説明

微量元素を利用した国内産小麦の産地判別方法

【課題】国内産小麦の産地を判別することができる方法を提供する。
【解決手段】小麦試料に含まれるルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルの量を分析し、それらの分析情報を用いて小麦の産地を判別する方法であって、次の工程を含む方法。i)小麦試料を酸分解して無機成分を主に含む溶液を調製する工程、(ii)工程(i)で調製した溶液中のルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのそれぞれの量を測定する工程、及び(iii)工程(ii)で得られたルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのそれぞれの量と、判別したい産地由来の小麦試料の前記各元素の量とを比較する工程。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、国内産小麦の産地を判別することができる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
米、小麦、大麦等の穀物のうち理化学分析により産地を判別する方法については米を対象とした研究が最も進んでいる。その方法として、(i)DNA分析を用いてオーストラリア産特定品種に特異的な遺伝子型を検出することによるオーストラリア産麺用小麦銘柄を判別する方法(特許文献1)、(ii)小麦粉中の微量元素(S、Ca、Cu、Br、Rb、Sr、Mo)を定量分析することにより国内産小麦粉とそれ以外(外国産・混合)の小麦粉を判別する方法(非特許文献1)、(iii)水素、炭素、窒素、酸素などの軽元素の同位体比の分析と、カルシウム、銅、鉄、ストロンチウム等の微量元素の定量分析を組み合わせて、それらの情報の違いから産地を判別する方法(特許文献2)、(iv)重元素であるストロンチウムの同位体比を分析することにより各産地の米の同位体比の違いから産地を判別する方法(非特許文献2)などの研究報告がある。
【0003】
前記(i)の方法は判別したい産地の小麦の間で品種が違うなど塩基配列に違いがある場合にしか判別できず、また当該品種をオーストラリア以外で生産した場合でもオーストラリア産と誤判定してしまう。前記(ii)の方法では、国内産小麦粉間の産地、例えば、北海道産小麦と、関東産小麦と、九州産小麦とを判別することができない。また施肥や燻蒸など人的要因により変動する元素(S、Ca、Brなど)の選択は作成したデータベースに影響を及ぼすため分析対象には適さない。前記(iii)の方法は安定同位体比質量分析装置により軽元素の同位体比を測定し、各産地の米の同位体比情報の違いから産地を判別する。同一産地で栽培された穀物でも栽培時の気温、湿度及び施肥条件の違い、海からの近さ、標高など様々な要因により変動するため、検査等に使えるようにするには様々な産地についてのデータを収穫の都度収集する必要があり、膨大なデータベースの構築が必要になる。前記(iv)の方法で対象とする重元素同位体は軽元素と異なり同位体分別がされにくい。このため同じ地域で栽培された穀物であれば、部位、年、品目による変動はほとんどなく、穀物中の重元素同位体比は、土壌中の可給態の重元素同位体比と一致する。即ち、栽培土壌から穀物の同位体比の推定及びその逆が可能であり、これは元素組成や軽元素同位体比による判別法にはない特徴である。また、ストロンチウム及び鉛は通常の農業資材にはほとんど含まれておらず、農業活動による同位体比の変動は無視できる。これらのことから重元素同位体比による産地判別はこれまで非常に期待されてきた技術であるが、国内産小麦では重元素同位体比の差はごく僅かであるため、重元素同位体比のみでは、国内産小麦の産地を精度よく判別することができない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特許第4041524号公報
【特許文献2】国際公開第2007/124068号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】大高亜生子ら、分析化学, Vol. 58, No. 12, pp. 1011-1022, (2009)
【非特許文献2】織田久男、川崎晃、「ぶんせき」, 日本分析化学会, 2002年発行, 12号, pp. 678-683
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、国内産小麦の産地を判別することができる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは前記課題を解決するため鋭意研究を重ねた結果、特定の微量元素の量を利用することにより前記課題を解決することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
即ち、本発明の要旨は、以下のとおりである。
(1)小麦試料に含まれるルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルの量を分析し、それらの分析情報を用いて小麦の産地を判別する方法。
(2)日本産小麦の産地を判別するための前記(1)に記載の方法。
(3)北海道産小麦と、関東産小麦と、九州産小麦とを判別するための前記(1)に記載の方法。
(4)次の工程:
(i)小麦試料を酸分解して無機成分を主に含む溶液を調製する工程、
(ii)工程(i)で調製した溶液中のルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのそれぞれの量を測定する工程、及び
(iii)工程(ii)で得られたルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのそれぞれの量と、判別したい産地由来の小麦試料の前記各元素の量とを比較する工程
を含む前記(1)〜(3)のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、国内産小麦の産地を精度よく判別することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【図1】図1は3種の日本産小麦(北海道産小麦、関東産小麦及び九州産小麦)の判別結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明において対象となる小麦は、外皮を含む全粒及び外皮を除去した穀粒、加工時に汚染されていないものであれば、押し麦、粉などの粉砕物も含まれる。
【0012】
本発明により産地を判別することができる小麦として、例えば北海道産小麦、関東産小麦、九州産小麦が挙げられる。
【0013】
本発明の対象となる小麦の品種は特に限定されないが、例えばホクシン、農林61号、シロガネコムギ、キタホナミ、チクゴイズミ、春よ恋、タイセツコムギ、シラネコムギ、ナンブコムギ、ホロシリコムギ、つるぴかり、きたもえ、あやひかり、ニシホナミ、タクネコムギ、ネバリゴシ、さぬきの夢2000、キタカミコムギ、タマイズミ、ふくさやか、ふくほのか、シラサギコムギ、チホクコムギ、ハルユタカ、キタノカオリ、ニシノカオリ、ミナミノカオリ、イワイノダイチ、ダイチノミノリ、バンドウワセ、きぬの波、きぬあずま、春のかがやき、アブクマワセ、コユキコムギ、しゅんよう、ゆきちから、キヌヒメ、きぬいろは、ダブル8号、農林26号、ユメアサヒが挙げられ、好ましくはホクシン、農林61号、シロガネコムギが挙げられる。
【0014】
本発明の産地判別方法としては、小麦試料に含まれるルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルの量を分析し、それらの分析情報を用いて小麦の産地を判別しうるものであれば、特に制限はない。
【0015】
前記元素の定量は公知の微量元素分析法、例えば誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS:Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)、誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP−AES:Inductively Coupled Plasma Atomic Emission Spectrometry)、原子吸光分析法(AAS:Atomic Absorption Spectrometry)、蛍光X線分析法(XRF:X-ray Fluorescence Analysis)、中性子放射化分析法(NAA:Neutron Activation Analysis)により行うことができる。
【0016】
前記の分析法のうち、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)、誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP−AES)及び原子吸光分析法(AAS)は、基本的には溶液又は溶液に溶かした試料を用いる。蛍光X線分析法(XRF)及び中性子放射化分析法(NAA)は通常酸分解せずに固体試料を測定に用いる。
【0017】
誘導結合プラズマ質量分析法の特徴としては多くの元素に対し高感度であることと、多元素の同時測定が可能であることが挙げられる。
【0018】
誘導結合プラズマ発光分光分析法は、誘導結合プラズマを熱源とした発光分光分析法の一つである。誘導結合プラズマ発光分光分析法は感度的にはフレーム原子吸光法より優れているが、フレームレス原子吸光法と比べると同等か元素によっては劣る。しかし、多元素同時分析が可能である点は原子吸光法に比べて大きな利点である。また、誘導結合プラズマ質量分析法と比べると、同じく多元素同時分析ができるものの感度的には劣る。
【0019】
原子吸光分析法は、アセチレンなどのフレーム中や黒鉛炉(高電流を流す)など高温状態下に試料溶液を噴射し、元素を原子化し、そこに光を透過して吸収スペクトルを測定することで元素の濃度を測定する方法である。原子化された状態に、目的元素の波長の光を入射すると、その元素の濃度に応じてそれが吸収されるので、元素の同定及び定量が可能になる。この方法は、個々の元素に対し高い選択性をもっており、装置もそれほど複雑ではないので広く利用されている。しかし、一度に1元素の定量しかできず、また、誘導結合プラズマ質量分析法や誘導結合プラズマ発光分光分析法と比べると、フレーム法においては分析感度的の点で劣る。
【0020】
蛍光X線分析法(XRF)は、3次元偏光光学系蛍光X線分析装置を用いることにより従来法よりも高感度定量が可能となったが(非特許文献1)、誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)、誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP−AES)等と比較すると検出感度が低く、微量元素の高感度定量は困難である。
【0021】
本発明の産地判別方法としては、特に制限はないが、例えば、下記の〔酸分解〕工程、〔微量元素の定量〕工程、及び〔微量元素の組成を利用した産地の判別〕工程を含む方法が挙げられる。
【0022】
〔酸分解〕
本工程は、小麦試料を酸分解して無機成分を主に含む溶液を調製する工程である。小麦に含まれるルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルの量はごく僅かであることから、使用する器具などからサンプルへのコンタミネーションを抑制するため、清浄な樹脂製使い捨てチューブ、例えばデジチューブ(ジーエルサイエンス)を分解容器として試料を採取し、更に硝酸を主とした酸を添加して、例えばデジプレップ酸分解用ヒートブロックシステム(ジーエルサイエンス)により加温して酸分解し、有機物を揮散させて無機成分を主に含む溶液を調製する。
【0023】
〔微量元素の定量〕
本工程は、〔酸分解〕工程で調製した溶液中のルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのそれぞれの量を、例えば誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)、誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP−AES)又は原子吸光分析法(AAS)により測定する工程である。
【0024】
〔微量元素の組成を利用した産地の判別〕
前記の工程に従って、判別したい産地内の様々な地域由来の小麦のルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルの量を決定してデータベースとし、試料のデータと比較することで産地を判別することができる。信頼性の高い産地判別法にするには、対象となる産地から偏りなくできるだけ産地を代表するように試料を多数収集し、データを得る必要がある。各産地由来の小麦についてこれらのデータベースを構築する。
構築しておいたデータベースと比較してどの産地に近いか確認することで産地を判別する。
【0025】
本発明の方法は、目的に応じて、水素、炭素、窒素、硫黄などの軽元素の同位体比、ストロンチウム、鉛などの重元素の同位体比、1種又は2種以上の元素(例えば、Ca、Fe、K、Mg、Cd、Cu、Zn、Ba及びPから選ばれる1種又は2種以上の元素)の濃度など他のファクターと併せて判断してもよいが、ルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルの量のみを利用すれば、国内産小麦の産地を判別することができるので、国内産小麦の産地の判別においては、コスト面を考慮して他のファクターは省略することが好ましい。実際に本発明では施肥など人的影響が少なく、また小麦中の主要元素ではないNa、Rb、Sr、Mo、Ba、Al、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Zn、Se並びに同位体比として87Sr/86Sr、208Pb/206Pb、207Pb/206Pb、204Pb/206Pb、208Pb/207Pb、208Pb/204Pb、207Pb/204Pbを測定し、統計解析ソフトにより測定項目を選抜した結果、ルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのみを選択することで精度よく判別することができた。
【実施例】
【0026】
以下に実施例を記載するが、本発明は実施例の範囲に限定されるものではない。
【0027】
(実施例1)
〔試料〕
小麦試料は粒状態未加工のものであり、詳細は以下に示す。
【0028】
【表1】

【0029】
〔酸分解〕
小麦を2.5gずつデジチューブに2本量り取った。各チューブに69%硝酸を10mL添加し、デジプレップ酸分解用ヒートブロックシステムにより加熱して酸分解した。この途中で30%過酸化水素2mLを添加して分解を促進させた。残渣に69%硝酸3mLを加え加温して溶解し、分解液2本分を15mL容遠沈チューブに超純水で洗い込み、12mLの目盛りまでメスアップし約8M硝酸水溶液になるように調製した。
【0030】
〔Rb、Sr、Mo、Mn、Co及びNiの定量〕
酸分解溶液に内標としてインジウムを添加し、40倍希釈して、溶液中のRb、Sr、Mo、Mn、Co及びNiを誘導結合プラズマ質量分析法(ICP−MS)により測定した。
【0031】
〔微量元素の組成を利用した産地の判別〕
判別したい試料のRb、Sr、Mo、Mn、Co及びNiの濃度を測定し、データベースと比較することで産地を判別した。
【0032】
微量元素として、Rb、Sr、Mo、Mn、Co及びNiの6種の量を用いて統計解析ソフトにより判別分析を行った結果を図1に示す。
【0033】
図1において、「正準1」とは、Rb、Sr、Mo、Mn、Co及びNiの量を統計解析ソフト「JMP8」により正準判別分析を実施した際に出力される結果の第一正準軸であり、北海道産小麦、関東産小麦、九州産小麦を判別するために選択される寄与率の高い正準変量の一つである。同様に「正準2」とは二番目に寄与率の高い正準変量である。
【0034】
微量元素の含有量を用いてステップワイズ法により判別分析を実行した場合の誤判別の数、誤判別の割合(%)及び−2対数尤度を表2に示す。
【0035】
【表2】

【0036】
表2から北海道産小麦、関東産小麦、九州産小麦を判別する場合、統計解析ソフトのステップワイズ法に従いSr、Mn、Co、Rb、Ni、Moと選択項目を増加すると誤判別の数、誤判別の割合及び−2対数尤度は減少し判別精度は向上していくが、更に項目を追加すると−2対数尤度が増加、すなわち判別精度が低下した。
【0037】
図1から、Rb、Sr、Mo、Mn、Co及びNiの6種の量を組み合わせることにより、日本産小麦(北海道産小麦、関東産小麦及び九州産小麦)の産地を高い信頼性で判別することができることがわかる。
【0038】
したがって、Rb、Sr、Mo、Mn、Co及びNiの量のみを選択すれば国内産小麦(北海道産小麦、関東産小麦及び九州産小麦)の産地を判別することができることが分かった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明によれば、理化学分析という客観的な手段により、日本産小麦の産地を高い信頼性で判別することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
小麦試料に含まれるルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルの量を分析し、それらの分析情報を用いて小麦の産地を判別する方法。
【請求項2】
日本産小麦の産地を判別するための請求項1記載の方法。
【請求項3】
北海道産小麦と、関東産小麦と、九州産小麦とを判別するための請求項1記載の方法。
【請求項4】
次の工程:
(i)小麦試料を酸分解して無機成分を主に含む溶液を調製する工程、
(ii)工程(i)で調製した溶液中のルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのそれぞれの量を測定する工程、及び
(iii)工程(ii)で得られたルビジウム、ストロンチウム、モリブデン、マンガン、コバルト及びニッケルのそれぞれの量と、判別したい産地由来の小麦試料の前記各元素の量とを比較する工程
を含む請求項1〜3のいずれか1項に記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2013−61184(P2013−61184A)
【公開日】平成25年4月4日(2013.4.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−198653(P2011−198653)
【出願日】平成23年9月12日(2011.9.12)
【出願人】(301049777)日清製粉株式会社 (128)
【出願人】(501245414)独立行政法人農業環境技術研究所 (60)
【出願人】(503027296)一般財団法人日本穀物検定協会 (7)
【Fターム(参考)】