説明

微粒子の分散状態の制御法および分散複合体

【課題】微粒子の分散液に高濃度の塩など添加していったん凝集を開始させると、凝集は進行しついには沈殿を生じる。凝集に依存する機能を発現させるために疎液性微粒子を凝集させる場合において、途中で凝集を停止させその群をなした状態を保持することは困難であった。
【解決手段】群をなして存在する疎液性微粒子の分散相中に、疎液性微粒子よりも分散性の高い微粒子を、疎液性微粒子群の周囲を覆うに十分にたる濃度で共存させてなる分散複合体を提案する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微粒子の分散と凝集に関するすべての技術に関する。微粒子はバルクとは異なる機能が発現し、その分散、凝集の制御と保持固定化は重要な基盤技術である。機能と構造は一般に不可分であり、微粒子の機能は、凝集形態によって与えられる構造に依存する。ゆえにその分散と凝集の制御と保持固定化は重要な技術である。液相への分散に分散剤などの添加を要する疎液性微粒子では、特に凝集状態を制御する技術が重要である。
【背景技術】
【0002】
微粒子の分散液に高濃度の塩など添加していったん凝集を開始させると、凝集は進行しついには沈殿を生じる。特殊な構造や光学応答性などの機能を発現させるために疎液性微粒子を凝集させる場合において、途中で凝集を停止させその群をなした状態を保持する技術が求められている。
【0003】
以下、疎液性微粒子の例として貴金属微粒子を、凝集した疎液性微粒子の例として表面増強効果の基質を、分散状態や凝集状態に依存する機能の例として表面増強効果によるバイオ機能性物質の分析を挙げて説明する。なぜならば、金や銀など貴金属微粒子では、凝集形態によって吸光スペクトルが劇的に変化する現象および凝集形態に依存する機能としての表面増強効果がよく知られており(例えば、”Surface Enhanced Raman Scattering”,ed.by R.K.Chang and T.E.Furtak,(Plenum Publishing,N.Y.,1982)の323頁6−19行)、本発明の概念を簡単に説明するのに適するからである。もちろん、本発明は貴金属微粒子や表面増強効果に限定されるものではない。
【0004】
バイオ機能性物質は生体中で活性を持ち、その生体は水を媒体にしている。したがって、その物理化学的性質の解明もまた水溶液中で実施される必要がある。水中においてもバイオ機能性物質の構造や基質分子との相互作用を調べる有用な分析方法に、振動分光法の一種であるラマン分光がある。
しかし、通常のラマン分光では得られるシグナル強度が著しく低く感度が悪いので、数%以上の試料濃度を必要としていた。そのためバイオ機能性物質の場合、試料の濃縮操作は必要不可欠であり、コストおよび操作中の試料の逸失や変性の危険が問題となっていた。
【0005】
一方、ラマン分光であっても、試料が金属微粒子と相互作用するとき、シグナル強度が増幅する表面増強効果が知られている(”Surface Enhanced Raman Scattering”,ed.by R.K.Chang and T.E.Furtak,(Plenum Publishing,N.Y.,1982))。その増強感度は通常1万倍から100万倍であると言われている。
【0006】
表面増強効果は、上記の金属微粒子が凝集状態で用いられるとき大きく現れる。表面増強効果を利用した測定法は、バイオテクノロジーの研究手段としても重要である(K.Kneipp,H.Kneipp,I.Itzkan,R.R.Dasari,and M.S.Feld, Biomedical Applications of Lasers,77(7),915−924(1999);Surface−enhanced Raman scattering:A new tool for biomedical spectroscopy)。
【0007】
貴金属微粒子の凝集を用いた最近の実験では、一分子検出を可能にする100兆倍にも達する表面増強効果が確認された(K.Kneipp,H.Kneipp,R.Manoharan,E.Hanlon,I.Itzkan,R.R.Dasari,and M.S.Feld,Applied Spectroscopy,52(12),1493−1497(1998);Extremely large enhancement factors in surface−enhanced Raman scattering for molecules on colloidal gold clusters)。このような金属微粒子は表面増強効果の基質と呼ばれる。ガリウムやガリウム砒素などの半導体も同様に基質となりうる。
【0008】
表面増強効果の基質として金属微粒子を用いるときの態様としては、金属微粒子のコロイド、金属微粒子を表面に島状に沈積させたフィルム、ゾルゲル法で金属微粒子を内部に分散させたガラスマトリックス、金属微粒子を内部に分散させたポリマーマトリックスなどが今まで報告されている。又、本発明者らも特開平11−61209号公報において、膨潤性層状ケイ酸塩などの板状微粒子を分散させた分散液中で、貴金属微粒子を還元反応で生成させることによって、安定な貴金属微粒子の分散体を得る技術を開示した。
【0009】
これらの基質のうち、水溶液中でのナノ貴金属微粒子のコロイドが実用上もっとも便利であるとされる。その理由として、1)微粒子が液相法で合成でき、取扱いが簡便である。2)連続流れ分析系への適用ができる。3)粒子サイズと形状の制御が可能である。4)簡単に表面積を定義できる。5)理論的解析のために形態を変えられる。等の利点が指摘されている(M.Kerker,D.S.Wang,H.Chew.O.Siiman,and L.A.Bumm,”Surface Enhanced Raman Scattering”,ed.by R. K.Chang and T.E. Furtak,(Plenum Publishing,N.Y.,1982),pp.109−128;Enhanced Raman scattering by molecules adsorbed at the surface of colloidal particles)。
【0010】
いずれにしても金属微粒子を表面増強効果の基質として用いるためには、分散状態を安定に保つ必要がある。従来、分散状態を制御する方法としては、金属微粒子が疎液性微粒子であることから、1)液相中で安定剤の添加、2)固相上へのデポジット(コーティングを含む)、3)上記のようなガラス、ポリマーなどのマトリックス中への包括、4)上記特開平11−61209号公報のように膨潤性層状ケイ酸塩を金属微粒子と共存させるなどが提案されてきた。
【0011】
これらの制御法のうち液相中で使われる安定剤としては、ドデシル硫酸ナトリウムなどの界面活性剤、ポリビニルアルコール、ポリビニルピリジン、ポリエチレングリコール、N−ビニルピロリドン、ウシ血清アルブミン、γ−グロブリン、ゼラチンのような保護コロイドが知られている。また、特開平09−070527「コロイド凝集の防止方法」にはトリスヒドロキシメチルアミノメタンなどの緩衝剤の安定化作用が開示されている。
【0012】
また、固相上へのデポジットとしては、ガラス板へ微粒子をデポジットして凝集をある程度の段階で止める方法がよく用いられる。これによれば液相法で合成したナノ微粒子をガラス上に沈積させて、サイズや形態の異なる凝集を生成させることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開平11−61209号
【特許文献2】特開平09−070527
【非特許文献】
【0014】
【非特許文献1】”Surface Enhanced Raman Scattering”,ed.by R.K.Chang and T.E.Furtak,(Plenum Publishing, N.Y.,1982)
【非特許文献2】K.Kneipp,H.Kneipp,I.Itzkan,R.R.Dasari,and M.S.Feld, Biomedical Applications of Lasers,77(7),915−924(1999);Surface−enhanced Raman scattering:A new tool for biomedical spectroscopy
【非特許文献3】K.Kneipp,H.Kneipp,R.Manoharan,E.Hanlon,I.Itzkan,R.R.Dasari,and M.S.Feld,Applied Spectroscopy,52(12),1493−1497(1998);Extremely large enhancement factors in surface−enhanced Raman scattering for molecules on colloidal gold clusters
【非特許文献4】M.Kerker,D.S.Wang,H.Chew.O.Siiman,and L.A.Bumm,”Surface Enhanced Raman Scattering”,ed.by R. K.Chang and T.E. Furtak,(Plenum Publishing,N.Y.,1982), pp.109−128;Enhanced Raman scattering by molecules adsorbed at the surface of colloidal particles
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかし、水溶液中でのナノ貴金属微粒子のコロイドのように、液体を分散媒とする疎液性微粒子の分散相中で、微粒子の機能性を保ったまま凝集状態を沈殿させずに液中にとどめておくのは安定化剤を用いたとしてもきわめて困難であった。その結果、疎液性微粒子の凝集状態に依存する表面増強効果の基質の製法の再現性や安定性は乏しく、性能もまだ不十分であった。
【0016】
液中の微粒子分散相の安定性はDLVO理論で説明される。金微粒子を例にDLVO理論による説明を以下に記述するが、他の疎液性微粒子でも同様に説明される。化学的還元を受けた金微粒子には、還元剤アニオンや錯体金属アニオンが吸着され負電荷を帯びる(M.A.Hayat Ed.”Colloidal Gold”vol.1 and vol.2,Academic Press Inc.,1984)。この静電的な反発ポテンシャルと、ファンデルワールス力等に依存する引力ポテンシャルとの相対的な大きさのバランスが適当であると、総ポテンシャル曲線には極大が現れる。微粒子の運動エネルギーがその極大よりも大きくなければ、微粒子はその極大を越えて互いに接近することができず凝集が起こらないので系は安定化する。一方、対イオンの吸着等やイオン強度の増加によって静電的な反撥ポテンシャルが変化すると、総ポテンシャル曲線の極大値が減少し、粒子はエネルギー障壁を越えて凝集するようになる。一方では複数の微粒子を架橋しうるポリマーの存在によって架橋凝集が発生する。
【0017】
このため、微粒子の分散液に高濃度の塩など添加していったん凝集を開始させると、凝集は進行しついには沈殿を生じる。凝集に依存する機能を発現させるために疎液性微粒子を凝集させる場合において、途中で凝集を停止させその群をなした状態を保持することは困難であった。
【0018】
また、従来の安定化剤は、微粒子の表面に付着し微粒子どうしの接近を抑制させて凝集を防止するため、金属微粒子の重要な機能である表面活性が失われた。金属微粒子を固相上にデポジットしても、凝集サイズ分布の分散や偏差が大きく製法の再現性に乏しく、しかも不安定であってチオール等の有機単分子層でコーティングしても数日程度の安定性に止まっていた。マトリックス中への包括では、マトリックスによる金属微粒子の表面活性の喪失や、マトリックス中の物質移動速度の低下が生じ、優れた表面増強効果の基質は得られなかった。又、特開平11−61209号公報に記載の技術は、板状微粒子を分散させた分散液中で金属微粒子を生成するために金属微粒子の生成に長時間を要しコスト高となる上、分解しやすいアセトジカルボン酸を還元剤に用いるので取扱が不便である。
【0019】
即ち、疎液性微粒子の表面活性を高く維持しながら、再現性よく製造でき、長期間安定で、迅速な応答を与える表面増強効果の基質は今まで知られていない。
【0020】
それゆえ、この発明の目的は、凝集のように群をなして存在する疎液性微粒子を分散相として止め、表面増強効果のように凝集に依存する機能を発現する分散複合体およびその製法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記目的を達成するために、群をなして存在する疎液性微粒子の分散相中に、疎液性微粒子よりも分散性の高い微粒子(以下、「分散性微粒子」という。)を、疎液性微粒子群の周囲を覆うに十分にたる濃度で共存させてなる分散複合体を提案する。
【0022】
本発明において分散複合体は通常、下記(a)−(d)の工程を含む方法で製造される。
(a) 疎液性微粒子を液相に分散させる工程。
(b) 凝集剤を添加するなどして凝集を開始させ、疎液性微粒子の群を得る工程。
(c) (b)の工程の後に、分散性微粒子を、疎液性微粒子群の周囲を覆うに十分にたる濃度となるように加える工程。
(d) 得られた疎液性微粒子の群を分散複合体として回収する工程。
【0023】
疎液性微粒子としては、特に限定されないが、粒径が原子サイズに近い1〜100nmの金、銀、銅、白金、ニッケル、インジウム、パラジウムから選ばれる少なくともひとつ以上の金属を主成分とする金属微粒子やガリウム、ガリウム砒素などの半導体微粒子を用いてよい。しかしこれに限定されるものではなく、バルクとは異なる機能が発現する微粒子であれば用いてよい。
【0024】
これらの疎液性微粒子は、特に限定はされないが、液相法で合成しそのまま上記(b)工程に供することができる。また、別の方法で得た微粒子を液中に加え撹拌させるなどして、液相に分散させてもよい。
【0025】
凝集を開始させ、疎液性微粒子群を得る方法は、特に限定されないが、粒子濃度を上げる、塩化ナトリウムや硫酸アルミニウムなどのように塩析現象をもたらす電解質を加えイオン強度を上げる、ポリマーで架橋させる、温度を高くする、分散媒の極性を低くするなどの手段を選ぶことができる。
【0026】
疎液性微粒子よりも分散性の高い微粒子とは、凝集を開始させた状況において、前述のDLVO理論における総ポテンシャル曲線に現れる極大の位置が、機能性微粒子の極大の位置が示す粒子間距離よりも、広く離れた粒子間距離を示す微粒子である。あるいは、疎液性微粒子よりも分散性の高い微粒子とは、疎液性微粒子の総ポテンシャル曲線の極大が消滅しつつある状況において、十分な粒子間距離を示す位置に、十分大きな極大が現れる総ポテンシャル曲線を持った微粒子である。総ポテンシャル曲線の形は、主としてHamaker定数とStern電位の値によって決定されるので、この定義において特に疎液性微粒子の種類が限定されるものではない。
【0027】
このような分散性微粒子の具体的な例としては、スメクタイトなどの膨潤性層状ケイ酸塩を挙げることができる。
【0028】
膨潤性層状ケイ酸塩が分散性微粒子の例として特に挙げられる理由は、そのフェース面が負電荷を帯びており、疎液性微粒子が凝集して沈積するような状況においても、十分分散し続けるからである。さらに過酷な状況で沈積しても、ある程度までは緩やかな凝集形態を保ち、撹拌等の剪断力で容易に再分散するからである。また粒径が小さく、わずかな重量濃度でも、充分な個数が分散液中に存在し、疎液性微粒子の周辺を覆うことができるからである。また形状が平板上であるため、粒子間相互作用が生じやすく、分散媒の見かけの粘度を上げ、粒子の拡散速度を下げ、疎液性微粒子の凝集の進行を妨げるからである。
【0029】
層状層状ケイ酸塩は、合成物、天然物に限らず使用できるが、好ましくは合成物が用いられる。天然物を精製して得られる膨潤性粘土鉱物も好ましく用いられる。合成物は、天然物とは異なり、化学的に均一で不純物が少なく、凝集性のイオンを含まず膨潤性が高く、さらに層間に鉄等の有色の金属を含まず透明度が高いため、光学的計測手段に向くからである。
このような膨潤性層状ケイ酸塩は市販されている。
【0030】
本発明における分散相の分散媒は、水、アルコール、炭化水素などの液体あるいは気体など、特に限定されないが、水を好ましく用いることができる。このとき、この発明の分散複合体は、水を分散媒とするゾルとして回収される。また、この発明の分散複合体は、乾燥などの手段によりゲルとして回収される。
【0031】
本発明における分散性微粒子の濃度は、制御すべき疎液性微粒子の周囲を覆うに十分にたる濃度と見なされれば、特に限定されない。ここで周囲を覆うという概念は、単位空間内に存在する疎液性微粒子の個数よりも、分散性の高い微粒子の個数が大過剰にあることを意味し、結果として制御すべき疎液性微粒子の凝集の進行や沈殿を抑制するにたるものであればよい。例えば、疎液性微粒子の個数濃度が1000cc中に約10の12乗個であるとき、分散性微粒子は10の15乗個以上あれば十分であると考えてよい。具体的な例をあげると、分析の実施に必要な疎液性微粒子の好ましい濃度は0.01mM〜4M、この範囲濃度の疎液性微粒子を覆うに必要な分散性微粒子の濃度は膨潤性層状ケイ酸塩の場合で通常0.1g/L以上である。一方、膨潤性層状ケイ酸塩からなる分散性微粒子の調整可能な最高濃度は通常250g/Lで、濃縮した場合300g/Lである。しかしこれに限定されるわけではなく、疎液性微粒子の種類と濃度、凝集を開始させる手段、そして分散性微粒子自体の性質に依存する。
【0032】
本発明によって疎液性微粒子の分散状態を制御することができる。本発明のように集団状態の疎液性微粒子を制御し、安定化した例は今まで知られていない。また本発明のように、一ヶ月以上安定化した例も知られていない。本発明によって分散状態が制御された疎液性微粒子の分散複合体が得られる。この分散複合体では、機能発現に好ましい状態で疎液性微粒子の集団が存在しており、光学素子、センサー、触媒などの利用が考えられる。
【0033】
本発明における測定対象物質としては、水溶液中のアミノ酸、塩基、タンパク質、核酸が挙げられる。また環境中の、芳香族塩素化合物などが挙げられる。しかしこれに限定されるものではない。
【0034】
本発明において凝集に依存して発現する表面増強効果を利用した光学的計測手段には、RAS(Reflection absorption spectroscopy)、SEWS(Surface electromagnetic wave spectroscopy)、SEIRA(Surface−enhanced infrared spectroscopy)、SERS(Surface−enhanced Raman spectroscopy)、SERRS(Surface−enhanced resonance Raman spectroscopy)、SEHRS(Surface−enhanced hyper Raman scattering)等が知られている。
【0035】
この発明の分析複合体を分析に用いる場合において、疎液性微粒子には、振動分光に用いられる波長範囲で表面増強効果を示すことが確認された金、銀、銅、白金、ニッケル、インジウム、パラジウム等の金属微粒子、あるいはガリウム、ガリウム砒素などの半導体微粒子を好ましく用いることができる。この発明の分析方法において、分散性微粒子には、透光性の良い合成スメクタイトを好ましく用いることができる。
【0036】
本発明の分散複合体では流れ系の管壁や容器の壁に金属微粒子は吸着せず、少なくとも数ヶ月間の間、表面増強効果の基質として働くので、流れ系での分析を実施することができる。分散複合体がゾルのとき、表面増強効果の基質として流れ系の中に流し、測定対象物質を含む試料溶液と接触させ、光学的計測手段で測定することができる。このような流れ系の例にはキャピラリー電気泳動、各種のクロマトグラフィーが知られている。
【0037】
また、分散複合体がゲルのとき、センサーのように測定対象物質を含む試料溶液と接触させて用いることができる。好ましくは、この分散複合体を使い捨てのセンサーとして用いることができる。もちろんこのセンサーは流れ系の一部を構成していてもよい。
【0038】
本発明の分散複合体においては、合成スメクタイトに配位子化合物、抗体、抗原、酵素、酵素基質、核酸、核酸の補体からなる群から選ばれるひとつ以上の物質を修飾し、測定対象物質を認識ないしは配向させる機能を持たせることができる。この場合、表面増強効果は疎液性微粒子の表面からの距離が離れると増感度が著しく低下するため、認識された物質あるいは配向による一部の官能基のみが、表面増強効果に与ることができ、選択的な物質の測定方法に利用できる。
【発明の効果】
【0039】
本発明によれば、疎液性微粒子の集団状態が分散性微粒子によって維持されるので、凝集が必要以上に進行したり沈殿を生じたりすることを抑制できる。その結果、疎液生微粒子の凝集状態が制御され、凝集状態に依存して発現する機能を有する分散複合体を得る。このような分散複合体は従来は知られていない。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】金微粒子群及び合成スメクタイトを含むゾルの吸光スペクトルである。
【図2】同ゾルの20日後の吸光スペクトルである。
【図3】金微粒子群及びモンモリロナイトを含むゾルの吸光スペクトルである。
【図4】合成スメクタイト及び金微粒子群を含む乾燥ゲルの吸光スペクトルである。
【図5】ピリジン及び金微粒子群を含むゾルのラマンスペクトルである。
【図6】ピリジン及び金微粒子群を含むゾルのラマンシグナル強度の経時推移である。
【図7】分散複合体とピリジンを含む水溶液の検量線である。
【発明を実施するための形態】
【0041】
本発明において分散複合体は通常、下記(a)−(d)の工程を含む方法で製造される。
(a) 疎液性微粒子を液相に分散させる工程。
(b) 凝集剤を添加するなどして凝集を開始させ、疎液性微粒子の群を得る工程。
(c) (b)の工程の後に、分散性微粒子を、疎液性微粒子群の周囲を覆うに十分にたる濃度となるように加える工程。
(d) 得られた疎液性微粒子の群を分散複合体として回収する工程。
【0042】
前述のように、疎液性微粒子の例として貴金属微粒子を、凝集した疎液性微粒子の例として表面増強効果の基質を、分散状態や凝集状態に依存する機能の例として表面増強効果による分析を挙げて以下説明する。なぜならば、金や銀など貴金属微粒子では、凝集形態によって吸光スペクトルが劇的に変化する現象および凝集形態に依存する機能としての表面増強効果がよく知られており、本発明の概念を簡単に説明するのに適するからである。もちろん、本発明は貴金属微粒子や表面増強効果に限定されるものではない。
【実施例1】
【0043】
分散複合体ゾルの調製例
0.6mMの塩化金酸水溶液120ccにクエン酸ナトリウムを1.6mMとなるように加える化学還元法によって、金微粒子を水溶液中で合成した。金微粒子の平均粒径を小角X線散乱法で測定した結果、約40nmであった。得られた金微粒子含有水溶液について吸光度を測定した後、4つの容器に分け、各容器に凝集剤として塩化ナトリウムを50mM/Lとなるように入れて凝集を開始させた。
【0044】
すると第1の容器内では金微粒子の液の色調は、当初の赤から、赤紫、青紫、赤褐色、褐色、黒と変化し、最後は沈殿していった。第2〜第4の容器には各々所定時間経過後に合成スメクタイト(Laporte社製)のスラリーを添加した。すると、色調の変化は停止し、合成スメクタイトの点火時期に応じて異なる色調を示す分散複合体が得られた。塩化ナトリウム添加時から合成スメクタイト添加時までの経過時間は、第2容器(以下、凝集状態A)<第3容器(以下、凝集状態B)<第4容器(以下、凝集状態C)の順とした。図1に塩化ナトリウム添加前(=凝集前)、凝集状態A、凝集状態B及び凝集状態Cの吸光スペクトルを示す。尚、対照として合成スメクタイトのみの吸光度を測定した。
【0045】
粒径が同じの場合、金コロイドの色調は粒子の凝集状態に依存するので(N.G.Khlebtsov,V.A.Bogatyrev,L.A.Dykman,and A.G.Melnikov,J.Colloid Interface Sci.,180(2),436−445(1996);Spectral Extinction of Colloidal Gold and Its Biospecific Conjugates.)、図1に示された結果から、本発明の方法で金微粒子の集団状態を制御した分散複合体を製造できることがわかった。
【実施例2】
【0046】
分散複合体ゾルの安定性評価1
上記調製例における第1容器内の溶液の吸光スペクトル、及び凝集状態A−Cの分散複合体の20日経過後の吸光スペクトルを各々図2に示す。図2に見られるように、合成スメクタイトを含む分散複合体では、金微粒子の集団が制御された状態を保って長期にわたり安定化されていることがわかった。
【実施例3】
【0047】
分散複合体ゾルの安定性評価2
合成スメクタイトの代わりにモンモリロナイト(クニミネ工業株式会社製)を用いた以外は、上記調製例の凝集状態Aと同様に分散複合体を調製した。室温で放置しても、数分間は色調に変化は見られなかったが、数日かけて徐々に褐色に変わっていった。但し、沈殿は生じなかった。調製直後、1分後及び20日経過後の吸光スペクトルを図3に示す。図3に見られるように、モンモリロナイトを含む分散複合体でも金微粒子の集団が制御された状態を保って安定化されていることがわかった。
【実施例4】
【0048】
分散複合体ゲルの調製例と安定性評価
紫外線照射により表面を親水化したポリスチレン製プレートを準備し、上記ゾル調製例で調製した凝集状態A〜Cの分散複合体をそのプレート上に滴下し、乾燥してゲル化させた。比較のために、合成スメクタイトを含まない金微粒子含有溶液も同様にプレート上に滴下した。合成スメクタイトを含むゲルでは、金微粒子は赤褐色ないしは褐色の色調を保ってプレート上に均一に拡がっていた。この状態は少なくとも6ヶ月安定であった。一方、合成スメクタイトを含まない溶液に由来する金微粒子は黒色沈積物としてプレート上に不均一に拡がっていた。確認のため、プレート上に得られた固体の分散複合体の吸光スペクトルを図4に示す。図4に見られるように、合成スメクタイトの存在により金微粒子の集団が制御された状態を保って安定化されていることがわかった。
【実施例5】
【0049】
表面増強効果の実施例1
上記ゾル調製例の分散複合体(凝集状態B)を調製後、その570μlを採り、0.05Mのピリジン水溶液30μlとよく混合させ、第1混合液とした。別途、純水570μlを採り、0.05Mのピリジン水溶液30μlとよく混合させ、第2混合液とした。これら2種の混合液について、Ramanモジュールを備えたフーリエ変換赤外分光装置 Nicolet Magna650を用いて、励起波長1064nmでラマンスペクトルを測定した。
【0050】
その結果、第1混合液では、2.5mMのピリジンの環呼吸振動(約1010cm−1)が強く表れた。一方、第2混合液(通常のRaman分光)ではこの濃度のピリジンをまったく観察できなかった。よって、上記分散複合体は、市販のラマン分光器を用いて簡便に表面増強効果を用いた分析を可能とする、表面増強効果の基質となることがわかった。
【0051】
尚、スメクタイトなどケイ酸化合物では通常、
485cm-1 Si-O-Si rocking/bending of hydrated silicate
809cm-1 SiO2 silicate chain mode
976cm-1 Si-O stretch of bulk chain
などにRamanピークが現れるが、第1混合液ではこれが出現しなかった。従って、ケイ酸化合物の干渉がないことも判明した。この点、例えば従来のゾルゲルガラスのラマンスペクトルでケイ酸化合物由来のラマンピークがあらわれており、バックグラウンドとなっていた報告(F.Akbarian,B.S.Dunn,and J.I.Zink,J.Raman Spectrosc.,27(10),775−783(1996):Porous sol−gel silicates containing gold particles as matrixes for surface−enhanced Raman spectroscopy)と著しく相違する。
【0052】
表面増強効果の実施例2
上記ゾル調製例の分散複合体(凝集状態B)を調製後一日経過した後に、その570μlを採り、0.05Mのピリジン水溶液30μlとよく混合させ、第3混合液とした。同様に、合成スメクタイトを含まない金微粒子凝集液を調製後一日経過した後に、その570μlを採り、0.05Mのピリジン水溶液30μlとよく混合させ、第4混合液とした。これら2種の混合液について、Ramanモジュールを備えたフーリエ変換赤外分光装置 Nicolet Magna650を用いて、励起波長1064nmでラマンスペクトルを測定した結果を図5に示す。
【0053】
図5に見られるように、合成スメクタイトを含む第3混合液では、2.5mMの低濃度ピリジンの環呼吸振動(約1010cm−1)が強く表れた。一方、合成スメクタイトを含まない第4混合液ではこれをほとんど観察できなかった。よって、上記分散複合体は、1日経過後も市販のラマン分光器を用いて簡便に表面増強効果を用いた分析を可能とする、表面増強効果の基質であることがわかった。
【0054】
表面増強効果の実施例3
上記ゾル調製例の分散複合体(凝集状態B)を室温で保存し、所定日数経過後に、表面増強効果の実施例1の方法でピリジンのラマンスペクトルを測定し、環呼吸振動のシグナル強度の推移を、分散複合体の保存期間に対してプロットし(図中の●印)、図6を得た。対照として表面増強効果の実施例2の第4混合液を用いた(図中のx印)。図6に見られるように、上記分散複合体は、2ヶ月近くにわたる長期間、表面増強効果の基質として働くことがわかった。
【0055】
表面増強効果の実施例4
表面増強効果の実施例1と同様の方法で、ピリジン水溶液の濃度を変えて、本発明の分散複合体を表面増強効果の基質とするピリジン水溶液を分析した。分析結果から検量線を作成した結果を図7に示す。図7から本発明による分散複合体は、濃度測定に対応できる表面増強効果の基質として働くことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0056】
微粒子の凝集状態を制御することによって、微粒子の凝集形態に依存して発現する特殊な構造や光学応答性などの機能を有する分散複合体を提供する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
群をなして存在する疎液性微粒子の分散相中に、該疎液性微粒子よりも分散性の高い微粒子を、該疎液性微粒子群の周囲を覆うに十分にたる濃度で共存させてなる分散複合体が、下記(a)−(d)の工程を含む方法で製造されることを特徴とする微粒子の分散状態の制御法および分散複合体。
(a)疎液性微粒子を液相に分散させる工程。
(b)凝集剤を添加するなどして凝集を開始させ、疎液性微粒子の群を得る工程。
(c)(b)の工程の後に、分散性の高い微粒子を、疎液性微粒子群の周囲を覆うに十分にたる濃度となるように加える工程。
(d)得られた疎液性微粒子の群を分散複合体として回収する工程。
【請求項2】
疎液性微粒子よりも分散性の高い微粒子が合成スメクタイトなどの膨潤性層状ケイ酸塩の群から選ばれる請求項1に記載の微粒子の分散状態の制御法および分散複合体。
【請求項3】
疎液性微粒子が表面増強効果をもたらす金属微粒子であることを特徴とする請求項1〜2に記載の分散複合体。
【請求項4】
分散複合体の性状が請求項1〜3に記載の分散複合体から得られたゲルである分散複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−177710(P2011−177710A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−82289(P2011−82289)
【出願日】平成23年4月1日(2011.4.1)
【分割の表示】特願2002−572378(P2002−572378)の分割
【原出願日】平成13年3月9日(2001.3.9)
【出願人】(300076068)
【Fターム(参考)】