説明

微生物変換による有機溶媒可溶性物質の製造方法

【課題】簡便で精製負荷が小さい微生物変換による有機溶媒可溶性物質の製造方法、並びに、変換速度が大きく、及び/又は変換が長時間維持できる微生物変換による有機溶媒可溶性物質の製造方法の提供。
【解決手段】基質である有機溶媒可溶性物質を溶解した有機溶媒相と、担体に微生物を固定化した微生物相とを接触させ、生成物である有機溶媒可溶性物質を微生物変換により製造する方法であって、有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質を有機溶媒相に添加する、有機溶媒可溶性物質の製造方法の提供。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、化学製品やその中間体として有用な有機溶媒可溶性物質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水への溶解度が小さい有機溶媒可溶性物質を原料として微生物変換を行う場合、乳化剤を用いて基質を攪拌し分散または乳化させながら反応させる方法が用いられる。この方法で1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールまたは3a,6,6,9a−テトラメチルデカヒドロナフト[2,1−b]フラン−2(1H)−オンを製造する方法が知られている。(特許文献1参照)。
別の方法として、基質を有機溶媒に溶解することで乳化剤を不要とする方法があるが、微生物は一般的に有機溶媒に対する耐性が小さいため、微生物が弱ってしまう。そこで、親水性担体に微生物を固定化し、固定化微生物に水不溶性ないし難溶性の有機化合物の有機溶媒溶液を接触せしめ、有機化合物を変換させる有機化合物の製造方法が知られている(特許文献2参照)。この方法では、固定化により微生物の有機溶媒耐性が向上し変換が進行する。
【0003】
また、微生物変換反応において、基質源を水相から供給することで添加濃度を高くすることができ、生産性を向上させる方法が知られている(特許文献3参照)。
【特許文献1】特開平3−224478号公報
【特許文献2】特開平5−91878号公報
【特許文献3】特開平9−131198号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
乳化剤を用いる方法では、通気撹拌を行う場合、乳化剤による泡立ちが生じて運転が難しいこと、微生物変換後の精製工程が煩雑であることなどの課題があった。
親水性担体に微生物を固定化する方法では、基質の有機溶媒に対する溶解度が小さい場合に変換速度が不十分であるという課題があった。また、基質源や栄養源を水相から供給できない場合に、長時間の変換を維持する方法については、知られていなかった。
【0005】
本発明は、簡便で精製負荷が小さい微生物変換による有機溶媒可溶性物質の製造方法、並びに、変換速度が大きく、及び/又は変換が長時間維持できる微生物変換による有機溶媒可溶性物質の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、担体に微生物を固定化した微生物相を用いて、有機溶媒可溶性物質を微生物変換する方法を検討したところ、ある特定の条件を採用することで、簡便で精製負荷が小さく、変換速度が大きく、変換を長時間維持できることを見出した。
【0007】
すなわち本発明は、基質である有機溶媒可溶性物質を溶解した有機溶媒相と、担体に微生物を固定化した微生物相とを接触させ、生成物である有機溶媒可溶性物質を微生物変換により製造する方法であって、有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質を有機溶媒相に添加する、有機溶媒可溶性物質の製造方法を提供するものである。
また本発明は、基質である有機溶媒可溶性物質を溶解した有機溶媒相と、担体に固定化した微生物相とを接触させ、生成物である有機溶媒可溶性物質を微生物変換により製造する方法であって、微生物の栄養源となる物質を有機溶媒相に添加する、有機溶媒可溶性物質の製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、簡便で精製負荷が小さい方法により有機溶媒可溶性物質を製造できる。また、本発明によれば、変換速度が大きく、変換も長時間維持できるので、効率よく有機溶媒可溶性物質を製造できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明は、基質である有機溶媒可溶性物質を溶解した有機溶媒相と、担体に微生物を固定化した微生物相とを接触させ、生成物である有機溶媒可溶性物質を微生物変換により製造する方法である。
本発明においては、基質は有機溶媒可溶性物質であり、製造される目的物も有機溶媒可溶性物質である。
本発明において使用される「基質である有機溶媒可溶性物質」は、有機溶媒に溶解し、水に溶解しにくい物質であり、有機溶媒に対する溶解度が水に対する溶解度に比べて大きい物質である。本発明の効果が発揮できる点、生産性の点から、有機溶媒可溶性物質の使用する有機溶媒に対する溶解度は、水に対する溶解度を基準として、2〜2000倍であることが好ましく、5〜1000倍がより好ましく、10〜500倍が更に好ましく、20〜200倍が特に好ましい。本発明の効果が発揮できる点、生産性の点から、有機溶媒可溶性物質の水への溶解度は、10質量%(以下、単に「%」と表記する)以下が好ましく、0.0001〜5%がより好ましく、0.001〜1%が更に好ましく、0.01〜0.1%が特に好ましい。
【0010】
本発明において製造される「生成物である有機溶媒可溶性物質」は、有機溶媒に溶解し、水に溶解しにくい物質であり、有機溶媒に対する溶解度が水に対する溶解度に比べて大きい物質である。本発明の効果が発揮できる点、生産性の点から、生成物である有機溶媒可溶性物質の使用する有機溶媒に対する溶解度は、水に対する溶解度を基準として、2〜2000倍であることが好ましく、5〜1000倍がより好ましく、10〜500倍が更に好ましく、20〜200倍が特に好ましい。本発明の効果が発揮できる点、生産性の点から、有機溶媒可溶性物質の水への溶解度は、10%以下が好ましく、0.0001〜5%がより好ましく、0.001〜1%が更に好ましく、0.01〜0.1%が特に好ましい。
【0011】
本発明における微生物変換は、有機溶媒相と微生物相との界面で変換する場合と、微生物相内で変換する場合とが挙げられる。また、いずれの場合にも、有機溶媒相に溶解した基質と微生物の接触性の点から、有機溶媒相は乳化していないことが好ましい。
【0012】
本発明における微生物変換としては、化学製品やその中間体として有用な物質が得られるものが好ましいが、その有用性から香料の中間体を得られるものであることが好ましい。本発明の効果が発揮できる点、製造される物質の有用性から、基質である有機溶媒可溶性物質が1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オール(以下、「ジオール体」と表記する)または3a,6,6,9a−テトラメチルデカヒドロナフト[2,1−b]フラン−2(1H)−オン(以下、「スクラレオリド」と表記する)に変換され得る物質であり、生成物である有機溶媒可溶性物質がジオール体またはスクラレオリドであることが好ましい。
【0013】
ジオール体またはスクラレオリドは、3a,6,6,9a−テトラメチルドデカヒドロナフト[2,1−b]フラン(以下、「化合物A」と表記する)を合成する過程における製造中間体である。化合物Aは、抹香鯨の体内に生ずる病的分泌物アンバーグリースに含まれている香気成分で、アンバー系合成香料として欠かせない重要化合物である。化合物Aは、主にクラリーセージ(Salvia sclarea L.)から抽出されたスクラレオールを出発原料として化学合成法により製造されている。スクラレオールから化合物Aを生産する代表的な工程を図1に示す。例えば、化合物A製造中間体としては、図1に示すように、ジオール体及びスクラレオリドが挙げられる。また、図1には示さないが、化合物A製造中間体としては、環状エーテル体(8α, 13-オキシド-12,13-デヒドロ-15,16-ジノルラブダン)が挙げられる。
【0014】
生成物である有機溶媒可溶性物質が化合物A製造中間体である場合、基質としては、化合物A製造中間体に変換され得る物質であればよく、例えばスクラレオール、エピスクラレオール、スクラレオリド、マノオール、エノールエーテルなどが挙げられる。本発明の効果が発揮できる点から、基質がスクラレオールであり、製造される有機溶媒可溶性物質がスクラレオリドまたはジオール体であることが好ましく、さらにジオール体であることがより好ましい。この場合、変換速度の点などから、基質が有機溶媒相から微生物相へ取り込まれ、微生物相内で化合物A製造中間体に変換され、生成した化合物A製造中間体が微生物相から有機溶媒相へ産出されることが好ましい。
【0015】
微生物変換における化合物A製造中間体の変換率は40%以上が好ましく、50%以上がより好ましく、60%以上が更に好ましく、80%以上が特に好ましい。ここで変換率とは、{(生成した物質のモル数)/(基質のモル数)}×100(%)で表す。
【0016】
本発明において使用される有機溶媒としては、例えば、炭化水素類、アルコール類、ケトン類、エステル類、エーテル類、脂肪酸類などが挙げられる。これらは、単独で使用しても良いし、混合して使用しても良い。微生物変換の効率、微生物毒性の点、精製負荷の点から、例えば、炭素数5〜20の直鎖炭化水素、炭素数5〜8の環状炭化水素、炭素数2〜10のアルコール、炭素数1〜10のアルコールと炭素数1〜10の脂肪酸とのエステル、炭素数1〜10のアルコールと炭素数1〜10脂肪酸とのエステル、炭素数5〜10の脂肪酸、又はそれらの混合物が好ましく、中でも、精製負荷の点から、水と相互溶解して均一相を形成しない液体が好ましく、例えば、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、トリデカン、流動パラフィン、又はそれらの混合物がより好ましく、デカン、ウンデカン、ドデカン、トリデカン、又はそれらの混合物が更に好ましい。
【0017】
本発明において有機溶媒の使用量は、基質である有機溶媒可溶性物質と目的物である有機溶媒可溶性物質の、反応系における有機溶媒への溶解度や微生物変換の効率に応じて、適宜設定することができるが、微生物変換の変換効率の点から、担体に対して0.05〜100容積倍が好ましく、更に0.1〜50容積倍が好ましい。
また、基質である有機溶媒可溶性物質の使用量は、有機溶媒への溶解度以下とするのが通常であるが、本発明においては、これを超える量とすることができる。
【0018】
本発明において、基質である有機溶媒可溶性物質を溶解した有機溶媒は、微生物を担体に固定化した後に添加すれば良く、更に微生物が担体を覆いつくした後に添加するのが好ましい。
【0019】
本発明において使用される担体は、微生物を固定化できる成型体であり、各種樹脂、イオン交換樹脂、合成吸着剤、天然高分子、食物繊維、繊維状タンパク質、光硬化性樹脂、活性炭、無機多孔性物質などが挙げられる。具体的には、ポリビニルアルコール、ポリウレタン、ポリオレフィン、ポリアクリルアミド、ポリアクリル酸、ベンゼンジビニルベンゼン重合体、セルロースアルギン酸、カラギーナン、寒天、ゼラチン、白土、シリカゲルなどが挙げられる。
担体は、親水性、疎水性どちらでも適用できるが、変換速度の点、変換の維持の点から親水性のものが好ましい。形状は、板状、粒状、球状、繊維状、網状、スポンジ状、規則構造体状などが挙げられる。変換速度の点から、表面積の大きい形状が好ましい。微生物を固定化した担体をカラムに充填して連続的に変換を行う場合の運転のし易さの点から、有機溶媒相の流動性が良好となる形状が好ましい。
微生物の固定化のし易さ、変換速度の点、変換の維持の点から、天然高分子、食物繊維、繊維状タンパク質が好ましく、セルロース、アルギン酸、カラギーナン、寒天、ゼラチンがより好ましく、寒天が特に好ましい。また、価格、担体形状の長時間の維持の点から、ポリウレタン、ポリオレフィンが好ましい。
【0020】
本発明において微生物を上記担体に固定化する方法は、固定化した微生物が有機溶媒相との接触により大きな脱離を生じないこと、微生物変換が進行することが達成できる方法であればよい。具体的には、吸着、増殖、表面増殖、包接、埋包、カプセル化、光硬化樹脂による硬化などが挙げられる。また微生物変換の進行と共に増殖してもよい。
微生物の固定化のしやすさ、変換速度の点、変換の維持の点から、吸着、表面増殖が好ましく、表面増殖がより好ましい。
【0021】
本発明において使用される微生物は、細菌類、カビ類、酵母、放線菌類等のいずれの微生物であってもよく、また、好気性、嫌気性のいずれでもよい。具体的には例えば、シュードモナス(Psevdomonas)属、グルコノバクター(Gluconobacter)属、アセトバクター(Acetobacter)属、アリスロバクター(Arithrobactor)属、コリネバクテリウム(Corynebactrium)属、ロドコッカス(Rhodococus)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、カンジダ(Candida)属、ハンゼヌラ(Hansenula)属、アスペルギルス(Aspergillus)属等に属する微生物が挙げられる。
【0022】
化合物A製造中間体を生成する微生物としては、化合物A製造中間体を生成する能力を有する微生物であれば特に限定されないが、例えば子嚢菌網(Ascomycetes)に属する微生物、クリプトコッカス(Cryptococcus)属に属する微生物、担子菌網に属する微生物、ハイホジーマ(Hyphozyma)属に属する微生物等が挙げられる。これらのうち、化合物A製造中間体であるジオール体の生成効率の点から、子嚢菌網に属する微生物、ハイホジーマ属に属する微生物が好ましい。子嚢菌網に属する微生物としては、例えば、Ascomycete sp. KSM-JL2842と命名され、独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにFERM P-20759として寄託された微生物が挙げられる。ハイホジーマ属に属する微生物としては、例えば特許第2547713号明細書に記載のATCC20624株が挙げられる。
【0023】
本発明において微生物変換する条件は、特に限定されないが、変換速度の点、変換の維持の点から、反応に酸素を必要とする条件で、温度は10〜35℃が好ましく、15〜30℃がより好ましく、20〜30℃が更に好ましく、pHは3〜8が好ましく、4〜8がより好ましく、5〜7が更に好ましい。反応器の形状は、バッチ撹拌槽、カラム充填、連続撹拌槽、エアリフト反応器などが挙げられる。酸素、基質や栄養源を供給する装置や生成物を回収する装置が付随していても良い。
【0024】
本発明において微生物の栄養源は、使用菌体の種類に応じて、その菌体に最適のものを選択することができ、例えば、単糖、二糖、オリゴ糖、多糖、糖アルコール、脂肪酸、有機酸塩等の炭素源;窒素含有有機物、アミノ酸、尿素等の窒素源;塩化ナトリウム、硫酸第一鉄、硫酸マグネシウム、硫酸マンガン、硫酸亜鉛、炭酸カルシウム等の金属ミネラル類及びビタミン類等、酵母エキス等の微量栄養源などを用いることができる。ここで、脂肪酸は、溶解性の点から炭素数9以下のものを用いることが好ましい。これらの微生物の栄養源は、微生物の培養の初期、微生物を固定化する時又は微生物に基質を供給する前に、水相に供給することが好ましい。
【0025】
本発明においては、有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質を、有機溶媒相に添加することが好ましい。有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質を有機溶媒相に添加することで、有機溶媒に溶解しにくい基質であっても高濃度に溶解させることができる。この場合、有機溶媒相中の基質濃度は有機溶媒に対する溶解度を超えるものとすることが、微生物変換速度を向上させることができる点から好ましく、より好ましくは溶解度の1.3〜20倍、更に2〜10倍とすることが好ましい。
【0026】
有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質は、微生物変換速度を向上させる点から、微生物変換の開始前に基質の添加と同時期に添加することが好ましい。有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質は、微生物変換速度を向上させる点から、それを添加することによって、基質の有機溶媒への飽和溶解度以上に、基質を有機溶媒相に溶解させうることが好ましい。有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質とその添加量は、微生物変換速度を向上させる点および反応効率の点から、基質の有機溶媒相への溶解度を、有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質を添加しないときの飽和溶解度を基準として、1.1倍以上に向上させるものであることが好ましく、更に1.3〜20倍に向上させるものであることが好ましく、特に2〜10倍に向上させるものであることが好ましい。ここで、基質の有機溶媒への飽和溶解度の測定は、24℃で一晩振盪しても全量が溶解しない量の基質を有機溶媒相中へ添加し、その後基質の濃度を測定することにより行う。有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質を添加する場合は、有機溶媒20mLに当該物質を0.6g添加した上で、同様に測定する。
【0027】
本発明において有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質は、一部は栄養源として用いられる場合があってもよく、また一部は生産物へと変換される物質であってもよい。斯かる物質は、対象とする基質、微生物および有機溶媒の組み合わせに応じて適宜選択することができる。具体的には、例えばアルコール類、脂肪酸類、脂肪酸エステル類などが挙げられ、変換速度の点、微生物毒性の点から、炭素数14から18のアルコール、炭素数12から20の脂肪酸が好ましい。
【0028】
本発明において有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質の添加量は、変換効率、変換速度等の点から基質100質量部に対し、1〜500質量部が好ましく、更に10〜200質量部が好ましく、特に50〜100質量部が好ましい。
【0029】
本発明においては、微生物変換を長時間維持させる点から、微生物の栄養源となる物質を、有機溶媒相に添加することが好ましい。微生物を固定化した担体をカラムに充填して連続的に変換を行う場合に、この態様が好適に実施できる。微生物の栄養源を有機溶媒相から連続的に供給することで、担体中に当初から染み込ませてある栄養源のみを使用する場合と比べて、変換を長時間維持できる。
有機溶媒相に添加する微生物の栄養源となる物質は、変換の維持を良好とする点から、変換反応の途中で添加するのが好ましく、更に複数回に分けて添加すること、又は継続的に添加することが好ましい。
【0030】
本発明において有機溶媒相に添加する微生物の栄養源となる物質は、変換速度の点、変換の維持の点から、微生物の資化性があり、有機溶媒に可溶で、水に難溶性の物質が好ましい。斯かる物質は、対象とする基質、微生物および使用する有機溶媒の組み合わせに応じて適宜選択することができる。有機溶媒相に添加する微生物の栄養源となる物質とその添加量は、変換の維持を良好とする点、反応効率の点および微生物毒性の点から、微生物変換での生成物の生成量が、有機溶媒相に添加する微生物の栄養源となる物質を添加しない場合に、その変換速度が最初の変換速度に対して1/3を下回った時点を基準として1.1質量倍以上とすることができるものが好ましく、更に1.2〜10質量倍とすることができるものが好ましく、特に1.3〜5質量倍とすることができるものが好ましい。ここで、微生物変換の変換速度の測定は、基質濃度を5g/Lとし、24℃で変換反応を行い、4日毎の生成物量を測定することで行う。有機溶媒相に微生物の栄養源となる物質を添加する場合は、有機溶媒に当該物質を10g/L添加した上で同様に変換反応を行って測定する。変換速度は、単位時間当たりの生成物量として求める。
【0031】
本発明において有機溶媒相に添加する微生物の栄養源となる物質としては、ビタミン源、炭素源、窒素源、リン源、金属源などが挙げられ、変換を長時間維持できる点から、炭素源となる化合物が好ましい。炭素源となる物質としては、具体的には、油溶性のアルコール類、脂肪酸類、脂肪酸エステル類、糖エステル類などが挙げられる。中でも、変換の維持の点のみならず、基質の有機溶媒に対する溶解度を向上させ、微生物変換速度を向上させる効果も有する点から油溶性のアルコール類、脂肪酸類、脂肪酸エステル類が好ましく、特に、炭素数12から16のアルコール、炭素数12から20の脂肪酸、炭素数16から18の脂肪酸のモノグリセライドが好ましい。これらアルコール類、脂肪酸類、脂肪酸エステル類を微生物の栄養源として用いる場合には、有機溶媒相中の基質濃度は有機溶媒に対する溶解度を超えるものとすることが、微生物変換速度を高レベルで維持させることができる点から好ましい。この場合の基質濃度は、溶解度の1.3〜20倍とすることが好ましく、更に2〜10倍とすることがより好ましい。また、微生物の栄養源として、その他の物質を併用しても良い。
【0032】
本発明において有機溶媒相に添加する微生物の栄養源となる物質の添加量は、変換効率、変換の維持を良好とする点から基質100質量部に対し、10〜500質量部が好ましく、更に20〜400質量部が好ましく、特に50〜200質量部が好ましい。
【0033】
本発明においては、微生物変換で得られた生成物である有機溶媒可溶性物質は、後処理で分離精製を行い、高品質の製品とすることができる。後処理としては、ろ過、溶媒抽出、晶析、蒸留、精留、吸着、吸着脱離、イオン交換、活性炭処理などが挙げられる。
【実施例】
【0034】
<分析方法>
スクラレオール、スクラレオリドおよびジオール体の分析は、酢酸エチルにて適宜希釈しガスクロマトグラフィー(GC)にて行った。GC分析装置は6890N GC System(Agilent technologies社)で行い、分析条件は以下のとおりである。検出器としてはFID(Flame Ionization Detector)(Agilent technologies社)を使用し、注入口温度を250℃とし、注入法をスプリットモード(スプリット比100:1)とし、トータルフローを200ml/分とし、カラム流速を0.4ml/分とし、カラムはDB-WAX(φ0.1mm×10m)(J&W社)を使用し、オーブン温度を250℃とした。
【0035】
<固定化担体寒天の調製方法>
50mL容量のバイアルビン(日電理化硝子株式会社、SV-50A)に表1に示す組成の各種寒天培地15mLを添加し、綿栓(アズワン株式会社、CS綿栓CS-28)を装着し、アルミホイルで覆い蒸気加熱滅菌して固定化担体寒天を調製した。
【0036】
【表1】

【0037】
<固定化菌体の調製方法>
上記で調製した寒天上に、室温解凍したAscomycete sp. KSM-JL2842(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにFERM P-20759として寄託された微生物)の凍結保存菌液を0.2〜0.4mL滴下し、寒天上にまんべんなく延ばした。24℃、3〜4日間静置培養することで、寒天上に一面に菌が増殖した固定化菌体を得た。この際菌体が生育した寒天上の面積は約10cm2であった。なお上述の凍結保存菌液とは、YM培地(YMブロス、和光純薬工業)で培養したJL2842株培養液を20%グリセロールと1:1で混合し−80℃にて凍結保存した菌液を指す。
【0038】
<基質溶液の調製方法>
表2に示す配合物を混合・溶解し、必要に応じ遠心分離して各種基質溶液を得た。
基質溶液(i)、(v)及び(vi)は、24℃にて攪拌混合することによりスクラレオールを全量溶解させ、そのまま基質溶液として用いた。基質溶液(iii)及び(iv)は、後述の実施例2記載の方法に従い、高濃度のスクラレオールを溶解させた。
基質溶液(ii)は、純ドデカンに対するスクラレオール飽和溶液であり、混合後24℃で一晩静置した後に溶け残った過剰量のスクラレオールを遠心沈降(12000rpm×2分)させ、その上澄液を用いた。
なお、(i)〜(vi)の全ての基質溶液は、変換反応に用いる際にはスクラレオールは完全に溶解しており、結晶析出は見られなかった。
【0039】
【表2】

【0040】
実施例1
<有機溶媒系における変換反応進行の確認>
調製した固定化菌体上に基質溶液2mLを万遍なく載せ、綿栓を付けた状態で24℃、110rpmにて振盪した。4日目に基質溶液を全量回収し、さらに2mLの純ドデカンで固定化菌体を濯ぎ洗いし、回収液と合わせ、その中に含まれるジオール体量をGCにて定量した。結果は「最初に添加した基質溶液中に蓄積したジオール体濃度」として表わした。表3に示したように、各種固定化菌体においてジオール体の生産が確認された。
【0041】
【表3】

【0042】
参考例1
<有機溶媒に対する基質の溶解度向上>
有機溶媒としてドデカンを使用し、これに各種脂肪酸またはアルコールを表4及び表5に示した配合量で混合した後、24℃でスクラレオールを少量づつ添加し、全量溶解しなくなる量を超えて表4及び5に記載の量を添加した。24℃にて一晩振盪して添加した全量が溶解しないことを確認の後、溶け残った過剰量のスクラレオールを遠心沈降(12000rpm×2分)させ、上澄液に溶解しているスクラレオール濃度をGCにて分析した。表4および表5に記載の通り、何れの脂肪酸やアルコールにおいてもスクラレオールの飽和溶解度を高めることができ、また添加する脂肪酸やアルコールの濃度が高いほどスクラレオールの飽和溶解度が向上する傾向が確認された。
【0043】

【表4】

【0044】
【表5】

【0045】
実施例2
<変換反応速度向上>
調製した固定化菌体上に各基質溶液2mLを万遍なく載せ、綿栓を付けた状態で24℃、110rpmにて振盪した。4日目に基質溶液を全量回収し、さらに2mLの純ドデカンで固定化菌体を濯ぎ洗いし、回収液と合わせ、その中に含まれるジオール体量をGCにて定量した。結果は「最初に添加した基質溶液中に蓄積したジオール体濃度」として表わした。表6に示すように、基質であるスクラレオールの溶解度を高めることにより、ジオール体生産速度が上昇する傾向があることが確認された。
【0046】
【表6】

【0047】
実施例3
<変換反応持続性向上>
調製した固定化菌体上に各基質溶液2mLを万遍なく載せ、綿栓を付けた状態で24℃、110rpmにて振盪した。4日目に基質溶液を全量回収し、さらに2mLの純ドデカンで固定化菌体を濯ぎ洗いし、回収液と合わせ、その中に含まれるジオール体量をGCにて定量した。さらに引き続き変換反応を繰り返すべく基質溶液2mLを再添加し、同様の操作を8、12、15日目にも行った。
結果は「最初に添加した基質溶液中に蓄積したジオール体濃度」として表わした。表7に示すように、脂肪酸又は脂肪酸モノグリセリドの添加により、変換反応の持続性が向上することが確認された。
【0048】
【表7】

【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】図1は、スクラレオールから3a,6,6,9a−テトラメチルドデカヒドロナフト[2,1−b]フラン(化合物A)を生産する代表的な工程を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基質である有機溶媒可溶性物質を溶解した有機溶媒相と、担体に微生物を固定化した微生物相とを接触させ、生成物である有機溶媒可溶性物質を微生物変換により製造する方法であって、有機溶媒相中への基質の溶解度を向上させる物質を有機溶媒相に添加する、有機溶媒可溶性物質の製造方法。
【請求項2】
基質である有機溶媒可溶性物質を溶解した有機溶媒相と、担体に微生物を固定化した微生物相とを接触させ、生成物である有機溶媒可溶性物質を微生物変換により製造する方法であって、微生物の栄養源となる物質を有機溶媒相に添加する、有機溶媒可溶性物質の製造方法。
【請求項3】
生成物である有機溶媒可溶性物質が1−(2−ヒドロキシエチル)−2,5,5,8a−テトラメチルデカヒドロナフタレン−2−オールまたは3a,6,6,9a−テトラメチルデカヒドロナフト[2,1−b]フラン−2(1H)−オンである請求項1又は2記載の有機溶媒可溶性物質の製造方法。

【図1】
image rotate


【公開番号】特開2009−254321(P2009−254321A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−110201(P2008−110201)
【出願日】平成20年4月21日(2008.4.21)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】