説明

微粒子、薬剤粒子並びにこれらの製造方法

【課題】アモルファスの微粒子という新たな可能性ある物質の提供。
【解決手段】微粒子は、有機低分子化合物が有機高分子化合物中に分子レベルで分散されてなる非晶質体であり、さらには、粒子表面に大きな陥没部が存在し、その直径が粒子直径の3分の1以上である。薬剤微粒子においては、微粒子の有機低分子化合物が医薬である。微粒子の製造方法に関しては、有機低分子化合物が有機高分子化合物を含む溶媒中に溶解されてなる母材溶液をエレクトロスプレ−デポジション(ESD)法により固化する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、直径が数ミクロン以下の微粒子、いわゆるマイクロ粒子またはサブミクロン粒子、および、薬剤粒子並びにそれらの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
難水溶性薬物は微粒子化することによって、表面エネルギーおよび表面積の増加により、溶解速度が上昇する。薬物等の有機低分子化合物を微粒子化するには特殊な装置による湿式粉砕法が開発されているが(Adv. Drug Delivery Rev. 47, 3−19 (2001))、その手法は薬物を界面活性剤存在下で微細化するものであり、その手法が有用かどうかは薬物自身の物性に大きく依存する。さらには、このような手法は高温、高せん断力に曝されるため、薬物を分解してしまう可能性がある。
また、このような手法は結晶状態の薬物等の有機低分子化合物をそのまま微細化することで達成しえるもので、難水溶性薬物について、アモルファス(非晶質)状態で直径が数ミクロン以下のマイクロ粒子とした例を知らない。アモルファス状態は結晶より溶解性に優れ、場合によっては1000倍以上にもなることが知られており(Adv Drug Delivery Rev. 56, 321 (2004))、微細化とアモルファス化を同時に達成できれば理想的である。
ESD法による製剤技術を調査しても、特許文献1に、繊維状になっていると思われるとしたESD法による非晶質製剤の例がしめされているが、微粒子化を示唆するような記載は一切存在しない。
また、非特許文献1は、抗生物質をゆっくり放出する、再生医療のための抗菌性足場材料に関する論文であるが、これも、ESD法により繊維状材料を調製することを示すのみで、微粒子化を示唆するような記載は一切存在しない。本発明は、ESD法が微粒子の調製に有用であることを示すものである。さらには、既往の非晶質調製手段は100℃以上の高温環境を必要とするなど、薬物の分解の観点からは過酷な条件を必要とした。ESD法は常温・常圧での操作が可能であることを、大きな特長とする。
また粒子径が同じでも、形状の違いで効果に違いが現れることがある。複雑な形状を有する粒子ほど、粒子間の凝集が起こりにくいために分散性が向上する。また表面積も増えるために、溶解速度も上昇することが期待される。さらには、経肺投与製剤を想定した場合には、粒子密度が低いほど肺深部へのデリバリーが容易となる。すなわち粒子に陥没部が存在すれば、経肺投与製剤としても高機能な粒子となり得る。従って同じ粒子径でも、なるべく複雑な形状とすることで、様々な効果が期待できる。
【特許文献1】特願2004−527797
【非特許文献1】J. Control. Release 98, 47 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
本発明は、このような実情に鑑み、アモルファスの微粒子という新たな可能性ある物質を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
発明1の微粒子は、有機低分子化合物が有機高分子化合物中に分子レベルで分散されてなる非晶質体であることを特徴とする。
発明2は、発明1の微粒子において、粒子表面に大きな陥没部が存在し、その直径が粒子直径の3分の1以上であることを特徴とする。
発明3の薬剤微粒子は、前記発明1または2の微粒子の有機低分子化合物が医薬であることを特徴とする。
発明4は、発明1から3のいずれかの微粒子の製造方法であって、有機低分子化合物が有機高分子化合物を含む溶媒中に溶解されてなる母材溶液をエレクトロスプレ−デポジション(ESD)法により固化することを特徴とする。
【発明の効果】
【0005】
本検討により、非晶化したマイクロもしくはサブミクロンの粒子が得られた。さらに、表面に陥没構造を持つ複雑形状粒子が得られることが多いため、非常に溶解性に優れた製剤を提供することができる。原則として迅速な溶解が求められる経口、経肺製剤や、使用前に迅速に溶解することが好ましい注射剤など、あらゆる剤形の機能を向上させることが可能である。
また、既往の非晶質調製法と比較して、本手法は常温で処理できる利点がある。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
本発明は、有機低分子化合物(薬物)の製剤化技術に関するものであり、水に対する溶解度が1 mg/mL以下の難水溶性有機低分子化合物(薬物)が対象となる。ここで言う低分子化合物とは、分子量にして1×102から20×102の範囲に入るものを指す。
具体的には、シクロスポリン、タクロリムス、パクリタキセル、ロピナビア、リトナビアなどの、免疫抑制剤、抗ガン剤、抗HIV薬などが想定され、複数成分が含まれていてもよい。
処理溶液における薬物濃度は1/10〜2×10重量%が適切であるが、さらに1/2〜5重量%が好ましい。これは、薬物濃度が低すぎると生産効率の点で問題があり、高すぎると薬物が結晶化する傾向にあるためである。
【0007】
医薬品として用いるマイクロ粒子の場合は、添加剤として用いる高分子化合物も、医薬品添加剤として用いることができるものであれば種類は限定されないが、とくにポリビニルピロリドン、カルボキシビニルポリマー、ポリビニルアルコール、ポリエチレングリコール、各種多糖類、セルロース類、オイドラギット類、各種生分解性高分子化合物(ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリ乳酸グリコール酸など)およびこれらの混合物などが想定される。処理溶液の高分子濃度は、有機低分子化合物(薬物)に対して重量比1/10〜10×10倍が望ましく、さらには、重量比1/2〜10倍が望ましい。これは高分子化合物の含有量が少ないと薬物が結晶化する傾向にあり、高分子量が多いと高粘性の溶液となり、粒子ではなく繊維状の製剤となってしまうためである。
【0008】
溶媒種もとくに限定されないが、揮発性の高い溶媒が使いやすく、その例としてエタノール、プロピレングリコールなどのアルコール類をはじめ、アセトン、アセトニトリル、酢酸エチル、ジクロロメタン、クロロホルムなどを挙げることができる。ただし水やジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、グリセリン、プロピレングリコール、低分子量ポリエチレングリコールなども利用可能であり、さらに混合溶媒を用いてもよい。また本発明は他の添加物の利用を妨げるものではなく、とくに非晶質製剤に添加することによってさらに溶解性を高めるとされるリン脂質や界面活性剤、とくにツイーン類、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油類、ドデシル硫酸ナトリウム、プルロニック類、ソルビタン脂肪酸エステル類、グリセリン脂肪酸エステル類、ショ糖脂肪酸エステル類、ゲルシア類、トコフェロールポリエチレングリコールサクシネートなどが想定され、添加量は薬物の重量比1/10〜10×10倍が望ましく、さらには重量比1/10〜10倍が望ましい。これは、界面活性効果を発揮するためにはある程度の添加量が必要となる一方で、認可上の使用可能量制限や副作用の可能性を考えると、あまり多量の添加は現実的でないためである。
【0009】
その他、抗酸化剤、キレート剤などの通常の医薬品添加剤や、崩壊を補助するための、シリカのような固体成分(処理溶液に溶解しない成分)を適宜添加してもよい。
調製操作時の印加電圧は5〜80kV程度であり、さらに10〜50kVであることが望ましい。電圧が低すぎると、噴霧が不可能となる。これ以上の高電圧は、とくに大スケールで生産する場合には不可能ではないが、安全性や経済性の点であまり好ましいとは言えない。
噴霧距離は5〜100cm、さらには10〜30cm程度が望ましい。距離が短すぎると溶媒の除去が十分に行えず、湿った巨大粒子となってしまう。一方、距離が長すぎると噴霧が不可能となる。
送液速度はノズル1本あたり0.1〜3 ml/h、さらに望ましくは0.3〜2 ml/hである。流速が遅すぎると生産性の点で問題があり、速すぎると溶媒の除去が十分に行えないためである。
【0010】
ただし以上は実験室スケールの装置条件であり、いちどにグラム単位で調製できるような工業スケールを想定する場合には、さらに強力な電圧、長い噴霧距離、遅い送液速度(ノズル本数が増えるため)も想定できる。ノズル径は細ければ細いほど望ましいが、直径5mmまでは許容できる。試料回収は、ステンレスのような導電性材料であることが求められるが、導電性材料の上に薄いシートを敷いて回収することも可能である。研究室レベルではバッチ調製となるが、工業スケールでは回収台をコンベア式にして、連続調製することも可能である。
【0011】
調製環境は、ポリビニルピロリドンのような吸湿性材料を用いる場合には、低湿度、とくに相対湿度20%以下程度に制御することが望ましい。
噴霧溶液の粘度を下げることにより、微粒子化を達成した。高粘度では繊維状製剤となってしまうため、溶液粘度は0.5〜10cP程度が望ましい。湿度制御も重要な要因である。
低湿度環境下で操作することによって溶媒を瞬時に蒸発させ、表面形状の複雑化を達成した。これより分散性の向上が期待できる。
【実施例】
【0012】
本発明の実施例に用いた微粒子作成装置を図1に示す。
本装置は、シリンジポンプによって溶液を1〜5mL程度で送液し、ノズルから鉄板側に溶液を噴霧する。ノズルと鉄板は高圧電源に接続されており、ESD法の原理によって溶液は微細化されるため、微粒子が得られる。送液速度、電圧、ノズルから鉄板の距離が操作パラメータとなる。ノズルには、注射針(以下の説明ではシングルノズルと表現)もしくは8分岐のマニホールドを用いた。装置はドライボックス内で操作しており、窒素環境における操作が可能である。
【0013】
当該装置を用いて行った実験条件を表1に示す。
【0014】
【表1】

【0015】
図2〜図7は、本手法によって調製した微粒子の電子顕微鏡写真である。図2〜図4は、一部サブミクロン粒子も含むマイクロオーダー粒子が調製された例である。
【0016】
図2は、実験No.1により得られたプレドニゾロン(PDN)製剤を示す。その製法は、窒素気流下において、2%PVPk12, 2%PDNのエタノール溶液を用いて調製。処理電圧20kV, 距離20cm。8連ノズルを用い、流速5ml/h。得られた製剤の直径は1〜2マイクロであった。
図3は、実験No.2により得られたプレドニゾロン(PDN)製剤を示す。その製法は、窒素気流下において、2%PVPk90, 2%PDN, 0.5% Gelucire 44/14のエタノール溶液を用いて調製。処理電圧20kV, 距離20cm。8連ノズルを用い、流速5ml/h。得られた製剤の直径は2〜4マイクロであった。
PVPk90を用いた図3よりも、PVPk12を用いた図2の方が小さな粒子が得られており、これは溶液粘度が低いためと考えられる。
【0017】
図4は、実験No.3により得られたプレドニゾロン(PDN)製剤を示す。その製法は、窒素気流下において、4%オイドラギットE100, 2%PDNのエタノール溶液を用いて調製。処理電圧20kV, 距離20cm。8連ノズルを用い、流速5ml/h。得られた製剤の直径は2〜3マイクロマイクロであった。
図5は、実験No.4により得られたプレドニゾロン(PDN)製剤を示す。その製法は、窒素気流下において、4%PVPk90, 2%PDNのエタノール溶液を用いて調製。処理電圧20kV, 距離20cm。8連ノズルを用い、流速5ml/h。微粒子と繊維が共存している。
高分子濃度を上げることによってさらに粘度を高くした例が図5であり、粘度が高くなりすぎると繊維が生じる。
図6は、実験No.5により得られたプレドニゾロン(PDN)製剤を示す。その製法は、常湿環境下において、2%PVPk12, 2%PDNのエタノール溶液を用いて調製。処理電圧20kV, 距離20cm。8連ノズルを用い、流速5ml/h。微粒子が吸湿して合一している。
図7は、実験No.6により得られたプレドニゾロン(PDN)製剤を示す。その製法は、窒素気流下において、2%PDNのエタノール溶液を用いて調製。処理電圧20kV, 距離20cm。8連ノズルを用い、流速5ml/h。微粒子は得られているが、凝集傾向にある。
【0018】
図8は、実験No.7から10により得られたニフェジピン(NDP)製剤の粉末X線回折パターンを示す。その製法は、いずれも常湿環境下においてエタノール溶液をESD処理した。表示濃度はエタノール中の濃度を示す。またNDPはニフェジピン原薬のX線パターンである。NDP濃度を2%としたとき、PVPk90が1%の場合は回折ピークが残っており、非晶化が十分でない。しかしPVPk90が2%、4%のときは回折ピークが消失しており、完全に非晶化が達成された。PVP 1,2%については、処理電圧12kV, 距離10cm、シングルノズルを用い、流速1.5ml/h。PVP 4%については、処理電圧15kV, 距離10cm、シングルノズルを用い、流速2ml/h。
図9は、実験No.11から13により得られたカルバマゼピン(CBZ)製剤の粉末X線回折パターンを示す。その製法は、いずれも常湿環境下においてエタノール溶液をESD処理した。表示濃度はエタノール中の濃度を示す。またCBZはカルバマゼピン原薬のX線パターンである。CBZ3%とPEG4%を処理したとき、X線回折パターンが変化した。処理電圧18kV, 距離10cm、シングルノズルを用い、流速2ml/h。これはCBZの準安定結晶(α型)のパターンと一致する。すなわちESD処理により、準安定形が得られた。またCBZ2%とPVP4%を処理したときは回折ピークが消失しており、非晶化が達成された。処理電圧15kV, 距離10cm、シングルノズルを用い、流速2ml/h。
【産業上の利用可能性】
【0019】
非晶質製剤の調製法には様々なものが存在するが、高温に曝す必要があったり、巨額の設備投資が必要であったりで、各手法とも問題を抱えており、あまり経口向けの非晶質製剤が開発されていない一因になっている。本手法は、新たな非晶質製剤調製法として利用できる。常温で操作できる点や、装置が比較的単純でスケールアップしやすい点などがその長所である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】微粒子作成装置を示す概略図。
【図2】実験No.1のプレドニゾロン(PDN)製剤の電子顕微鏡写真。
【図3】実験No.2のプレドニゾロン(PDN)製剤の電子顕微鏡写真。
【図4】実験No.3のプレドニゾロン(PDN)製剤の電子顕微鏡写真。
【図5】実験No.4のプレドニゾロン(PDN)製剤の電子顕微鏡写真。
【図6】実験No.5のプレドニゾロン(PDN)製剤の電子顕微鏡写真。
【図7】実験No.6のプレドニゾロン(PDN)製剤の電子顕微鏡写真。
【図8】実験No.7から10のニフェジピン(NDP)製剤の粉末X線回折パターン。
【図9】実験No.11から13のカルバマゼピン(CBZ)製剤の粉末X線回折パターン。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
直径が数ミクロン以下の微粒子であって、有機低分子化合物が有機高分子化合物中に分子レベルで分散されてなる非晶質体であることを特徴とする微粒子。
【請求項2】
請求項1に記載の微粒子において、粒子表面に大きな陥没部が存在し、その直径が粒子直径の3分の1以上であることを特徴とする微粒子。
【請求項3】
薬剤成分を含有した薬剤微粒子であって、前記請求項1または2に記載の微粒子の有機低分子化合物が医薬であることを特徴とする薬剤微粒子。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかに記載の微粒子の製造方法であって、有機低分子化合物が有機高分子化合物を含む溶媒中に溶解されてなる母材溶液をエレクトロスプレ−デポジション(ESD)法により固化することを特徴とする微粒子の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2010−100585(P2010−100585A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−275019(P2008−275019)
【出願日】平成20年10月27日(2008.10.27)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】