説明

心筋細胞移植実施プロセス

【課題】心筋細胞移植実施プロセスの提供。
【解決手段】急性心筋梗塞(AMI)後の、CD34細胞の心筋再生能の可能性および血液におけるCD34細胞の採取に基づく心筋細胞移植プロセスであり、梗塞が安定次第G‐CSFによりCD34細胞の動員を開始し、その心臓機能への影響を評価する第1段階と、G-CSFによる動員後に実施される細胞の採取の段階である第2段階と、細胞処理の段階であり、ex‐vivoでCD34細胞を選択し、in vitroで増幅させてCD34細胞の総数を約20倍増加させる第3段階と、最終的な所定量の自己血漿中で増幅された細胞産物を再懸濁する段階である第4段階と、包装の段階であり、減菌シリンジ中の細胞懸濁液を患者に再注入する第5段階、を実行する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、急性心筋梗塞(AMI)後の、CD34細胞の心筋再生能の可能性および血液におけるCD34細胞の採取に基づく心筋細胞移植プロセスに関する。
【0002】
自然疾患や損傷関連疾患の多くは、機能の適正さではなく、特定のタイプの細胞が原因である。これらの疾患に対する有効な治療法の選択肢は現在わずかしかないか、あるいはまったくなく、全世界で何百万人もの患者がワラにもすがる思いで治療を待っている。「再生医療」という新しい概念は、損傷を受けた組織または臓器の再生に幹細胞を使用することを提案しており、当面の問題を矯正し、なおかつ、正常な生理学的プロセスを回復して、その後の薬剤や同様の治療も不要であるような方法で患者を治療し得る。
【0003】
再生医療の最善の候補は、当然ながら、理論上いかなるタイプのより成熟した細胞、組織、および臓器も生み出すことが可能な胚性幹細胞である。しかし、倫理上および技術上の多くの未解決問題により、近年中にこの胚性肝細胞を治療として使用することは幻想になってしまっている。
【0004】
一方、細胞は授かった運命を変えることはできないという、長年にわたる生物学的定説についての研究が近年行われてきた。実際に最近の多くの実験論文により、種々の成人細胞由来の幹細胞を再プログラミングして、最終的に胎芽由来の幹細胞の多機能性に一致させ得ることが示唆された。これら「成体幹細胞」(ASCs)のなかで動物およびヒトにおいて単離されているのは、現時点では造血幹細胞(HSCs)のみである。造血幹細胞は通常骨髄に常在するが、一定条件下では、血流を介して他の組織へ移動することができる。最近の実験データによれば、器質性のストレスという特定の条件下で、造血幹細胞が造血性骨髄以外の組織に脱分化する、あるいは分化転換することが示唆された。
【0005】
大型のAMIと最もよく関連する慢性心不全(CHF)が先進国において最も重要な健康問題であることは明らかである。欧州におけるCHFの罹患率は実質的に総人口の2%にものぼり、高齢者において劇的に増加している。米国では毎年約500万人が新たにAMIと診断され、このうち約10%が大型の梗塞後、急速にCHFを発症している。このような条件下では、これらの患者の死亡率は極めて高く、年間の関連コストは250億ドルを超えている。しかも、最近の目覚しい治療的進歩にも関わらず、心筋の壊死病変の生存能、血管新生、および収縮機能を回復させ得る薬剤も外科的手技もない。このような患者の約35%がAMI後1年以内に、50%がAMI後4年以内に死亡する。AMIを死因とする米国人患者は年間200,000人にのぼる。さらに、早急に心臓移植を必要としている患者が当然のことながら急速に増加していても、ドナー不足ゆえに心臓移植から実際に利益を得られる患者数は減少していると考えられる。例えば、フランスでは心臓移植の待機患者数は毎年平均500人、米国では4,000人である。さらに、最近米国心臓協会が実施した試験によれば、体外式(人工心臓補助装置)または体内式(埋め込み型除細動器)のいずれかの心臓補助装置を必要とする心臓病患者数は米国で約100,000人であり、コストにして30億ドルになる。
【0006】
このような患者、とりわけAMI後CHF患者は、まさに心筋細胞移植から利益を得られると考えられる。
【背景技術】
【0007】
AMI後の心筋機能を回復させるために胚性幹細胞を臨床使用することは、前述の通り、現時点では不可能である。
【0008】
これに対し、最近ではHSCsが分化転換能(「細胞の柔軟性」)を有することを強く示唆する実験データを示す試験が増えている。Jacksonら(非特許文献1)によれば、あらかじめ致死量の放射線を照射され、一過性の冠動脈閉塞による虚血状態におかれたマウスに移植されたマウスHSCsの子孫が、移動して心筋細胞および内皮細胞に分化し、虚血下の心筋および血管になった。
【非特許文献1】Jackson K.A.et al.Regeneration of ischemic cardiac muscle and vascular endothelium by adult stem cells.J.Clin.Invest.2001:107:1394‐5‐1402
【0009】
Lagasseら(非特許文献2)は、「精製された」マウスの骨髄(BM)c‐kithlThy10LinSca‐1細胞を、致死性の遺伝性チロシン血症マウスの血流に注入した。このわずか50個の細胞により造血系が回復したばかりでなく、さらに驚いたことには、チロシン血症関連間疾患も治癒したと考えられる。
【非特許文献2】Lagasse E.et al.Purified hematopoietic stem cells can differentiate into hepatocytes in vivo.Nat Med 2000;6:1229‐1234
【0010】
Kocherら(非特許文献3)は、ヒト骨髄由来のCD34Lin細胞を精製し、さらに、実験的梗塞を施行してから48時間後のNOD/Scidマウスに対し、これらの細胞を血流に注入した。一部の細胞(またはその細胞の子孫)が内皮細胞に分化転換して、さらなる血管新生および心筋の血管再生に寄与し、心筋機能の著明な改善も認められた。
【非特許文献3】Kocher et al.Neovascularization of ischemic myocardium by human bone marrow‐derived angioblasts prevents cardiomyocyte apoptosis, reduces remodelling and improves cardiac function.Nat Med 2001;7:430‐433
【0011】
おそらく最も重要と考えられる試験において、Orlicら(非特許文献4)は、遺伝子導入雄マウスの骨髄由来の造血幹細胞(CD34Linc‐kithl)を精製し、さらに実験的に心筋に損傷を与えた雌マウスにこの造血幹細胞を直接注入して、未熟な心筋細胞、内皮細胞、および平滑筋細胞のマーカーおよび形態を呈する細胞を生じさせた(非特許文献4)。造血幹細胞を注入された心臓は機能が35%改善し、損傷を受けた心筋領域への血管新生が認められた。
【非特許文献4】Orlic D et al.Bone marrow cells regenerate infarcted myocardium.Nature 2001;410:701‐704
【0012】
このように、損傷を受けた心臓への骨髄幹細胞注入は、新たな治療法となり得る。この実験的試験がきっかけとなって、心臓発作後の患者の損傷を受けた心臓に対し、これらの細胞を直接注入したときの効果について検討する多くの臨床試験が開始された。しかし、マウスにおける2件の試験(非特許文献5および非特許文献6)および2件の注解(非特許文献7および非特許文献8)は、Orlicらが提唱した骨髄細胞の筋細胞および冠動脈への分化能について異議を唱えており、Orlicらの研究の知見は人為的結果の寄せ集めだと主張した。さらに、骨髄細胞は、常在細胞と融合することによってのみ、血液系統とは異なる細胞表現型を獲得するとの主張もなされた(非特許文献9および非特許文献10)。これらの報告は、骨髄由来の幹細胞を使用して心臓を再生することの実現可能性に関する重大な懸念を呼び起こすと考えられる。Balsamらは、「さらなる非臨床実験データがなければ、あらゆる臨床試験は時期尚早と言える。特に重要なことは、現に病人が危険にさらされていることだ!」と、極めて深刻な結論も出している(非特許文献6)。
【非特許文献5】Murry G.E.et al.Haematopoietic stem cells do not transdifferentiate into cardiac myocytes in myocardial infarcts.Nature 2004;428:664‐668
【非特許文献6】Balsam L.B.et al.Haematopoietic stem cells adopt mature haematopoietic fates in ischemic myocardium.Nature 2004;428:668‐673
【非特許文献7】Chien KR.Stem cells:訳漏れ。Nature 2004;428:607‐608
【非特許文献8】著者名なし。幹細胞に関する統一見解なし。Nature 2004;428‐587
【非特許文献9】Terada N.et al.Bone marrow cell adopt the phenotype of other cells by spontaneous cell fusion.Nature 2002;416:542‐545
【非特許文献10】Ying Q.L.et al。Changing potency by spontaneous fusion.Nature 2002;416:545‐548
【0013】
それでもOrlicと同じグループのKajsturaらは、2005年初頭に発表した論文において、この攻撃に反論した(非特許文献11)。Kajsturaらは、遺伝子導入雄マウスから得たc‐kit骨髄細胞を、心臓を梗塞させた雌のレシピエントに移植した。c‐kit細胞の子孫のマーカーとしてGFPおよびY染色体を用いて、このグループは、移植細胞が、細胞融合とは関係なく効率的に、また生化学的かつ形態学的に450万個の筋細胞および冠動脈へ分化することを証明した。
【非特許文献11】Kajstura J.et al.Bone Marrow cells differentiate in cardiac cell lineages after infarction independently of cell fusion.Circ Res 2005;96:127‐137
【0014】
このように骨髄幹細胞の分化転換をめぐる活発な論議は終わることなく、現在進行中の臨床試験によっても説得力のある裏付けはなされていない。
【0015】
2002年以降、BM単核細胞(MNC)を用いた臨床試験が増加し続け、これらの細胞を心臓発作後の損傷を受けた心臓または梗塞関連動脈に直接注入することの効果についての検討が始まった。これらの臨床試験の大半は非ランダム化パイロット試験(非特許文献12および非特許文献13)であり、多くは現時点で完了しているが、依然として進行中の臨床試験もいくつかある。1件(非特許文献14)を除いて、示されたすべての実現可能性および安全性は、程度の差はあるものの、心機能の回復を強調している。
【非特許文献12】Strauer B.E.et al.Repair of infarcted myocardium by autologous intracoronary mononuclear bone marrow cell transplantation in humans.Circulation 2002;106:1913‐1918
【非特許文献13】Perin E.C.et al.Improved exercise capacity and ischemia 6 and 12 months after transendocardial injection of autologous bone marrow mononuclear cells for ischemic cardiomyopathy.Circulation 2004;110(suppl 1):II213‐II218
【非特許文献14】Kuethe F.et al.Lack of regeneration of myocardium by autologous intra‐coronary mononuclear bone marrow cell transplantation in humans with large anterior myocardial infarctions.Int J Cardial 2004;97:123‐127
【0016】
最近、いくつかのランダム化試験が報告され、矛盾する結果が示された(非特許文献15および非特許文献16)。例えば、あるランダム化オープン試験結果では、BM由来幹細胞移植後、左室の収縮機能は改善したが、左室のリモデリングは改善しなかったことが示された(非特許文献17)。さらに、対照群は通常、細胞を移植された群の状態を正確に再現していなかった(非特許文献18および非特許文献17)。骨髄穿刺およびプラセボ冠動脈内注入を含めて、移植群を完全に再現する唯一の試験が、ごく最近発表された(非特許文献16)。この周到に実施された二重盲検プラセボ対照試験では、梗塞期間中に自己BM由来細胞注入が実施され、本法の実現可能性および安全性が確認された。さらに、虚血、梗塞、および不整脈の増加は認められなかった。BMSC移植により、心筋梗塞の規模が著明に減少し、局所収縮機能の回復状況がより良好であった。しかし、心筋の潅流および代謝の増加については、全体として両群に差は認められなかった。しかし、Janssenらが本試験に組入れた低リスク患者のうち右冠動脈に梗塞を有していたのは38%で、平均LVEFは約55%であった。このように、低リスク患者の左室機能はおそらく十分に維持されなかったため、BMSC注入による著明な機能改善は期待できなかったと考えられる。Janssenらは、この概念を裏付けるさらなるデータを提示した。すなわち、各群最大梗塞9例に限定したときの代謝活性は、対照群と比較して、治療群において実質的に増加した。同様に、対照群と比較して、治療群では壁運動指数改善の可能性が増加したのは、そのセグメントの壁内運動が75%を越えたときであった。
【非特許文献15】Schachinger V.et al.Transplantation of progenitor cells and regeneration enhancement in acute myocardial infarction.Final one‐ear results of the TOPCARE‐AMI trial.J Am Coll Cardiol 2004;44:1690‐1699
【非特許文献16】Janssens S et al.Autologous bone marrow derived stem cell transfer in patients with ST‐segment elevation myocardial infarction:double blind, randomized controlled trial.Lancet 2006;367:113‐121
【非特許文献17】Wollert K.C.et al.Intracoronary autologous bone marrow cell transfer after myocardial infarction:the BOOST randomized controlled clinical trial.Lancet 2004;364:141‐148
【非特許文献18】Schachinger V.et al.Transplantation of progenitor cells and regeneration enhancement in acute myocardial infarction.Final one−year results of the TOPCARE‐AMI trial.J Am Coll Cardiol 2004;44:1690‐1699
【0017】
事実、報告されたほとんどの試験では、これまでに組入れられた患者は死亡およびうっ血性心不全発症のリスクが比較的低く、これは高リスク患者のみを組入れることにより慎重になり、恐らくより重大視していたと考えられる(非特許文献19)。
【非特許文献19】Penn M.S.Stem cell therapy after acute myocardial infarction:the focus should be on those at risk.Lancet 2006;367:27‐88
【0018】
結局、心機能改善において再注入された細胞が果たすと考えられる役割の正確な評価は、様々な理由から、これらのパイロット試験またはランダム化試験からは得られないと考えられる。その理由とは、
【0019】
―心筋生検および/または倫理的に承認された生物学的マーカーがなくてはヒトにおいて心筋再生を証明することは困難である。
【0020】
―全試験において、バイパス手術または梗塞関連動脈再透過のいずれかによって梗塞部位が再灌流されたため、全体的に認められた新血管新生が再灌流と関連しているのか否か、あるいは実際には細胞関連の新血管新生機序と関連しているのか否か、確認することは困難である。
【0021】
―採取されるBM‐MNCsは、実際には様々なタイプのASC(「真」のHSCs、間葉幹細胞、他の間質細胞等)を含む細胞の「スープ」である。そのため、どのタイプの細胞が実際に心筋再生および血管再生の可能性を秘めているのか判断するのは困難である。
【0022】
―さらに、ほとんどの試験で認められた駆出率の改善が、BM‐MNCsの送達に用いられた手技によるものか、あるいはBM‐MNCsそのものによるものかについて疑問が生じた。実際、細胞の再注入により心筋内に幹細胞の帰巣シグナルがさらに発現し、結果的に一時的な治癒反応を起こすことができた。
【0023】
上述の見解に関して、様々な幹細胞の「るつぼ」を再注入するのではなく、選択した幹細胞を使用するほうが好ましい。そのほうが、あるとすればどのタイプの細胞に心臓を改善させる見込みが実際にあるのか、より優れた判断を下せる。
【0024】
さらに、BM由来のCD34細胞ではなく、動員後のCD34細胞を採血することにはいくつかの利点がある。
【0025】
白血球搬出産物にはより多くのCD34細胞が含まれ、結果的に正の選択が容易になり、生産性が高まる。
【0026】
患者の苦痛が大幅に減少し、麻酔が不要になる。
【0027】
2003年以降、いくつかの論文により、ヒトCD34細胞が内皮細胞または心筋細胞のいずれかに分化転換する可能性が強く示唆された。ヒト血液由来の内皮前駆細胞またはCD34細胞と、ラットの心筋細胞を共培養して、Badorffら(非特許文献20)は、これらの細胞がin vitroで機能的に活性の心筋細胞へと分化転換し、α-サルコメアのアクチンおよび心筋トロポニンIの発現によって同定されることを示した。この分化転換は、細胞融合ではなく、細胞と細胞の接触により媒介された。Pesceら(非特許文献21)は、新たに分離したヒト臍帯血CD34細胞を虚血下でマウスの内転筋に注入すると、内皮および(予想外に)骨格筋が生じることを証明した。治療された四肢では、細動脈の長密度および筋線維密度が強調された。われわれが今後何を提示するかについて考えた場合、より重要であるのは、内皮性および筋原性の分化能が、ex vivo増幅後のCD34において維持されたことである。Yehらは、最初の試験において、成人のヒトPB CD34細胞がin vivoでヒトの心筋細胞、成熟した内皮細胞、および平滑筋細胞に分化転換し得るか否かについて検討した(非特許文献22)。Yehらはまず、SCIDマウスにおいて左冠動脈前下行枝を閉塞させることにより心筋梗塞を作成し、次にヒトの成人PB CD34細胞を尾静脈に注入した。注入から2ヵ月後、マウスの心臓の梗塞部位および梗塞部位周辺において、心筋細胞およびヒト白血球抗原をもつ内皮細胞が確認された。別の実験で、実験的心筋梗塞のないマウスに対しCD34細胞を脳室内に注入した。HLA陽性筋細胞および平滑筋細胞は、殺処分されたこれらのマウスのうち1匹のみで確認された。このように、分化転換は局所組織の損傷に影響されると考えられる。
【非特許文献20】Badorff C.et al.Transdifferentiation of blood−derived human adult endothelial progenitor cells into functionally active cardiomyocytes.Circulation 2003;107:1024‐1032
【非特許文献21】Pesce et al.Myoendothelial differentiation of human umbilical cord blood−derived stem cells in ischemic limb tissues.Circ Res 2003;93:e51‐e62
【非特許文献22】Yeh E.T.et al.Transdifferentiation of human peripheral blood CD34+−enriched cell population into cardiomyocytes, endothelial cells, and smooth muscle cells in vivo.Circulation 2003,108:2070‐2073
【0028】
しかし、Yehらは別の論文において、過去に出された結論について若干補強している(非特許文献23)。Yehらは、同一の実験条件で、HLAおよびトロポニンまたはNkx‐2.5心筋細胞由来の核の73%がヒトおよびマウスのX染色体を両方とも含み、ヒトX染色体のみを含んでいる核は24%であることを効率的に確認した。これに対し、HLA-、トロンポニンT細胞は、マウスX染色体のみを含む。さらに、CD34細胞由来の内皮細胞の94%はヒトX染色体のみを含む。このように、著者らは現在、細胞融合と分化転換のどちらも末梢血CD34細胞の心筋細胞へのin vivo形質転換の原因であると結論付けている。
【非特許文献23】Zhang S.et al.Both Cell fusion and transdifferentiation account for the transformation of human peripheral blood CD34‐positive cells into cardiomyocytes in vivo.Circulation 2004;110:3803‐3807
【0029】
もちろん、これらの結論は、本当の意味で幹細胞の柔軟性に関する論議を明らかにしているわけではない。
【0030】
別の選択肢として、骨髄中にすでに存在していると考えられる未熟な内皮前駆細胞および筋前駆細胞がある。器質性のストレスの場合、これらの前駆細胞は循環血に動員され、損傷を受けた臓器、例えば心筋梗塞部位に戻る。
【0031】
Asaharaらは1997年、健康な志願者の循環血にMNCsが存在することを初めて示した。MNCはin vitroで内皮細胞様の表現型を獲得し、in vivoで毛細血管に組み込むことができる(非特許文献24)。このような細胞はCD34と血管内皮増殖因子(VEGFR‐2)の両方とも発現し、胚内皮前駆細胞とHSCとが共有する。次にAsaharaは、このCD34/VEGFR‐2細胞が早期の内皮前駆細胞(EPC)であるとの仮説を立てたが、動物実験の条件ではあるが、Flammeらが、CD34とVEGFR‐2の両方が成熟した内皮細胞上にも発現されたことをすでに示していた(非特許文献24)。最近、Peichevらが卓越した試験において、動員されたPB‐CD34細胞の平均2%がVEGFR‐2であったことと、これらPB‐CD34細胞の大半が造血幹細胞マーカーAC133も発現することを証明した。このAC133は未熟な造血細胞にも存在するが、成熟した内皮細胞や分化した造血細胞には存在しない(非特許文献25)。このように、CD34細胞上のVEGFR‐2とAC133の共発現により、表現型的に独特なEPCが同定されている。さらに、実質的にすべてのCD34/VEGFR‐2細胞がケモカイン受容体CXCRを発現し、間質細胞由来因子‐1(SDF‐1)またはVEGFに反応して遊走する。in vivoヒトモデルを用いてPeichevらは、左心補助人工心臓の表面上に形成された新生内膜が、AC133+/VEGFR‐2細胞と一緒に定着していることも確認した。このように、これら全てのデータが、VEGFR‐2およびACC133を発現する循環CD34細胞が、新血管新生(血管芽細胞様細胞)に寄与すると考えられる、表現型的にも機能的にも異なる循環内皮前駆細胞群を構成していることを強く示唆している。
【非特許文献24】Asahara T.et al.Isolation of putative progenitor endothelial cells for angiogenesis.Science 1997;275:964‐967
【非特許文献25】Peichev M.et al.Expression of VEGFR‐2 and AC133 by circulating human CD34+ cells identifies a population of functional endothelial procursors.Blood 2000;95:952‐958
【0032】
同じ方針で進めて、本発明の発明者は、癌患者において、G‐CSFによる動員後の白血球搬出産物(LKP)にVEGFR‐2とAC133の両方を発現するCD34細胞の存在(平均0.6%、0.21〜1.16の範囲)を確認した(下の表1および図1参照)。

【0033】
他のPB‐CD34細胞のサブセットも筋および/または心筋マーカーを共発現する可能性はこれまでのところ示唆されていないため、依然として仮説のままである。例えば、本発明の発明者が、臍帯血またはPB‐CD34が心筋細胞に分化転換し得るか否かを検討した時点では(上記参照)、Pesce(非特許文献26)もYeh(非特許文献22)も、再注入した全CD34細胞内に、すでに分化した心筋細胞前駆体が実際にあらかじめ存在しているか否か、念のため検証することはなかった。このような事態は彼らの分化転換仮説には不都合である。EPCs評価に使用した同じLKPs産物を周到にスクリーニングしたところ、動員された少量のCD34細胞が、Desmin(筋マーカー)(平均で細胞の0.39%、0.01〜1.16%の範囲)またはトロポニン‐T(心筋マーカー)(2LKPsにおいて、それぞれ0.17%および0.69%)のいずれかを共発現することが最近示された(下の表2および図2A・図2B参照)。
【非特許文献26】Pesce et al.Myoendothelial differentiation of human umbilical cord blood−derived stem cells in ischemic limb tissues.Circ Res 2003;93:e51‐e62)
【0034】


しかし、この2つのマーカーの細胞内発現により、二重標識用フローサイトメトリーが適用できなくなるため、両マーカーが同一CD34細胞によって共発現されるのか否かは確認できなかった。
【0035】
さらに、同一LKPをRT−PCRにかけたところ、eNOSおよびKDR(内皮遺伝子)とNkx2‐5およびトロンポニン‐T(心筋細胞遺伝子)のいずれについても、毎回メッセンジャーRNAが検出されたことから、早期に分化した心筋細胞前駆体が血中に動員されていることが確認された(表3参照)。

【0036】
このように、これらすべてのデータに基づけば、現在では、G‐CSFにより血中へ動員された全PB‐CD34は、多くの「真」のHSCsのほかに、内皮前駆細胞および成熟した内皮細胞、または筋/心筋前駆細胞のいずれかとして認識されている少量のサブセットも含むことを合理的に結論付けることができる。どちらのサブセットも、当然のことながら、さらなる心筋再生のために重要な役割を果たすと考えられる。
【0037】
BM単核細胞の代わりに末梢血幹細胞を用いた(心筋)細胞移植の臨床的評価はもっと少ない。
【0038】
本発明の発明者は、この異なるアプローチについて初めて実験を行い、2003年7月に開催された国際実験血液学会(Henon Ph.Mobilized and purrified autologous blood CD34+ cell transplantation for myocardial regeneration.2003年7月5〜8日にフランス・パリで開催された第32回国際実験血液学会での個人発表)および2003年12月に開催された米国血液学会(非特許文献27)で初めて予備的データを発表した。
【非特許文献27】Henon Ph.et.al.Intracardiac reinjection of purified autologous blood CD34+ cells mobilized by G‐CSF can significantly improve myocardial function in cardiac patients.Blood 2003;102:11,1208a
【0039】
他の2グループが、やはりG‐CSFにより動員されたPBSC(変異体であるが)を用いて、さらに同様のアプローチを策定した。Pompilioらのグループは、Stamm(非特許文献28)がBM細胞で実施したように、積極的にCD133亜集団を選択してその増殖能の高さと血管性分化を利用することを提案した。サイトカイン投与またはアフェレーシス法のいずれによっても有害作用は認められなかった。しかし、再灌流に改善が認められた場合は、左室の収縮性については著明な改善が得られなかった(非特許文献29)。Kangらは、冠動脈ステント術を施行された心筋梗塞患者27人を無作為に3群に分け、前向きに試験を行った。G‐CSFにより動員されたPB細胞を冠動脈内へ再注入した群を第1群、G‐CSFのみを投与した群を第2群、対照群(ステント術のみを施行)を第3群とした(非特許文献30)。運動能力、心筋潅流、および収縮機能は、細胞注入を受けた患者において著明に改善した。しかし、新生内膜過形成と関連して、G‐CSFの投与を受けた患者(第1群および第2群)において責任病変のステント内再狭窄率が予想外に高かった。この後期有害作用は、G‐CSF投与によって、多くの好中球、単核細胞、および血小板を含有する非選択性の血球産物の再注入と、冠動脈内ステント術と、露出した金属ステントによる新生内膜増殖の加速とが組み合わさった結果と考えられる。このような組み合わせを回避することは恐らく可能であるが、動員目的でG‐CSFの投与のみを実施し、ステント術は施行しないという可能性は低い。
【非特許文献28】Stamm C.et al.Autologous bone marrow stem cell transplantation for myocardial regeneration.Lancet 2003;361:45‐46
【非特許文献29】Pompillo G.et al.Autologous peripheral blood stem cells transplantation for myocardial regeneration:a novel strategy for cell collections and surgical injection.Ann Thorac Surgery 2004;78:1812‐1813
【非特許文献30】Kank et al.Effects of intra−coronary infusion of peripheralo blood stem cells mobilized with granulocyte‐colony stimulating factor on left ventricular systolic function and restenosis after coronary stenting in myocardial infarction:the MAGIC cell randomized clinical trial.Lancet 2004;363:751‐756
【0040】
本発明は、先行技術の欠点を克服し、簡潔かつ効率的で、信頼のおける解決策を中程度のコストで提供し、革新的な心筋細胞移植プロセスの実施により慢性心不全の治療を可能にしようとするものである。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0041】
急性心筋梗塞(AMI)後の、CD34細胞の心筋再生能の可能性および本発明の血液におけるCD34細胞の採取に基づく心筋細胞移植プロセスを特徴とし、以下の段階を実行する。
【0042】
第1段階では、梗塞が安定次第G‐CSFによるCD34細胞の動員を開始し、その心臓機能への影響を評価する、
【0043】
第2段階は細胞採取の段階で、G‐CSFによる動員後に実施する、
【0044】
第3段階は細胞処理の段階で、ex vivoでCD34細胞を選択し、in vitroで増幅させてCD34細胞の総数を約20倍増加させる、
【0045】
第4段階は再懸濁の段階で、増幅された細胞産物を最終的な所定量の自己血漿中に入れる、
【0046】
第5段階は包装の段階で、患者に再注入するため減菌シリンジに細胞懸濁液を入れる。
【0047】
上記発明のプロセスを利用する好適な方法によれば、G‐CSF投与は、AMI後少なくとも3〜5日間中に実施する。
【0048】
細胞の採取段階は、好ましくはG‐CSFによる動員から少なくとも6日目に実施する。
【0049】
細胞の採取段階は、好ましくは全血の採血により実施し、最終的な総量は少なくとも200 mlとする。
【0050】
細胞の採取段階は、好ましくは約12時間以内に、数回連続する静脈穿刺により実行する。
【0051】
細胞の採取段階は、好ましくは少なくとも3〜4回連続する静脈穿刺により実行する。
【0052】
第3段階のCD34細胞のin vivo増幅は、好ましくは2週間のあいだに実施する。
【0053】
再懸濁段階は、好ましくは血漿の最終的な所定量を5〜15 ml、好ましくは10 mlとして実施する。
【0054】
第5段階の再注入は、好ましくは包装から5〜18時間以内、有利には約12時間後に実施する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0055】
予備的データを臨床的に構築するため、G‐CSFによる動員の実現可能性、安全性、および心機能への影響、自己血CD34細胞の採取、選択、および心臓内再注入を評価するための第I相臨床試験を開始した。
【0056】
以下の基準に従って、患者10名を計画に入れた。2週間を超える壁内AMI、同位体的左室駆出率(LVEF)≦35%、左室壁において梗塞部位と一致する明確なアキネジア部位、冠状動脈バイパス手術(CABG)候補者、年齢が70歳未満、ニューヨーク心臓協会(NYHA)分類クラスIVの運動能力。
【0057】
患者について、試験への組入れ前と左心カテーテル術後6ヵ月目に評価し、18Fl‐FDGおよび201Ti‐Chlorideの連続静注後の三次元心エコー検査、201タリウムシンチグラフィ、および陽電子放射断層法(PETScan)により心筋の生存能と潅流の両方を評価した。
【0058】
患者から同意文書を取得後、CABG施行7日前に、G‐CSF(Granocyte(登録商標)、Chugai France提供)5 μg、1日2回、5日間連続皮下注射によりCD34細胞の動員を開始した。6日目の早朝に、CD34をモニタリングするフローサイトメトリー(FCM)用に採血を行った。モニタリングの結果が出たら直ちにFresenius AS104 Cell Separatorによりアフェレーシスを開始した。目標は、より満足できる細胞選択のために推奨される、少なくとも100x10個の細胞を採取することとした。アフェレーシス産物の内容物をFCMにより速やかに評価し、期待通りにCD34を採取したことを確認した。CD34の採取が期待通りでなかったときは、7日目の早朝に2回目のアフェレーシスを実施した。いずれにしても、6日目の細胞産物を含む袋は、CD34選択まで4℃で保管した。患者は動員/採取の期間中、心臓病向け集中治療室に入院したままとし、このような特定カテゴリーの患者に起こりうる、いかなる予想外の副作用も速やかに矯正した。
【0059】
CD34選択に関して、全アフェレーシス産物とフェライトビーズに抱合された抗CD34モノクローナル抗体(MoAb)とを混ぜてインキュベートし、臨床用Isolex 300i磁気細胞分離装置(Baxter、フランス)にかけた。次いでビーズからCD34細胞を遊離させ、自己血漿中で再懸濁し、グラフトの最終量を15〜20 mlとした。さらに5 mlの試料を用いて、血管形成能を高めるためAC133およびVEGFR‐2(KDR)MoAbsで標識したときに認識される細胞または横紋筋中のDesminと反応するD33 MoAbで標識した細胞、そしてトロポニンTと反応する1C11 MoAbで標識した細胞のCMFを定量化した(表4)。



【0060】
図3で臨床プロトコルを要約し、実施例を用いて、動員され精製されたCD34細胞による虚血性心臓の修復プロセスに関連する本発明のプロセスの好適なプロトコルを模式図で示す。
【0061】
図3によれば、第1ステップは5日間のサイトカイン投与に関する。第2ステップは、6日目に実施される、動員された血液幹細胞の採取に関する。第3ステップは、CD34選択に関する。第4ステップは、7日目の、精製されたCD34細胞の獲得に関する。第5ステップは、CD34サブセット(CD133;KDR;心筋細胞)の内容物の評価と、手術を回避する患者の虚血領域への注入に関する。
【0062】
本試験が承認されると、連続患者5人を本試験に組入れた。最初の3人は、現在、重大な3年間の追跡調査から利益を得ている。
【0063】
この3人のデータは表6で詳述する。1人目の患者は、比較的若い(39歳)ことから、同情的な理由で組入れたが、AMIの経験が8年前だったため、どちらかといえば陰性対照とみなした。2人目の患者は最も重症で、トリートロンキュラー閉塞が認められた。この閉塞は、手術および細胞再注入の6週間前に発症していた。予後不良のため、この患者についてはさらなる心臓移植を検討する必要があった。3人目の患者は、当初はそれほど重症ではなかったが、AMI後3ヵ月目には、いずれ生命を脅かす深部うっ血性心不全へと徐々に進行した。
患者データ

【0064】
術前および術後の期間中、3人の患者全員が細胞の動員および採取法に対し忍容性が高く、一過性の軽度の血小板減少症以外はいかなる副作用も認められなかった。患者2では、1回のアフェレーシスで十分な数のCD34細胞が得られ、他の2人ではアフェレーシスは2回必要であった。いずれの場合も、CD34細胞懸濁液の純度および生存能は、どちらかと言えば良好であった。細胞グラフトを確実に入手したら直ちにCABGを開始し、心臓の拍動時に実施した。すべての虚血部位から細胞懸濁液を注入し、1.5〜2 mlずつ、縦方向および水平方向に8〜10回注入した。操作はすぐに完了した。直ちに患者を中間治療室に移送し、最終的には退院して、通常通り、6〜8日後にリハビリテーションプログラムを行った。CABG後、最大3年まで上室性不整脈は誰にも認められなかった。患者2は急激に重大な心嚢液貯留を発症したが、これは拍動している心臓の手術後にはさほどめずらしくはなく、後遺症を残さず容易に治療された。
【0065】
以下の結果に関して、6ヵ月目および3年目に術後臨床評価を実施した。
【0066】
6ヵ月目:

【0067】
患者1は運動能が若干増加していて、その理由がCABGのみであることは確かである。しかし、8年間梗塞状態であった領域は、細胞の再注入時には完全に石灰化していたため、心機能は実際には何も改善しなかったと考えられる。さらに、他の患者と比較して患者1が受けたCD34細胞およびサブセットの量は最も少なく、他の2人の患者に再注入されたCD34細胞およびCD133のサブセットは、それぞれ1.5倍および2倍であった。患者2の細胞グラフトは、最高量のCD113KDRおよびDesmin細胞も含んでいた。6ヵ月目のPETスキャン画像によれば、左前壁の収縮性、LVEF指数、および運動能力と相関して、以前は動かず、非手術的に再灌流させた虚血部位(図4)の生存能および灌流に目覚しい改善が認められなかった(図4)。程度は異なるが、患者3もこれらのパラメータのほとんどが驚くほど改善された。
【0068】
3年目:
【0069】
患者1の心機能は、その後さほど改善しなかった。左室腔は発症時と比較してさらに拡大しているくらいである(LVEDD=84 ml)。測定回数によって、LVEFは36〜46%のままである。これと関連して、前壁のほぼ前面、中隔‐心尖部、および心尖部が完全にアキネジアとなっている。CABGにより、側壁の動きのみ改善された。
【0070】
反対に、患者2および患者3の心機能パラメータはさらに改善していた:
【0071】
患者2では、測定回数によらず、LVEDDが55 mlに減少し、LVEFは現在53%(初期ベースラインより+23%)である。前壁および前壁‐中隔接合部の収縮性は極めて良好であり、心尖部の動きも現在著明に改善している。患者は今では呼吸困難を起こさずに少なくとも2kmを早足で歩くことができるようになり、農場で一所懸命働いている。
【0072】
患者3でも左室機能が極めてよく改善し、LVEF64%(+31%、ほぼ正常)、LVEDD31 ml、前壁‐心尖の接合部を3分したときの中央部と基部ならびに中隔の正常な動き、そして、前壁の軽度の運動不能が示された。尖端のみが完全にアキネジアのままである。この患者は普通に生活をしている。
【0073】
したがって、これらの予備的データによれば、G‐CSF投与、アフェレーシス法、および他著者らが提案したより大量の細胞懸濁液の心臓内再注入は実現可能であり、極めて重度のAMI患者において忍容性が高い。このことは最近組み入れられた新たな患者において確認された。「精製された」CD34細胞は、血管新生または横膜筋再生のいずれかを促進し得る、すでに分化した細胞を様々な割合で含む。このように、再灌流されない、アキネジア状態の梗塞部位にこのような細胞を再注入すると、生存能、潅流、および収縮性の面で長期間、著明に改善される。このような改善がこれらの細胞由来であるか否かは不明であり、さらなる患者を用いてこれを確認する必要がある。しかし、このような梗塞部位の改善は、厳密には外科的再灌流のないCABG後にはまれである。AMIから細胞移植までの時間を短縮することと、大量の再注入細胞のサブセットは、恐らく心筋再生を成功させるのに必要不可欠である。
【0074】
この極めて有望な第I相試験後、本発明によるより大規模なアプローチに着手する。
【0075】
近い将来、心筋細胞移植が臨床現場で実施される機会が増加するとの見通しに対し、広範に対応するには、現行の細胞処理をいくつか改善する必要がある。より具体的には、この方法において白血球搬出法は、少なくとも以下の理由により、制限的要因であることは間違いない。
【0076】
a)AMI後、細胞の再注入が早いほど臨床結果はより良好になる。本プロトコルにより、AMI後6〜12週目にアフェレーシス法を実施したときの臨床的忍容性が高いことが示されているとしても、わずか8〜10日前にAMIを発症した患者には当てはまらない。
【0077】
b)一連のアフェレーシスを実施するには、承認と、十分な設備と、十分訓練されたチームとが必要である。現在このような要件を満たす医療施設はごくわずかであり、大半は現行の診療(血液学的目的でのHSC採取)ですでに負担がかかり過ぎている。1回のアフェレーシスに約3時間かかるため、回数を増やすことで新しい要望に対し、広範に、そして満足のいく対応をすることは困難である。
【0078】
c)別の制限的要因として冠動脈バイパス手術が示されている。現行の第I相試験においてこのような手術時に幹細胞を再注入しようとするのは、倫理上の理由による場合のみである。もちろん、心筋細胞移植を血管形成術および/またはステント術のように心臓療法の「通常」の技術として提案するためには、CABGを回避し、細胞の再注入のために低侵襲性の方法を用いることが不可欠である。
【0079】
このように、細胞増殖プロセスを用いた新しいアプローチを実現し、比較的少量の血液試料から十分量のCD34細胞を得て、次いで白血球搬出を回避する必要がある。
【0080】
最終的な目標を、AMI後の虚血部位の生存能、再灌流、収縮性、その結果として患者の生活の質および生存率を引き続き改善することと規定したところ、2つの主な目的と、関連する複数の目的が確認された。
【0081】
a)細胞増幅法を策定し、白血球搬出と同程度に多くの細胞を得られるようにして、この比較的侵襲的な手技を回避する。
【0082】
b)完全な心筋細胞移植法のコストを最低レベル、すなわち血管形成術および/またはステント術の平均コストと同程度に維持する。
【0083】
さらには、
【0084】
今後5〜6年間で、重度の心不全全体の約5%を治療することを意図するものである。
【0085】
b)長期の追跡調査に基づき、薬剤、検査、および罹患率低下の面で、心筋細胞移植による節減の可能性について評価し、正当化する。
【0086】
c)冠動脈バイパス手術を回避し、代わりに直接心室細胞再注入を導入する。
【0087】
本発明は、簡潔かつ効率的で、信頼のおける解決策を中程度のコストで提供し、心筋細胞移植プロセスの実施により慢性心不全を治療しようとするものである。
【0088】
したがって、本発明による方法は、上述の現行の第I相試験の通り、AMI後のCD34細胞の心筋再生能の可能性と、G‐CSFによる動員後の骨髄中ではなく、血液におけるCD34細胞の採取とに基づく。この試験からの重要な修正点が4つある。
【0089】
a)梗塞が安定次第G‐CSFによるCD34細胞の動員を開始し、その心臓機能への影響を評価する。G‐CSFは、AMI後3〜5日間に投与すべきことは明白である。
【0090】
b)細胞は、G‐CSFによる動員から6日目に、12時間以内に3〜4回連続する静脈穿刺によって、最終的な総量200 mlの全血を採血して採取する。
【0091】
c)採決後、血液試料を集めて、同意している細胞処理検査室へ速やかに発送し、ex‐ vivoCD34細胞選択について調べてもらう。2週間以内に増幅させて、CD34細胞の総数を約20倍増加させる。
【0092】
d)増幅された細胞産物を最終量10 mlの自己血漿中で再懸濁し、減菌シリンジ中の細胞懸濁液を包装して患者を担当する循環器センターへ発送し、包装後12時間以内に再注入する。
【0093】
全構想を図5に要約する。以下に手順を示す。
【0094】
まず、5日間のGCSF‐によるCD34細胞の動員で開始する。
【0095】
動員から6日目に採血ステップ(総量200 ml)を実施し、処理検査室へ発送する。
【0096】
15日間のCD34処理:バイオリアクターを用いて初回選択、増幅、および2回目の選択を行う。
【0097】
グラフトを包装(10 ml量)し、循環器センターへ発送する。
【0098】
患者に対し細胞を再注入する。
【0099】
この新たなアプローチは、現行の評価法と比較して大きな利点がある。その利点とは、
【0100】
採血は痛みを伴わず、患者にとってストレスがない。全体として、AMI直後に実施すると不快な副作用が発現する恐れのある白血球搬出を実施しなくて済む。さらに、看護師によりどこででも容易に実施することができる。
【0101】
白血球搬出法と比較して、採血のコストは極めて廉価であり、もう一つの細胞増幅処理による過剰コストとで均衡をとることができる。
【0102】
G‐CSF投与から最終細胞産物までの全プロセスのスケジュールにより、AMI後24日目〜26日目(図5)に心筋へ細胞を再注入できるようになる。この時点では、梗塞後の虚血性組織は依然として炎症性であり、心筋細胞内への拡散に都合がよい。反対に、明らかに瘢痕が形成されると、線維化組織の構造が細胞の拡散および心筋内への帰巣を妨げる(本試験に組入れた最初の患者に関するデータ参照)。このように、心筋を修復する際に再注入された細胞の効率は、本法の早成性により増大する。
【0103】
BM、PBSC、またはCBより生じた細胞を用いたex vivo CD34細胞の増幅に関する極めて効率的な方法は、数年前に完成している。これは非常に未熟な幹細胞の大部分を増幅させることができる、これまでに発表された唯一の方法と考えられる。本法は2000年に発表された(非特許文献31)。全世界の特許がこの増幅法を保護している(特許文献1)。
【非特許文献31】Kobari L.et al.In vitro and in vivo evidence for the long−term multilineage myeloid,B,NK and T
【特許文献1】仏国特許出願公開第00/01311号(2000年5月16日)
【0104】
このように、本発明による臨床使用のため、この細胞増幅法を下記のとおり定義する:
【0105】
手短に言えば、CD34細胞を免疫選択により精製後、長期無血清培地(LTCM)中で10個/mlにて懸濁し、Flt3‐リガンド(FL,100ng/ml、Valbiotech社)、幹細胞因子(SCF、100ng/ml)、巨核球成長因子(MGDF,100ng/ml),およびG‐CSF(10ng/ml)、IL6、およびIL3を補充する。細胞懸濁液を37℃、5%CO/95%空気雰囲気下で14日間インキュベートし、その後細胞を採取してアイエムディエム(IMDM、Seromed‐Biochrom社)中で洗浄して、トリパンブルー排除法により計数し、前駆細胞/幹細胞、免疫表現型、およびNOD‐SCID腫大について解析した。
【0106】
培養法について、J.Bender(Nexel、USA)提供のガス透過性ポリプロピレンバッグ(11.2cmx7.5cm、PL2417)で評価した。製造者の推奨事項に従って、選択した細胞を完全なLTCM4 mlに接種し、6日目にサイトカインを含有する新鮮な媒質16 mlを各バッグに添加する。以前の試験で決定した条件に従って、14日目にシリンジを用いてこの細胞を除去し、IMDM中で洗浄後、解析を行った。
【0107】
細胞増幅は倍数で表す。それは14日後の細胞、前駆体、およびLTC‐ICのアウトプットの絶対数を、0日目の各インプット数で除することによって算出する。
【0108】
本法により総細胞数および前駆細胞数は高度に増幅する。中央値の範囲は、それぞれ総細胞数が130倍、CD34細胞が15〜20倍、AC133細胞が26倍、LTC‐ICが約10倍である(図6)。さらに、増幅された細胞と増幅されていない細胞とでは、CFCおよびLTC‐ICの前駆体の質はほぼ同じである。また、細胞の増殖能のマーカーとされているテロメアは平均で15倍増幅したにもかかわらず、その長さは変化しなかった(図6参照)。
【0109】
さらに、増幅されたCD34細胞は、亜致死的に照射されたNOD‐SCIDマウスへの定着能を有するとともに、長期造血および骨髄、Bリンパ球、NKリンパ球、ならびにTリンパ球への多能性分化にも役立つ。
【0110】
これら全てのデータが、ex vivo増幅CD34細胞の臨床使用の強力な根拠をなす。
【0111】
最終グラフト産物中の予測細胞数:
【0112】
G‐CSFによる動員後、全血中に平均で30個/μlの細胞を予測するのが合理的である。全血200 mlの採血では、CD34細胞の総収量は平均で6x10と考えられる。
【0113】
細胞増幅法によりCD34細胞は15〜20倍増加し、それによって計9x10〜1.2x10の範囲のCD34細胞が得られる。
【0114】
本法実施時には、2つの免疫選択ステップが必要となる。1つめは、増幅法の前に全血からCD34細胞を精製するステップ、2つめは増幅法後に生じるステップで、より成熟した増幅細胞の中から増幅したCD34細胞を選択する。この2つの免疫選択によってCD34細胞の約30%が失われる。したがって、患者に投与されるグラフト産物に含まれるCD34細胞の最終数は、約6x10〜8x10個の範囲と考えられる。本プロトコルにおいて、平均約4x10個のCD34細胞を患者に再注入するとした場合、この予測された量は心筋を再生させるのに十分なはずである。
【図面の簡単な説明】
【0115】
本発明とその利点は、添付図に関する以下の好適な実施形態の説明によりさらに明白になり、非制限的な実施例を用いて提供される。
【0116】
【図1】フローサイトメトリー図。循環ヒトCD34細胞によるVEGFR‐2(KDR)およびCD133の発現
【図2A】フローサイトメトリー図。循環ヒトCD34細胞によるDesminの発現
【図2B】フローサイトメトリー図。循環ヒトCD34細胞によるトロポニンTの発現
【図3】第1段階の臨床プロトコルの模式図
【図4】患者のNo2PETScan
【図5】本発明のプロセスの説明図
【図6】CD34PBSC群のex vivo増幅

【特許請求の範囲】
【請求項1】
急性心筋梗塞(AMI)後の、CD34細胞の心筋再生能の可能性および血液におけるCD34細胞の採取に基づく心筋細胞移植プロセスであり、
梗塞が安定次第G‐CSFによりCD34細胞の動員を開始し、その心臓機能への影響を評価する第1段階と、
G-CSFによる動員後に実施される細胞の採取の段階である第2段階と、
細胞処理の段階であり、ex‐vivoでCD34細胞を選択し、in vitroで増幅させてCD34細胞の総数を約20倍増加させる第3段階と、
最終的な所定量の自己血漿中で増幅された細胞産物を再懸濁する段階である第4段階と、
包装の段階であり、減菌シリンジ中の細胞懸濁液を患者に再注入する第5段階、
を実行する。
【請求項2】
前記G‐CSF投与が、AMI後少なくとも3〜5日間中に実施される、請求項1に記載のプロセス。
【請求項3】
前記細胞の採取段階が、G‐CSFによる動員から少なくとも6日目に実施される、請求項1に記載のプロセス。
【請求項4】
前記細胞の採取段階が、最終的総量200 mlの全血の採血により実施される、請求項1に記載のプロセス。
【請求項5】
前記細胞の採取段階が、12時間以内に数回連続する静脈穿刺によって実施される、請求項1に記載のプロセス。
【請求項6】
前記細胞の採取段階が、少なくとも3〜4回連続する静脈穿刺によって実施される、請求項4に記載のプロセス。
【請求項7】
第3段階の前記CD34細胞の前記in vivo増幅が2週間のあいだに実施される、請求項1のプロセス。
【請求項8】
前期再懸濁段階が、自己血漿の最終的な所定量を5〜15 ml、好ましくは10 mlとして実施される、請求項1に記載のプロセス。
【請求項9】
第5段階の前記再注入が、包装後5〜18時間以内、好ましくは約12時間後に実施される、請求項1に記載のプロセス。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−126087(P2008−126087A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−302355(P2007−302355)
【出願日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【出願人】(507387918)
【Fターム(参考)】