説明

微細繊維状セルロースの製造方法

【課題】短繊維化した化学パルプに酵素を処理し機械的に解繊することによって、直径が1nm〜1000nmの微細繊維状セルロースを容易に得ることができる微細繊維状セルロースの製造方法を提供する。
【解決手段】化学パルプを機械的処理することで短繊維化し、短繊維化した化学パルプをセルラーゼ系酵素による処理を行った後に、高速回転式解繊機または高圧ホモジナイザーで微細化処理を行うことを特徴とする微細繊維状セルロースの製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、短繊維化した化学パルプを酵素処理し、機械的に解繊することによって、繊維幅が1nm〜1000nmの微細繊維状セルロースを容易に得ることができる微細繊維状セルロースの製造方法を提供することを目的とする。
【背景技術】
【0002】
近年、物質をナノメートルサイズの大きさにすることによりバルクや分子レベルとは異なる物性を得ることを目的としたナノテクノロジーが注目されている。一方で、石油資源の代替および環境意識の高まりから再生産可能な天然繊維の応用にも注目が集まっている。
天然繊維の中でもセルロース繊維、とりわけ木材由来のセルロース繊維(パルプ)は主に紙製品として幅広く使用されている。紙に使用されるセルロース繊維の幅は10〜50μmのものがほとんどである。このようなセルロース繊維から得られる紙(シート)は不透明であり、不透明であるが故に印刷用紙として幅広く利用されている。一方、セルロース繊維をレファイナーやニーダー、サンドグラインダーなどで処理(叩解、粉砕)し、セルロース繊維を微細化(ミクロフィブリル化)すると透明紙(グラシン紙等)が得られる。しかし、この透明紙の透明性は半透明レベルであり、光の透過性は高分子フィルムに比べると低く、曇り度合い(ヘーズ値)も大きい。
【0003】
また、セルロース繊維は弾性率が高く、熱膨張率の低いセルロース結晶の集合体であり、セルロース繊維を高分子とコンポジット化することによって耐熱寸法安定性が向上するため、積層板などに利用されている。ただし、通常のセルロース繊維は結晶の集合体であり、筒状の空隙を有する繊維であるため寸法安定性には限界がある。
セルロース繊維を機械的に粉砕し、その繊維幅を50nm以下とした微細繊維状セルロースの水分散液は透明である。他方、微細繊維状セルロースシートは空隙を含むため白く乱反射し、不透明性が高くなるが、微細繊維状セルロースシートに樹脂を含浸すると該空隙が埋まるため、透明なシートが得られる。さらに、微細繊維状セルロースシートの繊維はセルロース結晶の集合体で、非常に剛直であり、また、繊維幅が小さいため、通常のセルロースシート(紙)に比べると同質量において繊維の本数が飛躍的に多くなる。そのため、高分子とコンポジット化すると高分子中で細い繊維がより均一かつ緻密に分散し、耐熱寸法安定性が飛躍的に向上する。また、繊維が細いため透明性が高い。このような特性を有する微細繊維状セルロースのコンポジットは、有機ELや液晶ディスプレイ用のフレキシブル透明基板(曲げたり折ったりすることのできる透明基板)として非常に大きな期待が寄せられている。
【0004】
微細繊維状セルロースに関する微細化技術については数多く開示されているが、パルプを機械的解繊によって容易に1〜1000nmの繊維幅の微細繊維状セルロースを得ることができるパルプに関する技術についてはあまり開示されていないのが現状である。
【0005】
非特許文献1に、海藻の一種であるシオグサを0.1Nの水酸化ナトリウム水溶液で100℃2時間処理し、0.05N塩酸で一晩室温処理して得られたセルロースミクロフィブリルをTrichodermaのセルラーゼ系酵素を用いて2日間48℃で浸透させ、幅350nmの短繊維化した高結晶性繊維を得ている。しかし、この短繊維は幅が350nmと大きく、繊維長も短いため、寸法安定性が低いという問題がある。また、同じく非特許文献1には、2.5N塩酸で精製した微結晶セルロースにTrichoderma EG IIを作用させて攪拌しならが40℃3日間処理すると、フィブリル化した微結晶繊維が得られ、フィブリル化した繊維の幅は11nm、長さは2300nmであった。しかし、このフィブリル化した繊維は凝集しており、一本一本バラバラになっていない。したがって、該微細繊維状セルロースをシート化することは困難であり、工業的に利用が難しい。また、これらの技術は、海藻やホヤなど、もともと微細化しやすい繊維を機械的処理で微細化してナノファイバーの繊維を製造してから、さらに酵素処理で細くするという技術であり、ミクロフィブリルセルロース(微細繊維状セルロース)の集合体であるパルプ繊維を機械的処理で一気にミクロフィブリル化してナノファイバーを製造する本発明とは本質的に異なる技術である。
【0006】
非特許文献2には、晒クラフトパルプ(BKP)を高剪断レファイナーで解繊し、真菌(立枯病菌)を室温で数日間処理し、凍結粉砕するとミクロフィブリルが得られる技術が開示されている。しかし、この方法では微細化に限界があるうえに、凍結粉砕という工業的に大量に処理するには難しいプロセスが必要である。
【0007】
特許文献1に、セルラーゼやキシラナーゼなどの酵素や薬品処理で前処理した繊維状セルロースを振動ミルで湿式粉砕し、水保持力210%以上の微細繊維状セルロースを得る技術が開示されている。しかし、この方法では微細化が十分に進まないという問題がある。
特許文献2に、セルロース繊維を水中に分散させた後、レファイナーや石臼式粉砕機で予備解繊し、温度105〜160℃で蒸煮処理した後に、高圧ホモジナイザーや二軸混練機などでミクロフィブリル化するナノファイバーの製造において、予備解繊の後、あるいは蒸煮処理の後に、セルラーゼやキシラナーゼ、ヘミセルラーゼなどの酵素で処理することでナノファイバーを効率よく製造する技術が開示されている。この方法ではナノファイバーは得られるもののナノファイバーの生産効率(ミクロフィブリル化の収率)が低いという問題がある。
【0008】
特許文献3に、ミクロフィブリルセルロースの凝集体あるいはミクロフィブリルセルロースそのものに、攪拌などの処理によって部分的に物理的な緩みを生じさせ、酵素のセルロースへの浸透性を向上させると同時に緩みを生じた非晶部分にエンドグルカナーゼを作用させることによって、ミクロフィブリルセルロースをさらにフィブリル化して、より細いセルロースナノファイバーを得る技術が開示されている。この技術は、セルロース繊維を機械的処理で微細化してナノファイバーの繊維を製造してから、さらに酵素処理で細くするという技術であり、ミクロフィブリルセルロース(微細繊維状セルロース)の集合体であるパルプ繊維を機械的処理で一気にミクロフィブリル化してナノファイバーを製造する本発明とは本質的に異なる技術である。
【0009】
特許文献4に、セルロース系の繊維原料を湿式で離解する工程、離解された繊維原料を粗繊維化する予備解繊工程、予備解繊された繊維原料に超音波を印加して微細繊維化する超音波処理工程の順番で微細化する製造方法で、超音波処理工程が終了するまでのいずれかの時点で繊維原料に酵素を作用させる技術が開示されている。しかし、酵素処理の効果が顕著ではなく、微細化の効率も低い。
【0010】
特許文献5に、ヘミセルロースを含むパルプを酵素で処理し、得られたパルプを均一化してミクロフィブリル化する技術が開示されているが、解繊効率が低いという問題がある。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】林徳子、渋谷源「セルロースの酵素による微細化法」Cellulose communications Vol.16(2),P73〜78(2009)
【非特許文献2】Janardhnan and Sain,“Cellulose Microfibril Isolation”,BioResources Vol.1(2),P176〜188(2006)
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平6−10288号公報
【特許文献2】特開2008−75214号公報
【特許文献3】特開2008−150719号公報
【特許文献4】特開2008−169497号公報
【特許文献5】特表2009−526140号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明は、短繊維化した化学パルプを酵素処理後に機械的に解繊することによって、繊維幅が1nm〜1000nmの微細繊維状セルロースを容易に得ることができる微細繊維状セルロースの製造方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、化学パルプを機械的処理することで短繊維化し、その後、セルラーゼ系酵素処理を行った後に、高速回転式解繊処理あるいは高圧ホモジナイザー処理、超音波処理などの微細化処理を行うことで、繊維幅が1nm〜1000nmの微細繊維状セルロースを容易に得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0015】
本発明は、以下の各発明を包含する。
(1)化学パルプを機械的処理することで短繊維化し、短繊維化した化学パルプをセルラーゼ系酵素による処理を行った後に、高速回転式解繊機または高圧ホモジナイザーで微細化処理を行う微細繊維状セルロースの製造方法である。
【0016】
(2)前記機械的処理がレファイナー処理、石臼粉砕処理、高圧ホモジナイザー処理から選択される少なくとも1種である(1)に記載の微細繊維状セルロースの製造方法である。
【0017】
(3)前記機械的処理することで短繊維化した化学パルプのJAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法 No.52:2000に準じて測定した長さ加重平均繊維長が0.4mm以下である(1)または(2)に記載の微細繊維状セルロースの製造方法である。
【0018】
(4)セルラーゼ系酵素の添加率が化学パルプ固形分に対して0.1質量%〜3質量%であり、酵素による処理時間が30分〜24時間である(1)〜(3)のいずれか1項に記載の微細繊維状セルロースの製造方法である。
【発明の効果】
【0019】
本発明者らは、微細繊維状セルロースの収率を向上させる方法を種々検討した。最初にクラフトパルプ(NBKP、LBKP)やサルファイトパルプ(SP)などの化学パルプを高速回転式解繊機や高圧ホモジナイザー式解繊機、超音波式解繊機などで微細繊維化を試みたが、得られた微細繊維の収率が非常に低く、極めて長い処理時間をかけても収率が依然として低いという結果となった。次に、化学パルプにセルラーゼ系酵素で処理を行ったところ、微細繊維の収率は上記処理と同様に依然として低いという結果であった。
【0020】
さらに本発明者らは鋭意検討を行い、化学パルプを機械的処理によって短繊維化し、該短繊維化した化学パルプに対してセルラーゼ系酵素で処理を行った後に、高速回転式解繊機や高圧ホモジナイザー式解繊機などで微細繊維化を行ったところ、驚くべきことに、非常に高い収率で効率よく微細繊維状セルロースが得られることを見出し、本発明を完成させるに至った。
この検討の中で、特許文献4(特開2008−169497号公報)に記載されているように、湿式で解繊した後にセルラーゼ系酵素を作用させて解繊処理を行っても、化学パルプが短繊維化しないかぎり高い収率で微細繊維状セルロースを得られないことが判明した。
【0021】
微細繊維化の効率が飛躍的に向上したメカニズムについてはまだ完全には解明されてはいないが、本発明者らは次のように考えている。化学パルプを短繊維化することで、酵素が化学パルプに吸着しやすくなる。一方、化学パルプ繊維の結晶部分は非常に強固なため、機械的解繊処理により構造が破壊されるのは化学パルプ繊維の非晶部分であると考えられる。そうすると化学パルプ繊維が切断された部分というのは非晶部分が非常に多いと推定される。このように切断された化学パルプの繊維にセルラーゼ系酵素を作用させると、切断された部分を中心に酵素が反応し、セルロースが分解される。非晶部分が分解された化学パルプを高速回転式解繊機や高圧ホモジナイザーで処理をすると、分解されたところをきっかけとして微細化され、容易にナノオーダーの繊維幅を有する微細繊維状セルロースが得ることができると考える。特に長さ加重平均繊維長が0.4mm以下となるように処理すると、酵素処理による易解繊化の効果が格段に向上することを見出した。長さ加重平均繊維長が0.4mm以下になると好ましいという理由ははっきりしないが、長さ加重平均繊維長が0.4mm以下の繊維には酵素が非常に結合し易いのではないかと推測される。
【0022】
本発明で化学パルプを短繊維化する装置としては特に限定はないが、リファイナー(熊谷理機工業社製、商品名:「KRK高濃度ディスクレファイナー」)、石臼型粉砕機(増幸産業社製、商品名:「スーパーマスコロイダー」)、高圧ホモジナイザー(スギノマシン社製、商品名:「スターバースト」)などが好適に使用できる。長さ加重平均繊維長としては0.4mm以下が好ましく、0.35mm以下がさらに好ましく、0.3mm以下が特に好ましい。長さ加重平均繊維長が0.4mmを超えると解繊効率が大幅に低下するため好ましくない。ここで、長さ加重平均繊維長はJAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法 No.52:2000に準じてカヤーニオートメーション社製のカヤーニ繊維長測定器(FS−200型)によって測定したものである。
長さ加重平均繊維長が短くなりすぎると微細繊維状セルロースのシートの強度が低下したり、酵素による分解が進み糖化してしまうため、ある程度の長さが必要となる。長さ加重平均繊維長は30μm以上が好ましく、より好ましくは50μm以上であり、特に好ましいのは75μm以上である。長さが100μm未満になると上記のカヤーニ繊維長測定器では測定できなくなるため、光学顕微鏡あるいは電子顕微鏡の画像から長さ加重平均繊維長を求める。
【0023】
本発明で使用できるセルラーゼ系酵素は、セルロースのβ−1,4−グルコシド結合を加水分解によって開裂し、解重合を引き起こす酵素である。β−1,4−グルコシド結合では2つのグルコース残基のC−1位と隣のC−4位をつなぐO原子との間で分極化しているため、プロトンがO原子へ求電子攻撃し、加水分解を起こす。セルロースを分解する微生物は、菌体外に加水分解酵素を分泌して加水分解反応を行う。微生物が産生するセルラーゼは単一ではなく、数種類のセルラーゼを産生する。セルラーゼを産生する微生物は、好気性細菌、嫌気性細菌、また、動物や昆虫の消化器官に存在するルーメン細菌、さらに、放線菌、酵母、糸状菌(子嚢菌や担子菌など)などが挙げられ、それぞれ多様なセルラーゼを産生する。シロアリや腸内原生動物もセルラーゼを産生する。
【0024】
セルラーゼ系酵素としては、トリコデルマ(Trichoderma、糸状菌)属、アクレモニウム(Acremonium、糸状菌)属、アスペルギルス(Aspergillus、糸状菌)属、ファネロケエテ(Phanerochaete、担子菌)属、トラメテス(Trametes、担子菌)属、フーミコラ(Humicola、糸状菌)属、バチルス(Bacillus、細菌)属、スエヒロタケ(Schizophyllum、担子菌)属、ストレプトミセス(Streptomyces、細菌)属、シュードモナス(Pseudomonas、細菌)属などが産生するセルラーゼ系酵素が挙げられる。このようなセルラーゼ系酵素は試薬や市販品として購入可能である。例えば、セルロイシンT2(エイチピィアイ社製)、メイセラーゼ(明治製菓社製)、ノボザイム188(ノボザイム社製)、マルティフェクトCX10L(ジェネンコア社製)、セルラーゼ系酵素GC220(ジェネンコア社製)等が挙げられる。これらのセルラーゼ系酵素の中でも糸状菌セルラーゼ系酵素が好ましく、糸状菌セルラーゼ系酵素の中でもトリコデルマ菌(Trichoderma reesei、あるいはHyporea jerorina、糸状菌の一種である子嚢菌)が産生するセルラーゼ系酵素はセルラーゼ系酵素の種類が豊富で、産生性も高いため特に好ましい。
【0025】
セルラーゼ系酵素は加水分解反応機能を有する触媒ドメインの高次構造に基づく糖質加水分解酵素ファミリー(Glycoside Hydorolase Families:GHファミリー)に分類される。一方、セルラーゼ系酵素はセルロース分解特性によってエンド型グルカナーゼ(endo−glucanase:EG)とセロビオヒドラーゼ(cellobiohydrolase:CBH)に分類される。EGはセルロースの非晶部分や可溶性セロオリゴ糖、カルボキシメチルセルロースのようなセルロース誘導体に対する加水分解性が高く、それらの分子鎖を内側からランダムに切断し、重合度を低下させる。しかし、EGは結晶性を有するセルロースミクロフィブリルへの反応性は低い。これに対して、CBHは結晶性セルロースを分解し、セロビオースを与える。また、CBHはセルロース分子の末端から加水分解し、エキソ型あるいはプロセッシブ酵素とも呼ばれる(前記EGは非プロセッシブ酵素とも呼ばれる)。
【0026】
本発明においてはセルラーゼ系酵素としてEGおよびCBHのいずれも使用できる。それぞれを単体で用いても良いし、EGとCBHを混合して使用してもかまわない。また、ヘミセルラーゼ系酵素と混合して用いてもかまわない。
【0027】
本発明において使用できるヘミセルラーゼ系酵素とは、ヘミセルロースを加水分解する酵素である。ヘミセルラーゼ系酵素の中でもキシランを分解する酵素であるキシラナーゼ(xylanase)、マンナンを分解する酵素であるマンナーゼ(mannase)、アラバンを分解する酵素であるアラバナーゼ(arabanase)が挙げられる。また、ペクチンを分解する酵素であるペクチナーゼもヘミセルラーゼ系酵素として使用することができる。ヘミセルラーゼ系酵素を産生する微生物はセルラーゼ系酵素も産生する場合が多い。
【0028】
ヘミセルロースは植物細胞壁のセルロースミクロフィブリル間にあるペクチン類を除いた多糖類である。ヘミセルロースは多種多様で植物の種類や細胞壁の壁層間でも異なる。木材においては針葉樹の2次壁ではグルコマンナンが主成分であり、広葉樹2次壁では4−O−メチルグルクロノキシランが主成分である。そのため、NBKPから微細繊維状セルロースを得るためにはマンナーゼを使用するほうが好ましく、LBKPの場合はキシラナーゼを使用するほうが好ましい。
【0029】
セルラーゼ系酵素の化学パルプに対する添加量は0.1質量%〜3質量%が好ましく、0.3質量%〜2.5質量%がより好ましく、0.5質量%〜2質量%が特に好ましい。添加量が0.1質量%未満であると酵素による解繊収率が低下するおそれがある。3質量%を超えて添加するとセルロースが糖化されて、微細繊維状セルロースの収率が低下するおそれがある。
【0030】
セルラーゼ系酵素処理時の化学パルプスラリーのpHは弱酸性領域であるpH3.0〜6.9が好ましいが、セルラーゼ系酵素の種類により適宜最適なpH領域を選択する。また、ヘミセルラーゼ系酵素処理時の化学パルプスラリーのpHは弱アルカリ性領域であるpH7.1〜10.0が好ましいが、ヘミセルラーゼ系酵素の種類により適宜最適なpH領域を選択する。セルラーゼ系酵素あるいはヘミセルラーゼ系酵素の処理時の化学パルプのスラリー温度は30℃〜70℃が好ましく、35℃〜65℃がさらに好ましく、40℃〜60℃が特に好ましい。温度が30℃未満であると酵素活性が低下して処理時間が長くなるので好ましくない。温度が70℃を超えると酵素が失活するので好ましくない。処理時間は酵素の種類や温度、pHで調整するが、30分〜24時間処理が好ましい。処理時間が30分未満であると酵素処理の効果がほとんどないおそれがある。24時間を超えると酵素によりセルロース繊維の分解が進みすぎて、加重平均繊維長が短くなりすぎるおそれがある。
酵素を処理した後には酵素を失活させたほうが好ましい。酵素を失活させないと、酵素反応が進み繊維の糖化が進んで収率が低下したり、繊維長が短くなりすぎたりして好ましくない。酵素を失活させる方法としてはpH10以上、好ましくはpH11以上のアルカリ水溶液で失活させたり、80℃〜100℃の熱水で失活させたりする。
【0031】
本発明で使用できる化学パルプは針葉樹未晒クラフトパルプ(NUKP)、針葉樹晒クラフトパルプ(NBKP)、広葉樹未晒クラフトパルプ(LUKP)、広葉樹晒クラフトパルプ(LBKP)、亜硫酸パルプ(SP)、ソーダパルプ(AP)、酸性亜硫酸塩法パルプ(ASSCP)、中性亜硫酸塩法パルプ(NSSCP)などが挙げられるが、解繊のし易さや繊維の強度が高いという点でNBKPやLBKPが好ましい。
【0032】
セルラーゼ系酵素で処理した化学パルプを解繊する方法としては、高圧ホモジナイザー(スギノマシン社製、商品名:「スターバースト」)や高速回転型解繊機(エム・テクニック社製、商品名:「クレアミックス」)が好ましい。このような装置で酵素処理した化学パルプを解繊すると、効率良く微細繊維状セルロースを得ることができる。
本発明により得られる微細繊維状セルロースは、通常製紙用途で用いるパルプ繊維よりもはるかに細いセルロース繊維あるいは棒状粒子である。微細繊維状セルロースは結晶部分を含むセルロース分子の集合体であり、その結晶構造はI型(平行鎖)である。微細繊維状セルロースの幅は電子顕微鏡で観察して1nm〜1000nmが好ましく、より好ましくは2nm〜500nm、さらに好ましくは4nm〜100nmである。繊維の幅が1nm未満であると、セルロース分子として水に溶解しているため、微細繊維としての物性(強度や剛性、寸法安定性)が発現しなくなる。1000nmを超えると微細繊維とは言えず、通常のパルプに含まれる繊維にすぎないため、微細繊維としての物性(強度や剛性、寸法安定性)が得られない。微細繊維状セルロースに透明性が求められる用途であると、微細繊維の幅は、50nm以下が好ましい。これらの微細繊維状セルロースから得られる複合材料は密度が高く、緻密な構造体となるために強度が高く、セルロース結晶に由来した高い弾性率が得られることに加え、可視光の散乱が少ないため高い透明性も得られる。
【0033】
ここで、微細繊維状セルロースがI型結晶構造をとっていることは、グラファイトで単色化したCuKα(λ=1.5418Å)を用いた広角X線回折写真より得られる回折プロファイルにおいて、2θ=14〜17°付近と2θ=22〜23°付近の2箇所の位置に典型的なピークをもつことから同定することができる。また、微細繊維状セルロースの電子顕微鏡観察による繊維幅の測定は以下のようにして行う。濃度0.05〜0.1質量%の微細繊維状セルロースの水系懸濁液を調製し、該懸濁液を親水化処理したカーボン膜被覆グリッド上にキャストしてTEM観察用試料とする。幅の広い繊維を含む場合には、ガラス上にキャストした表面のSEM像を観察してもよい。構成する繊維の幅に応じて5000倍、10000倍あるいは50000倍のいずれかの倍率で電子顕微鏡画像による観察を行う。この際、得られた画像内に縦横任意の画像幅の軸を想定した場合に少なくとも軸に対し、20本以上の繊維が軸と交差するような試料および観察条件(倍率等)とする。この条件を満足する観察画像に対し、1枚の画像当たり縦横2本ずつの無作為な軸を引き、軸に交錯する繊維の繊維幅を目視で読み取っていく。こうして最低3枚の重なっていない表面部分の画像を電子顕微鏡で観察し、各々2つの軸の交錯する繊維の繊維幅の値を読み取る(最低20本×2×3=120本の繊維幅)。
本発明による微細繊維の繊維長は1μm〜1000μmが好ましく、5μm〜800μmがさらに好ましく、10μm〜600μmが特に好ましい。繊維長が1μm未満になると、微細繊維シートを形成し難くなる。1000μmを超えると微細繊維のスラリー粘度が非常に高くなり、扱いづらくなる。
繊維長は、TEMやSEM、AFMの画像解析より求めることができる。本発明で言う繊維長は、繊維の30%以上を占める繊維長である。
本発明による微細繊維の軸比は100〜10000の範囲であることが好ましい。軸比が100未満であると微細繊維シートを形成し難くなるおそれがある。また、幅が太くなり、微細繊維の特徴が発現しなくなるおそれがある。軸比が10000を超えるとスラリー粘度が高くなり、好ましくない。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を更に詳しく説明するために実施例を挙げるが、いうまでもなく本発明はこれらに限定されるものではない。また、例中の部および%は特に断らない限り、それぞれ質量部および質量%を示す。
【0035】
<実施例1>
化学パルプとしてLBKP(王子特殊紙社江別工場製、アカシヤが主成分、長さ加重平均繊維長0.74mm)を用い、LBKPの0.5質量%水分散液について石臼型粉砕機(増幸産業社製、商品名:「スーパーマスコロイダー」)を用いて1パス処理(E2タイプの砥石、クリアランス20μm)を行い、長さ加重平均繊維長が0.38mmのLBKPを得た。得られたLBKPの0.5質量%水分散液にセルラーゼ系酵素「GC220」(ジェネンコア社製)をLBKPの固形分に対して1質量%添加して50℃で6時間処理し、酵素処理を施したLBKPを得た。得られた酵素処理を施したLBKPについて酵素を失活させた後、高速回転型解繊機クレアミックス2.2S(エム・テクニック社製、ローターR4、スクリーンS4、回転数21,500rpm)で30分間処理し、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、この上澄み液濃度を測定した。得られた微細繊維状セルロース懸濁液について遠心分離機(コクサン社製「H−200NR」)を用いて約12,000Gで10分間処理し、上澄み液濃度を測定し、以下のような計算から収率を求めた。
収率(%)=(遠心分離後の上澄み液の濃度)÷(微細化処理後のスラリー濃度)×100
遠心分離して得た上澄み液中の微細繊維を電子顕微鏡で観察し、繊維幅を測定した。さらに遠心分離して得られた上澄み液を孔径0.45μmのメンブレンフィルター上で吸引ろ過し、シート化した。
【0036】
<実施例2>
化学パルプとしてLBKP(王子特殊紙社江別工場製、アカシヤが主成分、長さ加重平均繊維長0.74mm)を用い、LBKPの0.5質量%水分散液について石臼型粉砕機(増幸産業社製、商品名:「スーパーマスコロイダー」)を用いて2パス処理(NK−Eタイプの砥石、クリアランス20μm)を行い、長さ加重平均繊維長が0.28mmのLBKPを得た。得られたLBKPを実施例1と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0037】
<実施例3>
化学パルプとしてLBKP(王子特殊紙社江別工場製、アカシヤが主成分、長さ加重平均繊維長0.74mm)を用い、LBKPの0.5質量%水分散液について石臼型粉砕機(増幸産業社製、商品名:「スーパーマスコロイダー」)を用いて2パス処理(NK−Eタイプの砥石、クリアランス20μm)を行い、さらにMKG−Aタイプの砥石を用いて2パス処理(クリアランス20μm)を行い、長さ加重平均繊維長が0.18mmのLBKPを得た。得られたLBKPを実施例1と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0038】
<実施例4>
化学パルプとしてNBKP(王子製紙社春日井工場製、ベイマツが主成分、長さ加重平均繊維長1.2mm)を用い、NBKPの0.5質量%水分散液について石臼型粉砕機(増幸産業社製、商品名:「スーパーマスコロイダー」)を用いて2パス処理(NK−Eタイプの砥石、クリアランス20μm)を行い、さらにMKG−Aタイプの砥石を用いて2パス処理(クリアランス20μm)を行い、長さ加重平均繊維長が0.15mmのNBKPを得た。得られたNBKPを実施例1と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0039】
<実施例5〜9>
セルラーゼ系酵素の添加率を0.1質量%、0.3質量%、0.5質量%、2質量%、3質量%としたこと以外は実施例3と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0040】
<実施例10〜16>
セルラーゼ系酵素の処理時間を30分、1時間、2時間、4時間、8時間、12時間、24時間としたこと以外は実施例3と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0041】
<実施例17>
高速回転型解繊機クレアミックス2.2Sの代わりに、高圧ホモジナイザーである「スターバースト」(スギノマシン社製)を用いて20パス処理したこと以外は実施例1と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0042】
<比較例1>
化学パルプとしてLBKP(王子特殊紙社江別工場製、アカシヤが主成分、長さ加重平均繊維長0.74mm)の0.5質量%水分散液についてセルラーゼ系酵素「GC220」(ジェネンコア社製)をLBKPの固形分に対して1質量%添加して50℃で6時間処理し、酵素処理を施したLBKPを得た。得られた酵素処理を施したLBKPを高速回転型解繊機クレアミックス2.2S(エム・テクニック製、ローターR4、スクリーンS4、回転数21,500rpm)で30分間処理し、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。実施例1と同様にして収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0043】
<比較例2>
化学パルプとしてNBKP(王子製紙社春日井工場製、ベイマツが主成分、長さ加重平均繊維長1.2mm)の0.5質量%水分散液についてセルラーゼ系酵素「GC220」(ジェネンコア社製)をNBKPの固形分に対して1質量%添加して50℃で6時間処理し、酵素処理を施したNBKPを得た。得られた酵素処理を施したNBKPを高速回転型解繊機クレアミックス2.2S(エム・テクニック製、ローターR4、スクリーンS4、回転数21,500rpm)で30分間処理し、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。実施例1と同様にして収率、繊維幅を測定し、シート化した。
【0044】
<比較例3〜6>
セルラーゼ系酵素処理を行わなかったこと以外は実施例1〜4と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化しようとしたが、いずれのサンプルも収率が極めて低いため繊維幅の測定とシート化はできなかった。
【0045】
<比較例7>
化学パルプとしてLBKP(王子特殊紙社江別工場製、アカシヤが主成分、長さ加重平均繊維長0.74mm)の0.5質量%水分散液について高速回転型解繊機クレアミックス2.2S(エム・テクニック製、ローターR4、スクリーンS4、回転数21,500rpm)で30分間処理し、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。実施例1と同様にして収率、繊維幅を測定し、シート化しようとしたが、収率が極めて低いため繊維幅の測定とシート化はできなかった。
【0046】
<比較例8>
NBKP(王子製紙社春日井工場製、ベイマツが主成分、長さ加重平均繊維長1.2mm)の0.5質量%水分散液について高速回転型解繊機クレアミックス2.2S(エム・テクニック製、ローターR4、スクリーンS4、回転数21,500rpm)で30分間処理し、微細繊維状セルロース水系懸濁液を得た。実施例1と同様にして収率、繊維幅を測定し、シート化しようとしたが、収率が極めて低いため繊維幅の測定とシート化はできなかった。
【0047】
<比較例9>
高速回転型解繊機クレアミックス2.2Sの代わりに、高圧ホモジナイザーであるスターバースト(スギノマシン社製)を用いて20パス処理したこと以外は比較例1と同様にして微細繊維状セルロース水系懸濁液を得、収率、繊維幅を測定し、シート化しようとしたが、収率が極めて低いため繊維幅の測定とシート化はできなかった。
【0048】
【表1】

【0049】
表1から明らかのように、本発明の微細繊維状セルロースの製造方法により高い収率で微細繊維状セルロースを得ることができ、それを解繊してシート化が可能となる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明の製造方法で短繊維化した化学パルプを酵素処理し、機械的に解繊することによって、繊維幅が1nm〜1000nmの微細繊維状セルロースを容易に得ることができ、さらにシート化が可能となる。この微細繊維状セルロースに高分子樹脂を含浸させることにより、透明な複合材料が得られ、有機ELや液晶ディスプレイ用のフレキシブル透明基板として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学パルプを機械的処理することで短繊維化し、短繊維化した化学パルプをセルラーゼ系酵素による処理を行った後に、高速回転式解繊機または高圧ホモジナイザーで微細化処理を行うことを特徴とする微細繊維状セルロースの製造方法。
【請求項2】
前記機械的処理がレファイナー処理、石臼粉砕処理、高圧ホモジナイザー処理から選択される少なくとも1種である請求項1に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【請求項3】
前記機械的処理することで短繊維化した化学パルプのJAPAN TAPPI 紙パルプ試験方法 No.52:2000に準じて測定した長さ加重平均繊維長が0.4mm以下であることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。
【請求項4】
セルラーゼ系酵素の添加率が化学パルプ固形分に対して0.1質量%〜3質量%であり、酵素による処理時間が30分〜24時間であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の微細繊維状セルロースの製造方法。

【公開番号】特開2012−46846(P2012−46846A)
【公開日】平成24年3月8日(2012.3.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−190674(P2010−190674)
【出願日】平成22年8月27日(2010.8.27)
【出願人】(000122298)王子製紙株式会社 (2,055)
【Fターム(参考)】