説明

情報記録表示用フィルム及びその製造方法

【課題】任意の偏光方向に対して大きな偏光依存性を有し、文字、画像等の情報記録や表示に利用可能な高効率な光変調フィルムを大面積で安価に製造可能な方法を提供する。
【解決手段】レーザ101から分割された2つの光束は、ペルチェ素子114と温度制御装置115より構成され、サンプル107が設定されたステージ上に設定された交角で照射される。透明基板からなるサンプルは、延伸するためにロールに固定され引っ張り応力が加えられた状態で、レーザ干渉露光が行われる。このため、サンプル中には、微細周期構造の形成と同時に液晶の配向が行われる。この液晶の配向はサンプルに印加する応力方向によって制御可能であるため、P偏光、S偏光といった任意の偏光光に対して大きな偏光依存性を有し高効率での光変調が可能な情報記録表示用フィルムを製造することが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、偏光光を高効率に変調可能なフィルムの製造方法及び文字、画像などの情報の記録や情報提示を効果的に行うための情報記録表示用フィルムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
光の干渉現象の応用した素子として知られているホログラムを基に、レーザ干渉を用いた干渉パターンの記録、再生方法等について説明する。
ホログラムの記録のための光学系の従来例を図20に示す。レーザ1901からの出射光をビームスプリッタ1902で2つの光束に分け、ミラー1903と1904を用いてそれぞれの光束を反射させる。ミラー1903から光束は、対物レンズ1906を用いて広げた後、物体光1909として、記録用の物体1907に照射する。これからの反射光が記録材料1908へと照射される。
また、ミラー1904で反射されたもう1つの光束は、対物レンズ1905で広げられた後、参照光1910として記録材料1908に照射される。従って、記録材料1908には、物体1909と参照光1910の重ね合わせの結果生じる光強度分布が記録されることになる。この光強度分布は、1mmに1000〜7000本の非常に細かい複雑な形の縞模様として記録される。この縞が、干渉縞と呼ばれるもので、レーザ光を2つに分けた後、物体光1909と参照光1910として再び重ね合わされた結果、互いに強め合ったり弱め合ったりする干渉と呼ばれる現象によって生じている。
【0003】
次に、干渉とはどのように起こるのかを身近な現象に置き換えて説明する。2つの小石を池に同時に投げ込むと2つの波が生じる、それらが合成されることにより干渉という現象がおこる。振幅の大きいところどうし、つまり波の山と山が一致するところでは2つの波は加算されてさらに高くなり(強め合いの干渉)、一方の波の山と他方の波の谷とが一致するところでは差し引かれて低くなる(弱め合いの干渉)。こうした干渉効果は、水の波ではその高さを変化させ、音波では音の強さを増減させる。光の場合では、小石に相当するものは波長のそろった光を出す点光源であり、同じ波長の光を出す2つの点光源からの光が干渉することにより明るさ、すなわち光の強度が変化し、干渉縞とよばれる明暗のパターンが空間に形成される。また、この縞模様は2光源の相対的な位置関係または記録される物体の形状等の光学系の設定条件によって変化する。
【0004】
ホログラムを記録するためにレーザ光が使われるのは、レーザ光が単一波長の光であり、この光を2つに分けて再び重ね合わせたときのみ、時間的にも空間的にも安定した干渉縞が得られるためである。
物体が1907に示すように、3次元の形状をしていれば、物体光1909は、表面の各点から出る光の重ね合わせたものであり、その波面は単純な球面波ではなく複雑な波面となる。したがって、実際に記録材料1908に記録されている干渉縞は、各点光源を物体光としたときにできる濃淡の縞からなるゾーンプレートと呼ばれるパターンの重ね合わせとなり、非常に複雑なパターンを形成することになる。
【0005】
記録材料1908に記録されたホログラムに光を当てると、どのようなことが起こるかについて考える。ここでは、複雑なパターンが記録された記録材料1908のある点付近に注目する。すると、その点でのパターンは微細な間隔を有する濃淡の縞であり、一種の回折格子と考えることができる。回折格子というのは、普通はガラス板の表面に多数の細かい平行な線が刻まれたものであって、分光したり光を偏向したりするための素子としてよく使われている。回折格子に光を当てると、大部分の光は回折格子をそのまま透過して直進するが、これと異なった方向にも光が出ていく。これが回折の現象で、その方向は隣り合う透明な部分から出ていく光が1波長分だけ遅れているか進んでいるかの方向である。これらの方向に出ていく光はたがいに強め合いの干渉の状態であって、その方向が物体光と同じ方向を示す。
つまり、光が強めあって出て行く方向の中に眼をおいた観測者には、3次元の形状の物体1907がそっくりそのまま再現されるため、物体があったと同じ位置に物体と同じ形をした像を見ることができる。
【0006】
このようなホログラムの光の回折作用において、記録された強度分布に対応する濃淡の間隔に比較して記録材料の厚みが厚いものは、体積型ホログラムとして知られている。この体積型ホログラムの理論的な回折効率の計算を含む詳しい解析が、非特許文献1において行われている。
このタイプのように厚さ方向に周期構造を有するように構成することで、ブラッグの回折条件が適用されることになる。これは、ある波長を有する光が周期構造を形成する各層に入射した場合、各層で散乱された光はその波長と入射角度及び層間のピッチに対応する特定方向に散乱成分が強め合う現象を生じる。これが、ブラッグの回折条件と呼ばれるものであり、このような条件は従来の2次元的な回折光学素子に対し、3次元的な構成となり、ブレーズ化(1つの方向に光を収束する)の作用を有することになる。従って、従来の回折光学素子に対し、回折効率を飛躍的に向上することができ理論的には100%の効率が可能である。実際、中途での損失等を考慮に入れても90%以上の高い効率が期待できる。
【0007】
このようにホログラムは、高効率に光を1つの方向に収束することが可能なため、光制御または画像の再生や変調等への応用が可能である。また、物体の形状等の情報が干渉作用を利用した複雑なパターンとして記録されるため、元の情報の秘匿化や暗号化ための情報セキュリティ用途にも利用されている。
【0008】
近年、DVDの光ピックアップや液晶表示ディスプレイ等の情報機器では、その記録や表示において、偏光作用を利用した方式が広く用いられている。従って、これらの記録メディアに対応する光ピックアップ装置の内部では、光源であるレーザ光に対し、偏光変調や分離作用を行うためのハーフミラーや偏光ビームスプリッタといった種々の光学デバイスが必要とされてきた。従来は、これらの光学デバイスとしては、ガラスからなるバルク状のプリズムが使用されていた。
このようなプリズムの内部は、誘電体多層膜と屈折率マッチングをとるための液体または固体で回りを満たしたキューブ形状で構成されていた。このようなプリズムの構造に対して、偏光分離度を高めるためには誘電体多層膜を何重にも成膜する必要があり、製造コストが高価になるという問題があった。また、分離膜は光の伝搬方向を90°曲げるため45°に配置している。このため、1つのプリズムを構成する分離膜の大きさによって厚さ方向の分離素子の大きさが固定されることになる。このため、最近の情報機器に対する極薄短小の要求に対応して、これらに使用される光学デバイスに対しても一層の小型化、薄型化が求められているが、これらの要求を満足することができないという課題も生じていた。
【0009】
このような状況に対して、立体像の再生などに応用されてきたホログラムのような微細光学デバイスは、フィルムのような薄型化が可能であり、光の回折現象を利用することで、レーザ光などからの光を高効率に変調することが可能である。特に、体積型の回折光学素子は、理論的には回折効率を100%まで達成可能なため、上述したような情報記録・表示等への様々な応用が期待できる。
このため、例えば、非特許文献2に記載されているもののようにホログラム素子の回折現象を利用して液晶表示装置のディスプレイ表面での反射光と表示画像の方向を分離して視認性の向上を行った試みがある。しかしながら、ここで使われたタイプのホログラムは、液晶画面からの特定方向に偏光された光に対して優先的に光変調を行う機能は有しておらず、偏光光に対する効率的な光利用ができないという課題が残っていた。
【0010】
また、例えば特許文献1、特許文献2には、液晶材料を用いて特定の偏光光に対する偏光依存性を生じさせた回折光学素子の作製が報告されている。しかしながら、これらの回折光学素子は、特定の偏光光のみに対しては、大きな依存性を示すが、任意の偏光光に対して大きな偏光依存性と回折効率の両特性を満足する素子の作製がなされないという問題があった。さらに、大面積のフィルムのような薄い母材に対して、簡易で安価な製造方法が適用できないという課題もあった。
【0011】
【非特許文献1】H.Kogelnik, (BellSyst. Tech. J., 48, 1969, P.2909-2947)
【非特許文献2】”Design of Hologram for Brightness Enhancement in Color LCDs“,G. T. Valliath, SID98 DIGESET, 44.5L, P1139
【特許文献1】特開平11−271536号公報
【特許文献2】特開2000−221465号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、前記従来技術の課題を解決し、任意の偏光方向に対して大きな偏光依存性を有し、文字、画像等の情報記録や表示に利用可能な高効率な光変調フィルムを大面積で安価に製造可能な方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記目的を達成するため検討した結果、以下の情報記録表示用フィルムの製造方法に到達した。すなわち、本発明は、
(1)透明基板で挟まれた領域に液晶と、モノマー、オリゴマー、ポリマーから選ばれる1つ以上の重合性物質とを含む試料を封入し、次いで透明基板に応力を印加した状態で光変調手段を有する複数の周期的な強度分布からなる光束を照射することを特徴とする重合性物質が部分的に硬化した領域において、前記透明基板に印加された応力方向に沿って液晶分子が配向した情報記録表示用フィルムの製造方法。
(2)前記応力が、前記透明基板に対し概ね平行方向に沿う引っ張り応力であることを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(3)前記透明基板に印加する引っ張り応力が、透明基板の延伸により行われることを特徴とする(2)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(4)前記光変調手段が、光束の透過率変調により行われることを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(5)前記光変調手段が、光束の位相変調により行われることを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(6)前記光束が、強度分布の周期方向に対して概ね垂直または水平の偏光状態を有していることを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(7)前記試料の粘性が、粘性制御手段によって制御されていることを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(8)前記粘性制御手段が温度変化であることを特徴とする(7)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(9)前記試料の粘性が、粘性制御手段により概ね3Pa・s以下に制御されていることを特徴とする(8)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(10)前記透明基板に印加する応力の方向と照射する光束の偏光方向とが概ね等しいことを特徴とする(2)、(3)、(6)のいずれかに記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(11)前記試料が、光重合開始材及び色素を含むことを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(12)前期複数の周期的な強度分布からなる光束の照射により、前記重合性物質が部分的に硬化した領域が透明基板上に複数島状に存在することを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(13)前記複数の島状の領域が、応力の印加方向に延伸された非対称な形状を有することを特徴とする(12)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(14)前記光束の光強度が概ね3mW/cmより大きいことを特徴とする(1)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【0014】
(15)透明基板で挟まれた領域に液晶と、モノマー、オリゴマー、ポリマーから選ばれる1つ以上の重合性物質とを含む試料を封入し、次いで前記透明基板上に周期的な凹凸からなる表面形状を有する加熱された物体を圧着することを特徴とする前記重合性物質が部分的に熱硬化した領域において、前記物体表面の凹凸からなる周期方向に沿って液晶分子が配向した情報記録表示用フィルムの製造方法。
(16)前記周期的な凹凸からなる表面形状を有する物体の加熱温度が前記試料の粘性が概ね3Pa・s以下となる温度であることを特徴とする(15)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(17)前記物体表面の凹凸形状は、周期構造の間隔に対して凹凸の形状が大きいことを特徴とする(15)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(18)前記物体表面の凹凸形状は、概ね周期間隔の倍以上の大きさを有することを特徴とする(17)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(19)前記試料が熱重合開始材を含むことを特徴とする(15)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(20)前期周期的な凹凸からなる物体の圧着により、前記重合性物質が部分的に熱硬化した領域が透明基板上に複数島状に存在することを特徴とする(15)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
(21)前記複数の島状の領域が、前記物体の凹凸形状の周期方向に延伸された非対称な形状を有することを特徴とする(20)記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
である。
【発明の効果】
【0015】
本発明は任意の偏光方向に対して大きな偏光依存性を有し、文字、画像等の情報記録や表示に利用可能な高効率な光変調フィルム及びそのフィルムを大面積で安価に製造可能な方法を提供することができる。このため、情報記録分野や画像表示分野などの今後ますます重要性が増し、大きな市場展開が期待される領域に対して幅広い応用が可能であり、大きな価値を有するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照しながら説明する。
(実施の形態1)
実施の形態1では本発明に先だって透明基板としてガラス基板を使用し、ガラス基板に応力を印可しない状態で情報記録表示用サンプルを製造する場合について説明する。
まず、図1のシステムを用いて情報記録表示用フィルムの作製プロセスと形成メカニズムとの関係を明らかにし、製造方法の確立を行うことができた経過について実験結果を基に詳細に説明する。
はじめにサンプル107用の透明基板としては、実験での取り扱いの容易さの観点から、1インチ程度の大きさのガラス基板を用いて行った。図1で示す光学系で使用するサンプルの作成過程は、主に以下の4つの過程からなる。
(1)ホットプレートでガラス基板を35〜65℃程度に加熱する。
(2)試料(液晶、モノマー、オリゴマー、光重合開始剤、染料、ビーズを配合したもの)をガラス上に滴下する。
(3)もう1枚のガラス基板で試料を挟み込む。
(4)サンプル保持台でガラス基板を固定する。
【0017】
ここで、試料に関する説明を行う。液晶は、メルク製のTLまたはBLシリーズ等、モノマー、オリゴマー等の重合性物質としては、例えば共栄社化学製のウレタンプレポリマー、ジメチロールトリシクロデカンジアクリレート、2ヒドロキシエチルメタクリレート等が利用可能である。また、例えば光重合開始材としては、N−フェニルグリシン等、色素としては、ジブロモフルオレセイン等が利用できる。
【0018】
次に、ここで作成したサンプル107を用いて、レーザ干渉露光を適用し、内部に微細周期構造を形成するための実験装置及び方法について説明する。
干渉露光用のレーザ101としては半導体励起の固体グリーンレーザ(λ=532nm、20mw)を使用した。また、レーザ出射後の光に対し、1/2波長板102とND(ニュートラルデンシティ)フィルタ103を設置し、レーザ光の偏光方向と光強度の大きさを任意に調整可能な構成とした。
このレーザ光をビームコリメータ104により直径を20mmφ程度に広げ、ハーフミラー106により2分割する。2分割した光束の内1つは、ミラー105により、30度の交角でサンプル107上に集光するように調整した。サンプル107は、ペルチェ素子114と温度制御装置115により設定温度に保つことが可能なステージ上に設置される。
【0019】
さらにサンプル正面からの干渉露光による素子形成と同時に、サンプル裏面から素子に感光しない長波長のランダム偏光のHe−Neレーザ116(λ=632.8nm、5mW)の光を入射させ、これを露光過程にサンプル内部で生じている現象を観察するためのモニタービームとして使用可能な構成とした。裏面から入射されたHe−Neレーザ光116は、素子内部に格子構造が形成されると、その状態に対応して回折光を生じさせる。この回折光ビームを偏光ビームスプリッタ111(PBS)によって、P偏光とS偏光に分割して光検出器108、109で受光する。そして、それぞれの光強度の時間変化は、インターフェースボード112を介してコンピュータ113上でリアルタイムに観測可能な構成とした。
【0020】
図1で示すシステムを用いて実際に素子の作製を行い、レーザ干渉露光時間の経過と回折光強度変化の関係をサンプル107の設定温度をいくつか変化させながら観測した。この結果を図2と図3に示す。図2はレーザ101から出射する光の状態をS偏光としてサンプル107に照射した場合である。図1に示す光学系においてS偏光とは、レーザが置かれた定盤に対し、垂直となる上下方向にレーザ光の振動軸が存在する場合、一方、P偏光とは、定盤に対して平行な水平方向にレーザ光の振動軸が生じる場合として定義する。
【0021】
また、図2、図3における(a)、(b)、(c)は、それぞれサンプル107の保持温度を20℃、35℃、50℃とした場合の結果である。まず、図2の(a)では、レーザ露光開始後50秒程度してS偏光が増加し始め、続いてP偏光の光強度が増加している。そして、100秒程度経過するとほぼ光強度が飽和値に達し、回折された光強度のうちS偏光の成分が最大で180μW程度、一方P偏光の回折光強度は50μW程度となっている。室温程度の20℃で作製を試みた場合は、P偏光に比べ干渉露光に用いたレーザ101の偏光状態と同じS偏光に対する回折光強度の割合が大きく生じていることがわかる。
次に、(b)の場合は、25秒程度経過した時にS偏光の回折成分が先に増加を始め、それから10秒程度経過後P偏光の回折成分が生じ始める。そして、各成分それぞれの光強度の増加が続くが、50秒程度経過するとP偏光成分の光強度がS偏光の光強度を追い抜いて逆に大きく増加を続ける。最終的には、P偏光の回折強度は、300μW近傍まで増加し、一方S偏光は150μW程度で飽和し、P偏光に対する回折成分のほうが倍程度大きい結果となっている。
(c)においては、開始20秒程度でS偏光が増加を開始し、若干遅れてP偏光成分が増加を始める。そして、35秒程度の時間までS偏光、P偏光とも同様に増加を続けるが、この後、P偏光成分の光強度が50秒程度経過後まで急激に増加し始め、最終的には600μW強まで増加して飽和する。一方、S偏光成分の光強度は、逆に減少し始め、50秒程度経過後は、わずか数μWまで減少した。
【0022】
このようにレーザ101をS偏光状態としてレーザ干渉露光を行った場合は、温度が20℃程度と低い場合は、S偏光の回折成分が大きく、温度を35度程度に増加させると作製途中から、P偏光成分の光強度がS偏光に逆転して大きくなる。さらに50℃程度まで増加させると、P偏光成分の回折強度が非常に大きい増加を示すのに対し、逆にS偏光成分の光強度が途中から減少するという現象が観測された。実験は再現性を確認するため、同じ条件設定で複数回行ったが、いずれも同様の傾向を示した。これらの実験より、観測された回折強度の大きさ及びその成分の割合はサンプル107の保持温度により大きく変化することが明らかとなった。
【0023】
次に図3で示すようにレーザ101の偏光状態を1/2波長板102を用いて90度変化させ、P偏光状態としてレーザ干渉露光を行った結果について説明する。図3の(a)では、レーザ露光開始後30秒程度してP偏光の増加が始まり、続いて10秒程度の後に、S偏光の増加が始まっている。その後、P偏光は70秒程度経過するとほぼ光強度が80μWの飽和値に達している。一方、S偏光はP偏光に比べ回折された光強度の増加割合が緩やかで最大でも20μW程度で飽和値に達している。室温程度の20℃で作製を試みた場合について先の図2の場合と比較すると、今回はP偏光成分の回折光強度割合がS偏光よりも大きく生じている。これは、今回干渉露光に用いたレーザ101の偏光状態と同じP偏光に対する回折光強度の割合が大きく生じた結果となっている。
次に、(b)の場合は、25秒程度経過した時にP偏光、S偏光共に回折光強度が増加し始める。そして、P偏光成分はそのまま100秒程度まで急激な増加を続け、最終的には400μW付近まで強度が増加して飽和する。S偏光については、緩やかな増加傾向を示した後、50秒程度で飽和し、最大強度としても50μW弱とP偏光に比較して概ね十分の一程度と小さな値であった。
(c)においては、開始20秒程度でP偏光、S偏光とも増加を開始するが、P偏光が若干早く立ち上がる傾向を示す。この後、35秒程度の時間までS偏光、P偏光とも同様に増加を続けるが、この後P偏光成分の光強度が50秒程度経過後まで急激に増加し始め、最終的には800μW強まで増加して飽和する。一方、S偏光成分の光強度は、逆に減少し始め、50秒程度経過後は、わずか数μWまで減少した。
【0024】
このようにレーザ101をP偏光状態としてレーザ干渉露光を行った場合は、温度が20℃程度と低い場合は、S偏光の回折強度成分に対しP偏光の回折強度が4倍程度大きい。温度をさらに35℃程度に増加させると、この割合がさらに大きくなり、S偏光成分に対してP偏光成分の光強度の大きさは10倍程度となる。50℃程度まで増加させた場合は、P偏光成分の回折強度が非常に大きい増加傾向を示すのに対し、逆にS偏光成分の光強度は途中から減少するという現象が生じた。この場合の実験を、同じ条件設定で複数回行ったが、いずれも同様の傾向を示した。P偏光状態のレーザで干渉露光を行った場合は、図2の場合と同様に温度を増加させるにつれてP偏光成分の光強度は大きくなり、逆にS偏光成分は小さくなるという結果は得られたが、それぞれの偏光成分の振る舞いについては図2の場合と異なる結果となった。
以上のようなサンプル107を用いた実験結果より、情報記録表示用フィルムを製造工程において、サンプルの保持温度と照射するレーザの偏光状態が回折効率特性に大きな影響を与えることが判明した。
【0025】
次に、温度による影響を明らかにするため、温度変化によって大きく特性が変化する要因である試料の粘性と温度との関係について調べた。図4は、動的粘弾性測定装置を用いて、試料を室温付近の20℃から徐々に温度を増加させた場合の動的粘弾性値の測定結果を示したものである。図4より、試料の粘性は20℃付近で10Pa・s以上の高い粘性を示すが、30℃を越えたあたりで概ね4Pa・sと1/3程度に減少し、50℃付近まで温度が増加すると、さらに1Pa・s以下の低い値まで減少していることがわかる。
【0026】
図4における試料の粘性値が大きな変化を示す20℃、35℃、50℃といったそれぞれの温度の値は、先の図2と図3で説明した回折効率の振る舞いに大きな違いが生じたサンプルの保持温度と概ね対応していることがわかる。これらの結果をさらに詳しく分析するため、偏光依存性が非常に大きく発現した50℃におけるレーザ干渉露光時間の経過と回折光強度変化の関係をモデル化して図5に示す。図1に示すシステムを用いて素子の作製を行った結果、干渉露光時間の経過と回折光強度変化との関係は、大きく分けて以下の3つの過程に分類することができる。
(1)レーザ照射時からP偏光またはS偏光の光強度の増加が開始するまでの期間。
(2)P偏光、S偏光共に光強度が同様に増加する期間。
(3)P偏光強度が急速に増加し、飽和値まで到達する一方、S偏光がほぼ0付近まで減少する期間。
【0027】
次にこれらの過程におけるサンプル内部での微細周期構造の形成と液晶の配向過程について図6を用いて説明する。(a)はサンプル107の断面図を示し、この表面に601のようなレーザ干渉露光により形成される周期的な光強度分布が照射されている。このとき、透明基板603によって封入された試料中のモノマー、オリゴマーなどの光硬化反応を起こす重合性物質は、ある一定以上の光エネルギーの照射により光硬化反応が促進され、光強度の強い部分に凝集し始める。この反応が始まるまでの過程が図5における(1)の期間に相当する。
【0028】
次に光強度の強い部分に凝集したモノマー、オリゴマー等が光硬化してポリマー化し、601で示す光強度分布の明部の位置に対応する光硬化した高分子層604を形成し始める。また、同時に硬化した層から押し出されるように光強度の弱い部分に液晶分子602が集まり液晶層605を形成する光誘起層分離過程が生じる。この状態では、液晶層中の液晶分子はランダムに配向していると考えられる。この過程が図5における(2)の期間に相当する。
【0029】
続いて、液晶層の液晶分子は、両端の高分子層での光硬化に伴う収縮作用により、両側から引っ張られるような応力を受け延伸される。このとき、液晶層中では、液晶分子が分散して塊状態をなすドロプレットと呼ばれる局在的な領域が存在し、この付近は、レーザ干渉露光強度が弱い暗部に相当するため、光硬化が緩やかに進みながら形成されたポリマーネットワークが両側に延伸される力を受けることになる。このため、図6(a)の断面図における水平方向である透明基板の基板方向へと引っ張られた非対称なネットワーク構造を形成する。つまり、この延伸したように形成されたネットワーク構造に沿う方向である図6(c)に示す光硬化した高分子層604に対して垂直方向に液晶分子が配向すると考えることができる。この液晶配向過程によって素子中の偏光依存性が発現し、P偏光の回折光強度成分は急速に増加し、逆にS偏光の回折光強度は減少する現象が現われ、これが図5の(3)の期間に対応するものと考えられる。
【0030】
図2、図3で示すように、サンプルの保持温度により、回折された偏光成分の変化が異なるのは、用いている試料の粘性の値が図4に示すように温度に対して大きな依存性を有しているためと考えられる。20℃近傍の温度では、光誘起層分離過程が試料の粘性の大きさに阻害され充分に促進されず、レーザの干渉露光強度分布に対応した屈折率分布も生じにくいため、回折光強度もあまり大きな値とならないと思われる。
また、照射するレーザの偏光状態によって、回折光強度の偏光成分に違いが現われるのは、試料中のモノマー、オリゴマーなどの光硬化反応を示す重合性物質は、直線偏光の光が照射された場合、ランダムに配向しているそれらの分子の中から分子の主鎖(あるいは側鎖)を偏光方向に向けている分子が主に光を吸収し、光反応による硬化が促進される。このため、光硬化によるネットワーク化は照射される光の偏光方向に沿う方向に形成されやすくなる。このため、初期反応過程では、照射されたレーザの偏光方向と一致する偏光成分での回折光強度が優先的に大きく生じたものと考えられる。
【0031】
このとき、試料が室温付近のように低い温度に保持されていると、光誘起層分離過程が促進されず、さらに硬化した高分子層の収縮による引っ張り応力が液晶層でのネットワーク構造にも影響を与えないため、液晶分子の配向がきちんと行われない。この結果、照射されたレーザの偏光方向と一致する偏光成分に対する比較的小さい偏光依存性が生じた後、概ねそのままの状態で反応が終了すると考えられる。
試料の保持温度を高くしていくと、初期反応では、レーザ照射時の偏光状態と一致する方向の回折強度成分が優先するが、反応が進むにつれ温度増加による試料粘性の低下による効果が発揮され始め、光誘起層分離過程が促進され、さらに硬化した高分子層の収縮による引っ張り応力によって液晶層におけるネットワーク構造が規定されることになる。このため、図2の(b)においては、反応開始時は、レーザの偏光状態に一致するS偏光の回折強度が大きいが反応時間が進むにつれ、回折強度成分の大きさがS偏光からP偏光に移行し、最終的には、P偏光による偏光依存性が大きくなるものと説明される。
【0032】
また、図2と図3の(c)の過程を比較すると、偏光依存性は図3のほうが大きく現われていることがわかる。これは、干渉露光中のレーザの偏光状態と最終的に液晶が配向する方向を一致させた場合の方が、初期での偏光依存性をそのまま促進させ、液晶の配向の整列がよりきれいに行われる結果、偏光依存性を大きく生じせしめることが可能になるためと考えられる。図7は、レーザの照射強度とサンプルの形成過程との関係を調べるため、図1におけるレーザ101の強度をNDフィルタ103により、いくつか変化させた時の図5における3つの反応時間の測定を行った結果である。図中の(a)〜(c)は、図5の(1)〜(3)の期間の反応時間に対応する。それぞれの反応過程において、レーザの照射強度を増加させると反応時間が指数関数的に減少し、3mW/cm以上の強度において、概ね飽和していることがわかる。この結果から、レーザ強度を3mW/cm以上に設定すれば、短い時間で反応を完了させることが可能となり、サンプルの作製を効率的に行うことができると考えられる。
【0033】
図8は、作製したサンプルを切断した断面を走査電子顕微鏡(SEM)により観察した結果を示したものである。尚、切断後の素子はメタノール中で超音波洗浄を行い、液晶を断面から洗い流した状態で観察している。(b)は、(a)の格子の構造の一部の拡大図を示しており、(c)は、(b)に対応する液晶層802の高分子ネットワーク803のモデル図を示している。(b)を見るとわかるように液晶層中での高分子ネットワークは、両端の高分子層から引っ張られ延伸された結果平たくなったような非対称な構造を有していることが確認できる。また、(c)で示すように高分子ネットワークが形成された方向に沿って液晶分子が並んで配向したドロプレット状態が内部に形成されていると考えると、図3の(c)で示されたような大きな偏光依存性が生じることの説明が可能になる。
【0034】
図9は、作製されたサンプル903の光学特性を測定するための光学系を示している。この光学系ではHe−Neレーザ901(λ=632.8、5mW)から出射されるランダム偏光光を偏光板902により直線偏光(P偏光又はS偏光)としサンプル903に入射させ、素子からの透過光及び回折光を2つの光検出器905、906により同時に検出し、光検出器907で測定することでサンプル903の回折効率の測定を行なっている。サンプル903は、自動回転ステージ904に固定され、このステージをパルス駆動コントローラにより制御している。
【0035】
こうして取得した回折光及び透過光強度をサンプル903に入射する光強度で割ることによって回折効率の算出を行なった。この測定結果を図10に示す。(a)は、レーザの偏光状態をS偏光として作製したものであって図2(c)に相当するサンプルであり、(b)は、P偏光を用いて作製したものであって図3(c)に相当するサンプルである。●は、P偏光を入射した場合の回折効率を示し、■は、S偏光を入射した場合についての回折効率をそれぞれ示している。(a)において、P偏光に対する回折効率は、75%強であり、非常に高に高い回折効率を示していることがわかる。一方、S偏光に対する回折効率は0.3%程度でありほとんどの成分が透過することが確認された。これらの結果から、P波とS波の1次回折効率の比は300近くとなり、大きな偏光依存性を有するサンプルが作製できたことがわかる。
また、(b)においては、P偏光に対する回折効率は、85%程度であり、(a)の場合よりもさらに高い回折効率を示していることがわかる。一方、S偏光に対する回折効率は0.2%程度でありほとんどの成分が透過することが確認された。これらの結果から、P波とS波の1次回折効率の比は500近くとなり、(a)に比べてもさらに大きな偏光依存性を有するサンプルが作製できたことがわかる。これらの結果から、先にも述べたように干渉露光中のレーザの偏光状態を最終的に液晶が配向する方向に一致させた場合の方が、初期に生じる偏光依存性をそのまま促進させ、液晶の配向の整列がよりきれいに行われるため、偏光依存性をさらに大きく生じさせることが判明した。
【0036】
また、サンプル作製に対し、試料として用いた液晶のネマティックからアイソトロピックへの転移温度(N−I点)以上に加熱しながら、レーザ干渉露光を行って作製を試みた場合、作製中での回折効率の偏光依存性は観察できなくても、作製後に回折効率を測定すると大きな偏光依存性が生じており、液晶層中に形成された高分子ネットワークの形状が液晶の配向を司っていることが判明した。
さらに作製したサンプルを一旦、N−I点以上の温度に過熱してから、冷却する熱変動を与えた場合でも、元の温度に戻せば、初期と同様の回折効率と偏光依存性が再現できることも確認できた。
図1に示すシステムにより、情報記録表示用フィルム作製のための干渉露光時間の制御と偏光依存性発現を含めた反応過程の明確化が可能となり、サンプルの作製効率と性能の向上を実現できたことが判明した。
【0037】
(実施の形態2)
次に、実施の形態2において本発明を説明する。
図1に示すシステムにおいて、透明基板としておおよそ10μm〜100μm程度の透明フィルムを用い、サンプル107で示すように透明フィルムをロール状に巻き取って固定(図1の中に点線で囲んで示した図参照。)し、延伸応力を加えた状態でレーザ干渉露光を行った。
その際の反応時間と回折強度の変化を図11に示す。ここで、フィルム材料としては、例えばEVOH、TAC、PET、環状ポリオレフィン(例えば、日本ゼオン(株)製、商品名:ゼオノア)、ポリエチレン等が利用できる。(a)は、レーザ干渉露光時の偏光状態をP偏光とし、この方向(水平方向)に概ね一致するようにフィルムに応力を加えた状態で設置した場合である。一方、(b)はレーザの偏光状態をS偏光とし、これに概ね一致する方向(垂直方向)にフィルムに応力を加えた状態で設置した場合である。このように、図1の107においてフィルムは定盤に対し、水平、垂直の任意の方向にペルチェ素子からなるステージに固定可能なように設計されている。このときのフィルム保持温度は(a)、(b)とも50℃に制御した。
【0038】
図11より、(a)では、P偏光成分の回折強度が大きく生じており、S偏光の回折強度成分は、初期の過程からほとんど生じていない。また、(b)では、S偏光の回折強度成分が大きく生じているが、P偏光の回折成分はほとんど生じていない。また、図12はこれらの素子に対する光学特性を図9の光学系を用いて測定した結果を示したものである。(a)は、P偏光に対する回折効率のみが非常に大きく、(b)はS偏光に対する回折効率のみが非常に大きく現われていることが確認できる。
【0039】
このようにフィルムに応力を印加した状態で加熱し、試料の粘性を概ね3Pa・s以下に小さくしてレーザの偏光状態を調節して干渉露光を行うと、応力を印加した方向にきれいに液晶を配向させることが可能になる。この結果、P偏光またはS偏光のどちらに対しても非常に大きな偏光依存性を発現させる素子が作製できることが判明した。
【0040】
なお、図1に示すレーザ干渉露光システムにおいて、レーザ101から出射するビームの面積を広げずに細いビームのまま数μ程度の微細な間隔を保ちながらフィルムが固定されているステージを移動させるか、またはレーザビーム自体をスキャンするなどの方法を用いてレーザ照射を行っても、レーザ強度分布に対応した微細周期構造の形成は可能である。この場合は、振動等の外乱にからのレーザ強度分布に与えるノイズ等の影響を受けにくく、さらに、大きな面積にわたるレーザ照射も、レーザビームを順次スキャンすることで可能となり好ましい。
【0041】
(実施の形態3)
図13は、本発明の情報記録表示用フィルムの製造方法の他の実施形態の一例を示したものである。圧着ジグ1301は、微細周期構造を有しており、周期の1つの間隔は数μm〜数10μ程度であり、厚さ方向の凹凸の高さは周期間隔の倍以上を有し、厚さが溝間隔よりも厚い形状となっている。このような溝間隔よりも表面の凹凸が大きい微細周期構造は、均一に塗布されたレジスト材料にレーザ干渉露光を行い、光照射されて硬化した部分以外をエッチング液で除去するなどの方法で作成することができる。
【0042】
このようにして作製した圧着ジグ1301を40℃〜80℃程度に加熱し透明基板1302に圧着することで透明基板に応力を印加しながら、加熱による熱重合反応により、微細周期構造の形成と液晶の配向を同時に行うものである。なお、実施の形態3においては透明基板1302として実施の形態2で使用したのと同様な透明フィルムを使用した。
この工程として、実施の形態1で用いたのと同様な試料中に熱重合開始材を添加し、圧着ジグ1301を透明フィルムに押し当てる。この圧着ジグ1301は、凹凸の周期よりも溝部の深さが大きいため、(b)に示すように、隣り合う凸面が圧着されて挟まれたフィルム上の領域では、引っ張り応力を受ける。このため、透明基板1302は、応力を加えながらの熱硬化が行われることになる。この熱層分離作用により、透明基板1302中の液晶は、ジグの凸面から押し出され、凹面に集中する。この部分では、液晶ドロプレットを形成するポリマーネットワークが応力方向に偏って形成され、その形状に沿った方向に液晶の配向が整列されるため、液晶の配向に基づく偏光依存性を発現させることが可能になる。透明基板1302に直接印加する応力とジグの圧着の仕方を調整することで、フィルムに印加する応力の方向を任意に変化させることができる。このため、P偏光またはS偏光での偏光依存性を任意に制御可能となる。
【0043】
実際に、この方法によってフィルムを作製し、光学特性を測定した結果、図12に示す値と概ね同様の結果が得られ、微細周期構造の形成と同時に液晶の配向までを行うことが可能なことが判明した。この方法によれば、情報記録表示用フィルムの作製には、干渉露光技術を用いる必要がなく、製造工程が簡略化される。また、圧着ジグ1301のような表面の凹凸のパターンを転写させることで情報記録表示用フィルムの形成が可能なため、量産性に非常に優れている。
【0044】
(実施の形態4)
次に図1に示す光学システムの中の空間光変調素子117を用いて文字や画像などのパターン情報をサンプル107に記録することを試みた。空間光変調素子117は、コンピュータ118により制御されており、コンピュータ上で作製した任意のパターンを空間光変調素子117上に表示することができる。この空間光変調素子117として、HoloEye社製のLC2002を用いた。表示画面は対角1.3インチで、ツイストネマティック液晶パネルからなり、832x624画素を有し、SVGAの映像信号に対応可能である。映像信号を印加すると、各画素に印加された電圧の大きさによって入射光の偏光状態を変調する。出射側に偏光板を設置した場合は、各画素に印加された電圧値により、透過する光量が変化する強度変調が行われる。
また、出射側の偏光板を取り付けない場合は、電圧の印加によって各画素内での液晶分子の屈折率変化に伴い各画素を通過する光の位相が変調されることになる。このように空間光変調素子117は、透過率または位相の両方の変調が可能である。
【0045】
次に、この空間光変調素子117の表示画面にアルファベッドのTの文字をほぼ画面いっぱいの大きさで表示させた状態で、レーザ干渉露光を行い、実施の形態2と同様のフィルムを用いてサンプル107の作製を試みた。
図14の(a)は、このときフィルム上に記録されたTの文字をわかりやすくモデル化して示したものである。図において、Tの文字の中に上下方向に格子構造を有する微細周期構造が形成され、液晶分子の配向方向はこの格子に対して垂直方向になっている。このとき、レーザの偏光状態をP偏光となるように設定し、フィルムへは、水平方向の応力を印加した。従って、このフィルムの文字部分からは、P偏光成分が30度方向に回折された。このフィルムをバックライト上に置き、フィルムの上に偏光板を置き、この偏光板の向きを回転させながら観察したところ、偏光板の透過軸が水平方向になった位置で、最も明るい像がフィルムの正面から概ね30度方向に観察されることが判明した。
次に、(b)は7文字の文字列をフィルム上に記録し、偏光板の透過軸を水平になる方向において斜め30度方向から観察した場合を示している。このようにフィルム上に文字の記録を明瞭に行うことができることが確認できた。
(c)は、先程の文字列のうち、2番目と6番目のAとEの文字だけをフィルムへの応力の印加方向及びレーザの偏光状態を90度変化させて記録した場合である。(c)は、(b)と同様の偏光板の設定条件で観察を行ったが、AとEの文字が明瞭に観察できていない。これは、この文字の中に形成された微細周期構造中に配向した液晶分子の方向が他の文字と異なり、90度回転しているため、S偏光成分が回折されているためである。この結果、フィルム上に置かれた偏光板によって回折光がカットされてしまい像として観察できていないことが確認された。
【0046】
以上のように、フィルム上にホログラムパターンとして文字、図形、物体などの情報を記録する場合、本発明によればその記録物体の干渉強度分布に対応するパターン情報だけでなく、液晶の配向方向に対応する情報をあらたに暗号キィ−として埋め込むことができる。つまり、本発明のフィルムと偏光板の透過軸とをあらかじめ決められた特定方向に組み合わせられれば、記録した文字や図形の情報の読み取り及び解読が可能となる。このため、従来のホログラム記録によるものに比べ、記録された情報に対するセキュリティ性の向上が期待できる。
【0047】
(実施の形態5)
図15は、カーナビゲーションシステムの一例を示したものである。運転席からカーナビゲーション用の液晶ディスプレイを観測する方向は、概ね30度近傍であると言われている。また、運転者1502は、運転中、運転席から大きく動くことはないため、カーナビゲーションのディスプレイを見る角度は常にほとんど変わらない。このため、液晶ディスプレイの表示画面を運転者1502の方向に優先的に提示すれば、光の利用効率と視認性のより一層の向上が期待できるものと考えられる。
図16は、このような応用のために本発明で製造した情報記録表示用フィルムを適用し、その効果を調べるために行った実験光学系を示したものである。グリーンレーザ1601は、実施の形態1で使用したものと同様の性能を有するものである。このグリーンレーザ1601からの出射光を1/4波長板1602を用いて円偏光とし、コリメータ1603とレンズ1604を用いて直径40mmΦ程度の平行光とする。次に、遮光スクリーンで後に置かれた対角2インチ程度の液晶パネル1606の表示画面に一致するように先程の平行光の面積を調節する。
続いて、液晶パネル1606に平行光を通過させ、このすぐ後に実施の形態2で作製した情報記録表示用フィルムからなるサンプル1607を液晶パネルの画面にあわせて設置する。液晶パネルの出射側の偏光板の透過軸とサンプル1607において回折光を生じさせる偏光成分とが一致するように設定されている。このため液晶パネル1606から出射される透過光は、サンプル1607によって内部に形成された周期構造に対応した方向に優先的に回折されることになる。光検出器1608を液晶パネル1606の回りに円状に動かしながら光強度を検出することによって、液晶パネル1606とサンプル1607によって生じた光強度の視野角特性を測定することができる。
【0048】
図17は、この結果を示したものである。内部に微細周期構造が回折光学素子のように記録されたサンプル1607を設置した場合と液晶パネルのみの場合において、視野角方向に検出された光強度の分布が大きく異なることが確認できる。液晶パネルのみの場合は、正面の0度付近を中心として光強度が分布しているが、サンプル1607を液晶パネル表面に設置した場合は、視野角の30度方向を中心として光強度が分布しており、液晶パネル1606からの光の出射方向が大きく変調されていることが確認できた。
次に、図18は、上記の結果を基に今回はカラーの液晶パネル1801を使用し、この画面にカラーのロゴを表示し、この前面に先に使用したと同様の特性を有する情報記録表示用フィルムサンプル1802を設置し、画面からの観察角度を変化して場合の表示パターンをCCDカメラ1803で検出するための実験系を示したものである。そして、図19がこの結果を示したものである。図19の(a)は、液晶パネル1801に対し30度方向から画像を検出したもの、(b)は、正面から画像を検出したものである。これらの画像を比較すると30度方向から検出された(a)の画像の方が、画像の輝度が3倍程度高く、また鮮明に画像が表示されていた。一方、(b)で示す正面からの画像は輝度が暗く少しぼけたような不鮮明な画像であった。
【0049】
ここで用いたサンプル1802は、回折作用によって光の出射方向を変調する。このため、入射波長に対する依存性を有し、カラー画像のようないくつかの波長からなり、さらに広い角度範囲から入射する光成分に対しては、色ずれによる画像の劣化が生じやすい。しかしながら、本発明による情報記録表示用フィルムを用いた場合においては、このようなカラー画像に対しても、上述したような劣化はあまり観察されなかった。これは、本発明のフィルムの回折光学特性が図12に示すように入射角度に対する広い範囲で高い回折効率を示しており、同様に波長に対しても比較的ブロード特性を示すのためではないかと考えられる。
以上のように、本発明で製造した情報記録表示用フィルムを用いれば、画像の表示方向を効率的に変調することができ、図15で示したようなカーナビゲーションシステムにおける液晶ディスプレイの視認性の向上と高輝度化、低消費電力化といった高機能化に応用可能なことが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の情報記録表示用フィルム製造のための一実施例の形態の構成図
【図2】本発明の情報記録表示用フィルムの製造過程での回折効率の時間変化の一例を示す図
【図3】本発明の情報記録表示用フィルムの製造過程での回折効率の時間変化の一例を示す図
【図4】本発明の情報記録表示用フィルムの製造に用いた試料の粘性の温度特性の一例を示す図
【図5】本発明の情報記録表示用フィルムの製造過程での回折効率の時間変化の一例の説明図
【図6】本発明の情報記録表示用フィルムの形成過程の一例の説明図
【図7】本発明の情報記録表示用フィルムの形成過程の反応時間の一例を示す図
【図8】本発明の情報記録表示用フィルムの内部構造の一例を示す図
【図9】本発明の情報記録表示用フィルムの光学特性測定用の一実施例の形態の構成図
【図10】本発明の情報記録表示用フィルムの回折効率の一例を示す図
【図11】本発明の情報記録表示用フィルムの製造過程での回折効率の時間変化の他の一例を示す図
【図12】本発明の情報記録表示用フィルムの回折効率の他の一例を示す図
【図13】本発明の情報記録表示用フィルム製造のための一実施例の他の形態の構成図
【図14】本発明の情報記録表示用フィルムに記録したパターンの一例を示す図
【図15】本発明の情報記録表示用フィルムの一応用例の形態の構成図
【図16】本発明の情報記録表示用フィルムの視野角特性測定用の一実施例の形態の構成図
【図17】本発明の情報記録表示用フィルムの視野角特性の一例を示す図
【図18】本発明の情報記録表示用フィルムを用いた画像表示用の一実施例の形態の構成図
【図19】本発明の情報記録表示用フィルムを用いた表示画像の一例を示す図
【図20】従来例のホログラム作製光学系の一実施例の構成図
【符号の説明】
【0051】
101 グリーンレーザ
102 1/2波長板
103 NDフィルタ
104 コリメータ
105 ミラー
106 ハーフミラー
107 サンプル
108、109 光センサー
110 光検出器
111 偏光ビームスプリッタ
112 GPIBインターフェースボード
113、118 コンピュータ
114 ペルチェ素子
115 温度制御装置
116 He−Neレーザ
117 空間光変調素子
501 P偏光の回折光強度
502 S偏光の回折光強度
601 レーザ照射強度分布
602 液晶分子
603 透明基板
604 光硬化した高分子層
605 液晶層
606 配向した液晶層
801 高分子層
802 液晶層
803 高分子ネットワーク
901 He−Neレーザ
902 偏光板
903 サンプル
904 回転ステージ
905、906 光センサ
907 光検出器
1301 圧着ジグ
1302 透明基板
1501 液晶ディスプレイ
1502 運転者
1601 グリーンレーザ
1602 1/4波長板
1603 コリメータ
1604 レンズ
1605 遮光スクリーン
1606 液晶パネル
1607 サンプル
1608 光検出器
1801 液晶パネル
1802 サンプル
1803 CCDカメラ
1901 レーザ
1902 ビームスプリッタ
1903、1904ミラー
1905、1906対物レンズ
1907 物体
1908 記録材料
1909 物体光
1910 参照光

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板で挟まれた領域に液晶と、モノマー、オリゴマー、ポリマーから選ばれる1つ以上の重合性物質とを含む試料を封入し、次いで透明基板に応力を印加した状態で光変調手段を有する複数の周期的な強度分布からなる光束を照射することを特徴とする重合性物質が部分的に硬化した領域において、前記透明基板に印加された応力方向に沿って液晶分子が配向した情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項2】
前記応力が、前記透明基板に対し概ね平行方向に沿う引っ張り応力であることを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項3】
前記透明基板に印加する引っ張り応力が、透明基板の延伸により行われることを特徴とする請求項2記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項4】
前記光変調手段が、光束の透過率変調により行われることを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項5】
前記光変調手段が、光束の位相変調により行われることを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項6】
前記光束が、強度分布の周期方向に対して概ね垂直または水平の偏光状態を有していることを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項7】
前記試料の粘性が、粘性制御手段によって制御されていることを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項8】
前記粘性制御手段が温度変化であることを特徴とする請求項7記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項9】
前記試料の粘性が、粘性制御手段により概ね3Pa・s以下に制御されていることを特徴とする請求項8記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項10】
前記透明基板に印加する応力の方向と照射する光束の偏光方向とが概ね等しいことを特徴とする請求項2、3、6のいずれかに記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項11】
前記試料が、光重合開始材及び色素を含むことを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項12】
前期複数の周期的な強度分布からなる光束の照射により、前記重合性物質が部分的に硬化した領域が透明基板上に複数島状に存在することを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項13】
前記複数の島状の領域が、応力の印加方向に延伸された非対称な形状を有することを特徴とする請求項12記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項14】
前記光束の光強度が概ね3mW/cmより大きいことを特徴とする請求項1記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項15】
透明基板で挟まれた領域に液晶と、モノマー、オリゴマー、ポリマーから選ばれる1つ以上の重合性物質とを含む試料を封入し、次いで前記透明基板上に周期的な凹凸からなる表面形状を有する加熱された物体を圧着することを特徴とする前記重合性物質が部分的に熱硬化した領域において、前記物体表面の凹凸からなる周期方向に沿って液晶分子が配向した情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項16】
前記周期的な凹凸からなる表面形状を有する物体の加熱温度が前記試料の粘性が概ね3Pa・s以下となる温度であることを特徴とする請求項15記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項17】
前記物体表面の凹凸形状は、周期構造の間隔に対して凹凸の形状が大きいことを特徴とする請求項15記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項18】
前記物体表面の凹凸形状は、概ね周期間隔の倍以上の大きさを有することを特徴とする請求項17記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項19】
前記試料が熱重合開始材を含むことを特徴とする請求項15記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項20】
前期周期的な凹凸からなる物体の圧着により、前記重合性物質が部分的に熱硬化した領域が透明基板上に複数島状に存在することを特徴とする請求項15記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項21】
前記複数の島状の領域が、前記物体の凹凸形状の周期方向に延伸された非対称な形状を有することを特徴とする請求項20記載の情報記録表示用フィルムの製造方法。
【請求項22】
請求項1に記載の製造方法により形成したことを特徴とする情報記録表示用フィルム。
【請求項23】
請求項15に記載の製造方法により形成したことを特徴とする情報記録表示用フィルム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2006−3688(P2006−3688A)
【公開日】平成18年1月5日(2006.1.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−180727(P2004−180727)
【出願日】平成16年6月18日(2004.6.18)
【出願人】(000206473)大倉工業株式会社 (124)
【出願人】(504237050)独立行政法人国立高等専門学校機構 (656)
【Fターム(参考)】