説明

心不全予後改善剤

【課題】人体にとって安全であり、かつ高い効果を有する新規な心不全予後改善剤を提供する。
【解決手段】心不全の予後改善のための有効成分としてイミダゾールジペプチド類及び/又はその塩を用いる。前記有効成分としては、前記イミダゾールジペプチド類が、アンセリン、カルノシン、及びバレニンからなる群から選ばれた少なくとも一種以上であることが好ましい。また、前記イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩が、魚肉、鳥肉、及び畜肉からなる群から選ばれた少なくとも一種以上から抽出して得られたものであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心不全の延命効果を有する剤に関し、詳しくは、魚肉、鳥肉、畜肉などに含まれるイミダゾールジペプチド類を利用した心筋症による心不全治療に関するものである。
【背景技術】
【0002】
心筋症の多くは原因不明の心筋疾患で、大きくは、(I)心筋肥大を合併する肥大型心筋症、(II)心臓内腔が著明に拡大する拡張型心筋症、(III)心筋の拡張障害による拘束型心筋症の3種類に分類される。そのひとつである、拡張型心筋症は心筋の収縮不全により心拍出量の顕著な低下を特徴とする。臨床的には呼吸困難、動悸、肝・脾腫、浮腫などのうっ血性心不全症状を来たし、心不全や血栓の剥離による塞栓症、不整脈による突然死などが死因となることが多い。根治療法としては、現在のところ心臓移植以外になく、拡張型心筋症では約70%の患者がうっ血性心不全症状の出現から5年以内に死亡する。このように心筋症による心不全の生存率は低く、予後不良の疾患で、有効な治療法・予後改善が望まれている。
【0003】
従来、心筋症による心不全患者の心機能を回復させる治療として、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、β遮断薬、利尿薬が確立されている。また、最近ではさまざまな疾病に対する治療・予防剤としての食品素材も提案されており、心機能に関するものとして、例えば、下記特許文献1に、心筋炎の予防、治療剤として、植物由来の天然成分で健康食品などとして広く食されるビクノジェノールを含む組成物が開示されている。更に、そのビクノジェノールを含む組成物は、心筋症の進展を抑制し、拡張型心筋症の予防・治療、又は予後改善にも効果的であると考えられることが記載されている。
【特許文献1】特開2005−239581号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、従来用いられてきた治療薬は、様々な副作用(臓器障害、崔奇形性等)を有し、認容性に問題がある。また、上記特許文献1の植物由来天然成分を含む組成物も、心筋症による心不全の治療に対して十分な効果を有するものではなかった。
【0005】
したがって、本発明の目的は、人体にとって安全であり、かつ高い効果を有する新規な心不全予後改善剤を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記目的を達成するため鋭意研究し、カツオやマグロの肉から調製された調味料エキス中に多量に含まれるアンセリン等のイミダゾールジペプチド類に、心不全予後を改善する効果があることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明の心不全予後改善剤は、イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とする。
【0008】
本発明においては、前記イミダゾールジペプチド類が、アンセリン、カルノシン、及びバレニンからなる群から選ばれた少なくとも一種以上であることが好ましい。
【0009】
また、前記イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩が、魚肉、鳥肉、及び畜肉からなる群から選ばれた少なくとも一種以上から抽出して得られたものであることが好ましい。
【0010】
本発明の心不全予後改善剤は、心不全の治療・予防目的にも好ましく適用できる。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、有効成分として、アンセリン等のイミダゾールジペプチド類を含有させることにより、心不全の予後改善をもたらすことができる。イミダゾールジペプチド類は、天然物から抽出した成分であるため、安全性が高いものであり、負担が少なく、副作用の問題もない。また、これら抽出物は、医薬品・食品素材として大量に供給可能であり、化学的に安定であることから、様々な医薬品、食品の剤形、配合に対応することが可能であり、様々な形態での利用が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の心不全予後改善剤の有効成分であるイミダゾールジペプチド類とは、イミダゾール基を有するヒスチジン、ヒスタミン等の化合物とアミノ酸がアミド結合によって結合している化合物、及びその誘導体を意味するものであり、アンセリン(β‐アラニル‐1‐メチルヒスチジン)、カルノシン(β‐アラニルヒスチジン)、バレニン(β‐アラニル‐3‐メチルヒスチジン)、ホモカルノシン(4−アミノブタノイルヒスチジン)、カルシニン(β‐アラニルヒスタミン)等が例示されるが、その中でも特に畜肉や魚介類のエキス成分として多く含まれているアンセリン、カルノシン、バレニンが好ましい。
【0013】
本発明の心不全予後改善剤においては、上記イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩を有効成分として含有する。また、上記イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩の2種以上が有効成分とされていてもよい。上記塩としては、塩酸、乳酸、酢酸、硫酸、クエン酸、アスコルビン酸、リンゴ酸、コハク酸、アジピン酸、グルコン酸、酒石酸等の塩が挙げられる。
【0014】
イミダゾールジペプチド類は、魚肉、鳥肉、及び畜肉等に含まれている。例えば、アンセリンは、カツオ、マグロ、ウシ、鶏等の肉に多く含まれており、カルノシンは豚肉に多く含まれており、バレニンは鯨肉(例えばヒゲクジラ類)に多く含まれている。したがって、それらから水抽出、熱水抽出、アルコール抽出、超臨界抽出等の方法により抽出したエキスを精製することにより得ることができる。
【0015】
例えば、アンセリンは以下のようにして得ることができる。まず、常法に従ってカツオ、マグロ、ウシ、ニワトリ等の肉からエキスを調製し、適宜水を加えて該エキスのブリックス(Bx.)値(屈折糖度計示度)を1〜10%に調整した後、限外濾過膜(分画分子量5,000〜50,000)を用いて高分子タンパク質を除去し、低分子ペプチド画分を回収する。次いで、文献(Suyama et al:Bull. Japan. Soc. Scient. Fish., 33, 141-146, 1967)の方法に従って、適宜濃縮した低分子ペプチド画分を強酸性樹脂を用いたイオン交換クロマトグラフィーに供し、溶出液を回収する。そして、この溶出液を脱塩した後pH調整し、凍結乾燥等により乾燥して得ることができる。
【0016】
また、カルノシンはブタ肉を原料として、バレニンは鯨肉(例えばヒゲクジラ類)を原料として、上記と同様の方法により得ることができる。
【0017】
本発明の心不全予後改善剤は、上記のように、高度に精製したイミダゾールジペプチド類を有効成分として含有するものであってもよく、また、イミダゾールジペプチド類の含有量が高められるように部分精製された、抽出エキス類をそのまま用いることもできる。
【0018】
抽出エキス類をそのまま用いる場合、魚肉、鳥肉、畜肉を原料とするイミダゾールジペプチド類の含有量が固形分換算で1〜99.9質量%である該イミダゾールジペプチド類含有抽出物を含有することが好ましく、イミダゾールジペプチド類の含有量が固形分換算で50〜99.9質量%である該イミダゾールジペプチド類含有抽出物を含有することがより好ましい。
【0019】
上記のようなイミダゾールジペプチド類含有抽出物を得る抽出法としては、特開2003−92996、特開2007−181421に記載された公知の方法に準じておこなうことができる。以下にその概略を説明する。
【0020】
<抽出法1>
原料として用いられるエキス類は、魚肉、鳥肉、及び畜肉等を、水抽出、熱水抽出、アルコール抽出、超臨界抽出等の方法により抽出して得ることができ、市販のものを用いてもよい。例えば、アンセリンは、カツオ、マグロ、ウシ、鶏等の肉に多く含まれており、カルノシンは豚肉に多く含まれており、バレニンは鯨肉(例えばヒゲクジラ類)に多く含まれていることは上述したとおりである。
【0021】
上記エキス類は、更に酵素処理することにより、後述する膜処理工程におけるイミダゾールジペプチド類の精製効率を上げることができる。
【0022】
上記酵素としては、例えば中性プロテアーゼ(例えば「パンチダーゼ」(商品名、ヤクルト薬品工業社製)等)、アルカリ性プロテアーゼ(例えば「アロアーゼAP−10」(商品名、ヤクルト薬品工業社製)等)を用いることができる。
【0023】
また、上記エキス類は、適宜濃縮又は希釈してブリックス1〜40%に調整して後述する膜処理工程に供することが好ましく、操作性及び効率性の点から、ブリックス5〜15%に調整することがより好ましい。
【0024】
(1)前処理工程
上記エキス類には、夾雑物としてタンパク質や脂肪等が含まれており、後述する膜処理工程において膜の目詰まりの原因となるため、予め除去しておく。
【0025】
タンパク質や脂肪の除去方法は、特に制限されないが、操作性及び効率性等の点から、活性炭による吸着除去、限外濾過膜による除去等の手段を適宜組み合わせて行なうことが好ましい。例えば、活性炭による吸着除去は、エキス類に対して10〜100質量%の活性炭を添加して0.5〜3時間撹拌した後、濾過して活性炭を除去することにより行なうことができる。また、限外濾過膜を用いる場合は、分画分子量5,000〜50,000の限外濾過膜を用いて処理し、その透過液を回収して、必要に応じて濃縮すればよい。
【0026】
(2)膜処理工程
前処理工程で得られた処理液を、食塩阻止率の異なる2種以上の逆浸透膜(以下、RO膜という)を組み合わせて用いて処理することにより、目的物(イミダゾールジペプチド類)の高分子側及び低分子側の夾雑物をそれぞれ除去する。
【0027】
高分子側の夾雑物の除去を食塩阻止率10〜50%のRO膜を用いて行ない、低分子側の夾雑物の除去を食塩阻止率60〜98%のRO膜を用いて行なうことが好ましい。これにより、各夾雑物をそれぞれ効率よく除去することができる。
【0028】
また、各RO膜処理の順序については、特に制限はないが、作業効率の点から、第一膜処理工程として食塩阻止率10〜50%のRO膜を用いて濃縮を行ない、その透過液を回収し、第二膜処理工程として該透過液を食塩阻止率60〜98%のRO膜を用いて濃縮を行ない、その濃縮液を回収することが好ましい。これによれば、第二膜処理工程が低分子側の夾雑物除去とイミダゾールジペプチド類を含む溶液の濃縮を兼ねており、作業工程を簡略化できる。
【0029】
なお、各膜処理工程の処理条件は、エキス類の濃度、pHの他、温度、運転圧力等の操作条件によりRO膜の分離性能が変化するため、適宜設定すればよい。
【0030】
上記の食塩阻止率10〜50%のRO膜を用いた第一膜処理工程において、処理液のpHを2〜6(より好ましくはpH4〜5)に調整して膜処理を行なうことが好ましい。上記pHの範囲内で膜処理を行なうことにより、理由はよく分からないが、イミダゾールジペプチド類の回収率を上げることができる。
【0031】
そして、上記のようにして夾雑物を除去した処理液を、適宜濃縮して、あるいは乾燥して粉末化することによりイミダゾールジペプチド類含有抽出物を得ることができる。
【0032】
このようにして得られたイミダゾールジペプチド類含有抽出物は、固形分中に大体5質量%以上のイミダゾールジペプチド類を含んでいる。
【0033】
また、上記の各膜処理工程において、適宜加水操作を行なうことにより、イミダゾールジペプチド類の含有量(固形分中)が10質量%以上のイミダゾールジペプチド類含有抽出物を得ることができる。加水操作は、膜処理液の量の2〜5倍量の水を数回に分けて加えて行うことが好ましい。
【0034】
<抽出法2>
本発明においては、上記イミダゾールジペプチド類含有抽出物として、特に魚肉からの抽出物を用いる場合には、魚介類に多く含まれるヒ素を低減させるために、以下に示す抽出法で抽出物を調製してもよい。
【0035】
すなわち、その抽出法は、エキス類を脱塩処理する脱塩処理工程と、脱塩処理工程で得られた脱塩処理液を弱酸性イオン交換樹脂に通液させる吸着工程と、吸着工程後の弱酸性イオン交換樹脂を水洗浄する洗浄工程と、洗浄工程後の弱酸性イオン交換樹脂に塩酸及び/又は食塩水を通液させて弱酸性イオン交換樹脂に吸着させた吸着物質を溶出させる溶出工程とから主に構成されている。以下にその概略を説明する。
【0036】
原料として用いられるエキス類は、魚肉、鳥肉、及び畜肉等を、水抽出、熱水抽出、アルコール抽出、超臨界抽出等の方法により抽出して得ることができ、市販のものを用いてもよい。例えば、アンセリンは、カツオ、マグロ、ウシ、鶏等の肉に多く含まれており、カルノシンは豚肉に多く含まれており、バレニンは鯨肉(例えばヒゲクジラ類)に多く含まれていることは上述したとおりである。
【0037】
上記エキス類は、塩分濃度が高いため、塩分を低減させるべく、エキス類を脱塩処理する必要があり、塩分濃度が1質量%以下となるように脱塩処理することが好ましい。エキス類の脱塩処理方法としては、イオン交換膜を用いた電気透析法、逆浸透膜を用いた方法等が挙げられる。
【0038】
電気透析法による脱塩処理において、イオン交換膜としては、特に限定されないが、例えば、商品名「ネオセプタCL−25T、CM−1〜2、AM−1〜3」(徳山曹達社製)、商品名「セレミオンCMV/AMV」(旭硝子社製)等が挙げられる。
【0039】
また、逆浸透膜による脱塩処理において、逆浸透膜としては、食塩阻止率60〜80%のいわゆるルーズRO膜と呼ばれる種類の逆浸透膜が挙げられ、具体的には、商品名「NTR−7250」(日東電工社製)、商品名「SU−610」(東レ社製)等が挙げられる。上記食塩阻止率の逆浸透膜を装着した膜分離装置に、Brixが1〜20%となるように希釈したエキス類を通液して、脱塩処理を行うことで、イミダゾールジペプチド類が膜を透過することなく、塩分のみが透過し、エキス類から効率よく脱塩をすることができる。なお、食塩阻止率が上記よりも低い場合は、イミダゾールジペプチド類が膜を透過するため、イミダゾールジペプチド類の回収率が低下し、上記よりも高い場合は、脱塩効率が低下する傾向にある。
【0040】
次に、上記脱塩処理後のエキス類(以下より、「脱塩処理液」と記す)を、H型に置換された弱酸性イオン交換樹脂(以下より、「弱酸性イオン交換樹脂」と記す)に通液し、イミダゾールジペプチド類を吸着させる。上記イミダゾールジペプチド類を吸着させるにあたり、強酸性イオン交換樹脂を用いた場合、イミダゾールジペプチド類以外の中性・酸性アミノ酸や、ペプチドがイオン交換樹脂に吸着されてしまうため、イミダゾールジペプチド類の含量を高めることが困難になり、更には、吸着成分が増加するために樹脂量に対する処理量が低下してしまう。そして、ヒ素化合物も強く吸着してしまうため、イミダゾールジペプチド類とヒ素化合物の分離が困難となり、目的を達成することが出来ない。弱酸性イオン交換樹脂を用いることで、イミダゾールジペプチド類の含量を高めることができ、更には、ヒ素含有量を低減もしくはヒ素化合物を除去できる。
【0041】
上記弱酸性イオン交換樹脂とは、カルボキシル基等の弱酸性の官能基を有するイオン交換樹脂であり、強酸性イオン交換樹脂とはスルホ基等の強酸性の官能基を有するイオン交換樹脂である。
【0042】
弱酸性イオン交換樹脂としては、特に限定されるものではなく、市販のものが幅広く利用でき、例えば商品名「アンバーライトIRC76」(オルガノ社製)、商品名「ダイアイオンWK‐40」(三菱化学社製)、商品名「デュオライトC476」(住化ケムテックス社製)等が挙げられる。
【0043】
上記弱酸性イオン交換樹脂への上記脱塩処理液の濃度及び負荷量は、原料や抽出液の製造方法、塩分濃度、及び使用するイオン交換樹脂により異なるので、使用するイオン交換樹脂の吸着容量範囲内で適宜決定すればよい。また、流速については特に制限されず、通液する上記脱塩処理液の性状や、使用する樹脂に応じて適宜決定し、例えば0.5〜8SVの流速で通液させる。なお、SVとは、単位時間当たりにカラムに通液した溶液の樹脂量に対する量を表し、1時間に樹脂量と同量の溶液を通液した場合の流速を1SVとする。
【0044】
上記弱酸性イオン交換樹脂に脱塩処理液を通液させた後、該弱酸性イオン交換樹脂に水を通液して非吸着成分、及び吸着力の弱い成分を溶出させる、すなわち弱酸性イオン交換樹脂の水洗浄を行う。
【0045】
上記水洗浄は、2〜20RVの通液量で行うことが好ましく、より好ましくは4〜10RVである。なお、RVとは樹脂量を表し、樹脂量と同量の溶液を通液した場合の通液量を1RVとする。
【0046】
弱酸性イオン交換樹脂に対するヒ素化合物の吸着力は、イミダゾールジペプチド類のそれよりも弱く、水洗浄においても溶出でき、使用する樹脂により異なるものの、上記通液条件による水洗浄によってほぼ完全に溶出でき、イミダゾールジペプチド類とヒ素化合物の分離が可能となる。通液量が上記よりも多い場合、水洗浄によってヒ素化合物と共にイミダゾールジペプチド類も溶出してしまうおそれがあり、イミダゾールジペプチド類の回収率が劣る傾向にあり、通液量が上記よりも少ない場合、ヒ素化合物を十分分離溶出させることができず、イミダゾールジペプチド類の精製が不十分となる傾向にある。
【0047】
また、上記水洗浄における、水の流速は特に制限されず、使用する樹脂に応じて適宜決定し、例えば0.5〜8SVの流速で通液させることが好ましい。
【0048】
弱酸性イオン交換樹脂の水洗浄後、弱酸性イオン交換樹脂に塩酸及び/又は食塩水を通液させて、弱酸性イオン交換樹脂に吸着させた吸着物質を溶出させる。
【0049】
弱酸性イオン交換樹脂から吸着物質を溶出させるにあたり、塩酸、食塩水の濃度及び通液量については、イミダゾールジペプチド類を溶出できる条件であれば特に制限はなく、使用するイオン交換樹脂によっても異なるため特に限定は出来ないが、例えば、1〜2Nの塩酸を2〜4RVの通液量で溶出させる、又は1〜2mol/リットルの食塩水を2〜8RVの通液量で溶出させることが好ましい。また、塩酸と食塩水とを併用して溶出する場合、上記塩酸及び食塩水を連続的に通液するか、塩酸と食塩の合計として1〜2mol/リットルの溶液を2〜6RVの通液量で溶出させることが好ましい。
【0050】
ここで、上記洗浄工程において、水洗浄が不十分であった場合においては、上記溶出画分にヒ素化合物が混在してしまう。しかしながら、ヒ素化合物はイミダゾールジペプチド類よりも、弱酸性イオン交換樹脂から溶出しやすいため、弱酸性イオン交換樹脂に塩酸及び/又は食塩水を通液させてから、上記通液量2RV未満で回収した上記溶出画分には、ヒ素化合物が含有している可能性があるが、弱酸性イオン交換樹脂に塩酸及び/又は食塩水を通液させてから、上記通液量2RV以降の上記溶出画分を回収することで、ヒ素化合物とイミダゾール化合物とを分離することができる。なお、上記洗浄工程において十分量の水を通液した場合には、同工程中でヒ素化合物をほぼ完全に除去されているため、上記溶出画分の全量を回収してもヒ素化合物が混入することはない。
【0051】
例えば、魚介類から抽出して得られたエキス類を、上述のようにして処理することで、固形分あたりのイミダゾールジペプチド類の含量が5〜80質量%であり、ヒ素化合物の含量が、イミダゾールジペプチド類の1に対して150ppm以下であるイミダゾールジペプチド類含有抽出物を得ることができる。固形分あたりのイミダゾールジペプチド類の含量は、10〜80質量%がより好ましく、20〜80質量%が特に好ましい。また、ヒ素化合物の含量は、質量比でイミダゾールジペプチド類を1としたとき15ppm以下がより好ましく、1.5ppm以下が特に好ましい。
【0052】
上記溶出工程で得られた上記溶出画分は、活性炭を用いて脱色処理するか、脱塩処理(二次脱塩処理)することが好ましく、活性炭脱色を行った後、更に脱塩処理することが特に好ましい。
【0053】
活性炭による脱色処理は、上記溶出画分を塩酸、もしくは苛性ソーダやソーダ灰等のナトリウム塩を用いて溶出液のpHを2.5〜5.5に調整することが好ましい。pHが上記範囲外であると、活性炭による脱色効果が不十分となる傾向にある。
【0054】
活性炭による脱色処理方法としては、特に制限は無く、pH調整を行った上記溶出画分(以下、「溶出画分中和液」と記す)に、直接活性炭を添加するバッチ方式や、活性炭をあらかじめ充填したカラムに、上記溶出画分中和液を通液するカラム方式等が例示できる。
【0055】
溶出工程で得られた上記溶出画分を、このように活性炭脱色処理し、イミダゾールジペプチド類の含量が1.0質量%の水溶液とした際の波長420nmの吸光値を0.5以下とすることが好ましく、0.3以下がより好ましい。
【0056】
また、脱塩処理(以下より「二次脱塩処理」と記す)は、上記溶出画分を塩酸、もしくは苛性ソーダやソーダ灰等のナトリウム塩を用いて、pH3.5〜7.0に調整した後に行うことが好ましい。二次脱塩処理は、食塩阻止率80〜98%の逆浸透膜を用いて脱塩を行うことが好ましく、このような逆浸透膜としては、例えば、商品名「NTR−729」(日東電工社製)等が挙げられる。上記食塩阻止率の逆浸透膜を装着した膜分離装置にBrixが1〜20%となるように調整した上記中和液を通液して、脱塩処理を行うことで、イミダゾールジペプチド類が膜を透過することなく、塩分のみが透過し、溶出画分中和液から効率よく脱塩をすることができる。なお、電気透析法や食塩阻止率60〜80%の逆浸透膜を用いて脱塩を行った場合、イオン交換樹脂処理を行う前では、イミダゾールジペプチド類を透過させずに塩分のみを透過させるため、効率よく脱塩処理できるが、イオン交換樹脂処理後では、理由は明らかではないが、イミダゾールジペプチド類が塩分と共に膜を透過してしまい、イミダゾールジペプチド類の回収率が著しく低下してしまう。また、上記弱酸性イオン交換樹脂の溶出工程において、硫酸や硝酸、有機酸及びこれらの塩を用いた場合や、その後のpH調整工程において、有機酸やカルシウム塩、マグネシウム塩等のナトリウム塩以外を用いた場合、食塩阻止率80〜98%の逆浸透膜では、膜に対する透過率が低いため、脱塩が困難となる。上記弱酸性イオン交換樹脂の溶出工程において塩酸及び/又は食塩水を用いて、更にpH調整において塩酸、及び苛性ソーダやソーダ灰等を用いて、脱塩の対象となる塩類を食塩とした上で、食塩阻止率80〜98%の逆浸透膜を用いることにより、食塩のみが膜を透過するため、食塩を効率よく除去しつつ、イミダゾールジペプチド類を高い収率で回収することができる。
【0057】
溶出工程で得られた上記溶出画分を、このように二次脱塩処理し、塩分含量を、質量比でイミダゾールジペプチド類を1としたとき0.8以下とすることが好ましく、0.4以下がより好ましく、0.2以下が特に好ましい。
【0058】
以上のようにして得られたイミダゾールジペプチド類含有抽出物は、イミダゾールジペプチド類を高濃度で含有し、かつヒ素化合物、塩分等の不純物が少なく、色調も薄いため、飲食品等に配合するのにも適している。
【0059】
本発明の心不全予後改善剤は、公知の製剤技術により、単独でまたは薬学的に許容しうる賦形剤、添加剤等とともに、錠剤、散剤、顆粒剤、液剤、カプセル剤、トローチ剤、坐剤、軟膏剤等の剤型に製剤可能である。
【0060】
また、心不全予後改善剤の有効成分とされる上記イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩を基本的成分として、他の成分として、ミネラル類、ビタミン類、糖類、香料等を適宜含むことができる。
【0061】
本発明の心不全予後改善剤の1日当りの有効摂取量は、投与形態、患者の年齢、性別その他の条件、心筋症の症状の程度等により適宜選択されるが、通常イミダゾールジペプチド類換算で0.1〜200mg/体重kg、より好ましくは0.5〜30mg/体重kgである。投与方法としては、経口摂取が好ましいが、経腸投与、坐剤、軟膏剤などとしての投与を採用することもできる。
【0062】
一方、本発明の心不全予後改善剤は様々な飲食品に配合することもできる。例えば、(1)清涼飲料、炭酸飲料、果実飲料、野菜ジュース、乳酸菌飲料、乳飲料、豆乳、ミネラルウォーター、茶系飲料、コーヒー飲料、スポーツ飲料、アルコール飲料、ゼリー飲料等の飲料類、(2)トマトピューレ、キノコ缶詰、乾燥野菜、漬物等の野菜加工品、(3)乾燥果実、ジャム、フルーツピューレ、果実缶詰等の果実加工品、(4)カレー粉、わさび、ショウガ、スパイスブレンド、シーズニング粉等の香辛料、(5)パスタ、うどん、そば、ラーメン、マカロニ等の麺類(生麺、乾燥麺含む)、(6)食パン、菓子パン、調理パン、ドーナツ等のパン類、(7)アルファー化米、オートミール、麩、バッター粉等、(8)焼菓子、ビスケット、米菓子、キャンデー、チョコレート、チューイングガム、スナック菓子、冷菓、砂糖漬け菓子、和生菓子、洋生菓子、半生菓子、プリン、アイスクリーム等の菓子類、(9)小豆、豆腐、納豆、きな粉、湯葉、煮豆、ピーナッツ等の豆類製品、(10)蜂蜜、ローヤルゼリー加工食品、(11)ハム、ソーセージ、ベーコン等の肉製品、(12)ヨーグルト、プリン、練乳、チーズ、発酵乳、バター、アイスクリーム等の酪農製品、(13)加工卵製品、(14)干物、蒲鉾、ちくわ、魚肉ソーセージ等の加工魚や、乾燥わかめ、昆布、佃煮等の加工海藻や、タラコ、数の子、イクラ、からすみ等の加工魚卵、(15)だしの素、醤油、酢、みりん、コンソメベース、中華ベース、濃縮出汁、ドレッシング、マヨネーズ、ケチャップ、味噌等の調味料や、サラダ油、ゴマ油、リノール油、ジアシルグリセロール、べにばな油等の食用油脂、(16)スープ(粉末、液体含む)等の調理、半調理食品や、惣菜、レトルト食品、チルド食品、半調理食品(例えば、炊き込みご飯の素、カニ玉の素)等が挙げられる。
【0063】
上記ように飲食品に配合する場合、一食当りの添加量はイミダゾールジペプチド類換算で10〜2,000mgが好ましく、10〜500mgがより好ましい。
【実施例】
【0064】
以下実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、これらの実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0065】
<実施例1> 心筋症ハムスターに対する効果
心筋症のモデル動物であるUM−X7.1心筋症ハムスターを用いて、心筋症の心機能低下に対するアンセリンによる改善効果を評価した。UM−X7.1心筋症ハムスターは遺伝的に拡張型心筋症を発症して心不全を呈し、その8〜10週齢においては心肥大期、18〜20週においては心不全代償期、25週齢においては心不全非代償期を呈することが報告されている(Ueyama et al., Am J Physiol., 274, 1-7, 1998)。
【0066】
10週齢まで通常飼料で飼育し、10週齢から3質量%アンセリン(焼津水産化学工業株式会社製、純度95%)を含む餌を与える群、又は通常飼料を与える群の2群に分けて飼育した。その20週齢、及び24週齢において、心不全の重症度の指標であるBNP(脳性ナトリウム利尿ペプチド)の血中濃度を測定した。図1には、20週齢時と24週齢時を比較したときの血中BNP濃度の変化率を示す。なお、アンセリン非投与群として20匹、アンセリン投与群として13匹のハムスターを用いた。
【0067】
図1に示すとおり、アンセリン非投与群では20週齢時に比べて血中BNP濃度が約18%増加したことから、心不全が悪化したことが分かる。一方、アンセリン投与群では20週齢時に比べて血中BNP濃度が約20%減少し、心不全が改善していることが示唆された。また、図2に示すように、アンセリン投与群で有意に累積生存率が上昇していた。
【0068】
以上から、アンセリンを摂取すると心不全が改善し、且つそのことによる延命効果が得られることが示唆された。
【0069】
<試験例1> 心臓中のアンセリン含量
上記実施例1と同様に飼育したUM−X7.1心筋症ハムスターから20週齢、25週齢の心臓を摘出し、心臓中のアンセリン含量を測定した。具体的には、心臓を摘出して−80℃で凍結した後、凍結重量あたり2倍量の1.5M次亜塩素酸を添加して、超音波ホモジナイザーにて組織を破壊した。これを遠心し、上清を中和後に0.45μmパスしてHPLC分析にてアンセリン含量を測定した。その結果を図3に示す。
【0070】
図3に示すように、UM−X7.1心筋症ハムスターにアンセリンを摂取させると、摂取させない場合に比べて心筋中のアンセリン含量が増加した。一方、正常対照であるGoldenハムスターでは、アンセリンを摂取させても含量に変化はなかった。したがって、不全心筋では、アンセリンを摂取すると心筋のアンセリン含量が増加することが示された。
【0071】
上記実施例1と試験例1とをあわせて考慮すると、心臓に蓄積されたアンセリンが直接的に心筋に作用して心不全が改善する可能性が示唆された。アンセリンには抗酸化活性が報告(John W.Lee, J Mol Cell Cardiol 31, 113-121, 1999)されており、この抗酸化作用によって心機能が改善したと推察された。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】心筋症ハムスターにおける血中BNP濃度の変化率に及ぼすアンセリンの影響を示す図表である。
【図2】心筋症ハムスター生存率に及ぼすアンセリンの影響を示す図表である。
【図3】アンセリン摂取後の心臓アンセリン含量を示す図表である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩を有効成分として含有することを特徴とする心不全予後改善剤。
【請求項2】
前記イミダゾールジペプチド類が、アンセリン、カルノシン、及びバレニンからなる群から選ばれた少なくとも一種以上である請求項1に記載の心不全予後改善剤。
【請求項3】
前記イミダゾールジペプチド類及び/又はその塩が、魚肉、鳥肉、及び畜肉からなる群から選ばれた少なくとも一種以上から抽出して得られたものである請求項1又は2に記載の心不全予後改善剤。
【請求項4】
前記心筋症が拡張型心筋症である請求項1〜3のいずれか一つに記載の心不全予後改善剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−62336(P2009−62336A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−233223(P2007−233223)
【出願日】平成19年9月7日(2007.9.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 
【出願人】(390033145)焼津水産化学工業株式会社 (80)
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】