説明

心臓人工弁音診断装置およびプログラム

【課題】心臓人工弁の音から、非侵襲、手軽かつ迅速にその機能を診断することができる心臓人工弁音診断装置およびプログラムを提供すること。
【解決手段】心臓人工弁の機能不全の診断に利用され得る評価値を計算する装置であって、聴診器(1)に装備されたマイク(2)を用いて、人工弁を有する心臓の音を測定する測定部(3)と、測定された音を短時間フーリエ変換する解析部(5)とを備え、解析部(5)が、短時間フーリエ変換によって得られた値を二乗してスペクトログラムを求め、音中の最大ピーク位置の前の第1期間内にあり、且つ1kHz以上の第1高周波数範囲内にあるスペクトログラムの平均値を求めてHFpreとし、最大ピーク位置の後の第2
期間内にあり、且つ1kHz以上の第2高周波数範囲内にあるスペクトログラムの平均値を求めてHFpostとし、HFpre/HFpostを評価値として決定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心臓人工弁の発する音により心臓人工弁の状態、特に機能不全を診断する装置およびプログラムに関する。なお、本明細書において、機能不全とは、人工弁が正常に機能していない状態、および、人工弁が正常に機能しない状態に至ると予想される状態を含む。
【背景技術】
【0002】
感染性心内膜炎や異常性心筋拡大により心臓弁に障害が起こり、心臓人工弁置換手術を受けるケースは、現在、日本全国で年間1万例を超える。しかし,心臓人工弁(以下、単に人工弁とも記す)は,長期間の使用に伴い、血液凝固や生体組織の浸潤等により機能不全を起こし得ることが知られている。そのため、人工弁を再度交換する心臓人工弁再置換術を受ける患者は、現在年間約2500人に達している。
【0003】
現在、人工弁の機能を診断できる方法として、X線透視法が実用化されている。また、心音波形に対して、スペクトル解析を適用する方法(下記非特許文献1〜3参照)や、ウィグナー分布を適用(非特許文献4参照)する方法が提案されている。
【非特許文献1】Y. Kagawa, N. Sato, S. Nitta, T. Hongo, M. Tanaka, H. Mohri, T. Horiuchi, Real-time sound spectroanalysis for diagnosis of malfunctioning prosthetic valves. Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery 79 (1980) 671-679.
【非特許文献2】A. Gomi, Y. Takeuchi, Y. Okamura, S. Torii, H. Mori, S. Yokoyama, T. Okada, T. Koyama, N. Yamate, The experimental studies to determine the frequency band for the analysis of thrombosed valves. Journal of Artificial Organs 21 (1992) 1334-1338. (in Japanese)
【非特許文献3】N. Sato, M. Miura, M. Itoh, M. Ohmi, K. Haneda, H. Mohri, S. Nitta, M. Tanaka. Sound spectral analysis of prosthetic valvular clicks for diagnosis of thrombosed Bjork-Shiley tilting standard disc valve prostheses. Journal of Thoracic and Cardiovascular Surgery 105 (1993) 313-320.
【非特許文献4】J. Hasegawa, K. Kobayashi, Time-frequency domain analysis of the acoustic bio-signal -Successful cases of Wigner distribution applied in medical diagnosis. IEICE Transactions on Fundamentals Electronics, Communications, and Computer Sciences E77-A (1994) 1867-1869.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、スペクトル解析はスペクトルの時間変化が考慮できずS/N比が悪い、ウィグナー分布を適用する方法は、容易ではない、信頼性が十分ではない、操作が簡便ではない、頻繁に行える方法ではないなどの理由で、実用化には至っていない。
【0005】
X線透視法は実用化されてはいるが、そのための設備は、大がかりな高額(数億円)の設備であり、国内の限られた医療施設にしか設置されていない。従って、検査に多額の費用と時間を要する問題がある。また、X線を使用するので生体には侵襲的である欠点もある。
【0006】
このように、人工弁機能不全は、日常診療の場において簡便に検査する方法が存在せず、早期発見が難しい。そのため早期かつ簡便に機能不全を診断できることが求められている。
【0007】
本発明は、上記の課題を解決すべく、人工弁が発生する動作音から、非侵襲、手軽かつ迅速にその機能を診断することができる心臓人工弁音診断装置およびプログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の目的は、以下の手段によって達成される。
【0009】
即ち、本発明に係る心臓人工弁音診断装置は、心臓人工弁の機能不全の診断に利用され得る評価値を計算する装置であって、
人工弁を有する心臓の音を測定する測定部と、
測定された前記音を短時間フーリエ変換する解析部とを備え、
前記解析部が、
前記短時間フーリエ変換によって得られた値を二乗してスペクトログラムを求め、
前記音中の最大ピーク位置の前の第1期間内にあり、且つ1kHz以上の第1高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpreとし、
前記最大ピーク位置の後の第2期間内にあり、且つ1kHz以上の第2高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpostとし、
前記HFpreを前記HFpostで除して得られた値を前記評価値として決定することを特
徴としている。
【0010】
上記の心臓人工弁音診断装置において、前記第1期間が、前記最大ピーク位置の10ms前から前記最大ピーク位置までの期間であり、前記第2期間が、前記最大ピーク位置から前記最大ピーク位置の50ms後までの期間であり、前記第1及び第2周波数範囲が、5kHz以上20kHz以下の範囲であることができる。
【0011】
また、上記の心臓人工弁音診断装置は、基準値を記録している記録部をさらに備え、前記評価値が前記基準値から所定値以上減少しているか否かによって、前記人工弁の機能不全が診断されることができる。
【0012】
また、上記の心臓人工弁音診断装置において、前記基準値が、心臓人工弁が正常に機能している状態で得られた複数の前記評価値から決定された値であることができる。
【0013】
また、上記の心臓人工弁音診断装置において、前記短時間フーリエ変換は、前記音をx(t)、窓関数をw(t)として、
【0014】
【数1】

によって、STFT(t,ω)を求める処理であることができる。
【0015】
本発明に係る心臓人工弁音診断プログラムは、心臓人工弁の機能不全の診断に利用され得る評価値を計算するコンピュータ読取可能なプログラムであって、
コンピュータに、
人工弁を有する心臓の音を測定する第1機能と、
測定された前記音を短時間フーリエ変換する第2機能と、
前記短時間フーリエ変換によって得られた値を二乗してスペクトログラムを求める第3機能と、
前記音中の最大ピーク位置の前の第1期間内にあり、且つ1kHz以上の第1高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpreとする第4機能と、
前記最大ピーク位置の後の第2期間内にあり、且つ1kHz以上の第2高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpostとする第5機能と、
前記HFpreを前記HFpostで除して得られた値を前記評価値として決定する第6機能
とを実現させることを特徴としている。
【0016】
上記の心臓人工弁音診断プログラムにおいて、前記第1期間が、前記最大ピーク位置の10ms前から前記最大ピーク位置までの期間であり、前記第2期間が、前記最大ピーク位置から前記最大ピーク位置の50ms後までの期間であり、前記第1及び第2周波数範囲が、5kHz以上20kHz以下の範囲であることができる。
【0017】
また、上記の心臓人工弁音診断プログラムは、前記コンピュータに、基準値を記録する機能をさらに実現させ、前記評価値が前記基準値から所定値以上減少しているか否かによって、前記人工弁の機能不全が診断されることができる。
【0018】
また、上記の心臓人工弁音診断プログラムにおいて、前記基準値が、心臓人工弁が正常に機能している状態で得られた複数の前記評価値から決定された値であることができる。
【0019】
また、上記の心臓人工弁音診断プログラムにおいて、前記短時間フーリエ変換が、前記音をx(t)、窓関数をw(t)として、
【0020】
【数2】

によって、STFT(t,ω)を求める処理であることができる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、心臓人工弁が発生する動作音から、非侵襲、手軽かつ迅速にその機能を診断するために使用され得る評価値HFRを求めることができる。従って、新たに得られたHFRを提示された医師は、そのHFRを過去のHFRと比較することによって、人工弁の機能不全を診断することができる。
【0022】
また、本発明をコンピュータプログラムまたは携帯型装置として実現すれば、心臓に人工弁を有する人が、簡便に人工弁の状態を把握することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明に係る実施の形態を、添付した図面に基づいて説明する。
【0024】
図1は、本発明の実施の形態に係る心臓人工弁音診断装置(以下、単に診断装置とも記す)を示す概略構成図である。本診断装置は、聴診器1に取り付けられたマイク2と、電気ケーブル(図示せず)を介して伝送されるマイク2の出力信号を採取する測定部3と、データを記録する記録部4と、採取されたデータを解析する解析部5と、測定部3、記録部4及び解析部5の間でデータを伝送するデータバス6とを備えている。
【0025】
聴診器1のチェストピース7が、心臓に人工弁を有する被験者の胸に当接されることによって、マイク2が心音を電気信号に変換して出力する。従って、マイク2は、チェストピース7によって検出される被験者の心音を効率よく採取するのに適した位置に配置され
ることができる。マイク2の大きさ、感度などを考慮して、例えば、チェストピース7及びチューブ8の接合部、チューブ8の途中などに配置され得る。マイク2の配置位置は、特開2005−525521号公報、特開2008−206593などによって公知であるので説明を省略する。
【0026】
なお、人工弁に置換される心臓弁は主に僧帽弁と大動脈弁とであり、その位置が異なる。従って、本発明において心音を測定する場合、置換されている人工弁を考慮して、被験者の胸の適切な位置にチェストピース7が当接されることが望ましい。これは医師によって容易に行われ得る。
【0027】
測定部3は、マイク2からのアナログ信号を、所定の時間間隔でサンプリングしてディジタルデータとして採取する。マイク2からの信号は、イコライザやアンプを介した後に、採取されてもよい。
【0028】
記録部4、解析部5および内部バス6には、例えばコンピュータを使用することができ、その場合、解析部5は、演算処理装置(CPU)、一時記憶装置(RAM)などで構成される。さらに、測定部3の機能を有するコンピュータ用拡張ボードを内部バス6に搭載すれば、それらを一体に構成することができる。
【0029】
解析部5は、例えば記録部4から解析対象のデータを読み出し、後述する解析処理を実行する。この解析結果を用いて、例えば医師によって、心臓人工弁が正常に機能しているか否かが判断され得る。
【0030】
本心臓人工弁音診断装置の動作について、図2に示したフローチャートに基づいて具体的に説明する。なお、以下の説明において、解析部5は、内部の一時記憶装置を、記録部4から読み出したデータの記憶領域、計算のワーク領域、計算の途中結果の記憶領域などに利用して、各処理を行うこととする。
【0031】
ステップS1において、解析部5は、測定対象の被験者を特定する情報(以下「被験者コード」と記す)の入力を受け付ける。過去に入力されたことがないコードであった場合、新規に記録部4に記録される。なお、入力手段には、コンピュータ用キーボードやマウスなどを使用することができる。
【0032】
ステップS2において、測定部3が、上記したようにマイク2からの信号を採取する。採取されたデータの一例を図3に示す。縦軸、横軸はそれぞれ振幅(電圧)、時間を表す。図3の中段および下段のグラフは、人工弁音(人工弁に置換された心臓による心音)を示しており、上段は通常心音(心臓人工弁置換術を受けていない人の心音)を示す。図3では、心音の最大ピーク位置を基準(時間0ms)として、−20ms〜+40msの範囲を示す。
【0033】
ステップS3において、解析部5は、ステップS2で採取されたデータについてスペクトログラム解析を行う。具体的には、解析部5は、読み出したデータを次式で表されるSTFT(Short-Time Fourier Transformation)によって変換し、変換後の値を二乗して
スペクトログラムを求める。
【0034】
【数3】

ここで、w(t)は測定データ中から所定の時間範囲のデータを処理対象とするための窓
関数である。窓関数には、一般的に使われる公知のハミング窓、ガウス窓、ブラックマン窓等を使用することができる。x(t)は変換前のデータであり、STFT(t,ω)(X(t,ω)とも記す)は変換後のデータである。X(t,ω)を、変換前のデータx(t)を用いてSTFT{x(t)}とも表す。STFT{x(t)}、即ちX(t,ω)は、x(τ)w(τ−t)のフーリエ変換係数であり、時間および周波数空間における、信号の位相および振幅を表す。
【0035】
スペクトログラムは、|X(t,ω)|2によって求められる。図4にスペクトログラム
の一例を示す。縦軸は周波数f(kHz)(f=ω/(2π))、横軸は時間t(ms)である。各段の図は、図3の対応する段のデータを変換して得られた結果である。図4の上段のデータから、通常心音では1kHz未満の周波数成分のみを含んでいることが分かる。一方、中段及び下段のデータから、人工弁音は1kHz〜20kHzの高周波成分をも含んでいることが分かる。この結果は、非特許文献2の知見と整合している。
【0036】
ステップS4において、解析部5は、ステップS3で得られたスペクトログラム|X(
t,ω)|2から、次式によって評価値HFR(High Frequency Rate)を求める。
HFR=10 log[HFpre/HFpost][dB]
ここで、HFpreは、心音波形(図3参照)の最大ピーク位置の10ms前から最大ピ
ーク位置までの期間(−10ms〜0ms)における、5kHz以上20kHz以下の周波数範囲の平均スペクトログラムである。また、HFpostは、心音波形の最大ピーク位置からその後50msまでの期間(0ms〜50ms)における、5kHz以上20kHz以下の周波数範囲の平均スペクトログラムである。HFpreおよびHFpostはデシベル値
として求められる。計算されたHFRは、被験者コードに対応させて記録部4に記録される。このとき、ステップS2で心音データを採取した年月日の情報を付加して記録することが望ましい。
【0037】
ステップS5において、ステップS1で入力された被験者コードに対応するHFRが記録部4に記録されているか否かを判断する。記録されていた場合、ステップS6に移行し、記録されていなかった場合、終了する。
【0038】
ステップS6において、ステップS1で入力された被験者コードに対応させて記録部4に記録されている過去のデータ(人工弁が正常に機能している状態で得られたHFR)を読み出し、ステップS4で計算されたHFRと比較し、その結果を提示する。例えば、過去のHFRの平均値HFRavと今回計算されたHFR0との差ΔHFR=HFRav−HF
0を提示する。例えば、液晶やCRTなどの表示装置に、差ΔHFRを表示する。
【0039】
上記したように、HFRは人工弁が発生する高周波成分を表しているので、人工弁に血栓が付着するなどした場合、発生する高周波成分が減少する。従って、同じ被験者について定期的に心音を測定し、HFRを計算して記録しておけば、医師は、新たに計算されたHFRが、過去のHFRからどの程度減少しているかに応じて、人工弁の機能不全を診断することができる。例えば、ΔHFR≦aであれば、人工弁は正常に機能していると判断し、HFRがこの範囲を逸脱していれば、人工弁は機能不全にあると判断することができる。基準値aは、人工弁が正常に機能している状態で、定期的に得られたHFRの変動の程度から設定することができ、例えばa=3dBである。
【0040】
上記では、同じ被験者について、過去のHFRの平均値と新たに計算されたHFRとの差ΔHFRを提示する場合を説明したが、これに限定されない。過去の複数のHFRの代表値を用いればよく、例えば平均値の代わりに中間値を用いてもよい。また、過去のHFRと新規に計算されたHFRとを合わせて、例えば時系列のグラフとして提示してもよい。この場合、医師は、HFRの変化傾向から、人工弁の機能不全を診断することができる

【0041】
また、人工弁が正常に機能している状態でも、HFRは個人によって変化すると考えられるので、個人毎に評価基準を設定する(例えば、上記の基準値aを個人毎に設定する)ことが望ましい。しかし、人工弁に機能不全が生じた場合、緊急の再置換手術が必要となり、上記した測定を行うことができないことが多いので、個人毎に評価基準を設定することは容易ではない。そこで、上記したように差ΔHFRを使用すれば、別の被験者のデータから得られた基準値a、または、異なる複数の被験者のデータから得られた基準値aを使用して、被験者に依らずに人工弁の機能不全の診断を行うことができる。
【0042】
また、上記で、HFpreをそのまま使用せずに、HFpostで除した値を評価値HFRと
したのは、ノイズの影響を除去し、ノーマライズ(規格化)するためである。ノイズは測定状態によって変化すると考えられるので、高周波成分が発生せずノイズのみが含まれている領域(周波数帯及び時間帯で指定)のHFpostによってHFpreを除することが、診
断の信頼性にとって重要である。
【0043】
また、HFpreは、上記したように時間帯が−10ms〜0msであり、且つ周波数帯
が5kHz〜20kHzである領域で計算された値に限定されない。時間帯は、心音波形の最大ピーク位置の近傍であり、最大ピーク位置の前の所定の時間帯であることができる。また、周波数帯は、通常心音に含まれない周波を含む所定の高周波数帯、例えば1kHz以上20kHz以下であることができる。同様に、HFpostは、時間帯が0ms〜50msであり、且つ周波数帯が5kHz〜20kHzである領域で計算された値に限定されない。時間帯は、高周波成分を含んでいない所定の時間帯であることができる。周波数帯については、HFpostと同様である。
【0044】
また、評価値HFRは、デシベル値でなくてもよい。例えば、HFpre/HFpostを、
そのままHFRとしてもよい。
【0045】
また、スペクトログラム解析は、上記のSTFTに限らず、心音の最大ピークの前後の所定期間におけるスペクトログラムが得られる方法であればよい。
【0046】
また、本診断装置が病院などの医療機関に設置され、医師が診断する場合に限らず、心臓人工弁を有する人自身が診断することもできる。例えば、上記の機能をコンピュータプログラムによって実現し、個人所有のコンピュータにそのコンピュータプログラムをインストールすれば、個人が定期的に測定し、得られた結果(HFRなど)を記録しておくことができ、自分で人工弁の状態を判断することができる。また、携帯型の専用装置として実現することも可能である。それらの場合、聴診器は、通常の聴診器である必要はなく、少なくともチェストピースとマイクとを備えていればよい。
【0047】
また、心音の測定のみを個人が行い、インターネットなどの通信手段を介して測定データが医療機関に伝送され、解析及びHFRの計算を医療機関で行ってもよい。
【0048】
以下に実施例を示し、本発明の特徴とするところをより一層明確にする。
【実施例】
【0049】
18人の被験者を対象として、上記で説明したように、心音データを測定し、HFRを求めた。18人(31〜90歳)のうち、16人(男性5人、女性11人。Sub1〜8、Sub10〜17で表す)が、僧帽弁又は大動脈弁が人工弁に置換されており、2人(男性。Sub9および18で表す)が心臓人工弁を有さない。心音の測定は、仰臥状態の被験者の胸に、衣服などを介さず直接、聴診器のチェストピースを当て、心臓人工弁音が
最大になる位置で行った。聴診器には、リットマンマスター クラシックII ステソスコープ(Littmann Master Classic II Stethoscope、住友スリーエム社製)を使用し、小型マイク(AT805F、オーディオテクニカ社製)をチェストピースとの接合部のチューブ内に配置した。マイクからの信号の採取、即ち録音には、A/D変換器(UA−1000、エディロール社製)を用い、サンプリング周波数44.1kHz、16ビットでデータを採取し、コンピュータのハードディスクに記録した。録音時間は、被験者毎に約10〜20秒間であり、10回以上の測定を行った。結果を、図5〜8に示す。
【0050】
図5は、測定された心音波形の一例を示すグラフである。(a)は通常心音であり、(b)及び(c)は人工弁音である。なお、人工弁音は、2つの主たる音を含んでいる。それらは、心室の収縮の初期において僧帽弁及び三尖弁が閉鎖することにより、血液の逆流がブロックされることによって発生する第1音と、心室の収縮の終期において大動脈弁及び肺動脈弁が閉鎖することにより、血液の逆流がブロックされることによって発生する第2音である。
【0051】
図6は、図5のデータを上記したように処理して得られたスペクトログラムを示す図である(ステップS3参照)。
【0052】
図7は、全被験者(Sub1〜18)について得られたスペクトログラムから、上記したように求められたHFpre及びHFpostを示すグラフである(ステップS4参照)。黒
丸がHFpreを表し、白丸がHFpostを表す。それぞれ、10回の測定データから得られ
た平均値とエラーバーで表している。これらは、統計的に有意差1%で異なる。人工弁音のHFpre及びHFpostには個人差が見られるが、これは、被験者によって心臓人工弁の
機種、脂肪の厚さ、血圧などが異なることによるものである。
【0053】
図7から、心臓人工弁を有しない被験者(Sub9、18)については、HFpre及び
HFpostがほぼ同じ値であることが分かる。一方、心臓人工弁を有する被験者(Sub1〜8、Sub10〜17)については、HFpre及びHFpostが異なる値であり、HFpreがHFpostよりも大きい。これらのことから、心音の最大ピークの直前10msの間(−10〜0ms)に、人工弁による高周波成分が含まれていることが確認できた。
【0054】
図8は、全被験者(Sub1〜18)について得られたHFpre及びHFpostから、上
記したように求められたHFRを示すグラフである(ステップS4参照)。図8から、心臓人工弁を有しない被験者(Sub9、18)については、HFR=0であることが分かる。一方、心臓人工弁を有する被験者(Sub1〜8、Sub10〜17)については、HFRは0とは異なる正の値であることが分かる。従って、心臓人工弁音に含まれる高周波成分を定量化できたと言える。
【0055】
以上のように、本発明によれば、人工弁音に含まれる高周波成分をHFRによって定量化できるので、HFRが心臓人工弁の機能不全の診断に有効であることが分かる。例えば、定期的にHFRを観測、記録しておき、新たに求めたHFRが、過去のHFRから大きく変化した場合、心臓人工弁の機能不全と診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施の形態に係る心臓人工弁音診断装置を示す概略構成図である。
【図2】本診断装置の動作を説明するフローチャートである。
【図3】マイクによって採取された信号の一例を示すグラフである。
【図4】スペクトログラムを示す図である。
【図5】実施例で得られた心音の一例を示すグラフである。
【図6】実施例で得られたスペクトログラムの一例を示す図である。
【図7】実施例の各被験者について得られたHFpre及びHFpostを示すグラフである。
【図8】実施例の各被験者について得られたHFRを示すグラフである。
【符号の説明】
【0057】
1 聴診器
2 マイク
3 測定部
4 記録部
5 解析部
6 内部バス
7 チェストピース
8 チューブ及び耳管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心臓人工弁の機能不全の診断に利用され得る評価値を計算する装置であって、
人工弁を有する心臓の音を測定する測定部と、
測定された前記音を短時間フーリエ変換する解析部とを備え、
前記解析部が、
前記短時間フーリエ変換によって得られた値を二乗してスペクトログラムを求め、
前記音中の最大ピーク位置の前の第1期間内にあり、且つ1kHz以上の第1高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpreとし、
前記最大ピーク位置の後の第2期間内にあり、且つ1kHz以上の第2高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpostとし、
前記HFpreを前記HFpostで除して得られた値を前記評価値として決定することを特
徴とする心臓人工弁音診断装置。
【請求項2】
前記第1期間が、前記最大ピーク位置の10ms前から前記最大ピーク位置までの期間であり、
前記第2期間が、前記最大ピーク位置から前記最大ピーク位置の50ms後までの期間であり、
前記第1及び第2周波数範囲が、5kHz以上20kHz以下の範囲であることを特徴とする請求項1に記載の心臓人工弁音診断装置。
【請求項3】
基準値を記録している記録部をさらに備え、
前記評価値が前記基準値から所定値以上減少しているか否かによって、前記人工弁の機能不全が診断されることを特徴とする請求項1又は2に記載の心臓人工弁音診断装置。
【請求項4】
前記基準値が、心臓人工弁が正常に機能している状態で得られた複数の前記評価値から決定された値であることを特徴とする請求項3に記載の心臓人工弁音診断装置。
【請求項5】
前記短時間フーリエ変換が、前記音をx(t)、窓関数をw(t)として、
【数1】

によって、STFT(t,ω)を求める処理であることを特徴とする請求項1〜4の何れか1項に記載の心臓人工弁音診断装置。
【請求項6】
心臓人工弁の機能不全の診断に利用され得る評価値を計算するコンピュータ読取可能なプログラムであって、
コンピュータに、
人工弁を有する心臓の音を測定する第1機能と、
測定された前記音を短時間フーリエ変換する第2機能と、
前記短時間フーリエ変換によって得られた値を二乗してスペクトログラムを求める第3機能と、
前記音中の最大ピーク位置の前の第1期間内にあり、且つ1kHz以上の第1高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpreとする第4機能と、
前記最大ピーク位置の後の第2期間内にあり、且つ1kHz以上の第2高周波数範囲内にある前記スペクトログラムの平均値を求めてHFpostとする第5機能と、
前記HFpreを前記HFpostで除して得られた値を前記評価値として決定する第6機能
とを実現させることを特徴とする心臓人工弁音診断プログラム。
【請求項7】
前記第1期間が、前記最大ピーク位置の10ms前から前記最大ピーク位置までの期間であり、
前記第2期間が、前記最大ピーク位置から前記最大ピーク位置の50ms後までの期間であり、
前記第1及び第2周波数範囲が、5kHz以上20kHz以下の範囲であることを特徴とする請求項6に記載の心臓人工弁音診断プログラム。
【請求項8】
前記コンピュータに、基準値を記録する機能をさらに実現させ、
前記評価値が前記基準値から所定値以上減少しているか否かによって、前記人工弁の機能不全が診断されることを特徴とする請求項6又は7に記載の心臓人工弁音診断プログラム。
【請求項9】
前記基準値が、心臓人工弁が正常に機能している状態で得られた複数の前記評価値から決定された値であることを特徴とする請求項8に記載の心臓人工弁音診断プログラム。
【請求項10】
前記短時間フーリエ変換が、前記音をx(t)、窓関数をw(t)として、
【数2】

によって、STFT(t,ω)を求める処理であることを特徴とする請求項6〜9の何れか1項に記載の心臓人工弁音診断プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【図6】
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