説明

微生物発酵によるDHA含有ホスファチジルセリンの製造方法

【課題】 微生物を用いることにより、DHAを構成脂肪酸とする、DHA結合型ホスファチジルセリンを簡便に製造する方法を提供すること。
【解決手段】 炭素源を含む培地でドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物を増殖させる工程、及び増殖させた前記微生物を、炭素源を含まない液体培地中で更に振盪培養する工程を含む、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法であって、
振盪培養が培養容器中で行われ、上記容器の容量と上記液体培地の容量との比率が20:1〜5:1である、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高付加価値を有するホスファチジルセリンを製造する方法に関し、特には、ドコサヘキサエン酸(DHA)を構成脂肪酸とするホスファチジルセリンを製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホスファチジルセリンは動植物、微生物にほぼ普遍的に存在するリン脂質である。しかし、一般的にその含量は全リン脂質の10%以下と低いが、動物の脳細胞中の含量は30%を超える場合がある(非特許文献1)。従って、狂牛病の発生までは、ホスファチジルセリンの原料として牛の脳が使われていた。現在、実用化されているホスファチジルセリン生成技術はエステル交換法である。これはホスフォリパーゼDの極性基交換反応を利用するものであり(非特許文献2)、例えばホスファチジルコリン及びセリンにホスフォリパーゼDを働かせることにより、コリンとセリンとの交換反応が起こり、ホスファチジルセリンが生成される。この方法はDHA結合型ホスファチジルセリンの生成にも使用可能であるが、その前提として、基質としてDHAを高い割合で含むリン脂質、例えばDHA結合型ホスファチジルコリン(以下、DHA−PCともいう)やDHA結合型ホスファチジルエタノールアミン(以下、DHA−PEともいう)等が必要であり、DHAに富んだリン脂質を基質として用いる必要があることから、実際上DHA結合型ホスファチジルセリン(以下、DHA−PSともいう)の合成には不向きであると考えられる。
【0003】
一方、DHAは血中脂質低下作用、脳視覚機能の改善などの生理効果を示すことから、機能性脂質と言われており、ヒトに不可欠の栄養分であるが、食品からの摂取が不足しがちであるため、必要摂取量を補うためのDHAを含む健康食品素材又はサプリメントが広く市販されている。また、ホスファチジルセリンとDHAとの組合せが重要であるとの認識から、ホスファチジルセリンとDHAとの混合物がサプリメントとして市場に出ている。より具体的には大豆に由来するホスファチジルセリンに、魚油に由来するDHAを混合したものや、これらの化合物を抱合したもの(conjugate)である(例えば、Enzymotec社製のPhosphatidyl-Serine DHA Optimized(非特許文献3)。;但し、後者の場合、抱合の具体的方法、抱合された物質の分子形態は不明である。また、これらの物質はDHA結合型リン脂質(DHA−PLともいう)そのものではない。従って、現在は、高いDHA含量をもつPSを高い収率で直接生産する方法は存在していないのが実情である。
【0004】
一方、特許文献1には、微生物発酵によるDHA含有リン脂質の製造方法が開示されている。この方法によれば、DHA含有リン脂質を簡便に製造することができるが、この方法によって得られるDHA含有リン脂質中のホスファチジルセリンの含有量は未同定リン脂質を含めても全リン脂質のおおよそ15%以下と見積もられ、高いものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】WO2008/149542
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】The AOCS Lipid Library. http://lipidlibrary.aocs.org/lipids/ps/index.htm
【非特許文献2】M Hosokawa, T Shimatani, T Kanada, Y Inoue, and K Takahashi (2000) Conversion to docosahexaenoic acid-Containing phosphatidylserine from squid skin lecithin by phospholipase D-mediated transphosphatidylation. J. Agric. Food Chem. 48: 4550-4554
【非特許文献3】http://www.vitasprings.com/phosphatidyl-serine-dha-optimized-60-capsules-source-naturals.html
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、微生物を用いることにより、DHAを構成脂肪酸とする、DHA結合型ホスファチジルセリンを簡便に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、炭素源を含む培地でドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物を増殖させる工程、及び増殖させた前記微生物を、炭素源を含まない液体培地中で更に振盪培養する工程を有する培養方法において、培養容器と液体培地の容量との比率を特定の範囲にすることにより、DHA結合型ホスファチジルセリンの生産性が向上し得ることを見いだし、本発明を完成させた。
すなわち、本発明は、炭素源を含む培地でドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物を増殖させる工程、及び増殖させた前記微生物を、炭素源を含まない液体培地中で更に振盪培養する工程を含む、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法であって、振盪培養が培養容器中で行われ、上記容器の容量と上記液体培地の容量との比率が20:1〜5:1である、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法である。
【0009】
ドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物としては、ラビリンチュラ類微生物又はトロウストチトリアレ類微生物が挙げられる。
ラビリンチュラ類微生物としてはラビリンチュラ12B株が挙げられる。
振盪培養は、27〜33℃の温度で行なうことができる。
また、振盪培養は、18〜22℃の温度で行なうことができる。
【発明の効果】
【0010】
本発明の方法によれば、ドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物を用いて、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを大量に生産することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】細胞由来の全脂質の1次元TLCの結果を示す写真である。
【図2】細胞内構造を透過電子顕微鏡で観察した結果を示す写真である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明のドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法は、炭素源を含む培地でドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物を増殖させる工程、及び増殖させた前記微生物を、炭素源を含まない液体培地中で更に振盪培養する工程を含む、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法であって、振盪培養が培養容器中で行われ、上記容器の容量と上記液体培地の容量との比率が20:1〜5:1である。
【0013】
本発明において用いられる、ドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物としては、Mortierella alpinaなどのモルティエレラ(Mortierella)属微生物、Desmarestiaacculeataなどのデスマレスティア(Desmarestia)属微生物、Crypthecodiniumcohnii等の渦鞭毛藻、ラビリンチュラ(Labyrinthula)類微生物等を挙げることができる。ラビリンチュラ類微生物の具体例としては、ラビリンチュラ科のラビリンチュラ(Labyrinthula)属、例えばラビリンチュラ属S3−2株(受託番号FERMBP−7090)、ヤブレツボカビ科のラビリンチュロイド(Labyrinthuloides)属、コラロキトリウム(Corallochytrium)属、アプラノキトリウム(Aplanochytrium)属、アルトルニア(Althornia)属、ジャポノキトリウム(Japonochytrium)属、ウルケニア(Ulkenia)属、トラウストキトリウム(Thraustochytrium)属、およびシゾキトリウム(Schizochytrium)属、例えばシゾキトリウム属SR21株(受託番号FERMBP−5034)等を挙げることができる。
【0014】
また、本発明において用いられる、ドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物として、本発明者らが単離し、日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2−5−8に所在する、独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の特許微生物寄託センター(NPMD)に平成17年1月24日に受託番号NITE P−68として寄託した、ラビリンチュラ類微生物であるラビリンチュラ12B株を挙げることができる。本発明の製造方法において特に好ましい微生物は、このラビリンチュラ12B株である。ラビリンチュラ12B株の詳細な性状は、特開2006−230403号公報(特許第4047354号)に記載されている。
【0015】
本発明の方法は、炭素源を含む培地でドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物を培養する工程を含む。この工程における培養は、特別な条件下で行う培養ではなく、利用するドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物にとって、その細胞数を増加させ、菌体内にトリグリセリドや脂肪酸、リン脂質その他の脂肪を蓄積させることのできる、糖や、その他の炭素源を含む培地を用いた標準的な条件で行われる培養である。従って、使用する微生物毎に報告されている当該微生物が良好に増殖する培養条件、例えば温度、培地組成、培地のpH、酸素濃度、光、振蕩速度、培養時間等に従い、当該微生物の増殖に好適な炭素源を含む培地を適宜選択して使用すればよい。
【0016】
培地の例としては、ラビリンチュラ科微生物に対してはPY培地(約50%の塩濃度をもつ人工海水1L当りポリペプトン1g、酵母抽出物0.5g、Kumonら、Appl. Microbiol.Biotechnol.、2002年、第60巻、第275−280頁)等を、ヤブレツボカビ科微生物に対しては酵母抽出物−ペプトン−ブドウ糖−海水培地 (水1L当りそれぞれ10g、10g、80g、500mL)等を、また渦鞭毛藻に対しては酵母抽出物−ブドウ糖−海水塩培地(水1L当りそれぞれ2g、9g、25g)等を利用することができる。培地は、液体、固形、または形状保持性を有する半固形の何れかの形状を有していればよい。また、上記培養工程では、培地の形状が固形である場合に、当該培地に添加する水分量の下限を45%(v/w)以上とすることが好ましく、水分量の上限を60%(v/w)以下とすることが好ましい。特に好ましくは45〜50%の範囲内が好ましい。
【0017】
炭素源は、上記の培地に予め添加してもよく、又は培養と共に培地に炭素源を添加してもよい。また、予め添加し、更に培養と共に培地に添加してもよい。また炭素源の量は、使用する微生物の細胞数が培養時間と共に増加し、菌体内にトリグリセリドや脂肪酸、リン脂質その他の脂肪を蓄積するに十分な量であればよい。また、上記培養工程では、静置培養または振盪培養のいずれかを適宜選択することができる。
【0018】
本発明の方法においては、上記工程によって増殖させた微生物を、炭素源を含まない培地でさらに培養する工程を含む。以下の推察に拘束されるものではないが、炭素源を含む培地で良好に生育し、ドコサヘキサエン酸を含む多くの脂肪を菌体に蓄えたω3系不飽和脂肪酸生産能を有する微生物を、炭素源を含まない培地で更に培養することによって、菌体に蓄積された脂肪をドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸とするホスファチジルセリンへと生物変換させ、リン脂質全体におけるドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸とするホスファチジルセリンの含有量、ひいてはドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸とするホスファチジルセリンの生産量自体も高めることができるものと推察される。
【0019】
本明細書において用いられる場合、「炭素源を含まない培地」とは、グルコースやデンプンに代表される糖類だけでなく、米糠やふすま、酢酸やエタノールなどを含め、本発明において用いられる微生物が菌体内に蓄積された脂肪に先んじて利用を優先するような炭素源を含まない培地を意味する。また、本明細書において用いられる場合、「炭素源を含まない培地」とは、字句通りに炭素源を全く含まない培地のみを意味するものではなく、微生物をして菌体内に蓄積された脂肪を利用して増殖を行わせ、ドコサヘキサエン酸を構成脂肪酸とするホスファチジルセリンを生成させることができる限りにおいて、少量の炭素源が含まれる培地も意味するものである。例えば、「炭素源を含む培地」で増殖させた微生物を回収してそのまま利用する際の、いわゆる前培養からの持ち込みとしての炭素源、あるいは培地を構成するペプトンその他の成分に混在する微量の炭素源などを含む培地は、本発明にいう「炭素源を含まない培地」に該当する。
【0020】
上記の意味における炭素源を含まないことの他は、本明細書で用いられる場合、「炭素源を含まない培地」は、微生物の増殖にとって必要あるいは良好な栄養素を含む培地であることが好ましく、そのような培地、培養条件及びそれらの例は、前記の「炭素源を含む」培地と、これを用いて微生物を培養して菌体に脂肪を蓄積させるときの培養条件と同じであってよい。また、炭素源を除くその他の培地を構成する成分、組成などは、使用する微生物に応じて、当該微生物に好適な成分や組成を採用して用いればよい。
【0021】
本発明で特に好ましい態様は、微生物としてラビリンチュラ12B株を利用したドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンの製造方法である。ラビリンチュラ12B株は、炭素源としてグ ルコースを含む培地を用いて30℃で培養すると、約15g/Lもの脂質(脂肪酸として)を細胞内に蓄積させることから、炭素源を含まない培地で増殖させる際に、炭素源として利用可能な脂肪(トリグリセリド)を豊富に含んでいる点で有利である。また、炭素源を含む培地で増殖させたラビリンチュラ12B株において、脂肪を含む全脂質脂肪酸の40%以上がDHAであり、当該DHAを利用してDHA結合型ホスファチジルセリンへと変換する上でも、好適な微生物である。
【0022】
また、ラビリンチュラ12B株は、比較的単純な組成からなる培地、例えば50%海水、1%ペプトン、1%酵母エキス、8%グルコースを含む培地(以下、F培地と表す)においても良好に増殖し、製造コストを抑制することができる点でも、本発明において有利な微生物である。
【0023】
ラビリンチュラ12B株を利用したDHA結合型ホスファチジルセリンの製造方法において、上記のF培地は「炭素源を含む培地」の好適な例として使用することができる。また「炭素源を含まない培地」としては、上記のF培地からグルコースを抜き、他に米糠などの炭素源として利用可能な成分を含まない培地(以下、Z培地と表す)を好適な例として使用することができる。
【0024】
ラビリンチュラ12B株を利用したDHA結合型ホスファチジルセリンの製造方法としては、適当量のF培地にラビリンチュラ12B株細胞を接種し、30℃で24時間〜72時間、振蕩培養を行ってラビリンチュラ12B株を増殖させた後、この培養液の一部を、あるいは培養液から遠心分離等で回収した細胞を適当量のZ培地に加え、さらに振盪培養することを例示することができる。この方法により、F培地で培養を終了した時点に比べて、ラビリンチュラ12B株の細胞内にDHA結合型ホスファチジルセリンをより多く含ませることができる。「炭素源を含まない培地」における培養工程は振盪培養により行う。振盪培養は培養容器中で行われ、容器の容量と上記液体培地の容量との比率が20:1〜5:1であり、好ましくは15:1〜7:1である。容器の容量と液体培地の容量との比率が20:1を超えると増殖が異常に早まり、また酸素消費が活発になる結果、TGの蓄積量が減るが、高い細胞収量は得られない、一方、5:1未満であると通気量が不足になるため呼吸が不活発になるため、脂肪酸合成に不可欠な還元当量(還元型ニコチンアミドジヌクレオチドリン酸(NADPH)など)やATPの生成量が減じ、高いTG蓄積が起こらず、また細胞収量を上げるために非常に長い時間を要する。なお、本発明において用いられる培養容器とは、一般に三角フラスコのことを意味する。例えば、300mL容量の三角フラスコを用いる場合、容器内に液体培地を15〜60mL、好ましくは20〜43mL程度、通常は30mL入れて振盪培養を行なう。
【0025】
「炭素を含まない培地」における培養工程は、通常は18〜33℃程度の温度で、1〜3日程度行なうことが好ましい。温度が18℃よりも低いと、DHA結合型ホスファチジルセリンの収量が低くなる場合があり、33℃を超える温度で増殖を行っても同じように収量が低くなる場合がある。また、培養時間が1日よりも短いとDHA結合型ホスファチジルセリンの収量が低すぎ、一方、3日以上培養を行っても、それ以上のDHA結合型ホスファチジルセリンの生産が認められないので、上記範囲で行うことが好ましい。
「炭素を含まない培地」における培養工程を行う際の温度及び回転数は、容器の大きさ等によって異なるが、例えば、300mL〜3L容の三角フラスコで培養を行う場合には、27〜33℃の温度、好ましくは29〜31℃の温度で培養容器を190〜220rpm、好ましくは195〜210rpmで回転させて行うことが好ましい。また、同じ大きさの三角フラスコで培養を行う場合には、18〜22℃の温度、好ましくは19〜21℃の温度で、培養容器を130〜170rpm、好ましくは140〜160rpmで回転させて行うことが好ましい。上記条件で培養を行うことにより、DHA結合型ホスファチジルセリンを効率よく生産させることが可能となる。
【0026】
本発明の製造方法は、上記の工程で得られたDHA結合型ホスファチジルセリンを菌体から抽出ないし回収する工程、さらに必要に応じて、得られたDHA結合型ホスファチジルセリンを精製する工程を含んでいてもよい。微生物菌体内に蓄積したDHA結合型ホスファチジルセリンの回収並びに精製は、例えばBlighら(Can.J.Biochem.Physiol.、1959年、第37巻、第911−917頁)に記載の方法に従って行うことが出来る。
【0027】
また、本発明によって製造されるDHA結合型ホスファチジルセリンは、そのまま食品、食品添加物、飼料用添加物、医薬品等として用いることができ、また食品、サプリメント、飼料、医薬品又はこれらの原料に添加して利用してもよい。
【0028】
本発明について、実施例を示してさらに詳しく説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではなく、当業者は本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更、修正、および改変を行うことができる。なお、以下の実施例では、重量%は単に「%」と記載する。
【0029】
実施例1
By+培地(0.1%ペプトン、0.1%酵母エキス、0.5%ブドウ糖、50%海水、1.0%寒天)を含む寒天平板培地で保存している12B株細胞1白金耳(約 1 mg)を50mLの三角フラスコ中の10mLのF培地(50%海水、1%ペプトン、1%酵母エキス、8%ブドウ糖を含む)に接種し、30℃、150rpmで3日間又は6日間培養を行った。
F培地で培養を行った細胞の細胞収量、全脂質量及び全脂質量に対する脂肪及びリン脂質の含量を測定した。細胞収量、全脂質量及びリン脂質含量は以下のように測定した。
【0030】
1)細胞重量
細胞を遠心分離により回収し、1% NaCl で洗浄を行い、次いで凍結乾燥し、重量を測定し、細胞重量とした。
2)全脂質量
1)で得られた乾燥細胞50mgを用い、Bligh−Dyer法(EG Bligh and WJ Dyer (1959) A rapid method for total lipid extraction and purification. Can J Biochem Physiol 37:911-917)に従い、全脂質を抽出し、総脂質重量を測定し、乾燥細胞重量あたりの総脂質量を求めた。結果を表1に示す。
【0031】
3)リン脂質含量
全脂質を1次元薄層クロマトグラフィー(TLC)に供した。TLCプレートとしてメルク社のシリカゲルG60を、展開液としてヘキサン−エーテル−酢酸(50:50:1、体積比)を用いた。展開後、TLCプレート全体にプリムリン溶液を噴霧し、紫外線下でスポットを検出し、鉛筆でマークした。このとき、原点にのこるスポット(脂質)は極性の高い脂質であることから、リン脂質(PL)とみなし、TG(DHAをアシル成分とする脂肪を含む)は標準品TG(トリオレイン:シグマ社製)とのRf値を比べることにより同定した。遊離脂肪酸を含む他のスポットはその他の脂質として一括して扱った。PL、TG、その他の脂質の重量比はTLCプレートのおのおののスポットをかき取り、これをメタノールの10%塩化アセチル溶液を用いて、100oC,1時間のメタノリシス処理を行い、ヘキサンで回収した脂肪酸メチルエステル(FAME)をガスクロマトグラフィ(GC)により定量することにより表した。なお、メタノリシスする際の内部標準物質として200μgのヘンエイコ酸(21:1と略記)を用いた。脂肪酸の同定は、Z. Perveen, H. Ando, A. Ueno, Y. Ito, Y. Yamamoto, Y. Yamada, T. Takagi, T. Kaneko, K. Kogame, and H. Okuyama (2006) Isolation and characterization of a novel thraustochytrid-like microorganism that efficiently produces docosahexaenoic acid. Biotechnol Lett 28: 197-202及びH. Okuyama, Y. Orikasa, and T. Nishida (2007) In vivo conversion of triacylglycerol to docosahexaenoic acid-containing phospholipids in a thraustochytrid-like microorganism, strain 12B. Biotechnol Lett 29: 1977-1981に従い、GC−MSによって行った(非特許文献1,2)
【0032】
【表1】


全培養液あたりの細胞の乾燥重量は、Z培地へ接種する培養液4mLあたりの重量である。
【0033】
表1から明らかなように、F培地で30℃、150rpm、3日間培養した時の12B株細胞細胞収量、全脂質収量、PL収量はそれぞれ56.9mg、16.1mg、1.7mgであった。全脂質当たりのTG、およびPLの含量はそれぞれ70.8%、10.3%であった。表2にはF培地で、同条件で6日間培養した細胞に関する測定結果も記載されているが、F培地での長時間の培養(6時間培養)は細胞収量、全脂質収量、PL収量、及び全脂質に対するTGとPLの含量の顕著な変化はもたらさなかった。
【0034】
実施例2
実施例1の方法によりF培地で3日間培養した培養液4mLを、25mLのZ培地(50%海水、1%ペプトン、1%酵母エキスを含む)を含む300mLのフラスコに接種し、表2に示す培養条件(温度、振盪速度、培養時間)で培養した。培養後、実施例1と同様に操作を行い、細胞収量、全脂質量及び全脂質量に対する脂肪及びリン脂質の含量を測定した。結果を表2に併せて示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2にはZ培地での培養を、異なる5種類の条件で行なった時の結果を示している。最も高い細胞収量は、20oC、150rpm、4日間(合計で7日間の培養)で、372.0mgであった。全培養液当たりの全脂質及びPL収量はそれぞれ40.9mg、11.2mgであった。全培養液当たり最も高いPL収量を示したのは、30oC、200rpm、2日間(合計で5日間培養)の場合で、その値は15.0mgであった。30oC、150rpm、2日間(合計で5日間)の培養では11.1mgのPLが得られた。30oCでの高速振盪(200rpm)と、低温(20oC)での長時間培養が高いPL収量をもたらすことが分かった。特に20oC、150rpm、7日間(合計で10日間)培養の場合、全脂質の約80%がPLであったが、細胞収量と(178.5mg)、全脂質収量(12.1mg)が低いため、PLの収量は9.9mgであった。
【0037】
実施例3
実施例1及び2で得られた12B株細胞全脂質のリン脂質組成を調べるために、実施例1と同様の操作で1次元TLCを行なった。展開溶媒は、酢酸メチル−1-プロパノール−クロロフォルム−メタノール−0.25%水酸化カリウム水溶液(5:5:5:2:1.8、体積比)を用いた。展開後は実施例1に記載の方法に従って操作を行った。Dittemer試薬に陽性の脂質をPLとし、各脂質クラスの同定は、Dragendorff試薬に陽性の脂質は第4級アミノ脂質(PC),ニンヒドリン試薬に陽性の脂質はPEまたはPSとみなし、最終的にPLの標準品(シグマ社製)とのTLC上での移動度を比較することによって各リン脂質クラスを同定した。
定量は、TLCにより分離した各スポットをかき取り、これに内部標準物質として200μgの21:1を加え、実施例1と同様の操作によりメタノリシスし、FAMEを得た。これをGCにより分析、定量した。結果を表3及び表4に示す。表中、NDは測定していないことを示す。
【0038】
また、F培地で、30℃、150rpm、3日間培養後、その一部をZ培地に接種し、30℃、150rpm、4日間培養した細胞由来の全脂質の1次元TLCの結果を図1に示す。標準PLとしてPSとPCを用いた。左の図はプリムリン試薬噴霧後、脂質のスポットを紫外線下で観察したものである。右の図はニンヒドリン試薬を噴霧後、TLCプレートを120oCで加熱し、アミノ脂質を発色させたものである。ニンヒドリン陽性のスポットは原点から順に原点上のスポット、PS,未同定アミノリン脂質、PEであった。PCと同定したPLはDittmer試薬、Dragendorff試薬に対して陽性であった。原点上のスポットはPSを含むアミノ脂質の分解物に由来するアミノ基を含む物質と考えられる。
【0039】
次に、全培養液当たりの各脂質クラスの収量、DHA含量、及び真核生物としてはその存在が稀な奇数炭素数脂肪酸ペンタデカン酸(15:0)の含量を実施例1に記載されたGC−MSを用いて測定した。その結果を表2に示す。最もPSの収量が高かったZ培地、30oC,200rpm、2日間培養細胞の場合のPS収量は2.2mgであり、そのDHAおよび15:0の含量はPS全脂肪酸のそれぞれ59.9%、17.9%であった。2.2mgというPSの収量はF培地で30oC,3日間培養した場合の11倍であった。Z培地で30oC,200rpm、2日間培養細胞の場合とほぼ同程度のPS収量を示したのはZ培地、20oC,150rpm、4日間の時であり、その値は2.1mgであった。この時のPSのDHAおよび15:0の含量はそれぞれ56.9%、15.7%であった。一般的に、低温(20oC)での培養の方がより高いDHA含量を示す傾向が認められた。
【0040】
【表3】

【0041】
【表4】

【0042】
表3及び4から以下のことがわかる。F培地で30oC、150rpm、3日間培養した時の12B株細胞の全PL重量に占めるPC、PS、PE、その他のリン脂質(合計量が100%であるので、PC、PS及びPEの量から計算でき、表中には示していない)の割合はそれぞれ59.9%、11.9%、15.6%、12.6%であった。F培地で30oC,150rpm、3日間培養した細胞をZ培地に接種し、さまざまな条件で培養した際の、各PLクラスの含量は多少変動したが、最もPLの収量の高い、Z培地で30oC,200rpm、2日間培養細胞の場合のPC,PS,PEの割合はそれぞれ62.8%、17.4%、11.2%であり、その他のPL含量は8.6%であった。この培養条件と同様にPSの割合が高かったのは、20oC,150rpm、4日間(全培養時間7日間)の、17.6%であった。PSの工業的な製造の場合、培養時間はより短く、低温条件維持の高コストを考慮すればZ培地での30oC,200rpm、2日間の培養条件の方がより望ましいと考えられる。
【0043】
また、全培養液当たりの各脂質クラスの収量とDHA含量、および真核生物としてはその存在が稀な奇数炭素数脂肪酸ペンタデカン酸(15:0)の含量については、最もPSの収量が高かったZ培地、30oC、200rpm、2日間培養細胞の場合のPS収量は2.2mgであり、そのDHAおよび15:0の含量はPS全脂肪酸のそれぞれ50.9%、17.9%であった。2.2mgというPSの収量はF培地で30oC,3日間培養した場合の11倍であった。Z培地で30oC,200rpm、2日間培養細胞の場合とほぼ同程度のPS収量を示したのはZ培地、20oC、150rpm、4日間の時であり、その値は2.1mgであった。この時のPSのDHAおよび15:0の含量はそれぞれ56.9%、15.7%であった。一般的に、低温(20oC)での培養の方がより高いDHA含量を示す傾向が認められた。
【0044】
実施例4
F培地で30oCで,150rpm、3日間培養した12B株細胞、F培地で20oCで,150rpm、6日間培養した細胞、F培地で30oCで,150rpm、3日間培養した12B株細胞をZ培地に接種した後、30oC,150rpmで2日間と4日間、30oC,200rpmで2日間、及び20oC,150rpmで4日間と7日間培養した細胞のサイズを測定した。具体的には、倍率を40×10とし、直径を光学顕微鏡下で約100個の細胞を任意に選択して測定した。結果を表5に示す。
【0045】
【表5】

【0046】
12B株細胞は、その生活史において様々な細胞形態をとるが、液体培地で振盪培養を続けている限り1つの球形細胞が多数の同形の細胞へ分裂することを繰り返すことが知られている(Z. Perveen, H. Ando, A. Ueno, Y. Ito, Y. Yamamoto, Y. Yamada, T. Takagi, T. Kaneko, K. Kogame, and H. Okuyama (2006) Isolation and characterization of a novel thraustochytrid-like microorganism that efficiently produces docosahexaenoic acid. Biotechnol Lett 28: 197-202.)。各培養条件で培養した培養液の一部をとり、球形細胞の直径を計測した。表5に示すようにF培地を用いた場合は、培養温度に関わらず、細胞の直径は平均で約8μmであった。これに対し、F培地で30oC、150rpm、3日間培養した細胞をZ培地に接種した場合、培養条件により細胞の直径は大きく変化した。Z培地で30oC、150rpmで培養した場合、培養時間とともに細胞の直径は大きくなり、2日間で8.2μm、4日間で約9.6μmとなった。Z培地で30oC、200rpm、2日間の場合は10.4μmであった。一方、Z培地、150rpm、20oC培養の場合は細胞の直径は小さくなり、4日間、7日間培養でそれぞれ6.1μm、6.5μmであった。
【0047】
細胞のサイズは細胞1個当たりの表面積(細胞膜の質量、すなわちリン脂質の質量(重量))に大きな影響を与える。表5において示されるように、Z培地において20oCで培養した時に細胞が小さくなるのは全脂質に占めるリン脂質の割合が増加する結果(表3)と附合する。一方で、リン脂質収量が最も高いZ培地、30oC、200rpmの条件で培養した時の細胞の直径は最大値(10.4μm)を示した。この場合は、細胞の表面積の増加がリン脂質の収量を増加させた要因ではないと見られる。より多くの細胞中の内膜系、特にミトコンドリアや小胞体などが発達した結果と考えられる。
【0048】
実施例5
前記実施例において培養を行った12B株細胞のうち、F培地で培養した細胞、Z培地で30oC、150rpmで2日間培養した細胞、Z培地で30oC、200rpmで2日間培養した細胞を回収し、その細胞内構造を透過電子顕微鏡(transmission electron microscope; TEM)によって観察した。試料を1%グルタールアルデヒド/ 0.1 M phosphate buffer (PB)を用いて4℃で一晩固定した。同緩衝液で3回洗浄した後、2% 四酸化オスミム/0.1 Mカコジル酸緩衝液を用いて4℃で2時間固定した。試料を同緩衝液で洗浄した後、2%アガロースに包埋し、1mm角程度に切り出した。その後、アルコールシリーズ(50、70、80、95、99.5%、および無水アルコール)で脱水を行った。途中70%エタノールで脱水後、1%酢酸ウラン/70%エタノールでブロック染色を行った。樹脂交換剤としてはメチルグリシンエーテルを用い、Quetol 812で包理した。超薄切片を作製後、4%酢酸ウランと0.4%クエン酸鉛で電子染色を施し、透過電子顕微鏡JEM1200EXS(日本電子)を用い、加速電圧80 kVで観察した。結果を図2に示す。
【0049】
図2に示すように12B株のTEMによる細胞内構造は、培養条件によって著しい変化を示した。F培地で30oC、150rpmで3日培養した細胞(A)は、細胞内に白く抜けた部分が広範囲に認められ、これは液胞で、その中にやや電子密度が高い円形状構造物が認められ、これは、TGが蓄積しているオイルボディと判断される。F培地で30oC、150rpmで3日培養した細胞の高いTG含有率から、本来、液胞の中はオイルボディで占有されていると思われる。しかし、全くオイルボディが観察されない液胞もあることから、オイルボディは細胞調製中に失われていると思われる。(B)はZ培地で30oC、150rpmで2日培養した細胞であり、オイルボディが占める面積はむしろF培地で培養した細胞に比べて目立っている。この細胞の場合は、オイルボディが調製中に失われることは少ないと思われる。F培地の細胞に比べて、ミトコンドリアの数が増加している。Z培地で30oC、200rpmで2日培養した細胞(C)はほとんど液胞もその中のオイルボディは見られず、細胞内全体の電子密度が高くなっている。これは小型のミトコンドリア数が増加したことと、小胞体の発達によると判断される。ミトコンドリアや小胞体はPLを主成分とする生体膜(ミトコンドリアの場合は内外二層の膜)からなる。ブドウ糖を炭素源として添加しなかったZ培地では、12B株をその炭素源を細胞内に蓄積しているTG(オイルボディ)に求め、それをより効率的に炭素源、エネルギー源として利用し、増殖するために多数のミトコンドリアを持ち、小胞体を発達させたものと考えられる。結果的に細胞当たりの生体膜の占める割合が高くなり、PL含量の増加、特に細胞膜、小胞体膜に高い割合で存在するPSの含量が増加したものと考えられる。








【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素源を含む培地でドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物を増殖させる工程、及び増殖させた前記微生物を、炭素源を含まない液体培地中で更に振盪培養する工程を含む、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法であって、
振盪培養が培養容器中で行われ、上記容器の容量と上記液体培地の容量との比率が20:1〜5:1である、ドコサヘキサエン酸結合型ホスファチジルセリンを製造する方法。
【請求項2】
ドコサヘキサエン酸生産能を有する微生物がラビリンチュラ類微生物又はトロウストチトリアレ類微生物である、請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
ラビリンチュラ類微生物がラビリンチュラ12B株である、請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
振盪培養を、27〜33℃の温度で行なう、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。
【請求項5】
振盪培養を、18〜22℃の温度で行なう、請求項1〜3のいずれか1項記載の方法。






【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−152130(P2012−152130A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−13708(P2011−13708)
【出願日】平成23年1月26日(2011.1.26)
【出願人】(511007451)
【出願人】(391007356)備前化成株式会社 (16)
【Fターム(参考)】