説明

惣菜類用静菌剤

【課題】pH5.6〜6.0の範囲に調整された惣菜類に有効であり、調理後に加熱殺菌工程を得ないで製品化され且つ常温で一定期間保管されるもの(例えば、常温調理パン用フィリングなど)にも有効な、安全性の高い静菌剤等を提供する。
【解決手段】グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を静菌有効成分として用いることで、その風香味・色・粘度に影響を与えることなく、簡便且つ効率的にpH5.6〜6.0の範囲に調整された惣菜類(例えば、常温調理パン用フィリングなど)の保管中の微生物増殖を抑制する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、惣菜類用静菌剤に関する。詳細には、pH5.6〜6.0の範囲に調整された惣菜類(特に、調理後の加熱処理工程がなく、且つ、常温で一定期間保管される惣菜類)に添加、配合等して用いる静菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
食品に用いる日持向上剤や静菌剤は、加工食品市場の拡大や製品の多様性により多くのものが提案されてきた。なお、日持向上剤又は静菌剤とは、市場に流通させる消費期限の比較的短い食品の品質を、微生物の制御等によって数日間程度維持する効果を発揮するものを指し、比較的長期間にわたって食品の保存性を維持する効果を発揮する保存料とは明確に区別されている。そして、日持向上剤又は静菌剤の有効成分については安全性が高く食経験の豊富なものが求められるという背景から、現在、エタノール、グリシン、有機酸(酢酸、乳酸など)、ポリフェノール類、キトサンなどが好んで用いられている。
【0003】
しかし、これらの有効成分については、添加・配合する食品の本来の風香味等を損ねるという欠点がある。例えば、グリシンは多量に使用すると独特の涼冷感を伴う甘味又は苦味が付与されてしまい、また、加熱調理時のコゲつき(メイラード反応による色付き)も問題となる場合がある。さらに、有機酸の多量添加では強い酸味や酸臭が、ポリフェノール類の多量添加では強い苦味が付与されてしまう。エタノールについても、多量の使用により独特のアルコール臭が付与されてしまう。キトサンの多量添加は、渋味付与という問題だけでなく粘性増加という問題も発生する。したがって、これらの有効成分使用に当たっては、使用する食品本来の風香味・色・粘度等を鑑みて影響を与えにくい成分を選択するか、有効成分使用量を可能な限り減らして使用することが行われている。
【0004】
けれども、酸味、甘味等が少なく且つ微生物増殖がしやすい(例えば澱粉類やタンパク質を多く含む)食品では、有効成分使用量を減らして使用する方法では静菌効果が十分でないことがあり、逆に静菌効果が十分な量の有効成分添加は風香味等に少なからず影響を与える。このような食品の代表例として惣菜類が挙げられるが、惣菜類の中には、常温調理パン用フィリングのように調理後の加熱処理(加熱殺菌処理)工程がなく、且つ、常温で一定期間保管されるものも多い。よって、惣菜類(特にpHが比較的高めに調整された惣菜類)において風香味等に影響を与えずに十分な静菌効果を発揮させる成分や方法の開発が従来より求められている。
【0005】
そして、惣菜類については、風味に影響を与えないとされる多成分併用の静菌剤や日持向上剤がいくつか提案されている(特許文献1、2など)。しかし、これらも多くの場合は有機酸等によって製品pHを下げることによるものであって、pHが低く調整されてもよい惣菜類であれば大きな問題はないが、pHが比較的高く調整される惣菜類の風香味等については消費者を十分満足させる静菌剤はほとんどないのが実情であった。
【0006】
このような背景において、pHが比較的高く調整される惣菜類について十分な静菌効果を発揮でき且つその風香味等に影響を与えず、さらに安全性の高い静菌剤の開発が当業界において強く求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−027563号公報
【特許文献2】特開2007−222044号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、pH5.6〜6.0の範囲に調整された惣菜類に有効であり、常温調理パン用フィリングに代表されるような調理後に加熱殺菌工程を得ないで製品化され且つ常温で一定期間保管されるものにも有効な、安全性の高い静菌剤等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究を行い、食経験が豊富で安全性の高い成分であるグリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を静菌有効成分として用いることで、その風香味・色・粘度等に影響を与えることなく、簡便且つ効率的にpH5.6〜6.0の範囲に調整された惣菜類の保管中の微生物増殖を抑制できることを見出し、本発明に至った。
【0010】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を有効成分として含有してなることを特徴とする、pH5.6〜6.0(特にpH5.6〜5.8)に調整した惣菜類用静菌(制菌)剤。
(2)グリシンを0.5〜2.0質量%(好ましくは、1.0〜2.0質量%)、酢酸又は酢酸ナトリウムを0.1〜0.5質量%(好ましくは、0.1〜0.2質量%)、キトサンを0.05〜0.2質量%(好ましくは0.05〜0.1質量%)の割合で食品に含有させるための組成比としてなることを特徴とする、(1)に記載の剤。
(3)グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を静菌有効成分として含有する、pH5.6〜6.0(特にpH5.6〜5.8)に調整された惣菜類(例えば、常温調理パン用フィリング)。
(4)グリシンを0.5〜2.0質量%、酢酸又は酢酸ナトリウムを0.1〜0.5質量%、キトサンを0.05〜0.2質量%の割合で含有する、(3)に記載の惣菜類。
(5)有効成分としてグリシンを0.5〜2.0質量%(好ましくは、1.0〜2.0質量%)、酢酸又は酢酸ナトリウムを0.1〜0.5質量%(好ましくは、0.1〜0.2質量%)、キトサンを0.05〜0.2質量%(好ましくは0.05〜0.1質量%)の割合で惣菜類に含有させ、且つ、pHを5.6〜6.0(好ましくはpH5.6〜5.8)の範囲に調整することを特徴とする、常温(例えば10〜30℃)保存時におけるpH5.6〜6.0(特にpH5.6〜5.8)に調整された惣菜類中の微生物増殖を抑制する方法。
(6)惣菜類が常温調理パン用フィリングである、(5)に記載の方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分の相乗効果により、有効成分として食経験が豊富な安全性の高い成分のみを用いるだけで、少ない添加量でその風香味等に影響を与えずに簡便且つ効率的にpH5.6〜6.0に調整された惣菜類の常温(例えば10〜30℃)保管中の微生物(Leuconostoc属やLactobacillus属などの乳酸菌、Bacillus属などの耐熱性菌等)増殖を抑制できる。これにより、必要以上に惣菜類のpHを低く調整したり有効成分を多量添加する必要がないため、常温保管が可能な多様な風香味・色・粘度の惣菜類を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】常温調理パン用フィリング(pH6.0)での本発明(3成分系)及び2成分系の静菌効果を示したグラフである。なお、図中Glyはグリシンを意味する。
【図2】常温調理パン用フィリングでの本発明(3成分系)及び2成分系の静菌効果の有効pHを示したグラフである(上段:乳酸菌、下段:耐熱性菌)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を有効成分として含有してなるpH5.6〜6.0に調整した惣菜類用静菌剤等に関するものであるが、本発明において「3成分を有効成分として含有してなる」とは、当該3成分だけからなる剤が含まれるだけでなく、本発明の効果、すなわちグリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分の相乗効果を損なわない範囲で、例えば食品添加物等の食品に使用しうる任意の成分を適宜使用してもよい。
【0014】
本発明に用いるグリシン、及び、酢酸又は酢酸ナトリウムは、一定の精製が行われた精製品や合成品などを使用することができるが、食品素材または食品添加物として市販されているものも使用可能である。
【0015】
本発明に用いるキトサンは、一定の精製が行われた精製品や合成品などを使用することができ、市販品の使用も可能である。そして、その平均分子量は数万以上(例えば10,000以上、さらに言えば平均分子量10万程度)で脱アセチル化度が70%以上(好適には80%以上)のものが好ましいが、これに限定されるものではない。
【0016】
さらに、本発明においては、上記3成分の静菌作用の相乗効果を充分に引き出し、かつ、使用する食品の風香味等への影響をほとんどない状態とするために、これらを特定の比率で併用することが好ましい。具体的には、グリシンを0.5〜2.0質量%(好ましくは1.0〜2.0質量%)、酢酸又は酢酸ナトリウムを0.1〜0.5質量%(好ましくは、0.1〜0.2質量%、更に好ましくは0.15〜0.2質量%)、キトサンを0.05〜0.2質量%(好ましくは0.05〜0.1質量%)の割合で食品に含有させるのが好適である。
【0017】
本発明では、食品の製造に際して、上記3成分(グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサン)を同時にあるいは別個に添加して用いてもよく、上述のように3成分を併用し製剤化してもよい。前者の場合、食品原料や素材に予め添加してもよいし、製造過程や製造後に添加してもよく。また、添加する時期は、食品のpH調整前や調整後のいずれでもよい。後者の製剤化をする場合には、これら3成分のみで製剤としても良いし、3成分以外に助剤等を使用しても良い。
【0018】
本発明の対象食品は、その食品の風香味の特徴等のために含有成分の配合割合や公知のpH調整剤などによってpH5.6〜6.0(好ましくはpH5.6〜5.8)に調整された惣菜類である。本発明では、惣菜類のpHをこの範囲に調整しても、惣菜類本来の風香味や食味が損なわれることなく上記3成分による十分な静菌効果が達成される。惣菜類のpHが5.6未満であると、酸味などにより、惣菜類本来の風香味や食味が損なわれることとなり、pHが6.0を超えると上記3成分による十分な静菌作用が得られない。当該惣菜類の具体例としては、澱粉類及び/又はたんぱく質を0.1〜50重量%含有する食品(卵加工食品、乳加工食品、大豆加工食品、肉類加工食品、魚介類加工食品など)が例示され、より具体的には、カレー類、ホワイトソース類(ホワイトシチューなど)、デミグラスソース類(ハヤシなど)、ミンチ肉加工品(ハンバーグ類など)等が例示されるが、これらに限定されるものではない。なお、本発明品は、常温調理パン用フィリングのように調理後の加熱処理(加熱殺菌処理)工程がなく、且つ、常温で一定期間保管される惣菜類に特に効果を発揮するのが特徴である。
【0019】
このように本発明は、従来の静菌剤等では効果が出にくかった(つまり、従来の静菌剤等では多量添加する、風香味や食味を犠牲にして惣菜類のpHをより低い範囲に調整するなどしないと効果が達成できなかった)惣菜類に対して、添加量が極めて少なく、且つ、従来の静菌剤等では十分な効果が得られないpHが5.6〜6.0の範囲内であっても有効に静菌作用を発揮し、さらに、当該食品の風香味等に影響を与えることなく、当該食品本来の風香味を保持しながら効果的にその常温での日持ち性を向上させることができる。
【0020】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではなく、本発明の技術的思想内においてこれらの様々な変形が可能である。
【実施例1】
【0021】
(常温調理パン用フィリングの静菌性確認試験I)
常温調理パン用フィリング(pH6.0)での本発明(3成分系)及び2成分系の静菌効果確認のため、以下の試験を行った。
【0022】
静菌性の指標菌株として、乳酸菌(Leuconostoc mesenteroides)を用いた。まず、図1の試験区1〜4に示す有効成分を添加した各常温調理パン用フィリング(ホワイトチキンシチュー、pH6.0)10gを無菌的にファルコンチューブに分注し、そこに上記乳酸菌を植菌し(植菌量:1cell/g)、各試験区を30℃−24時間、30℃−48時間、30℃−72時間の3群に分けて培養した。24時間培養、48時間培養、72時間培養の各サンプル全量をストマッカーにて10倍抽出(260rpm、3分間)後、微生物検査を行った。なお、グリシン及び酢酸は試薬グレードの市販品を、キトサンは甲陽ケミカル社製品(コーヨーキトサンFL80、脱アセチル化度80%以上)を用いた。
【0023】
結果を図1に示した。グリシンと酢酸、又は、酢酸とキトサンの2成分添加(試験区1、2)とグリシン、酢酸、キトサン3成分添加(試験区3、4)の比較を行った結果、2成分添加よりも3成分添加の方が有意に高い静菌効果(相乗効果)を発揮することが示された。また、試験区3と4の比較によりキトサンを増量することでグリシンの添加量を減量することが可能であることが示された。
【実施例2】
【0024】
(常温調理パン用フィリングの静菌性確認試験II)
常温調理パン用フィリングでの本発明(3成分系)及び2成分系の静菌効果の有効pHを確認するため、以下の試験を行った。
【0025】
静菌性の指標菌株として、乳酸菌(Leuconostoc mesenteroides)及び耐熱性菌(Bacillus cereus)を用いた。図2の試験区1〜5に示す含有有効成分及びpHの各常温調理パン用フィリング(ホワイトチキンシチュー)10gを無菌的にファルコンチューブに分注し、そこに上記乳酸菌又は耐熱性菌を植菌し(植菌量:乳酸菌1cell/g、耐熱性菌10cell/g)、各試験区を30℃−24時間、30℃−48時間、30℃−72時間の3群に分けて培養した。また、対照として、有効成分無添加(pH6.0)のものも用意した。24時間培養、48時間培養、72時間培養の各サンプル全量をストマッカーにて10倍抽出(260rpm、3分間)後、微生物検査を行った。なお、2成分添加フィリングの詳細はグリシン0.6%及び酢酸1%、フィリングpH5.2、3成分添加フィリングの詳細はグリシン1%、酢酸0.2%、キトサン0.1%であり、グリシン、酢酸、キトサンは実施例1と同じものを用いた。
【0026】
結果を図2に示した。乳酸菌、耐熱性菌ともに無添加では24時間目から菌が増殖している。乳酸菌に対しては、2成分添加では72時間目には菌が増殖しているが、3成分添加のpH5.6〜6.0では有意に高い静菌効果を示した。また、耐熱性菌に対しては、2成分添加でも72時間目まで菌の増殖を抑制しているが、3成分添加ではpHを5.6〜6.0と高くしてもほぼ同等の静菌効果を有していた。
【実施例3】
【0027】
(常温調理パン用フィリング官能試験)
本発明(3成分系)及び2成分系の静菌剤を添加した常温調理パン用フィリングの風味を確認するため、以下の試験を行った。
【0028】
2成分系としてグリシン0.6%及び酢酸1%を添加したpH5.2の常温調理パン用フィリング(ホワイトチキンシチュー)、及び、3成分系としてグリシン1%、酢酸0.2%、キトサン0.1%を添加したpH5.3、5.6、5.7,6.0の各常温調理パン用フィリング(ホワイトチキンシチュー)について、訓練されたパネラー9名により官能評価試験を行った。味の評価は評価点1〜5で行い、2成分添加のpH5.2を3点とし、それよりも美味しい(好ましい味など)ものを4〜5点、不味い(好ましくない味、不快な酸味など)ものを1〜2点として評価した。なお、添加したグリシン、酢酸、キトサンは実施例1と同じものを用いた。
【0029】
結果を表1に示した。3成分添加のpH5.3では、2成分と同等〜やや美味しいとの結果であったのに対し、3成分添加pH5.6〜6.0では平均点が4.4点以上であり酸味等が低減し、風味が向上していることがわかる。以上の結果より、3成分添加のpH5.6〜6.0では高いpHでも日持ち性が向上し、且つ、風香味の面でも大きく向上していることが示された。
【0030】
【表1】

【0031】
本発明を要約すれば、以下の通りである。
【0032】
本発明は、pH5.6〜6.0の範囲に調整された惣菜類に有効であり、調理後に加熱殺菌工程を得ないで製品化され且つ常温で一定期間保管されるもの(例えば、常温調理パン用フィリングなど)にも有効な、安全性の高い静菌剤等を提供することを目的とする。
【0033】
そして、グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を静菌有効成分として用いることで、その風香味・色・粘度に影響を与えることなく、簡便且つ効率的にpH5.6〜6.0の範囲に調整された惣菜類(例えば、常温調理パン用フィリングなど)の保管中の微生物増殖を抑制する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を有効成分として含有してなることを特徴とする、pH5.6〜6.0に調整した惣菜類用静菌剤。
【請求項2】
グリシンを0.5〜2.0質量%、酢酸又は酢酸ナトリウムを0.1〜0.5質量%、キトサンを0.05〜0.2質量%の割合で食品に含有させるための組成比としてなることを特徴とする、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
グリシン、酢酸又は酢酸ナトリウム、キトサンの3成分を静菌有効成分として含有する、pH5.6〜6.0に調整された惣菜類。
【請求項4】
グリシンを0.5〜2.0質量%、酢酸又は酢酸ナトリウムを0.1〜0.5質量%、キトサンを0.05〜0.2質量%の割合で含有する、請求項3に記載の惣菜類。
【請求項5】
有効成分としてグリシンを0.5〜2.0質量%、酢酸又は酢酸ナトリウムを0.1〜0.5質量%、キトサンを0.05〜0.2質量%の割合で惣菜類に含有させ、且つ、pHを5.6〜6.0の範囲に調整することを特徴とする、常温保存時におけるpH5.6〜6.0に調整された惣菜類中の微生物増殖を抑制する方法。
【請求項6】
惣菜類が常温調理パン用フィリングである、請求項5に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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