説明

微生物の培養方法

【課題】 共生関係にある他の微生物との共生下においてのみ増殖することができる、又は共生関係にある他の微生物との共生下において増殖が促進される特定の微生物を単離して培養することを可能とする方法を提供すること。
【解決手段】 前記特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地とがフィルターによって区画されており、該フィルターは両微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるものである培養システムを用いることを特徴とする方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の培養方法に関し、より詳しくは、特定の微生物を、該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
地球上に存在する微生物は、DNAレベルの解析の成果により100万種以上存在すると言われている。しかしながら、同定されているのは約9千種と、その1割にも満たない。また、腸内に定着している微生物(腸内常在微生物)においても7割以上が未同定のままである。
【0003】
かかる現状において、培養操作を伴わないで環境中の微生物の核酸抽出から分子生物学的に解析する手法(メタゲノム的アプローチ)に着目されている。しかしながら、微生物の本質を理解し、また商業的価値を見出すためには、微生物を種毎に分離培養して解析する手法を用いた様々な検討が必須である。従って、微生物を産業上利用していく上では、メタゲノム的アプローチのみでは限界がある。さらに昨今の環境破壊等からこれらの微生物を保護する上でも、分離培養技術は普遍的に必要不可欠である。
【0004】
また、前述の通り、ヒトの腸内常在微生物においては、未だ7割以上は未培養・未同定であるので、培養技術を改良することで未知の微生物の分離・同定を可能とすれば、新規な有用微生物が発見される可能性は非常に高い。とはいえ、未知の微生物の多くでは単に従来の寒天培地に塗抹するだけの培養方法では安定して継続的な増殖が認められない難培養性の傾向が示される。従って、新規微生物の探索を行うためには難培養性微生物を培養可能とする新たな培養技術の開発が求められている。
【0005】
かかる微生物の分離培養が困難である理由には、生育条件に特殊な因子(例えば、増殖因子)を必要とし、他の生物との共生状態でないと生育できないことなどが挙げられる。よって、培養に必要な因子が判明していない微生物を培養するにあたってはその微生物がいた生息環境に出来るだけ近づけることが必要である。
【0006】
このような観点から、難培養性の共生微生物が生育可能な環境を再現した培養方法が開発されている。例えば、微生物を通過させず水溶物のみを通過させる膜を有する密閉性容器を使った方法が知られている(特許文献1)。この方法では、分離対象となる微生物を含む試料を接種した寒天培地を前記密閉性容器内に封入した上で、当該密閉性容器を対象微生物に応じた外部環境内に配置して、該微生物を培養する。しかし、この方法では各微生物が単離された上で培養される訳でなく、寒天培地内に多種類の微生物が同時に混入した上で培養されることから、異なる種の微生物由来のコロニーが寒天培地内に複数生成される。このような状況では寒天培地の内部のコロニーを目視確認するのは非常に難しく、加えて複数種類の微生物が存在する寒天培地から、他の微生物細胞に混在しないように、シングルコロニー(一種の微生物が増殖してできた微生物集団)だけ分離して、目的の微生物を単離することが困難である。
【0007】
近年においては、液体培地を利用した改良技術が開発されており、例えば、多孔性中空糸膜を培養器として用いて共生微生物が生育に必要な因子を供給して分離培養を行うin situ培養法(特許文献2、非特許文献1)、二層の液体培地を膜で隣接区画した上で共生微生物の生育に必要な因子を一方の層から供給してもう一方の層で当該共生微生物の分離培養を行うin situ培養法(非特許文献2)がある。また、多数の小孔を有するプレートを液体培地中に浸し、当該液体培地中では小孔内に微生物が単独で回収され得る密度とさせて、当該プレートより単一の微生物を回収し、元の液体培地中で培養する方法(非特許文献3)も開発されている。
【0008】
しかし、これら分離培養技術であっても、難培養性微生物を単離して実用化するには至っていないのが現状である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平1−265882号公報
【特許文献2】特開2010−41967号公報
【非特許文献】
【0010】
【非特許文献1】Aoi Yら、Appl.Environ.Microbiol.、2009年、75巻、11号、3826〜3833ページ
【非特許文献2】Ueda Kら、Appl.Microbiol.Biotechnol.、2002年、60巻、300〜305ページ
【非特許文献3】Nichols Dら、Appl.Environ.Microbiol.、2010年、76巻、8号、2445〜2450ページ
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
従来の共生微生物の分離培養方法では、寒天培地を用いた培養方法の場合、目的としない微生物の混入によって特定の微生物を単離することができないことは上述の通りである。一方、液体培地を用いた培養方法では、懸濁培養となるため、目的とする共生微生物のシングルコロニー(一種の微生物が増殖してできた微生物集団)が形成されない。このため、目的の共生微生物を単離するために集積培養を多段階に行う必要があったが、これには多大な時間を要し、また他の微生物種の混入を防ぐことが非常に困難であるという課題に本発明者らは着目した。
【0012】
本発明は、上記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、難培養性の共生微生物、すなわち共生関係にある他の微生物との共生下においてのみ生存・増殖することができる、又は共生関係にある他の微生物との共生下において増殖が促進される特定の微生物を培養することで、当該共生微生物の単離が可能な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画して両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが微生物の産出する物質は通過させるフィルターとを含んでなる培養システムを用いることにより、各々の微生物から産出される多種の物質(代謝産物等)を当該微生物付近のみならずフィルターを通って両培地間で共有することができるため、第一の寒天培地上で特定の微生物にシングルコロニーを形成させて培養できることを見出した。また、この培養方法によって第一の寒天培地上に形成されたシングルコロニーから特定の微生物を単離、回収できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0014】
本発明は、より詳しくは、以下の発明を提供するものである。
(1) 特定の微生物を、該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法であって、前記特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画し、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターと、を含んでなる培養システムを用いることを特徴とする方法。
(2) 第一の寒天培地は、第二の寒天培地の表面上に前記フィルターを介して積層されていることを特徴とする(1)に記載の方法。
(3) 培養システムは、第一の寒天培地又は第二の寒天培地中の微生物の培養に必要な物質を含む第三の寒天培地をさらに含むことを特徴とする、(1)又は(2)に記載の方法。
(4) 第二の寒天培地は、第三の寒天培地の表面上に積層されていることを特徴とする、(3)に記載の方法。
(5) 第一の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲であり、第二の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲である、(1)〜(4)のうちのいずれか一に記載の方法。
(6) 前記フィルターの孔径が0.22μm以下であることを特徴とする(1)〜(5)のうちのいずれか一に記載の方法。
(7) 特定の微生物を、該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法であって、
(a) 特定の微生物と共生関係にある微生物を第二の寒天培地で培養する工程と、
(b) 第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画する工程であって、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターで区画する工程と、
(c) 前記特定の微生物を第一の寒天培地で培養する工程と、を含む方法。
(8) 第一の寒天培地が、第二の寒天培地の表面上に前記フィルターを介して積層されることを特徴とする(7)に記載の方法。
(9) (a‐2) 第二の寒天培地を、第一の寒天培地又は第二の寒天培地中の微生物の培養に必要な物質を含む第三の寒天培地の表面上に積層させる工程をさらに含むことを特徴とする(8)に記載の方法。
(10) 第一の寒天培地の寒天の濃度が0.3〜1.0%の範囲であり、第二の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲である、(7)〜(9)のうちのいずれか一に記載の方法。
(11)フィルターの孔径が0.22μm以下であることを特徴とする、(7)〜(10)のうちのいずれか一に記載の方法。
(12) 特定の微生物を生産するための方法であって、
(a)(1)〜(11)のうちのいずれか一に記載の方法によって、特定の微生物を培養する工程と、
(b)工程(a)において、第一の寒天培地にて培養した特定の微生物を回収する工程と、を含む方法。
(13) 特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画し、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターと、を含む培養システム。
(14) 第一の寒天培地は、第二の寒天培地の表面上に前記フィルターを介して積層されていることを特徴とする(13)に記載の培養システム。
(15) 第一の寒天培地又は第二の寒天培地中の微生物の培養に必要な物質を含む第三の寒天培地をさらに含む、(13)又は(14)に記載の培養システム。
(16) 第二の寒天培地は、第三の寒天培地の表面上に積層されていることを特徴とする、(15)に記載の培養システム。
(17) 第一の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲であり、第二の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲である、(13)〜(16)のうちのいずれか一に記載の培養システム。
(18) 前記フィルターの孔径が0.22μm以下であることを特徴とする(13)〜(17)のうちのいずれか一に記載の培養システム。
(19) 第一の寒天培地の組成物と、第二の寒天培地の組成物と、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターと、第三の寒天培地の組成物と、スぺーサーと、培養容器とからなる群から選択される少なくとも2種の要素を含む、特定の微生物の培養用又は生産用のキット。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、共生関係にある他の微生物との共生下においてのみ生存・増殖することができる、又は共生関係にある他の微生物との共生下において増殖が促進される特定の微生物を培養し、シングルコロニーを形成させて単離、回収することが可能となる。また、第一の寒天培地では目的としない微生物の混入を除外することができ、目的の微生物を元の生息環境や当該環境を擬似的に再現した培地等に戻す必要もない為、従来技術に比べて他の微生物の混入を防ぐことができる。
【0016】
更に、当該培養方法によって共生関係にある微生物の組み合わせを同定することも可能である。このことによって、共生微生物を培養するための生育環境の再現において、その培地組成を簡素化させていくことも可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明の、特定の微生物を該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法の好適な一実施形態を示す概略図である。
【図2】種々の寒天濃度における物質(色素)の拡散の様子を観察した結果を示す写真である。
【図3】EG寒天培地上での糞便塗抹培養時に形成された376株のコロニーと377株のコロニーとを示す写真である。なお図中、丸で囲んだ部分は377株のコロニーが存在していることを示す。
【図4】16SrRNAの配列解析により、377株がPhascolarctobacterium属の未同定の微生物種であることを示す系統樹である。
【図5】糞便由来腸内常在微生物との共培養下において、377株を培養することが可能であることを示す写真である。なお図中、矢印は377株のコロニーが存在していることを示す。
【図6】376株との共培養下において、377株を培養することが可能であることを示す写真である。なお図中、矢印は377株のコロニーが存在していることを示す。
【図7】共生微生物の非存在下においては、377株を培養することができないことを示す写真である。
【図8】Bacteroides fragilis JCM11019T株(図中「B.fragilis」)との共培養下において、Phascolarctobacterium 377株(図中「377」)を培養することが可能であることを示す写真である。なお図中、矢印は377株のコロニーが存在していることを示す。
【図9】本発明の培養システムにおいて、下層(第二の寒天培地)にSutterella sp.252が存在する箇所及びその周辺において、Bacteroides fragilisのコロニー径が増大していることを示す写真である。なお図中、丸で囲んだ部分は、下層(第二の寒天培地)にSutterella sp.252が存在していることを示す。
【図10】単独でNT培地にて培養した際に、Parabacteroides sp.157はコロニーを形成することができないことを示す写真である。
【図11】本発明の培養システムにおいて、第二の寒天培地にKlebsiella pneumoniaeが混在する場合に、Parabacteroides sp.157はコロニーを形成することができることを示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の、特定の微生物を該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法は、前記特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画し、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物の産出する物質は通過させるフィルター、を含む培養システムを用いることを特徴とする。
【0019】
また、本発明の、特定の微生物を該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法は、特定の微生物と共生関係にある微生物を第二の寒天培地で培養する工程と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画する工程であって、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが微生物が産出する物質は通過させるフィルターで区画する工程と、前記特定の微生物を第一の寒天培地で培養する工程と、を含むことを特徴とする。
【0020】
本発明における「微生物」は肉眼では観察が困難な微小な生物の意として用いられ、その多くは1mm以下の体長である。生物種としては特に制限されることなく、例えば、微細藻類、原生動物、真菌、粘菌等の真核生物、及び真正細菌、古細菌等の原核生物が挙げられる。
【0021】
本発明における「特定の微生物」としては、特に、共生関係にある他の微生物との共生下においてのみ生存・増殖することが可能な微生物、又は共生関係にある他の微生物との共生下において増殖が促進される微生物を指す。本発明における「特定の微生物」は特定の一種の微生物であってもよく、シングルコロニーが形成できる範囲において特定の複数種の微生物であってもよい。本発明によれば、後述の第一の寒天培地において複数種の微生物を同時に培養し、各々の微生物についてシングルコロニーを形成させて培養することも可能である。また本発明における「共生微生物」とは、共生関係によって生存・増殖が可能な微生物、又は共生関係によって増殖が促進される微生物を指し、特に共生関係の生物により利益を得ることで生存・増殖が可能な微生物を指す。従って、本発明における「特定の微生物」は、好適には共生微生物の意を含む。
【0022】
本発明において「共生関係」とは、特定の微生物と、該特定の微生物とは異なる他の微生物とが互いに利益を得る関係(相利共生)、特定の微生物のみが利益を得る関係(片利共生)のみならず、寄生も含む意である。また本発明における「特定の微生物と共生関係にある微生物」は、一種の微生物であっても、複数種の微生物であってもよい。
【0023】
本発明において、「特定の微生物」及び「特定の微生物と共生関係にある微生物」が産出する物質としては特に制限されることはなく、例えば、これらの微生物を構成する物質、これらの微生物の分泌産物、これらの微生物による代謝産物が挙げられる。
【0024】
本発明の「第一の寒天培地」は、微生物が産出する物質を拡散できる程度の流動性を保つ濃度の寒天であり、且つ「特定の微生物」が生存・増殖してシングルコロニーを形成できる程度の固形性を保つ濃度の寒天を有している培地であれば特に制限されない。本発明において、第一の寒天培地は特定の微生物にシングルコロニーを形成させて単離することを目的に用いられる。特定の微生物がシングルコロニーを形成できる程度の固形性という観点から、第一の寒天培地の寒天の濃度は、0.3〜1.0%の範囲であることが好ましい。後述の実施例において示すように、前記寒天の濃度が前記下限未満であると寒天培地の流動性が上がり、特定の微生物が拡散してシングルコロニーを形成しにくくなる問題に加え、第一の寒天培地が構造的に不安定になり、実験操作等も困難になる傾向にある。他方、前記寒天の濃度が前記上限を超えると微生物が産出する物質が拡散しにくくなる傾向にある。また、微生物の産生物質をより早く拡散させる観点から、寒天の濃度が0.3〜0.4%の範囲である寒天培地であることがより好ましい。
【0025】
「特定の微生物」が遊走性のある微生物などである場合においては、寒天の濃度が低い培地ではコロニーが大きく広がりすぎてシングルコロニーの形成が不十分になることが懸念される。かかる場合においては、0.4%よりも寒天の濃度を高めることによって当該微生物の拡散をある程度防ぐことができ、シングルコロニーを形成させることができる。この場合、寒天の濃度を高めることによって生じる、微生物の産生物質の拡散スピードの遅延は、培養時間を長くすることによって補完することができる。
【0026】
本発明の「第二の寒天培地」は、微生物が産出する物質を拡散できる程度の流動性を保つ濃度の寒天であり、且つ培養システムを構築する際に構造的に安定する程度の固形性を保つ濃度の寒天を有している培地であれば特に制限されない。本発明において第二の寒天培地は、「特定の微生物」の生存・増殖に必要な因子を供給する為の培地であり、少なくとも前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養して「特定の微生物」の生息環境を擬似的に再現することを目的に用いられる。第二の寒天培地において「特定の微生物と共生関係にある微生物」を培養する際には、該微生物以外に、特定の微生物と共生関係にない微生物を混入して培養してもよい。また、第一の寒天培地中で培養する「特定の微生物」は第二の寒天培地にて培養している「特定の微生物と共生関係にある微生物」等の中からピックアップしてくることもでき、その際には第二の寒天培地でも当該微生物がシングルコロニーを形成できることが好ましい。これらの観点から、第二の寒天培地の寒天の濃度は、0.3〜1.0%の範囲であることが好ましい。また、後述の実施例において示すように、前記寒天の濃度が前記下限未満であると寒天培地の流動性が上がり、培養システムを構築する際に構造的に安定しにくく、実験操作等も困難になる傾向にある。他方、前記寒天の濃度が前記上限を超えると微生物が産出する物質が拡散しにくくなる傾向にある。また、微生物の産生物質をより早く拡散させる観点から、寒天の濃度が0.3〜0.4%の範囲である寒天培地であることがより好ましい。さらに「第二の寒天培地」の寒天の濃度は「第一の寒天培地」と同じでも良く、目的の対象微生物の特性によって適宜、異なるものとしても良い。
【0027】
第二の寒天培地の作製方法としては、少なくとも特定の微生物と共生関係にある微生物が含まれる試料を培地中に混釈して作製する方法、特定の微生物と共生関係にある微生物を一切含まないで寒天培地を調製し、当該寒天培地の調製後に当該微生物を植菌して作製する方法などが挙げられる。また、図1に示すように、第一の寒天培地を第二の寒天培地の表面上に積層させる場合には、特定の微生物と該特定の微生物と共生関係にある微生物とを近接させて相手の微生物が産出する物質をより享受し易くすることが好ましい。さらに、特定の微生物の位置に対し、該特定の微生物と共生関係にある複数の微生物の各々の位置に差が生じることで、該特定の微生物への産生物質の供給に差が生じることを避けることが好ましい。このような観点から、第二の寒天培地は薄層(例えば、厚さ0.2〜1.5mmの層)であることがより好ましい。
【0028】
なお、遊走性のある微生物などを第二の寒天培地で培養する場合においては、寒天の濃度が低い培地ではコロニーが大きく広がりすぎてシングルコロニーの形成が不十分になることが懸念される。かかる場合においては、0.4%よりも寒天の濃度を高めることによって当該微生物の拡散をある程度防ぐことができ、シングルコロニーを形成させることができる。この場合、寒天の濃度を高めることによって生じる、微生物の産生物質の拡散スピードの遅延は、培養時間を長くすることによって補完することができる。
【0029】
また、本発明に用いられる「寒天」としては、培地を固化させる機能を保持している限りにおいて特に制限はないが、例えばオゴノリやテングサ等の海草から抽出したゲル状物が挙げられ、夾雑物、色素、塩類を最小限まで洗い落とした精製寒天である方が好ましい。寒天の性質としては、粘度が高い方がより好ましい。
【0030】
さらに、本発明の「第一の寒天培地」及び「第二の寒天培地」においては、前記寒天以外に、培養する目的の対象微生物に合わせて、適宜、様々な物質を添加することができる。例えば、窒素源としてアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸もしくは有機酸のアンモニウム塩、牛肉・魚肉等を原料とした肉エキス、ポテト等を原料とした植物エキス、パン酵母・ビール酵母等を原料とした酵母エキス、コーンスチープリカー、大豆粕及び大豆粕加水分解物、各種発酵菌体並びにその消化物、その他の含窒素化合物等を培地に添加してもよく、またカゼインペプトン、獣肉ペプトン、心筋ペプトン、ゼラチンペプトン、大豆ペプトン等に例示されるペプトン類を添加しても良い。また、炭素源としてグルコース、フラクトース、スクロース、これらを含有する糖蜜、デンプンあるいはデンプン加水分解物等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類などを培地に添加してもよく、無機塩として尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、過リン酸石灰、リン安、リン酸マグネシウム、塩酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等のリン酸成分、カリウム成分、マグネシウム成分、その他、亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等を培地に添加してもよい。その他、ビタミン、核酸関連物質等を添加しても良い。
【0031】
更に、対象微生物の生息環境に近い環境を再現させるために、生息環境であった土壌由来の成分、宿主生物由来の体液、血液、組織抽出物等、或いは宿主生物内での生息環境を再現する為に脊椎動物、無脊椎動物、温血動物、哺乳動物、鳥類などの動物由来の体液・血液・組織抽出物、酵母並びに植物の抽出物等を適宜添加しても良い。
【0032】
また、目的としない微生物等の混入を防ぐために必要であれば抗生物質等を添加しても良く、抗生物質としては例えばペニシリン系、β−ラクタム系、マクロライド系、クロラムフェニコール系、テトラサイクリン系、アミノグリコシド系、ケトライド系、ポリエンマクロライド系、グリコペプチド系、核酸系、ポリドンカルボン酸系等の抗生物質を挙げることができる。
【0033】
以上のように、当業者であれば、目的の対象微生物に合わせて適宜、その培地成分を選択して添加することができる。「第一の寒天培地」及び「第二の寒天培地」の培地組成は同じでも良く、微生物の特性によって適宜、異なるものとしても良い。
【0034】
本発明における「第一の寒天培地」及び「第二の寒天培地」では、その形状は特に制限されることはなく、例えば平板培地、斜面培地、半斜面培地、高層培地から適宜、目的に合わせて選択することができる。
【0035】
本発明の「フィルター」は、第一の寒天培地と第二の寒天培地とを区画することができ、かつ、培養している微生物は通過させないが、それらが産出する物質は通過させるものであれば特に制限されない。フィルターの孔径は、通常、0.22μm以下であることが好ましい。前記孔径の下限は、微生物の産出する物質が通過する限りにおいて特に制限はないが、好ましくは0.01μm以上、より好ましくは0.02μm以上、より好ましくは0.03μm以上、より好ましくは0.04μm以上、より好ましくは0.05μm以上である。0.01μm未満だと微生物が産出する物質は通過しにくくなる傾向にあり、他方、前記孔径が前記上限を超えると両微生物が通過し易くなる傾向にある。また、フィルターの材質は好ましくは親水性フィルターであるが、特に制限されることなく、公知の合成ポリマー、天然ポリマー、金属、及びこれらの組み合わせ(例えば、セルロース、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリエーテル、ポリアミド、PVDF、フッ素樹脂、酸化アルミニウム、及びこれらの組み合わせ)から適宜選択することができる。
【0036】
特定の微生物又は特定の微生物と共生関係にある微生物を寒天培地に植菌する方法としては特に制限されず、公知の手法を適宜選択して用いることができる。かかる公知の手法としては例えば、溶解している寒天培地(培地中の温度としては、例えば40〜50℃)に微生物のコロニー又はその希釈液等を混釈させてから該寒天培地を固化させる方法、寒天培地の表面上に微生物を滅菌された白金耳等により塗抹する方法、微生物が形成したコロニーを滅菌されたプラスチック製チップ、爪楊枝、白金耳等によりピックアップし、寒天培地中に移す方法などが挙げられる。
【0037】
「第一の寒天培地」、「第二の寒天培地」、及び「フィルター」の形態並びにこれらの位置関係としては、第一の寒天培地と第二の寒天培地とが接する部分にフィルターが介することができれば特に制限されず、例えば隣接、積層などの位置関係が挙げられる。特に、第一の寒天培地と第二の寒天培地とが接する面積を広く確保することができ、また第一の寒天培地において培養された特定の微生物の回収が容易であるという観点から、第一の寒天培地は、第二の寒天培地の表面上にフィルターを介して積層されていることが好ましい。
【0038】
さらに、本発明における培養方法では、適宜、「第三の寒天培地」を用いても良い。本発明の「第三の寒天培地」は、第一又は第二の寒天培地中の微生物の培養(生存・増殖)に必要な物質を豊富に含有することを特徴とし、少なくとも栄養層としての役割を担う。図1に示すように、第一の寒天培地及び第二の寒天培地が積層状にある場合には、構造上の観点から第二の寒天培地を安定的に置く為に、第二の寒天培地より高い寒天の濃度を有する第三の寒天培地の表面上に第二の寒天培地が積層されていることが好ましい。また、特定の微生物と共生関係にある微生物等を第二の寒天培地に留めることにより、特定の微生物が、特定の微生物と共生関係にある微生物が産出する物質をより効率的に享受するという観点から、第二の寒天培地は、第三の寒天培地の表面上に前記フィルターを介して積層されていても良い。
【0039】
かかる第三の寒天培地としては少なくとも第一又は第二の寒天培地中の微生物の培養(生存・増殖)に必要な物質を豊富に含有していれば特に制限はないが、培養システムの構造上、第一又は第二の寒天培地を安定的に置く為の観点から、寒天の濃度は0.4〜1.5%である寒天培地であることが好ましい。また、本発明の「第三の寒天培地」においては、前記寒天以外に、培養する目的の対象微生物に合わせて、適宜、様々な物質を添加することができる。例えば、窒素源としてアンモニア、塩化アンモニウム、硫酸アンモニウム、酢酸アンモニウム、リン酸アンモニウム等の無機酸もしくは有機酸のアンモニウム塩、牛肉・魚肉等を原料とした肉エキス、ポテト等を原料とした植物エキス、パン酵母・ビール酵母等を原料とした酵母エキス、コーンスチープリカー、大豆粕及び大豆粕加水分解物、各種発酵菌体並びにその消化物、その他の含窒素化合物等を培地に添加してもよく、またカゼインペプトン、獣肉ペプトン、心筋ペプトン、ゼラチンペプトン、大豆ペプトン等に例示されるペプトン類を添加しても良い。また、炭素源としてグルコース、フラクトース、スクロース、これらを含有する糖蜜、デンプンあるいはデンプン加水分解物等の炭水化物、酢酸、プロピオン酸等の有機酸、エタノール、プロパノール等のアルコール類などを培地に添加してもよく、無機塩として尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、リン酸アンモニウム、リン酸第一カリウム、リン酸第二カリウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、過リン酸石灰、リン安、リン酸マグネシウム、塩酸マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン、硫酸銅、炭酸カルシウム等のリン酸成分、カリウム成分、マグネシウム成分、その他、亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等を培地に添加してもよい。その他、ビタミン、核酸関連物質等を添加しても良い。
【0040】
更に、対象微生物の生息環境に近い環境を再現させるために、生息環境であった土壌由来の成分、宿主生物由来の体液、血液、組織抽出物等、或いは宿主生物内での生息環境を再現する為に脊椎動物、無脊椎動物、温血動物、哺乳動物、鳥類などの動物由来の体液・血液・組織抽出物、酵母並びに植物の抽出物等を適宜添加しても良い。
【0041】
また、目的としない微生物等の混入を防ぐために必要であれば抗生物質等を添加しても良く、抗生物質としては例えばペニシリン系、β−ラクタム系、マクロライド系、クロラムフェニコール系、テトラサイクリン系、アミノグリコシド系、ケトライド系、ポリエンマクロライド系、グリコペプチド系、核酸系、ポリドンカルボン酸系等の抗生物質を挙げることができる。
【0042】
以上のように、当業者であれば、対象の微生物に合わせて適宜、その培地成分を選択して添加することができる。
【0043】
本発明における第三の寒天培地では、その形状は特に制限されることはなく、例えば平板培地、斜面培地、半斜面培地、高層培地から適時、目的に合わせて選択することができる。第一又は第二の寒天培地と積層させる観点から、第三の寒天培地の形状は、第一又は第二の寒天培地と同じ形状の培地であることが好ましい。
【0044】
また、図1に示すように、第一の寒天培地及び第二の寒天培地が積層状である場合には、特定の微生物と特定の微生物と共生関係にある微生物とのコンタミネーションを防ぎ、またフィルターが水分を吸収して膨張することによって生じ得る第一の寒天培地と第二の寒天培地との隙間を無くして空気を混入することを防ぐ仕切りの役割として、フィルター上にスぺーサーを設けることが好ましい。さらに、第二の寒天培地と第三の寒天培地とをフィルターで区画する際にも、スペーサーを設けることが好ましい。
【0045】
このようなスぺーサーの形状としては、前述の観点からフィルターを寒天培地の表面上に密着させられるようにおさえられる形状(例えば、フィルターの周縁の全部または一部を覆うことのできる形状)であればよく、本発明の培養システムに用いられる培養容器の形状に合わせて適宜選択される。
【0046】
また、このようなスぺーサーの材質としては特に制限はなく、公知の合成ポリマー、天然ポリマー、金属、及びこれらの組み合わせ(例えば、セルロース、ポリカーボネート、ポリエチレン、ポリエーテル、ポリアミド、PVDF、フッ素樹脂、酸化アルミニウム、及びこれらの組み合わせ)から適宜選択することができる。これらの中においては、スペーサー部に寒天培地中の成分が浸透することを防ぐという観点から、テフロン(登録商標)、ポリプロピレン等の撥水性の素材を本発明のスぺーサーに好適に用いることができる。さらに、後述の実施例において示すような、前記フィルターとスぺーサーとが一体となっているもの(例えば、底がメンブレンフィルターになっているプラスティックシャーレ)を本発明の培養システムに用いることもできる。
【0047】
本発明の「培養システム」は、特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画して両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターと、を含んでなる構築物を指す。培養システムは適宜、第三の寒天培地やスペーサーを含んだ構築物であってもよい。
【0048】
本発明における培養方法では、第一又は第二の寒天培地は、それぞれの目的の範囲において、新しい第一の寒天培地又は第二の寒天培地と適宜、交換しても良い。交換の際には、フィルターやスペーサーなどを利用して寒天培地を持ち上げて行うことができる。寒天培地の交換前後においては、寒天培地の組成は同一であっても異なる組成であっても良い。また、第三の寒天培地を用いた場合においても、適宜、第三の寒天培地を新たな寒天培地に交換することができ、交換前後の寒天培地の組成は同一であっても異なる組成であっても良い。第三の寒天培地を交換する際には、他の寒天培地と接している面にはフィルターを介していることが好ましく、更にスペーサーを介していることがより好ましい。第三の寒天培地の交換時には、これらのフィルターやスペーサーなどを利用して、寒天培地を持ち上げて行うことができる。
【0049】
本発明の培養方法においては、
(a)特定の微生物と共生関係にある微生物を第二の寒天培地で培養する工程と、
(b)第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画する工程であって、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが微生物が産出する物質は通過させるフィルターで区画する工程と、
(c)前記特定の微生物を第一の寒天培地で培養する工程と、を含む。
【0050】
本発明においては、(c)の工程は少なくとも一度(a)と(b)の工程を経る必要がある。(a)と(b)の工程が一度経たならば、本発明では適宜それぞれの寒天培地を交換しながら特定の微生物を培養することも可能であるため、その後に各工程を繰り返す際には、その順番は特に制限されることはない。微生物が生存・増殖する為に必要な物質が培養の過程において減少した際にも、各寒天培地を交換することにより当該物質を供給することができる。また、寒天培地の交換によって、他の微生物がコンタミネーションした際にも、その微生物が含まれる寒天培地ごと交換して、目的の対象微生物を培養することも可能となる。このように、本発明の培養方法における工程には、適宜、新たな培地成分を供給する工程や、他の微生物のコンタミネーションを除去する工程も含めることができる。
【0051】
前述の第一の寒天培地、第二の寒天培地、及びフィルターからなる培養システムを用いた、特定の微生物と特定の微生物と共生関係にある微生物とを共培養するための、温度、湿度、酸素濃度、二酸化炭素濃度、pH、培養時間等の条件は、これらの微生物の性質に合わせて、適宜調整することができる。
【0052】
また本発明は、下記工程を含む、特定の微生物を生産するための方法を提供する。
(a)前述の、特定の微生物を、該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法によって、特定の微生物を培養する工程と、
(b)工程(a)において、第一の寒天培地にて培養した特定の微生物を回収する工程。
【0053】
かかる工程において、特定の微生物を回収する方法としては特に制限はなく、特定の微生物の性質に合わせて、公知の方法を適宜選択することができる。また、かかる特定の微生物を生産するための方法は、特定の微生物そのものの生産のみならず、該微生物から産生される有用な物質の生産方法としても好適に用いることができる。
【0054】
また、本発明は、下記要素からなる群から選択される少なくとも2種の要素を含む、特定の微生物の培養用又は生産用のキットを提供することもできる。
(a)第一の寒天培地の組成物
(b)第二の寒天培地の組成物
(c)フィルター
(d)第三の寒天培地の組成物
(e)スぺーサー
(f)培養容器。
本発明のキットには、さらに、使用説明書を含むことができる。
【実施例】
【0055】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
(実施例1)
他の微生物が産出する物質を利用して増殖を行う微生物にとって,目的の物質がより早く培地中を拡散することが増殖を開始するために望ましい。そこで、微生物の培養を行うために最適な培地層の寒天濃度を決定するため、種々の寒天濃度における物質の拡散の様子を観察した。すなわち,液体培地(Nutrient broth、Difco社製)25mLに寒天(Difco社製)を0.15、0.3、0.4、0.75、1.0または1.5%の濃度になるように添加し、種々の濃度の平板培地を作製した。そして、各平板培地層内に0.1%メチレンブルー色素液(wako社製)をlμL注入し、この色素の拡散の程度を経時的に観察した。得られた結果を図2に示す。
【0057】
その結果、寒天の濃度が0.3%未満では培地の強度が弱く、シャーレを傾けた際に培地層が崩れてしまうことがあり、前述のフィルターを重層する際に第二の寒天培地とフィルターとの間に隙間が生じる可能性がある。また図2に示した結果から明らかなように、寒天の濃度が1.5%では培地強度は高いものの、色素注入8時間後における層内における色素の拡散の程度が、寒天の濃度0.15、0.3、0.4、0.75、および1.0%の場合よりも遅かった。従って、微生物が産出する物質の拡散性、操作の容易さ、並びに培養システムの安定性の観点から、第一の寒天培地及び第二の寒天培地の寒天の濃度は0.3〜1.0%であることが好ましく、他の微生物の産生物質をより早く拡散させるという観点から、寒天の濃度は0.3〜0.4%であることがより好ましい。
【0058】
なお、遊走性のある微生物などを培養する場合においては、寒天の濃度が低い培地ではコロニーが大きく広がりすぎることが懸念される。かかる場合においては、0.4%よりも寒天の濃度を高めることによって、シングルコロニーを形成させることができる。この場合、微生物の産生物質の拡散スピードの遅延は、培養時間を長くすることによって補完することができる。
【0059】
(実施例2)
糞便をEG平板培地(寒天の濃度は1.5%、その他の組成は表1参照のこと。)上に塗抹して37℃で2日間、アネロパック(三菱ガス化学株式会社製)を使用して嫌気培養した際、Baeteroides dorei 376株(以下、「B.dorei376株」とも称する。)のコロニーに重なって認められた微小コロニー(以下「377株」とも称する。図3 参照)は16SrRNAの配列解析の結果、Phascolarctobacterium属の未同定微生物種である可能性が高いことが明らかとなった(図4 参照)。
【0060】
【表1】

【0061】
しかしながら,この377株をEG寒天培地にて単独で培養すると、5日間嫌気培養した場合において形成するコロニーは極微小であり増殖効率が悪い。またEGF液体培地(EG培地から寒天を除いたもの)で培養した場合においては、377株の増殖が認められず、十分量の菌量を確保することが出来なかった。
【0062】
そこで、本発明の培養システム(図1参照)において、この377株を培養した。すなわち先ず、シャーレ(直径90mm)に、寒天の濃度が1.5%である寒天培地(第三の寒天培地)20mLを入れて固化させた。その後に、希釈液A(滅菌水に、リン酸二水素カリウム(wako社製)を4.5g、リン酸水素二ナトリウム(wako社製)を6g、Lシステイン塩酸塩一水和物(wako社製)を0.5g、Tween80(wako社製)を0.5g、寒天(Difco社製)を1g加えて調製)にて新鮮糞便を10倍希釈して調製した糞便由来腸内常在微生物懸濁液のうち100μLを寒天培地1.9mLと混釈し、寒天の濃度が0.4%である寒天培地(第二の寒天培地)2mLを第三の寒天培地の表面上に重層して固化させた。
【0063】
また、B.dorei376株は、上記嫌気培養した際の培地上のB.dorei376株のコロニーから滅菌した爪楊枝にて釣菌し,Nutrient broth 200μLに懸濁した後,希釈液Aに10倍希釈した懸濁液100μLを寒天培地2.9mLで混釈し、寒天の濃度が0.4%である寒天培地(第二の寒天培地)2mLを第三の寒天培地の表面上に重層して固化させた。
【0064】
そして、それぞれの第二の寒天培地に対し、底がメンブレンフィルター(ミリポア社製、孔径0.22μm)になったプラスティックシャーレ(直径82mm)をフィルター一体型のスペーサーとして第二の寒天培地の表面上に置いた。該シャーレ内には、377株を上記嫌気培養した際の培地上のB.dorei376株のコロニーに重なって認められた微小コロニーから釣菌してNutrient broth 200μLに懸濁した後、B.dorei376株と同様に希釈して377株を混釈した当該懸濁液を2mL入れて、寒天の濃度が0.4%である寒天培地(第一の寒天培地)として固化させた。
【0065】
このようにして得られた培養システムを用いて、377株を糞便由来腸内常在菌と共に嫌気条件にて2日間37℃で培養した。なお、第一〜第三の寒天培地の組成(寒天以外)は表1に示した通りである。得られた結果を図5に示す。また前記と同様にして、糞便由来腸内常在微生物懸濁液の代わりに、前記B.dorei376株を第二の寒天培地に混釈して嫌気条件にて2日間37℃で培養を行った。得られた結果を図6に示す。さらに、前記と同様にして、第二の寒天培地に微生物を一切混釈せずに嫌気条件にて2日間37℃で培養を行った。得られた結果を図7に示す。
【0066】
図5〜7に示した結果から明らかなように、第二の寒天培地に微生物がいない場合は第一の寒天培地にて377株のコロニーは認められなかったのに対して(図7 参照)、第二の寒天培地に糞便由来の腸内常在微生物が混在する場合は明確に377株のコロニーが確認でき、容易に分離して培養することに成功した(図5 参照)。また、本培養システムを用いて,元々377株のコロニーの下に存在したB.dorei376株との共生培養によっても377株のコロニーの形成が認められた(図6 参照)。このように、Phascolarctobacterium 377株は、少なくともB.dorei376株から産出される物質(代謝物質等)を利用して増殖していることから、377株とB.dorei376株とは共生関係にあることが明らかとなった。
【0067】
(実施例3)
実施例2において示した通り、Phascolarctobacterium 377株は、B.dorei376株によって増殖が促進されることは明らかとなった。一方でB.dorei376株以外にも複数の菌種が混在する糞便懸濁液とのフィルターを介した共培養によってもその増殖促進も確認された。
【0068】
そこで、Phascolarctobacterium 377株の増殖はB.dorei376株のみに依存しているかどうかを確認するため、また増殖促進に関与する物質を推察するため、B.dorei376株が属するBacteroides属の基準種であるBacteroides fragilisのPhascolarctobacterium 377株への影響を検討した。
【0069】
すなわち、本発明の培養システム(図1参照)において、第二の寒天培地にてBacteroides属の基準種であるBacteroides fragilisとして、Bacteroides fragilis JCM11019T株を、第一の寒天培地にてPhascolarctobacterium 377株を培養した。得られた結果を図8に示す。なお、この培養において、各菌の本発明の培養システムへのアプライ方法や、EG培地を用いた全ての培養条件は実施例2に記載の方法と同様にして行った。
【0070】
図8に示した結果から明らかなように、Bacteroides属の基準種Bacteroides fragilis JCM11019T株とのフィルター培養においてもPhascolarctobacterium 377株のコロニー形成が認められた。
【0071】
従って、Phascolarctobacterium 377株はB.dorei376株のみならず、少なくともBacteroides fragilisを含む複数のBacteroides属の菌種と共生関係を築いている可能性が考えられた。またPhascolarctobacterium 377株の増殖を促進する物質は、Bacteroides属で広く産生されている物質であることも示唆された。
【0072】
(実施例4)
腸内常在菌の分離作業の際、Bacteroides fragilisが特定の菌株(Sutterella sp.252)と同じ寒天培地上で培養した場合のみコロニー径が大きくなる傾向が認められた。
【0073】
そこで、本発明の培養システム(図1参照)において、第二の寒天培地にてSutterella sp.252を、第一の寒天培地にてBacteroides fragilisを培養した。得られた結果を図9に示す。なお、この培養は、NT培地(組成は表2及び3参照のこと)を用いて行った。また、各菌の本発明の培養システムへのアプライ方法や、培地を除く全ての培養条件は実施例2に記載の方法と同様にして行った。
【0074】
【表2】

【0075】
【表3】

【0076】
Bacteroides fragilisは単独では微小なコロニーしか形成しないのに対し、図9に示した結果から明らかな通り、下層にSutterella sp.252が存在する箇所及びその周辺において、Bacteroides fragilisのコロニー径が明らかに増大することが確認された。すなわち、Bacteroides fragilisはSutterella sp.252の産生する物質を利用し、増殖を促進することが示唆された。
【0077】
従って、本発明の培養システムによって、実施例3において示した通り、Bacteroides fragilisは、Phascolarctobacterium sp.377の増殖を促進する一方で、自身はSutterella sp.252に依存して増殖していることが明らかになった。
【0078】
(実施例5)
糞便の塗抹培養をNT培地(寒天の濃度は1.5%、その他の組成は表2及び3参照のこと。)にて行った際に、大きいコロニー(large colony、Klebsiella pneumoniaeが形成するコロニ―)に隣接して、小さなコロニー(small colony)が形成されていた。
【0079】
しかし、このsmall colonyを形成する菌(未同定菌)は、継代培養に際して、単独でNT培地にて培養した場合において、コロニー形成が認められなかった(図10 参照)。
【0080】
また、前記未同定菌は16SrRNAの配列解析の結果、Parabacteroides属の未同定微生物種である可能性が高いことが明らかとなった。以下、前記未同定菌のことを「Parabacteroides sp.157」とも称する。
【0081】
そこで、本発明の培養システム(図1参照)において、Parabacteroides sp.157の培養を試みた。すなわち、実施例2に記載の方法と同様の方法にて、第二の寒天培地にKlebsiella pneumoniaeを、第一の寒天培地にParabacteroides sp.157を、それぞれ混釈し、フィルター共培養を行った。なお、この培養は、NT培地(組成は表2及び3参照のこと)を用いて行った。また、培地を除く全ての培養条件は実施例2に記載の方法と同様にして行った。得られた結果を図11に示す。
【0082】
前述の通り、単独での培養ではParabacteroides sp.157のコロニーは認められなかったのに対して(図10 参照)、図11に示した結果から明らかなように、第二の寒天培地にKlebsiella pneumoniaeが混在する場合は、明らかなParabacteroides sp.157のコロニーの形成が確認できた。
【0083】
従って、本発明の培養システムによって、単独では増殖しない未同定菌株(Parabacteroides sp.157)の継代培養が可能となり、さらに、Parabacteroides sp.157とKlebsiella pneumoniaeとの間には、Parabacteroides sp.157はKlebsiella pneumoniaeの産生する物質を利用して増殖を行うという共生関係が存在することも明らかとなった。
【0084】
以上より、本発明の方法を用いた場合は、多様な微生物との共生培養を行うことができ、これまで単に寒天平板培地に塗抹するだけでは増殖が認められない微生物や増殖能が悪くて分離同定が困難である微生物の分離培養が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
以上説明したように、本発明によれば、共生関係にある他の微生物との共生下においてのみ増殖することができる、又は共生関係にある他の微生物との共生下において増殖が促進される特定の微生物を培養して、単離、回収することが可能となる。本発明の方法によれば、これまで培養が不可能であった微生物や未同定の微生物を培養し、かかる微生物が産出する物質の中から、医薬品などの候補となる新規有用物質を探索することが可能となる。従って、本発明は、微生物に関する研究のみならず、医薬品開発などへも大きく貢献しうるものである。
【符号の説明】
【0086】
1…第一の寒天培地、2…第二の寒天培地、3…第三の寒天培地、4…フィルター、5…スぺーサー、6…培養容器。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の微生物を、該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法であって、前記特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画し、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターと、を含んでなる培養システムを用いることを特徴とする方法。
【請求項2】
第一の寒天培地は、第二の寒天培地の表面上に前記フィルターを介して積層されていることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
培養システムは、第一の寒天培地又は第二の寒天培地中の微生物の培養に必要な物質を含む第三の寒天培地をさらに含むことを特徴とする、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
第二の寒天培地は、第三の寒天培地の表面上に積層されていることを特徴とする、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
第一の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲であり、第二の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲である、請求項1〜4のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記フィルターの孔径が0.22μm以下であることを特徴とする請求項1〜5のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
特定の微生物を、該特定の微生物と共生関係にある微生物と共培養するための方法であって、
(a) 特定の微生物と共生関係にある微生物を第二の寒天培地で培養する工程と、
(b) 第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画する工程であって、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターで区画する工程と、
(c) 前記特定の微生物を第一の寒天培地で培養する工程と、を含む方法。
【請求項8】
第一の寒天培地が、第二の寒天培地の表面上に前記フィルターを介して積層されることを特徴とする、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
(a‐2) 第二の寒天培地を、第一の寒天培地又は第二の寒天培地中の微生物の培養に必要な物質を含む第三の寒天培地の表面上に積層させる工程をさらに含むことを特徴とする、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
第一の寒天培地の寒天の濃度が0.3〜1.0%の範囲であり、第二の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲である、請求項7〜9のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項11】
フィルターの孔径が0.22μm以下であることを特徴とする、請求項7〜10のうちのいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
特定の微生物を生産するための方法であって、
(a)請求項1〜11のうちのいずれか一項に記載の方法によって、特定の微生物を培養する工程と、
(b)工程(a)において、第一の寒天培地にて培養した特定の微生物を回収する工程と、を含む方法。
【請求項13】
特定の微生物を培養するための第一の寒天培地と、前記特定の微生物と共生関係にある微生物を培養するための第二の寒天培地と、第一の寒天培地と第二の寒天培地を区画し、両寒天培地で培養される各微生物を通過させないが、微生物が産出する物質は通過させるフィルターと、を含む培養システム。
【請求項14】
第一の寒天培地は、第二の寒天培地の表面上に前記フィルターを介して積層されていることを特徴とする請求項13に記載の培養システム。
【請求項15】
第一の寒天培地又は第二の寒天培地中の微生物の培養に必要な物質を含む第三の寒天培地をさらに含む、請求項13又は14に記載の培養システム。
【請求項16】
第二の寒天培地は、第三の寒天培地の表面上に積層されていることを特徴とする、請求項15に記載の培養システム。
【請求項17】
第一の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲であり、第二の寒天培地の寒天濃度が0.3〜1.0%の範囲である、請求項13〜16のうちのいずれか一項に記載の培養システム。
【請求項18】
前記フィルターの孔径が0.22μm以下であることを特徴とする請求項13〜17のうちのいずれか一項に記載の培養システム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−175973(P2012−175973A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−17643(P2012−17643)
【出願日】平成24年1月31日(2012.1.31)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】