説明

悪性腫瘍治療剤

【課題】植物由来のリモノイド化合物の中から、強い抗腫瘍活性を有する成分を提供する。
【解決手段】次式(1)


で表される12−O−アセチルアゼダラキンBを有効成分とする悪性腫瘍治療薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、悪性腫瘍治療薬、特に植物由来のリモノイド化合物を含有する悪性腫瘍治療薬に関する。
【背景技術】
【0002】
植物は古来より医薬品資源として注目されており、これまでにも様々な医薬品あるいは医薬品素材が植物中に見出されている。植物由来の悪性腫瘍治療薬としては、イチイ科の植物からの抽出物であるパクリタキセル(タキソール);クロタキカズラ科クサミズキ、タマミズキ科カンレンボクに含まれるアルカロイドであるカンプトテシン;及びキョウチクトウ科ニチニチソウに含まれるインドールアルカロイドであるビンクリスチン、ビンブラスチン等が知られている。
【0003】
植物由来のリモノイド化合物の中には、インドセンダン木から得られるアザジラクチン類に抗酸化活性、殺虫作用(特許文献1)があることが、またハイパーフォリン類に抗がん作用、抗マラリア作用(特許文献2)があることが知られている。また、センダン由来のアゼダラキン類には、昆虫の摂食阻害活性を有することが報告されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特表2003−529615号公報
【特許文献2】特表2003−512465号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】天然物有機化学討論会講演要旨集、(37)p289−294(1995.9.1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし従来の植物由来のリモノイド化合物の抗腫瘍活性は十分でなく、より癌細胞増殖阻害作用の強力な化合物が望まれていた。
従って、本発明の課題は、植物由来のリモノイド化合物の中から、強い抗腫瘍活性を有する成分を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明者は、センダン果実由来のリモノイド化合物の抗腫瘍活性をスクリーニングしてきたところ、従来昆虫に対する摂食阻害活性は知られているが他の薬理作用は知られていないアゼダラキン類のうち、12−O−アセチルアゼダラキンBが抗がん剤として用いられているシスプラチンを超える強力な抗腫瘍効果を有することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、次の式(1)
【0009】
【化1】

【0010】
で表される12−O−アセチルアゼダラキンBを有効成分とする悪性腫瘍治療薬を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
12−O−アセチルアゼダラキンBの抗腫瘍活性は、市販の抗癌剤であるシスプラスチンよりも強力であり、悪性腫瘍治療薬として有用である。また、その悪性腫瘍治療作用は、アポトーシス誘導により癌細胞傷害活性を示すものであり、安全性も高いことが期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】12−O−アセチルアゼダラキンBを作用させたHL60のHoechst法による蛍光染色結果を示す図である。
【図2】12−O−アセチルアゼダラキンBを作用させたHL60のアネキシンV−PI二重染色後のフローサイトメトリー結果(0h、24h、48h)を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の悪性腫瘍治療薬の有効成分である12−O−アセチルアゼダラキンB(12−O−acetylazedarachin B:以下本発明化合物ともいう)は、例えばセンダン科植物(Melia azedarach L.)の果実、樹木から抽出することができる(非特許文献1参照)。より詳細には、後述の参考例の如くして、抽出、分離することができる。
【0014】
本発明の悪性腫瘍治療薬は、本発明化合物を有効成分として含有するが、本発明化合物を含有する限りセンダン科植物の抽出物を用いてもよい。
【0015】
後記実施例から明らかなように、本発明化合物は、白血病細胞、胃癌細胞、肺癌細胞等に対して優れた細胞傷害活性を有する。また、その細胞傷害活性はアポトーシス誘導活性に基づくものである。従って、本発明化合物は、ヒトを含む哺乳動物の悪性腫瘍治療薬として有用である。
本発明の悪性腫瘍治療薬の対象となる悪性腫瘍には、白血病、リンパ腫などの血液や造血組織の腫瘍及び固形腫瘍が含まれる。固形腫瘍としては、皮膚癌、肺癌、大腸癌、胃癌、乳癌、前立腺癌、甲状腺癌などの上皮細胞癌;及び平滑筋肉腫、骨肉腫などの肉腫が挙げられる。
【0016】
本発明の医薬は本発明化合物に賦形剤、結合剤、滑沢剤、崩壊剤、被覆剤、乳化剤、懸濁化剤、溶剤、安定化剤、吸収助剤、軟膏基剤等の1以上の薬学的に許容される担体を適宜添加し、常法により経口投与用、注射投与用、直腸内投与用、外用などの剤形に製剤化することによって得られる。
経口投与用の製剤としては、顆粒、錠剤、糖衣錠、カプセル剤、丸剤、液剤、乳剤、懸濁剤等が;注射投与用の製剤としては、静脈内注射、筋肉内注射、皮下注射、点滴注射用の製剤などが;直腸内投与用の製剤としては、坐薬軟カプセル等が好ましい。
本発明の医薬は上記の如き製剤として、ヒトを含む哺乳動物に投与することができる。
本発明の医薬は、本発明化合物として、1日当り約1〜500mg/kgを1〜4回投与するのが好ましい。
【実施例】
【0017】
参考例
1-1. センダン果実の抽出
乾燥センダン果実 19.7 kgを粉砕し、n-ヘキサン抽出(加熱還流3時間,3回)により脱脂を行った。その残渣のメタノール抽出を行い、メタノール抽出物 1624 gを得た。メタノール抽出物の一部(588 g)を塩化メチレン:水=1:1にて分配し、塩化メチレン画分 40 g及び水画分を得た。塩化メチレン画分はその後、シリカゲルカラムクロマトグラフィー、オクタデシルリカゲル(ODS)カラムクロマトグラフィー、ODSカラム分取高速液体クロマトグラフィー(HPLC)にて、化合物の単離を行った。
【0018】
1-2. 塩化メチレン画分の分画
塩化メチレン画分40 gをシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ゲル重量 600 g)にて分画を行いフラクション(Fr.)A(溶離液,n-ヘキサン 100 %;0.009 g)、Fr. B(n-ヘキサン:酢酸エチル=9:1;0.64 g)、Fr. C(同8:2;1.22 g)、Fr. D(同7:3;5.24 g)、Fr. E(同6:4〜5:5;0.47 g)、Fr. F(同5:5;0.47 g)、Fr. G(同5:5;0.93 g)、Fr. H(同4:6;0.73 g)、Fr. I(同4:6;2.53 g)、Fr. J(同3:7;2.53 g)、Fr. K(同3:7〜2:8;1.09 g)、Fr. L(同2:8〜1:9;0.63 g)、Fr. M(同1:9〜酢酸エチル100 %;1.18 g)、Fr. N(酢酸エチル100 %〜酢酸エチル:メタノール=9:1;0.84 g)、Fr. O(酢酸エチル:メタノール=9:1;0.48 g)、Fr. P(同9:1;3.07 g)、Fr. Q(同9:1〜7:3;1.25 g)、Fr. R(同7:3;1.18 g)、Fr. S(同7:3〜5:5;4.28 g)、Fr. T(酢酸エチル:メタノール=5:5〜メタノール 100 %;4.37 g)、Fr. U(メタノール 100 %;2.52 g)の21画分を得た。
【0019】
1-3. 塩化メチレン画分Fr. Iの分画
塩化メチレン画分Fr. I (2.53 g)をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(ゲル重量 120 g)にて分画を行い、Fr. I-1 (n-ヘキサン:酢酸エチル=7:3〜6:4;27 mg)、Fr. I-2(同6:4;73 mg)、Fr. I-3(同6:4〜5:5;281 mg)、Fr. I-4(同5:5;617 mg)、Fr. I-5(同5:5〜4:6;137 mg)、Fr. I-6(同4:6〜2:8;129 mg)、Fr. I-7(酢酸エチル 100 %〜酢酸エチル:メタノール=8:2;75 mg)、Fr. I-8(酢酸エチル:メタノール=8:2;152 mg)、Fr. I-9(同8:2〜メタノール 100 %;145 mg)の9画分を得た。
【0020】
1-4. 塩化メチレン画分Fr.I-4の分画
塩化メチレン画分Fr. I-4 (613 mg)をODSカラムクロマトグラフィー(ゲル重量 20g)にて分画を行い、Fr.I-4-1 (メタノール:水=55:45;14 mg)、Fr.I-4-2 (同55:45;56 mg)、Fr.I-4-3 (同60:40;134 mg)、Fr.I-4-4 (同60:40;127 mg)、Fr.I-4-5 (同65:35;119 mg)、Fr.I-4-6 (同70:30;24 mg)、Fr.I-4-7 (同80:20;21 mg)、Fr.I-4-8 (メタノール100 %;15 mg)の8画分を得た。
【0021】
1-5. 塩化メチレン画分Fr.I-4-3及びFr.I-4-4からの本発明化合物の単離
塩化メチレン画分Fr.I-4-3についてODSカラムHPLCを行い、(カラム:Shiseido CAPCELLPAK C18 AQ 10φ× 250 mm、メタノール:水=67.5:32.5,2.0 mL/min)本発明化合物(9.0 mg:保持時間=34.0 min)を単離した。同様にFr.I-4-4からは10.1 mgの本発明化合物を単離した。
【0022】
1-6. 本発明化合物の同定
本発明化合物についてMS、1H-NMR及び13C-NMRスペクトルを測定し、下記のようなデータを得た。これらのスペクトルデータを文献値と比較した結果、既知化合物の12-O-アセチルアゼダラキンB(式(1))と同定した(文献:R. C. Huang, H. Okamura, T. Iwagawa, M. Nakatani, Bull. Chem. Soc. Jpn. 67, 2468-2472 (1994))。
【0023】
ESI-MS (陰イオンモード)m/z 643 [M - H]- ,679 [M - Cl]- .
1H-NMR (400 MHz,CDCl3): δ 0.81 (3H,s,H-28),1.16 (3H,s,H-30),1.17 (3H,d,J = 7.3 Hz, H-3'a),1.18 (3H,d,J = 7.3 Hz, H-3'b),1.30 (3H,s,H-18),1.98 (3H,s,OAc),2.10 (3H,s,OAc),2.61 (1H,hept,J = 7.3 Hz, H-2'),2.96 (2H,dd,J = 11.0,6.0 Hz, H-17),3.65 (1H,m,H-7),3.74 (1H,s,H-15),4.26 (1H,m,H-1),4.26 (1H, d,J = 12.4 Hz,H-19a),4.31 (1H, d,J = 12.4 Hz,H-19b),4.60 (1H,s,H-9),5.79 (1H,s,H-29),6.15 (1H,m,H-22),7.11 (1H,d,J = 1.4 Hz,H-21),7.33 (1H,t,J = 1.7 Hz,H-23).
【0024】
13C-NMR (100 MHz,CDCl3): δ 15.7 (C-30),18.6 (C-3'a),18.9 (C-3'b),19.3 (C-28),20.7 (OCOMe),21.4 (OCOMe),22.2 (C-18),25.7 (C-6),27.9 (C-2'),33.5 (C-2),34.1 (C-5),35.0 (C-16),38.3 (C-17),39.4 (C-4),41.4 (C-8),42.4 (C-10), 45.9 (C-13), 48.3 (C-9), 58.4 (C-15), 64.6 (C-19), 70.0 (C-1),70.4 (C-7),71.9 (C-14),73.5 (C-3),78.5 (C-12),94.2 (C-29),111.8 (C-22),122.4 (C-20),140.6 (C-23),142.4 (C-21),169.9 (OCOMe),170.4 (OCOMe),175.7 (C-1'),206.6 (C-11).
【0025】
【化2】

【0026】
実施例(腫瘍細胞傷害試験及びその傷害機構の解析)
1. 細胞傷害活性試験
3種類の腫瘍細胞を用いて細胞傷害活性を評価した:ヒト前骨髄球性白血病由来細胞株HL60、ヒト肺癌由来細胞株 A549及びヒト胃癌由来細細胞株AZ521を用いた。
各細胞を96 wellマイクロプレートに播種し、24 時間培養した。本発明化合物を添加し、48時間作用後、0.5% MTT溶液を加え、3時間培養した。その後、0.04N HCl / isopropanolを加えTop:570 nm、Bottom:630 nm にて吸光度を測定し、コントロールとの比較により細胞生存率を算出した。EC50はコントロールと比較して細胞を50 %死滅させる効果濃度のことであり、GraphPad Prism computer program(Ver. 4.0)を用いて求めた。
【0027】
細胞傷害活性試験に供したHL60、A549及びAZ521の細胞数は何れも 3 ×103 cells / well である。
【0028】
2.Hoechst法
HL60を24 wellプレートに播種し(1.5 ×104 cells / well)、24時間培養した。本発明化合物(100 nM)を添加し、24時間作用後、0.25% Hoechst 33342 溶液を加え、15分後に蛍光顕微鏡にて細胞の形態を観察した。
【0029】
3.フローサイトメトリー(Annexin V-Propidium Iodide(PI)二重染色法)
本試験はAnnexin V-FITC kit [Bender MedSystems, BMS306FI] を用いて行った。HL60を6 wellプレートに播種し(1 ×105 cells / well)、24時間培養した。本発明化合物(50 nM)を作用させた後、細胞を回収し、遠心分離(1000 × g,5 min)を行った。遠心分離後、上清を除去し、Binding buffer 195 μL及びAnnexin V 5 μLを加えピペッティングを行い、15分間暗所で染色した。その後、遠心分離(1000 × g,5 min)を行い、上清を除去し、Binding buffer 490 μL及びPI 10 μLを加えピペッティングし、フローサイトメーターにて解析を行った。
【0030】
4. 結果
4-1. 細胞傷害活性試験
本発明化合物の細胞傷害活性の結果を表1に示した。HL60(EC50=0.016 μM)及びAZ521(EC50=0.035 μM)に対して,参照化合物であるシスプラチンをはるかに上回る活性を示した。
【0031】
【表1】

【0032】
4-2. Hoechst染色
本発明化合物の細胞傷害性がアポトーシスによるものかを判断するために本発明化合物100nMを24時間作用させたHL60 についてHoechst 33342染色を行った(図1、青色蛍光部分は細胞核)。本発明化合物を作用させたHL60に核の断片化が観察され(白い矢印部分)、本発明化合物がアポトーシスを誘導したことが示唆された。
【0033】
4-3. フローサイトメトリー(Annexin V-Propidium Iodide(PI)二重染色法)
本発明化合物の細胞傷害性がアポトーシスによることを確認するために本発明化合物50nMを作用させたHL60 についてAnnexin V-PI二重染色を行い、フローサイトメトリーを行った(図2)。時間依存的にAnnexin V 陽性 / PI陰性細胞群の増加が確認され(24 h: 9,4 %,48 h: 20.0 %)、本発明化合物がアポトーシスを誘導することを確認した。
【0034】
12-O-アセチルアゼダラキンBがヒト前骨髄球性白血病由来細胞株HL60及びヒト胃癌由来細胞株AZ521に対して 参照化合物のシスプラチンと比較してはるかに強い細胞傷害活性を有することが明らかになった。また、本発明化合物はHL60細胞に対しアポトーシス誘導により細胞傷害活性を示すことが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
次式(1)
【化1】

で表される12−O−アセチルアゼダラキンBを有効成分とする悪性腫瘍治療薬。

【図2】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−37795(P2011−37795A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−188643(P2009−188643)
【出願日】平成21年8月17日(2009.8.17)
【出願人】(899000057)学校法人日本大学 (650)
【Fターム(参考)】