮発させることによっても、セルロースは再度析出される。しかしながらこの場合には、析出したセルロースが容器内壁に固化付着してしまう。これに対して、本発明においては、水又は緩衝液を添加した状態でアセトンの揮発除去を行うことにより、析出したセルロースの固化付着等が防止される。
【0027】
セルロース膜は濾過性に優れているため、被検液体試料が粘性の高い液体であった場合でも、目詰まりが生じ難く、多量の被検液体試料を濾過することができる。例えば、被検液体試料が、ビールやビール様発泡性飲料であった場合、直径25mmの円形のセルロース膜当たり、500mLもの被検液体試料、例えば、大瓶1本分(633ml)全量のビールを濾過することができる。このため、本発明の微生物の回収方法により、十分量の被検液体試料に含まれている微生物を濃縮して回収することができる。
【0028】
本発明の微生物の回収方法により回収された微生物から、フェノール/クロロホルム法、CTAB(Cetyl trimethyl ammonium bromide)法、塩酸グアニジン/クロロホルム法等の常法により、DNAやRNAといった核酸を抽出・精製することができる。さらに、得られた核酸は、他の精製方法により精製された核酸と同様に、PCR等の核酸解析に供することができる。例えば、回収された微生物から精製された核酸を解析することにより、被検液体試料中の微生物の定性検出や定量検出が可能となる。
【0029】
セルロースはDNA等の核酸を吸着する性質を持っている。このため、本発明においては、セルロース膜から遊離した微生物に、セルロースに対するブロッキング剤を添加しておくことが好ましい。例えば、回収された微生物を核酸の抽出・精製に用いる場合には、工程(c)の後の任意の時期、例えば、工程(d)の前又は工程(d)の後に、遊離した微生物を含む水溶液に添加することが好ましい。本発明の微生物の回収方法により回収された微生物から核酸を抽出・精製する前に、予めブロッキング剤を添加しておくことにより、微生物から抽出された核酸がセルロースに非特異的に結合することによる核酸精製時の損失を低減することができる。
【0030】
本発明及び本願明細書において、セルロースに対するブロッキング剤とは、セルロースと核酸との非特異的な結合に対して、阻害的に作用する物質を意味する。このようなブロッキング剤としては、核酸やタンパク質に対するブロッキング剤として一般的に用いられているものの中から、適宜選択して用いることができる。具体的には、例えば、スキムミルク、λ−DNA、アルブミン、カゼイン、酵母tRNA、及び、サケ精子DNA等の動物由来のDNA等が挙げられる。
【0031】
なお、これらのブロッキング剤は、1種のみを用いてもよく、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。本発明においては、スキムミルク、アルブミン、及びカゼインからなる群より選択される一種以上と、λ−DNA、酵母tRNA及び動物由来のDNAからなる群より選択される一種以上とを組み合わせて用いることが好ましく、スキムミルクとλ−DNAとを組み合わせて用いることがより好ましい。また、複数のブロッキング剤を用いる場合、種類ごとに異なる時期に水溶液へ添加してもよく、同時に添加してもよい。
【0032】
<微生物由来DNAの精製方法>
本発明の微生物由来DNAの精製方法は、本発明の微生物の回収方法により回収された被検液体試料中の微生物から、DNAを抽出し精製する方法である。具体的には、前記工程(a)〜(d)に加えて、下記工程(e)〜(g)を有することを特徴とする。
(e)前記工程(d)の後、得られた水溶液中で、細胞壁分解酵素及びタンパク質分解酵素からなる群より選択される1種以上による分解反応を行うことにより、当該水溶液中に含まれている微生物からDNAを抽出する工程と、
(f)前記工程(e)の後、前記水溶液中に、CTAB(臭化セチルトリメチルアンモニウム)を添加し、溶解していたセルロースを不溶化する工程と、
(g)前記工程(f)の後、前記水溶液からDNAを精製する工程。
【0033】
まず、工程(e)として、工程(d)の後、得られた水溶液中で、細胞壁分解酵素及びタンパク質分解酵素からなる群より選択される1種以上による分解反応を行うことにより、当該水溶液中に含まれている微生物からDNAを抽出する。工程(d)において用いられる酵素としては、微生物や培養真核細胞等から核酸を抽出する際に用いられる公知の酵素の中から適宜選択して用いることができる。例えば、細胞壁分解酵素としては、各種生物由来のLysozyme、N−Acetylmuramidase等が挙げられる。また、タンパク質分解酵素としては、Proteinase K、アクロモペプチダーゼ、プロナーゼ等が挙げられる。
【0034】
これらの酵素のうち、1種類のみを用いてもよく、2種類以上の酵素を組み合わせて用いてもよい。複数の酵素を用いる場合、同時に酵素反応を行ってもよく、酵素の種類ごとに順次反応を行ってもよい。本発明においては、細胞壁分解酵素とタンパク質分解酵素とを組み合わせて用いることが好ましい。
【0035】
次いで、工程(f)として、DNAが抽出された水溶液中に、CTABを添加し、溶解していたセルロースを不溶化する。添加するCTABの量は、工程(a)において用いたセルロース膜の大きさ等を考慮して、適宜決定することができる。なお、CTABにより、セルロースのみならず、水溶液中に存在するタンパク質の一部が変性され、不溶化する。
【0036】
その後、工程(g)において、当該水溶液からDNAを精製する。DNAの精製は、当該技術分野において公知のいずれの手法により行ってもよい。例えば、当該水溶液に対してクロロホルム抽出処理を行って、当該水溶液からタンパク質や脂質、不溶化したセルロース等の不溶物を除去した後、アルコール沈殿法やシリカゲルカラム吸着法、塩化セシウム超遠心法等により、当該水溶液中に溶解していたDNAを回収し、精製することができる。その他、市販のDNA精製キットを用いてもよい。なお、クロロホルム抽出処理等の除タンパク質処理を2回以上繰り返して行うことにより、精製されるDNAの純度を高めることができる。
【0037】
前述のように、セルロースはDNA等の核酸を吸着する性質を持っているため、微生物からのDNAの抽出・精製は、前記のセルロースに対するブロッキング剤の存在下で行うことが好ましい。例えば、工程(c)の後から工程(f)の前までの任意の時期に、微生物又は微生物から抽出された核酸が存在する水溶液中に、セルロースに対するブロッキング剤を添加しておくことが好ましい。
【0038】
水溶液に添加するブロッキング剤は、1種のみを用いてもよく、2種類以上を適宜組み合わせて用いてもよい。また、複数のブロッキング剤を用いる場合、種類ごとに異なる時期に水溶液へ添加してもよく、同時に添加してもよい。本発明においては、工程(c)の後にλ−DNA、酵母tRNA、及び動物由来のDNAからなる群より選択される一種以上を添加し、工程(f)の前にスキムミルク、アルブミン、及びカゼインからなる群より選択される一種以上を添加することが好ましい。
【0039】
本発明の微生物由来DNAの精製方法により精製されたDNAは、他の手法により精製されたDNAと同様に、PCR等の核酸増幅検査に供することができる。特に、本発明においては、セルロース膜に捕集した微生物を、溶解処理等を行うことなく、そのまま回収した後、濃縮された微生物からDNAを精製するため、セルロース膜に捕集された状態の微生物から直接核酸を抽出し回収する方法に比べて、微生物及びそれらから回収される核酸の損失が少ない。このため、本発明の微生物由来DNAの精製方法を用いることにより、被検液体試料中の微生物を定性的又は定量的に検出する際の精度や感度を向上させることができる。
【実施例】
【0040】
次に参考例及び実施例を示して本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は以下の参考例及び実施例に限定されるものではない。
【0041】
[実施例1]
10CFUのLactobacillus brevisを含む300mLのビールを5本、それぞれセルロース膜(Millipore社製、製品番号:HAWG 025 00)で濾過し、当該ビール中の微生物をセルロース膜に捕集した。当該セルロース膜を完全に乾燥させた後、アセトンを添加し、3分間以上ボルテックスにて完全に溶解させた。続いて、このセルロース膜溶解物に、緩衝液〔50mM Tris/Cl(pH8.0),50mM EDTA(pH8.0),0.5% Tween−20,0.5% Triton X−100〕と10μLのλ−DNA(TOYOBO社製、コード番号:DNA−001)とを添加し、3分間以上ボルテックスにて混和させた。アセトンと緩衝液の添加の比率は、以下の表に準じた。表1中、「緩衝液/アセトン」は、緩衝液の添加量をアセトンの添加量で除した値である。
【0042】
【表1】

【0043】
続いて、試験区1〜5をそれぞれ100℃で約10分間加熱し、アセトンを揮発させた。室温に冷却後、各試験区にLysozymeを最終濃度2.5mg/mL、N−acetylmuramidaseを50μg/mLとなるように添加し、37℃で60分間インキュベートした。次いで、100mg/mL Proteinase Kを110μLと、1.7mLの緩衝液II〔3M guanidine HCl, 20% Tween−20〕とを添加し、50℃で30分間インキュベートした。続いて、20%(w/v)スキムミルクを15μL添加した後、2×CTAB緩衝液〔2% CTAB,0.1M Tris−HCl(pH9.5),20mM EDTA,1.4M NaCl,0.5% β−mercaotoethanol〕を5.9mL添加し、65℃で10分間インキュベートした。その後、各試験区の水溶液を、クロロホルム:イソアミルアルコール(=24:1)で2回抽出した。抽出後の水溶液に、3μLのpellet paint(NOVAGEN社製)、1/10量の酢酸ナトリウム、及び0.7倍量のイソプロパノールを添加した。室温で5分間放置した後、12,000×gで20分間遠心分離処理し、上清を除いた。得られた沈殿を70%エタノールで洗浄し、蒸発乾固後、得られたDNAを100μLのTEで溶解した。
【0044】
得られたDNA溶液を用いてPCR試験を行った。PCRの反応条件は、Sakamotoらの方法( Proc. Congr. Eur. Brew. Conv. Proc. 26:631-638, 1997) に従った。具体的には、フォワードプライマーとして、5’-CTGATTTCAACAATGAAGC-3’の配列(配列番号1)を有するプライマーを、 リバースプライマーとして5’-CCGTCAATTCCTTTGAGTTT-3’ の配列(配列番号2)を有するプライマーを、それぞれ使用した。PCR試薬(酵素、バッファー)は、PerfectShot Ex Taq(Takara Bio社製)を用い、サーマルサイクラーはGeneAmp PCR system(model 9700、Applied Biosystems社製)を使用した。反応条件は、94℃で2.5分間保持した後、94℃で15秒間、55℃で15秒間、72℃で30秒間からなるサイクルを30サイクル行い、最後に72℃で3分間保持した。増幅産物の確認は、2%(v/w)アガロースゲルで電気泳動を行い、SYBR Green I (Invitrogen社製)で染色し、UVトランスイルミネーターでバンドを確認した。
その結果、表2に示すように、アセトンの1〜9倍量の緩衝液を添加した試験区3及び4のみ、核酸の増幅が確認された。
【0045】
【表2】

【0046】
[実施例2]
スキムミルク及びλ−DNAの添加の有無による影響を測定した。各試験区のスキムミルク及びλ−DNAの添加の有無は、表3の通りである。
【0047】
【表3】

【0048】
10、10、又は10CFUのLactobacillus brevisを含む300mLのビールを、それぞれセルロース膜(直径25mm)で濾過し、当該ビール中の微生物をセルロース膜に捕集した。当該セルロース膜を完全に乾燥させた後、670μLのアセトンを添加し、3分間以上ボルテックスにて完全に溶解させた。続いて、試験区2及び4のセルロース膜溶解物に、4mLの緩衝液〔50mM Tris/Cl(pH8.0),50mM EDTA(pH8.0),0.5% Tween−20,0.5% Triton X−100〕と10μLのλ−DNA(TOYOBO社製、コード番号:DNA−001)とを添加し、3分間以上ボルテックスにて混和させた。一方で、試験区1及び3のセルロース膜溶解物には、4mLの緩衝液〔50mM Tris/Cl(pH8.0),50mM EDTA(pH8.0),0.5% Tween−20,0.5% Triton X−100〕のみを添加し、3分間以上ボルテックスにて混和させた。
続いて、試験区3及び4の水溶液に対して、実施例1と同様にしてDNA溶液を調製した。一方で、試験区1及び2の水溶液に対しては、スキムミルクを含有しない2×CTAB緩衝液を添加した以外は、実施例1と同様にしてDNA溶液を調製した。
【0049】
得られたDNA溶液を用いて、実施例1と同様にしてPCR試験を行った。その結果を表4に示す。表4中、「10CFU」は、濾過したビール中に含まれていた微生物量を示す。この結果、スキムミルクを添加した試験区3及び4では、スキムミルクを添加していない試験区1及び2よりも、PCR増幅産物が多かった。さらに、スキムミルクのみを添加した試験区3では、10CFUの微生物が含まれていたビールから回収したDNAを鋳型とした場合に増幅産物が得られなかったが、スキムミルクとλ−DNAを併用した試験区4では、増幅産物が得られた。これらの結果から、本発明の微生物由来DNAの精製方法においては、セルロースに対するブロッキング剤を用いることにより、DNAの回収効率を改善し得ることがわかった。
【0050】
【表4】

【産業上の利用可能性】
【0051】
本発明の微生物の回収方法及び微生物由来DNAの精製方法により、濾過性に優れたセルロース膜から効率よく微生物を回収し、当該微生物からDNAを抽出・精製することができる。そして、当該方法により精製されたDNAは、PCR等の核酸解析により、微生物の定性又は定量検出に供することができる。このため、飲食品、医薬品、医薬部外品、化粧品等の様々な液状の商品の製造分野、特に品質管理等において利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)被検液体試料中の微生物を、セルロース膜に捕集する工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記セルロース膜にアセトンを添加して、当該セルロース膜を溶解させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、得られたセルロース膜溶解物に、セルロース膜に添加したアセトンの1〜10倍量の水又は緩衝液を添加してセルロース繊維を析出させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、セルロース繊維が析出された水溶液から、アセトンを揮発除去する工程と、
を有することを特徴とする、微生物の回収方法。
【請求項2】
前記工程(c)の後前記工程(d)の前、又は前記工程(d)の後に、前記水溶液に、1種又は2種以上のセルロースに対するブロッキング剤を添加することを特徴とする請求項1に記載の微生物の回収方法。
【請求項3】
前記ブロッキング剤が、スキムミルク、λ−DNA、酵母tRNA、アルブミン、カゼイン、及び動物由来のDNAからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする請求項2に記載の微生物の回収方法。
【請求項4】
(a)被検液体試料中の微生物を、セルロース膜に捕集する工程と、
(b)前記工程(a)の後、前記セルロース膜にアセトンを添加して、当該セルロース膜を溶解させる工程と、
(c)前記工程(b)の後、得られたセルロース膜溶解物に、セルロース膜に添加したアセトンの1〜10倍量の水又は緩衝液を添加してセルロース繊維を析出させる工程と、
(d)前記工程(c)の後、セルロース繊維が析出された水溶液から、アセトンを揮発除去する工程と、
(e)前記工程(d)の後、得られた水溶液中で、細胞壁分解酵素及びタンパク質分解酵素からなる群より選択される1種以上による分解反応を行うことにより、当該水溶液中に含まれている微生物からDNAを抽出する工程と、
(f)前記工程(e)の後、前記水溶液中に、CTABを添加し、溶解していたセルロースを不溶化する工程と、
(g)前記工程(f)の後、前記水溶液からDNAを精製する工程と、
を有することを特徴とする、微生物由来DNAの精製方法。
【請求項5】
前記工程(c)の後前記工程(f)の前に、前記水溶液に、1種又は2種以上のセルロースに対するブロッキング剤を添加することを特徴とする請求項4に記載の微生物由来DNAの精製方法。
【請求項6】
前記ブロッキング剤が、スキムミルク、λ−DNA、酵母tRNA、アルブミン、カゼイン、及び動物由来のDNAからなる群より選択される1種以上であることを特徴とする請求項5に記載の微生物由来DNAの精製方法。
【請求項7】
前記工程(c)の後前記工程(d)の前に、前記水溶液に、λ−DNA、酵母tRNA、及び動物由来のDNAからなる群より選択される一種以上を添加し、
前記工程(e)の後前記工程(f)の前に、前記水溶液に、スキムミルク、アルブミン、及びカゼインからなる群より選択される一種以上を添加することを特徴とする請求項6に記載の微生物由来DNAの精製方法。
【請求項8】
前記被検液体試料が、ビール又はビール様発泡性飲料であることを特徴とする請求項4〜7のいずれか一項に記載の微生物由来DNAの精製方法。

【公開番号】特開2012−19723(P2012−19723A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−159457(P2010−159457)
【出願日】平成22年7月14日(2010.7.14)
【出願人】(311007202)アサヒビール株式会社 (36)
【Fターム(参考)】