説明

情報取得方法

【課題】測定対象物質を脱離・イオン化する質量分析において、分析対象物質について、その二次元分布状態を損なわず、各測定場所において、分析対象物質のソフトイオン化と、高いイオン化効率の実現を両立することが、困難であるという課題があった。
【解決手段】分析対象物質に、-(CF2)COOH で表される官能基を有する沸点150℃以上の有機酸と、常圧において融点が20℃以下かつ沸点150℃以上である多価アルコールとを含むイオン化補助剤を付与することで、イオン化補助剤の構成成分である有機酸が分析対象物質に効果的にプロトンを付加することによりイオン化効率を向上し、多価アルコールがフラグメンテーションを抑制する。結果、これらの作用が相乗的に奏効することによる幅広い分子量域での高効率な質量分析及びイメージングが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、分析対象物質の二次元分布状態に関して飛行時間型二次イオン質量分析(以下、TOF-SIMS)を用いたイメージング質量分析法により情報取得する方法に関し、特に分析対象物質として脂質やタンパク質などの有機物を高感度に分析し、情報取得する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生化学や医学の分野において、生体組織を構成する特定の物質の分布情報を取得したいという要求が存在する。一例として、病理学などの医学分野においては、確定診断を行う際に特定の抗原タンパク質の「細胞レベル」での分布情報を取得することにより、疾患の種別を判定し、その治療法を選択することができる。
【0003】
従来、物質の分布情報の取得は、検出対象物質に対する抗原抗体反応を用いて間接的な観察を行う「免疫染色」により行われてきた。しかしながら免疫染色には、抗体の持つ不安定性や、抗原抗体反応効率の制御の難しさに起因する再現性不良の問題がある。また今後、確定診断の根拠となる抗原タンパク質の対象数が膨大化した場合、例えば数100種以上のタンパク質を検出する必要が生じた場合、現在の免疫染色では対応できなくなるという問題がある。
【0004】
このような背景から、検出対象物質を網羅的に可視化する新しい分析手法の出現が期待されている。その中のひとつとして、近年、質量分析法を応用した質量イメージング質量分析法の開発が進んでいる。
【0005】
イメージング質量分析法とは、対象とする試料の任意領域を細分化し、細分化された各領域を質量分析法により分析することで試料中の特定物質の二次元分布状態を可視化する手法である。質量分析法では、真空中でイオン化した試料物質に電場や磁場を作用させることにより、質量電荷比ごとの各イオンの相対強度(質量スペクトル)を得ることができる。得られた質量スペクトルにおける各イオンピークの質量電荷比から検出された物質の分子量がわかり、イオンピークの高さからその物質の質量がわかる。また、質量を分子量で除算することにより、その物質の存在量がわかる。さらに、細分化された各領域において質量分析を行い、得られた質量スペクトルに含まれるそれぞれの物質のイオンピークを用いて画像を再構成することで、その特定物質の二次元分布状態を画像化することができる。代表的なイメージング質量分析法として、各領域に一次プローブとしてのイオン(一次イオン)を照射し、スパッタリングにより放出された二次イオンを質量分析する二次イオン質量分析法(Secondary Ion Mass Spectrometry:SIMS)が挙げられる。
【0006】
質量分析法において分析対象物質の質量が測定可能となるためには、分析対象物質が原子、分子又はクラスター等を単位とする独立した粒子状の状態が形成されることと、及び独立した粒子状の対象物質が正又は負の電荷を有することとが必要となる。すなわち、質量分析においては何らかの方法で分析対象物質の脱離及びイオン化が実現される必要がある。
【0007】
また、検出した物質を高確度に帰属する上で、分析対象のイオンの開裂の程度を抑制する、いわゆる「ソフトイオン化」が実現されるとともに、高いイオン化効率が実現されることが好ましい。
【0008】
SIMS分析において、タンパク質又は脂質またはそれらが複合した種々の生体関連分子をソフトイオン化する方法としては、試料をマトリクス物質に分散あるいは溶解させて調製した混合試料を分析する方法(非特許文献1)、蒸着により試料上に金属の薄層を形成する方法(非特許文献2)、及びグリセロール等の不揮発性液状化合物を液体マトリクスとして試料を破壊あるいは溶解することなしに試料上に重層する方法(非特許文献3)などが提案されている。
【0009】
SIMS分析においてタンパク質又は脂質またはそれらが複合した種々の生体関連分子を高い効率でイオンする方法としては、プロトン付加によるカチオン化を行う方法などが知られている。本発明者らはこれまでに、SIMS特異的な増感物質を用いて微量生体関連物質を検出することにより高いイオン化効率を実現する方法を提案してきた。例えば特許文献1では、強いプロトン付与能力を備え、かつ不揮発性であるフルオロカルボン酸を試料に付与することで、分析対象物質を長時間にわたり、あるいは各測定場所を一様に、高い効率でイオン化させる方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2009−264911号公報
【非特許文献】
【0011】
【非特許文献1】Analytical Chemistry 1996,68,P.873
【非特許文献2】Analytical Chemistry 2002,74,P.4955
【非特許文献3】Applied Surface Science 2008, 255, P.929
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
しかしながら、上述の方法でも、分析対象物質の二次元分布状態を損なわずに、各測定場所において分析対象物質のソフトイオン化と、高いイオン化効率の実現を両立することが、依然として困難である。
非特許文献1で提案されている方法では、分析対象物質の効果的なソフトイオン化が可能であるが、試料調製工程において物質分布状態が損なわれるという問題があった。
【0013】
非特許文献2及び3の方法では、分析対象物質をカチオン化する作用が酸によるプロトン付加作用と比較して一般に小さく、分析対象物質のイオン化効率が低いという問題があった。
【0014】
特許文献1で提案されている方法では、試料の効率的なイオン化が可能であるものの、効果的にソフトイオン化することをその主眼としていないため、分析対象物質が高分子量物質である場合にイオンの開裂が発生してしまい、分析対象物質の帰属の判定が困難になるという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者らは、上記の課題について鋭意検討した結果、以下の方法により、分析対象物質のソフトイオン化と高いイオン化効率の実現の両立が可能であることに想到し、もって本発明に至った。
【0016】
すなわち本発明は、イオン化補助剤を付与した試料に一次プローブとしてイオンを照射し、放出された二次イオンの質量スペクトルを得ることにより分析対象物質の質量、存在量及び二次元分布状態に関する情報を取得する情報取得方法において、前記イオン化補助剤は、下記に詳述する一般式(1) で表される官能基を有する常圧において沸点150℃以上の有機酸と、常圧において融点が20℃以下かつ沸点150℃以上である多価アルコールとを含むことを特徴とする情報取得方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、分析対象物質への有機酸の付与によるプロトン化に基づくイオン化効率の向上、及び多価アルコールの付与によるフラグメンテーションの抑制を同時に達成することができ、これらが相乗的に奏効することによる幅広い分子量域での高効率な質量分析及びイメージングが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に本発明を詳細に説明するが、これらの記載は本発明の実施形態の一例であり、本発明の範囲を限定するものではない。
【0019】
本発明は、イオン化補助剤を付与した試料に一次プローブとしてイオンを照射し、放出された二次イオンの質量スペクトルを得ることにより分析対象物質の質量、存在量及び二次元分布状態に関する情報を取得する情報取得方法において、
(a)有機酸と、多価アルコールから成るイオン化補助剤を分析対象物に付与する工程、及び
(b)該対象物質の質量に関する情報を、イオンを一次プローブとするイメージング質量分析法を用いて取得し、取得した情報に基づいて該対象物質の二次元分布状態に関する情報を取得する工程、を含むことを特徴とする。
【0020】
<イオン化補助剤>
本発明で利用するイオン化補助剤は、有機酸と多価アルコールとから成る。この構成から成るイオン化補助剤を分析対象物に付与することにより、有機酸の付与によるプロトン化に基づくイオン化効率の向上、及び多価アルコールの付与によるフラグメンテーションの抑制を同時に達成することができる。さらに、これらの作用が相乗的に奏功することにより、有機酸と多価アルコールとのそれぞれを単独で使用する場合よりも高いイオン化効率の向上効果及びフラグメンテーションの抑制効果を達成することができ、幅広い分子量域での高効率な質量分析及びイメージングが可能となる。
【0021】
生体関連物質をプロトン化する方法としては、トリフルオロ酢酸、塩酸、硝酸、フッ酸、酢酸及びギ酸などの酸を用いる方法が知られており、ある程度の効果が認められている。しかし、ここに挙げられている酸のうち、トリフルオロ酢酸以外の有機酸は、酸としてそれほど強い酸ではない。
【0022】
これに対し、本発明で利用するイオン化補助剤の構成成分である前記有機酸は、下記一般式(1)で表される官能基を有する物質であり、カルボキシル基に結合する炭素原子が、電子吸引性の強いフッ素原子を有しているため、酢酸や蟻酸よりもプロトン付与性が高い。
【0023】
【数1】

このことにより、例えば、分析対象物質が酸性アミノ酸を多数含み、等電点が低く、比較的プロトン化されにくい性質のタンパク質やペプチドである場合にも、効果的なプロトン付加が可能となると予想される。
【0024】
また、塩酸、フッ酸などの無機酸や、トリフルオロ酢酸、硝酸、酢酸、ギ酸などの低分子量の有機酸は揮発性の性質を持つ。そのため、これらを分析対象物質に対するプロトン付加物質として用いる場合、経時的な揮発によりプロトン付加作用を減じることが予想される。
【0025】
不揮発性の酸として、例えば硫酸などを用いることも可能であるが、硫酸は酸化力が強く、試料に付与した場合に、試料の脱水や酸化反応を引き起こして、試料を著しく変性させる懸念がある。同様に硝酸も、水との共沸混合物としては沸点が120℃程度であり、ある程度高沸点とはなるものの、ニトロ化により試料を変性させる懸念がある。
【0026】
これに対し、本発明で利用するイオン化補助剤の構成成分である前記有機酸は、常圧における沸点が150℃以上であることにより、質量分析装置内の真空条件においても直ちに揮発することなく、長時間にわたり分析対象物質に対するプロトン付加剤として安定に機能することができる。有機酸の沸点は200℃以上であることが好ましいが、検出対象によっては100℃以上のものも使用することができる。
【0027】
前記有機酸についてより詳細に述べると、有機酸1分子中に式(1)で表される官能基を2個以上含むことが好ましく、取り扱いの簡便性の観点からは2個又は3個含むことが好ましい。式(1)で表される部分以外の構造としては特に限定されることはないが、分子全体としてプロトン供与能を低下させないユニットであることが好ましい。
【0028】
前記有機酸がパーフルオロアルキレン鎖の両末端に式(1)で表される官能基を備えたパーフルオロジカルボン酸である場合は、パーフルオロアルキレン鎖の鎖長を長くすることで、分析対象物質に対するプロトン付加作用を低下させることなく沸点を上げられるため、さらに好ましく用いることができる。このとき、パーフルオロアルキレン鎖の炭素数nがn<7であれば常温での水溶性が高く、操作の便利上、好ましい。一方、n=1では、n≧2の場合と比較して酸としては弱く、プロトン付加剤としての機能が不足する場合がある。そのために、前記有機酸としては下記一般式(2)で表されるジカルボン酸が特に好ましい。
【0029】
【数2】

【0030】
本発明で利用するイオン化補助剤は、上記有機酸に加えて、グリセロールなどの多価アルコールを試料に付与した状態で分析に供することにより、生体関連物質をソフトイオン化するものである。試料をソフトイオン化させるマトリクス剤として、グリセロールは古くから広く利用されている。現在もその詳細なメカニズムは完全に理解されていないが、特に高速原子衝突法(FAB)あるいはLiquid-SIMSを用いる場合のマトリクス剤としてはポリエチレングリコールなど、難揮発性で分子構造の類似する多価アルコール類が過去に種々検討されており、試料分子のソフトイオン化にある程度有効に機能することが報告されている。
【0031】
本発明で用いるイオン化補助剤の構成成分である多価アルコールが、常圧において融点が20℃以上の物質である場合、水溶液として試料に付与した後、質量分析装置内での真空曝露により、溶媒が蒸発し、溶質である多価アルコールが乾固及び析出する可能性がある。このとき、一般に析出した固体は不均質であるために、分析領域ごとにイオン化補助作用の強弱が発生する懸念があり、イメージング質量分析法に用いる上で、問題となる場合がある。
【0032】
また、本発明で用いるイオン化補助剤の構成成分である多価アルコールが、常圧において沸点が150℃以上の物質である場合、質量分析装置内の真空条件においても、直ちに揮発することなく、長時間にわたり、分析対象物質に対してフラグメンテーションを抑制してソフトイオン化する作用を与えることが可能である。
【0033】
このことから、本発明で利用するイオン化補助剤の構成成分である多価アルコールは、常圧において融点が20℃以下かつ沸点150℃以上であり、かつ1分子中に2つ以上の水酸基を有するアルコールであることが好ましい。このような多価アルコールを用いることで、溶媒が蒸発して溶質である多価アルコールが乾固及び析出することを防ぎ、各測定場所を一様にイオン化することができる。また、多価アルコールは直ちに揮発することがないため、長時間にわたってイオン化をすることが可能となる。
前記多価アルコールについてより詳細に述べると、エチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、グリセロールから成る群から選ばれる1種以上の物質であることが、入手の容易性からも好ましい。
【0034】
特に分析対象物質として脂質やタンパク質などの有機物を計測する上では、脱水反応や熱分解を抑制する観点から、測定環境の温度を室温以下にして実施することが一般的である。上記の物質についてより詳細に述べると、室温(20℃)における揮発性は低く、蒸気圧はそれぞれ、エチレングリコール(8Pa)、プロピレングリコール(10.7Pa)、ジエチレングリコール(<1Pa)、グリセロール(<1Pa)であり、長時間にわたって試料と接触させておくことが可能である。
【0035】
また、本発明で用いるイオン化補助剤の構成成分としての前記有機酸と多価アルコールとの混合割合は、検出対象により適宜決定することができるが、モル比として [多価アルコール]/[有機酸]が0.001から1000、好ましくは0.01から100の範囲、より好ましくは0.1から10の範囲である混合割合が好ましい
【0036】
本発明で用いるイオン化補助剤を試料に付与する際には、従来公知の溶媒を用いることができるが、分析対象物質へのプロトン付加作用を考慮すると、水などの極性溶媒が含有されることが好ましい。
【0037】
本発明で用いるイオン化補助剤の付与方法としては、ピペッター又はインクジェットプリンターから吐出される前記イオン化剤を含む液滴の対象物質への滴下によってなされる処理、あるいは前記イオン化剤を含む水溶液への対象物質の浸漬による処理が挙げられる。
【0038】
<質量分析法>
本発明では、あらゆる質量分析に用いることができるが、とりわけ、イオンを1次ビームとして試料に照射する機構を備え、引出し電極で試料から脱離したイオンを加速して分析部へ引き込み、分析部において、飛行時間型(Time-of-Flight)の機構により分析対象物質の質量に関する情報を得る、飛行時間型二次イオン質量分析(TOF-SIMS)に好適に用いることができる。
【0039】
すなわち、実施形態に係る情報取得方法は、イオン化補助剤が付与された試料に一次イオンビームを照射する工程と、試料から放出された二次イオンを検出し、質量情報を取得する工程と、を有し、前記イオン化補助剤が、上記した一般式(1) で表される官能基を有する常圧において沸点150℃以上の有機酸と、常圧において融点が20℃以下かつ沸点150℃以上である多価アルコールとを含むことを特徴とする。
【実施例】
【0040】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。以下の具体例は本発明にかかる最良の実施形態の一例ではあるが、本発明はかかる具体的形態に限定されるものではない。
【0041】
(実施例1)
本実施例では、TOF-SIMS装置(ION-TOF社製 TOF-SIMS5型)を用いて質量分析を行った。標本の支持体としては、ITO蒸着層を備えたガラス基板(Sigma-Aldrich社、1×1inch, #576352)を用いた。基板上にマウスの膵臓の凍結切片(厚さ5ミクロン)を載せ、融解することにより接着した。その後、蒸留水を交換しながら5分間振とうした。さらに真空デシケータ内で30分間乾燥処理を行い、乾燥を完了した基板上の組織切片に対し、イオン化補助剤として10%(w/w)グリセロール(MP:17.8℃、BP:290℃)-0.1%(w/w)パーフルオロスベリン酸(BP:205℃)水溶液を、マイクロピペッターを用いて、標本が湿潤する程度に全面に塗布した。この試料をTOF-SIMS装置に導入し、以下の測定条件で分析を行った。また、各測定位置の情報と計測データに基づき、注目するm/zに対応するイオンの検出位置および検出感度を二次元画像として再構成した。
イオン化補助剤の効果を見積もるため、m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。

(測定条件)
1次イオン:25kV Bi3+、1pA(パルス電流値)、randomスキャンモード
1次イオンのパルス周波数:5kHz(200μs/shot)
1次イオンパルス幅:約1ナノ秒
1次イオンビーム直径:約1μm
測定領域:膵の外分泌線部分における、500μm×500μmの領域
2次イオンの測定点数:128×128点
積算時間:16回スキャン(約52秒)
2次イオン引き出し電極電圧:-2kV
2次イオンの検出モード:正イオン
【0042】
【表1】

【0043】
(実施例2)
イオン化補助剤として10%(w/w)エチレングリコール-0.1%(w/w)パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。イオン化補助剤としての効果を見積もるため、m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0044】
(実施例3)
イオン化補助剤として10%(w/w)ジエチレングリコール-0.1%(w/w)パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。イオン化補助剤としての効果を見積もるため、m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0045】
(実施例4)
イオン化補助剤として10%(w/w)プロピレングリコール-0.1%(w/w)パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。イオン化補助剤としての効果を見積もるため、m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0046】
(実施例5)
イオン化補助剤として10%(w/w)グリセロール-0.1%(w/w)テトラフルオロコハク酸水溶液を用いた以外は、実施例1と同様の操作を行った。イオン化補助剤としての効果を見積もるため、m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0047】
(比較例1)
比較として、イオン化補助剤を適用しなかった以外は、実施例1と同様の操作を行った。比較例1におけるm/z 1197のペプチド成分の検出感度を基準として、実施例1から5および比較例2から9におけるイオン化補助効果を見積もった。
【0048】
(比較例2)
比較として、0.1%(w/w)パーフルオロスベリン酸水溶液のみを標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0049】
(比較例3)
比較として、0.1%(w/w)テトラフルオロコハク酸水溶液のみを標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0050】
(比較例4)
比較として、0.1%(w/w)トリフルオロ酢酸水溶液のみを標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0051】
(比較例5)
比較として、10%(w/w)グリセロール-0.1%(w/w)トリフルオロ酢酸水溶液を標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0052】
(比較例6)
比較として、10%(w/w)グリセロール水溶液を標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0053】
(比較例7)
比較として、10%(w/w)エチレングリコール水溶液を標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0054】
(比較例8)
比較として、10%(w/w)ジエチレングリコール水溶液を標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0055】
(比較例9)
比較として、10%(w/w)プロピレングリコール水溶液を標本に塗布した以外は、比較例1と同様の操作を行った。m/z 1197のペプチド成分の検出感度について評価した結果を表1に示す。
【0056】
(実施例6)
本実施例では、TOF-SIMS装置(ION-TOF社製 TOF-SIMS5型)を用いて質量分析を行った。標本の支持体としては、ITO蒸着層を備えたガラス基板(Sigma-Aldrich社、1×1inch, #576352)を用いた。基板上にジパルミトイルグリセロリン脂質(DPPC)のメタノール溶液をインクジェット装置を用いて、0.1mm径の円形に印字したものを試料として用いた。乾燥を完了した基板上の脂質ドットに対し、イオン化補助剤として多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で1000になるように調製したグリセロールパーフルオロスベリン酸水溶液を、スピンコータを用いて全面に塗布した。この試料をTOF-SIMS装置に導入し、以下の測定条件で分析を行った。また、各測定位置の情報と計測データに基づき、注目するm/zに対応するイオンの検出位置および検出感度を二次元画像として再構成した。

(測定条件)
1次イオン:25kV Bi3+、1pA(パルス電流値)、randomスキャンモード
1次イオンのパルス周波数:5kHz(200μs/shot)
1次イオンパルス幅:約1ナノ秒
1次イオンビーム直径:約1μm
2次イオンの測定点数:128×128点
積算時間:16回スキャン(約52秒)
2次イオン引き出し電極電圧:−2kV
2次イオンの検出モード:正イオン
【0057】
この測定により検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤としての効果を評価した結果を表2に示す。
【0058】
【表2】

【0059】
(実施例7)
多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で10になるように調製したグリセロール-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤としての効果を評価した結果を表2に示す。
【0060】
(実施例8)
多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で0.1になるように調製したグリセロール-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤としての効果を評価した結果を表2に示す。
【0061】
(実施例9)
多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で0.001になるように調製したグリセロール-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤としての効果を評価した結果を表2に示す。
【0062】
(比較例10)
比較として、イオン化補助剤を適用しなかった以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤の効果を評価した結果を表2に示す。比較例10における結果を基準として、実施例6から9および比較例10から15におけるイオン化補助効果を見積もった。
【0063】
(比較例11)
多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で0.0001になるように調製したグリセロール-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤としての効果を評価した結果を表2に示す。
【0064】
(比較例12)
アルコールと有機酸の混合比がモル比で10になるように調製したエタノール-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤の効果を評価した結果を表2に示す。
【0065】
(比較例13)
多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で10になるように調製したデキストラン-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤の効果を評価した結果を表2に示す。
【0066】
(比較例14)
多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で10になるように調製したPEG1000-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤の効果を評価した結果を表2に示す。
【0067】
(比較例15)
多価アルコールと有機酸の混合比がモル比で10になるように調製したトレハロース-パーフルオロスベリン酸水溶液を用いた以外は、実施例6と同様の操作を行った。検出されたm/z 734の親イオンの検出数、およびその検出数とm/z58、m/z 86、m/z184、m/z 224に現れるフラグメントイオンの検出数の合計の比、m/z 734の親イオンの検出感度からイオン化補助剤の効果を評価した結果を表2に示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン化補助剤を付与した試料に一次プローブとしてイオンを照射し、放出された二次イオンの質量スペクトルを得ることにより分析対象物質の質量、存在量及び二次元分布状態を取得する情報取得方法において、
前記イオン化補助剤は、下記一般式(1) で表される官能基を有する常圧において沸点150℃以上の有機酸と、常圧において融点が20℃以下かつ沸点150℃以上である多価アルコールとを含むことを特徴とする情報取得方法。
【数1】

【請求項2】
該対象物質は、タンパク質、ペプチド、脂質あるいはそれらの複合分子である、請求項1に記載の情報取得方法。
【請求項3】
前記分析対象物質の質量、存在量及び二次元分布状態は、飛行時間型二次イオン質量分析により取得されることを特徴とする請求項1又は2に記載の情報取得方法。
【請求項4】
前記有機酸は下記一般式(2)で表される物質であることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の情報取得方法。
【数2】

【請求項5】
前記有機酸はパーフルオロスベリン酸であることを特徴とする、請求項1から3のいずれか1項に記載の情報取得方法。
【請求項6】
前記多価アルコールはエチレングリコール、プロピレングリコール、ジエチレングリコール、グリセロールから成る群から選ばれる1種以上の物質である、請求項1から5のいずれか1項に記載の情報取得方法。
【請求項7】
前記イオン化補助剤は、ピペッター又はインクジェットプリンターから吐出される前記イオン化剤を含む液滴の対象物質への滴下、又は前記イオン化剤を含む水溶液への対象物質の浸漬によって対象物質に付与されることを特徴とする請求項1から7のいずれか1項に記載の情報取得方法。
【請求項8】
前記イオン化補助剤における前記有機酸と前記多価アルコールの混合比はモル比で0.001から1000の範囲である、請求項1から6のいずれかに記載の情報取得方法。
【請求項9】
情報取得方法であって、
イオン化補助剤が付与された試料に一次イオンビームを照射する工程と、
試料から放出された二次イオンを検出し、質量情報を取得する工程と、
を有し、
前記イオン化補助剤が、下記一般式(1) で表される官能基を有する常圧において沸点150℃以上の有機酸と、常圧において融点が20℃以下かつ沸点150℃以上である多価アルコールとを含むことを特徴とする情報取得方法。
【数3】


【公開番号】特開2012−163548(P2012−163548A)
【公開日】平成24年8月30日(2012.8.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−272227(P2011−272227)
【出願日】平成23年12月13日(2011.12.13)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】