説明

微量成分を分析する方法

【課題】種々の材料、特に高分子材料に含まれている複数の微量成分を迅速に分離・同定を行うことができる簡便な分析法を開発する。
【解決手段】2種以上の有機化合物を含有する試料を入れた試験管型キャピラリー管に分離剤を充填し、当該試験管型キャピラリー管を加熱して100℃以上に加熱された試料を分離剤を通して質量分析装置に導入し、試料中に存在する微量の有機化合物成分を分離・同定する分析方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数の有機化合物をあらかじめ分離することなく、直接質量分析装置に導入して各成分の分離・同定を簡便、かつ短時間で行うことができる微量成分を分析する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
プラスチック材料は、利用分野の拡大によって、材料に要求される性能の多様化に伴い、長期間安定に性能を発揮させるための光安定剤、難燃剤、帯電防止剤、着色剤、充填剤、あるいは加工性向上を目的に滑剤、酸化防止剤など多種類の添加剤が配合されているのに加えて、これらの添加剤の他に残存モノマー、オリゴマー、重合開始剤残渣、乳化剤など多くの非プラスチック成分が混在している場合が多く、プラスチック材料中に含まれているこれらの微量の添加成分を分離・同定するには多くの手数を要することになる。
【0003】
プラスチック材料に含まれている多種多様の添加成分の分析は、通常1.有機溶剤を使用してプラスチック材料から添加成分を分別する、2.分別した添加成分を薄層クロマトグラフィーなどにより個々加成分に分離する、3.分離した成分を同定する、の3段階で行なわれる。この分析で重要な点は、プラスチック材料から添加成分を精度よく分離することであり、この分離条件の選定に最も時間を要する。
【0004】
上記の分離法としては、薄層クロマトグラフィー法のほかに、ガスクロマトグラフィー法、液体クロマトグラフィー法が用いられる。この分離法により分離された各成分を同定する方法として、検出感度が高いところから質量分析法が一般に利用される。そして、この分離法と質量分析法とを併用したガスクロマトグラフィー−質量分析法(GS−MS法)および液体クロマトグラフ−質量分析法(LC−MS法)が開発され多くで利用されている。しかし、このGS−MS法は難揮発性物質や熱的に不安定な物質の分析は一般的に困難である。また、LC−MS法は近年開発が進んで汎用性が向上しているが、未知物質を同定するには熟練を要する点が多い。
【0005】
また、簡便な分離法である薄層クロマトグラフィーに質量分析法を組み合わせた方法(TLC−MS法)も提案されている(例えば、特許文献1および特許文献2参照)。しかし、この装置は、質量分析装置内のイオン化室部分の大掛かりな改造が必要であり、またこの装置を通常の質量分析に用いる場合にはユニットの交換が必要となり、必ずしも汎用的な手法であるとはいえない。
【0006】
【特許文献1】特開昭62−209352号公報
【特許文献2】特開平7−209252号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上記の如き技術的背景の下において、本発明の目的は、種々の材料、特に高分子材料に含まれている複数の微量成分を迅速に分離・同定を行うことができる簡便な分析法を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決するべく鋭意検討した結果、試料および分離剤が充填されたキャピラリー管を加熱して、加熱された試料を質量分析装置に導入するという簡便な方法によって、試料中の微量成分を分離・同定することができることを見出した。本発明はかかる知見に基づいてなされたものである。
すなわち、本発明は、2種以上の有機化合物を含有する試料と分離剤とを入れた試験管型キャピラリー管を質量分析装置に導入し、試料中に存在する微量の有機化合物成分を分離・同定することを特徴とする分析方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0009】
試料および分離剤を充填した試験管型キャピラリー管中の試料を加熱して、当該試料を分離剤を通して質量分析装置に導入するという極めて簡便な装置により、試料中に存在する微量の有機化合物成分を分離・同定することが可能となった。しかも、質量分析装置は、試験管型キャピラリー管を取り外すだけで、通常の質量分析装置としの使用にも簡単に対応することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
試験管型キャピラリー管は、中空の細長い管であって、300℃以上加熱した際に変形しないもので、試料および分離剤の充填作業が容易なように透明なガラス製が好ましい。更に、ガラス製中空キャピラリー管はガスバーナーを使用してキャピラリー管の片側を溶融して閉じることから軟質ガラスが適している。
【0011】
試験管型キャピラリー管の長さ、外径は、質量分析装置の試料導入用ユニット部の大きさと整合性をもたせる必要があることから、機種にあわせて設計される。試験管型キャピラリー管の長さは12〜18mm、外径は2〜3mm、内径は1〜2mm程度の大きさが好ましい。長さが9mm以下の場合には分離剤の量が不足して分離能の低下を招き、逆に20mm以上であると試験管型キャピラリー管の容積が増大して試料加熱時の熱効率が低下する。
【0012】
試験管型キャピラリー管に試料を入れる方法は、試料が液体の場合マイクロシリンジを使用して試験管型キャピラリー管の底部に入れる。また、試料がマイクロシリンジでは挿入し難い粘稠性の液体あるいは粉末状である場合には、金属線の先端に試料を付着させて試験管型キャピラリー管に入れる。
試料の量は、特に限定されないが、試料量が多すぎると質量分析装置の真空度の低下をまねいたり、質量分析測定によって得られるマスクロマトグラムのフラグメントイオンピークの飽和によって解析が困難になるため0.1μg以下が好ましい。
【0013】
分離剤は、吸着剤等として使用される微粒子状の無機系物質で、活性アルミナ、シリカゲル、ケイソウ土、ゼオライト、活性炭などである。これらの内で活性アルミナとシリカゲルは吸着作用が強く分離能が優れている点で好ましい。また、分離剤は使用する前に300℃程度で2時間以上加熱処理し、付着物を除去しておくことが好ましい。
【0014】
試験管型キャピラリー管中に分離剤を入れる方法は、小型のさじを使用して分離剤を試験管型キャピラリー管に振りかけて入れる。あるいは、ピンセットで試験管型キャピラリー管を挟み、試料をこぼさないように分離剤をすくいあげながら試験管型キャピラリー管に分離剤を入れる方法などによる。また、分離剤を試験管型キャピラリー管に入れる際に試験管型キャピラリー管の上部の淵にこぼれた分離剤や、試験管型キャピラリー管の外側周囲に付着した分離剤については、質量分析装置内へ導入した際に飛散して装置を汚染する恐れがあるため、試験管型キャピラリー管に僅かに振動を与えながら払い落としておく。
【0015】
分離剤の充填量は、試験管型キャピラリー管の容積に対して10〜80%の量でよいが、分離剤の量が少なすぎる場合には分離不十分であり、分離剤の量が多すぎると分離の所要時間が長くなることから10〜40%程度が好ましい。
試験管型キャピラリー管に充填した分離剤は、質量分析装置内へ導入する際に飛散して装置を汚染する恐れがあるため、試験管型キャピラリー管の開放口部を多孔質性物質で覆う必要がある。多孔質物質は、分離剤の飛散抑止効果や揮発した試料の透過性が良い石英綿が好ましい。この石英綿についても、使用する前に電気炉を使用して300℃程度で2時間以上加熱し、付着物を除去しておくことが望ましい。
【0016】
試料、分離剤、石英綿の充填作業は、通常雰囲気を不活性ガスなどで置換する必要はないが、試料が酸化を受けやすい物質あるいは吸湿性のある物質を充填する場合には、窒素ガスなどの不活性ガスや乾燥空気雰囲気中で充填することが必要となる。
充填を終えた試験管型キャピラリー管を質量分析装置へ導入する方法は、質量分析装置付属の直接導入用プローブの先端部に取り付け、水平方向から導入するものであって特殊なプローブを用いる必要はないが、上方あるいは下方からの導入も可能であり、特に導入する方向は限定するものではない。
【0017】
試料を加熱する方法は、直接導入用プローブの先端部に内蔵されたヒーターによって行う。加熱温度は、通常100℃以上で行うが、好ましくは200℃以上、更に好ましくは300℃以上まで加熱することが好ましい。昇温速度は、1〜128℃/分で行なうことができるが、昇温速度が速いと分離能の低下を招き、昇温速度が遅いと不必要な時間を要することから、16〜64℃/分の昇温速度が好ましい。
【実施例】
【0018】
次に、実施例によって本発明を具体的に説明する。なお、質量分析装置、試験管型キャピラリー管、分離剤および試料として次のものを用いた。
1)質量分析装置は、二重収束型質量分析装置JMS−700(日本電子(株)製)を用い、加速電圧8kV、イオン化電流100μA、イオン化電圧75eV、試料の加熱は初期温度30℃、到達温度300℃、昇温速度32℃/分、イオン化法は電子衝撃法で行った。
2)試験管型キャピラリー管は、長さ14mm、外径2mm、内径1mmの大きさの市販品(日本電子(株)製)を使用した(図1)。
3)分離剤は、活性アルミナ300(半井化学薬品製)を使用した。石英綿は、元素分析用の石英綿(和光純薬工業(株)製)を使用した。活性アルミナ並びに石英綿は、あらかじめ電気炉を使用して300℃で2時間以上加熱して付着物質を除去しておいた。
4)試料は、プラスチック用安定剤の2,2’−メチレンビス(4−エチル-6−t−ブチルフェノール)と、可塑剤のフタル酸ジ−2−エチルヘキシルとの混合物を選択し、被測定試料とした。
【0019】
[実施例]
被測定試料50ng程度をそれぞれ金属線の先端に付着させて試験管型キャピラリー管に入れ、活性アルミナを試験管型キャピラリー管の容積に対して30%、および石英綿を試験管型キャピラリー管の容積に対して20%をそれぞれ充填した。この試験管型キャピラリー管を質量分析装置に装着して前記条件で測定を行なった。得られたマスクロマトグラムを図2に示す。
図2に示す通り気化した試料と活性アルミナとの吸着能の差を反映して個々の分子イオンピークのマスクロマトグラムが明瞭に分離している。これらの2つのピークに対応する個々のマスクロマトグラムを求め、これらのマスクロマトグラムがそれぞれ、2,2’−メチレンビス(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)(図3)およびフタル酸ジ−2−エチルヘキシル(図4)のマスクロマトグラムと一致した。
【0020】
[比較例]
実施例と同じ被測定試料を試験管型キャピラリー管に入れ、分離剤および石英綿を充填しないで測定を行った。質量分析装置の測定条件は実施例と同じとした。マスクロマトグラムを図5に示す。
図5に示す通り2成分が同時に気化するために個々の分子イオンピークのマスクロマトグラムに差が認められない。したがって、バックグラウンド消去操作を行っても個々の化合物のマスクロマトグラムは得られず、同定が困難であった。
【産業上の利用可能性】
【0021】
以上説明したように、本発明によれば、従来の液体クロマトグラフィーあるいは薄層クロマトグラフィー等の大掛かりなユニットが不要で、しかも、精度の高い有機成分の分離・同定が可能であることから、各分野における材料中の有機成分の同定を効果的に行うことができ、特に高分子材料中の各種添加成分の同定への利用が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】試験管型キャピラリー管の斜視図である。
【図2】実施例のマスクロマトグラムである。
【図3】2,2’−メチレンビス(4−エチル−6−t−ブチルフェノール)のマスクロマトグラムである。
【図4】フタル酸ジ−2−エチルへキシルのマスクロマトグラムである。
【図5】比較例のマスクロマトグラムである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
2種以上の有機化合物を含有する試料と分離剤とを入れた試験管型キャピラリー管を質量分析装置に導入し、試料中に存在する微量の有機化合物成分を分離・同定することを特徴とする分析方法。
【請求項2】
上記試料が高分子材料である請求項1に記載の分析方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2006−234548(P2006−234548A)
【公開日】平成18年9月7日(2006.9.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−48959(P2005−48959)
【出願日】平成17年2月24日(2005.2.24)
【出願人】(000006035)三菱レイヨン株式会社 (2,875)
【Fターム(参考)】