説明

情報記録媒体用基板、およびそれを用いた情報磁気記録媒体

【課題】昇温時に小さい熱伝導率、かつ降温時に大きな熱伝導率を示し、高い機械的強度を有し、情報磁気記録媒体の構成層の成膜時にバイアス電圧を自由に印加することができる、熱アシスト記録方式に適した情報記録媒体用基板の提供。
【解決手段】中心孔を有する円板形状を有し、主平面と、基板内周端面と、基板外周端面とを有する情報記録媒体用基板であって、シリコン単結晶支持体と、該シリコン単結晶支持体上に形成されたSiO2膜とを含み、SiO2膜の主平面上の膜厚が10〜50nmであることを特徴とする情報記録媒体用基板およびそれを用いた情報磁気記録媒体。ここで、少なくとも基板内周端面上のSiO2膜は熱酸化により形成され、および50nm以上の膜厚を有することが望ましい。また、SiO2膜の基板外周端面上の膜厚が10nm以下であることが望ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コンピュータの外部記憶装置をはじめとする各種磁気記録装置に搭載される磁気記録媒体に用いられる情報記録媒体用基板、および該情報記録媒体用基板を用いた情報磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の磁気ディスクの高密度記録化に伴い、磁気記録方式は従来の面内記録方式(長手記録方式)から垂直記録方式に移行している。垂直記録方式の開発により記録密度は飛躍的に改善され、面内記録方式では記録密度が100Gbits/平方インチで頭打ちであったものが、現在では、400Gbits/平方インチを超えるに至っている。しかし、第一世代の単純な垂直記録方式では、400Gbits/平方インチが限界となっている。この理由は、記録密度を上げるためにはビットサイズをより小さくしなくてはならない一方で、ビットサイズを小さくしていくと、熱揺らぎによるビットの劣化すなわちランダムな磁化の反転が生じやすくなるためである。このような熱揺らぎによるビットの劣化を回避するためには、以下の式(1)を満足することが必須条件である。
【0003】
【数1】

【0004】
式(1)中、Kuは結晶磁気異方性エネルギー定数であり、Vは磁気記録層のビット当たりの体積であり、kはボルツマン定数であり、およびTは絶対温度である。式(1)の左辺は熱安定性指数と呼ばれる。
【0005】
即ち、ビットサイズを小さくする際には、必然的に体積Vが減少する。熱揺らぎの不安定性に打ち勝つためには、体積Vの減少に抗して、熱安定性指数が式(1)を満足させる必要がある。使用温度が一定の場合には、熱安定性指数を大きくするためには、結晶磁気異方性エネルギー定数Kuの値を大きくする必要がある。Kuは物質に依存する定数で、(2)式のような関係がある。
【0006】
【数2】

【0007】
式(2)中、Hcは保持力を示し、Msは飽和磁化を示し、ならびにNzおよびNyは各々z方向およびy方向の反磁界係数を示す。
【0008】
(2)式から、保持力HcがKuに比例することが分かる。つまり、上述したように熱揺らぎを克服しようとしてKuの大きな物質を選択すると、磁化の反転する磁界の強さを表す保持力Hcも大きくなり、このため磁気ヘッドによる磁化の反転がし難くなり、つまり情報の書き込みが難しくなる現象が起こる。このような「高密度化に伴う体積の減少」、「熱揺らぎによる記録の長期安定性」、「高Hc化による記録の困難性」の課題が複雑に絡み、いわゆるトリレンマ状態のために、従来の取り組みの延長では解決策は見出すことができなかった。
【0009】
最近、このようなトリレンマ状態から抜け出すための方法が提案されるようになってきている。そのなかでも有力な方法として熱アシスト記録方式がある。(特許文献1および2参照)。
【0010】
熱アシスト方式は、上述したトリレンマ状態を「高Hc化による記録の困難性」の解決を突破口として、他の二つの課題を成り立たせるものである。具体的には、高Hc材料を用いた磁気記録媒体に磁気ヘッドによる情報の書き込み時に、光を短時間磁気記録媒体に照射することにより加熱された記録媒体のHcを短時間低減させることで、低い磁場でも書き込みを可能とするものである。熱揺らぎによる長期安定性は、熱揺らぎによるビットの劣化が生じないほど短時間のうちに、再び読み込み温度まで冷却することで、確保可能である。
【0011】
このように、次世代の垂直記録方式としてプロトタイプの熱アシスト方式の研究開発が始まり、原理的には記録密度が1Tbit/平方インチを越える可能性も示唆されている(非特許文献1)。しかし、熱アシスト方式は原理的には大きなポテンシャルを持っており、次世代の垂直記録方式の有力候補との位置づけがなされ、それに伴い実用化に向けての詳細な検討が進んでいるが、同時に様々な問題点も見つかってきた。
【0012】
問題点の1つは、基板である。現在、磁気記録媒体用基板として実際に使用されている基板は、アルミニウム基板およびガラス基板である。アルミニウム基板は、アルミニウム母材表面に約10μmのNiPメッキを施したもので、主としてディスクトップパソコンや据え置き型のHDDレコーダに使われている。ガラス基板にはアモルファス系の基板および結晶化ガラス系の基板があり、いずれもノートパソコンなどのモバイル用途に用いられている。その他に、実用化は進んではいないが、従来から提案されている基板としてシリコン単結晶基板がある(特許文献3および4参照)。
【0013】
熱アシスト方式では、磁気ヘッドによる書き込み時には瞬間的に光照射により希望する部分を局所的に昇温し、書き込みが終わると同時に光照射が終わり、その後急速に使用温度まで冷却されるのが望ましい姿である。このような振る舞いを成り立たせるためには、昇温時に基板に求められる特性は熱伝導率が小さいことである。一方、冷却時に基板に求められる特性は熱伝導率が大きいことである。つまり、昇温時には少ないエネルギーで局所的に急激に温度を上げようとすると、目的とする場所以外は極力温度を上げないことが望ましい。このために熱伝導率が低いことが望ましい。一方、冷却時には、昇温した微小部分に書き込んだ情報が安定して存在できるように、できるだけ速やかに使用温度まで冷却するのが望ましく、このためには基板がヒートシンクの役割を果たすように、熱伝導率が高い材料が必要である。
【0014】
熱伝導率は、材料により大きく変わり、ガラス基板で1.8W/(m・K)、NiP膜で5.0W/(m・K)、シリコン基板で126W/(m・K)である。したがって、NiP膜やガラス基板の熱伝導率はアルミニウムのような金属(アルミニウムの熱伝導率は230W/(m・K))に比べ非常に小さいので、熱アシスト方式の昇温時には優れた性能を示し、記録密度が1Tbit/平方インチを越えるような昇温パフォーマンスを示す。しかし、NiP膜もガラス基板も熱伝導率が小さいために、冷却時には熱アシスト方式の目論見通りの性能を示すことができず、連続して書き込み・読み込みを続けていくと、磁気記録層の温度が十分に下がりきらず、時間と共に、書き込んだ情報が不安定になっていく現象が見出された。
【0015】
また、情報記録媒体用基板に求められる性能として重要な特性の1つとして機械的強度がある。従来、情報記録媒体用基板としては、NiPメッキ膜付きアルミニウム基板、ガラス基板などが用いられてきた。アルミニウム基板は、弾性があり、容易に破壊されることはない。また、ガラス基板についても、機械的強度を確保するために工夫がなされている。脆性破壊の起こりやすいガラス基板の機械的強度を確保する方法としては、(1)結晶化ガラスを利用する方法、あるいは(2)化学強化と呼ばれる処理により、基板表面に圧縮応力を誘起し機械的強度を高める方法が用いられてきている。
【0016】
シリコン基板もガラスと同様に脆性材料であり、特に単結晶であるために劈開面に沿ってクラックが走りやすい。情報記録媒体用基板の機械的強度の1つに円環抗折強度と呼ばれるものがあり、これは情報記録媒体がハードディスクドライブ(HDD)に組み込まれるときに、媒体内周部をクランプした場合の機械的強度を模擬したものである。媒体はHDDでは内周でクランプされるため、媒体に過剰な力が加わった場合には内周端面から破壊が進む。ガラス基板やシリコン基板などの脆性材料に、応力がかかった場合には表面に存在するクラックの先端に応力が集中するため、基板に孔を開けるコアリング工程でできたクラックの程度が円環抗折強度に影響を与え、クラック深さ分布に応じて極端に強度の弱いものがでてくる。これを避けるために、コアリング、及び端面チャンファリング後に内外周端面をポリッシュし、クラックを除去することで円環抗折強度の強化が図られてきた。
【0017】
最近、HDDの用途としてノートパソコンなどのモバイルユースが多くなり、このためHDDが落下したときにも破壊しにくいことが求められており、情報記録媒体用基板に対しても、従来の円環抗折強度に加え、衝撃落下強度の高いことが求められている。衝撃落下強度は、情報記録媒体を組み込んだHDDを落下衝撃試験装置に固定し、通常はピーク値が1000Gで、継続時間が1ms程度の加速度で基板が破壊するかどうかを調べる。前述円環抗折強度は基板内周にゆっくりと力を加えて、基板が破壊するのを調べるため、準静的な破壊試験である。一方、落下衝撃試験は加速度がかかっている約1msの間に、基板が振動し、内周クランプ部に多重回力が加わる動的な破壊試験である。したがって、必ずしも、円環抗折強度が高いものが落下衝撃強度が高いとは限らない。例えば、公称値2.5インチのシリコン基板は280Nの円環抗折強度を有し、該円環抗折強度は、公称値2.5インチのガラス基板の150Nに比較して高い。しかしながら、加速度1000G×1msの落下衝撃試験では、ガラス基板は破壊確率がゼロであるのに対し、シリコン基板では破壊確率が30%と高い。したがって、衝撃落下強度の向上がシリコン基板の課題の1つとなっている。
【0018】
【特許文献1】特開2006−12249号公報
【特許文献2】特開2003−45004号公報
【特許文献3】特開平4−143946号公報
【特許文献4】特開平6−195707号公報
【非特許文献1】FUJITSU, Vol. 58, No.1,pp.85-89 (2007)
【非特許文献2】Jpn. J. Appl. Phys., Vol.42, No.12, pp.7250-7255 (2003)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
前述のように、原理的には次世代の垂直記録方式として有力である熱アシスト方式においても、詳細な検討を積み重ねていくといくつかの課題があることが判明し、その1つとして基板の熱伝導問題があることが分かった。具体的には、熱アシスト方式では、磁気ヘッドにより情報を書き込む微小領域を急激に昇温させ、かつ昇温したその微小領域を急激に降温させる必要があるため、基板には、昇温時は熱伝導率が小さく、かつ降温時には熱伝導率が大きいといった相矛盾する性能が望まれていた。また、同時に、機械的強度(円環抗折強度および衝撃落下強度)が高いことが求められていた。さらに、磁気記録媒体の構成層の成膜時に、バイアス電圧を自由に印加できる程度の導電性を有することも求められていた。
【0020】
本発明は上記問題点に鑑みてなされたものであり、実効的に昇温時には熱伝導率が低く、かつ降温時には熱伝導率が高い基板を実現すると同時に、機械的強度も大きく、かつバイアス電圧印加が容易な基板を供給することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0021】
本発明の第1の実施形態である情報記録媒体用基板は、中心孔を有する円板形状を有し、主平面と、該中心孔に隣接する基板内周端面と、該基板内周端面に対して主平面の反対側に位置する基板外周端面とを有する情報記録媒体用基板であって、シリコン単結晶支持体と、該シリコン単結晶支持体上に形成されたSiO2膜とを含み、該SiO2膜の主平面上の膜厚が10〜50nmであることを特徴とする。また、基板内周端面上のSiO2膜が50nm以上の膜厚を有することが望ましい。さらに、基板外周端面上のSiO2膜が10nm以下の膜厚を有することが望ましい。さらに、少なくとも本実施形態における基板内周端面上のSiO2膜がシリコン単結晶支持体の熱酸化により形成されていることを特徴とする。この実施形態の情報記録媒体用基板は、主平面および基板内周端面に隣接する基板内周チャンファー部と、主平面および基板外周端面に隣接する基板外周チャンファー部とをさらに有すしてもよい。この態様においては、基板内周端面および基板内周チャンファー部上のSiO2膜が50nm以上の膜厚を有することが望ましい。また、少なくとも基板内周端面および基板内周チャンファー部上のSiO2膜がシリコン単結晶支持体の熱酸化により形成されていることが望ましい。
【0022】
本発明の第2の実施形態の情報磁気記録媒体は、第1の実施形態に係る情報記録媒体用基板と、該情報記録媒体用基板の上に形成された磁気記録層とを少なくとも含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0023】
以上の構成を採る本発明の情報記録媒体用基板は、主平面上のSiO2膜の膜厚を10nmから50nmの範囲内とすることによって、熱アシスト記録方式に好適な昇温時の低い実効的熱伝導率、および降温時の高い実効的熱伝導率を両立させることが可能となる。また、基板内周端面上のSiO2膜の膜厚を50nm以上とすることによって、高い円環抗折強度、およびモバイルユースにも好適な1000G×1msの落下衝撃試験に耐える高い衝撃落下強度を実現することができる。さらに、基板外周端面上のSiO2膜の膜厚を10nm以下とすることによって、情報磁気記録媒体の構成層の成膜時にバイアス電圧を印加することが可能となり、より高品質な情報磁気記録媒体を形成することができる。
【0024】
また、前述の情報記録媒体用基板を用いて作製した情報磁気記録媒体は、熱アシスト記録方式による高密度の記録が可能であり、かつモバイルユースにも対応できる十分な機械的強度を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明の第1の実施形態の情報記録媒体用基板の概略を図1に示す。図1(a)は情報記録媒体用基板の上面図を示し、図1(b)は、切断線Ib−Ibに沿った情報記録媒体用基板の断面図を示す。本発明の情報記録媒体用基板は、シリコン単結晶支持体1と、該シリコン単結晶支持体1上に形成されたSiO2膜3とを含む。本発明の情報記録媒体用基板の形状は、中心孔8を有する円板形状であり、情報記録媒体において情報を記録する面となる主平面2を有する。基板内周部においては、該中心孔8に隣接し、主平面2に対して垂直な円柱面である基板内周端面4と、主平面2と基板内周端面4との間に位置し、主平面2に対して傾斜している切頭円錐面である基板内周チャンファー部6とを有する。基板外周部においては、基板内周端面4に対して主平面の反対側に位置し、主平面2に対して垂直な円柱面である基板外周端面5と、主平面2と基板外周端面5との間に位置し、主平面2に対して傾斜している切頭円錐面である基板内周チャンファー部7とを有する。
【0026】
たとえば、公称値2.5インチの寸法を有する基板に、磁気記録層として常温(25℃)において5×107erg/cm3(5×106J/m3)にも達する高いKu値を有する材料(たとえば、CoPt合金)の膜を成膜した記録媒体を用い、4200rpmの回転数で駆動させて記録を行う場合を想定する。1つの例として、記録媒体中心から半径20mmの位置に存在するビットを昇温および降温させることを考察する。1Tbit/平方インチの記録密度を想定すると、ビットの寸法は約φ25nmとなる。磁気ヘッドに搭載されているレーザからの光を、このビットに選択的に照射して昇温させるためには、レーザの照射時間を実効的にφ25nmのビットが停止しているとみなすことができるような短時間とする必要がある。記録媒体が4200rpmで回転していることを考慮すると、レーザの照射時間をおよそ3ナノ秒に設定する必要がある。一方、レーザ照射により昇温されたビットが一定温度まで降温するのに必要な時間もまた、短時間であることが望ましい。しかしながら、昇温状態にあるビットの磁化の安定性、隣接するビットへの熱的な影響、ならびに表面保護膜および潤滑膜の耐熱性を考慮すると、昇温過程と同程度である3ナノ秒で十分である。
【0027】
以上の点を考慮すると、主平面2上におけるSiO2膜3の膜厚を、10〜50nm、好ましくは15〜40nmに設定することが望ましい。このような範囲内の膜厚とすることによって、レーザ照射時間である3ナノ秒の間は、低熱伝導率のSiO2膜3が断熱層として機能し、シリコン支持体1への熱伝導が起こらない。一方、これに引き続く降温過程の3ナノ秒の間に、SiO2膜3からシリコン単結晶支持体1への熱伝導が起こり、SiO2の70倍の高い熱伝導率を有するシリコン単結晶支持体1がヒートシンクとして機能し、放熱に十分に寄与する。以上の効果によって、昇温過程における低い熱伝導率、および降温過程(冷却過程)における高い熱伝導率という相反する2つの特性を同時に達成することが可能となる。
【0028】
第2に、本実施形態の情報記録媒体用基板は、基板内周端面4上において、SiO2膜3が50nm以上、好ましくは100〜500nmの膜厚を有することが望ましい。本発明者は、シリコン単結晶からなる情報記録媒体用基板の落下衝撃強度を改善する方法を鋭意検討した結果、ガラス基板と同様に圧縮応力を導入することによって、たとえ落下衝撃試験における最大加速度でクラックが発生したとしても、それに引き続く加速度による力が導入された圧縮応力以下であればクラックの進展を防止できることを見いだした。ガラス基板の場合には、イオン半径の小さな元素をイオン半径の大きな元素で置換する化学強化と呼ばれる方法によって圧縮応力を導入している。シリコン単結晶では、ガラス基板のような化学強化処理はできないが、シリコン単結晶表面に熱酸化膜を形成してシリコン中に酸素を拡散させることにより、得られるSiO2膜に大きな圧縮応力が誘起され(非特許文献2参照)、これにより落下衝撃強度が改善されることを見いだした。前述の範囲内の膜厚を有するSiO2膜3を基板内周端面4に形成することによって、本発明の情報記録媒体用基板において想定している1000Gの加速度のピーク値および1msの継続時間の条件に耐える落下衝撃強度を実現することができる。
【0029】
第3に、本実施形態の情報記録媒体用基板は、基板外周端面5上において、SiO2膜3が10nm以下、好ましくは5nm以下の膜厚を有することが望ましい。また、図1(b)に示したように、基板外周端面5においてSiO2膜3を完全に除去して、シリコン単結晶支持体1を露出させてもよい。これは、本実施形態の情報記録媒体用基板を用いて情報磁気記録媒体を作製する際の、基板に対するバイアス電圧の印加を可能にするという点において有用である。バイアス電圧の印加を行うためには、SiO2膜3の一部が、電極(不図示)からシリコン単結晶支持体1に向かってトンネル電流を流すことが可能である膜厚を有することが必要である。しかしながら、前述のように、主平面2上のSiO2膜3は、昇温過程における低い熱伝導率および降温過程(冷却過程)における高い熱伝導率を提供するために10〜50nmの膜厚を有することが必要である。また、チャッキングによってスピンドルモータ(不図示)に連結される基板内周端面4および基板内周チャンファー部6においては、高い落下衝撃強度を提供するために、熱酸化により形成され、50nm以上の膜厚を有するSiO2膜3が必要である。したがって、基板外周端面5上におけるSiO2膜3の膜厚を前述の範囲内に設定することが有用である。
【0030】
次に、図2を参照して、本実施形態の情報記録媒体用基板の製造方法を説明する。図2(a)〜(e)は、製造方法の各段階を概略的に図示する断面図である。最初に、円筒形のシリコン単結晶インゴットをスライスして、図2(a)に示す円板形状を有するシリコン単結晶ブランク1’を作製する。この工程は、当該技術において知られている任意の手段を用いて実施することができる。必要に応じて、インゴットのスライスに引き続いて、主平面2のラップおよびポリッシュを行って、主平面2を平滑化すると同時に、主平面2上の異物および突起などを除去してもよい。
【0031】
次に、内周コアリングによって、シリコン単結晶ブランク1’の中心に中心孔8を設けて、図2(b)に示すシリコン単結晶支持体1を作製する。この工程は、当該技術において知られている任意の手段を用いて実施することができる。必要に応じて、中心孔8の作製に続いて、主平面2のラップおよびポリッシュを行って、主平面2を平滑化すると同時に、主平面2上の異物および突起などを除去してもよい。
【0032】
次に、シリコン単結晶支持体1の内周および外周の面取り(チャンファリング)を実施して、基板内周部に基板内周チャンファー部6を形成し、および基板外周部に基板外周チャンファー部7を形成する。この工程は、当該技術において知られている任意の手段を用いて実施することができる。
【0033】
次に、基板内周部(基板内周端面4および基板内周チャンファー部6)および基板外周部(基板外周端面5および基板外周チャンファー部7)のポリッシュを行う。この工程は、基板内周部および基板外周部に存在する可能性のある異物または突起などを除去して、引き続く熱酸化工程において均一な膜厚を有するSiO2膜3を形成するのに有用である。この工程は、当該技術において知られている任意の手段を用いて実施することができる。任意選択的ではあるが、本工程の前後において主平面2のポリッシュを行って、熱酸化工程において主平面2上に形成されるSiO2膜3の膜厚の均一性を向上させてもよい。
【0034】
次いで、シリコン単結晶支持体1全面の熱酸化を実施して、図2(d)に示すようにSiO2膜3を形成する。熱酸化は、水蒸気、酸素などの酸化剤を含む雰囲気中、シリコン単結晶支持体1を850℃〜950℃の温度に加熱することによって実施することができる。この際に、加熱時間を制御することによって、得られるSiO2膜3の膜厚を制御することができる。加熱時間は、少なくとも基板内周端面4において必要とされる50nm以上のSiO2膜3が得られるように設定される。
【0035】
次に、基板外周端面5のポリッシュを実施して、図2(e)に示すように基板外周端面5に形成されたSiO2膜3の一部を除去し、基板外周端面5におけるSiO2膜3の膜厚を10nm以下とする。図2(e)は、基板外周端面5において、SiO2膜3が完全に除去される例を示す。
【0036】
最後に、基板表面形状を整えると同時に、主平面2におけるSiO2膜3の膜厚を10〜50nmにするために、主平面2をポリッシュして、本実施形態の情報記録媒体用基板が得られる。
【0037】
なお、本発明の情報記録媒体用基板の製造方法の一例として、図2に示される方法を例示したが、本発明の情報記録媒体用基板の構造が得られる限りにおいて、各工程の順序を変更してもよい。
【0038】
本発明の第2の実施形態の情報磁気記録媒体は、第1の実施形態の情報記録媒体用基板の主平面2の上に、少なくとも磁気記録層が形成されることを特徴とする。必要に応じて、情報記録媒体用基板と磁気記録層との間に、下地層、軟磁性層、シード層、中間層などを形成してもよい。また、必要に応じて、磁気記録層上に、保護層および潤滑剤層を形成してもよい。
【0039】
任意選択的に設けてもよい非磁性下地層は、Ti、またはCrTi合金のようなCrを含む非磁性材料を用いて形成することができる。
【0040】
任意選択的に設けてもよい軟磁性層は、FeTaC、センダスト(FeSiAl)合金などの結晶性材料;FeTaC、CoFeNi、CoNiPなどの微結晶性材料;またはCoZrNd、CoZrNb、CoTaZrなどのCo合金を含む非晶質材料を用いて形成することができる。軟磁性層の膜厚は、磁気記録層に垂直方向磁界を集中させるための層であり、記録に使用する磁気ヘッドの構造や特性によって最適値が変化するが、おおむね10nm以上500nm以下程度であることが、生産性との兼ね合いから望ましい。
【0041】
任意選択的に設けてもよいシード層は、NiFeAl、NiFeSi、NiFeNb、NiFeB、NiFeNbB、NiFeMo、NiFeCrなどのようなパーマロイ系材料;CoNiFe、CoNiFeSi、CoNiFeB、CoNiFeNbなどのようなパーマロイ系材料にCoをさらに添加した材料;Co;あるいはCoB,CoSi,CoNi,CoFeなどのCo基合金を用いて形成することができる。シード層は、磁気記録層の結晶構造を制御するのに充分な膜厚を有することが望ましく、通常の場合、3nm以上50nm以下の膜厚を有することが望ましい。
【0042】
任意選択的に設けてもよい中間層は、Ru、もしくはRuを主成分とする合金を用いて形成することができる。中間層は、通常0.1nm以上20nm以下の膜厚を有する。このような範囲内の膜厚とすることによって、磁気記録層の磁気特性や電磁変換特性を劣化させることなしに、高密度記録に必要な特性を磁気記録層に付与することが可能となる。
【0043】
前述の下地層、軟磁性層、シード層および中間層の形成は、スパッタ法(DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法などを含む)、真空蒸着法など当該技術において知られている任意の方法を用いて実施することができる。
【0044】
磁気記録層は、好適には、少なくともCoとPtを含む合金の強磁性材料を用いて形成することができる。垂直磁気記録を行うためには、磁気記録層の材料の磁化容易軸(六方最密充填(hcp)構造のc軸)が、記録媒体表面(すなわち情報記録媒体用基板の主平面2)に垂直方向に配向していることが必要である。磁気記録層は、たとえばCoPt、CoCrPt、CoCrPtB、CoCrPtTaなどの合金材料を用いて形成することができる。磁気記録層の膜厚は、特に限定されるものではない。しかしながら、生産性および記録密度向上の観点から、磁気記録層は、好ましくは30nm以下、より好ましくは15nm以下の膜厚を有する。磁気記録層の形成は、スパッタ法(DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法などを含む)、真空蒸着法など当該技術において知られている任意の方法を用いて実施することができる。
【0045】
任意選択的に設けてもよい保護層は、カーボン(アモルファスカーボンなど)、あるいは磁気記録媒体保護膜用の材料として知られている種々の薄膜材料を用いて形成することができる。保護層は、その下にある磁気記録層以下の各構成層を保護するための層である。保護層は、一般的にスパッタ法(DCマグネトロンスパッタ法、RFマグネトロンスパッタ法などを含む)、真空蒸着法、CVD法などを用いて形成することができる。
【0046】
任意選択的に設けてもよい潤滑剤層は、記録/読み出し用ヘッドが磁気記録媒体に接触している際の潤滑を付与するための層であり、たとえば、パーフルオロポリエーテル系の液体潤滑剤、または当該技術において知られている種々の液体潤滑剤材料を使用して形成することができる。液体潤滑剤層は、ディップコート法、スピンコート法などの当該技術において知られている任意の塗布方法を用いて形成することができる。
【実施例】
【0047】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、これらは本発明を限定するものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において種々変更可能であることは言うまでもない。
【0048】
(実施例1)
図2に例示した製造方法にしたがって、情報記録媒体用基板を作製した。
【0049】
最初に、単結晶シリコンインゴットをスライスして、直径65mmおよび厚さ0.675mmを有するシリコン単結晶ブランク1’を得た。ブランク1’をコアリングして、ブランク1’の中心にφ20mmの中心孔を形成して、シリコン単結晶支持体1を得た。得られたシリコン単結晶支持体1の主平面2にラップおよびポリッシュ加工を適用して、主平面2の平滑化、ならびに異物および突起の除去を行った。
【0050】
次に、シリコン単結晶支持体1の基板内周部および基板外周部において、チャンファリング加工を実施して、基板内周チャンファー部6および基板外周チャンファー部7を形成した。次いで、基板内周端面4、基板外周端面5、基板内周チャンファー部6および基板外周チャンファー部7のポリッシュ加工を実施して、これらの部位の異物および突起を除去した。
【0051】
次に、水蒸気雰囲気下、0.5時間にわたってシリコン単結晶支持体1を900℃に加熱して、膜厚200nmのSiO2膜3を作製した。
【0052】
次いで、基板外周端面5のポリッシュを実施して、SiO2膜3の一部を除去し、基板外周端面5においてシリコン単結晶支持体1を露出させた。
【0053】
そして、主平面2のポリッシュを行って、主平面2上のSiO2膜3の膜厚および主平面2の表面形状を調整して、情報記録媒体用基板を得た。本実施例においては、ポリッシュ条件を変化させて、主平面2上のSiO2膜3の膜厚を0〜100nmの範囲で変動させた複数の情報記録媒体用基板を得た。主平面2上のSiO2膜3の膜厚は、エリプソメータによって測定した。
【0054】
得られた複数の情報記録媒体用基板のそれぞれの主平面2の上に、スパッタ法を用いて、膜厚2nmのCrTiからなる下地層、膜厚40nmのCoZrNdからなる軟磁性層、膜厚16nmのCoNiFeSiからなるシード層、膜厚12nmのRuからなる中間層、膜厚20nmのCoPtからなる磁気記録層、および膜厚3nmのアモルファスカーボン(a−C)からなる保護層を順次形成した。最後に、スピンコート法を用いて、膜厚2nmの潤滑剤からなる潤滑剤層を形成し、情報磁気記録媒体を得た。
【0055】
熱アシスト媒体用に近接場光を利用したφ20nmのビームスポットを形成するためのレーザ照射用ヘッドと、このレーザにより昇温された部分に情報を書き込むための磁気記録ヘッドを搭載したスピンスタンドを用いて、得られた情報磁気記録媒体のTAA(Track Average Amplitude)を測定し、電磁変換特性を評価した。TAAの測定は、回転数4200rpmにおいて、中心からの半径22mmのトラックを用い、記録周波数126.5MHzの条件で実施した。この条件は、500Gbits/平方インチの記録密度に相当する。得られた結果を図3に示す。なお、図3においては、本発明の情報記録媒体用基板に代えて従来から用いられているガラス基板を用い、前述と同様に下地層から潤滑剤層までを積層した情報磁気記録媒体のTAA測定結果も併せて示した。
【0056】
図3から明らかなように、主平面2上のSiO2膜3の膜厚が10〜50nmの範囲内にある場合に、ガラス基板を用いた場合の約40の2倍に当たる80を超える優れたTAA値が得られた。SiO2膜3の膜厚が10nm未満の場合、SiO2膜3が断熱層として十分に機能せず、用いたレーザの照射では磁気記録層の温度が十分に上昇しなかったと考えられる。このことによって、常温で5×107erg/cm3(5×106J/m3)にも達する高いKu値を有するCoPtからなる磁気記録層のHcが十分に低下せず、記録を十分に行うことができず、再生出力が低下して、低いTAA値を示したものと考えられる。一方、SiO2膜3の膜厚が50nmより大きい場合、記録後の冷却速度が十分な大きさにならず、記録された磁化が不安定となり、TAA値が低下したものと考えられる。
【0057】
以上のことから、主平面2上のSiO2膜3の膜厚が10〜50nmの範囲内とすることによって、熱アシスト記録方式に求められる記録時の低い熱伝導率と記録後の高い熱伝導率とを両立させた情報磁気記録媒体が得られることが明らかとなった。
【0058】
(実施例2)
熱酸化処理時間を変更して、主平面2、基板内周端面4および基板内周チャンファー部6のSiO2膜3の膜厚を変化させたことを除いて、実施例1の手順を繰り返して、情報記録媒体用基板を作製した。本実施例においては、基板内周端面4および基板内周チャンファー部6のSiO2膜3の膜厚を0nm(すなわち、基板内周端面4および基板内周チャンファー部6のSiO2膜3の熱酸化処理なし)から200nmまで変化させた。基板内周端面4のSiO2膜3の膜厚は、断面に対して透過電子顕微法(TEM)を適用することにより測定した。
【0059】
それぞれの膜厚について10枚の情報記録媒体用基板を作製し、それら基板を基板内周端面4近傍をチャックして、試験用HDDに組み込み、1000G×1msの条件で落下衝撃試験を行い、基板の破壊率を求めて評価した。結果を第1表に示す。同時に、基板の円環抗折強度を測定した。結果を第1表に示す。
【0060】
【表1】

【0061】
第1表から明らかなように、基板内周端面4および基板内周チャンファー部6におけるSiO2膜3の膜厚が50nm以上であれば、1000G×1msの条件を用いる落下衝撃試験での破壊確率はゼロとなり、モバイルユースの情報記録媒体用基板として十分な衝撃落下強度を有することが明らかとなった。また、基板内周端面4および基板内周チャンファー部6の熱酸化SiO2膜厚の増大に伴って、円環抗折強度もまた高くなっていることが分かる。なお、ここではデータとしては示していないが、基板内周端面4および基板内周チャンファー部の熱酸化SiO2膜を厚くすることによって、落下衝撃試験強度および円環抗折強度を向上させることができる。しかしながら、膜厚は熱処理時間の平方に比例するため、膜厚の増大はコストが増加させる。したがって、強度およびコストの観点から、SiO2膜3の膜厚は、好ましくは100nmから500nmの範囲である。
【0062】
(実施例3)
主平面2上のSiO2膜3の膜厚を20nmとし、基板外周端面5のポリッシュ条件を変更して基板外周端面5のSiO2膜3の膜厚を変化させたことを除いて、実施例1の手順を繰り返して、情報記録媒体用基板を作製した。本実施例においては、基板外周端面5のSiO2膜3の膜厚を0nm(すなわち、基板外周端面5のSiO2膜3の完全除去)から100nmまで変化させた。基板外周端面5のSiO2膜3の膜厚は、断面に対して透過電子顕微法(TEM)を適用することにより測定した。
【0063】
基板外周端面5の基板中心に対して点対称である2つの点に電極を接触させ、それらの点の間の電気抵抗を測定した。電気抵抗が1MΩ未満である場合にバイアス電圧印加可能(○)と判定し、電気抵抗が1MΩより大きい場合にバイアス電圧印加不可(×)と判定した。結果を第2表に示す。
【0064】
【表2】

【0065】
第2表から明らかなように、基板外周端面5のSiO2膜3の膜厚が10nm以下であれば、電気抵抗は1MΩ未満となり、基板にバイアス電圧を印加可能となることが分かった。そして、バイアス電圧の印加を行うことによって、情報磁気記録媒体の各構成層により優れた特性を付与することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の情報記録媒体用基板の構成図であり、(a)は上面図であり、(b)は切断線Ib−Ibに沿った断面図である。
【図2】本発明のシリコン基板の作製工程を示す図であり、(a)〜(e)は各工程を示す断面図である。
【図3】本発明のシリコン基板主平面のSiO2膜厚とTAA特性の関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0067】
1 シリコン単結晶基板
2 主平面
3 SiO2
4 基板内周端面
5 基板外周端面
6 基板内周チャンファー部
7 基板外周チャンファー部
8 中心孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心孔を有する円板形状を有し、主平面と、該中心孔に隣接する基板内周端面と、該基板内周端面に対して主平面の反対側に位置する基板外周端面とを有する情報記録媒体用基板であって、シリコン単結晶支持体と、該シリコン単結晶支持体上に形成されたSiO2膜とを含み、該SiO2膜の主平面上の膜厚が10〜50nmであることを特徴とする情報記録媒体用基板。
【請求項2】
基板内周端面上のSiO2膜が50nm以上の膜厚を有することを特徴とする請求項1に記載の情報記録媒体用基板。
【請求項3】
少なくとも基板内周端面上のSiO2膜がシリコン単結晶支持体の熱酸化により形成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の情報記録媒体用基板。
【請求項4】
主平面および基板内周端面に隣接する基板内周チャンファー部と、主平面および基板外周端面に隣接する基板外周チャンファー部とをさらに有することを特徴とする請求項1に記載の情報記録媒体用基板。
【請求項5】
基板内周端面および基板内周チャンファー部上のSiO2膜が50nm以上の膜厚を有することを特徴とする請求項4に記載の情報記録媒体用基板。
【請求項6】
少なくとも基板内周端面および基板内周チャンファー部上のSiO2膜がシリコン単結晶支持体の熱酸化により形成されていることを特徴とする請求項4または5に記載の情報記録媒体用基板。
【請求項7】
基板外周端面上のSiO2膜が10nm以下の膜厚を有することを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の情報記録媒体用基板。
【請求項8】
請求項1から7のいずれかに記載の情報記録媒体用基板と、該情報記録媒体用基板の上に形成された磁気記録層とを少なくとも含むことを特徴とする情報磁気記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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