微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法
【課題】コート材や潤滑材を塗布することなく離型性を高めた微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法を提供する。
【解決手段】微細成形型1は、基材13の表面13aに微細な凹部11が形成されている。微細成形型1は、基材13の表面13aから注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層14が基材13の表面13aから凹部11の底部11bまでの間に形成されている。また、注入イオンは炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかにより構成されている。
【解決手段】微細成形型1は、基材13の表面13aに微細な凹部11が形成されている。微細成形型1は、基材13の表面13aから注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層14が基材13の表面13aから凹部11の底部11bまでの間に形成されている。また、注入イオンは炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかにより構成されている。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凹凸部の寸法を数nm〜数百μm程度とする微細な成形が行われた微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話機や電子機器などの部品用として、溝、凹み、凸部といった凹部または凸部のいずれか少なくとも一方からなる凹凸部の寸法を数nm〜数百μm程度とする微細な成形が行われた型が必要とされている。しかしながら、この種の微細成形型には、幅や深さ等凹凸部の寸法が微細なために成型物(転写物ともいう)を型から抜き取る(離型する)際に、成型物自体が型の溝の中に残ってしまうことがある。
【0003】
従来の微細成形型には、凹凸部の寸法が微細になればなるほど、特に幅や深さが数nm〜数百nm程度のナノレベルになると、実用レベルの離型性を備えたものは少なく、そのため、従来、微細成形型に対する離型処理技術が注目されている。
【0004】
例えば、微細成形型の成型物として熱硬化樹脂などのシリコンゴムや、紫外線硬化樹脂などを用いる場合において、成型物を型からきれいに抜き取るため、離型用前処理としてフッ素系のコート材を型に塗布するという技術があった。しかし、この技術には、コート材の再塗布が周期的に必要であり、またその塗布には熟練と多くの手間が必要とされる。
【0005】
また、その他の技術として、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)などのすべりを良くする潤滑材を型にコーティングして被膜を形成するという技術も知られていた。
【0006】
しかしながら、ナノレベルの凹凸部に沿って均一な厚みで被膜をコーティングすることは非常に困難であり、しかも、被膜の膜厚による寸法の誤差の発生も無視することができないといった課題がある(例えば、DLCの被膜は膜厚が1〜3μm程度なので、DLCの被膜を用いてナノレベルの微細成形型を形成することは事実上困難である。)
【0007】
このように、コート材や潤滑材を塗布して離型性を付与するという技術では、微細成形型に離型性を付与することが極めて困難であった。
【0008】
一方、コート材や潤滑材を塗布せずに離型性を付与する技術として、例えば、特許文献1には、炭素またはフッ素を含有するイオンを処理物表面に注入するとともにフッ素含有炭素膜を形成することにより、潤滑性と離型性を兼備させた炭素膜被覆物品について開示されている。
【0009】
また、特許文献2には、母材表面にイオンを注入することにより、母材表面を結晶が小さく緻密で均一になるようにして摩擦係数を低下させたダイカスト用金型が開示されている。
【0010】
さらに、特許文献3には、イオン注入によりアルカリ金属元素等を含む離型層を成形面に形成することにより、型に離型性を付与する技術について開示されている。
【特許文献1】特開2005−048252号公報
【特許文献2】特開2001−179420号公報
【特許文献3】特開平8−119644号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のとおり、各特許文献に開示されている従来技術によれば、コート材や潤滑材を塗布しなくても、炭素やフッ素を含有するイオンを注入することによって、型に離型性を付与することが可能である。
【0012】
しかし、上記した従来技術は、いずれも寸法が大きい型を想定した技術であり、凹凸部の寸法が数nm〜数百μm程度の微細成形型には適用することが困難であった。すなわち、微細成形型の場合、凹凸部の寸法が数μm〜数百nm程度と極めて微細であるため、凹凸部の内側への均一なイオン注入が難しく、離型性を付与することが極めて困難だからである。
【0013】
また、ダイカスト用金型のように寸法の大きい型の場合、溝、凹み、凸部といった凹凸部を形成した後、イオン注入を行っても均一なイオン注入が可能なため、型に離型性を付与することが可能である。
【0014】
しかし、微細成形型の場合は、先に凹凸部を形成してしまうと、その後のイオン注入に伴い凹凸部の一部が埋まってしまい、凹凸部の寸法精度を悪化させるおそれもある。
【0015】
このように、従来技術では、微細成形型に離型性を付与することが困難であるため、例えば図16(a)に示す微細成形型101のように成形物102を剥がしたときにその一部が付着部103のように、微細成形型101に付着したまま残ってしまうことがある。
【0016】
その一方、図16(b)に示すように、コート材104などを塗布すると、凹凸部が微細なためにコート材104が微細成形型101の凹凸部に付着したまま残ってしまい、凹部の寸法精度を悪化させてしまう。
【0017】
そこで、本発明は上記課題を解決するためになされたもので、コート材や潤滑材を塗布することなく離型性を高めた微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するため、本発明は、基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型であって、基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が基材の表面から凹凸部の底部までの間に形成されている微細成形型を特徴とする。
【0019】
この微細成形型は、高濃度注入イオン層が基材の表面から凹凸部の底部までの間に形成されているため、凹凸部の側面または底部の離型性が高くなっている。
【0020】
また、上記微細成形型は、注入イオンが炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかにより構成されているようにすることができる。
【0021】
さらに、高濃度注入イオン層は、基材の表面から1nm〜50μmの深さに形成されているようにすることができる。
【0022】
さらにまた、凹凸部は、幅および深さが1nm〜50μmの範囲に形成されているようにすることができる。
【0023】
基材は、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、シリコンウエハー、炭化ケイ素ウエハーといった非金属性材料からなるものとすることができる。
【0024】
そして、本発明は、基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型を製造するために用いられる微細成形型用基材であって、基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が基材の表面から凹凸部が形成される予定の予定位置までの間に形成されている微細成形型用基材を提供する。
【0025】
この微細成形型用基材は、基材の表面から凹凸部が形成される予定の予定位置までの間に高濃度注入イオン層が形成されているので、表面に微細な凹凸部を形成すると、凹凸部の側面または底部に高濃度注入イオン層が配置されるようになっている。
【0026】
そして、本発明は、基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型の製造方法であって、基材の表面からイオン注入を行い、そのイオン注入により注入された注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層を基材の表面から凹凸部の底部が形成される予定の予定位置までの間に形成し、高濃度注入イオン層を形成した後、基材の表面に凹凸部を形成する微細成形型の製造方法を提供する。
【0027】
この製造方法では、基材の表面から凹凸部の底部が形成される予定の予定位置までの間に高濃度注入イオン層を形成した後、基材の表面に凹凸部を形成するため、凹凸部を形成したときに凹凸部の側面または底部に高濃度注入イオン層が配置されるようになっている。
【0028】
また、この製造方法では、注入するイオンの濃度を1×1014〜1×1019個/cm2の範囲に設定してイオン注入を行うことができる。
【発明の効果】
【0029】
以上詳述したように本発明によれば、コート材や潤滑材を塗布することなく離型性を高めた微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、同一要素には同一符号を用い、重複する説明は省略する。
【0031】
(微細成形型の構成)
図1は、本発明の実施の形態に係る微細成形型1の平面図である。微細成形型1は矩形板状の基材13の表面13aにキャビティユニット10が縦横に規則正しく複数配置されている(図1では、縦方向に4列、横方向に3行)。
【0032】
各キャビティユニット10は図2に示すように、基材13の表面13aに3行3列の格子状に形成された凹部11を有している。凹部11以外の部分は、基材13の表面13aと同じ高さの表面を備えた凸部12となっている。なお、図示の都合上、図2では、凹部11に斜線を施している(後述する図9の凹部35も同様)。
【0033】
また、キャビティユニット10は図3に示すように、基材13の表面13aから凹部11の底部11bまでの間の部分に後述する高濃度注入イオン層14が形成されている。
【0034】
凹部11は幅w、深さdで形成され、高濃度注入イオン層14が形成されていることにより、側面11aおよび底部11bの離型性が高められている。本実施の形態では、幅wおよび深さdはいずれも約1nm〜50μm程度で形成されている。凹部11は縦方向、横方向ともにほぼ同じ大きさの幅wを有している。
【0035】
高濃度注入イオン層14は炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかのイオン注入を行って形成されている。
【0036】
そして、図4には、凹部11と、基材13の表面13aから底部11bまでの間における注入イオン層の濃度(注入イオン濃度N)との関係が示されている。
【0037】
高濃度注入イオン層14は注入イオン濃度Nがそのほかの部分よりも相対的に高く形成されている。図4に示すように、注入イオン濃度Nは、ピーク濃度h1から徐々に低下していくので、本実施の形態では、注入イオン濃度Nがピーク濃度h1からある程度低下するまでの範囲(例えば、約20%程度低下するまでの範囲、図4でドットを表示した部分)を高濃度注入イオン層14としている。
【0038】
そして、高濃度注入イオン層14は基材13の表面13aから凹部11の底部11bまでの間に、すなわち、基材13の表面13aからの深さ方向に0からdまでの間に配置されている。微細成形型1の離型性は、側面11aまたは底部11bに付与することでその効果が顕著に現われると考えられるため、本実施の形態では、以上のようにして高濃度注入イオン層14が形成されている。
【0039】
また、高濃度注入イオン層14はピーク濃度h1、h2を備えた分布パターンp1,p2ように表面13aから底部11bまでの間にピーク濃度が配置されるようにして形成すればよい。しかしながら、高濃度注入イオン層14は基材13の深さ方向にある程度の幅を有するので、ピーク濃度が底部11bよりも深い部分に配置されるようにして形成することもできる。
【0040】
このような微細成形型1を用いると、成形物20を製造することができる。図5,6はこの成形物20を示している。成形物20は、図5に示すように、微細成形型1における各キャビティユニット10に応じた箇所に、成形ユニット21が配置されている。各成形ユニット21は図6に示すように、凹部11に対応した部分が突出した凸部22となり、それ以外が凹部23となっている。
【0041】
微細成形型1は以上のように高濃度注入イオン層14が形成されていることにより、側面11aおよび底部11bの離型性が高められている。これは、イオン注入が行われたことにより、注入部分の表面の硬度が向上し、かつ摩擦係数が低下したためである。また、高濃度注入イオン層14が、凹部11において、離型性の付与が期待される、すなわち、離型性付与の効果が顕著に現れる側面11aまたは底部11bの部分に形成されていることによるものである。
【0042】
そのため、成形物20は、図5,6に示したように、微細成形型1に付着することなく確実に剥離され、予定したとおりの形状に形成されている。しかも、コーティングを行っていないので、凹部11の寸法誤差は生じていない。
【0043】
(微細成形型の製造方法)
以上のような微細成形型1を製造するには、まず図7(a)に示すように、矩形板状の基材2を用意する。この基材2は、本実施の形態では、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、シリコンウエハー、炭化ケイ素ウエハーといった非金属性材料を用いている。ただし、基材2はニッケルなどの金属材料を用いることもできる(詳しくは後述する)。この基材2は、凹部11を形成する側の表面13aが平坦に形成されている。
【0044】
そして、図7(b)に示すように、基材2の表面13aから、イオンビームBを照射して、基材2へのイオン注入を行う。このとき、イオン注入は注入するイオンの濃度を1×1014〜1×1019個/cm2の範囲に設定し、かつ濃度のピークが表面13aから凹部11の底部が形成される予定の予定位置(深さdの部分で、dは数μ以下)までの範囲、または予定位置よりもやや下方に配置されるようなエネルギー(例えば35keV程度)で照射して行う。
【0045】
つまり、凹部11の側面11aや底部11bが配置される部分を狙ってイオン注入を行い、後に凹部11を形成した段階で、高濃度注入イオン層14が側面11aまたは底部11bに配置されるようにしている。なお、イオンの濃度が1×1014個/cm2よりも低くなると離型効果が弱くなって十分な効果が得られなくなり、逆にイオンの濃度が1×1019個/cm2よりも高くなると、表面13aに照射したイオンが固体となって析出してしまうため、イオンの濃度は上記の範囲に設定することが好ましい。
【0046】
これにより、図7(b)に示すように微細成形型用基材15が得られる。この微細成形型用基材15は、基材2の表面13aから凹部11の底部11bが配置される予定の予定位置(深さdの部分)までの間に上述の高濃度注入イオン層14が形成されている。また、イオン注入後も表面13aは変形せず平坦で平滑な状態が保たれている。
【0047】
そして、平坦な表面13aに対してイオン注入が行われるので、注入されるイオンが基材2内において表面13aに沿った平面方向にほぼ均一にむらなく分布する。
【0048】
高濃度注入イオン層14を形成した後、続いて、図7(c)に示すように、表面13aに対して凹部11を形成する。そうすると、凹部11の側面11aまたは底部11bに高濃度注入イオン層14が配置されるようにすることができる。こうして、微細成形型1が得られる。
【0049】
以上のような微細成形型1は、高濃度注入イオン層14が形成されることで離型性が高められているので、コート材や潤滑材を塗布することなく、成形物の転写(離型)が数十回(少なくとも20回程度)行える。
【0050】
例えば、成形物としてシリコンゴムを使用して微細成形型1に流し込み、約80℃で加熱硬化させ、その後、冷却してからシリコンゴムを微細成形型1から剥離すると、上述したとおり、想定したとおりの形状で成形物20が形成される。
【0051】
この成形物20は、光学顕微鏡や走査電子顕微鏡(SEM)で観察することにより、転写が成功していることを確認することができる。
【0052】
以上説明した微細成形型1は、キャビティユニット10が3行3列の格子状の凹部11を有していたが、本実施の形態は、図8(a)に示すように、5行5列の格子状の凹部31を備えた微細成形型30とすることもできる。この微細成形型30を用いた場合、成形物40は図8(b)に示すように、微細成形型30に対応した格子状に形成される。
【0053】
また、微細成形型1は、縦横の幅がほぼ同じ寸法の凹部11が形成されていたが、図9に示すように、縦横の幅の異なる凹部35が形成されていてもよい。
【0054】
一方、微細成形型1について、成形物20を剥離するときの強度(引っ張り強度)と注入したイオンの濃度との関係を調べると図10に示すようになる。図10から、注入するイオンの濃度を高めるに伴い、引っ張り強度が低下することが理解される。すなわち、注入イオン濃度を1×1015個/cm2程度よりも高めると、引っ張り強度がイオン注入なしの場合の半分以下に低下し、その分、離型が容易になっていることが理解される。
【0055】
さらに、イオン注入による摩擦係数の低下は次の要領で確認することができる。図11(b)に示すように、微細成形型用基材15と同様のイオン注入を行った板材50を用意し、板材50の表面に沿って非イオン注入部51からイオン注入部52に向かう方向(図11(b)に示す矢印m方向)に沿って所定の器具を接触させて引っかき試験を行い、摩擦係数を測定する。
【0056】
ここで、非イオン注入部51はイオン注入が行われていない部分、イオン注入部52はイオン注入が行われている部分である。板材50は縦横の寸法が5mmのものを用いることができる。
【0057】
そして、器具を移動させたときの移動距離と、摩擦係数との関係が図11(a)に示されている。図11(a)に示すように、器具の移動開始直後、移動距離がt1にいたった時点で静止摩擦から動摩擦に変化するため、摩擦係数が急上昇している。
【0058】
また、その後、摩擦係数は徐々に低下するも、非イオン注入部51とイオン注入部52との境界53(移動距離t2)に到達した時点で摩擦係数が上昇した後、摩擦係数は徐々に低下している。移動距離0からt2までの間の部分が非イオン注入部51の摩擦係数(約0.19)、移動距離t2以降の部分がイオン注入部52の摩擦係数(約0.12)である。これから明らかなとおり、イオン注入を行ったことにより、摩擦係数が低下していることが理解される。
【0059】
そして、ホウケイ酸ガラスからなる基材2の表面13aにフッ素イオンを前述した要領で注入することによって板材60を製造し、その板材60について、板材50と同様の手順で摩擦係数を測定したところ、図12(a)のようになった。ここで、図12(a)は板材60についての移動距離と摩擦係数との関係を示す図、図12(b)は板材60を示す平面図である。板材60は板材50と同様の縦横の寸法が5mmのものを用いている。
【0060】
この板材60では、その表面に沿って非イオン注入部61からイオン注入部62に向かう方向(図12(b)に示す矢印m方向)に沿って所定の器具を接触させて引っかき試験を行い、摩擦係数を測定している。その引っかき試験では、板材60上の位置p1を出発して位置p2を通り、位置p3まで所定の器具を直線状に移動させている。その位置p1、p2、p3における摩擦係数は、図12(a)のそれぞれs1、s2、s3で示す部分に対応している。所定の器具が位置p1を出発したとき、摩擦係数は図12(a)のs1である。その後、摩擦係数はやや上昇するも、位置p2に至ったときの摩擦係数はs2になる。s1からs2までの間の摩擦係数は約0.16である。さらに、位置p2を過ぎると、所定の器具がイオン注入部62上を移動するため、摩擦係数は徐々に低下し、位置p3に至った時点で摩擦係数はs3になる。s2からs3までの間の摩擦係数は約0.11である。このように、この板材60についても、イオン注入を行ったことにより、摩擦係数が低下していることが理解される。そのため、板材60によって、離型性の高い微細成形型を得ることができる。
【0061】
前述した板材50についても図12と同様にして板材50上における所定の器具の位置と、摩擦係数との関係を図示すると、図13のようになる。図13(a)は板材50についての移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は板材50を示す平面図である。所定の器具が位置p1を出発したとき摩擦係数は図13(a)のs1である。また、所定の器具が位置p2に至ったとき摩擦係数はs2になる。s1からs2までの間の摩擦係数は約0.19である。さらに、位置p2を過ぎると、所定の器具がイオン注入部52上を移動するため、摩擦係数は徐々に低下し、位置p3に至った時点で摩擦係数はs3になる。s2からs3までの間の摩擦係数は約0.12である。これから明らかなとおり、イオン注入を行ったことにより、摩擦係数が低下していることが理解される。
【0062】
次に、基材2の材料として金属材料を用いた場合について説明する。ここで、図14(a)は、ニッケル(Ni)からなる基材2の表面に炭素イオンを前述した要領で注入することによって製造した板材70について、移動距離と摩擦係数との関係を示す図、図14(b)は板材70を示す平面図である。板材70は板材50と同様の縦横の寸法が5mmのものを用いている。図14(a)は、板材70について、板材60と同様に、その表面に沿って非イオン注入部71からイオン注入部72に向かう方向(図14(b)に示す矢印m方向)に沿って所定の器具を接触させて引っかき試験を行い摩擦係数を測定した結果を示している。
【0063】
図14(a)に示すように、所定の器具が位置p1を出発したときの摩擦係数は図14(a)のs1である。その後、摩擦係数は上昇するも、位置p2に至ったときの摩擦係数はs2になる。s1からs2までの間の摩擦係数は約0.21である。さらに、位置p2を過ぎると、所定の器具がイオン注入部72上を移動するため、摩擦係数はそれまでよりも低下し、位置p3に至った時点で摩擦係数はs3になる。s2からs3までの間の摩擦係数は約0.14である。金属材料からなる板材70についても、イオン注入を行ったことにより摩擦係数が低下していることが理解される。
【0064】
そして、このような板材70を用いて前述した要領で微細成形型を製造し、さらにその微細成形型を用いて転写物を製造したところ、図15のようになった。図15(a)は板材70を用いて製造した微細成形型の走査電子顕微鏡(SEM)の画像、図15(b)はその微細成形型を用いて製造した樹脂製転写物の走査電子顕微鏡(SEM)の画像である。図15(a)に示す微細成形型は縦横に交差する溝が500nmピッチで形成されていて、全体の大きさは縦横500μm程度である。図15(b)に示すように、板材70から得られる微細成形型を用いることによって、樹脂製転写物の型抜きが綺麗に行われていることが理解される。
【0065】
なお、以上の説明では、板状の基材2を用いた微細成形型1を例にとって説明しているが、基材2の厚さが図7のよりも厚く形成され、直方体状となった基材を用いてもよい。微細成形型は凹部または凸部のいずれか少なくとも一方が形成されていればよい。
【0066】
以上のような微細成形型1は、携帯電話機に内蔵されるスピーカの部品の成形や非球面レンズ(フレネルレンズ)の成形に用いることができる。
【0067】
以上の説明は、本発明の実施の形態についての説明であって、この発明を限定するものではなく、様々な変形例を容易に実施することができる。又、各実施形態における構成要素、機能、特徴あるいは方法ステップを適宜組み合わせて構成される装置又は方法も本発明に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の実施の形態に係る微細成形型の一例を示す平面図である。
【図2】微細成形型における凹部が形成された部分を示す平面図である。
【図3】図2のIII−III線断面図である。
【図4】凹部と高濃度注入イオン層との位置関係を模式的に示した図である。
【図5】図1に示した微細成形型を用いた成形物の一例を示す平面図である。
【図6】図5の要部を示す平面図である。
【図7】微細成形型の製造工程を模式的に示す図で、(a)はイオン注入前、(b)はイオン注入後凹部形成前、(c)は凹部形成後の各工程を示す図である。
【図8】別の微細成形型および成形物を示す図で、(a)は微細成形型、(b)は成形物である。
【図9】さらに別の微細成形型を示す図である。
【図10】微細成形型から成形物を剥離するときの強度と、注入したイオンの濃度との関係を示す図である。
【図11】イオン注入による摩擦係数低下を調べるための試験結果および板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は板材を示す平面図である。
【図12】イオン注入による摩擦係数低下を調べるための試験結果および別の板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は別の板材を示す平面図である。
【図13】図11に示した板材についての摩擦係数低下を調べるための試験結果および板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は図11と同様の板材を示す平面図である。
【図14】イオン注入による摩擦係数低下を調べるための試験結果およびさらに別の板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)はさらに別の板材を示す平面図である。
【図15】(a)は図14に示した板材を用いて製造した微細成形型の走査電子顕微鏡(SEM)の画像であり、(b)は(a)の微細成形型を用いて製造した樹脂製転写物の走査電子顕微鏡(SEM)の画像である。
【図16】従来技術を示す図で、(a)は微細成形型およびそれから剥離した成形物を示す図、(b)はコート材を塗布した微細成形型を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1、30…微細成形型、11…凹部、13…基材、14…高濃度注入イオン層、15…微細成形型用基材。
【技術分野】
【0001】
本発明は、凹凸部の寸法を数nm〜数百μm程度とする微細な成形が行われた微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、携帯電話機や電子機器などの部品用として、溝、凹み、凸部といった凹部または凸部のいずれか少なくとも一方からなる凹凸部の寸法を数nm〜数百μm程度とする微細な成形が行われた型が必要とされている。しかしながら、この種の微細成形型には、幅や深さ等凹凸部の寸法が微細なために成型物(転写物ともいう)を型から抜き取る(離型する)際に、成型物自体が型の溝の中に残ってしまうことがある。
【0003】
従来の微細成形型には、凹凸部の寸法が微細になればなるほど、特に幅や深さが数nm〜数百nm程度のナノレベルになると、実用レベルの離型性を備えたものは少なく、そのため、従来、微細成形型に対する離型処理技術が注目されている。
【0004】
例えば、微細成形型の成型物として熱硬化樹脂などのシリコンゴムや、紫外線硬化樹脂などを用いる場合において、成型物を型からきれいに抜き取るため、離型用前処理としてフッ素系のコート材を型に塗布するという技術があった。しかし、この技術には、コート材の再塗布が周期的に必要であり、またその塗布には熟練と多くの手間が必要とされる。
【0005】
また、その他の技術として、DLC(ダイヤモンドライクカーボン)などのすべりを良くする潤滑材を型にコーティングして被膜を形成するという技術も知られていた。
【0006】
しかしながら、ナノレベルの凹凸部に沿って均一な厚みで被膜をコーティングすることは非常に困難であり、しかも、被膜の膜厚による寸法の誤差の発生も無視することができないといった課題がある(例えば、DLCの被膜は膜厚が1〜3μm程度なので、DLCの被膜を用いてナノレベルの微細成形型を形成することは事実上困難である。)
【0007】
このように、コート材や潤滑材を塗布して離型性を付与するという技術では、微細成形型に離型性を付与することが極めて困難であった。
【0008】
一方、コート材や潤滑材を塗布せずに離型性を付与する技術として、例えば、特許文献1には、炭素またはフッ素を含有するイオンを処理物表面に注入するとともにフッ素含有炭素膜を形成することにより、潤滑性と離型性を兼備させた炭素膜被覆物品について開示されている。
【0009】
また、特許文献2には、母材表面にイオンを注入することにより、母材表面を結晶が小さく緻密で均一になるようにして摩擦係数を低下させたダイカスト用金型が開示されている。
【0010】
さらに、特許文献3には、イオン注入によりアルカリ金属元素等を含む離型層を成形面に形成することにより、型に離型性を付与する技術について開示されている。
【特許文献1】特開2005−048252号公報
【特許文献2】特開2001−179420号公報
【特許文献3】特開平8−119644号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
上述のとおり、各特許文献に開示されている従来技術によれば、コート材や潤滑材を塗布しなくても、炭素やフッ素を含有するイオンを注入することによって、型に離型性を付与することが可能である。
【0012】
しかし、上記した従来技術は、いずれも寸法が大きい型を想定した技術であり、凹凸部の寸法が数nm〜数百μm程度の微細成形型には適用することが困難であった。すなわち、微細成形型の場合、凹凸部の寸法が数μm〜数百nm程度と極めて微細であるため、凹凸部の内側への均一なイオン注入が難しく、離型性を付与することが極めて困難だからである。
【0013】
また、ダイカスト用金型のように寸法の大きい型の場合、溝、凹み、凸部といった凹凸部を形成した後、イオン注入を行っても均一なイオン注入が可能なため、型に離型性を付与することが可能である。
【0014】
しかし、微細成形型の場合は、先に凹凸部を形成してしまうと、その後のイオン注入に伴い凹凸部の一部が埋まってしまい、凹凸部の寸法精度を悪化させるおそれもある。
【0015】
このように、従来技術では、微細成形型に離型性を付与することが困難であるため、例えば図16(a)に示す微細成形型101のように成形物102を剥がしたときにその一部が付着部103のように、微細成形型101に付着したまま残ってしまうことがある。
【0016】
その一方、図16(b)に示すように、コート材104などを塗布すると、凹凸部が微細なためにコート材104が微細成形型101の凹凸部に付着したまま残ってしまい、凹部の寸法精度を悪化させてしまう。
【0017】
そこで、本発明は上記課題を解決するためになされたもので、コート材や潤滑材を塗布することなく離型性を高めた微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
上記課題を解決するため、本発明は、基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型であって、基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が基材の表面から凹凸部の底部までの間に形成されている微細成形型を特徴とする。
【0019】
この微細成形型は、高濃度注入イオン層が基材の表面から凹凸部の底部までの間に形成されているため、凹凸部の側面または底部の離型性が高くなっている。
【0020】
また、上記微細成形型は、注入イオンが炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかにより構成されているようにすることができる。
【0021】
さらに、高濃度注入イオン層は、基材の表面から1nm〜50μmの深さに形成されているようにすることができる。
【0022】
さらにまた、凹凸部は、幅および深さが1nm〜50μmの範囲に形成されているようにすることができる。
【0023】
基材は、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、シリコンウエハー、炭化ケイ素ウエハーといった非金属性材料からなるものとすることができる。
【0024】
そして、本発明は、基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型を製造するために用いられる微細成形型用基材であって、基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が基材の表面から凹凸部が形成される予定の予定位置までの間に形成されている微細成形型用基材を提供する。
【0025】
この微細成形型用基材は、基材の表面から凹凸部が形成される予定の予定位置までの間に高濃度注入イオン層が形成されているので、表面に微細な凹凸部を形成すると、凹凸部の側面または底部に高濃度注入イオン層が配置されるようになっている。
【0026】
そして、本発明は、基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型の製造方法であって、基材の表面からイオン注入を行い、そのイオン注入により注入された注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層を基材の表面から凹凸部の底部が形成される予定の予定位置までの間に形成し、高濃度注入イオン層を形成した後、基材の表面に凹凸部を形成する微細成形型の製造方法を提供する。
【0027】
この製造方法では、基材の表面から凹凸部の底部が形成される予定の予定位置までの間に高濃度注入イオン層を形成した後、基材の表面に凹凸部を形成するため、凹凸部を形成したときに凹凸部の側面または底部に高濃度注入イオン層が配置されるようになっている。
【0028】
また、この製造方法では、注入するイオンの濃度を1×1014〜1×1019個/cm2の範囲に設定してイオン注入を行うことができる。
【発明の効果】
【0029】
以上詳述したように本発明によれば、コート材や潤滑材を塗布することなく離型性を高めた微細成形型および微細成形型用基材並びに微細成形型の製造方法を得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、同一要素には同一符号を用い、重複する説明は省略する。
【0031】
(微細成形型の構成)
図1は、本発明の実施の形態に係る微細成形型1の平面図である。微細成形型1は矩形板状の基材13の表面13aにキャビティユニット10が縦横に規則正しく複数配置されている(図1では、縦方向に4列、横方向に3行)。
【0032】
各キャビティユニット10は図2に示すように、基材13の表面13aに3行3列の格子状に形成された凹部11を有している。凹部11以外の部分は、基材13の表面13aと同じ高さの表面を備えた凸部12となっている。なお、図示の都合上、図2では、凹部11に斜線を施している(後述する図9の凹部35も同様)。
【0033】
また、キャビティユニット10は図3に示すように、基材13の表面13aから凹部11の底部11bまでの間の部分に後述する高濃度注入イオン層14が形成されている。
【0034】
凹部11は幅w、深さdで形成され、高濃度注入イオン層14が形成されていることにより、側面11aおよび底部11bの離型性が高められている。本実施の形態では、幅wおよび深さdはいずれも約1nm〜50μm程度で形成されている。凹部11は縦方向、横方向ともにほぼ同じ大きさの幅wを有している。
【0035】
高濃度注入イオン層14は炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかのイオン注入を行って形成されている。
【0036】
そして、図4には、凹部11と、基材13の表面13aから底部11bまでの間における注入イオン層の濃度(注入イオン濃度N)との関係が示されている。
【0037】
高濃度注入イオン層14は注入イオン濃度Nがそのほかの部分よりも相対的に高く形成されている。図4に示すように、注入イオン濃度Nは、ピーク濃度h1から徐々に低下していくので、本実施の形態では、注入イオン濃度Nがピーク濃度h1からある程度低下するまでの範囲(例えば、約20%程度低下するまでの範囲、図4でドットを表示した部分)を高濃度注入イオン層14としている。
【0038】
そして、高濃度注入イオン層14は基材13の表面13aから凹部11の底部11bまでの間に、すなわち、基材13の表面13aからの深さ方向に0からdまでの間に配置されている。微細成形型1の離型性は、側面11aまたは底部11bに付与することでその効果が顕著に現われると考えられるため、本実施の形態では、以上のようにして高濃度注入イオン層14が形成されている。
【0039】
また、高濃度注入イオン層14はピーク濃度h1、h2を備えた分布パターンp1,p2ように表面13aから底部11bまでの間にピーク濃度が配置されるようにして形成すればよい。しかしながら、高濃度注入イオン層14は基材13の深さ方向にある程度の幅を有するので、ピーク濃度が底部11bよりも深い部分に配置されるようにして形成することもできる。
【0040】
このような微細成形型1を用いると、成形物20を製造することができる。図5,6はこの成形物20を示している。成形物20は、図5に示すように、微細成形型1における各キャビティユニット10に応じた箇所に、成形ユニット21が配置されている。各成形ユニット21は図6に示すように、凹部11に対応した部分が突出した凸部22となり、それ以外が凹部23となっている。
【0041】
微細成形型1は以上のように高濃度注入イオン層14が形成されていることにより、側面11aおよび底部11bの離型性が高められている。これは、イオン注入が行われたことにより、注入部分の表面の硬度が向上し、かつ摩擦係数が低下したためである。また、高濃度注入イオン層14が、凹部11において、離型性の付与が期待される、すなわち、離型性付与の効果が顕著に現れる側面11aまたは底部11bの部分に形成されていることによるものである。
【0042】
そのため、成形物20は、図5,6に示したように、微細成形型1に付着することなく確実に剥離され、予定したとおりの形状に形成されている。しかも、コーティングを行っていないので、凹部11の寸法誤差は生じていない。
【0043】
(微細成形型の製造方法)
以上のような微細成形型1を製造するには、まず図7(a)に示すように、矩形板状の基材2を用意する。この基材2は、本実施の形態では、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、シリコンウエハー、炭化ケイ素ウエハーといった非金属性材料を用いている。ただし、基材2はニッケルなどの金属材料を用いることもできる(詳しくは後述する)。この基材2は、凹部11を形成する側の表面13aが平坦に形成されている。
【0044】
そして、図7(b)に示すように、基材2の表面13aから、イオンビームBを照射して、基材2へのイオン注入を行う。このとき、イオン注入は注入するイオンの濃度を1×1014〜1×1019個/cm2の範囲に設定し、かつ濃度のピークが表面13aから凹部11の底部が形成される予定の予定位置(深さdの部分で、dは数μ以下)までの範囲、または予定位置よりもやや下方に配置されるようなエネルギー(例えば35keV程度)で照射して行う。
【0045】
つまり、凹部11の側面11aや底部11bが配置される部分を狙ってイオン注入を行い、後に凹部11を形成した段階で、高濃度注入イオン層14が側面11aまたは底部11bに配置されるようにしている。なお、イオンの濃度が1×1014個/cm2よりも低くなると離型効果が弱くなって十分な効果が得られなくなり、逆にイオンの濃度が1×1019個/cm2よりも高くなると、表面13aに照射したイオンが固体となって析出してしまうため、イオンの濃度は上記の範囲に設定することが好ましい。
【0046】
これにより、図7(b)に示すように微細成形型用基材15が得られる。この微細成形型用基材15は、基材2の表面13aから凹部11の底部11bが配置される予定の予定位置(深さdの部分)までの間に上述の高濃度注入イオン層14が形成されている。また、イオン注入後も表面13aは変形せず平坦で平滑な状態が保たれている。
【0047】
そして、平坦な表面13aに対してイオン注入が行われるので、注入されるイオンが基材2内において表面13aに沿った平面方向にほぼ均一にむらなく分布する。
【0048】
高濃度注入イオン層14を形成した後、続いて、図7(c)に示すように、表面13aに対して凹部11を形成する。そうすると、凹部11の側面11aまたは底部11bに高濃度注入イオン層14が配置されるようにすることができる。こうして、微細成形型1が得られる。
【0049】
以上のような微細成形型1は、高濃度注入イオン層14が形成されることで離型性が高められているので、コート材や潤滑材を塗布することなく、成形物の転写(離型)が数十回(少なくとも20回程度)行える。
【0050】
例えば、成形物としてシリコンゴムを使用して微細成形型1に流し込み、約80℃で加熱硬化させ、その後、冷却してからシリコンゴムを微細成形型1から剥離すると、上述したとおり、想定したとおりの形状で成形物20が形成される。
【0051】
この成形物20は、光学顕微鏡や走査電子顕微鏡(SEM)で観察することにより、転写が成功していることを確認することができる。
【0052】
以上説明した微細成形型1は、キャビティユニット10が3行3列の格子状の凹部11を有していたが、本実施の形態は、図8(a)に示すように、5行5列の格子状の凹部31を備えた微細成形型30とすることもできる。この微細成形型30を用いた場合、成形物40は図8(b)に示すように、微細成形型30に対応した格子状に形成される。
【0053】
また、微細成形型1は、縦横の幅がほぼ同じ寸法の凹部11が形成されていたが、図9に示すように、縦横の幅の異なる凹部35が形成されていてもよい。
【0054】
一方、微細成形型1について、成形物20を剥離するときの強度(引っ張り強度)と注入したイオンの濃度との関係を調べると図10に示すようになる。図10から、注入するイオンの濃度を高めるに伴い、引っ張り強度が低下することが理解される。すなわち、注入イオン濃度を1×1015個/cm2程度よりも高めると、引っ張り強度がイオン注入なしの場合の半分以下に低下し、その分、離型が容易になっていることが理解される。
【0055】
さらに、イオン注入による摩擦係数の低下は次の要領で確認することができる。図11(b)に示すように、微細成形型用基材15と同様のイオン注入を行った板材50を用意し、板材50の表面に沿って非イオン注入部51からイオン注入部52に向かう方向(図11(b)に示す矢印m方向)に沿って所定の器具を接触させて引っかき試験を行い、摩擦係数を測定する。
【0056】
ここで、非イオン注入部51はイオン注入が行われていない部分、イオン注入部52はイオン注入が行われている部分である。板材50は縦横の寸法が5mmのものを用いることができる。
【0057】
そして、器具を移動させたときの移動距離と、摩擦係数との関係が図11(a)に示されている。図11(a)に示すように、器具の移動開始直後、移動距離がt1にいたった時点で静止摩擦から動摩擦に変化するため、摩擦係数が急上昇している。
【0058】
また、その後、摩擦係数は徐々に低下するも、非イオン注入部51とイオン注入部52との境界53(移動距離t2)に到達した時点で摩擦係数が上昇した後、摩擦係数は徐々に低下している。移動距離0からt2までの間の部分が非イオン注入部51の摩擦係数(約0.19)、移動距離t2以降の部分がイオン注入部52の摩擦係数(約0.12)である。これから明らかなとおり、イオン注入を行ったことにより、摩擦係数が低下していることが理解される。
【0059】
そして、ホウケイ酸ガラスからなる基材2の表面13aにフッ素イオンを前述した要領で注入することによって板材60を製造し、その板材60について、板材50と同様の手順で摩擦係数を測定したところ、図12(a)のようになった。ここで、図12(a)は板材60についての移動距離と摩擦係数との関係を示す図、図12(b)は板材60を示す平面図である。板材60は板材50と同様の縦横の寸法が5mmのものを用いている。
【0060】
この板材60では、その表面に沿って非イオン注入部61からイオン注入部62に向かう方向(図12(b)に示す矢印m方向)に沿って所定の器具を接触させて引っかき試験を行い、摩擦係数を測定している。その引っかき試験では、板材60上の位置p1を出発して位置p2を通り、位置p3まで所定の器具を直線状に移動させている。その位置p1、p2、p3における摩擦係数は、図12(a)のそれぞれs1、s2、s3で示す部分に対応している。所定の器具が位置p1を出発したとき、摩擦係数は図12(a)のs1である。その後、摩擦係数はやや上昇するも、位置p2に至ったときの摩擦係数はs2になる。s1からs2までの間の摩擦係数は約0.16である。さらに、位置p2を過ぎると、所定の器具がイオン注入部62上を移動するため、摩擦係数は徐々に低下し、位置p3に至った時点で摩擦係数はs3になる。s2からs3までの間の摩擦係数は約0.11である。このように、この板材60についても、イオン注入を行ったことにより、摩擦係数が低下していることが理解される。そのため、板材60によって、離型性の高い微細成形型を得ることができる。
【0061】
前述した板材50についても図12と同様にして板材50上における所定の器具の位置と、摩擦係数との関係を図示すると、図13のようになる。図13(a)は板材50についての移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は板材50を示す平面図である。所定の器具が位置p1を出発したとき摩擦係数は図13(a)のs1である。また、所定の器具が位置p2に至ったとき摩擦係数はs2になる。s1からs2までの間の摩擦係数は約0.19である。さらに、位置p2を過ぎると、所定の器具がイオン注入部52上を移動するため、摩擦係数は徐々に低下し、位置p3に至った時点で摩擦係数はs3になる。s2からs3までの間の摩擦係数は約0.12である。これから明らかなとおり、イオン注入を行ったことにより、摩擦係数が低下していることが理解される。
【0062】
次に、基材2の材料として金属材料を用いた場合について説明する。ここで、図14(a)は、ニッケル(Ni)からなる基材2の表面に炭素イオンを前述した要領で注入することによって製造した板材70について、移動距離と摩擦係数との関係を示す図、図14(b)は板材70を示す平面図である。板材70は板材50と同様の縦横の寸法が5mmのものを用いている。図14(a)は、板材70について、板材60と同様に、その表面に沿って非イオン注入部71からイオン注入部72に向かう方向(図14(b)に示す矢印m方向)に沿って所定の器具を接触させて引っかき試験を行い摩擦係数を測定した結果を示している。
【0063】
図14(a)に示すように、所定の器具が位置p1を出発したときの摩擦係数は図14(a)のs1である。その後、摩擦係数は上昇するも、位置p2に至ったときの摩擦係数はs2になる。s1からs2までの間の摩擦係数は約0.21である。さらに、位置p2を過ぎると、所定の器具がイオン注入部72上を移動するため、摩擦係数はそれまでよりも低下し、位置p3に至った時点で摩擦係数はs3になる。s2からs3までの間の摩擦係数は約0.14である。金属材料からなる板材70についても、イオン注入を行ったことにより摩擦係数が低下していることが理解される。
【0064】
そして、このような板材70を用いて前述した要領で微細成形型を製造し、さらにその微細成形型を用いて転写物を製造したところ、図15のようになった。図15(a)は板材70を用いて製造した微細成形型の走査電子顕微鏡(SEM)の画像、図15(b)はその微細成形型を用いて製造した樹脂製転写物の走査電子顕微鏡(SEM)の画像である。図15(a)に示す微細成形型は縦横に交差する溝が500nmピッチで形成されていて、全体の大きさは縦横500μm程度である。図15(b)に示すように、板材70から得られる微細成形型を用いることによって、樹脂製転写物の型抜きが綺麗に行われていることが理解される。
【0065】
なお、以上の説明では、板状の基材2を用いた微細成形型1を例にとって説明しているが、基材2の厚さが図7のよりも厚く形成され、直方体状となった基材を用いてもよい。微細成形型は凹部または凸部のいずれか少なくとも一方が形成されていればよい。
【0066】
以上のような微細成形型1は、携帯電話機に内蔵されるスピーカの部品の成形や非球面レンズ(フレネルレンズ)の成形に用いることができる。
【0067】
以上の説明は、本発明の実施の形態についての説明であって、この発明を限定するものではなく、様々な変形例を容易に実施することができる。又、各実施形態における構成要素、機能、特徴あるいは方法ステップを適宜組み合わせて構成される装置又は方法も本発明に含まれるものである。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明の実施の形態に係る微細成形型の一例を示す平面図である。
【図2】微細成形型における凹部が形成された部分を示す平面図である。
【図3】図2のIII−III線断面図である。
【図4】凹部と高濃度注入イオン層との位置関係を模式的に示した図である。
【図5】図1に示した微細成形型を用いた成形物の一例を示す平面図である。
【図6】図5の要部を示す平面図である。
【図7】微細成形型の製造工程を模式的に示す図で、(a)はイオン注入前、(b)はイオン注入後凹部形成前、(c)は凹部形成後の各工程を示す図である。
【図8】別の微細成形型および成形物を示す図で、(a)は微細成形型、(b)は成形物である。
【図9】さらに別の微細成形型を示す図である。
【図10】微細成形型から成形物を剥離するときの強度と、注入したイオンの濃度との関係を示す図である。
【図11】イオン注入による摩擦係数低下を調べるための試験結果および板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は板材を示す平面図である。
【図12】イオン注入による摩擦係数低下を調べるための試験結果および別の板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は別の板材を示す平面図である。
【図13】図11に示した板材についての摩擦係数低下を調べるための試験結果および板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)は図11と同様の板材を示す平面図である。
【図14】イオン注入による摩擦係数低下を調べるための試験結果およびさらに別の板材を示す図で、(a)は移動距離と摩擦係数との関係を示す図、(b)はさらに別の板材を示す平面図である。
【図15】(a)は図14に示した板材を用いて製造した微細成形型の走査電子顕微鏡(SEM)の画像であり、(b)は(a)の微細成形型を用いて製造した樹脂製転写物の走査電子顕微鏡(SEM)の画像である。
【図16】従来技術を示す図で、(a)は微細成形型およびそれから剥離した成形物を示す図、(b)はコート材を塗布した微細成形型を示す図である。
【符号の説明】
【0069】
1、30…微細成形型、11…凹部、13…基材、14…高濃度注入イオン層、15…微細成形型用基材。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型であって、
前記基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が前記基材の表面から前記凹凸部の底部までの間に形成されていることを特徴とする微細成形型。
【請求項2】
前記注入イオンが炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかにより構成されていることを特徴とする請求項1記載の微細成形型。
【請求項3】
前記高濃度注入イオン層は、前記基材の表面から1nm〜50μmの深さに形成されていることを特徴とする請求項1または2記載の微細成形型。
【請求項4】
前記凹凸部は、幅および深さが1nm〜50μmの範囲に形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の微細成形型。
【請求項5】
前記基材は、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、シリコンウエハー、炭化ケイ素ウエハーといった非金属性材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の微細成形型。
【請求項6】
基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型を製造するために用いられる微細成形型用基材であって、
前記基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が前記基材の表面から前記凹凸部が形成される予定の予定位置までの間に形成されていることを特徴とする微細成形型用基材。
【請求項7】
基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型の製造方法であって、
前記基材の表面からイオン注入を行い、そのイオン注入により注入された注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層を前記基材の表面から前記凹凸部の底部が形成される予定の予定位置までの間に形成し、
前記高濃度注入イオン層を形成した後、前記基材の表面に前記凹凸部を形成することを特徴とする微細成形型の製造方法。
【請求項8】
注入するイオンの濃度を1×1014〜1×1019個/cm2の範囲に設定して前記イオン注入を行うことを特徴とする請求項7記載の微細成形型の製造方法。
【請求項1】
基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型であって、
前記基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が前記基材の表面から前記凹凸部の底部までの間に形成されていることを特徴とする微細成形型。
【請求項2】
前記注入イオンが炭素イオン、フッ素イオンまたは塩素イオンのいずれかにより構成されていることを特徴とする請求項1記載の微細成形型。
【請求項3】
前記高濃度注入イオン層は、前記基材の表面から1nm〜50μmの深さに形成されていることを特徴とする請求項1または2記載の微細成形型。
【請求項4】
前記凹凸部は、幅および深さが1nm〜50μmの範囲に形成されていることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項記載の微細成形型。
【請求項5】
前記基材は、ホウケイ酸ガラス、石英ガラス、シリコンウエハー、炭化ケイ素ウエハーといった非金属性材料からなることを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項記載の微細成形型。
【請求項6】
基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型を製造するために用いられる微細成形型用基材であって、
前記基材の表面から注入した注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層が前記基材の表面から前記凹凸部が形成される予定の予定位置までの間に形成されていることを特徴とする微細成形型用基材。
【請求項7】
基材の表面に微細な凹凸部が形成された微細成形型の製造方法であって、
前記基材の表面からイオン注入を行い、そのイオン注入により注入された注入イオンの濃度が他の部分よりも高い高濃度注入イオン層を前記基材の表面から前記凹凸部の底部が形成される予定の予定位置までの間に形成し、
前記高濃度注入イオン層を形成した後、前記基材の表面に前記凹凸部を形成することを特徴とする微細成形型の製造方法。
【請求項8】
注入するイオンの濃度を1×1014〜1×1019個/cm2の範囲に設定して前記イオン注入を行うことを特徴とする請求項7記載の微細成形型の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図16】
【図15】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図16】
【図15】
【公開番号】特開2009−96191(P2009−96191A)
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−246074(P2008−246074)
【出願日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成21年5月7日(2009.5.7)
【国際特許分類】
【出願日】平成20年9月25日(2008.9.25)
【出願人】(506209422)地方独立行政法人 東京都立産業技術研究センター (134)
【Fターム(参考)】
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