説明

微量元素含有量が増加したイネ品種及びその用途

イネのOsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の活性化による微量元素の含有量が、野生型に比べて増加した形質転換植物体、及び該形質転換植物体から生成された産物を含有する機能性食品である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物体のOsNAS2遺伝子またはOsNAS2遺伝子の活性化による微量元素の含有量が増加した形質転換植物体、及び前記形質転換植物体から生成された産物を含有する機能性食品に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄は、地球上に存在する元素のうち、4番目に多くの量を占めているが、植物によって容易に利用できない。なぜならば、土壌で鉄は、ほとんどオキシ水酸化物(oxyhydrate)形態で存在し、溶解度も非常に低いためである。また、全世界土壌の約30%は、塩基性を示す。このような性質を有する土壌で鉄は、溶解度がきわめて低いFe23形態で存在し、植物の生長を困難にさせる(非特許文献1)。このように、鉄の不足は、植物に致命的な影響を及ぼす。特に、鉄の不足は、葉緑素の合成と葉緑体の発達とに影響を及ぼし、植物の生産量を減少させる。
【0003】
鉄は、ヒトの健康にも重要な意味を有する。鉄は、細胞内のさまざまな機能に必要な必須不可欠な微量の金属元素のうち一つである。世界保健機構(WHO)によれば、全世界人口の30%ほどは、鉄不足による貧血にかかっており、そのほとんどは、開発途上国に集中している。亜鉛の不足は、植物の成長、ストレスに対する耐性及び葉緑素生成を阻害する。また、亜鉛は、ヒトの免疫反応に重要な役割を行い、感染に対する抵抗性を高め、細胞の生長、傷の回復に関与すると知られている。
【0004】
植物は、2種の方法で鉄不足を克服すると知られている(非特許文献2)。ほとんどの植物は、Fe3+をFe2+に還元させた後で吸収する一方、イネや麦のようなイネ科植物は、鉄が不足するとき、フィトシデオホア(phytosiderophore)という鉄結合物質を土壌に分泌してFe3+を結合させて溶解度を高め、鉄とフィトシデオホアとの複合体(complex)を吸収する。
【0005】
イネは、ヒトにとって重要な主食であり、多量の鉄を含有するイネ品種の開発は、ヒトの健康増進のために重要な意味を有する。従って、遺伝工学によって、鉄が多くのイネ品種を育成することは、伝統的な育種方法の限界を克服し、鉄不足による人類の健康問題を解決するための代案として提示されている(非特許文献3)。
【0006】
このような努力の一環として、植物に本来存在する鉄保存蛋白質であるフェリチン(ferritin)の量を増加させて鉄含有量を高める方法が提示された(非特許文献4)。この方法は、豆のフェリチン遺伝子を胚乳特異的発現(endosperm−specific expression)を示すイネのグルテリン(glutelin)プロモーターを利用して形質転換させたものであり、生成されたイネ種子は、対照群に比べて、鉄含有量が3倍増加した(非特許文献5)。また、インゲンマメ(Phaseolus vulgaris)のフェリチン遺伝子をイネ種子で過発現させた結果、鉄含有量が2倍増加した(非特許文献6)。
【0007】
特許文献1によれば、豆及びイネからフェリチンを発現する遺伝子を分離した後、イネ及びトウモロコシの種子保存蛋白質であるグロブリン、グルテリン及びゼインから分離された胚乳特異プロモーターと結合し、胚乳のみで特異的に発現する発現ベクターを製造し、この発現ベクターで形質転換させ、高濃度の鉄生産能を有したイネについて記述している。しかし、この方法は、イネ以外の作物である豆、トウモロコシなどから由来した遺伝子を利用するものである。
【0008】
特許文献2によれば、ムギネ酸類生合成経路中の酵素であるニコチアナミンアミノ基転移酵素(NAAT:nicotianamine amintransferse)をコーディングする遺伝子をイネ科植物に導入し、鉄吸水性が改善されたイネ科植物を記述している。しかし、この方法は、ニコチアナミンアミノ基転移酵素をコーディングする遺伝子を利用するものである。
特許文献3によれば、ニコチアナミンのケト体を、2’−デオキシムギネ酸に還元する還元酵素をコーディングする遺伝子を導入し、鉄欠乏耐性が強化された植物を製造することを記述している。しかし、この方法は、ニコチアナミンのケト体を2’−デオキシムギネ酸に還元する還元酵素をコーディングする遺伝子を利用したものである。
【0009】
一方、ニコチアナミン(NA:nicotianamine)は、植物体内に存在する金属元素と結合するキレータ(chelator)であり、金属元素の吸収と恒常性維持とに重要な役割を行う(非特許文献7)。NAは、植物に存在するニコチアナミン合成酵素(NAS:nicotianamine synthase)遺伝子によって、3個のS−アデノシル−L−メチオニン分子から作られる。
【0010】
高血圧は、慢性循環器系疾患のうち、発生頻度が最も高い疾患であり、血圧上昇の重要なメカニズムであるレニン−アンジオテンシンシステム(RAS:renin−angiotensin system)で重要な酵素であるアンジオテンシン転換酵素(ACE:angiotensin converting enzyme)は、アンジオテンシンI(AngI:angiotensin I)をアンジオテンシンII(AngII:angiotension II)に転換する酵素であり、転換されたAngIIが血管を収縮させて血圧を上昇させると知られている。従って、高血圧を改善する目的として、ACE阻害剤が開発されて商用されているが、ニコチアナミンがACE阻害剤として作用するということを示すさまざまな報告があった(非特許文献8)。
【0011】
本発明者は、イネに本来存在するOsNAS2遺伝子またはOsNAS2遺伝子を活性化させたときの微量元素の含有量が増加するということを明らかにして、本発明を完成した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】大韓民国登録特許第10−471679号公報
【特許文献2】大韓民国登録特許第10−454083号公報
【特許文献3】大韓民国公開特許第10−2003−84892号公報
【非特許文献】
【0013】
【非特許文献1】Mori,Curr Opin Plant Biol 2:250−253,1999
【非特許文献2】Marschner et al.,J.Plant Nutr 9:3−7,1986
【非特許文献3】Qu et al.,Planta 222:225−233,2005
【非特許文献4】Theil et al.,Annu Rev Biochem 56:289−315,1997
【非特許文献5】Goto et al.,Nat Biotech 17:282−286,1999
【非特許文献6】Lucca et al.,Theor Appl Genet 102:392−397,2001
【非特許文献7】Douchkov et al.,Plant Cell Environ 28:365−374,2005
【非特許文献8】Usuda et al.,Plant Biotech J 7:87−95,2009
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、植物体自体に存在する遺伝子の活性化による微量元素の含有量が、野生型に比べて増加した形質転換植物体、及び前記形質転換植物体から生成された産物を含有する機能性食品を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明の例示的具体例は、微量元素の含有量が増加した植物体を提供する。
本発明の他の例示的具体例は、前記の本発明の例示的具体例による植物体を、鉄及び亜鉛から構成される群から選択された一つ以上が不足した条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法を提供する。
本発明の他の例示的具体例は、前記の本発明の例示的具体例による植物体を、過量の重金属が存在する条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法を提供する。
本発明の他の例示的具体例は、前記植物体を含むか、あるいはそれから生成された産物を含有する機能性食品を提供する。
本発明の他の例示的具体例は、前記植物体を含むか、あるいはそれから生成された産物を含有する薬学的組成物を提供する。
本発明の他の例示的具体例は、微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法を提供する。
本発明の他の例示的具体例は、前記のような植物体を高いpH条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法を提供する。
【発明の効果】
【0016】
本発明の一具体例による植物体によれば、野生型(WT)に比べて増加した微量元素の含有量を有することができる。
また、本発明の一具体例による機能性食品によれば、野生型(WT)に比べて増加した微量元素の含有量を有しており、高い農業的及び栄養学的な利益を有することができる。
また、本発明の一具体例による微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法によれば、微量元素含有量が増加した植物体を効果的に製造することができる。
また、本発明の一具体例による植物体を生育させる方法によれば、植物体を、鉄または亜鉛のような重金属が不足した量で含まれた生育条件、または銅、亜鉛またはニッケルのような重金属が過量に含まれた生育条件で植物体を生育させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】T−DNAが挿入されたDNA構造体の一形態を示した図面である。
【図2A】MS培地にそれぞれ0,1,10,500μM Fe(III)−EDTAを添加した培地で、7日間育ったイネの葉または根で、OsNAS2遺伝子の発現様相を定量的リアルタイムRT−PCRを利用して分析したグラフである。
【図2B】イネ種子を100μM Fe(III)−EDTAを添加していないMS培地で7日間育てた後、100μM Fe(III)−EDTAを添加した培地に移して生育させた後、一定の時間に、イネの葉及び根から抽出したRNAから、OsNAS2の発現を測定した結果である。
【図3】OsNAS2−D1及びその野生型(WT)について、OsNAS2の発現量を比較したグラフである。
【図4】鉄及び亜鉛をいずれも含むMS固体培地(MS)、鉄を含有しないMS固体培地(Fe−)、亜鉛を含有しないMS固体培地(Zn−)で育てた野生型(WT)及びOsNAS2−D1の表現型である。
【図5】pH8.5に合わせたMS培地(MS/pH8.5)、pH8.5であって、鉄を含有しないMS培地(Fe−/pH8.5)で生育させた野生型(WT)及びOsNAS2−D1の表現型及び伸長を示した図面である。
【図6】過量の亜鉛(5mM)、銅(0.3mM)またはニッケル(0.5mM)が添加されたそれぞれの固体MS培地で育てた野生型(WT)及びOsNAS2−D1の表現型である。
【図7】T−DNAが挿入されたDNA構造体の一形態を示した図面である。
【図8】MS培地及びMS培地で、Fe、Zn、CuまたはMnを含まない培地で育ったイネの葉または根で、OsNAS1遺伝子の発現様相を定量的リアルタイムRT−PCRを利用して分析したグラフである。
【図9】MS培地及びMS培地で、Fe、Zn、CuまたはMnを含まない培地で育ったイネの葉または根で、OsNAS2遺伝子の発現様相を定量的リアルタイムRT−PCRを利用して分析したグラフである。
【図10】MS培地及びMS培地で、Fe、Zn、CuまたはMnを含まない培地で育ったイネの葉または根で、OsNAS3遺伝子の発現様相を定量的リアルタイムRT−PCRを利用して分析したグラフである。
【図11】OsNAS3−D1及びとその野生型(WT)、OsNAS3−D2及びその野生型(WT)で、OsNAS3の発現量を比較したグラフである。
【図12】鉄及び亜鉛をいずれも含有するMS固体培地(MS)、鉄を含有しないMS固体培地(Fe−)、亜鉛を含有しないMS固体培地(Zn)で育てた野生型(WT)及びOsNAS3−D1の表現型及び白化現象を知るための葉を示したイメージである。
【図13】過量の亜鉛(5mM)、銅(0.3mM)またはニッケル(0.5mM)が添加されたそれぞれの固体MS培地で育てた野生型(WT)とOsNAS3−D1との表現型及び伸長を示した図面である。
【図14】pH8.5に合わせたMS培地(MS/pH8.5)、pH8.5であって鉄を含有しないMS培地(Fe−/pH8.5)で育てた野生型(WT)とOsNAS3−D1との表現型及び伸長を示した図面である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の例示的具体例は、微量元素の含有量が増加した植物体を提供する。
前記植物体は、鉄、亜鉛及び銅から選択される一つ以上の金属含有量が野生型植物体に比べて増加しているものであってもよい。例えば、前記植物体は、鉄及び/または亜鉛が野生型植物体に比べて増加しているものであってもよい。前記金属含有量の増加した程度は、10%以上、20%以上、30%以上、50%以上または70%以上であってもよい。
【0019】
前記植物体は、OsNAS2遺伝子またはOsNAS2遺伝子の発現が増加しているものであってもよい。前記OsNAS2遺伝子は、配列番号2(GenBank許可番号:AB023818)のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコーディングする遺伝子であってもよい。例えば、前記遺伝子は、配列番号1のヌクレオチド配列を有するものであってもよい。しかし、前記OsNAS2遺伝子は、OsNAS2蛋白質活性を有するポリペプチドをコーディングするものであれば、いずれのものでも含まれる。例えば、OsNAS2蛋白質活性を有する、前記配列番号2のような蛋白質の変異体が含まれてもよいが、それらの例に限定されるものではない。前記OsNAS3遺伝子は、配列番号11(GenBank許可番号:AB023819)のアミノ酸配列を有するポリペプチドをコーディングする遺伝子であってもよい。例えば、前記遺伝子は、配列番号10のヌクレオチド配列を有するものであってもよい。しかし、前記OsNAS3遺伝子は、OsNAS3蛋白質活性を有するポリペプチドをコーディングするものであれば、いずれも含まれる。例えば、OsNAS3蛋白質活性を有する、前記配列番号11のような蛋白質の変異体が含まれてもよいが、それらの例に限定されるものではない。
【0020】
前記植物体は、単子葉植物であってもよい。例えば、イネ、麦及びトウモロコシである。前記植物体は、植物体全体、根、葉、種子及び前記植物体から分離された細胞であってもよい。また、前記植物体には、植物体から生産された種子も含まれる。
【0021】
前記植物体において、OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現を増加させることは、細胞内に存在する内在的遺伝子の発現を増加させることと関連した分野で公知の任意方法によってなされたものであってもよい。例えば、トランスポーザブル要素(TE:transposable element)や、T−DNAのような挿入要素(insertion element)を植物体のゲノム内に導入する挿入突然変異法が使われてもよい。挿入突然変異法は、挿入された要素が遺伝子確認のためのタグ(tag)として作用するという利点がある。また、変形された挿入突然変異法が使われてもよい。変形された挿入突然変異法の一例は、前記タグされる遺伝子と、β−グルクロニダーゼ(GUS)または緑色蛍光蛋白質(GFP)のようなリポーター遺伝子とを融合させることを含む遺伝子捕獲システム(gene trap system)である。このシステムによれば、発現様相に基づいて、遺伝子を確認することができる。プロモーターのないリポーターの挿入は、正常遺伝子機能を破壊するだけではなく、挿入されたリポーター遺伝子の方向が合えば、リポーターが発現され、挿入された遺伝子の発現を反映するので、有用なプロモーター分離も可能である。変形された挿入突然変異法の他の例は、活性化タグシステム(activation tagging system)である。このシステムは、マルチマー化されたCaMV 35Sエンハンサーを含むT−DNAまたはTE(transposable element)を使用する。エンハンサーは、方向に関係なく、コーディング領域から相当な距離でも機能を果たすために、隣接する遺伝子の転写活性化を引き起こし、優性機能獲得突然変異体(dominant gain-of-function mutations)を形成させることができる。前記方法によって形成された突然変異体のうち、OsNAS2遺伝子の発現の増加した個体を選抜することによって、前記植物体を得ることができる(Jung et al.,Plant Physiology 130:1636−1644)。前記CaMV 35Sエンハンサーは、例えば、配列番号12のヌクレオチド配列を有するものであってもよい。前記植物体は、例えば、前記OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現を増加させるために、エンハンサーの導入されたもの、または前記遺伝子のコピー数が増幅されたものであってもよい。前記エンハンサーの例としては、CaMV 35Sエンハンサー(Cauliflower mosaic virus 35S enhancer)またはそれらの連結体(例えば、4個の連結体)であって、それらエンハンサーは、ベクター、例えば、pGA2715(Jung et al.,Plant Physiology 130:1636−1644)及びpGA2772(Jung et al.,Plant J 45:123−132,2006)のような活性化タグベクター(activation tagging vector)によって、植物体のゲノム内に導入されるものであってもよい。前記エンハンサーは、選択されたエンハンサーの特性によって、前記OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子と適切な位置に配置されてもよい。例えば、前記OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の5’,3’または5’及び3’の末端に隣接(flank)したり、離隔されて位置しうる。例えば、前記エンハンサーは、CaMV 35Sエンハンサーであり、前記OsNAS2遺伝子の下流(downstream)、例えば、遺伝子の中止コードンからの下流に約10kb以内、例えば、約2.06kbに導入されたものであってもよい。また、前記エンハンサーは、CaMV 35Sエンハンサーであり、前記OsNAS2遺伝子の上流(upstream)、例えば、遺伝子の開始コードンから上流に約10kb以内、例えば、約2.06kbに導入されたものであってもよい。例えば、前記エンハンサーは、CaMV 35Sエンハンサーであり、前記OsNAS3遺伝子の下流(downstream)、例えば、遺伝子の中止コードンからの下流に10kb以内、例えば、1.5kb及び/または1.9kbに導入されたものであってもよい。また、前記エンハンサーは、CaMV 35Sエンハンサーであり、前記OsNAS3遺伝子の上流(upstream)、例えば、遺伝子の開始コードンから上流に10kb以内、例えば、1.5kb及び/または1.9kbに導入されたものであってもよい。前記エンハンサーは、単独または複数個が連結しているものであってもよい。例えば、前記エンハンサーは、4個コピーのCaMV 35Sエンハンサーが連続して連結されているものであってもよい。
【0022】
植物体に、外来核酸構造体、例えば、エンハンサーを導入する方法は、公知である。例えば、前記構造体の導入は、アグロバクテリウム・ツメファシエンス(Agrobacterium tumefaciens)Tiプラスミド、電気穿孔(electroporation)及び衝撃法(bombardment)を介して導入されてもよい。また、植物体に外来核酸構造体を導入することは、特定の位置に位置特異的に導入したり、ランダムに導入した後、特定の形質を有する植物体を選抜することによってなされてもよい。
【0023】
前記植物体の一例は、種子受託番号:KACC 98008P、種子受託番号:KACC 98004PまたはKACC 98005Pで寄託されたイネであってもよい。前記植物体の他の例は、種子受託番号KCTC 11597BPで寄託されたOsNAS2−D1イネ(Oryza sativa)、または種子受託番号KCTC 11598BPで寄託されたOsNAS3−D1イネ(Oryza sativa)であってもよい。前記イネは、鉄及び亜鉛の含有量が野生型イネに比べて増加している。また、前記イネは、亜鉛、銅またはニッケルが増加した条件で、耐性を有して生育可能である。
【0024】
本発明の他の例示的具体例は、重金属に対して耐性を有する植物体を提供する。前記植物体については、前記の通りである。前記重金属は、亜鉛、銅及びニッケルから選択される一つ以上であってもよい。前記耐性の程度は、5mM以上の亜鉛、0.3mM以上の銅または0.5mM以上のニッケルで生育しうるものであってもよい。
【0025】
本発明の他の例示的具体例は、前記の本発明の例示的具体例による植物体を、鉄及び亜鉛から構成される群から選択された一つ以上が不足した条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法を提供する。前記鉄及び亜鉛の濃度は、例えば、鉄及び亜鉛が含まれていないMS培地、またはそれと類似した条件で培養するものであってもよい。
【0026】
本発明の他の例示的具体例は、前記の本発明の例示的具体例による植物体を過量の重金属が存在する条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法を提供する。前記重金属は、5mM以上の亜鉛、0.3mM以上の銅または0.5mM以上のニッケルであってもよい。
【0027】
本発明の他の例示的具体例は、前記植物体を含むか、あるいはそれから生成された産物を含有する機能性食品を提供する。前記機能性食品は、鉄、亜鉛及び銅から選択された一つ以上が増加しているものである。前記機能性食品は、前記植物体の種子、例えば、コメを含むか、あるいはそれから加工された産物であってもよい。
【0028】
本発明の他の例示的具体例は、前記植物体を含むか、あるいはそれから生成された産物を含有する薬学的組成物を提供する。前記植物体は、根、葉、茎、種及びそれらの組み合わせからなる群から選択されるものであってもよい。また、前記産物は根、葉、茎、種及びそれらの組み合わせからなる群から選択される植物体を加工して得られるものであってもよい。例えば、前記植物体を物理的または化学的に処理して得られるものであってもよい。例えば、前記産物は、前記植物体を蒸熟、粉砕、抽出、分離精製及びそれらの組み合わせから選択される一つ以上の過程を経て得られるものであってもよい。
【0029】
前記薬学的組成物は、薬学的に許容可能な希釈剤または担体を含んでもよい。前記担体または希釈剤は、当業界に公知の任意の担体であってもよい。前記担体または希釈剤は、一般的な賦形剤、崩壊剤、結合剤、滑沢剤のうち、1種または2種以上を選択的に使用することができる。例えば、前記組成物を錠剤あるいは硬質カプセル剤などの固形剤形に製造する場合、賦形剤として、非晶質セルロース、乳糖、低置換度ヒドロキシセルロースなどが使われ、崩壊剤として、澱粉グルコール酸ナトリウム、無水リン酸一水素カルシウムなどが使われてもよい。結合剤としては、ポリビニルピロリドン、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースなどが使われる、滑沢剤としては、ステアリン酸マグネシウム、二酸化ケイ素、タルクなどから選択して使用することができる。
【0030】
前記組成物は、顆粒剤、散剤、液剤、錠剤、カプセル剤または乾燥シロップ剤などの経口用製剤、または注射剤などの非経口用剤形に製剤化可能であるが、かような剤形に限定されるものではない。望ましくは、前記組成物は、顆粒、錠剤またはカプセル剤の形態であるか、あるいは液剤または注射剤の形態である。
【0031】
前記組成物で使われる前記植物体またはその産物の治療学的に有効な量は、前記植物体中の微量元素の含有量、及びそれを必要とする個体の年齢、性別、疾病の軽重及び体重などの状況を判断して、当業者が容易に決定することができる。例えば、前記植物体または産物がコメである場合、前記量は、一日100gないし500g、例えば、100gないし400g、100gないし300g、200gないし300g、または150ないし300gである。
【0032】
前記組成物は、経口または非経口で投与可能である。例えば、前記組成物は、経口、例えば、一般的な食事を介して経口的に投与可能である。また、前記投与は、1日1回または数回に分けて投与可能である。
【0033】
前記組成物は、鉄、亜鉛、銅及びそれらの組み合わせから選択される物質の不足によって引き起こされる疾病を治療するためのものであってもよい。前記疾病は、鉄欠乏症状であってもよい。前記鉄欠乏症状は、例えば、貧血(anemia)、疲労(fatigue)、蒼白(pallor)、毛髪損傷(hair loss)、易刺激性(irritability)、弱気(weakness)、異食症(pica)、手足の爪割れ(brittle or grooved nails)、プランマー・ヴィンソン症候群(Plummer-Vinson syndrome)及び損傷された免疫機能(impaired immune function)を含む。前記疾病は、亜鉛欠乏(zinc deficiency)によって引き起こされる症状を含む。前記疾病は、低亜鉛血症(hypozincemia)でもある。低亜鉛血症は、代謝要求に必要な亜鉛が十分ではない状態をいう。亜鉛欠乏症状は、毛髪損傷、皮膚損傷(skin lesion)、下痢、体組織の減退(wasting of body tissue)である。腸性肢端皮膚炎(acrodermatitis enteropathica)、拒食症(anorexia)、認知機能及び運動機能の喪失(cognitive and motor function impairment)及び無月経症(dysmenorrhea)を含む。前記疾病は、銅欠乏によって引き起こされる疾病である。銅欠乏は、貧血症(syndrome of anemia)または汎血球減少症(pancytopenia)、神経退化(neurodegeration)、メンケス病(Menkes disease)、痙縮(spasticity)、調和運動不能(ataxia)及び神経障害(neuropathy)である。
本発明の他の例示的具体例は、微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法を提供する。
【0034】
前記方法の一例は、外来エンハンサーを含む構造体を植物体に導入し、OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現が増加した植物体を得る段階を含む。エンハンサー、植物体、前記構造体を植物体に導入する方法、及びOsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子については、前記の通りである。前記OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現が増加したか否かは、当業界に公知の方法によってなされてもよい。例えば、直接的な酵素活性測定、核酸増幅方法によるOsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子のmRNA水準の測定、または発現された蛋白質の量を測定することによってなされる。前記核酸増幅方法には、RT−PCRなどを含んだPCRが含まれる。前記蛋白質の量測定には、ELISA、ウェスタンブロッティングのような免疫学的方法が使われてもよい。前記方法は、前記OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現が増加するか否かということと共に、鉄、亜鉛及び銅から選択された一つ以上が野生型に比べて増加したか否かを決定する段階をさらに含んでもよい。鉄及び/または亜鉛の含有量を測定する方法は、公知である。
【0035】
例えば、前記方法は、花キャベツモザイクウイルスのプロモーターから由来した35Sエンハンサーが挿入されたTiプラスミドを植物体導入する段階と、前記35SエンハンサーがOsNAS2活性またはOsNAS3活性をコーディングする遺伝子の上流及び下流のうち、一つ以上の位置に挿入された植物体を選抜する段階と、を含むものである。
前記Tiプラスミドは、アグロバクテリウム・ツメファシエンスに含まれた円形プラスミドであり、植物体に遺伝物質を導入するために使われる。前記35SエンハンサーをTiプラスミドに導入することは、適切な制限酵素及びリガーゼなどを使用して、当業者が容易に製造することができる。前記35Sエンハンサーは、TiプラスミドのT−DNAの左側及び/または右側の境界(border)に位置しうる。前記35Sエンハンサーは、一つ以上、例えば、4個が隣接しているものであってもよい。例えば、pGA2715ベクターまたはpGA2772ベクターによって挿入されてもよい。前記Tiプラスミドを植物体に導入することは、Tiプラスミドをアグロバクテリウム・ツメファシエンスに導入し、Tiプラスミドが導入されたアグロバクテリウム・ツメファシエンスを植物体に感染させることによって、なされてもよい。一般的に、TiプラスミドのT−DNA領域が植物体の染色体に挿入される。
【0036】
前記方法は、前記35SエンハンサーがOsNAS2活性またはOsNAS3活性をコーディングする遺伝子の上流及び下流のうち、一つ以上の位置に挿入された植物体を選抜する段階を含む。「OsNAS2活性」とは、3分子のS−アデノシル−L−メチオニンを、3 S−メチル−5’−チオアデノシン+ニコチアナミンに転換させたり、あるいはその逆に転換させる反応を触媒する活性を意味する。望ましくは、前記OsNAS2活性は、配列番号2のアミノ酸配列を有する蛋白質によるものであってもよい。前記OsNAS2活性をコーディングする遺伝子には、配列番号2のアミノ酸配列を有する蛋白質をコーディングする遺伝子、例えば、配列番号1のヌクレオチド配列を有するものであってもよい。前記35Sエンハンサーが、OsNAS2をコーディングする遺伝子の上流及び下流のうち一つ以上の位置に挿入されたか否かということは、配列分析または核酸増幅によってなされてもよい。前記植物体は、望ましくは、イネ(oryza sativa)である。例えば、前記35Sエンハンサーは、OsNAS2活性をコーディングする配列番号1の塩基配列の下流約2.06kbに挿入されてもよい。
【0037】
「OsNAS3活性」とは、3分子のS−アデノシル−L−メチオニンを、3 S−メチル−5’−チオアデノシン+ニコチアナミンに転換させたり、あるいはその逆に転換させる反応を触媒する活性を意味する。望ましくは、前記OsNAS3活性は、配列番号11のアミノ酸を有する蛋白質によるものであってもよい。前記OsNAS3活性をコーディングする遺伝子には、配列番号11のアミノ酸を有する蛋白質をコーディングする遺伝子、例えば、配列番号10のヌクレオチド配列を有するものであってもよい。前記35Sエンハンサーが、OsNAS3をコーディングする遺伝子の上流及び下流のうち一つ以上の位置に挿入されたか否かということは、配列分析または核酸増幅によってなされてもよい。前記植物体は、望ましくは、イネ(oryza sativa)である。例えば、前記35Sエンハンサーは、OsNAS3活性をコーディングする配列番号10の塩基配列の下流約1.5kbまたは約1.9kbに挿入されてもよい。
【0038】
図1は、T−DNAが挿入されたDNA構造体の一形態を示したものである。図1で、ATGからTGAまでのボックスで表示された部分は、OsNAS2遺伝子のエクソンを示す。T−DNAは、OsNAS2遺伝子のTGA終結コードンの後、約2.06kbに挿入可能である(OsNAS2−D1形質転換植物体)。
【0039】
図6は、T−DNAが挿入されたDNA構造体の一形態を示したものである。図6で、ATGからTGAまでのボックスで表示された部分は、OsNAS3遺伝子のエクソンを示す。T−DNAは、OsNAS3遺伝子のTGA終結コードンの後、約1.5kbに挿入可能である(OsNAS3−D1形質転換植物体)。また、T−DNAは、OsNAS3遺伝子のTGA終結コードンの後、約1.9kbに挿入可能である(OsNAS3−D2形質転換植物体)。
【0040】
本発明の他の例示的具体例は、前記のような植物体を高いpH条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法を提供する。
前記pHは、8.5ないし14、例えば、8.5ないし12であってもよい。
【実施例】
【0041】
以下、本発明について、実施例によって詳細に説明する。しかし、本発明は、下記実施例によって制限されるものではない。
実施例1:OsNAS2遺伝子の発現が活性化された形質転換植物体の分離
(1)イネに存在するニコチアナミン合成酵素2(OsNAS2)遺伝子の発現分析
イネには、3個のニコチアナミンシンターゼ(nicotianamine synthase)(OsNAS1、OsNAS2、OsNAS3)が存在し、酵素としての活性があることが報告されている(Inoue et al.,Plant J 36:366−381,2003)。外部から供給した鉄の濃度によるOsNAS2遺伝子の発現程度を調べた。イネの種子を、MS培地(0.1μM CuSO4、100μM Fe(III)−EDTA、30μM ZnSO4、10μM MnSO4を含む)と、それぞれ0μM、1μM、10μM及び500μMのFe(III)−EDTAが添加されたMS培地とでイネ種子を発芽させ、7日間生育させた。また、イネ種子を、100μM Fe(III)−EDTAを添加していないMS培地で7日間生育させた後、100μM Fe(III)−EDTAを添加したMS培地に植え移して生育させ、OsNAS2の発現変化を確認した。
イネの根及び葉からRNAを準備し、その発現程度を定量的リアルタイムRT−PCRで分析した。PCR条件は、95℃で1分を維持した後、94℃で15秒、56℃で10秒及び72℃で10秒を45回反復した。使用したプライマーは、次の通りである。発現対照群として、イネアクチン1遺伝子を増幅した。
【0042】
プライマー配列
OsNAS2−フォワードプライマー:5’−CGTCTGAgtgcgtgcatagta−3’(配列番号3)
OsNAS2−リバースプライマー:5’−GAAGCACAAACACAAACCGATA−3’(配列番号4)
OsAct1−フォワードプライマー:5’−TGGAAGCTGCGGGTATCCAT−3’(配列番号5)
OsAct1−リバースプライマー:5’−TACTCAGCCTTGGCAATCCACA−3’(配列番号6)
【0043】
その結果を図2A及び図2Bに示した。図2A及び図2Bで、縦軸は、イネアクチン1遺伝子の発現量を基準に発現程度を示している。
図2Aから分かるように、OsNAS2遺伝子は、イネが鉄を含まない培地で育つ場合、葉では強く誘導されたが、1μM以上のFe(III)−EDTAを含む培地では、発現していない。根では、鉄を含まない培地で育った場合が発現が最も高く、鉄の濃度が上昇するほど、発現は低減した。図2Bは、100μMのFe(III)−EDTAを培地に供給し、経時的なOsNAS2の発現を示したものである。図2A及び図2Bで使われるイネは、トンジンイネである。
【0044】
(2)OsNAS2遺伝子の発現が活性化された形質転換植物体の製造及び分離
形質転換イネを製造するための構造体として、T−DNAベクターであるpGA2715ベクターを利用した(Jeong et al.,Plant Physiol 130:1636−1644,2002)。前記ベクターは、右側境界に隣接し、β−グルクロニダーゼ(GUS)リポーター遺伝子を含んでおり、左側境界に隣接し、CaMV 35Sプロモーター由来テトラマー化された転写エンハンサーを含む。前記pGA2715ベクターを、アグロバクテリウムに形質転換させ、形質転換されたアグロバクテリウムを利用して、野生型のトンジンイネに形質転換し、pGA2715が形質導入されたイネ植物体集団を製造した(Lee et al.,J Plant Biol 42:310−316,1999;Jeong et al.,Plant Physiol 130:1636−1644,2002;Jeong et al.,Plant Journal 45:123−132,2006)。
【0045】
形質導入されたイネ植物体から分離されたゲノムDNAに係わり、逆転PCR(inverse PCR)を介して、pGA2715ベクター中のT−DNAが挿入された位置を確認した。その結果、T−DNAがOsNAS2遺伝子の周辺に挿入された1個の形質転換植物体(OsNAS2−D1)を分離した。
OsNAS2−D1形質転換植物体は、OsNAS2遺伝子の下流約2.06kbに、35Sエンハンサーを左側境界部位に含むT−DNAが挿入されている。図1は、OsNAS2−D1で、T−DNAの挿入位置を示したものである。
【0046】
実施例2:形質転換植物体でのOsNAS2の発現増加
前記実施例1で選別されたOsNAS2−D1の遺伝型をPCRを介して決定した。OsNAS2−D1のT2世代個体の葉からゲノムDNAを抽出し、これをPCRのテンプレートDNAとして使用した。OsNAS2−D1に係わっては、2個の遺伝子特異的プライマーF(5’−ACCTTACTCCCCCGAACTAA−3’:配列番号7)及びプライマーR(5’−CAAGGAGCTGTCCGTCTAAC−3’:配列番号8)、並びにT−DNA特異的プライマーRB(5’−CAAGTTAGTCATGTAATTAGCCAC−3’:配列番号9)を使用した。発現量を知るために、OsNAS2−D1の同型接合体、及びそれぞれの野生型イネ、すなわち、トンジンイネ(WT)の、100μM Fe(III)−EDTAを添加したり、あるいは添加していない培地で7日間育った幼苗(seedling)の葉及び根、枝葉(flag leaves)、10cmサイズの花(flower)及び未成熟種子(immature seeds)からRNAを分離し、逆転写酵素を利用して、それぞれのcDNAを製造した。製造したcDNAをテンプレートとして、配列番号1、2のプライマーを利用して、リアルタイムRT−PCRを遂行し、OsNAS2遺伝子転写量を比較し、その結果を図3に示した。図3で、縦軸は、イネアクチン1遺伝子転写量に係わる相対的な転写量を示したものである。
図3でのように、OsNAS2遺伝子の発現は、OsNAS2−D1では、野生型(WT)に比べて、実験したあらゆる条件で増加した。
【0047】
実施例3:形質転換植物体の種子でのニコチアナミン量の増加
OsNAS2遺伝子の発現の増加が、作用酵素の産物であるニコチアナミン量の増加に係わる影響を知るために、種子でニコチアナミン量(nicotiamine)を測定した。種子を、マルチビーズショッカー(商標登録)(安井器械(株)、大阪)を利用して細かく砕いた後、20mgの粉から、400μlの80%エタノールを利用して、15分間3回にわたってニコチアナミンを抽出した。抽出されたニコチアナミンを、LC−ESI−TOF−MSを利用して、定量的分析を行った。その結果を下記表1に示した。
【0048】
【表1】

【0049】
表1から分かるように、OsNAS2−D1種子のニコチアナミン量は、野生型に比べて約19.8倍増加した。
【0050】
実施例4:形質転換植物体での微量元素含有量の測定
OsNAS2遺伝子の活性化が、イネの微量元素蓄積に及ぼす影響を知るために、野生型(WT)、形質転換植物体であるOsNAS2−D1で微量元素を測定した。野生型と形質転換植物体との成熟した種子及び枝葉(flag leaves)を試料として使用し、微量元素測定方法は、Lee et al.,Plant Physiol 150:786−800,2009に記載された方法を参考にした。試料を70℃で2日間乾燥させ、乾燥量を記録し、得た試料を11N HNO3 1mlで、3日間180℃オーブンで分解させた。希釈した後、原子吸収分光分析法(AAS:atomic absorption spectroscopy)(SpectrAA−800,Varian,Palo Alto,CA,USA)によって、試料内微量元素鉄と亜鉛との含有量を測定した。表2は、形質転換植物体中の微量元素含有量を示している。
【0051】
【表2】

【0052】
表2から分かるように、成熟した種子で、OsNAS2−D1は野生型に比べて、鉄は3.0倍、亜鉛は2.7倍、銅は1.2倍増加した。枝葉では、OsNAS2−D1が野生型と比較するとき、鉄と亜鉛とは1.4倍、銅は1.5倍増加した。
【0053】
実施例5:鉄と亜鉛とが不足した条件での形質転換植物体の幼苗表現型分析
鉄と亜鉛とが不足した条件で、OsNAS2遺伝子の活性化が及ぼす影響を調べた。鉄と亜鉛とを両方含有するMS固体培地、鉄を含有しないMS固体培地(Fe−)、亜鉛を含有しないMS固体培地(Zn−)で、野生型(WT)及びOsNAS2−D1を発芽させ、8日間生育させて幼苗表現型を観察した。その結果を表3に示した。また、表現型の伸長と葉緑素の含有量とを測定して、表3に示した。葉緑素の測定は、葉を採取し、重さを測定し、80%アセトンを利用して抽出した。液体窒素を利用して凍らせた後、細かく砕いた葉と80%アセトンとを十分に混ぜ(葉100mg当たり1ml 80%アセトン添加)、氷に15分放置後、15,000gで遠心分離し、上澄み液を分周し、666nm及び646nmで吸光度を測定した後、Arnon,Plant Physiol 24:1−15,1949に記載された方法で、葉緑素aと葉緑素bとを含む葉緑素の量を測定した。
【0054】
【表3】

【0055】
図4及び表3から分かるように、鉄と亜鉛とをいずれも含有する培地(MS)条件では、前記の通り、表現型の違いを示していない。しかし、鉄を含有しない培地(Fe−)条件では、OsNAS2−D1は、野生型(WT)に比べて、高さも高く、葉緑素も、野生型(WT)に比べて、50%以上増加し、鉄不足の代表的症状である白化現象(chlorosis)も、さらに少なく進んでいた。従って、OsNAS2−D1は、野生型に比べて、鉄が不足した生育条件で、さらに耐えるということが分かる。亜鉛を含有しない培地条件(Zn−)でも、OsNAS2−D1は、野生型(WT)に比べて、生長速度が速かった。従って、OsNAS2−D1は、野生型(WT)に比べて、亜鉛が不足した生育条件でも、さらに望ましく育つということが分かる。
前記実験結果を検証するために、それぞれの条件で、幼苗時期の野生型(WT)及びOsNAS2−D1の茎と根とを採取し、鉄と亜鉛との濃度を、前記実施例4と同じ方法で測定した。その結果を表4に示した。
【0056】
【表4】

【0057】
図3から分かるように、鉄と亜鉛とを両方含有する培地(MS)条件では、前記で調べたように、表現型の差はなかった。しかし、表4から分かるように、OsNAS2−D1は、野生型(WT)に比べて、鉄の濃度が茎と根とで、それぞれ1.6倍、1.4倍増加し、亜鉛の濃度は、茎と根とで、それぞれ1.8倍、1.4倍増加した。また、鉄を含有しない培地条件では、OsNAS2−D1は、野生型(WT)に比べて、鉄の濃度が茎と根とで、それぞれ1.9倍、1.8倍増加し、亜鉛の濃度は、茎と根とで、1.7倍、1.5倍増加した。また、亜鉛を含有しない培地条件でも、OsNAS2−D1は、野生型(WT)に比べて、亜鉛の濃度が茎と根とで、いずれも1.7倍増加し、鉄の濃度は、茎と根とで、それぞれ1.5倍、1.7倍増加した。従って、OsNAS2−D1は、鉄または亜鉛が不足した生育条件で、さらに耐えるということが分かる。
【0058】
実施例6:pHが高い条件での形質転換植物体の表現型観察
土壌のpHは、植物に必要な元素の溶解度に多くの影響を及ぼす。例えば、pHが8.0以上であるならば、鉄は、溶解度が低いFe23形態に変化し、植物が正常に利用及び吸収することができない状態となる。その結果、鉄不足現象を起こすことになる。
pH8.5に合わせたMS培地(MS/pH8.5)で、野生型(WT)及びOsNAS2−D1を発芽させ、10日間生育させて表現型を観察した。また、鉄を含有しないMS培地(Fe−/pH8.5)でも、同じ方法を実施して表現型を観察した。表現型と植物体の伸長とを図5に示した。図5から分かるように、pH8.5に合わせたMS培地(MS/pH8.5)で、OsNAS2−D1が野生型(WT)に比べ、伸長も大きく、かつさらに耐えるということが分かる。かような結果は、鉄を含有しないMS培地(Fe−/pH8.5)で、さらに明らかに示された。
【0059】
実施例7:過量の重金属が含まれていた条件での形質転換植物体の表現型分析
OsNAS2活性化が、過量の重金属処理時に発生する毒性にいかなる影響を与えるかを調べた。過量の亜鉛(5mM)、銅(0.3mM)またはニッケル(0.5mM)がそれぞれ添加された固体MS培地で、野生型(WT)及びOsNAS2−D1を発芽させ、10日間育て、幼苗表現型を観察した。表現型、植物体の伸長及び重金属の濃度を、図6及び表5に示した。
【0060】
図6及び表5から分かるように、OsNAS2−D1は、野生型に比べて、高さも高く、白化現象がさらに遅く進んでいた。かような結果は、OsNAS2−D1が、野生型(WT)に比べて、過量の重金属による毒性に対する耐性が向上しているということを示している。
【0061】
【表5】

【0062】
特に、過量の亜鉛、銅及びニッケルを含有する固体MS培地で育てたとき、茎と根との亜鉛、銅及びニッケル濃度を、前記実施例4と同じ方法で測定し、その結果を表6に示した。
【0063】
【表6】

【0064】
表6から分かるように、OsNAS2−D1は、野生型(WT)に比較して、茎と根とで、亜鉛は1.4倍、1.5倍、ニッケルは1.4倍、銅は、それぞれ1.4倍、1.2倍増加した。
【0065】
実施例7:鉄の生物学的利用度(bioavailability)調査
OsNAS2−D1の種子の鉄増加が、種子摂取時に吸収されて利用される鉄の生物学的利用度の増加いかんを知るために、マウス食餌分析(mouse feeding assay)を行った。
生後3週間になったメスBalb/cマウスに、鉄が十分な飼料(AIN−93G Purified Diet−45mgFe/kg飼料、Control Diet(CD))と、鉄が不足した飼料(modified AIN−93G diet containing iron 3mg/kg飼料、Iron−depleted Diet(ID))を供給した。2週間後、この2グループのネズミから血液を採取した。これは、貧血を誘発すると同時に、貧血の程度を知るために、血液のヘモグロビン(Hb)とヘマトクリット(Hct)とを測定するためである。測定結果、鉄が不足した飼料を食べさせたネズミのヘモグロビン(Hb)とヘマトクリット(Hct)との数値が、鉄が十分な飼料を食べさせたネズミに比べて、それぞれ75及び65%に減少した(表7)。これは、鉄が不足した飼料を食べさせたとき、貧血が誘発されるということが分かった。この後、鉄分が不足した飼料を食べさせたネズミを2グループに分け、第1グループ(野生型、WT、n=10)は、野生型(WT)種子からなったコメを食べさせ、第2グループ(OsNAS2−D1、n=9)は、OsNAS2−D1の種子からなったコメを食べさせた。そして、初めから正常飼料を食べさせたネズミグループを、対照群(controlグループ、CD)として測定した。コメを食べさせた後、1週間、2週間、4週間が経過した後で血液を採取して、HbとHctとを測定した。その結果を表8に示した。表8のように、野生型(WT)またはOsNAS2−D1の種子からなったコメを食べさせる前は、マウスのHbとHctは、有意性ある違いを示さなかった。1週間経過後、2グループのHbとHctとを測定した結果、第2グループは、第1グループに比べて、HbとHctとの若干の増加を示した。さらに、1週間経過後、HbとHctとを測定した結果、この場合、第2グループは、第1グループに比べて、HbとHctとの顕著な増加を示し、正常飼料を食べさせたグループと類似した数値を示し、さらに2週間経過後の第2グループのHbとHctは、第1グループに比べて顕著に高く、鉄が十分な飼料を食べさせたグループと類似していた。
【0066】
【表7】

【0067】
【表8】

【0068】
実施例8:亜鉛の生物学的利用度(bioavailability)調査
OsNAS2−D1の種子の亜鉛増加が、種子摂取時に吸収されて利用される亜鉛の生物学的利用度の増加いかんを知るために、マウス食餌分析(mouse feeding assay)を行った。
体重が約13gほどのマウスに、亜鉛が十分な飼料(30mg Zn/kg飼料、Control Diet(CD))と、亜鉛が不足した飼料(modified AIN−93G diet containing zinc 3mg/kg飼料、Zinc−depleted Diet(ZD))を供給した。2週間後、この2グループのネズミから血液を採取し、亜鉛の含有量を測定した。測定結果、亜鉛が不足した飼料を食べさせたネズミの血液内亜鉛数値が、亜鉛が十分な飼料を食べさせたネズミに比べて、66%に減少した(表9)。
【0069】
【表9】

【0070】
その後、亜鉛が不足した飼料を食べさせたネズミを3グループに分け、第1グループは、亜鉛が十分な正常飼料(Zn−/CD、n=10)を食べさせ、第2グループは、野生型(WT)種子からなったコメを食べさせ(Zn−/WT、n=10)、第3グループは、OsNAS2−D1の種子からなったコメを食べさせた(Zn−/OsNAS2−D1)。対照群として、初めから正常飼料を食べさせたネズミグループの亜鉛数値を測定した。正常飼料とコメとを食べさせてから、2日、6日、10日、15日、20日そして30日に血液を採取し、亜鉛の数値の回復程度を測定した。その結果を表10に示した。表10でのように、正常飼料やコメを食べさせてから2日目後から、亜鉛の数値が増加することが分かった。しかし、その回復速度を見れば、OsNAS2−D1種子を食べさせたグループは、10日で正常飼料を食べさせたグループと亜鉛数値が類似したが、野生型種子を食べさせたグループは、30日が過ぎても、依然として低い数値を示している。また、亜鉛が不足した飼料を食べさせていて、正常飼料に替えたグループは、20日ほど経ってこそ、初めから正常飼料を食べさせたグループと類似した亜鉛数値を示した。
【0071】
【表10】

【0072】
本発明者らは、前記の実施例から得られた、微量金属の含有量が増加したイネ品種OsNAS2−D1を、2009年4月30日付けで、国立農業科学院農業遺伝資源センターに特許種子を寄託し、種子受託番号KACC 98008Pを付与された。
また、本発明者らは、前記の実施例から得られた、微量金属の含有量が増加したイネ品種OsNAS2−D1を、2009年11月18日付けで、ブダペスト条約による国際寄託機関(International Depositary Authority)の韓国生命工学研究院(KRIBB:Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology)に種子を寄託し、種子受託番号KCTC 11597BPを付与された。
【0073】
実施例9:OsNAS3遺伝子の発現が活性化された形質転換植物体の分離
(1)イネに存在する3個のニコチアナミン合成酵素遺伝子の発現分析
イネには、3個のニコチアナミンシンターゼ(nicotianamine synthase)(OsNAS1、OsNAS2、OsNAS3)が存在し、酵素としての活性があることが報告されている(Inoue et al.、Plant J 36:366−381,2003)。微量元素の有無による、前記3個の遺伝子の発現程度を調べた。イネの種子を、MS(Murashige and Skoog)培地(0.1μM CuSO4、100μM Fe(III)−EDTA、30μM ZnSO4、10μM MnSO4を含む)で発芽させ、7日間育てた。同じ方法で、0.1μM CuSO4、100μM Fe(III)−EDTA、30μM ZnSO4、または10μM MnSO4のないMS培地でイネ種子を発芽させ、7日間育てた。イネの根及び葉からRNAを準備し、その発現程度を、定量的リアルタイムRT−PCRで分析した。PCR条件は、95℃で1分を維持した後、94℃で15秒、56℃で10秒及び72℃で10秒を45回反復した。使用したプライマーは、次の通りである。発現対照群として、イネアクチン1遺伝子を増幅した。
【0074】
プライマー配列
OsNAS1−フォワードプライマー:5’−ACTCCATTTGGTTGTCATTTT−3’(配列番号13)
OsNAS1−リバースプライマー:5’−GGTTGACGTAGTTGCCGTAGTA−3’(配列番号14)
OsNAS2−フォワードプライマー:5’−GTGATCAACTCCGTCATCGT−3’(配列番号15)
OsNAS2−リバースプライマー:5’−TGACAAACACCTCTTGCTTTC−3’(配列番号16)
OsNAS3−フォワードプライマー:5’−GTGATCAACTCCGTCATCATC−3’(配列番号17)
OsNAS3−リバースプライマー:5’−TCAGTCTCATCATGGGAAAAA−3’(配列番号18)
OsAct1−フォワードプライマー:5’−TGGAAGCTGCGGGTATCCAT−3’(配列番号23)
OsAct1−リバースプライマー:5’−TACTCAGCCTTGGCAATCCACA−3’(配列番号24)
【0075】
その結果を、図8、図9及び図10に示した。図8、図9及び図10で、縦軸は、イネアクチン1遺伝子の発現量を基準に発現程度を示している。
図8、図9及び図10から分かるように、OsNAS1遺伝子とOsNAS2遺伝子は、イネが鉄を含まない培地で育つ場合、鉄を十分に含む培地で育った場合に比べて、相対的に、葉で強く発現が誘導され、根では、その誘導程度が弱く増加した。一方、OsNAS3遺伝子は、イネが鉄を含まない培地で育つ場合、鉄を十分に含む培地で育った場合に比べて、根で2倍ほど強く発現が誘導されたが、葉では、鉄が不足した条件では、発現がかえって減少した。これは、OsNAS3が、OsNAS1及びOsNAS2とは異なる役割を行うと推測され、OsNAS3を標的遺伝子として選択した。図8、図9及び図10で使われるイネは、トンジンイネである。
【0076】
(2)OsNAS3遺伝子の発現が活性化された形質転換植物体の製造及び分離
形質転換イネを製造するための構造体として、T−DNAベクターであるpGA2715ベクターを利用した(Jeong et al.,Plant Physiol 130:1636−1644,2002)。前記ベクターは、右側境界に隣接し、β−グルクロニダーゼ(GUS)リポーター遺伝子を含んでおり、左側境界に隣接し、CaMV 35Sプロモーター由来テトラマー化された転写エンハンサーを含む。前記pGA2715ベクターをアグロバクテリウムに形質転換させ、形質転換されたアグロバクテリウムを利用して、野生型であるトンジンイネに形質転換し、pGA2715が形質導入されたイネ植物体集団を製造した(Lee et al.,J Plant Biol 42:310−316,1999;Jeong et al.,Plant Physiol 130:1636−1644,2002)。
【0077】
形質導入されたイネ植物体から分離されたゲノムDNAに対して、逆転PCR(inverse PCR)を介して、pGA2715ベクター中のT−DNAが挿入された位置を確認した。その結果、T−DNAがOsNAS3遺伝子の周辺に挿入された2つの形質転換植物体が分離した。
【0078】
そのうち、OsNAS3−D1形質転換植物体は、OsNAS3遺伝子の下流約1.5kbに、35Sエンハンサーを左側境界部位に含むT−DNAが挿入されており、OsNAS3−D2形質転換植物体は、下流約1.9kbに、35Sエンハンサーを左側境界部位に含むT−DNAが挿入されているのである。図7は、OsNAS3−D1とOsNAS3−D2とでのT−DNAの挿入位置を示したものである。
【0079】
実施例10:形質転換植物体でのOsNAS3の発現増加
前記実施例9で選別されたOsNAS3−D1とOsNAS3−D2との遺伝型を、PCRを介して決定した。OsNAS3−D1とOsNAS3−D2とのT2世代個体の葉からゲノムDNAを抽出し、これをPCRのテンプレートDNAとして使用した。OsNAS3−D1については、2個の遺伝子特異的プライマーF2(5’−TTTAGGGGAAATGGAGGTTACT−3’、配列番号19)及びR2(5’−CTGTAACACTTTAACGCACCAA−3’、配列番号20)、並びにT−DNA特異的プライマーRB(5’−CAAGTTAGTCATGTAATTAGCCAC−3’、配列番号21)を使用した。OsNAS3−D2については、2個の遺伝子特異的プライマーF2(配列番号19)及びR3(5’−GGCTTGCTCTTGTCATAGGC−3’、配列番号22)、並びにT−DNA特異的プライマーRB(配列番号21)を使用した。
【0080】
発現量を知るために、OsNAS3−D1とOsNAS3−D2との同型接合体及びそれぞれの野生型イネ、すなわち、トンジンイネ(WT)の10日齢の葉からRNAを分離し、逆転写酵素を利用してそれぞれのcDNAを製造した。製造したcDNAをテンプレートとして、配列番号17と18とのプライマーを利用してリアルタイムRT−PCRを行い、OsNAS3遺伝子転写量を比較し、その結果を図11に示した。図11で、縦軸は、イネアクチン1遺伝子転写量に係わる相対的な転写量を示したものである。
【0081】
図11でのように、OsNAS3遺伝子の発現は、OsNAS3−D1では、野生型(WT)に比べて約60倍増加し、OsNAS3−D2では、野生型(WT)に比べて約30倍増加した。
【0082】
実施例11:形質転換植物体での微量元素含有量の測定
OsNAS3遺伝子の活性化が、イネの微量元素蓄積に及ぼす影響を知るために、野生型(WT)、形質転換植物体であるOsNAS3−D1及びOsNAS−D2での微量元素を測定した。野生型と形質転換植物体との成熟した種子及び枝葉(flag leaves)を試料として使用し、微量元素測定方法は、Kim et al.,Physiol Plant 116:368−372,2002に記載された方法を参考にした。試料を70℃で2日間乾燥させ、乾燥量を記録し、得た試料を、11N HNO3 1mlで3日間180℃オーブンで分解させた。希釈した後、原子吸収分光分析法(AAS:atomic absorption spectroscopy)(Solaar 989,Unicam Atomic Abosorption、Cambridge、UK)によって、試料内微量元素である鉄、亜鉛、銅、マンガンの含有量を測定した。その結果を下記表11に示した。
【0083】
【表11】

【0084】
表11でのように、銅及びマンガンの量は、大きい変化を示していない。OsNAS3−D1の場合、野生型(WT)に比べ、鉄は1.5倍、亜鉛は1.4倍増加し、OsNAS3−D2の場合、鉄と亜鉛とが野生型(WT)に対比して、1.2倍増加した。成熟した種子で、OsNAS3−D1とOsNAS3−D2との枝葉では、鉄と亜鉛との量が明確に増加した。種子では、OsNAS3−D1の場合、野生型(WT)に比べ、鉄は2.9倍、亜鉛は2.2倍、銅は1.7倍増加した。種子では、OsNAS3−D2の場合、野生型に比べ、鉄は1.7倍、亜鉛は1.5倍、銅は1.3倍増加した。
【0085】
実施例12:鉄と亜鉛とが不足した条件での形質転換植物体の幼苗表現型分析
鉄と亜鉛とが不足した条件で、OsNAS3遺伝子の活性化が及ぼす影響を調べた。鉄と亜鉛とを両方含有するMS固体培地、鉄を含有しないMS固体培地、亜鉛を含有しないMS固体培地で、野生型(WT)及びOsNAS3−D1を発芽させて8日間育て、幼苗表現型を観察した。その結果を図12に示した。また、表現型の伸長と、葉緑素の含有量とを測定し、下記表12に示した。葉緑素の測定は、葉を採取して重さを測定し、80%アセトンを利用して抽出した。液体窒素を利用して凍らせた後、細かく砕いた葉と80%アセトンとをよく混ぜ(葉100mg当たり1ml 80%アセトン添加)、氷に15分放置後、15,000gで遠心分離し、上澄み液を分注し、666nm及び646nmで吸光度を測定した後、Arnon,Plant Physiol 24:1−15,1949に記載された方法で、葉緑素aと葉緑素bとを含む葉緑素の量を測定した。
【0086】
【表12】

【0087】
図12及び表13でのように、鉄と亜鉛とをいずれも含有する培地(MS)条件では、植物体の高さも類似しており、表現型の違いを示していない。しかし、鉄を含有しない培地(Fe−)条件では、OsNAS3−D1は、野生型(WT)に比べて高さも高く、葉緑素も、野生型(WT)に比べて50%以上増加し、鉄不足の代表的症状である白化現象(chlorosis)もさらに少なく進んでいる。従って、OsNAS3−D1は、野生型に比べて、鉄が不足した生育条件でさらに耐えるということが分かる。亜鉛を含有しない培地条件(Zn−)でも、OsNAS3−D1は、野生型(WT)に比べ、生長速度が速かった。従って、OsNAS3−D1は、野生型(WT)に比べて、亜鉛が不足した生育条件でも、さらに育つということが分かる。
【0088】
前記実験結果を検証するために、それぞれの条件で、幼苗時期の野生型(WT)及びOsNAS3−D1の茎と根とを採取し、鉄と亜鉛との濃度を前記実施例11と同じ方法で測定した。その結果を表13に示した。
【0089】
【表13】

【0090】
表13でのように、鉄と亜鉛とをいずれも含有する培地(MS)条件では、前記で調べた通り、表現型の違いは見られない。しかし、OsNAS3−D1は、野生型(WT)に比べ、鉄の濃度が茎と根とで、それぞれ1.7倍、1.6倍増加し、亜鉛の濃度は、茎と根とで、それぞれ2倍、1.6倍増加した。また、鉄を含有しない培地条件では、OsNAS3−D1は、野生型(WT)に比べ、鉄の濃度が茎と根とで、それぞれ2.2倍、2倍増加した。また、亜鉛を含有しない培地条件でも、OsNAS3−D1は、野生型(WT)に比べ、亜鉛の濃度が茎と根とで、いずれも1.4倍増加した。従って、OsNAS3−D1は、鉄または亜鉛が不足した生育条件で、さらに耐えるということが分かる。
【0091】
実施例13:過量の重金属が含まれていた条件での形質転換植物体の表現型分析
OsNAS3活性化が、過量の重金属処理時に発生する毒性に、いかなる影響を与えるかを調べた。過量の亜鉛(5mM)、銅(0.3mM)またはニッケル(0.5mM)がそれぞれ添加された固体MS培地で、野生型(WT)及びOsNAS3−D1を発芽させて10日間育て、幼苗表現型を観察した。表現型と植物体の伸長とを図13に示した。
【0092】
図13でのように、OsNAS3−D1は、野生型に比べて高さも高く、白化現象がさらに少なく進んでいる。かような結果は、OsNAS3−D1が野生型(WT)に比べ、過量の重金属による毒性に対する耐性が向上しているということを示している。特に、過量の亜鉛を含有する固体MS培地で育てたとき、茎と根との亜鉛濃度を、前記実施例11と同じ方法で測定し、その結果を表14に示した。
【0093】
【表14】

【0094】
表14でのように、OsNAS3−D1は、茎で野生型(WT)に比べ、2.3倍高い亜鉛濃度を示した。
【0095】
実施例14:pHが高い条件での形質転換植物体の表現型観察
土壌のpHは、植物に必要な元素の溶解度に多くの影響を及ぼす。例えば、pHが8以上であるならば、鉄は、溶解度の低いFe23形態に変化し、植物が正常に利用及び吸収することができない状態となる。その結果、鉄不足現象を起こすことになる。
【0096】
pH8.5に合わせたMS培地(MS)で、野生型(WT)及びOsNAS3−D1を発芽させて10日間育て、表現型を観察した。また、鉄を含有しないMS培地(Fe−)(pH8.5)でも、同じ方法を実施し、表現型を観察した。表現型と植物体の伸長とを図14に示した。
【0097】
図14でのように、pH8.5に合わせたMS培地(MS/pH8.5)で、OsNAS3−D1が、野生型(WT)に比べて伸長も大きく、さらに耐えるということが分かる。かような結果は、鉄を含有しないMS培地(Fe−/pH8.5)でさらに明らかに示された。
【0098】
実施例15:生物学的利用度(bioavailability)調査
OsNAS3−D1の種子で増加した鉄含有量が、動物での鉄吸収に及ぼす影響を確認するためには、前記種子をエサにして、マウス食餌分析(mouse feeding assay)を介して鉄の生物学的利用度を確認した。
【0099】
生後3週間になったメスBalb/cマウスに、鉄が十分な飼料(AIN−93G Purified Diet−45mgFe/kg飼料)と、鉄が不足した飼料(modified AIN−93G diet containing iron 3mg/kg飼料)を供給した。2週間後、この2グループのネズミから血液を採取した。これは、貧血を誘発すると同時に、貧血の程度を知るために、血液のヘモグロビン(Hb)とヘマトクリット(Hct)とを測定するためである。測定結果、鉄が不足した飼料を食べさせたネズミのヘモグロビン(Hb)とヘマトクリット(Hct)との数値が、鉄が十分な飼料を食べさせたネズミに比べ、それぞれ77%及び79%減少した(表15)。これは、鉄が不足した飼料を食べさせたとき、貧血が誘発されるということである。
【0100】
この後、鉄分が不足した飼料を食べさせたネズミを2グループに分け、第1グループ(野生型、WT、n=10)は、野生型(WT)種子からなったコメを食べさせ、第2グループ(OsNAS3−D1、n=9)は、OsNAS3−D1の種子からなったコメを食べさせた。2週間経過後、血液を採取してHbとHctとを測定した。同じ方法でコメを食べさせ、さらに2週間経過後に血液を採取し、HbとHctとを測定した。その結果を表16に示した。
【0101】
表16でのように、野生型(WT)またはOsNAS3−D1の種子からなったコメを食べさせる前、マウスのHbとHctは、有意性ある違いを示していない。2週間経過後、2グループのHbとHctとを測定した結果、第2グループは、第1グループに比べて、HbとHctとの顕著な増加を示した。さらに2週間経過後、HbとHctとを測定した結果、この場合にも、第2グループは、第1グループに比べて、HbとHctとの顕著な増加を示した。
【0102】
【表15】

【0103】
【表16】

【0104】
本発明者らは、前記の実施例から得られた微量金属の含有量が増加したイネ品種OsNAS3−D1とOsNAS3−D2とを2008年7月14日付けで農業生命工学研究院に特許種子を寄託し、それぞれ種子受託番号KACC 98004P及びKACC 98005Pを付与された。
【0105】
本発明者らはまた、前記の実施例から得られた、微量金属の含有量が増加したイネ品種OsNAS3−D1を2009年11月18日付けでブダペスト条約による国際寄託機関(International Depositary Authority)の韓国生命工学研究院(KRIBB:Korea Research Institute of Bioscience and Biotechnology)に種子を寄託し、種子受託番号KCTC 11598BPを付与された。
【0106】
本明細書で引用された配列番号1ないし24の配列は、配列目録ファイルを介して提出し、前記配列目録ファイルの内容は、その全体が援用によって、本明細書に含まれるものである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微量元素の含有量が増加している植物体であって、前記微量元素は、鉄、亜鉛及び銅からなる群から選択されたものである植物体。
【請求項2】
前記植物体は、イネ、麦またはトウモロコシであることを特徴とする請求項1に記載の植物体。
【請求項3】
前記植物体は、OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現が増加したものであることを特徴とする請求項1に記載の植物体。
【請求項4】
前記OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現増加は、OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の上流及び下流からなる群から選択された一つ以上の位置で、エンハンサーの挿入によってなされたことを特徴とする請求項3に記載の植物体。
【請求項5】
4個のCaMV 35Sエンハンサーが連結された構造体が、OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の下流約10kb内の位置に挿入されていることを特徴とする請求項4に記載の植物体。
【請求項6】
前記植物体は、種子受託番号KCTC 11597BPで寄託されたOsNAS2−D1イネ(oryza sativa)、または種子受託番号KCTC 11598BPで寄託されたOsNAS3−D1イネ(oryza sativa)であることを特徴とする請求項1に記載の植物体。
【請求項7】
請求項1に記載の植物体から生産された産物を含有する機能性食品。
【請求項8】
請求項1に記載の植物体から生産された産物を含有する薬学的組成物。
【請求項9】
前記組成物は、鉄、亜鉛、銅及びそれらの組み合わせからなる群から選択された物質の欠乏によって引き起こされる疾病を治療するためのものであることを特徴とする請求項8に記載の組成物。
【請求項10】
前記疾病は、鉄欠乏によって引き起こされた、貧血(anemia)、疲労(fatigue)、蒼白(pallor)、毛髪損傷(hair loss)、易刺激性(irritability)、弱気(weakness)、異食症(pica)、手足の爪割れ(brittle or grooved nails)、プランマー・ヴィンソン症候群(Plummer-Vinson syndrome)、損傷された免疫機能(impaired immune function)及びそれらの組み合わせ;亜鉛欠乏(zinc deficiency)によって引き起こされた、低亜鉛血症(hypozincemia)、毛髪損傷、皮膚損傷(skinlesion)、下痢、体組織の減退(wasting of body tissue)、腸性肢端皮膚炎(acrodermatitis enteropathica)、拒食症(anorexia)、認知機能及び運動機能の喪失(cognitive and motor function impairment)、無月経症(dysmenorrhea)及びそれらの組み合わせ;銅欠乏によって引き起こされた、貧血症(syndrome of anemia)、汎血球減少症(pancytopenia)、神経退化(neurodegeration)、メンケス病(Menkes disease)、痙縮(spasticity)、調和運動不能(ataxia)、神経障害(neuropathy)及びそれらの組み合わせからなる群から選択されたことを特徴とする請求項8に記載の組成物。
【請求項11】
外来エンハンサーを含む構造体を植物体に導入し、OsNAS2遺伝子またはOsNAS3遺伝子の発現が増加した植物体を得る段階を含む、鉄、亜鉛及び銅からなる群から選択された微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法。
【請求項12】
前記構造体を植物体に導入する段階は、花キャベツモザイクウイルスのプロモーターから由来した35Sエンハンサーが挿入されたTiプラスミドを植物体に導入する段階であり、前記植物体を得る段階は、前記35SエンハンサーがOsNAS2活性またはOsNAS3活性をコーディングする遺伝子の上流及び下流のうち、一つ以上の位置に挿入された植物体を選抜する段階であることを特徴とする請求項11に記載の微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法。
【請求項13】
前記35Sエンハンサーは、前記配列番号2または配列番号11のアミノ酸配列をコーディングする遺伝子の下流約10kb内の位置に挿入されることを特徴とする請求項12に記載の微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法 。
【請求項14】
前記35Sエンハンサーは、4コピーが連結されたものであることを特徴とする請求項12に記載の微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法。
【請求項15】
前記植物体は、イネ(oryza sativa)であることを特徴とする請求項11に記載の微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法。
【請求項16】
前記植物体は、種子受託番号KCTC 11597BPで寄託されたOsNAS2−D1イネ(oryza sativa)、または種子受託番号KCTC 11598BPで寄託されたOsNAS3−D1イネ(oryza sativa)であることを特徴とする請求項11に記載の微量元素含有量が増加した植物体を製造する方法。
【請求項17】
請求項1ないし請求項6のうち、いずれか1項に記載の植物体を、鉄及び亜鉛から構成される群から選択された一つ以上が不足した条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法。
【請求項18】
請求項1ないし請求項6のうち、いずれか1項に記載の植物体を過量の重金属が存在する条件で生育させる段階を含む、植物体を生育させる方法。
【請求項19】
前記重金属は、5mM以上の亜鉛、0.3mM以上の銅、または0.5mM以上のニッケルであることを特徴とする請求項18に記載の植物体を生育させる方法。
【請求項20】
請求項1ないし請求項6のうち、いずれか1項に記載の植物体を高いpHの条件で生育させる段階を含む植物体を生育させる方法。
【請求項21】
前記pHは8.5以上であることを特徴とする請求項20に記載の植物体を生育させる方法。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公表番号】特表2013−513381(P2013−513381A)
【公表日】平成25年4月22日(2013.4.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−543001(P2012−543001)
【出願日】平成21年12月18日(2009.12.18)
【国際出願番号】PCT/KR2009/007603
【国際公開番号】WO2011/071207
【国際公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【出願人】(505282042)ポステック・アカデミー‐インダストリー・ファウンデーション (34)
【Fターム(参考)】