説明

心臓シミュレータ

【課題】 人体等の生体における心臓の様々な拍動状態を簡単な構成で再現すること。
【解決手段】 相互に独立した複数の心室11を有する心臓モデル12と、その各心室11に対して空気の供給及び排出を行う流体給排装置14と、この流体給排装置14の動作を制御する制御装置15とを備えて心臓シミュレータ10が構成されている。心臓モデル12は、前記心室11に対する空気の出入りに応じて変形可能なセプトン等の弾性材料によって形成されている。制御装置15は、前記各心室11への空気の供給及び排出を独立して制御可能に設けられており、各心室11内に独立した空気の拍動流を生じさせることで、心臓モデル12の拍動状態が形成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は心臓シミュレータに係り、更に詳しくは、人体等の心臓の拍動状態を模擬することができ、心臓手術を行う医師の訓練器具として有用な心臓シミュレータに関する。
【背景技術】
【0002】
人体の心筋には、冠動脈と呼ばれる動脈が張り巡らされており、この冠動脈が動脈硬化等によって狭窄、閉塞すると、心筋梗塞と呼ばれる心筋壊死が発生する。このような冠動脈の狭窄、閉塞に対する治療として、狭窄、閉塞した血管部位を迂回するように冠動脈の別経路を新たに確保する冠動脈バイパス手術が行われている。この際には、手術を行い易くするために患者の心臓を一旦停止させることから、患者の血液の循環状態を維持する人工心肺装置が使われることが多い。ところが、この人工心肺装置を使用することにより、術後の心機能低下や血流の変化に伴う脳障害等が発生する場合があるため、人工心肺装置を使わずに、患者の心臓が拍動した状態で前記手術を行うことが望ましい。しかしながら、このときは心臓が拍動状態にあるため、心筋に張り巡らされた冠動脈に対する切断や吻合等の作業が行い難く、非常に高い手術技能が医師に要求される。つまり、患者の心臓を停止させずに行う心臓外科手術は、医師の熟練度を要し、医師が十分な訓練を行っておく必要がある。
【0003】
そこで、人体や動物等の生体を使わずに、拍動した心臓に対する処置や手術の訓練を行うための心臓手術用トレーナーが案出されている(特許文献1参照)。このトレーナーは、シリコンゴム等からなる心臓モデルと、この心臓モデルの心筋部分に配置された二本の第1及び第2の管と、これら第1及び第2の管に空気を供給する圧縮機と、当該圧縮機への空気流を選択的に制御する制御回路とを備えて構成されている。このような構成のトレーナーは、第1及び第2の管に対し、相互にタイミングの相違する一定時間おきに空気が供給されて第1及び第2の管が加圧されることにより、心筋部分が揺動して、心臓モデルが拍動するようになっている。
【特許文献1】特表2004−508589号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このようなトレーナーにあっては、人体の心臓のように、四個の心室に対する拍動流の出入りを伴わないため、その出入りに伴う心臓の拍動状態を完全に再現することが難しく、前記手術の訓練器具としては不十分である。また、成人や子供、健常者や各病態といった人体の状態の相違に伴って、血流状態や各心室の拍動状態が異なるが、前記トレーナーの管構造では、そこまで種々再現することが難しいという不都合がある。また、前記トレーナーの心臓モデルには、その心筋部分に第1及び第2の管がそれぞれ螺旋状に取り付けられるため、心臓モデルに複雑な加工が要求され、しかも、第1及び第2の管が詰まった場合等、各管の交換の必要が生じたときには、これら第1及び第2の管のみを交換したり取り外したりすることができず、管のメンテナンスを効率的に行えないという不都合もある。
【0005】
本発明は、このような不都合に着目して案出されたものであり、その目的は、人体等の生体における心臓の様々な拍動状態を簡単な構成で再現することができる心臓シミュレータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
(1)前記目的を達成するため、本発明は、相互に独立した複数の心室を有する心臓モデルと、前記各心室に対して流体の供給及び排出を行う流体給排装置と、当該流体給排装置の動作を制御する制御装置とを備え、
前記心臓モデルは、前記心室に対する流体の出入りに応じて変形可能な弾性材料により形成され、
前記制御装置は、前記各心室に対する流体の供給及び排出を独立して制御することで、前記流体給排装置の動作時に前記心臓モデルの拍動状態を形成する、という構成を採っている。
【0007】
(2)また、前記制御装置は、生体の複数の状態につき、前記流体給排装置の動作パターンがそれぞれ記憶され、前記状態に応じて前記心臓モデルを拍動させる、という構成を採ることが好ましい。
【発明の効果】
【0008】
前記(1)の構成によれば、相互に独立した複数の心室に対する流体の出入りが独立制御されることで、心臓モデルの拍動状態をシミュレーションする構造であるため、比較的簡単な構造で、人体等の生体の心臓の拍動状態に近似した状態を作ることができる。
【0009】
前記(2)のように構成することで、成人や子供、健常者や各病態といった生体の状態の相違に伴って変化する実際の心臓の拍動状態に合わせて心臓モデルを拍動させることが可能となり、前記種々の状態での医師の訓練が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施例について図面を参照しながら説明する。
【実施例】
【0011】
図1には、本実施例に係る心臓シミュレータの概略構成図が示されている。この図において、心臓シミュレータ10は、相互に独立した複数の心室11を有する心臓モデル12と、その各心室11に対して空気の供給及び排出を行う流体給排装置14と、この流体給排装置14の動作を制御する制御装置15とを備えて構成されている。
【0012】
前記心臓モデル12は、図2に示されるように、マネキン状の模擬体17の胸部18に空けられた穴19内に収容され、模擬体17の正面側からアクセス可能に表出している。この心臓モデル12は、前記心室11に対する空気の出入りに応じて変形可能なセプトン等の弾性材料によって形成されており、図1に示されるように、外壁21と、当該外壁21の内側の空間を独立した4室に仕切る内壁22とにより構成されている。
【0013】
前記流体供給装置14は、各心室11からそれぞれ延びる4本の管路24と、これら管路24にそれぞれ接続される4個のアクチュエータユニット25とを備えている。
【0014】
前記管路24は、心臓モデル12の各心室11と、当該各心室11に対応する各アクチュエータユニット25とを着脱自在に接続されており、これら心室11とアクチュエータユニット25との間で空気の流通を許容する。
【0015】
前記各アクチュエータユニット25は、それぞれ同一構造となっており、図3に示されるように、中空円筒状に設けられたシリンダ27と、このシリンダ27を下方から支持する支持体28と、シリンダ27の内部空間に配置されたピストン29と、このピストン29に連なるピストンロッド30と、シリンダ27の下方位置に設けられ、当該シリンダ27の軸線に対してほぼ平行に延びるねじ軸31と、このねじ軸31に係合し、ピストンロッド30に固定された連結部材32と、ねじ軸31の一端側に連なるモータ34とを備えて構成されている。
【0016】
前記シリンダ27は、その内部空間に向かって管路24の一端側が貫通する管側端壁36と、ピストンロッド30が貫通するロッド側端壁37と、これら端壁間36,37間に連なる周壁38とを備えている。
【0017】
前記ピストン29は、シリンダ27の内径とほぼ同一となる外径の円盤状に設けられており、シリンダ27の軸線方向(図3中矢印方向)に移動可能に配置されている。
【0018】
以上の構成の各アクチュエータユニット25は、送りねじ軸構造となっており、モータ34が回転駆動すると、ピストン29がシリンダ27の内部空間を移動するようになっている。具体的には、モータ34が正方向に回転すると、ねじ軸31が正方向に回転し、当該回転に伴ってピストンロッド30が管側端壁36に向かって移動する。このときには、ピストン29と管側端壁36との間の容積が減少することで、シリンダ27の内部空間の空気が管路24を通って対応する心室11内に供給される。一方、モータ34が逆方向に回転すると、ねじ軸31が逆方向に回転し、当該回転に伴ってピストンロッド30がロッド側端壁37に向かって移動する。このときには、ピストン29と管側端壁36との間の容積が増大することで、シリンダ29の内部空間に管路24側から空気が吸入される状態となり、各管路24に対応する心室11内から空気が排出される。ここで、モータ34は、制御装置15による制御により、所定のタイミングで、正逆回転が繰り返し行われ、これによって、心室11内に対する空気の供給及び排出が繰り返し行われることになり、各心室11内で空気の拍動流が生じることになる。その結果、心臓モデル12の外壁21及び内壁22が膨張変形と収縮変形とが繰り返し行われ、心臓モデル12の拍動状態が形成される。
【0019】
前記制御装置15は、ハードウェア及び/又はソフトウェアによって構成され、プロセッサ等、複数のプログラムモジュール及び/又は処理回路より成り立っている。この制御装置15は、前記各心室11への空気の供給及び排出を独立して制御可能に設けられており、成人の健常時、子供の健常時、成人及び子供の種々の病態時等の各種状態における各アクチュエータユニット25の動作パターンがそれぞれ記憶されている。つまり、動作パターンによって、各アクチュエータユニット25のピストン29の動作が同期していたり、若しくは相互に非同期となっていたり、又は、ピストン29の往復サイクルが異なっていたり等、各心室11に対する空気の供給及び排出の状態、つまり、その空気の流速や圧力を種々独立させて制御することができる。ここで、前述した病態とは、各種不整脈症(洞頻脈、洞除脈、心房期外収縮、心室期外収縮、心房粗動、心室細動、房室ブロック、脚ブロック、洞房ブロック等)があり、以上の疾患に対する心臓モデル12の拍動状態は、心電図データを基に、各心室11の収縮タイミング及び流量を制御することにより再現可能である。また、MRI、超音波、CT等で、心筋表面挙動のデータを取得することにより、次の疾患時における心臓モデル12の拍動状態の再現も可能である。ここでの疾患は、発作性頻脈、心筋梗塞、各種虚血性心疾患、心肥大、心筋拡張症、弁膜症に起因する心不全等を例示できる。また、心筋表面の再現に限れば、心臓モデル12の形態とソフトウェアによる収縮パターンとを考慮することであらゆる疾患に対応可能である。更に、前記動作パターンは、例えば、心臓表面に取り付けられた複数のマーカの座標を時系列的に取得可能なシステムから得たデータを基に作成される。
【0020】
従って、このような実施例によれば、心臓モデル12の4つの心室11に対し、それぞれ独立して空気の出し入れが行われることにより、心臓モデル12が拍動する構造であるため、比較的簡単な構成で、人体の心臓に近い拍動状態を心臓モデル12に付与させることができるという効果を得る。そして、心臓モデル12の周囲に模擬血管等を張り巡らせることで、拍動状態の心臓の冠動脈に対する手術等の訓練を実際に近い状態で行うことができる。
【0021】
また、心臓モデル12の外壁21の部分に管路24を埋設しなくても良いため、当該管路24を埋設する場合に比べ、心臓モデル12の加工を簡単に行え、しかも、管路24の交換も容易に行える。
【0022】
なお、本発明における心臓モデル12は、前記実施例のように人体に擬似させた構成に限らず、他の動物等の生体に擬似させて、心室11の数を増減させた構成にしてもよい。また、心臓モデル12は、前記実施例のものに限らず、前述の作用を奏することができる限りにおいて、種々の材質にて形成できる他、ブタ等の生体の心臓をそのまま使用することも可能である。
【0023】
また、前記実施例では、心臓モデル12の各心室11に供給される流体として、空気を採用しているが、本発明はこれに限らず、他の気体や、模擬血液や水等の液体を採用してもよい。
【0024】
その他、本発明における装置各部の構成は図示構成例に限定されるものではなく、実質的に同様の作用を奏する限りにおいて、種々の変更が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本実施例に係る心臓シミュレータの概略構成図。
【図2】心臓モデルが模擬体内に配置された状態を示す正面図。
【図3】アクチュエータユニットの概略斜視図。
【符号の説明】
【0026】
10 心臓シミュレータ
11 心室
12 心臓モデル
14 流体給排装置
15 制御装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
相互に独立した複数の心室を有する心臓モデルと、前記各心室に対して流体の供給及び排出を行う流体給排装置と、当該流体給排装置の動作を制御する制御装置とを備え、
前記心臓モデルは、前記心室に対する流体の出入りに応じて変形可能な弾性材料により形成され、
前記制御装置は、前記各心室に対する流体の供給及び排出を独立して制御することで、前記流体給排装置の動作時に前記心臓モデルの拍動状態を形成することを特徴とする心臓シミュレータ。
【請求項2】
前記制御装置は、生体の複数の状態につき、前記流体給排装置の動作パターンがそれぞれ記憶され、前記状態に応じて前記心臓モデルを拍動させることを特徴とする請求項1記載の心臓シミュレータ。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2006−276258(P2006−276258A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−92642(P2005−92642)
【出願日】平成17年3月28日(2005.3.28)
【出願人】(899000068)学校法人早稲田大学 (602)
【Fターム(参考)】