説明

微生物不活化剤

【課題】微生物に対して変性や分解などの構造的な破壊を伴う不活化作用を短時間に発揮することができる微生物不活化剤を提供する。
【解決手段】酸化第一銅、硫化第一銅、ヨウ化第一銅、又は塩化第一銅などの一価銅化合物を有効成分として含み、微生物の短時間不活化に用いるための微生物不活化剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は大腸菌や黄色ブドウ球菌などの微生物に対して短時間に変性や分解などの不活化作用を発揮する微生物不活化剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、銀イオン(Ag+)、亜鉛イオン(Zn2+)、及び二価銅イオン(Cu2+)などの金属イオンが微生物の増殖を抑制し、又は微生物に対して殺菌的に作用することが知られており、これらの金属イオンをゼオライトやシリカゲルなどの物質に担持させた抗微生物材料や、光触媒作用を有する酸化チタンと組み合わせた抗微生物材料などが多数開発されている。
【0003】
二価銅イオンの抗微生物又は抗ウイルス作用については、細胞膜の構造変化及び機能破壊作用(Progress in Medicinal Chemistry, 31, pp.351-370, 1994)及び核酸に対する変成作用(CRC Critical Rev. Environ. Cont., 18, pp.295-315, 1989)が解明されており、ウイルスに対する二価銅イオンの作用についてはSangripantiらによる報告がある(Appl. Environ. Microbiol., 58, pp.3157-3162, 1992; Appl. environ. microbiol., 59, pp.4374-4376, 1993; AIDS Res. Hum. Retrovir., 12, pp.333-336, 1996; Antimicrob. Agent Chemother., 41, pp.812-817, 1997)。また、ガラス表面を二価銅化合物である酸化銅(II)(CuO)の薄膜又はCuOと酸化チタン(TiO2)とを含む薄膜で被覆した材料がバクテリオファージT4実験系(微生物不活化モデル)においてファージ不活化作用を有することが報告されている(Appl. Microbiol. Biotechnol., 79, pp.127-133, 2008)
【0004】
一方、一価銅化合物の抗微生物作用については従来ほとんど報告がないが、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、大腸菌、緑膿菌などのバクテリアに対する一価銅化合物(Cu2O)の抗菌作用(MBC)は二価銅化合物(CuO)や金属銅(Cu)に比べて劣り、銀(Ag)よりもはるかに弱いことが報告されている(International Journal of Antimicrobial Agents, 33, pp.587-590, 2009、特にp.589のTable 1)。また、この刊行物は24時間後における一価銅化合物の抗微生物作用を教示しているが、一価銅化合物が微生物と接触してから短時間(例えば数分から数時間)でどのような抗微生物作用を発揮するかについて何ら示唆ないし教示していない。酸化第一銅の結晶多形による抗菌作用の違いについての報告もあるが(Chem. Commun., pp.1076-1078, 2009)、バチルス菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌などに対しての静菌作用(MIC)は結晶形による違いはあるもののいずれも微弱であると報告されている。また、この刊行物に開示された酸化第一銅の抗微生物作用は同様に24時間後において測定されたものであり、この刊行物には短時間における酸化第一銅の抗微生物作用について何ら示唆ないし教示はない。
【0005】
なお、一価銅化合物の抗ウイルス作用については、特表2009-526828号公報に抗ウイルス作用を有する平均粒径約500 nmまでのナノ粒子が開示されており、該公報の段落番号[0020]には該ナノ粒子はCu2Oを含んでもよいとの説明がある。しかしながら、上記刊行物にはCu2O自体の抗ウイルス作用は具体的に開示されておらず、当業者は上記刊行物の開示を基にして一価銅化合物がウイルスに対して不活化作用を有するか否かを理解することはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特表2009-526828号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Progress in Medicinal Chemistry, 31, pp.351-370, 1994
【非特許文献2】CRC Critical Rev. Environ. Cont., 18, pp.295-315, 1989
【非特許文献3】Appl. Environ. Microbiol., 58, pp.3157-3162, 1992
【非特許文献4】Appl. environ. microbiol., 59, pp.4374-4376, 1993
【非特許文献5】AIDS Res. Hum. Retrovir., 12, pp.333-336, 1996
【非特許文献6】Antimicrob. Agent Chemother., 41, pp.812-817, 1997
【非特許文献7】Appl. Microbiol. Biotechnol., 79, pp.127-133, 2008
【非特許文献8】International Journal of Antimicrobial Agents, 33, pp.587-590, 2009
【非特許文献9】Chem. Commun., pp.1076-1078, 2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は、微生物に対して短時間に変性や分解などの構造的な破壊を伴う不活化作用を発揮することができる微生物不活化剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは上記の課題を解決すべく鋭意研究を行った結果、酸化第二銅(CuO)硫化第二銅CuS)などの二価銅化合物に比べて酸化第一銅(Cu2O)、硫化第一銅(Cu2S)、ヨウ化第一銅(CuI)、塩化第一銅 (CuCl)などの一価銅化合物が微生物に対してはるかに強い不活化作用を有しており、極めて短時間に、例えば数分から数十分程度で微生物を完全に不活化できることを見出した。また、酸化チタンや金属担持酸化チタンなどの光触媒物質と一価銅化合物とを組み合わせた組成物においても顕著な微生物不活化作用が達成されること、及び微生物の不活化が極めて短時間に達成されることも見出した。本発明は上記の知見を基にして完成されたものである。
【0010】
すなわち、本発明により、一価銅化合物を有効成分として含み、微生物の短時間不活化に用いるための微生物不活化剤が提供される。
本発明の好ましい態様によれば、一価銅化合物が酸化第一銅、硫化第一銅、ヨウ化第一銅、及び塩化第一銅からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物である上記の微生物不活化剤;微粒子形態の酸化第一銅を含む上記の微生物不活化剤;60分以内、好ましくは30分以内、さらに好ましくは10分以内に微生物を不活化する上記の微生物不活化剤;生菌量を60分以内、好ましくは30分以内、さらに好ましくは10分以内に10,000分の1以下、好ましくは100,000分の1以下に低下させる上記の微生物不活化剤が提供される。
【0011】
また、別の好ましい態様によれば、1種又は2種以上の一価銅化合物とともに1種又は2種以上の光触媒物質を含む組成物の形態である上記の微生物不活化剤;及び光触媒物質が可視光応答性光触媒物質である上記の微生物不活化剤が提供される。
【0012】
さらに本発明により、上記の微生物不活化剤を基材表面及び/又は内部に含む微生物不活化材料が提供される。この発明の好ましい態様によれば、上記の微生物不活化剤を基材表面に固定化した微生物不活化材料;上記の微生物不活化剤をバインダーを用いて基材表面に固定化した微生物不活化材料;樹脂中に上記の微生物不活化剤を分散させた分散物を硬化させることにより得ることができる微生物不活化材料;樹脂が天然樹脂又は合成樹脂である上記の微生物不活化材料が提供される。また、上記の微生物不活化剤を固定化した繊維;及び上記の微生物不活化剤を含む紙、例えば上記の微生物不活化剤を含む和紙又は洋紙が提供される。
【0013】
別の観点からは、本発明により、微生物を短時間に不活化する方法であって、微生物を一価銅化合物と接触させる工程を含む方法;及び上記の微生物不活化剤の製造のための一価銅化合物の使用が提供される。
【発明の効果】
【0014】
本発明により提供される微生物不活化剤は、大腸菌などのグラム陰性菌や黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌のほか、各種の抗菌剤に対して耐性を示す微生物、例えば多剤耐性緑膿菌(MDRP)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などに対して、極めて短時間に変性や分解などの構造的な破壊を伴う不活化作用を発揮することができ、明所のほか、暗所においても不活化作用を発揮できるという特徴がある。例えば塗料やフロアーポリッシュなどにより形成される塗膜中に配合することにより広範囲にわたって微生物を効率的に短時間で不活化することができ、プラスチック製品などの樹脂成型品に配合することにより局所的に微生物を短時間に不活化することもできる。さらに、空気洗浄機内部のフィルター、倉庫内、又は冷蔵庫内などに適用することにより可視光や紫外光の非存在下においても短時間に微生物不活化作用を発揮させることができるので有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】微生物不活化作用の試験方法の概念図である。
【図2】本発明の微生物不活化剤の大腸菌(NBRC3972)に対する不活化作用を示した図である。右図におけるCuS及びCuOの結果は比較のために示した。
【図3】バインダーを用いてガラス基板に固定化した本発明の微生物不活化剤及び比較例として酸化第二銅の大腸菌に対する不活化作用を示した図である。図中、WLは白色蛍光灯照射下、Darkは暗所における試験結果を示す。
【図4】バインダーを用いてガラス基板に固定化した本発明の微生物不活化剤及び比較例として酸化第二銅の黄色ブドウ球菌に対する不活化作用を示した図である。図中、WLは白色蛍光灯照射下、Darkは暗所における試験結果を示す。
【図5】例1で用いたCu2O粉末の走査型電子顕微鏡像である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の微生物不活化剤は、一価銅化合物を有効成分として含み、微生物の短時間不活化のために用いられることを特徴としている。本明細書において「短時間」の用語は一般的な意味に解釈すべきであり、特に限定的に解釈すべきものではないが、通常は1時間から数時間以内、一般的には60分以内、好ましくは30分以内、さらに好ましくは10分以内に微生物を不活化するために用いることができる。本発明の微生物不活化剤を用いることにより短時間に微生物を不活化することができるが、短時間における微生物の不活化の指標としては、例えば、細菌などの微生物の生菌量を60分以内、好ましくは30分以内、さらに好ましくは10分以内に、例えば1,000分の1以下、好ましくは10,000分の1以下、より好ましくは100,000分の1以下、さらに好ましくは1,000,000分の1以下に低下させることを確認すればよい。
【0017】
生菌数の測定は、例えばコロニー・フォーミング・ユニット(cfu)を測定することにより一般的な方法により行うことができる。例えば、本発明の微生物不活化剤と一価銅化合物とを接触させた後、所定の短時間におけるcfuを測定して接触前の生菌量と比較することにより不活化の程度を容易に確認することができる。微生物不活化能の測定には、例えば標準的な細菌を用いることができる。例えば大腸菌としてはNBRC3972、黄色ブドウ球菌に対してはNBRC12732などを検定菌として用いることができるが、測定のために用いる細菌はこれらの特定の細菌に限定されるわけではない。測定に際して用いる菌量は特に限定されないが、例えば108から109個程度の細菌に対して微生物不活化剤を接触させると数分から数十分程度、最大数時間程度で菌量は103個程度まで減少する。
【0018】
本明細書において「微生物」の用語には真正細菌、古細菌、真核生物(藻類、原生生物、菌類、粘菌)などを包含する。本発明の抗微生物剤により不活化可能な微生物としては、例えば、細菌類(レンサ球菌、黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌、腸球菌、リステリア菌、髄膜炎球菌、淋菌、大腸菌、クレブシエラ菌、プロテウス菌、百日咳菌、緑膿菌、セラチア菌、シトロバクター、アシネトバクター、エンテロバクター、マイコプラズマ、クラミジア、クロストリジウム、結核菌、コレラ菌、ジフテリア菌、赤痢菌、炭疽菌、梅毒スピロヘータ、破傷風菌、レジオネラ菌など)、リケッチア、クラミジア、真菌(アスペルギルス、カンジダ、クリプトコッカス、白癬菌、ヒストプラズマ、ニューモシスチスなど)、原虫(マラリア原虫、トキソプラズマなど)などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0019】
好ましい不活化対象として、グラム陰性菌又はグラム陽性菌を含む細菌類を挙げることができ、薬剤感受性細菌のほか薬剤耐性細菌を不活化することもできる。本発明の微生物不活化剤はグラム陰性菌のみならずグラム陽性菌に対しても短時間に不活化作用を発揮するので、黄色ブドウ球菌などのグラム陽性菌を迅速に不活化するために有用である。特にバインダーなどを用いて固定化された微生物不活化材料を用いる場合にはグラム陽性菌に対して極めて短時間に不活化作用が達成されるので、グラム陽性菌に対する不活化は本発明の好ましい態様である。また、多剤耐性菌も好ましい不活化対象であり、例えば、多剤耐性緑膿菌(MDRP)、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌(VRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などを不活化することもできる。
【0020】
本発明の微生物不活化剤の有効成分としては1種又は2種以上の一価銅化合物を用いることができる。一価銅化合物の種類は特に限定されないが、例えば、酸化第一銅(Cu2O)、硫化第一銅(Cu2S)、又はヨウ化第一銅(CuI)、塩化第一銅(CuCl)などを挙げることができる。
【0021】
本発明の微生物不活化剤としては、任意のサイズ及び任意の結晶形の一価銅化合物をそのまま用いることもできるが、適宜の化学的プロセスにより微粒子形態に調製された結晶状態の一価銅化合物や機械的な粉砕工程などにより調製された微粒子粉体の形態の一価銅化合物などを用いることが好ましい。一価銅化合物を微粒子形態で用いる場合、微粒子の粒径は特に限定されないが、例えば、平均粒径が1 nm〜1,000μm程度の微粒子を用いることができる。平均粒径の下限は、好ましくは100 nm程度又はそれ以上、より好ましくは200 nm程度又はそれ以上、さらに好ましくは500 nm又はそれ以上、特に好ましくは1μm以上である。平均粒径の上限は特に限定されないが、好ましくは800μm以下、より好ましくは500μm以下の範囲である。平均粒径は、例えば 走査型電子顕微鏡による観察により測定することが可能である。例えば、酸化第一銅(Cu2O)を用いる場合には、種々の条件で異なる結晶型の微粒子を調製することができるが(Chem. Commun., pp.1076-1078, 2009)、任意の粒径及び結晶形の酸化第一銅を用いることができる。
【0022】
本明細書の微生物不活化剤は赤外光存在下、可視光存在下、紫外光存在下などの光線存在下のほか暗所においても使用することができる。本明細書において「暗所」とは実質的に光線が存在しない状態を意味しており、より具体的には波長が400〜800 nm程度の可視光線のほか、殺菌燈や太陽光線などに由来する紫外光線(波長10〜280 nmのUV-C、波長280〜315 nmのUV-B、及び波長315〜400 nmのUV-A)や赤外光線(波長800 〜400,000 nm程度)の光線が実質的に存在しない状態を意味する。
【0023】
本発明の微生物不活化剤としては、例えば、1種又は2種以上の一価銅化合物と1種又は2種以上の光触媒物質とを含む組成物の形態で使用することもできる。本明細書において光触媒物質とは光触媒作用、すなわち有機物を分解する光誘起分解作用及び/又は光誘起親水化作用を有する物質を意味する。光触媒物質としては特に光誘起分解作用に優れた物質を好適に使用することができる。光触媒物質としては、紫外光応答型光触媒物質や可視光応光触媒物質などを用いることができる。このように一価銅化合物と光触媒物質とを組み合わせた組成物を用いることにより、紫外光存在下や可視光存在下のほか暗所においても十分な微生物不活化作用を達成することができる。
【0024】
一価銅化合物と光触媒物質とを含む組成物の形態で使用する場合において、一価銅化合物と光触媒物質との比率は特に限定されないが、例えば組成物全体の質量に対して一価銅化合物を5〜95%程度の範囲で用いることができる。通常は一価銅化合物と光触媒物質とを所定の割合となるように混合して組成物を調製すればよい。
【0025】
以下、本発明の微生物不活化剤において一価銅化合物と組み合わせて使用可能な光触媒物質について具体的に説明するが、本発明において使用可能な光触媒物質は下記の具体的物質に限定されることはない。
【0026】
光触媒物質のうち、紫外光応答型光触媒物質は350〜400 nmの紫外光を含む光線の存在下において光触媒作用を有する物質であり、典型的には酸化チタン触媒を用いることができる。酸化チタン触媒における光誘起分解作用は3.0eV以上の紫外光励起によって生成・表面拡散してきた正孔と電子が表面に吸着している分子と酸化還元反応を行う作用である。
【0027】
光誘起分解作用を有する多様な酸化チタン触媒が知られており、例えばアナターゼ型、ルチル型、ブルッカイト型などの任意の結晶構造を有する酸化チタンを用いることができる。これらの酸化チタンは、気相酸化法、ゾルゲル法、又は水熱法などの公知の方法により調製することができる。酸化チタンとともに、光触媒促進剤として、例えば白金、パラジウム、ロジウム、及びルテニウムなどの白金族金属から選ばれる金属を1種又は2種含有させることもできる。光触媒促進剤の使用量は特に限定されないが、例えば、酸化チタンと光触媒促進剤の合計量に対して光触媒促進剤を1〜20重量%程度の割合にすることができる。
【0028】
最近、室内光などの可視光下においても光触媒活性を発揮する可視光応答光触媒として窒素をドープした酸化チタン触媒(Science, 293, pp.269-271, 2001; J. Phys. Chem. B, 107, pp.5483-5486, 2003; Thin Solid Films, 510, pp.21-25, 2006)が提案されている。また、それとは別の構造の可視光応答光触媒として、酸化チタンにアモルファス状の銅酸化物や銅水酸化物のナノクラスターを担持させた酸化チタン触媒や酸化タングステン触媒も提案されている(J. Am. Chem. Soc., 129, pp.9596-9597, 2007; Chem. Phys. Lett., 457, pp.202-205, 2008)。これらの可視光応答触媒は可視光照射下、例えば400〜530 nmの光を含む光線下において光触媒活性を有する。これらの可視光応光触媒物質を一価銅化合物と混合して組成物の形態で使用することもできるが、可視光応答触媒物質は上記の特定の触媒に限定されることはない。
【0029】
より具体的には、可視光応答型光触媒物質としては、例えば(A)銅化合物及び/又は鉄化合物、並びに(B)酸化タングステン、酸化チタン、及びドーピングによって伝導帯を制御した酸化チタンからなる群から選ばれる少なくとも1種の光触媒の組み合わせを含む組成物の形態の物質が好ましい。
【0030】
上記(A)成分として用いられる銅化合物及び鉄化合物としては、(B)成分の光触媒に対する酸素の還元触媒として電子移動をスムーズに行うことができる銅二価塩や鉄三価塩が好ましい。銅二価塩や鉄三価塩としては、例えばハロゲン化水素塩(フッ化水素塩、塩化水素塩、臭化水素塩、ヨウ化水素塩)、酢酸塩、硫酸塩、硝酸塩などを挙げることができる。(A)成分としては、銅化合物及び鉄化合物からなる群から選ばれる任意の1種又は2種以上の化合物を用いることができ、(A)成分を(B)成分の光触媒の表面に担持させることが好ましい。
【0031】
(B)成分である酸化タングステンと(A)成分である触媒活性促進剤としての銅化合物との組み合わせが可視光応答型光触媒として有用であることは特開2008-149312号公報に開示されており、銅イオンや鉄イオンを担持した酸化タングステンが可視光応答型光触媒として有用であることは会報光触媒, 28, pp.4, 2009に開示されている。銅化合物と酸化タングステンとを組み合わせる方法としては、例えば、酸化タングステン粉末に対してCuO粉末を1〜5質量%程度混合する方法、酸化タングステン粉末に銅二価塩(塩化銅、酢酸銅、硫酸銅、硝酸銅など)を含む極性溶媒溶液を加えて混合し、乾燥処理後に500〜600℃程度の温度で焼成して酸化タングステン表面に銅イオンを担持させる方法などを用いることができる。銅イオンの担持量は、可視光応答型光触媒の性状などを考慮して適宜選択することが可能であり、特に限定されるものではない。
【0032】
酸化チタンを用いて可視光応答型光触媒を調製するには、(A)成分と組み合わせて、例えば銅修飾酸化チタン又は鉄修飾酸化チタンとすることが好ましい。原料として用いる酸化チタンの結晶形は特に限定されないが、例えばアナターゼ型、ルチル型、又はブルッカイト型などの結晶構造を有する酸化チタンを用いることができる。
【0033】
銅修飾酸化チタンの表面に存在する銅イオン種としては、例えば塩化銅(II)、酢酸銅(II)、硫酸銅(II)、硝酸銅(II)、フッ化銅(II)、ヨウ化銅(II)、臭化銅(II)などに由来する銅イオン種を利用することができ、塩化銅(II)に由来する銅イオン種を好ましく使用することができる。銅イオン種は塩化銅(II)などの銅化合物を酸化チタン上で分解又は酸化するなどの化学反応や析出などの物理化学的変化により生成される。
【0034】
銅イオン種による修飾量は特に限定されないが、例えば、光触媒の性能向上の観点から酸化チタンに対して金属銅(Cu)換算で0.05質量%以上、好ましくは0.1質量%以上であり、銅イオン種の凝集抑制及び光触媒の性能低下防止の観点から0.3質量%以下、好ましくは0.2質量%である。
【0035】
銅修飾酸化チタンは、例えば酸化チタンを生成するチタン化合物を反応溶液中で加水分解する工程、及び加水分解後の溶液に銅イオン種を含有する水溶液を混合して酸化チタンの表面修飾を行う工程により製造することができる。
【0036】
加水分解工程においては、例えば塩化チタン水溶液を加水分解して酸化チタンスラリーを得ることができ、加水分解時の溶液の条件を変えることによって任意の結晶形を製造することができる。例えば、ブルッカイト含有率が7〜60質量%である酸化チタン粒子や、結晶子サイズが9〜24 nm程度のブルッカイト結晶を得ることができる。例えば、加水分解及び熟成を60〜101℃の範囲でおこない、四塩化チタン水溶液の滴下速度を0.6 g〜2.1 g/分とし、又は塩酸を5〜20質量%滴下する工程を付加し、あるいはこれらを任意に組み合わせた工程を付加することができる。
【0037】
表面修飾工程は、例えば80〜95℃の範囲、好ましくは90〜95℃の範囲で行うことにより効率よく銅イオン種を酸化チタンの表面に修飾することができる。銅イオン種の修飾は、例えば会報光触媒, 28, pp.4, 2009に記載されている方法、具体的には光触媒粒子と塩化銅とを媒液中で加熱下に混合した後に水洗して回収する方法、又は光触媒粒子と塩化銅とを媒液中で加熱下に混合した後に、蒸発乾固して回収する方法などにより行うことができる。
【0038】
鉄修飾酸化チタンにおける酸化チタンの結晶形はアナターゼ型、ルチル型、又はブルッカイト型のいずれでもよく、これらの任意の混合物であってもよい。鉄修飾酸化チタンの場合には結晶性が高い酸化チタンを用いることが好ましく、アモルファス酸化チタンや水酸化チタンの含有率が少ないことが好ましい。
【0039】
ドーピングにより伝導帯が制御された酸化チタンは、酸化チタンの伝導帯下端電位を正の電位側にシフトさせる効果を期待できる金属イオン、又は酸化チタンの伝導帯下端電位の正の電位側に孤立準位を形成する効果を期待できる金属イオンをドーピングした酸化チタンである。上記効果を期待できる金属イオンとしては、例えば、タングステン(VI)、ガリウム(III)、セリウム(IV)、ゲルマニウム(IV)、又はバリウム(V)などを挙げることができ、これらの2種以上を組み合わせて用いてもよい。ドーピングにより伝導帯が制御された好ましい酸化チタンとして、例えば、タングステンドープ酸化チタンやタングステン・ガリウム共ドープ酸化チタンなどを挙げることができる。これらのドープ酸化チタンを(A)成分の銅化合物や鉄化合物と組み合わせた混合物や、ドープ酸化チタンの表面に銅二価塩及び/又は鉄三価塩を担持させた可視光応答型触媒が好ましい。
【0040】
ドーピングされる酸化チタンの形態は特に限定されず、例えば微粒子状の酸化チタンや薄膜状の酸化チタンなどを用いることができるが、比表面積が大きい微粒子の酸化チタンを用いることが好ましい。酸化チタンの結晶構造は特に限定されず、ルチル型、アナターゼ型、又はブルッカイト型結晶、あるいはそれらの任意の混合物を用いることができる。酸化チタンがルチル型結晶を主成分として含む場合には、50質量%以上の含有率であることが好ましく、65質量%以上の含有率であることがさらに好ましい。アナターゼ型又はブルッカイト型結晶を主成分として含む場合についても同様である。
【0041】
タングステンによるドープを行う場合、タングステンとチタンとのモル比(W:Tiモル比)は0.01:1〜0.1:1の範囲であることが好ましく、0.01:1〜0.05:1の範囲であることがより好ましく、0.02:1〜0.04:1の範囲であることがさらに好ましい。タングステンとガリウムとの共ドープを行う場合には、タングステンとガリウムのモル比(W:Gaモル比)が1:2に近いことが理想的であり、少なくとも1:1.5〜1:2.5の範囲にあることが好ましく、1:1.7〜1:2.3の範囲であることがより好ましく、1:1.8〜1:2.2の範囲であることがさらに好ましい。ドープ酸化チタンの表面に担持される銅二価塩又は鉄三価塩の量は、光触媒物質全量に対して0.0001〜1質量%程度であり、0.01〜0.3質量%であることがより好ましい。
【0042】
ドープ酸化チタンの表面に銅二価塩及び/又は鉄三価塩を担持させた可視光応答型光触媒は、例えば、タングステンドープ酸化チタン又はタングステン・ガリウム共ドープ酸化チタンを得るドーピング工程、及び銅二価塩及び/又は鉄三価塩を担持させる金属塩担持工程により製造することができる。
【0043】
ドーピング工程は、例えば、(1)ゾル−ゲル法によりドープ酸化チタンを製造する方法;(2)所定温度に加熱されたドーパント溶液に四価のチタン塩を含む溶液を混合することによりドープ酸化チタンを製造する方法;(3)気相法により、揮発性チタン化合物蒸気と揮発性タングステン化合物蒸気とを含むガス、又はさらに揮発性ガリウム化合物蒸気を含むガスを酸化性気体を含むガスと混合することによりドープ酸化チタンを製造する方法;及び酸化チタン粉末の表面にタングステン六価塩又はタングステン六価塩及びガリウム酸化塩を担持し、800〜1,000℃程度の温度で焼成することによりドープ酸化チタンを製造する方法により行うことができる。
【0044】
ドープ酸化チタンの表面に銅二価塩及び/又は鉄三価塩を担持する工程は、ドープ酸化チタン表面において銅二価塩及び/又は鉄三価塩が微粒子状で高分散状態を維持できるように、できる限り薄く銅二価塩及び/又は鉄三価塩を担持させる方法により行うことができる。この工程は、好ましくは、ドープ酸化チタンと銅二価塩及び/又は鉄三価塩の水溶液を接触させて85〜100℃程度の温度、好ましくは90〜98℃程度に加熱し、その後にろ過や遠心分離などにより固体を回収して十分な水洗を行う方法により行うことができる。
【0045】
本発明の微生物不活化剤の使用形態は特に限定されないが、例えば、微粉末や顆粒などの固体状形態で適宜の容器に充填してそのまま使用するか、あるいは任意の基材の表面及び/又は内部に微生物不活化剤を含む形態により使用することができ、一般的には後者の態様が好ましい。本明細書において、「微生物不活化材料」とは、基材の表面及び/又は内部に上記の微生物不活化剤を含む材料を意味する。基材としては、例えば、金属、セラミック、ガラスなどの一般的な単一部材からなる基材や2種以上の部材からなる複合基材を挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0046】
微生物不活化剤を基材表面に固定化した微生物不活化材料としては、一般的には、微生物不活化剤をバインダーなどの固定化手段を用いて基材表面に固定化した材料を挙げることできる。バインダーで微生物不活化剤を固定化することにより、より短時間に微生物の不活化を達成できる場合があり、この態様は本発明の好ましい態様である。バインダーとしては有機系バインダー又は無機系バインダーのいずれを用いてもよいが、微生物不活化剤として一価銅化合物と光触媒物質とを含む組成物を用いる場合には、光触媒物質によるバインダーの分解を避けるために無機系バインダーを用いることが好ましい。バインダーの種類は特に限定されず、例えば、光触媒物質を基材表面に固定化するために通常用いられるシリカ系などの無機系バインダーのほか、重合や溶媒揮発により薄膜を形成可能な高分子バインダーなど任意のバインダーを用いることができる。
【0047】
バインダーと微生物不活化剤との比率は特に限定されず、例えば微生物不活化剤の添加によりバインダーの塗膜形成が損なわれないような範囲で当業者が適宜選択可能である。例えば数μm〜数十μmの平均粒径を有する微生物不活化剤微粒子とバインダーとを用いて数μmから数十μmの厚さの薄膜を形成する場合には、バインダーの質量に対して概ね10〜100質量%程度の微生物不活化剤を配合することにより、膜形成性を損なうことなく、塗膜表面に十分な量の微生物不活化剤微粒子を露出させることができる。このような技術は、例えば光触媒を用いた微生物不活化技術などにおいて汎用されている。なお、本発明の微生物不活化剤には用量依存性が確認されているので、高度な滅菌や除菌が必要な態様においては微生物不活化剤量の配合量を高めることが好ましいが、このような場合においてもバインダーの膜形成性を損なわない範囲で微生物不活化剤量の配合量をなるべく高めることが望ましい。好ましくは、例えば108から109個程度の細菌に対して数分から数十分程度、好ましくは30分以内に菌量を104個以下、好ましくは103個以下にまで減少させることができるように配合量を適宜決定することができる。
【0048】
微生物不活化剤を基材内部に含む微生物不活化材料としては、樹脂中に上記の微生物不活化剤を分散させた分散物を硬化させることにより得ることができる材料を挙げることができる。樹脂としては天然樹脂又は合成樹脂のいずれを用いてもよい。例えば、アクリル樹脂、フェノール樹脂、ポリウレタン樹脂、アクリロニトリル/スチレン共重合樹脂、アクリロニトリル/ブタジエン/スチレン共重合(ABS)樹脂、ポリエステル樹脂、エポキシ樹脂などを挙げることができるが、これらの特定の樹脂に限定されることはない。
【0049】
本発明の微生物不活化剤の適用形態は特に限定されず、任意の光線の存在下のほか、暗所においても使用することができる。例えば壁、床、天井などのほか、病院や工場などの建築物、工作機械や測定装置類、電化製品の内部や部品(冷蔵庫、洗濯機内、食器洗浄機などの内部や空気洗浄機のフィルターなど)など、任意の対象物に適用可能である。本発明の微生物不活化剤は微生物に対する不活化作用が極めて速いことから、頻繁に汚染されるドアノブや、外気から気道への空気の取り込みの際に迅速な不活化が要求されるマスクなどへの応用に適している。また、水ろ過用の中空糸フィルターに本発明の微生物不活化剤を用いると、汚染物質の除去と同時に微生物を不活化することができ、飲料に適した水を簡便に製造することができるようになる。繊維に対して本発明の微生物不活化材料を固定化する技術としては、例えば有機バインダーを使った繊維への練り込みなどが挙げられるが、これらに限定されることはない。さらに、本発明の微生物不活化剤を含む紙も好ましい態様として例示することができる。紙の種類は特に限定されず、和紙又は洋紙のいずれであってもよい。洋紙としては、例えば、上質紙、マットコート紙、アート紙、又は再生紙などのほか、コットン紙、フールス紙、又はボンド紙など任意の紙を用いることができる。また、本発明の微生物不活化剤を含む合成紙も好ましい例の一つである。
【0050】
また、暗所の例として、例えば機械内部や冷蔵庫の収納室、夜間又は不使用時に暗所となる病院施設(待合室や手術室など)への適用が好適な例として挙げられるが、これらに限定されることはない。また、例えば、空気中に浮遊する微生物除去のために空気洗浄機のセラミックフィルターに酸化チタンをコーティングして紫外線照射するための光源を組み込んだ製品が提案されているが、本発明の微生物不活化剤をフィルターに適用することにより紫外線光源が不要になり、コストを低減して安全性を高めることができる。
【実施例】
【0051】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
例1
微生物不活化作用の確認のため、大腸菌又は黄色ブドウ球菌に対する不活化作用を以下の一般的手法に従って測定した。深型シャーレ内にろ紙を敷き、少量の滅菌水を加えた。ろ紙の上に5 mm程度のガラス製の台をおき、その上にCu2Oなどの材料を塗布したガラス板(2.5 cm角)を置いた。この上におよその濃度が分かっている大腸菌(E. coli NBRC3972)又は黄色ブドウ球菌(S. aureus NBRC12732)の懸濁液を50μL滴下し、材料表面と細菌を接触させるためにOHPフィルムを被せた。このシャーレにガラス板で蓋をした。同様の測定用セットを細菌数の測定予定回数の数だけ用意し、室温の暗所、又は光源として15W白色蛍光灯(パナソニック株式会社、フルホワイト蛍光灯、FL15N)に紫外線カットフィルター(株式会社キング製作所、KU-1000100)を取り付けたものを使用し、照度が800ルクス(照度計:TOPCON IM-5にて測定)になる位置に測定用セットを静置した(図1)。所定の時間、暗所放置又は光を照射したサンプルの菌濃度測定を行った。菌濃度の測定はサンプルを10 mLの回収液(PBS)に浸漬し、振とう機にて10分間振とうさせた。この菌回収液を適宜希釈してNB(Nutrient Broth)寒天培地にまき、37℃で1日培養した後に細菌のコロニー数を目視で計測した。得られたコロニー数に希釈倍率を乗じることによって菌濃度を求めた。
【0052】
Cu2O粉末を乳鉢で細粒化し(粒径: 0.5〜5μm)、0.1質量%のエタノールスラリーを調製した。その際、超音波洗浄機にて超音波を20分間照射して粉末を分散させた。この分散液を2.5 cm×2.5 cm×1 mm (厚)のガラス板の上にこぼれないように全体に滴下し、このガラス板を120℃に設定した定温乾燥器に入れて3時間乾燥した。得られたガラス板上のCu2Oは0.15 mg/6.25 cm2 (=0.24 g/m2)であった。このサンプルに大腸菌(NBRC3972) を30分間接触させると、菌濃度は初期濃度の1/105まで低下し、Cu2Oは短時間で大腸菌に対する不活化作用を示した。
【0053】
同様の評価をCuO、Cu2S、CuSについても行ったところ、Cu2SもCuSより短時間で大腸菌に対する不活化作用を示した。一方、CuOはCu2Oのように短時間での不活化作用を示さなかった。以上の結果を図2に示す。これらの結果から、一価銅化合物が極めて短時間に高い不活化作用を有することが示された。CuOなどのサンプルもCu2Oのサンプルと同様に作製したが、担持量は銅の含量を同じにするため0.17 mg/6.25 cm2 (=0.27 g/m2)とし、CuSについても0.2 mg/6.25 cm2 (=0.32 g/m2)とした。同様に、Cu2Sは 0.17 mg/6.25 cm2 (=0.27 g/m2)とした。
【0054】
例2
Cu2O×1の薄膜を以下の方法で調製した。Cu2O粉末を乳鉢で細粒化し(粒径: 0.5〜5μm)、0.1質量%のCu2O、固形分濃度が0.1%となるようにTEOS(エチルシリケート28、コルコート製)の加水分解液を加えエタノールスラリーを調製した。その際、超音波洗浄機にて超音波を20分間照射して粉末を分散させた。この分散物を2.5 cm×2.5 cm×1 mm(厚)のガラス板の上にこぼれないように全体に滴下し、120℃に設定した定温乾燥器に入れて3時間乾燥した。得られたガラス板上のCu2Oは 0.15 mg/6.25 cm2 (=0.24 g/m2)であった。同様にしてガラス板状のCu2O量が、0.15 mg/6.25 cm2 (=0.24 g/m2)の1/5及び1/10になるように薄膜を作製した。また、CuO薄膜として0.17 mg/6.25 cm2 (=0.27 g/m2)の10倍の担持量となる薄膜を作製した。
【0055】
これらの薄膜について大腸菌に対する不活化作用を測定したところ、Cu2O薄膜では担持量を1/5としても3時間の白色蛍光灯照射下での接触において初期濃度の1/104まで菌濃度が低下し、短時間での不活化作用が得られることが分かった。一方、CuO薄膜については、担持量を10倍としても3時間の接触において菌濃度が1/10にも低下しておらず、短時間での不活化作用は認められなかった。
【0056】
上記の薄膜を用いて黄色ブドウ球菌に対する不活化作用を調べた。Cu2Oについては担持量を1/10としても3時間のホワイトライト照射下での接触で初期濃度の1/102まで菌濃度が低下し、短時間で不活化作用が得られることがわかった。CuOについては担持量を10倍としてもCu2Oに比べてはるかに不活化作用が弱く、菌濃度が1/105に低下するのに3時間を要した。薄膜として用いる場合には、グラム陰性菌である大腸菌よりもグラム陽性菌である黄色ブドウ球菌に対する方がより速やかに不活化作用が発揮されることが示唆された。
【0057】
例3
Cu2O及びCuOの粉末を各々量り取り、水を20 mL加えてスターラーにて撹拌しながら、一方は暗所下に置き、他方は光照射下に置いた。光照射は、キセノンランプ(Xe)を用いて、400 nm以上の波長の光を15 mW/cm2の光強度の条件と、白色蛍光灯(WL)を用いて400 nm以上の波長の光を1,000ルクスの照度の条件で行った。0時間及び5時間後の銅イオン濃度(一価及び二価イオン合わせて)をICP-AESにて定量したところ、粉末量、光照射の有無、及び光照射条件にかかわらずCu2O及びCuOとも水中に溶出している銅イオン濃度に大差がないことが観察された。この結果から、Cu2OとCuOとの間での微生物不活化作用の顕著な違いは溶出している銅イオン濃度に起因するものではないことが明らかとなった。
【0058】
【表1】

【0059】
例4
一価銅化合物及び二価銅化合物の粒径及び表面積が微生物不活化作用に及ぼす影響を調べた。粒径は電子顕微鏡のSEMによる観察から求めた。表面積はBET表面積測定装置(島津 TriStar 3000)により測定した。それぞれの粉末を6.25〜10,000μg/mLとなるようにPBSに懸濁し、約1×107 CFU/mLの菌濃度となるように大腸菌又は黄色ブドウ球菌を加えて振とうし、3時間後及び24時間後にその懸濁液から一定量を採取し、NB(Nutrient Broth)寒天培地に接種した。大腸菌については24時間、黄色ブドウ球菌については48時間培養後にそれぞれの最小殺菌濃度(MBC)を測定した。結果を以下の表に示す(表中、*はBET測定装置で測定エラーとなるぐらいに表面積が小さかったことを示す)。この結果から、一価銅化合物が二価銅化合物に比べて顕著に強い微生物不活化作用を有していること、及び二価銅化合物では粒子径及び表面積にかからわずほぼ同様の微生物不活化作用を発揮していることが示された。
【0060】
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
一価銅化合物を有効成分として含み、微生物の短時間不活化に用いるための微生物不活化剤。
【請求項2】
一価銅化合物が酸化第一銅、硫化第一銅、ヨウ化第一銅、及び塩化第一銅からなる群から選ばれる1種又は2種以上の化合物である請求項1に記載の微生物不活化剤。
【請求項3】
微粒子形態の一価銅化合物を含む請求項1に記載の微生物不活化剤。
【請求項4】
1種又は2種以上の一価銅化合物とともに1種又は2種以上の光触媒物質を含む組成物の形態である請求項1に記載の微生物不活化剤。
【請求項5】
光触媒物質が可視光応答性光触媒物質である請求項4に記載の微生物不活化剤。
【請求項6】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の微生物不活化剤を基材表面及び/又は内部に含む微生物不活化材料。
【請求項7】
微生物不活化剤をバインダーを用いて基材表面に固定化した請求項6に記載の微生物不活化材料。
【請求項8】
樹脂中に微生物不活化剤を分散させた分散物を硬化させることにより得ることができる請求項6に記載の微生物不活化材料。
【請求項9】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の微生物不活化剤を固定化した繊維。
【請求項10】
請求項1ないし5のいずれか1項に記載の微生物不活化剤を含む紙。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2011−190192(P2011−190192A)
【公開日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−56048(P2010−56048)
【出願日】平成22年3月12日(2010.3.12)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成21年度 NEDO、循環社会構築型光触媒産業創成プロジェクト事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】