説明

心不全による入院を予防する医薬を調製するためのイルベサルタンの使用

心不全による入院を予防する医薬を調製するためのイルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種の使用。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全による入院を予防する医薬を調製するためのイルベサルタンまたはこの医薬としての塩の使用に関する。
【背景技術】
【0002】
イルベサルタンは、2−n−ブチル−4−スピロシクロペンタン−1−[(2’−(テトラゾール−5−イル)ビフェニル−4−イル)メチル]−2−イミダゾリン−5−オンであり、以下の式:
【0003】
【化1】

で表される。
【0004】
イルベサルタンならびにこの製造方法は、特許EP 454511に記載されている。イルベサルタンは、2つの互変異性型、すなわちA型(上に表示)およびB型(例えば特許EP 708103に記載されており、以下の式:
【0005】
【化2】

で表される)で存在する。
【0006】
本明細書および特許請求の範囲において、別段の指定がない限り、イルベサルタンは、イルベサルタンA型またはイルベサルタンB型を等しく意味することを理解されたい。
【0007】
イルベサルタンは、アンジオテンシンIIサブタイプ1受容体を選択的に遮断することによってレニン−アンジオテンシン系を妨害する、効果的な抗高血圧剤である。イルベサルタンはさらに、優れた薬物動態プロフィルを有し(イルベサルタンは、主にチトクロームP450によって酸化されることで消失する。)、経口吸収されやすく、この副作用はプラセボと有意差がない。イルベサルタンは、高血圧患者の左室心筋重量を減少させることも示されており、さらに、タンパク尿症を伴う高血圧の糖尿病患者における腎障害の進行に顕著な薬効も有している。心不全の患者において、イルベサルタンを利尿剤およびACE阻害剤などの従来の治療薬に追加することによって、左室駆出率および運動時間が改善された。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】欧州特許第454511号明細書
【特許文献2】欧州第特許708103号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本出願人は、イルベサルタン、特にイルベサルタンA型は、心房細動および追加の主たるリスク因子を有する患者において、心不全による入院の発生を減少させることを今や臨床的に証明したが、このことは他の抗高血圧性化合物に関しては示されていなかった。さらに、このことは、心房細動の患者または心房細動の既往患者に対しては示されていなかった。
【0010】
本発明の目的は、とりわけ心房細動の既往患者または心房細動の患者において、心不全による入院を予防する医薬を調製するための、イルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種、特にイルベサルタンA型または薬学的に許容可能なこの塩の1種の使用である。
【0011】
本発明のさらなる目的は、とりわけ心房細動の既往患者または心房細動を有している患者であって、以下の薬物:
a)クロピドグレルおよびアセチルサリチル酸、
b)ワルファリンなどの経口抗凝血薬、
c)アセチルサリチル酸
の少なくとも1つでさらに治療を受けている患者において、心不全による入院を予防する医薬を調製するための、イルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種、特にイルベサルタンA型または薬学的に許容可能なこの塩の1種の使用である。
【0012】
本明細書において、「心不全による入院」は、心不全の症状または徴候および以下の1つ、すなわちうっ血性心不全の放射線学的証拠、静脈内変力剤の使用または静脈内利尿剤の使用、を伴って、患者が一晩入院する時に生じることと定義される。
【0013】
心不全の症状または徴候の例は、以下の段落に列挙される。
【0014】
最も一般的な症状は、息切れおよび疲労であるが、高齢者においては、心不全は、眠気、錯乱および見当識障害などの漠然とした症状を引き起こすこともある。
【0015】
左心不全によって肺に液体が貯留し、このことによって息切れが起こる。最初は、息切れは労作中のみ起こる。しかし、心不全が進行するにつれて労作が次第に減少しても息切れが起こるようになり、最終的に安静時でさえ起こるようになる。左心不全を有する人は、筋肉が十分な血液を受け取らないので、身体活動を行う時に疲労や脱力感も感じる。
【0016】
肺に大量の液体が突然貯留すること(急性肺水腫)によって、極度の呼吸困難、呼吸促迫、青みを帯びた肌、ならびに情動不安感、不安感および窒息感が引き起こされる。患者の中には、重篤な気道の痙攣(気管支痙攣)および喘鳴を有する者もいる。急性肺水腫は、命にかかわる救急事態である。
【0017】
心臓が激しく損傷を受けると、心室内の血流が悪くなるので、血栓が形成し得る。血栓が離れ去り(塞栓になる)、血流を介して移動し、体内の他の場所で部分的にまたは完全に動脈を閉塞する恐れがある。血栓が脳に向かう動脈を閉塞する場合、脳卒中が起こり得る。
【0018】
用語「うっ血性心不全の放射線学的証拠」は、胸部X線写真の2つの主要な特徴、すなわち(1)心陰影の大きさおよび形ならびに(2)肺底部における水腫を主として観察する専門家によってよく理解されている。
【0019】
心房細動は、深刻な結果となる可能性を有する一般的な不整脈である。心房細動は人口の1%超が見舞われ、中高年でははるかに一般的である。35歳超では、心房細動の有病率は2.8%であり、75歳超では、この有病率は12−16%である。心房細動に伴う深刻な転帰の1つは脳卒中であり、脳卒中は、心房細動患者において年間4.5%の割合で発生する。
【0020】
心房細動によって左心房内に血栓が形成され、血栓が体循環中に移動する可能性がある。すべての脳卒中のうち約15%が心房細動に直接帰することができ、80歳超の脳卒中においては、心房細動は、重度の脳卒中のたった1つの主因である。心房細動患者における脳卒中の約3分の2は、心原性塞栓性である。その他は、アテローム性頚動脈硬化、血小板塞栓および高血圧が原因である。これは、心房細動を発症させる最も強力なリスク因子が、あらゆる種類の血管イベントにつながる全身性高血圧および加齢であるためである。
【0021】
心房細動における抗血栓治療の6つのプラセボ対照試験において、深刻な血管イベントの年間割合は、プラセボ患者において9.4%であり、これらの約3分の2は脳卒中であった。心房細動における脳卒中予防(Stroke Prevention in Atrial Fibrillation)(SPAF)の枢要な試験におけるプラセボ治療患者(n=779)において、少なくとも中程度の身体障害性または致死性の脳卒中が25例あった。加えて、14例の心筋梗塞および39例の他の血管死があった。したがって、心房細動は、生活の質および寿命を低下させる脳卒中、心筋梗塞、うっ血性心不全および他の血管イベントに対する非常に強力な発症マーカーである。
【0022】
本発明の別の目的は、活性成分としてイルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種を含む医薬組成物である。この医薬組成物は、有効量の本発明によるイルベサルタンまたは薬学的に許容可能な塩とのこれの付加塩、またはこの水和物または溶媒和物、および少なくとも1種の薬学的に許容可能な賦形剤を含む。
【0023】
治療に使用するために、イルベサルタンおよび薬学的に許容可能なこの塩は一般に医薬組成物に導入される。
【0024】
これらの医薬組成物は、イルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の有効量を含有し、また少なくとも1種の薬学的に許容可能な賦形剤も含有する。
【0025】
前記賦形剤は、医薬形態および所望の投与方法に従って、当業者に知られている通常の賦形剤から選択される。
【0026】
経口、舌下、皮下、筋肉内、静脈内、局所、局部、気管内、鼻腔内、経皮、または直腸投与用の前記医薬組成物において、イルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩は、従来の医薬賦形剤との混合物として、下記の場合に動物およびヒトへ単位投与形態で投与することができる。
【0027】
適切な単位投与形態は、経口投与用の形態(錠剤、軟質または硬質ゲルカプセル剤、散剤、顆粒剤および経口液剤または懸濁剤など)、舌下、口腔、気管内、眼内または鼻腔内の形態、吸入投与形態、局所、経皮、皮下、筋肉内または静脈内投与の形態、直腸投与形態および埋込物を含む。局所適用のために、イルベサルタンおよび薬学的に許容可能なこの塩は、ゲル、クリーム、軟膏またはローションで使用することができる。
【0028】
経口投与されるイルベサルタンの1日当たりの用量は、通常150mgまたは300mgであり、ほとんどの場合、1日1回夜に服用される。
【0029】
より多量または小量の投薬量が本発明の文脈から逸脱しない特定の場合もあり得る。通常の実施によれば、各患者に適切な投薬量は、投与方法、前記患者の体重、病態、体表、心拍出量およびの応答に応じて、医師によって決定される。
【0030】
例として、イルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種の剤形は、錠剤の形態で、以下の成分を含むことができる。
【0031】
【表1】

【0032】
本発明はまた、有効量の少なくともイルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種、特にイルベサルタンA型または薬学的に許容可能なこの塩の1種を患者に投与することを含む、心不全による入院の予防方法にも関する。
【0033】
本発明のさらなる目的はまた、有効量の少なくともイルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種、特にイルベサルタンA型または薬学的に許容可能なこの塩の1種を患者に投与することを含む、心不全による入院の予防方法にも関し、この方法において、入院の予防は、心不全による入院の低減および前記入院期間の低減の両方である。
【0034】
本発明を、以下の図を参照して、上記データで説明する。
【図面の簡単な説明】
【0035】
【図1】4.1年の平均OT解析(on−treatment analysis)による、心不全による最初の入院までの時間のカプラン−マイヤー累積発生率曲線を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0036】
イルベサルタンおよび薬学的に許容可能なこの塩が、プラセボと比較して心房細動患者における血管イベントの予防に関して有効であることが、部分要因、二重盲検、無作為、多施設性のプラセボ対照群試験中に、イルベサルタンを通して提供された。
【0037】
I.患者の選択
組み入れ基準
試験に適任であるために、患者は、以下のもの、すなわち心房細動の証拠、血管イベントのリスクが高い証拠および少なくとも110mmHgの収縮期血圧、のすべてを有していなければならなかった。
【0038】
心房細動の証拠は、次のように規定される。患者は、永続性、発作性または持続性の心房細動のいずれかを有していなければならない。ベースライン時に心房細動である患者(前月に心臓血管手術が行われた場合を除く。)は、登録時に、ECGに記録された心房細動を有していた。ベースライン時に心房細動でない(すなわち、スクリーニングの来院日から無作為化の日の間のスクリーニング期間中)患者は、無作為化前の6カ月中で(心臓血管手術の1カ月以内でない)少なくとも2週間隔てた2回の別の場合において、ECGに記録された心房細動を有していた。
【0039】
心房細動は、ルーチンなECG、リズムストリップ、ホルターECGまたはペースメーカー心房リード遠隔測定電位図(pacemaker atrial lead telemetry electrogram)によって記録された。ホルターECGまたはペースメーカー遠隔測定法の場合、心房細動の持続は、少なくとも1分となるべきであった。
【0040】
血管イベントのリスクが高い証拠は、以下のように規定される:以下のリスク基準の少なくとも1つが存在しなければならない:
a)75歳以上;
b)全身性高血圧の治療時;
c)以前の脳卒中、一過性脳虚血発作または非中枢神経系全身性塞栓;
d)心エコー図または血管造影図(放射性核種または造影剤)によって<45%であると推定された左室駆出率の左室機能不全;
e)末梢血管疾患(過去の末梢動脈血管再生、四肢および足の切断、または現在の間欠性跛行および足首−上肢収縮期血圧比<0.9の組合せ);
f)55歳から74歳で、以下のどちらか:
f1)薬物療法を必要とする糖尿病、または
f2)記録された過去の心筋梗塞もしくは記録された冠動脈疾患。
【0041】
除外基準
以下のいずれかがあった場合、患者は試験から除外される:
a)クロピドグレルの必要性(最近の冠動脈ステント手術など);
b)経口抗凝血薬の必要性(人工的な機械心臓弁など);
c)アセチルサリチル酸またはクロピドグレルに対する以前の不耐性;
d)過去6カ月以内の消化性潰瘍疾患の記録;
e)以前の脳内出血;
f)著しい血小板減少(血小板数<50x10/L)
g)試験への参加を不可能にする心理社会的理由;
h)試験への参加を不可能にする地理的理由;
i)進行中のアルコール依存症;
j)僧帽弁狭窄症;
k)妊娠中または授乳中の女性または妊娠の可能性のある女性であり、試験開始前の少なくとも1カ月間有効な受胎調節中でないまたは試験期間中に受胎調節を継続することを望まない者;
l)患者が6カ月生き延びるとは期待されないような重篤な併発症状態;
m)現在治験薬物を投与されている患者;
n)長期にわたり(>3カ月)非COX−2阻害剤NSAID(非ステロイド系抗炎症薬)治療を必要とすること(試験の登録を望む場合を除く);
o)既にアンジオテンシン受容体遮断剤を投与されていること(別の抗高血圧剤への切替えを望み、それが可能である場合を除く);
p)アンジオテンシン受容体遮断剤に対する過去の不耐性;
q)アンジオテンシン受容体遮断剤の適応が確かめられたこと(アンジオテンシン変換酵素阻害剤に代えることを望み、それが可能である場合を除く)。
【0042】
II.期間および治療
患者は4年にわたって登録された。治験薬の治療単位(プラセボまたはイルベサルタン)は、各患者が1日1回夜にプラセボまたは150mgのイルベサルタンA型のどちらか一方を2錠服用するようにした。2週間の漸増期間の後、すべての患者を300mgまで漸増させた。患者は、1日1回夜にプラセボまたは150mgのイルベサルタンA型のどちらか一方を2錠服用した。
【0043】
III.結果
ノンパラメトリックなカプラン−マイヤー推定値を使用して結果を算出した。
【0044】
Coxの比例ハザードモデルを使用して、ハザード比(相対リスクとも呼ばれる)を推定した。
【0045】
相対リスク(RR)とは、イルベサルタン治療患者が心不全によって入院するリスクとプラセボ治療患者が心不全によって入院するリスクとの比である。
【0046】
イベントの減少率(%)を次のように算出する:
x=1−RR。
【0047】
試験に含まれる9016人の患者のうち、4518人の無作為化された患者をイルベサルタンで治療し、4498人の患者をプラセボで治療した。この試験は、心不全による入院のリスクにおいて、14%(p=0,018)の有意な減少(プラセボ群で年間3.2%に対してイルベサルタン群では2.7%)を示し、これは、プラセボ群で報告された心不全イベントによる入院が551であるのに対してイルベサルタン治療群が482であることに相当した。
【0048】
算出された相対リスクは0.86に等しく、すなわち、心不全による入院の相対リスクが、0.018のp値および0.76−0.98の信頼区間で14%の減少であった。
【0049】
図1は、両群が試験の初期に既に分離し、観察期間全体を通して継続的に乖離していくことを示す。
【0050】
事後解析(Post Hoc analysis)によって、脳卒中、非CVS塞栓および一過性脳虚血発作の複合リスクにおいて、13%(p=0.02)の有意な減少(プラセボ群で年間3.4%に対してイルベサルタン群では2.9%)が示された。
【0051】
入院数は有意に減少し(プラセボが4059に対してイルベサルタンが3817、p=0.004)、同様に心血管性の理由による入院日数も有意に減少し(プラセボ39941に対しイルベサルタン36480 p=0.0001)、それは8.7%の減少に相当した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心不全による入院を予防する医薬を調製するためのイルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種の使用であって、前記予防が、心房細動の既往歴または現在心房細動を有する患者に施される、使用。
【請求項2】
患者が少なくとも以下の3つの要因:
−心房細動の証拠、
−血管イベントのリスクが高い証拠、および
−少なくとも110mmHgの収縮期血圧
を有する、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
患者が、心エコー図または血管造影図(放射性核種または造影剤)によって<45%であると推定された左室駆出率の左室機能不全を有する、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
患者が以下のリスク因子の少なくとも1つ:
a)75歳以上;
b)全身性高血圧の治療時;
c)以前の脳卒中、一過性脳虚血発作または非中枢神経系全身性塞栓;
d)心エコー図または血管造影図(放射性核種または造影剤)によって<45%であると推定された左室駆出率の左室機能不全;
e)末梢血管疾患(過去の末梢動脈血管再生、四肢および足の切断、または現在の間欠性跛行および足首−上肢収縮期血圧比<0.9の組合せ);
f)55歳から74歳で、以下のどちらか:
f1)薬物療法を必要とする糖尿病、または
f2)記録された過去の心筋梗塞もしくは記録された冠動脈疾患、
をさらに有する、請求項2に記載の使用。
【請求項5】
イルベサルタンがイルベサルタンA型である、請求項1から4のいずれかに記載の使用。
【請求項6】
イルベサルタンが300mg/日までの用量で投与される、請求項1から5のいずれかに記載の使用。
【請求項7】
患者が以下の薬物の少なくとも1つ:
a)クロピドグレルおよびアセチルサリチル酸、
b)経口抗凝血薬、
c)アセチルサリチル酸
でも治療を受けている、請求項1から6のいずれかに記載の使用。
【請求項8】
心不全による入院の予防が心不全による入院リスクにおける14%の減少である、請求項1から7のいずれかに記載の使用。
【請求項9】
心不全による入院の予防が心血管性の理由による入院日数における8.7%の減少である、請求項1から8のいずれかに記載の使用。
【請求項10】
有効量の少なくともイルベサルタンまたは薬学的に許容可能なこの塩の1種を患者へ投与することを含む、心不全による入院の予防方法。

【図1】
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【公表番号】特表2013−503151(P2013−503151A)
【公表日】平成25年1月31日(2013.1.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−526179(P2012−526179)
【出願日】平成22年8月31日(2010.8.31)
【国際出願番号】PCT/IB2010/053904
【国際公開番号】WO2011/024154
【国際公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【出願人】(504456798)サノフイ (433)
【Fターム(参考)】