説明

急速に崩壊する、トロンビン受容体アンタゴニストの凍結乾燥経口処方物

急速に崩壊する凍結乾燥固体剤形が開示されており、その固体剤形の1つの実施形態は、トロンビン受容体アンタゴニスト(例えば、式(A):


または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物)と、ポリマー(例えば、ゼラチン)と、マトリックス形成剤(例えば、マンニトール)とを含む。凍結乾燥される前の懸濁液を効果的に緩衝剤で処理するための系は、そのような急速に崩壊する固体剤形を投与することにより、急性冠状動脈症候群の危険にさらされている患者を処置する方法に加えて、教示される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の分野
本発明は、トロンビン受容体アンタゴニストを含み、経口投与され急速に崩壊する薬学的組成物、および、急性冠状動脈症候群の危険にさらされている患者の処置におけるそれらの使用に関連する。
【背景技術】
【0002】
本発明の背景
トロンビンは、異なる細胞型において様々な活性を有することが公知であり、トロンビン受容体は、ヒト血小板、血管平滑筋細胞、内皮細胞、および繊維芽細胞のような細胞型に存在することが公知である。トロンビン受容体アンタゴニスト(「TRA」)は、プロテアーゼ活性化型受容体(PAR)アンタゴニストとしても公知であり、血栓性障害、炎症性障害、アテローム性動脈硬化障害、および、線維増殖性障害、ならびに、トロンビンおよびその受容体が病理学的役割をするその他の障害の処置において有用であると考えられる。急性冠状動脈症候群はそのような障害の1つである。
【0003】
急性冠状動脈症候群(「ACS」)は、急性心筋虚血と併存する任意の臨床症状の群(不安定狭心症、ならびに、非ST部分上昇型心筋梗塞(「MI」)およびST部分上昇型MIを含む)を包含するために使用される包括的用語である。急性心筋虚血は、冠動脈疾患(冠動脈心疾患とも呼ばれる)に起因する、心筋への不十分な血液供給による胸痛を伴う。これらの生命に係わる障害は、米国の救急医療および入院の主な原因である。冠動脈心疾患は米国の主な死亡原因である。不安定狭心症および非ST部分上昇型心筋梗塞はこの疾患のとても一般的な症状発現である。
【0004】
ACS患者が、急な心臓発作の直後に、無意識、さもなくば無反応、もしくは指示に従うことができない状態で病院の救急治療室に到着することは異例ではない。そのような患者がトロンビン受容体アンタゴニストの投与により効果があり得ると決定される場合、さらなるダメージを防ぐために、患者の心臓血管系における薬剤レベルをすぐに上げるのに十分な負荷投与量を投与することが重要であり得る。しかし、無反応の患者は、経口投与される従来の固体剤形(例えば、錠剤またはカプセル)を飲み込むことが不可能であり得る。したがって、無反応であり得る患者へ手早くそして簡便に投与され得るような剤形で、トロンビン受容体アンタゴニストの負荷投与量を提供するための、トロンビン受容体アンタゴニストを含む薬学的に受容可能な処方物が必要とされている。そのような剤形は、本質的にそのままの固形錠剤を飲み込む必要性を創り出すこと無しに、ならびに、そのままの剤形で飲み込むのを助けるために水と共に投与する必要無しに投与され得る。そのような処方物は、ACSに伴う即時の危険を処置するのに有用であり得る。
【0005】
口腔内で活性成分を放出するよう設計されている急速に崩壊する剤形は周知であり、そして、幅広い薬物を送達するために使用され得る。
【0006】
トロンビン受容体アンタゴニストは、文献中で、様々な心臓血管系の疾患または状態(例えば、血栓症、血管の再狭窄、深部静脈血栓症、肺塞栓症、大脳梗塞、心臓疾患、播種性血管内凝固症候群、高血圧症(Suzuki,Shuichi、特許文献1、特許文献2、および特許文献3)、不整脈、炎症、狭心症、脳卒中、アテローム性動脈硬化症、虚血状態(Zhang,Han−cheng、特許文献4、特許文献5、および特許文献6)が挙げられる)を処置するのに潜在的に有用であると示唆されている。
【0007】
トロンビン受容体アンタゴニストは、特許文献7、特許文献8、特許文献9、特許文献10、特許文献11、特許文献12、特許文献13に開示されている。様々な状態および疾患を処置するためのトロンビン受容体アンタゴニストの小さなサブセットの使用は、特許文献14に開示されている。特定のトロンビン受容体アンタゴニストの硫酸水素塩の結晶形態は特許文献15に開示されている。本明細書中に記載されているこれらすべての特許および特許公開は、その全てを参考として援用する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開第0288092号パンフレット
【特許文献2】国際公開第0285850号パンフレット
【特許文献3】国際公開第0285855号パンフレット
【特許文献4】国際公開第0100659号パンフレット
【特許文献5】国際公開第0100657号パンフレット
【特許文献6】国際公開第0100656号パンフレット
【特許文献7】米国特許第6,063,847号明細書
【特許文献8】米国特許第6,326,380号明細書
【特許文献9】米国特許第6,645,987号明細書
【特許文献10】米国特許出願公開第03/0203927号明細書
【特許文献11】米国特許出願公開第04/0216437号明細書
【特許文献12】米国特許出願公開第04/0152736号明細書
【特許文献13】米国特許出願公開第03/0216437号明細書
【特許文献14】米国特許出願公開第04/0192753号明細書
【特許文献15】米国特許第7,235,561号明細書
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の要旨
1つの実施形態において、本発明は、トロンビン受容体アンタゴニストの有効量を含む、急速に崩壊する凍結乾燥固体剤形に関連する。いくつかの実施形態において、トロンビン受容体アンタゴニストは以下:
【0010】
【化1】

の化合物からなる群から、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物から選択される。
【0011】
いくつかの実施形態において、固体剤形は、少なくとも1つのポリマー、および少なくとも1つのマトリックス形成剤をさらに含む。いくつかの実施形態において、ポリマーは、ゼラチン、アルギン酸塩、および加工デンプンからなる群から選択される。いくつかの実施形態において、マトリックス形成剤は、マンニトール、ソルビトール、およびデキストリンからなる群から選択される。いくつかの実施形態において、ポリマーはゼラチンであり、マトリックス形成剤はマンニトールである。いくつかの実施形態において、ゼラチンに対するトロンビン受容体アンタゴニストの重量比は、約2.2〜約2.3であり、マンニトールに対するゼラチンの重量比は、約1.0〜約1.2である。いくつかの実施形態において、ゼラチンの重量パーセントは、含水重量を基にして約3.5である。いくつかの実施形態において、マンニトールの重量パーセントは、含水重量を基にして約3である。
【0012】
いくつかの実施形態において、急速に崩壊する剤形は緩衝系をさらに含む。いくつかの実施形態において、緩衝系は、酢酸系、リン酸系、およびクエン酸系からなる群から選択される。
【0013】
いくつかの実施形態において、少なくとも約80%の平均血小板阻害が投与後30分以内に達成される。
【0014】
いくつかの実施形態において、固体剤形は、約20mg〜約120mgの化合物A:
【0015】
【化2】

または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物を含む。
【0016】
いくつかの実施形態において、急速に崩壊する固体剤形は、約40mgの化合物A、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物を含む。いくつかの実施形態において、化合物Aは硫酸水素塩の形態である。いくつかの実施形態において、固体剤形はポリマー、およびマトリックス形成剤をさらに含む。いくつかの実施形態において、固体剤形は緩衝系をさらに含む。
【0017】
いくつかの実施形態において、固体剤形はゼラチン、およびマンニトールをさらに含む。いくつかの実施形態において、固体剤形は、約17.5mgのゼラチン、および約15mgのマンニトール、ならびに、上記化合物Aの硫酸水素塩の添加後に直接pHを測定するとき、凍結乾燥される前の懸濁液中で約3.5〜約5.5のpHを実現する能力のある緩衝系を含む。
【0018】
いくつかの実施形態において、本発明は、約40mgの化合物A、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物、約18mgのゼラチン、約15mgのマンニトール、約19mgのクエン酸ナトリウム、および、約8mgのクエン酸を含む、急速に崩壊する凍結乾燥剤形に関連する。
【0019】
いくつかの実施形態において、本発明は、上記の急速に崩壊する任意の固体剤形を投与する工程を包含する、急性冠状動脈症候群の危険にさらされている患者の処置方法に関連する。
【0020】
いくつかの実施形態において、本発明は、トロンビン受容体アンタゴニストの有効量を含む一回の凍結乾燥負荷投与量、および、その後の上記のトロンビン受容体アンタゴニストを含む一連の維持投与量を、急性冠状動脈症候群の危険にさらされている患者へ投与する工程を包含する、上記患者の処置方法に関連する。いくつかの実施形態において、トロンビン受容体アンタゴニストは、以下:
【0021】
【化3】

の化合物からなる群、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物から選択される。いくつかの実施形態において、トロンビン受容体アンタゴニストは以下:
【0022】
【化4】

の化合物、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物である。いくつかの実施形態において、トロンビン受容体アンタゴニストは硫酸水素塩形態である。いくつかの実施形態において、負荷投与量は、約20mg〜約120mgの上記トロンビン受容体アンタゴニストを含む。いくつかの実施形態において、負荷投与量は、約40mgの上記トロンビン受容体アンタゴニストを含む。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明の詳細な記載
様々な化合物が、トロンビン受容体アンタゴニストとしての活性を発現する化合物として例示されており、その多くはヒンバシン類似体である。米国特許出願公開第04/0152736号に開示されているように、式Iの特に好ましい化合物のサブセットは以下:
【0024】
【化5】

【0025】
【化6】

のような化合物、および、薬学的に受容可能なその塩である。
【0026】
米国特許出願公開第03/0216437号は、特に活性かつ選択的な式IIのトロンビン受容体アンタゴニストのサブセットを開示している。これらの化合物は、以下:
【0027】
【化7】

のような化合物、ならびに、薬学的に受容可能なその異性体、塩、溶媒和物、および多形体である。
【0028】
以下:
【0029】
【化8】

の化合物、または、薬学的に受容可能なその異性体、塩、水和物、溶媒和物、多形体、もしくは共晶体形態は、それらの薬物動態学的および薬力学的特徴に基づいて特に好ましい。化合物Aの硫酸水素塩は、現在Schering−Plough Corp.によりトロンビン受容体アンタゴニストとして開発中である。その合成は米国特許出願公開第03/0216437号に開示されており、この出願公開は、化合物Cもまた開示している。化合物Bは米国特許第6,645,987号に開示されている。
【0030】
本発明の処方物中で使用する他の化合物は、米国特許第6,063,847号、同第6,326,380号、米国特許出願公開第03/0203927号、同第03/0216437号、同第04/0192753号、および、同第04/0176418号のいずれかに開示されている。上記明細書中の化合物に関連する開示は、全てその全体を参考として援用する。トロンビン受容体アンタゴニストとしての活性を発現する他の薬剤を含める組み合わせもまた、以下:
【0031】
【化9】

のような構造のE5555(現在、Eisaiで開発中)を含めて、本発明の範囲内である。
【0032】
本発明の1つの実施形態において、処方物は、水無しで飲み込まれ得る経口固体剤形である。なぜなら、上記剤形は、いくつかの実施形態において、約60秒未満で、好ましくは約30秒未満で、より好ましくは10秒未満で、そして、最も好ましくは約3秒未満で舌の上で急速に崩壊するからである。そのような急速な崩壊現象は、活性成分の強化された溶解、および、その後のそのような成分の最適な、すなわち、急速な薬物動態学的プロフィールの実現を提供し得る。本質的に全てのトロンビン受容体アンタゴニストは約15分以内に溶けることが好ましい。
【0033】
活性成分の溶解速度は、代表的には、薬学的簡易検査装置(pharmaceutical compendial apparatus)、例えば、USP Dissolution Apparatus 1(バスケット)またはApparatus 2(パドル)のような装置を用いて、インビトロの環境で測定される。代替の溶解試験方法、例えば、フロースルー溶解セルもまた、実施形態の物理的性質に基づいて使用され得る。
【0034】
急速に崩壊する固体剤形を提供することにおける最終目的の一つは、ACSの危険にさらされている患者において、血小板阻害の速やかな開始を引き起こすのに十分なトロンビン受容体アンタゴニストの血中濃度プロフィールを提供することである。本発明の処方物は、投与後30分以内に少なくとも約80%の平均血小板阻害を引き起こすと考えられる。血小板阻害は、米国特許公開出願第03/0216437号で考察されており、その考察を本明細書中で援用する。
【0035】
本発明の固体剤形は、舌の上に置くのに適したウエファーの形の凍結乾燥された(またはフリーズドライされた)マトリックスの形態である。上記マトリックスは上記剤形に対し、製品の包装、保管、および、発送の間の慣用的取り扱いを許容するため、ならびに、包装から取り出す際の破損を防ぐための十分な強度を付与する。しかしながら、口腔内に一度置かれると、上記マトリックスは急速に崩壊し、活性な薬剤の急速な溶解を提供し得る。凍結乾燥処方物の様々な局面は、国際公開第00/44351号に開示されている。
【0036】
上記マトリックスは、多くの目標を達成するために設計された様々な材料の内の、任意の1つ以上の材料からなる。ポリマーは、取り扱い中の強度および弾力性を与える、ガラス状アモルファス構造を形成するために使用され得る。マトリックス形成剤は、結晶性および硬さを与えるために使用され得る。水は、舌の上で急速に崩壊する多孔質ユニットの生産を確実にするために製造プロセスで使用され得る。静菌濃度での保存剤、例えば、パラ−安息香酸は、製造プロセス中の水溶液の微生物の増加を防ぐために使用され得る。
【0037】
本明細書中で使用される場合、「ポリマー」という用語は、以下の:ゼラチン;加工デンプン;動物性タンパク質もしくは植物性タンパク質に由来する材料;デキストリンおよび大豆;小麦および車前子のタンパク質;ゴム(例えば、アカシア、グアル、寒天、およびキサンタン);多糖類;アルギン酸塩;カルボキシメチルセルロース;カラギーナン;デキストラン;ペクチン;合成ポリマー(例えば、ポリビニルピロリドン);ならびに、ポリペプチド/タンパク質、または、ゼラチン−アカシア複合体のような多糖類複合体を包含すると理解される。
【0038】
様々な加工デンプンが市販され、本発明において有用であるが、加工デンプンとしては、以下のものが挙げられる:
ドラム乾燥または押し出し成形により生産される、アルファ化デンプン(pregelatinized starch);
制御しながらグリコシド結合を加水分解することにより生産される、低粘度デンプン;
少量の酸存在下で乾燥デンプンを焼くことにより生産される、デキストリン;
必要な粘度に達するまで希酸中で懸濁させることにより生産される、酸加工デンプン;
酸化剤によりカルボニル基、または、カルボキシル基を導入し、ここで、解重合を起こし、老化、および、糊化能力を減少させている、酸化デンプン;
必要とされる物理化学的特性を獲得するための、制御された酵素分解により生産される、酵素加工デンプン;
架橋構造を形成するために、ヒドロキシル基と、二官能性または多官能性試薬(例えば、オキシ塩化リン、トリメタリン酸ナトリウム、および、エピクロロヒドリン)とを反応させることにより生成される、架橋デンプン;ならびに
幅広く様々な製品を提供するために、アルカリ性触媒存在下、エーテル化試薬またはエステル化試薬とデンプンを反応させることにより生産される、安定化デンプン。
【0039】
本明細書中で使用される場合、「マトリックス形成剤」という用語は、糖(例えば、マンニトール、デキストロース、ラクトース、ガラクトース、およびトレハロース);環状糖(例えば、シクロデキストリン);無機塩(例えば、リン酸ナトリウム、塩化ナトリウム、およびケイ酸アルミニウム)および、2〜12個の炭素原子を有するアミノ酸(例えば、グリシン、L−アラニン、L−アスパラギン酸、L−グルタミン酸、L−ヒドロキシプロリン、L−イソロイシン、L−ロイシン、およびL−フェニルアラニン)を包含すると理解される。
【0040】
1つ以上のマトリックス形成剤は、固化段階より前に、溶液または懸濁液へ混合され得る。マトリックス形成剤は、界面活性剤を添加した上で、または、界面活性剤を除外した上で存在し得る。マトリックス形成剤はマトリックス形成に加えて、溶液、懸濁液、または、混合物中のあらゆる活性成分が分散している状態を維持することを補助し得る。このことは、活性成分が水に対して十分な溶解性が無く、その結果、溶解させるのではなく懸濁させなければならない場合に特に有用である。
【0041】
懸濁剤もしくは凝集剤、または、これらの両方(例えば、様々なゴム)が、製造プロセスにおいて、分散した薬物粒子が沈殿するのを防止するために使用され得る。pH調整用賦形剤(例えば、クエン酸および水酸化ナトリウム)が、薬物の化学的安定性を最適化するため、水不溶解性化合物の溶解性を最小化するため、または、胃より前にある(pregastric)膜を通して、血流へ吸収される薬物のイオン化の度合いを最適化するために使用され得る。浸透エンハンサー(例えば、ラウリル硫酸ナトリウム)は、胃より前にある組織を通して吸収される薬物の経皮送達を最適化するために使用され得る。崩壊防止剤(例えば、グリシン)は、フリーズドライプロセスの間、または、長期間の保管中にユニットが減少することを防止するために使用され得る。矯味矯臭薬および甘味料は、味を最適化するために使用され得、そして、マイクロカプセル化ポリマー(例えば、様々なセルロース)はあらゆる苦味を消すために使用され得る。着色剤は、生産物を区別するために使用され得る。
【0042】
pH調整用賦形剤として水酸化ナトリウムを使用する凍結乾燥処方物の例を、実施例1として示す。
【実施例】
【0043】
実施例1.
【0044】
【数1】

実施例1のプロトタイプは、約2秒の崩壊時間を示し、受容可能な安定性を有する。上記で参照したようなインビトロでの溶解環境において試験したとき、本質的に100%の化合物Aの硫酸水素塩が15分以内に溶解した。
【0045】
緩衝系
最初に調製したプロトタイプ処方物は、pH調整用賦形剤としてNaOHを含有した。NaOHの使用は、懸濁液の最初のpH調整においては受容可能であり得るが、pHはその後、硫酸水素塩から遊離塩基および対イオンへの解離に起因して、時間が経つと変化し得る。そのようなpHの変化は、最終製品の性能に影響を与え得る。pHを安定化させるために、適切な緩衝能を有する緩衝系が必要とされていることが認められた。緩衝系の目的は、懸濁液のpHを製造の期間の中で適切な値、代表的には、約3.5〜約5.5のpHに維持することである。
【0046】
薬学的に受容可能な緩衝系は、上記のpH調整用賦形剤と組み合わせて、または、pH調整用賦形剤の代わりとして使用され得る。緩衝系は、目標とするpHの範囲に基づいて選択される。今回の場合、目標とするpHの範囲は約3.5〜約5.5、好ましくは、約4〜約5である。これらのpHの範囲は、化合物Aの硫酸水素塩の安定性の条件、および、急速に崩壊する固体剤形の性能に合うことが必要とされる。特に、より低いpHは最終製品の溶解速度に不利な影響を与え得ることが分かった。これらの範囲でpHを維持することが可能な薬学的に受容可能な緩衝系として、酢酸緩衝系、リン酸緩衝系、および、クエン酸緩衝系が挙げられる。そのような緩衝系の例として、酢酸/酢酸ナトリウム系、リン酸/リン酸ナトリウム系、および、クエン酸/クエン酸ナトリウム系が挙げられる。本発明の範囲内である追加の緩衝系として、以下の水溶性酸、および、それらの塩に基づく緩衝系が挙げられる:
(+)−L−酒石酸;
D−グルクロン酸;
グリコール酸;
D−グルコヘプトン酸;
(−)−L−ピログルタミン酸;
DL−マンデル酸;
(−)−L−リンゴ酸;
ギ酸;
D−グルコン酸;
DL−乳酸;
L−アスコルビン酸
コハク酸;および、
グルタル酸。
【0047】
特定の凍結乾燥される前のTRA懸濁液のための緩衝系の構成要素の濃度を決定するために、化合物Aの硫酸水素塩の懸濁液のための一連のクエン酸緩衝系を、以下の表1Aに従って、さまざまな目標pHのために調製した。
【0048】
表1
【0049】
【表1】

クエン酸の分子量=210.0
クエン酸ナトリウムの分子量=291.4
20mLずつに分けた表1のそれぞれの緩衝液へ、0.7gのゼラチンを加えた。この溶液を(ホットプレートを使用し撹拌しながら)60℃で約30分間加熱した。そして、この溶液を約25℃まで(水浴にて)冷却し、pHを記録した。1.6gの化合物Aの硫酸水素塩(活性薬剤成分、すなわち「API」)をこの溶液へ加えて、8w/w%懸濁液を調製した。試料調製中に、溶液の約3分の1を加えて、測定用標本(survey)を調製した。それぞれの測定用標本は、均質化し、均質性を確実にした。溶液の残り3分の2を撹拌しながら加えた。それぞれの懸濁液を48時間保管し、pHを記録した。pH測定の結果を表2/3に示す。
【0050】
表2
【0051】
【表2】

実験データは、クエン酸緩衝液(この場合は、クエン酸/クエン酸ナトリウム緩衝系)に対して、50mM、100mM、および200mMのいずれかの濃度でpH4およびpH5を目標とする緩衝系(この場合は、緩衝液番号4〜9)は、API添加後にpHを測定するとき、化合物Aの硫酸水素塩懸濁液のpHを3.5〜5.5に制御するのに適切であることを示している。これは、凍結乾燥を懸濁液の調製直後に行う、ほとんどの加工シナリオにおいて適切である。しかし、懸濁液が凍結乾燥前に48時間まで保管されている場合、50mM、100mM、および200mMの濃度でpH5を目標とする緩衝系(緩衝液番号7〜9)、ならびに、200mMの濃度でpH4を目標とする緩衝系(緩衝液番号6)のみが、3.5〜5.5の範囲に懸濁液のpHを維持するのに適している。
【0052】
pHを5に維持するためには、0.7%w/w〜3.4%w/wのクエン酸濃度、および1.7%w/w〜8.3%w/wのクエン酸ナトリウム濃度が有効であることが分かった。pHを4に維持するために、1.2%w/w〜5.8%w/wのクエン酸濃度範囲、および1.0%w/w〜4.9%w/wのクエン酸ナトリウム濃度範囲が有効であることが分かった。したがって、pHを約4〜約5の範囲に維持するためには、約0.7%w/w〜約5.8%w/wのクエン酸濃度範囲、および、約1.0%w/w〜約8.2%w/wのクエン酸ナトリウム濃度が有効であると予測される。クエン酸およびクエン酸ナトリウムの濃度は、凍結乾燥される前の懸濁液に関して示されている。
【0053】
上記の結果に基づいて、化合物Aの硫酸水素塩の凍結乾燥処方物は、実施例2に示すように緩衝液で処理され得る。
【0054】
実施例2.
【0055】
【数2】

上記内容に基づいて、40mgの負荷投与量の化合物A、または、薬学的に受容可能なその塩および水和物の、有用な凍結乾燥処方物は、以下の成分:
約16mg〜約19mgの量、好ましくは、約17.5mgのゼラチン;
約14mg〜約16mgの量、好ましくは、約15mgのマンニトール;
約18mg〜約19mgの量、好ましくは、約18.7mgのクエン酸ナトリウム;および、
約7mg〜約8mgの量、好ましくは、約7.7mgのクエン酸、
を含むと考えられる。
【0056】
上記の実施例1および2に列挙した賦形剤の成分が、同じ機能的分類内の他の成分で代用される、代替の実施形態は本発明の範囲内である。したがって、ゼラチンが別のポリマー(例えば、デンプン)で代用される実施形態は本発明に包含される。同様に、マンニトールが別のマトリックス形成剤(例えば、ラクトース)で代用される実施形態は本発明に包含される。矯味矯臭剤(例えば、スペアミント)、および甘味料(例えば、アスパルテーム)もまた、分類内で代用可能である。これまでに考察されたように、緩衝系は代用され得る。
【0057】
さらに、例として実施例1および2に開示される含水重量(すなわち、凍結乾燥される前)を基にした組成の百分率(見出しの「%w/w」の下にある数値)は例であり、これらに限定はされない。例えば、ポリマー(例えば、ゼラチン)の、含水重量を基にした組成の適用可能な範囲は、約2%w/w〜約5%w/wであり、そして、マトリックス形成剤の、含水重量を基にした組成の適用可能な範囲は、約2%w/w〜4%w/wである。矯味矯臭剤および甘味料の濃度は、必要に応じて変更され得る。これまでに考察されたように、緩衝系の成分の濃度は、所望のpHを維持する一方で、ある程度変更され得る。
【0058】
化合物Aのより多い投与量は本発明の処方物へ組み込まれ得る。150mgまでの負荷投与量は本発明の範囲内である。例えば、80mgおよび120mgの負荷投与量の化合物A、または、その薬学的受容可能な塩もしくは水和物は、本発明の範囲内である。
【0059】
凍結乾燥プロセス
本質的に、凍結乾燥(すなわち、フリーズドライ)は少なくとも2つの工程:最初に、フリーズドライにする物質の溶液または懸濁液(ほぼいつも水性)を凍結させる工程;そして二番目に、真空状態を保ったまま、凍結させた物質の温度を上げ、凍結させた溶媒(ほぼいつも氷)を溶解させることなく昇華させる工程、からなる。「凍結乾燥された」という用語は、本明細書中で使用される場合、少なくともこれら2つの加工工程を経た製品である処方物を表すと理解される。処方物の外観および加工回数に対するフリーズドライする際の温度の影響は、米国特許第5,044,091号明細書中で考察されている。この特許文献は関連部分において本明細書中で援用される。
【0060】
製造の順序は、代表的には、薬物の水溶液、または水性懸濁液の大量調製、続いて、あらかじめ形成されたブリスター内へと正確に1回分ずつに分けること(precise dosing)から始まる。実際に錠剤の形を形成し、それゆえに、製品の全体包装において不可欠な構成要素であるのは、ブリスターである。製造の二番目の局面では、代表的には、氷晶の最終的な大きさを制御するために特別に設計された極低温の凍結プロセスに、充填されたブリスターを通す工程を包含する。このことは、急速に崩壊する作用を促進するために、錠剤が多孔性マトリックスを有することを確実にするのを補助する。これらの凍結させたユニットは、次いで、昇華プロセスのために大規模な凍結乾燥機へ移され、そこで、大部分の残存水分は錠剤から取り除かれる。製造の最終局面では、安定性を確実にするため、および、様々な環境条件から製品を保護するために、開放状態のブリスターを熱融着プロセスにより密閉する工程を包含する。本発明のこの局面における処方物調製のための手順は、例えば、米国特許第6,509,040号、および、同第6,709,669号に記載されている。これら両方の文献は、参考として本明細書により援用される。
【0061】
そのような剤形に対して適用可能な市販の凍結乾燥技術の一例は、商標名Zydis(登録商標)で知られ、これは、Somerset, New JerseyにあるCatalent(以前はCardinal Health)から市販されている。H.Sager、「Drug−delivery Products and the Zydis Fast−dissolving Dosage Form」、J.Pharm.Pharmacol.50:375−382(1998)を参照のこと。そのような製品の例として、オランザピンの凍結乾燥処方物が、Eli LillyからZyprexa(登録商標) Zydis(登録商標)口腔内崩壊錠剤として市販されている。不活性成分として、ゼラチン、マンニトール、アスパルテーム、メチルパラベンナトリウム、およびプロピルパラベンナトリウムを含む。Claritin(登録商標) RediTabs(登録商標)は、Schering−Plough Corp.から市販されており、以下(表3)のようなZydisを基にした処方物の別の例を提供する。
【0062】
表3.
【0063】
【表3】

凍結乾燥中に昇華した。
**乾燥重量を基準とする。
【0064】
急性冠状動脈症候群
本発明は、これまでに記載したような、トロンビン受容体アンタゴニストの急速に崩壊する処方物の有効量を投与することにより、急性冠状動脈症候群の危険にさらされている患者を処置する方法をさらに包含する。本明細書中で使用される場合、「有効量」という用語は、急な心臓の異変(event)後、心臓血管系に対するさらなる損傷を防ぐのに有効なトロンビン受容体アンタゴニストの量を示していると理解される。
【0065】
ACSの処置において、トロンビン受容体アンタゴニストの投与計画は、負荷投与量の一回の投与と、続く、維持投与量の定期的投与とを包含する。負荷投与量のTRA濃度は、高いレベルの血小板凝集阻害を非常に早く達成するのに十分である。負荷投与量の投与後、1時間〜2時間以下で少なくとも80%〜90%の血小板凝集阻害レベルが目標とされる。負荷投与量の処方物中のTRA濃度は、20mg〜120mgである。維持投与量のTRA濃度は、所望の血小板凝集阻害レベルを維持するのに十分である。維持投与量の処方物中のTRA濃度は、1mg〜10mgである。40mgの負荷投与量と、続く、一日2.5mgの維持投与量とを含む化合物Aの硫酸水素塩の投与計画は、第III相の臨床治験における評価が計画される。本発明の急速に崩壊する固体剤形は、これらの投与計画の範囲内の負荷投与量としての投与のために意図されている。そのような凍結乾燥負荷投与量の処方物は、投与後30分以内に少なくとも約80%の血小板凝集阻害を達成することが可能であり得る。この処方物は、本質的に全てのトロンビン受容体アンタゴニストが約15分以内に溶解することを可能にし得る。
【0066】
本発明の凍結乾燥TRA処方物は、急性発作の罹病者、および、経皮的冠動脈形成術(「PCI」)を受けている患者の処置において有用性を見出している。
【0067】
本発明は、これまでに示された特定の実施形態と組み合わせて記載されているが、、多くのその代替案、改変、および変更は当業者にとって明らかである。全てのそのような代替案、改変、および変更は、本発明の意図と範囲内に含まれることが意図される。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有効量のトロンビン受容体アンタゴニストを含む、急速に崩壊する凍結乾燥固体剤形。
【請求項2】
請求項1に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、ここで、前記トロンビン受容体アンタゴニストが以下:
【化10】

からなる群、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物から選択される、固体剤形。
【請求項3】
請求項2に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、さらに、少なくとも1つのポリマー、および、少なくとも1つのマトリックス形成剤を含む、固体剤形。
【請求項4】
請求項3に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、ここで、前記ポリマーがゼラチン、アルギン酸塩、および加工デンプンからなる群から選択される、固体剤形。
【請求項5】
請求項3に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、ここで、前記マトリックス形成剤がマンニトール、ソルビトール、およびデキストリンからなる群から選択される、固体剤形。
【請求項6】
請求項1に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、さらに緩衝系を含む、固体剤形。
【請求項7】
請求項6に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、ここで、前記緩衝系が酢酸緩衝系、リン酸緩衝系、およびクエン酸緩衝系からなる群から選択される、固体剤形。
【請求項8】
請求項1に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、ここで、少なくとも約80%の平均血小板阻害が投与後30分以内に達成される、固体剤形。
【請求項9】
約20mg〜約120mgの化合物A:
【化11】

または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物を含む、急速に崩壊する凍結乾燥固体剤形。
【請求項10】
請求項9に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、約40mgの化合物A、または、薬学的に許容可能なその塩もしくは水和物を含む、固体剤形。
【請求項11】
請求項9に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、化合物Aが、硫酸水素塩の形態である、固体剤形。
【請求項12】
約40mgの化合物A、または、薬学的に許容可能なその塩もしくは水和物と、ポリマーと、マトリックス形成剤とを含む、急速に崩壊する凍結乾燥固体剤形。
【請求項13】
請求項12に記載の急速に崩壊する固体剤形であって、さらに緩衝系を含む、固体剤形。
【請求項14】
トロンビン受容体アンタゴニストの有効量を含む一回の凍結乾燥負荷投与量と、次いで、前記トロンビン受容体アンタゴニストを含む一連の維持投与量とを、急性冠状動脈症候群の危険にさらされている患者へ投与する工程を包含する、該患者の処置方法。
【請求項15】
請求項14に記載の方法であって、ここで、前記トロンビン受容体アンタゴニストが以下:
【化12】

の化合物からなる群、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物から選択される方法。
【請求項16】
請求項14に記載の方法であって、ここで、前記トロンビン受容体アンタゴニストが以下:
【化13】

の化合物、または、薬学的に受容可能なその塩もしくは水和物である、方法。
【請求項17】
請求項16に記載の方法であって、ここで、前記の凍結乾燥負荷投与量が約20mg〜約120mgの前記トロンビン受容体アンタゴニストを含む、方法。
【請求項18】
請求項16に記載の方法であって、ここで、前記の凍結乾燥負荷投与量が約40mgの前記トロンビン受容体アンタゴニストを含む、方法。
【請求項19】
請求項16に記載の方法であって、ここで、前記トロンビン受容体アンタゴニストが硫酸水素塩の形態である、方法。

【公表番号】特表2010−504911(P2010−504911A)
【公表日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−529263(P2009−529263)
【出願日】平成19年9月24日(2007.9.24)
【国際出願番号】PCT/US2007/020569
【国際公開番号】WO2008/039406
【国際公開日】平成20年4月3日(2008.4.3)
【出願人】(596129215)シェーリング コーポレイション (785)
【氏名又は名称原語表記】Schering Corporation
【Fターム(参考)】