説明

微酸性アルギニンを添加剤とするウイルス不活化法

【課題】得られるタンパク質製剤の品質を損なうことなく、ウイルスが不活化されているタンパク質製剤を簡便に製造する方法を提供すること。
【解決手段】pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスを含むタンパク質製剤を曝露することを特徴とする、ウイルスが不活化されたタンパク質製剤の製造方法。また、pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスが含まれている対象物を接触させることを特徴とする、ウイルスの不活化方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、タンパク質製剤の製造に必要なウイルス不活化操作を、アルギニン存在下、従来の酸処理不活化よりも緩和なpH条件下で実施する方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
タンパク質製剤の製造において、製造過程で混入する可能性のあるウイルスを高度に不活化又は除去する工程を製造工程中に必ず設定することが求められている(ICH Harmonized Tripartite Guideline: Viral Safety evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell lines of Human or Animal Origin)。
従来、ウイルス不活化工程としては、60 ℃付近での加熱処理を10時間程度継続するパスツーリゼーション、tris-(n-butyl)-phosphate(TNBP)などの有機溶媒とTween-80などの界面活性剤を組み合わせた不活化溶液にタンパク質製剤を曝露するsolvent/detergent(S/D)法、カプリル酸などの有機酸、炭素鎖4〜10個のアルコール又はβプロピオラクトンなどの化学物質に曝露する方法、Psoralenなどの光感受性化合物と紫外線照射を組み合わせる光化学不活化法、ガンマ線照射法など、作用機作の異なる複数の方法が利用されてきた(Sofer, et al. BioPharm International, October 42-51, 2002)。
しかし、それら不活化工程の作り出す激しい環境条件によって目的タンパク質が変性又は分解される危険性がある。不活化剤をタンパク質に添加する場合、以降の製造工程にてタンパク質製剤から不活化剤を分離除去しなければならない。
【0003】
一方、脂質エンベロップを有する一群のウイルスは、低温で酸性pH下に短時間(0.5〜1 時間)曝露されるだけで、その感染力を高度に失うことが知られており、クエン酸等を用いる酸処理ウイルス不活化法が多くのタンパク質製剤製造に利用されてきた(Brorson, et al. Biotechnology and Bioengineering 82, 321-329, 2003)。この方法は、pH調整力を有する緩衝液を用いてタンパク質溶液をpH 5以下に調整し、0 〜30 ℃程度の選定された温度にタンパク質製剤を短時間保持するだけで不活化が進行され、その後、塩基を用いて中和することで製造を再開できる、極めて簡便なウイルス不活化工程である。ウイルス不活化は酸性pHだけで引き起こされるため、特別な化学物質添加を必要とせず、従って、それらの除去という余計な操作も発生しない。ウイルスの酸に対する感受性は多岐にわたるものの、これまでの報告例によると、不活化を有効に進行させるには、pH 3.5〜4よりも酸性pH側へ曝露することが必要であることがわかってきた(Sofer, et al. BioPharm International, April 42-68, 2003;Burstyn, et al. Developments in biological Standardization 88, 73-79 (1996))。例えば、LouieらはBovine viral diarrhea virus(BVDV)の酸処理不活化を検討した際、pH 4.25、21 ℃下で21日間処理してもBVDVを完全に不活化できなかったことを観察している(Louie, et al. Biologicals 22, 13-19, 1994)。タンパク質製剤の中には、強酸性pHに曝露されても変性又は分解を起こさない頑健なタンパク質を使用するものもあれば、抗体などのように強酸性下に曝露されると変性又は会合を生じる可能性があるタンパク質を使用するものもある(Paborji, M. et al: Pharmaceutical Research. 11, 764-771 (1994))。目的タンパク質の品質を保障する観点から、強酸性下で変性又は会合を生じる可能性があるタンパク質に対しては不用意に酸処理を適用することはできない。そこで、微酸性pH下であっても強酸性処理と同等のウイルス不活化能を示す、緩和な酸処理によるウイルス不活化法が求められてきた。
【0004】
Miltonらは免疫グロブリン製剤製造時のウイルス不活化において、S/D法をpH 4〜4.85で実施することにより、従来のS/D法の不活化効率を大きく上回る、S/D処理と酸処理不活化の複合法を見出した(EP0523406)。この方法によって、pH条件はより緩和になったが、タンパク質製剤に有機溶媒と界面活性剤が添加されるため、それらを除去する必要が発生した。Juergenらは、免疫グロブリン製剤製造時のウイルス不活化において、タンパク質製剤のカプリル酸やヘプタン酸への曝露による不活化法をpH 4.6〜4.95で実施することで、実質的にウイルス不含の製剤製造法を見出した(WO2005082937)。また、Johnstonらは30 ℃、pH 4.5下、16 mMのカプリル酸に10時間曝露することで、BVDVのタイターが1/10000まで低下することを報告、酸と化学物質の複合不活化法として提案した(Biologicals 31, 213-221 (2003))。しかし、これらの製造方法ではpH条件は確かに緩和されたが、不活化のために添加されたカプリル酸などを以降の工程中で除去する必要がある。また、タンパク質に微量のペプシンを共存させてpH 4.0に調整すると、タンパク質中に存在するウイルスを効果的に不活化できることが40年以上前から知られているが(Jensch, et al. Transfusion 31, 423-427 (1991); Kempf, et al. Transfusion 36, 866-872 (1996))、緩和なpH条件下とはいえ、タンパク質分解酵素であるペプシンを敢えて目的タンパク質に添加する手法は、目的タンパク質の品質を確保する上で有利な選択とはならない。
他方、アミノ酸の一種であるアルギニンは、タンパク質間の非特異的な会合・凝集反応を抑制し、カラムクロマトグラフィー精製や分析において、カラムからタンパク質を溶出させるための薬剤として利用できることがわかっている(Tsumoto, et al Biotechnology Progress. 20, 1301-1308 (2004))。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、得られるタンパク質製剤の品質を損なうことなく、ウイルスが不活化されているタンパク質製剤を簡便に製造する方法を提供することを目的とする。
本発明はまた、タンパク質製剤の品質を損なうことなく、タンパク質製剤に存在するウイルスを簡便に不活化する方法を提供することを目的とする。
本発明はまた、物品の表面等に存在するウイルスを簡便に不活化する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らが鋭意検討した結果、特定pHに調整した特定濃度のアルギニン溶液に、タンパク質製剤を接触させることにより、上記目的を達成できることを見出した。
すなわち、本発明は、ウイルスが不活化されているタンパク質製剤の製造方法であって、pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスが存在しているタンパク質製剤を曝露する工程を含む、前記製造方法を提供する。
本発明はまた、タンパク質製剤に存在するウイルスを不活化する方法であって、pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスが存在しているタンパク質を曝露する工程を含む、前記方法を提供する。
本発明は更に、ウイルスの不活化方法であって、pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスが含まれている対象物を接触させる工程を含む、前記方法を提供する。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、多数の工程を経ることなく、高度にウイルスが不活化されたタンパク質製剤を製造することができる。アルギニン又はその誘導体は、医薬品添加剤としてタンパク質製剤に使用できるので、本発明によれば、得られるタンパク質製剤から除去する必要がないし、得られるタンパク質製剤の品質を損なうこともない。アルギニン又はその誘導体はまた、タンパク質の精製に用いることのできるので、本発明によれば、タンパク質の精製と該タンパク質に含まれるウイルスの不活化とを同時に行うことができる。また、本発明によれば、物品やヒトや動物や植物の組織等の固体表面に存在するウイルス、液剤やシロップ剤等の薬剤や、液状の食品、例えば清涼飲料水やマヨネーズといった液体中に存在するウイルス、又は空気等の気体中に存在するウイルスを、個体の特性に悪影響を与えることなく、緩和な条件下で短時間に不活化することが出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明で用いるタンパク質製剤は、生物由来原料から製造されるか、又は、製造過程に細胞や動物由来の成分を用いるためにウイルス不活化工程の必須となるタンパク質製剤である。具体的には、ヒト血漿から得られる抗体、又は遺伝子組換え細胞培養技術で調製されたヒト化抗体やヒト型抗体、マウス等のモノクローナル抗体等があげられる。より具体的には、Muramomab (製品名:Orthclone OKT3)、Rituximab (製品名:Ritaxan)、Basiliximab (製品名:Simulect)、Daclizumab (製品名:Zenapax)、Palivizumab (製品名:Synagis)、Infliximab (製品名:Remicade)、Gemtuzumab zogamicn (製品名:Mylotarg)、Alemtuzumab (製品名:Mabcampath)、Adalimumab (製品名:Humira)、Omalizumab (製品名:Xolair)、Vevacizumab (製品名:Avastin)、Cetuximab (製品名:Erbitux)等があげられる。本発明はヒト化抗体やヒト型抗体において特にその価値を発揮するが、血漿分画製剤、ワクチン、治療用酵素などにも適用できる。具体的には、献血由来血漿を原料としたタンパク質製剤(例えばアルブミン製剤、血液凝固第VII因子製剤、第VIII因子製剤)やインフルエンザワクチン、血栓溶解剤(ウロキナーゼ、ティッシュープラスミノーゲンアクチベータ等)などがあげられる。
【0009】
本発明で用いるアルギニン及びアルギニン誘導体は、酸付加塩の形態で使用することもできる。酸付加塩を形成し得る酸としては、塩酸、硫酸等があげられる。塩酸が好ましい。アルギニン誘導体は、特に制限なく用いることができる。アルギニンおよびアルギニン誘導体はタンパク質製剤の精製にも用いることができるので好ましい。アルギニン誘導体としては、Nα-acetyl-L-arginine、Nα-butyroyl-L-arginine、Nα-pivaloyl-L-arginine、Nα-valeroyl-L-arginine及びNα-caproyl-L-arginine等のアシル化アルギニン、カルボキシル基を除去したアグマチン、αアミノ基の替わりに水酸基を導入したアルギニン酸等があげられる。このうち、アシル化アルギニンが好ましく、Nα-acetyl-L-arginine、Nα-butyroyl-L-arginine、Nα-pivaloyl-L-arginine、Nα-valeroyl-L-arginine及びNα-caproyl-L-arginineからなる群から選ばれるものがさらに好ましく、Nα-butyroyl-L-arginineが特に好ましい。
【0010】
本発明において、アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液、又はこれらの混合物の濃度は、0.1〜2M、より好ましくは0.15〜2M、さらに好ましくは0.2 〜 1.0 Mに調整する。0.1M以上とすることにより、ウイルスを有意に不活化することができる。経済性の観点から上限を2Mとする。これらの溶液の25℃におけるpHは、ガラス電極を用いて測定することができ、その範囲はpH 3.5〜5、好ましくはpH 3.8〜5、より好ましくはpH 4〜4.5である。このような範囲で、ウイルスは急速に不活化されるので好ましい。pH の調整はアルギニン又はアルギニン誘導体だけでも可能であるが、塩酸等の酸や水酸化ナトリウム等のアルカリを添加することにより調整してもよい。ウイルス不活化をより効率的に行う観点から、別途、低濃度、例えば5〜50mMの酢酸塩やリン酸塩などの緩衝液成分を添加して緩衝能を持たせてもよい。
【0011】
本発明により、タンパク質製剤製造工程において製剤中に混入してしまったウイルスを、上記特定濃度において特定pHに調整されたアルギニン溶液、アルギニン誘導体溶液又はこれらの混合物と接触させることにより、ウイルスを不活化することができる。該溶液とウイルスを含むタンパク質製剤とは、タンパク質製剤製造工程においてクロマトグラフィー精製されたタンパク質を、上記所定範囲に調整したpH条件にそのまま保持することにより曝露することもできるし、血漿や細胞培養上清から分画されたタンパク質を含有する水溶液に、アルギニンを上記所定濃度及びpHになるように直接添加することにより曝露することもできる。クロマトグラフィーを用いる場合、例えば、プロテインAカラム(例えばHiTrap rProtein AFF; アマシャムバイオサイエンス製)を用い、タンパク質製剤を中性pHのリン酸緩衝液などに溶解、あるいは緩衝液で10倍程度まで希釈する。これを同緩衝液で平衡化されたプロテインAカラムに流す。同緩衝液で十分に洗浄し、原料由来不純物を洗い流した後、本発明で用いる所定濃度において所定pHに調整されたアルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物をカラムに流し、脱離されるタンパク質製剤を回収することにより、ウイルスの不活化に加え、タンパク質製剤の精製も行うことができる。保持温度は、ウイルスを不活化するとともに、タンパク質の凍結や低温又は高温でのタンパク質の変性を抑制する観点から、通常0 ℃〜30℃、好ましくは0〜8℃である。保持時間は通常15分間から2時間程度、好ましくは1時間程度である。この保持時間内にウイルスはアルギニンによって感染力を失い、不活化される。
【0012】
また、本発明により、上記特定濃度において特定pHに調整されたアルギニン溶液、アルギニン誘導体溶液又はこれらの混合物を、ウイルスが含まれている対象物に接触させることにより、対象物に存在するウイルスを短時間で効果的に不活化することができる。この場合、アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液、又はこれらの混合物の濃度は、0.1〜2M、より好ましくは0.1〜1M、さらに好ましくは0.1 〜 0.3 Mに調整する。このような範囲で、これらの溶液の25℃におけるpHは、pH 3.5〜5、好ましくはpH 3.6〜4.8、より好ましくはpH 3.6〜4.5である。pHが3.5より低いと、動物の組織への刺激が増してきて公知のクエン酸による効果と区別がつきにくくなることから好ましくなく、pHが5より高いとウイルス不活性化の効果が減少するため好ましくない。
本発明で用いる対象物は、ウイルスが存在し得る場所であれば特に限定されないが、例えば固体、液体又は気体があげられる。具体的には、固体としては、物品、例えば医療用器具、電車の吊革、家具、家電、布団、衣類、犬猫等の愛玩動物;動物の組織、例えばヒトの上下気道、口腔、皮膚;及び植物の組織、例えば植物の表層等があげられる。液体としては、液剤やシロップ剤等の薬剤や、清涼飲料水等の液状の食品、及びマヨネーズ等の半固形液体の食品等があげられる。気体としては、空気等があげられる。
【0013】
ウイルスが含まれている対象物に接触させるには、上記特定濃度において特定pHに調整されたアルギニン溶液、アルギニン誘導体溶液又はこれらの混合物を、噴霧容器に収納して噴霧したり、刷毛等を使用して塗布したり、不織布に浸して適用対象部位に湿布したり、上記溶液を浸した不織布をマスクと着用者との間に挟んだりして行うことができる。上記水溶液を液体に接触させる場合、必要により、上記水溶液と液体とを攪拌ないし混合する。攪拌ないし混合手段は特に限定されない。液体が油脂等の油性物質の場合、上記水溶液と液体とを十分に接触させるために、乳化剤等を添加してもよい。上記水溶液にメチルセルロースポリマーなどの増粘効果を持つ高分子を添加することにより、対象物と上記水溶液との接触時間を長くすることができ、ウイルスを不活化するのに十分な接触時間を確保できる。
【0014】
上記溶液をヒト等の動物の組織に適用する場合、組織表面の温度は室温から体温程度までに保たれるから、インフルエンザウイルス不活化反応の進行速度は低温下で曝露したときよりも大幅に高まり、2分間程度で不活化は完了する。
例えば、ヒトの上気道にインフルエンザウイルスが付着した場合、上記溶液を経鼻でスプレー噴霧することにより、上気道組織表面を、短時間であっても上記溶液に曝露してウイルスを不活化することが出来る。
【0015】
上記水溶液を対象物と接触させるとき、上記水溶液の量は、接触の方法により異なるが、例えば、ヒトの上気道粘膜に上記水溶液を経鼻でスプレー噴霧する場合、通常、上記水溶液の約0.1 mlを適用する。上気道粘膜は、噴霧されてから数分間、上記水溶液の雰囲気下に晒され、そこにインフルエンザウイルスが存在しても、直ちに不活化される。同様に、インフルエンザウイルスが手のひらなどの外気に露出した組織に付着した場合でも、上記水溶液の約0.1 mlをスプレー噴霧することで、直ちに不活化できる。
塗布する対象組織の表面積に応じて、スプレー噴霧する量を適切に決めることが出来る。また、器具表面にインフルエンザウイルスが付着した場合でも、その表面積に応じて上記水溶液を室温以上の温度下で適量スプレー噴霧することにより、直ちに不活化できる。
不活化する対象のウイルスとしては特に限定されず、例えば、インフルエンザウイルス、ライノウイルス、コロナウイルスがあげられる。本発明は、特に脂質エンベロップを有するウイルスに対して強い効果を発揮する。
【0016】
不活化の効率は、保持を開始する前に感染力の判明している濃いウイルス液をタンパク質溶液に添加し、保持時間終了後に適切な方法(TCID50法、Plaque Assay法など)で残存するウイルス感染力を測定することで、保持時間中に得られた不活化効率(Log Reduction Value、LRV;不活化前の試料のウイルス負荷量と不活化後の試料のウイルス含有量との比率の常用対数(log10)で不活化効率を示す)を算出し、その大きさから評価可能である。不活化効率(LRV)が1以上であれば、有意な不活化効率とみなしてよいとされている(ICH Harmonized Tripartite Guideline: Viral Safety evaluation of Biotechnology Products Derived from Cell lines of Human or Animal Origin)。
本発明の方法により得られるタンパク質製剤をゲルろ過クロマトグラフィーで分析すると、天然状態のタンパク質と同じ保持時間に同じピーク形状で溶出されることから、タンパク質に高次構造変化や会合・凝集の発生しなかったことがわかる。
本発明の方法により得られるタンパク質製剤を使用して、ガン、免疫疾患、生活習慣病等各種疾患の治療薬、臨床検査用試薬、研究用試薬を得ることができる。これらの医薬組成物は、本発明の方法により得られる精製抗体に加え、賦形剤や担体等を含有することができる。
また、本発明の方法は、インフルエンザウイルス、ライノウイルス、コロナウイルスなどウイルスの不活化剤又はこれらウイルスの関わるウイルス感染症の抑制剤の作製方法として活用できる。このような不活化剤及び抑制剤は、医薬品に通常含まれる賦形剤や担体等を含有することができ、定法により液剤等の剤型で製造することができる。
【実施例1】
【0017】
ダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)に溶解された精製済みの抗フォンビルブランド因子モノクローナル抗体(マウスモノクローナル抗体、サブクラスIgG1;WO96/17078)の15 mlを5 mMリン酸ナトリウム、pH 4.4、5000 mlに終夜透析した。この透析操作を個別に2回実施し、得られた透析内液、約30 mlを合一後、透析外液で抗体濃度を10 mg/mlに調整した。この濃度調整済み透析内液 5 mlを、別途調製したウイルス不活化用緩衝液でそれぞれ2倍希釈し、2 M NaOH、あるいは2 M 塩酸水溶液を用いて、それぞれの設定pHへ微細調整した。0.22 μmのディスポーザブルフィルターを用いて無菌ろ過し、使用するまで5 ℃に保管した。表1に各種の不活化条件を示した。
【0018】
Herpes simplex virus type 1, strain F(HSV-1)はVero細胞を用いて0.5 % ウシ胎児血清を添加したMEM培地(Eagle's minimum essential medium)中で増殖させ、濃縮ウイルス液を調製した。該ウイルス液は、使用するまで-80 ℃で保管した。感染力を有するウイルス量は、Vero細胞を用いて既報(Koyama, et.al. Virus Res. 13, 271-282 (1989))のPlaque Assayを用いて測定した。氷冷下、表1に示された不活化用緩衝液の各0.95 mlを1.5 ml用プラスチックチューブに採取し、ここへHSV-1濃縮液の0.05 ml(ウイルス濃度、約109 PFU (Plaque Forming Units)/ml)を添加、直ちに攪拌混合した後、氷冷下で1時間保持した。保持終了後、1 %ウシ血清を含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で100倍希釈してpHを中和滴定し、ウイルス不活化反応を停止させた。この反応液を1 %ウシ血清を含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で適宜希釈し、前述のPlaque Assayを用いて残存するHSV-1ウイルス量(感染性を保ったウイルスの量)を定量した。記述のICH Harmonized Tripartite Guidelineに従って、ウイルス不活化緩衝液の替わりにダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)中で氷冷下で1時間保持したサンプルのHSV-1ウイルス量を測定し、それを不活化前の試料のウイルス負荷量とみなし、不活化後の試料のウイルス含有量との比率の常用対数(log10)を得ることでウイルス不活化効率とした(表1)。
【0019】
表1に示すとおり、0.1 Mクエン酸、pH 4.3では不活化されず、pH 4.0でも極めて軽微な不活化(LRV=1.5)にとどまった。pH 3.5ではLRV > 5.7と急激に不活化能が強まり、これらはいずれも従来の知見と一致した。すなわち、クエン酸ナトリウムによる不活化にはpH 4を下回る酸性条件の必要なことが示された。一方、1 M アルギニン塩酸塩(pH 4.3)、0.7 M アルギニン塩酸塩(pH 4.0)、0.7 M Nα-butyroyl-L-arginine(pH 4.0)はpH 3.5のクエン酸ナトリウムと同水準の不活化効率を示した。
以上、アルギニン、およびアシルアルギニンは、pH 4付近の緩和な酸性条件下においてもHSV-1に対して強い不活化能を示すことが確認された。
【0020】
【表1】

【実施例2】
【0021】
Influenza virus A/Aichi (H3N2)はMDCK細胞を用いて0.1 % ウシ血清アルブミン、および4 μg/ml アセチル化トリプシンを添加したMEM培地(Eagle's minimum essential medium)中で増殖させ、濃いウイルス液を調製した。該ウイルス液は、使用するまで-80 ℃で保管した。感染力を有するウイルス量はMDCK細胞を用いて既報(Kurokawa et al.: Intern. J. Mol. Med. 3, 527-530 (1999))と同様にPlaque Assayを用いて測定した。氷冷下、実施例1の不活化用緩衝液の各0.95 mlを1.5 ml用プラスチックチューブに採取し、ここへInfluenza virus A液の0.05 ml(ウイルス濃度、約108 PFU (Plaque Forming Units) /ml)を添加、直ちに攪拌混合した後、氷冷下で1時間保持した。保持終了後、0.1 %ウシ血清アルブミンを含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で100倍希釈してpHを中和滴定し、ウイルス不活化反応を停止させた。この反応液を0.1 %ウシ血清アルブミンを含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で適宜希釈し、前述のPlaque Assayを用いて残存するInfluenza virus Aウイルス量(感染性を保ったウイルスの量)を定量した。ICH Harmonized Tripartite Guidelineに従って、ウイルス不活化緩衝液の替わりにダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)中で氷冷下で1時間保持したサンプルのInfluenza virus Aウイルス量を測定し、それを不活化前の試料のウイルス負荷量とみなし、不活化後の試料のウイルス含有量との比率の常用対数(log10)を得ることでウイルス不活化効率とした(表2)。
【0022】
表2に示すとおり、Influenza virus Aは0.1 Mクエン酸、pH 4.3でも軽微ながら不活化され(LRV=1.3)、表面抗原であるHemagglutinin (HA)が酸性条件下で不安定であることを裏付けた。しかし、より酸性のpH 4.0でも不活化効率はほとんど変わらず(LRV=1.5)、pH 3.5でも軽微な不活化にとどまった(LRV=2.1)。一方、1 M アルギニン塩酸塩(pH 4.3)ではLRV=2.4を示し、pH 3.5のクエン酸ナトリウムを上回る不活化能を確認できた。0.7 M アルギニン塩酸塩(pH 4.0)、0.7 M Nα-butyroyl-L-arginine(pH 4.0)では更に不活化能は高まり、LRVは3.7に達した。
以上、Influenza A virusに対しても、アルギニン、およびアシルアルギニンは、pH 4付近の緩和な酸性条件下において強い不活化能を示すことが確認された。
【0023】
【表2】

【実施例3】
【0024】
実施例1と同様に調製されたHSV-1ウイルス液を用い、ウイルス不活化能と塩濃度の関係を検討した。感染力を有するウイルス量は、実施例1と同様にPlaque Assayを用いて測定した。表3に示すとおり、実施例1と実施例2で不活化能を示したアルギニン塩酸塩、Nα-butyroyl-L-arginineと同じ濃度の1 M NaCl(pH 4.3)、および0.7 M NaCl(pH 4.0)のウイルス不活化能を調べたところ、アルギニン、Nα-butyroyl-L-arginineとは異なり、微弱な不活化能しか示さないことがわかった(LRV = 0.8)。一方、アルギニン塩酸塩濃度を0.35 Mにすると(pH 4.0)、不活化能はやや弱まったが、依然としてLRV=4.2と高い水準を維持していることがわかった。0.35 M Nα-butyroyl-L-arginine、pH 4.0はLRV > 5.5と極めて強い不活化能を示した。
以上、アルギニン、アシルアルギニンの不活化能は単に塩濃度で発揮されているのではなく、アルギニン特有の性質に依拠することが示された。また、0.1M又は0.7Mアルギニン塩酸塩をpH 3.5に調整すると、予想したとおり、0.1Mクエン酸ナトリウム(pH 3.5)と同じ水準の不活化能を示した。
【0025】
【表3】

【実施例4】
【0026】
実施例1と同様に調製されたHSV-1ウイルス濃縮液を用い、ウイルス不活化能とアルギニン、およびアシルアルギニン濃度の関係を検討した(表4)。感染力を有するウイルス量は、実施例1と同様にPlaque Assayを用いて測定した。表4に示すとおり、アルギニン塩酸塩、Nα-butyroyl-L-arginineともに0.14 M以上で有意なウイルス不活化能を示した(LRV > 1.0)。例えば0.28 Mで両者を比較すると、Nα-butyroyl-L-arginineはアルギニン塩酸塩に比べて有意に強い不活化能を有することがわかった。
【0027】
【表4】

【実施例5】
【0028】
Sendai virusを孵化鶏卵を用いて増殖させ、0.1 %ウシ血清アルブミンを含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で適宜希釈してウイルス液を調製した。使用されるまで-80 ℃に保管した。感染力を有するウイルス量は、MDCK細胞に代えてVero細胞を用いる他は実施例2と同様にPlaque Assayを用いて測定した。氷冷下、0.1 M クエン酸ナトリウム(pH 3.5)、0.7 M NaCl(pH 4.0)、0.7 M Nα-butyroyl-L-arginine(pH 4.0)の不活化用緩衝液の各0.95 mlを1.5 ml用プラスチックチューブに採取し、ここへSendai virus濃縮液の0.05 ml(ウイルス濃度、108〜109 PFU (Plaque Forming Units) /ml)を添加、直ちに攪拌混合した後、氷冷下で1時間保持した。比較対照として、等張リン酸緩衝液(pH 7.2)、ならびに極めて強力な不活化能を持つことが知られている強酸性の等張クエン酸緩衝液(pH 3.0)を用いた。保持終了後、0.1 %ウシ血清アルブミンを含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で100倍希釈してpHを中和滴定し、ウイルス不活化反応を停止させた。この反応液を0.1 %ウシ血清アルブミンを含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で適宜希釈し、前述のPlaque Assayを用いて残存するSendai virusウイルス量(感染性を保った)を定量した。ウイルス不活化緩衝液の替わりにダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)中で1時間保持したサンプルのSendai virusウイルス量を測定し、それを不活化前の試料のウイルス負荷量とみなし、不活化後の試料のウイルス含有量との比率の常用対数(log10)を得ることでウイルス不活化効率とした(表5)。
表5に示すとおり、0.1 M クエン酸ナトリウム(pH 3.5)、ならびに0.7 M NaCl(pH 4.0)には不活化能は見られなかったが、0.7 M Nα-butyroyl-L-arginine(pH 4.0)は強力な不活化条件である強酸性の等張クエン酸緩衝液(40 mMクエン酸ナトリウム、5.0 mM KCl、125 mM NaCl、pH 3.0;Microbiol. Immunol. , 31, 123-130 (1987))を上回る不活化能、LRV > 3.7を示した。
実施例4の結果と共に、アルギニン誘導体が極めて強いウイルス不活化能を有することが示された。
【0029】
【表5】

【実施例6】
【0030】
実施例2と同様に調製されたInfluenza virus A/Aichi (H3N2)ウイルス液を用い、ウイルス不活化能と不活化用緩衝液組成、およびそれらpHの関係を検討した。緩衝液濃度は0.15 Mに統一し、不活化温度を室温の21.6 ℃に高めると同時に、不活化時間を2分間にまで短縮した。表6に記した各不活化緩衝液の190 μlを2.2 ml容のスクリューキャップ付きプラスティックチューブに採取し、氷冷下に保管した。それぞれの緩衝液にはキャリヤータンパク質として予め5 mg/mlのウシ血清アルブミンを添加しておいた。ここへInfluenza virus A液の10 μl(ウイルス濃度、約108 PFU (Plaque Forming Units) /ml)を添加、直ちに攪拌混合した後、21.6 ℃に調整された恒温槽中に2分間保持した。保持終了後、試料は直ちに氷水にて冷却し、続けて0.1 %ウシ血清アルブミンを含むダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)で100倍希釈してpHを中和滴定し、ウイルス不活化反応を停止させた。感染力を有するウイルス量を、実施例2と同様にPlaque Assayを用いて測定した。ウイルス不活化緩衝液の替わりにダルベッコ等張リン酸緩衝液(Ca、Mg不含)中に21.6 ℃で2分間保持したサンプルのInfluenza virus Aウイルス量を測定し、それを不活化前の試料のウイルス負荷量とみなし、不活化後の試料のウイルス含有量との比率の常用対数(log10)を得ることでウイルス不活化効率とした(表6)。
表6に示すとおり、pH 3.8においては、0.15 M PCA(ピロリドンカルボン酸)、0.15 Mアルギニン塩酸塩、0.15 M Nα-butyroyl-L-arginineのいずれもがLRV、4.35を超える高い不活化能を示すとわかった。一方、0.15 M クエン酸ナトリウムはpH 3.8〜4.2において最高でLRV、2.95を示すにとどまり、他の3種に比べて不活化能の低いことがわかった。pHを4.2まで引き上げると、PCA、アルギニン塩酸塩、Nα-butyroyl-L-arginineのいずれにおいても不活化能は低下したが、アルギニン塩酸塩とNα-butyroyl-L-arginineは依然としてLRV、3.0を超える強い不活化能を維持した。
以上、室温下で2分間程度の短時間であっても、アルギニン塩酸塩、あるいはNα-butyroyl-L-arginineに曝露することで、インフルエンザウイルスを効果的に不活化できると分かった。その不活化能は、同じ濃度のクエン酸ナトリウム、PCAのそれらを上回った。
【0031】
【表6】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ウイルスが不活化されているタンパク質製剤の製造方法であって、pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスが含まれているタンパク質製剤を曝露する工程を含む、前記製造方法。
【請求項2】
アルギニン誘導体が、アシル化アルギニンである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
アシル化アルギニンが、Nα-acetyl-L-arginine、Nα-butyroyl-L-arginine、Nα-pivaloyl-L-arginine、Nα-valeroyl-L-arginine及びNα-caproyl-L-arginineからなる群から選ばれる請求項2記載の製造方法。
【請求項4】
水溶液のpHが4〜4.5である請求項1記載の製造方法。
【請求項5】
アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に含まれるアルギニン又はアルギニン誘導体の濃度が、0.15〜2Mである請求項1記載の製造方法。
【請求項6】
タンパク質製剤が、ヒト化抗体製剤又はヒト型抗体製剤である請求項1記載の製造方法。
【請求項7】
タンパク質製剤に存在するウイルスを不活化する方法であって、pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスが存在しているタンパク質を曝露する工程を含む、前記方法。
【請求項8】
ウイルスの不活化方法であって、pH 3.5〜5に調整された0.1〜2 M アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に、ウイルスが含まれている対象物を接触させる工程を含む、前記方法。
【請求項9】
対象物が、固体、液体又は気体である請求項8記載の方法。
【請求項10】
固体が、物品又は動植物の組織である請求項9記載の方法。
【請求項11】
アルギニン誘導体が、アシル化アルギニンである請求項8記載の方法。
【請求項12】
アシル化アルギニンが、Nα-acetyl-L-arginine、Nα-butyroyl-L-arginine、Nα-pivaloyl-L-arginine、Nα-valeroyl-L-arginine及びNα-caproyl-L-arginineからなる群から選ばれる請求項11記載の方法。
【請求項13】
水溶液のpHが3.6〜4.5である請求項8記載の製造方法。
【請求項14】
アルギニン水溶液、アルギニン誘導体水溶液又はこれらの混合物に含まれるアルギニン又はアルギニン誘導体の濃度が、0.15〜2Mである請求項8記載の製造方法

【公開番号】特開2009−263231(P2009−263231A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−32062(P2008−32062)
【出願日】平成20年2月13日(2008.2.13)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】