説明

微生物検査用培地の製造方法

【課題】液状やゲル状、懸濁液状の培地にγ線を照射して培地の滅菌処理を行う場合に、γ線照射による培地の性能低下の影響を見越して培地の成分調整を工夫したり酸化防止剤を添加しておく必要が無く、色素や発色基質を含有した培地や褐変化を生じる恐れのある培地についても適用できる微生物検査用培地の製造方法を提供する。
【解決手段】粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させて調製された液状培地、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させた後に冷却し凝固させて調製されたゲル状培地、または、粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液状培地を凍結させ、凍結状態の培地にγ線を照射して滅菌処理する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、微生物検査において微生物を培養するのに使用される微生物検査用培地を製造するための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌を分離培養する方法としては、平板塗沫法(画線培養法)と混釈培養法が一般に行われている。平板塗沫法は、50℃程度に加温されて固まらないようにされた寒天培地をシャーレに流し込んで平板状に固め、白金耳に採取した検査材料を寒天平板培地の表面に画線塗沫して、微生物の培養を行うようにする。また、混釈培養法は、検査材料を精製水等で適宜段階的に希釈して試料液を調製し、その試料液を一定量だけシャーレに分注し、50℃程度に加温されて固まらないようにされた寒天培地をシャーレに流し込んで、試料液と寒天培地とを十分に混釈させた後、寒天培地を凝固させて保温しながら微生物の培養を行うようにする。
【0003】
分離培養による微生物検査で使用される寒天培地は、通常、検査を行う臨床検査機関、食品工場、医療機関などの事業所において、購入し保管しておいた乾燥粉末培地を用いて作製されるが、予め乾燥粉末培地と精製水とを混和させて加熱溶解させ滅菌して容器詰めされた寒天培地も市販されている。このような容器詰め寒天培地を製造する場合に、滅菌処理をγ線の照射により行うことが提案されている。すなわち、粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液を容器に充填して密封し、γ線の照射により滅菌処理して検査用培地を製造し、微生物の培養の際に容器ごと懸濁液を加熱して寒天を溶解させ溶融状態の寒天培地を包装体から取り出して使用する、といった技術が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009−219470号公報(第3頁、図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
寒天培地をγ線の照射により滅菌処理することは可能であるが、液状やゲル状あるいは懸濁液状の培地にγ線を照射した場合には、培地の種類によって以下のような問題点がある。
【0006】
γ線の照射によって培地のpH値が酸性側に傾くため、そのpH低下を予測して、γ線照射後における培地が目的とするpH値となるように、γ線照射前に培地のpH値を高めに調整しておく必要がある。また、γ線の照射によって寒天培地の強度が低下することがあるため、その強度低下を予測して、予め寒天の量を多くしておく必要がある。さらに、抗生剤を含有した寒天培地では、γ線の照射によって抗生物質の力価が低下するため、その力価低下を予測して、予め抗生剤の添加量を多くするなどの対処をしておく必要がある。さらにまた、γ線の照射によって培地での目的細菌の発育性能が低下することがあるため、その性能低下を予測して、予め栄養素の含有量を多くしておく必要がある。
このように、γ線の照射による培地の性能低下等の影響を見越して、γ線照射前に培地の成分調整を工夫する必要があり、培地の調製作業が面倒になる、といった問題点がある。また、γ線の照射による培地のダメージを軽減する方法として、培地にアスコルビン酸等の酸化防止剤を添加しておく、といった方法も考案されている。しかしながら、滅菌処理のために余分な添加剤を用意しておく必要があり、培地の調製作業も煩雑になる、といった問題点がある。
【0007】
また、ニュートラルレッド等の色素を含有した寒天培地では、γ線の照射によって培地の変色あるいは脱色を生じる恐れがある。また、発色基質を含有した寒天培地では、γ線の照射により、発色基質の変質による発色の低下が起こり、あるいは、発色自体が起こらない恐れがある。さらに、培地の種類によっては、γ線の照射により培地の褐変化を生じる恐れがある。これらのため、色素や発色基質を含有した培地や褐変化を生じる恐れのある培地については、γ線の照射による滅菌処理方法を適用することが難しい、といった問題点がある。
【0008】
この発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、微生物検査用培地を製造する方法において、液状やゲル状あるいは懸濁液状の培地にγ線を照射して培地の滅菌処理を行う場合に、γ線の照射による培地の性能低下等の影響を見越して培地の成分調整を工夫したり酸化防止剤を添加したりしておく必要が無く、色素や発色基質を含有した培地や褐変化を生じる恐れのある培地についても適用することができる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明では、滅菌処理のためのγ線の照射を凍結状態の培地に対して行うことにより、上記した課題を解決した。
すなわち、請求項1に係る発明は、微生物検査に使用される微生物検査用培地を製造する方法であって、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させて調製された液状培地、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させた後に冷却し凝固させて調製されたゲル状培地、または、粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液状培地を凍結させ、凍結状態の培地にγ線を照射して滅菌処理することを特徴とする。
【0010】
請求項2に係る発明は、請求項1に記載の製造方法において、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させて調製された液状培地を包装体に充填して密封し、この包装体に密封された液状培地を凍結させてγ線の照射により滅菌処理することを特徴とする。
【0011】
請求項3に係る発明は、請求項1に記載の製造方法において、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させた液状培地を包装体に充填して密封した後に冷却し凝固させてゲル状培地を調製し、そのゲル状培地を凍結させてγ線の照射により滅菌処理することを特徴とする。
【0012】
請求項4に係る発明は、請求項1に記載の製造方法において、粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液状培地を包装体に充填して密封し、この包装体に密封された懸濁液状培地を凍結させてγ線の照射により滅菌処理することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
請求項1に係る発明の製造方法によると、液状培地、ゲル状培地または懸濁液状培地が凍結した状態でそれらの培地にγ線が照射されて滅菌処理されるので、γ線の照射によっても培地の性能等の低下が起こらない。すなわち、γ線照射後における培地のpH低下、寒天培地の強度低下、抗生剤を含有した寒天培地の力価低下および培地での目的細菌の発育性能の低下といったことは起こらない。したがって、γ線の照射による培地の性能低下等を見越してγ線照射前に培地の成分調整を工夫する、といったような必要が無く、また、γ線の照射による培地のダメージを軽減するための酸化防止剤を培地に添加しておく必要も無い。
また、色素を含有した寒天培地において、γ線の照射によって培地の変色あるいは脱色を生じることがなく、発色基質を含有した寒天培地において、γ線の照射により発色基質の変質による発色の低下が起こったり発色自体が起こらなかったりすることがなく、また、γ線の照射により培地の褐変化を生じることもない。
したがって、請求項1に係る発明の製造方法により微生物検査用培地を製造する場合には、滅菌処理のためのγ線照射による培地の性能低下等の影響を見越して培地の成分調整を工夫したり酸化防止剤を添加したりしておく必要が無い。そして、この製造方法は、色素や発色基質を含有した培地や褐変化を生じる恐れのある培地についても適用することが可能になる。
【0014】
請求項2に係る発明の製造方法では、包装体に密封された状態で液状培地が凍結させられγ線の照射によって滅菌処理される。これにより、請求項1に係る発明の上記効果が奏される。凍結状態で滅菌処理された培地は、包装体に密封されたまま解凍されて製品となる。そして、微生物の培養の際には、包装体ごとゲル状の培地を加熱して寒天を再溶解させ、溶融状態の寒天培地を包装体から取り出して使用する。
【0015】
請求項3に係る発明の製造方法では、包装体に密封された状態でゲル状培地が凍結させられγ線の照射によって滅菌処理される。これにより、請求項1に係る発明の上記効果が奏される。凍結状態で滅菌処理された培地は、包装体に密封されたまま解凍されて製品となる。そして、微生物の培養の際には、包装体ごとゲル状培地を加熱して寒天を再溶解させ、溶融状態の寒天培地を包装体から取り出して使用する。
また、この製造方法においては、ゲル状培地を一旦凍結させることにより、寒天のゲル状態が一部崩壊し、その凍結後に解凍した際に、寒天のゲル強度が低下していることにより寒天からの離水が起こる。このため、凍結・解凍されたゲル状培地は、凍結・解凍操作を経ない通常のゲル状培地に比べて熱伝導が良くなり、加熱による寒天の再溶解が容易になる。この結果、特に混釈培養法による微生物検査において、培養を始めるまでの一連の操作にかかる時間が短縮されることとなる。
【0016】
請求項4に係る発明の製造方法では、包装体に密封された状態で懸濁液状培地が凍結させられγ線の照射によって滅菌処理される。これにより、請求項1に係る発明の上記効果が奏される。凍結状態で滅菌処理された培地は、包装体に密封されたまま解凍されて製品となる。そして、微生物の培養の際には、包装体ごと懸濁液状培地を加熱して寒天を溶解させ、溶融状態の寒天培地を包装体から取り出して使用する。
また、この製造方法においては、ゲル状態となる以前の懸濁液状培地を凍結させ、その後に解凍させて、懸濁液状態の培地を加熱して溶解させるので、その加熱による培地の溶解が容易になる。この結果、特に混釈培養法による微生物検査において、培養を始めるまでの一連の操作にかかる時間が短縮されることとなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】この発明に係る製造方法によって製造される微生物検査用培地の製品状態の1例を示し、培地を一部破断した状態で表した斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、この発明を実施する形態について説明する。
この発明に係る製造方法では、微生物検査用培地を製造する一連の工程中において培地を凍結させ、凍結状態の培地にγ線を照射して滅菌処理する。凍結させる培地は、粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液状の培地である。また、凍結させる培地は、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させて調製された液状の培地であり、あるいは、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させた後に冷却し凝固させて調製されたゲル状培地である。
【0019】
粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液状の培地は、ポリエチレン等のプラスチック材料やガラス材料などで形成された図1に示すような包装容器10内に充填される。懸濁液状の培地12は、包装容器10に規定量の精製水を入れ、その精製水に乾燥した粉末培地を所定量だけ加えた後、包装容器10を振盪して精製水と粉末培地とを良く混和させることにより調製される。懸濁液状の培地12は、水溶液中に寒天が分散した状態であり、包装容器10を静置しておくと、寒天が沈殿して、ペプトン、塩化ナトリウム等の栄養成分が溶解した溶液部分と寒天部分との2層に分離する。培地12が充填された包装容器10は、その上部開口部に密閉蓋14を装着して気密に密閉される。包装容器10に密封された培地12は、その状態で凍結させられる。そして、包装容器10に密封され凍結した培地12に対してγ線を照射することにより、培地12を滅菌処理する。滅菌処理が終了した培地12は、自然解凍されて、懸濁液状態で包装容器10に密封された微生物検査用培地として製品とされる。なお、培地12を包装容器10内に充填して密閉蓋14で密封するのに代えて、培地12を包装袋などに充填して密封するようにしてもよい。
【0020】
上記したようにして作製された微生物検査用培地は、培地メーカから微生物検査を行う臨床検査機関、食品工場、医療機関などへ運搬されて無菌室などに保管される。そして、微生物検査用培地は、細菌を分離培養するときに無菌室などから取り出されて使用される。この際、微生物検査用培地は、ウォータバスなどで包装容器10ごと培地12を100℃程度の温度に加熱して用いられる。この加熱により、寒天が溶解して、溶融状態の寒天培地が得られる。そして、寒天培地が約50℃以下の温度とならないようにして溶融状態に保ちながら、平板塗沫を行うときは、包装容器10から寒天培地をシャーレに流し込んで平板状に固めるようにする。また、混釈培養を行うときは、包装容器10から寒天培地を、試料液が分注されたシャーレに流し込んで、試料液と寒天培地とを混釈させるようにする。以後の操作は、通常の微生物検査と同様に行えばよい。
【0021】
また、微生物検査用培地は次のようにして作製される。
フラスコ等の容器に乾燥した粉末培地と規定量の精製水とを入れ、それらを良く混和させた後、ウォータバスや電子レンジ、蒸し器などで培地を加熱して溶解させる。この後、培地を50℃程度まで冷却し、液体状態の培地を包装容器内に注入する。そして、包装容器の上部開口部に密閉蓋を装着して、包装容器内に液状の培地を密封した後、包装容器に密封された液状の培地をその状態で凍結させる。あるいは、液体状態の培地を包装容器内に注入した後、培地が固まるまで待ってから、包装容器の上部開口部に密閉蓋を装着して、包装容器内にゲル状の培地を密封した後、包装容器に密封された液状の培地をその状態で凍結させる。培地が凍結すると、包装容器内の培地に対しγ線を照射して培地を滅菌処理する。滅菌処理が終了すると、凍結した培地を自然解凍し、ゲル状態で包装容器に密封された微生物検査用培地として製品とする。
【0022】
このようにして作製された微生物検査用培地は、上記した懸濁液状の培地と同様にして使用される。すなわち、ウォータバスなどで微生物検査用培地を包装容器ごと100℃程度の温度に加熱し、ゲル状の培地を再溶解させる。そして、寒天培地が約50℃以下の温度とならないようにして溶融状態に保ちながら、平板塗沫を行うときは、包装容器から寒天培地をシャーレに流し込んで平板状に固めるようにし、また、混釈培養を行うときは、包装容器から寒天培地を、試料液が分注されたシャーレに流し込んで、試料液と寒天培地とを混釈させるようにする。
【実施例】
【0023】
次に、実施例および比較例を示して、この発明をより具体的に説明する。
【0024】
[実施例1]
表1に示す組成を有する粉末状のデスオキシコーレイト寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させることにより、懸濁液状の培地を調製した。この培地を冷凍庫に入れ、−30℃の温度で2日間冷凍した。その後に、培地を冷凍庫から取り出し、培地が完全に凍結していることを確認してから、培地に対してγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。γ線の照射線量(最低保障線量)は、10kGyとした(コバルト線源の放射能強度:1,971,000キュリー、照射時間:1時間)。続いて、凍結状態の培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0025】
【表1】

【0026】
[実施例2]
粉末状のデスオキシコーレイト寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させた後、ウォータバスで培地を加熱して溶解させることにより、液状の培地を調製した。この培地を実施例1と同様にして凍結させた後、培地に対して実施例1と同じ条件でγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。続いて、凍結状態の培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0027】
[比較例1]
粉末状のデスオキシコーレイト寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させることにより、懸濁液状の培地を調製した。この培地に対して常温でγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。γ線の照射条件は、実施例1、2と同じにした。続いて、培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0028】
それぞれ得られた寒天平板培地について、pH計(株式会社堀場製作所製、製品名:D−51)によりpH値を測定し、寒天強度測定器(株式会社サン科学製、製品名:レオテックスSD−700DP)により寒天強度を測定し、また、培地の色調を肉眼で観察して評価を行った。また、各培地について、大腸菌(Escherichia coli:E. coli)および黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus:S. aureus)の菌の回収率を求める培養試験を行った。培養試験の方法および培養条件は、以下に説明するとおりである。また、菌の回収率は、以下のようにして求めた。
【0029】
培養試験に使用される各菌株はそれぞれ、それを使用する24時間前にソイビーン・カゼイン・ダイジェスト(SCD)寒天平板培地に接種し、35℃の温度で24時間、前培養した。このようにして前培養した菌にリン酸緩衝液を加え、懸濁させて希釈し、各菌種ごとにそれぞれ30〜300CFU/100μlの菌濃度の菌液を調製した。この調製菌液を100μlずつ、試験対象の各培地にそれぞれ接種し、35℃の温度で24時間、培養した。
菌の培養後に、菌のコロニー数を計数した。ここで、菌の回収率は、コロニーの計数値から算出される菌濃度の、接種菌液の菌濃度に対する百分率ということになるが、実際上、菌液の菌濃度は、或る程度推定することができるものの不明である。そこで、試験培地と同時に試験培地と同じ条件で、通常方法で作製したコントロール培地に調製菌液を接種して培養し、試験培地においてコントロール培地と同数のコロニーが得られたとき、菌の回収率が100%であるとし、コントロール培地でのコロニー数に対する試験培地でのコロニー数の比を求め、これを菌の回収率(%)とした。
表2に、測定結果および実験結果をまとめて示す。
【0030】
【表2】

【0031】
表2に示した結果から分かるように、実施例1の寒天平板培地は、従来から臨床検査機関等において定法通りに作製されている培地(粉末培地と精製水とを混和させた後、ウォータバスで培地を加熱溶解させ、オートクレーブを使用して培地を121℃の温度で15分間、加圧して滅菌処理し、溶融状態の培地を50℃程度まで冷却しシャーレに分注して平板状に固めることにより作製される寒天平板培地)と同等の性能を示す。また、実施例2の寒天平板培地も、定法通りに作製される培地とほぼ同等の性能を示す。一方、常温でγ線を照射して作製された比較例1の寒天平板培地は、実施例1、2のものに比べて、pH値が0.2近く低下し(酸性側に傾き)、寒天強度が40%ほども低下し、培地中に含まれる中性紅が本来の色から黒く変色を起こして培地の色調が変化し、大腸菌の発育性能が約半分に低下するなど、培地の性能低下が明らかに認められた。
【0032】
なお、上記した実施例2において、加熱溶解させた培地を冷却して一旦ゲル状の培地とし、その後にゲル状の培地を凍結させるようにしても、加熱溶解させた液状の培地をそのまま凍結させた場合と、培地性能において差は無かった。
【0033】
[実施例3]
表3に示す組成を有する粉末状の標準寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させることにより、懸濁液状の培地を調製した。この培地を実施例1と同様にして凍結させた後、実施例1と同じ条件で培地に対してγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。続いて、凍結状態の培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0034】
【表3】

【0035】
[実施例4]
粉末状の標準寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させた後、ウォータバスで培地を加熱して溶解させることにより、液状の培地を調製した。この培地を実施例1と同様にして凍結させた後、培地に対して実施例1と同じ条件でγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。続いて、凍結状態の培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0036】
[比較例2]
粉末状の標準寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させることにより、懸濁液状の培地を調製した。この培地に対して常温でγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。続いて、培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0037】
それぞれ得られた寒天平板培地について、pH計によりpH値を測定し、寒天強度測定器により寒天強度を測定し、また、培地の色調を肉眼で観察して評価を行った。また、各培地について、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa:P. aeruginosa)および大腸菌(E. coli)の菌の回収率を求める培養試験を行った。培養試験の方法および培養条件は、上記と同様であるが、この試験では菌の培養時間を48時間とした。表4に、測定結果および実験結果を示す。
【0038】
【表4】

【0039】
表4に示した結果から分かるように、実施例3、4の寒天平板培地は、定法通りに作製されている培地とほぼ同等の性能を示す。一方、常温でγ線を照射して作製された比較例2の寒天平板培地は、実施例3、4のものに比べて、pH値が0.1程度低下し、寒天強度が50%ほども低下し、培地の色調も黄変化し、緑膿菌の発育性能が半分近くに低下するなど、培地の性能低下が明らかに認められた。
【0040】
[実施例5]
表5に組成を示すとおり抗生剤クロマイ(第一三共株式会社製品名、主成分:クロラムフェニコール)を含有する粉末状のポテトデキストロース寒天培地(クロマイ 100mg/L)と精製水とを容器に入れて良く混和させることにより、懸濁液状の培地を調製した。この培地を実施例1と同様にして凍結させた後、実施例1と同じ条件で培地に対してγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。続いて、凍結状態の培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0041】
【表5】

【0042】
[実施例6]
粉末状のポテトデキストロース寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させた後、ウォータバスで培地を加熱して溶解させることにより、液状の培地を調製した。この培地を実施例1と同様にして凍結させた後、培地に対して実施例1と同じ条件でγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。続いて、凍結状態の培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0043】
[比較例3]
粉末状のポテトデキストロース寒天培地と精製水とを容器に入れて良く混和させることにより、懸濁液状の培地を調製した。この培地に対して常温でγ線を照射することにより培地を滅菌処理した。続いて、培地をウォータバスで加熱して溶解させ、溶融状態の寒天培地をシャーレに分注して平板状に固めることにより、寒天平板培地を作製した。
【0044】
それぞれ得られた寒天平板培地について、pH計によりpH値を測定し、寒天強度測定器により寒天強度を測定し、また、培地の色調を肉眼で観察して評価を行った。また、各培地について、カンジダ・アルビカンス(Candida albicans:C. albicans)および大腸菌(E. coli)の菌の回収率を求める培養試験を行った。培養試験に使用される各菌株の前培養の方法は、細菌(大腸菌)については上記と同じであり、真菌(カンジダ・アルビカンス)については、菌株をポテトデキストロース寒天平板培地に接種して35℃の温度で24時間、培養した。培養試験の方法および培養条件は、上記と同様であるが、この試験では30℃の温度で48時間、培養した。表6に、測定結果および実験結果を示す。
【0045】
【表6】

【0046】
表6に示した結果から分かるように、実施例5、6の寒天平板培地は、定法通りに作製されている培地とほぼ同等の性能を示す。一方、常温でγ線を照射して作製された比較例3の寒天平板培地は、実施例5、6のものに比べて、pH値が0.7程度低下し、寒天強度が40%ほども低下し、培地の色調も黄変化した。また、比較例3の寒天平板培地は、カンジダ・アルビカンスの発育性について実施例5、6の寒天平板培地と同等の性能を示したが、抗生物質であるクロラムフェニコールの効力が低下して、大腸菌の発育を抑制することができなかった。このように、比較例3の寒天平板培地については、培地の性能低下が明らかに認められた。
【0047】
次に、寒天培地の溶解性に関する実験を行った結果について説明する。
[実施例7]
表3に示した組成を有する粉末状の標準寒天培地と精製水とを良く混和させて懸濁液状の培地を調製し、この培地を100mlだけ、直径55mm、高さ105mmのねじ口付きガラス容器に注入した。容器に入った培地をウォータバスで加熱して溶解させた後、オートクレーブを使用して培地を121℃の温度で15分間、加圧して滅菌処理した。続いて、培地を室温まで冷却して寒天を固めた後、冷凍庫で24時間、培地を凍結させ、その後に培地を室温に戻して24時間放置した。
【0048】
[実施例8]
粉末状の標準寒天培地と精製水とを良く混和させて調製された懸濁液状の培地を100mlだけ、直径55mm、高さ105mmのねじ口付きガラス容器に注入した。容器に入った培地をそのまま凍結させた後、培地に対して実施例1と同じ条件でγ線を照射し、その後に培地を室温に放置して解凍させた。
【0049】
[比較例4]
粉末状の標準寒天培地と精製水とを良く混和させて調製された懸濁液状の培地を100mlだけ、直径55mm、高さ105mmのねじ口付きガラス容器に注入した。容器に入った培地をウォータバスで加熱して溶解させた後、オートクレーブを使用して培地を121℃の温度で15分間、加圧して滅菌処理した。続いて、培地を室温まで冷却して寒天を固めた後、室温で48時間、培地を保管した。
【0050】
それぞれ寒天培地の入ったガラス容器を沸騰水に漬け、5分後、10分後、15分後、20分後、25分後、30分後および35分後にそれぞれ、培地を容器からシャーレに分注し、寒天培地の溶解状態を観察した。結果を表7に示す。表中、「×」は、実施例7および比較例4については寒天培地が未溶解であったことを示し、実施例8については寒天成分が未溶解で溶液中に分散した状態であったことを示す。また、「○」は、実施例7および比較例4については寒天培地が再溶解したことを示し、実施例8については寒天成分が溶解して溶融状態の寒天培地が得られたことを示す。
【0051】
【表7】

【0052】
表7に示した結果から、通常行われているように一旦固められただけの寒天培地を再溶解させた場合(比較例4)に比べて、一旦固められた寒天培地を凍結させ、その後に解凍したもの(実施例7)の方が早く再溶解することが分かった。さらに、懸濁液状の培地をそのまま凍結させた後、(培地に対してγ線を照射して、)培地を解凍させたもの(実施例8)では、固化した寒天培地を凍結させた後に解凍したもの(実施例7)に比べてより早く溶融状態の寒天培地が得られることが分かった。この結果より、混釈培養用の寒天培地を提供する場合には、培養を始めるまでの準備操作にかかる時間を出来るだけ短くするといった点からみると、一旦固められた寒天培地を凍結させた後に解凍したものが適しており、さらに、懸濁液状の培地をそのまま凍結させた後に解凍したものが最も適していると言える。
【産業上の利用可能性】
【0053】
この発明は、分離培養による微生物検査を行う臨床検査機関、食品工場、医療機関などの事業所に提供される微生物検査用培地を製造する場合に利用される。
【符号の説明】
【0054】
10 包装容器
12 懸濁液状の培地
14 密閉蓋

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物検査に使用される微生物検査用培地を製造する方法であって、
粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させて調製された液状培地、粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させた後に冷却し凝固させて調製されたゲル状培地、または、粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液状培地を凍結させ、凍結状態の培地にγ線を照射して滅菌処理することを特徴とする微生物検査用培地の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の微生物検査用培地の製造方法において、
粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させて調製された液状培地が包装体に充填されて密封され、この包装体に密封された液状培地が凍結させられγ線の照射により滅菌処理されることを特徴とする微生物検査用培地の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の微生物検査用培地の製造方法において、
粉末培地と精製水とを混合し加熱溶解させた液状培地を包装体に充填して密封した後に冷却し凝固させて調製されたゲル状培地が凍結させられγ線の照射により滅菌処理されることを特徴とする微生物検査用培地の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の微生物検査用培地の製造方法において、
粉末培地と精製水とを混合して調製された懸濁液状培地が包装体に充填されて密封され、この包装体に密封された懸濁液状培地が凍結させられγ線の照射により滅菌処理されることを特徴とする微生物検査用培地の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−5352(P2012−5352A)
【公開日】平成24年1月12日(2012.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−141324(P2010−141324)
【出願日】平成22年6月22日(2010.6.22)
【出願人】(510174244)有限会社常商事 (1)
【Fターム(参考)】