説明

感作性抑制剤

【課題】金属系アレルギー物質の感作性抑制剤の提供。
【解決手段】本発明は、金属系アレルギー物質の感作性抑制剤であって、有効成分として、グルタチオン、リジン、アルギニン、ヒスチジン、セリン、グリシン、グルタミン酸、トリプトファン、システイン及びメチオニンから成る群から選択される1又は複数のアミノ酸を含んで成る感作性抑制剤、を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定アミノ酸を含む、金属系アレルギー物質の感作性抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
アレルギー性疾患の1つとして金属アレルギーがある。その代表的症状である接触性皮膚炎は、ピアス等の金属装飾品を身につけることで生じる。近年は、歯科用金属に起因する金属アレルギー症状も大きな問題となっている。
【0003】
金属アレルギーは、生体内のタンパク質と結合した金属イオンが抗原として認識されることにより生じると考えられている。金属アレルギーを引き起こす金属として、例えばニッケル、コバルト、クロム等が一般的に知られている。一方、金、銀などの金属はアレルギー症状を起こしにくい。
【0004】
金属アレルギーが一旦発症してしまうと、その治療は困難なことが多い。発症前に予め対象の金属についてパッチテスト等のアレルギー検査を行うこともできるが、直接皮膚に金属アレルギーの原因となりうる金属を適用するため、試験の間の暴露自体により金属アレルギーが誘発されるという危険性がある。
【0005】
金属アレルギーの予防のためには極力ニッケル等の金属を直接皮膚に触れるように身に付けないことが重要であり、身に付けた金属により皮膚炎が生じた場合には直ぐ様当該金属を皮膚から取り除くことが重要である。しかしながら、金属アレルギーが発症すると問題の金属を除去しても症状が長期間続き、完治に時間を要することもある。
【0006】
従って、一旦生じた金属アレルギーに対する感作性を低減する薬剤が要望されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2001−221796号公報
【特許文献2】特開2004−222582号公報
【0008】
化粧品等の開発では、候補薬剤が対象とする皮膚症状の改善等に有効であるだけでなく、生体内でアレルギー等を誘発しない感作性物質であることが要求される。アミノ酸は安全性の高い物質であり、種々の化粧品のみならず、医薬品、食品にも含有されることがある。しかしながら、アミノ酸が特定のアレルギーの感作性を低減することは知られていない。本発明者が鋭意検討した結果、驚くべきことに、特定のアミノ酸が金属アレルギーを低減化することを見出され、本発明が完成するに至った。
【0009】
即ち、本願は下記の発明を包含する:
[1]金属系アレルギー物質の感作性抑制剤であって、有効成分として、グルタチオン、リジン、アルギニン、ヒスチジン、セリン、グリシン、グルタミン酸、トリプトファン、システイン及びメチオニンから成る群から選択される1又は複数のアミノ酸を含んで成る感作性抑制剤。
[2]前記金属アレルギー物質が硫酸ニッケルであり、前記アミノ酸が、グルタチオン、ヒスチジン、セリン、グリシン、アルギニン、リジン、システイン、メチオニン、グルタミン酸又はトリプトファンである、[1]の感作性抑制剤。
[3]前記金属アレルギー物質がクロムであり、前記アミノ酸が、グルタチオン、システイン又はメチオニンである、[1]の感作性抑制剤。
[4]前記金属アレルギー物質が白金であり、前記アミノ酸が、グルタチオン、アルギニン、ヒスチジン、グルタミン酸、システイン、又はメチオニンである、[1]の感作性抑制剤。
[5]前記金属アレルギー物質がコバルトであり、前記アミノ酸が、グルタチオン、アルギニン、ヒスチジン、グルタミン酸、システイン又はメチオニンである、[1]の感作性抑制剤。
【発明の概要】
【発明の効果】
【0010】
ヒトを含む哺乳類の単核球細胞等に感作性物質を作用させた場合、当該細胞の表面に、感作性物質の量や特性を反映してCD86分子やCD54分子が発現されることが知られている(特開2001−221796号公報、特開2004−222582号公報)。本発明の感作性抑制剤は、ニッケル等の金属をヒト単核球細胞であるTHP-1細胞に曝露した場合に、上記分子の発現を有意に阻害させる。従って、本発明の感作性抑制剤によれば、金属アレルギーの感作性を有意に抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、特定のアミノ酸の存在下、硫酸ニッケルをTHP-1細胞に曝露した場合のCD86分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図2】図2は、特定のアミノ酸の存在下、硫酸ニッケルをTHP-1細胞に曝露した場合のCD54分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図3】図3は、特定のアミノ酸の存在下、ニッケルをTHP-1細胞に曝露した場合のCD86分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図4】図4は、特定のアミノ酸の存在下、ニッケルをTHP-1細胞に曝露した場合のCD54分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図5】図5は、特定のアミノ酸の存在下、クロムをTHP-1細胞に曝露した場合のCD86分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図6】図6は、特定のアミノ酸の存在下、クロムをTHP-1細胞に曝露した場合のCD54分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図7】図7は、特定のアミノ酸の存在下、白金をTHP-1細胞に曝露した場合のCD86分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図8】図8は、特定のアミノ酸の存在下、白金をTHP-1細胞に曝露した場合のCD54分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図9】図9は、特定のアミノ酸の存在下、コバルトをTHP-1細胞に曝露した場合のCD86分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【図10】図10は、特定のアミノ酸の存在下、コバルトをTHP-1細胞に曝露した場合のCD54分子の発現を示すグラフである。当該アミノ酸で処理していない場合の発現量を100%とした。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、特定のアミノ酸を含む、金属系アレルギー物質の感作性抑制剤を提供する。感作性を抑制するための有効成分である当該アミノ酸は、グルタチオン、リジン、アルギニン、ヒスチジン、セリン、グリシン、グルタミン酸、トリプトファン、システイン及びメチオニンから成る群から選択される。また、これらのアミノ酸はL体又はD体のいずれも使用できるが、アミノ酸によってはD体のものがL体よりも好ましいことがある。例えば、グルタミン酸はL体又はD体を問わず種々の金属の感作性抑制に好適に使用することができるが、ニッケルの感作性を抑制する場合D体が好ましい。
【0013】
本発明で使用するアミノ酸は、CD86分子又はCD54分子のいずれかの発現を有意に抑制するものであれば好適に使用することができる。しかしながら、CD86分子及びCD54分子の両方の発現を有意に抑制するアミノ酸が特に好ましい。
【0014】
硫酸ニッケルの感作性抑制が意図される場合、前記アミノ酸はグルタチオン、ヒスチジン、セリン、グリシン、アルギニン、リジン、システイン、メチオニン、グルタミン酸又はトリプトファンを使用することが好ましく、中でもグルタチオン、ヒスチジン、セリン、グリシン、アルギニン、L−システイン、メチオニン、グルタミン酸又はトリプトファンがより好ましい。グルタミン酸の場合、CD86分子の発現を抑制する観点からは特にD体が好ましい。
【0015】
クロムの感作性抑制が意図される場合、前記アミノ酸はグルタチオン、L−システイン、D−システイン又はメチオニンを使用することが好ましい。
【0016】
白金の感作性抑制が意図される場合、前記アミノ酸はグルタチオン、アルギニン、ヒスチジン、グルタミン酸、システイン、又はメチオニンを使用することが好ましく、中でもアルギニン、L−若しくはD−システイン、又はメチオニンがより好ましい。
【0017】
コバルトの感作性抑制が意図される場合、前記アミノ酸はグルタチオン、アルギニン、ヒスチジン、グルタミン酸、システイン又はメチオニンを使用することが好ましく、中でもグルタチオン、ヒスチジン又はL−システインがより好ましい。
【0018】
本明細書で使用する場合、「有意に抑制」とは、無処理の発現量を100%とした場合、各分子の発現量が特定のアミノ酸の使用により80%以下、好ましくは60%以下、より好ましくは30%以下に抑制されることを意味する。CD86分子及びCD54分子の両方の発現を有意に阻害するアミノ酸は特に好ましい感作性抑制アミノ酸であると考えられる。本発明の感作性抑制剤はこれらのアミノ酸を1又は複数種類含んでもよい。
【0019】
本発明の感作性抑制剤に配合されるアミノ酸は、当業者により所望の目的に応じて適切にその種類、量、濃度等が決定されうる。例えば、感作性抑制剤全体の質量に対して0.001〜100質量%の濃度で、好ましくは0.001〜20質量%の濃度で配合されうる。
【0020】
本明細書で使用する「金属系アレルギー」とは、広く、皮膚や粘膜等において惹起されるアレルギー反応のうち、特定の金属又はその合金若しくは塩を直接又は間接的な感作性物質として生じるものを意味する。特開2001−221796号公報等では、外来物質によりアレルギー反応が惹起される最初の段階において、感作性物質が抗原提示細胞を刺激し、活性化して、当該細胞表面上に、プロセシングされた抗原を担持したMHCクラスIIタンパク質や、CD86分子が発現されることが記載されている。CD54分子も同様のメカニズムを介して抗原提示細胞上に発現する。
【0021】
本発明の感作性抑制剤が対象とする金属アレルギーは、CD86分子及び/又はCD54分子の発現を誘導する金属、例えば、限定しないが硫酸ニッケル、コバルト、クロム、白金等に由来するものである。
【0022】
本発明の感作性抑制剤は接触性皮膚炎のみならずあらゆる金属アレルギー症状の緩和に使用することができる。本発明の感作性抑制剤の有効成分はアミノ酸であるため、本発明の感作性抑制剤は皮膚だけでなく口腔内で生じたアレルギー症状にも安全に適用することができる。また、パッチテスト等で陽性反応を示した金属については、当該金属を含有する装飾具を身につける前に、予め本発明の感作性抑制剤を対象の皮膚等に適用し、金属アレルギーを予防することもできる。
【0023】
本発明の感作性抑制剤は、上記アミノ酸に加え、更に、当該アミノ酸の感作性抑制作用を損なわない範囲内で、公知の感作性抑制物質、例えばステロイドや抗アレルギー剤や、通常化粧品や医薬品に配合可能な成分を必要に応じて適宜配合することができる。配合すべき量又は濃度は当業者により適宜決定されるべきものである。
【0024】
本発明の感作性抑制剤の剤型は、特に限定されるものではなく、例えば、溶液系、可溶化系、乳化系、粉末分散系、水−油二層系、水−油−粉末三層系、軟膏、ゲル、エアゾール等の任意の剤型をとることができる。また、使用形態も特に限定されるものではなく、例えば、化粧水、乳液、クリーム、エッセンス、ゼリー、ジェル、軟膏、パック、ファンデーション等の任意の形態をとることができる。剤形や使用形態は、本発明の感作性抑制剤により処置される皮膚又は粘膜の状態に応じて適宜選択される。
【0025】
次に、本願発明を以下の実施例により更に具体的に説明する。
【実施例】
【0026】
実施例1
特開2001−221796に記載されている感作性物質のin vitro評価方法に従い、一部条件を変更して本発明で使用するアミノ酸の感作性抑制効果をアスコルビン酸や他のアミノ酸との比較において確認した。
【0027】
THP-1細胞(ATCC(American Type Culture Collection)より供与されたものを使用)をRPMI1640(含10% FBS)培地を用いて1×106細胞/mLに調製し、24穴プレートに1mL/wellづつ播種した。金属性感作性物質(金属アレルゲン)として硫酸ニッケル(NiSO4)を選び、被験物質と一緒に滅菌水、RPMI1640(含10% FBS)培地あるいはDMSOに含めて所定の濃度に調節した。
【0028】
上記細胞に被験物質に添加した後、CO2インキュベーターで24時間培養した。培養後の細胞をPBSで洗浄し、FITCで標識した抗ヒトCD86抗体(BD-PharMingen 社製)又はCD54抗体(DAKO社製)を用いて氷水中で30分間染色した。
【0029】
染色した細胞をPBSで洗浄し、洗浄後の細胞を0.1% BSAを含むPBSに浮遊させた。その細胞浮遊液をフローサイトメトリー(ベクトン・ディッキンソン社製)にかけ、生細胞1×104細胞の蛍光強度を測定した。生細胞の検出はPI染色により行った。被験物質で処理されていない細胞の蛍光強度をコントロールとした。CD86の発現結果については以下の表1及び図1に、そしてCD54の発現結果については以下の表2及び図2に示す。
【0030】
【表1】

【0031】
【表2】

【0032】
上記表や図1及び2から明らかなように、本発明の感作性抑制剤に含まれるアミノ酸は、コントロールと比較して有意な感作性抑制作用を示した。特に、グルタチオン、アルギニン、ヒスチジン、セリン、グリシン、トリプトファンは、他のアミノ酸等と比較して、CD86の発現量のみならずCD54の発現量も有意に阻害した。
【0033】
実施例2
硫酸ニッケルを用い、実施例1と同様の手順と条件に基づき別のアミノ酸の感作性抑制効果を評価した。CD86の発現結果については以下の表3及び図3に、そしてCD54の発現結果については以下の表4及び図4に示す。
【0034】
【表3】

【0035】
【表4】

【0036】
上記表や図3及び4から明らかなように、システイン、メチオニン、D−グルタミン酸のいずれもコントロールと比較してCD86及びCD54の発現量を有意に阻害した。また、D−グルタミン酸は、実施例1で使用したL−グルタミン酸よりもCD86発現を有意に阻害した。
【0037】
実施例3
硫酸ニッケルの代わりにクロムを用い、実施例1と同様の手順と条件に基づき各アミノ酸の感作性抑制効果を評価した。CD86の発現結果については以下の表5及び図5に、そしてCD54の発現結果については以下の表6及び図6に示す。
【0038】
【表5】

【0039】
【表6】

【0040】
上記表や図5及び7から明らかなように、本発明の感作性抑制剤に含まれるアミノ酸は、コントロールと比較して有意な感作性抑制作用を示した。
【0041】
実施例4
硫酸ニッケルの代わりに白金を用い、実施例1と同様の手順と条件に基づき各アミノ酸の感作性抑制効果を評価した。CD86の発現結果については以下の表7及び図7に、そしてCD54の発現結果については以下の表8及び図8に示す。
【0042】
【表7】

【0043】
【表8】

【0044】
上記表や図7及び8から明らかなように、本発明の感作性抑制剤に含まれるアミノ酸は、コントロールと比較して有意な感作性抑制作用を示した。特に、アルギニン、L−若しくはD−システイン、メチオニンは、他のアミノ酸等と比較して、CD86の発現量のみならずCD54の発現量も有意に阻害した。
【0045】
実施例5
硫酸ニッケルの代わりにコバルトを用い、実施例1と同様の手順と条件に基づき各アミノ酸の感作性抑制効果を評価した。CD86の発現結果については以下の表9及び図9に、そしてCD54の発現結果については以下の表10及び図10に示す。
【0046】
【表9】

【0047】
【表10】

上記表や図7及び8から明らかなように、本発明の感作性抑制剤に含まれるアミノ酸は、コントロールと比較して有意な感作性抑制作用を示した。特に、グルタチオン、ヒスチジン、システインは、他のアミノ酸等と比較して、CD86の発現量のみならずCD54の発現量も有意に阻害した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属系アレルギー物質の感作性抑制剤であって、有効成分として、グルタチオン、リジン、アルギニン、ヒスチジン、セリン、グリシン、グルタミン酸、トリプトファン、システイン及びメチオニンから成る群から選択される1又は複数のアミノ酸を含んで成る感作性抑制剤。
【請求項2】
前記金属アレルギー物質が硫酸ニッケルであり、前記アミノ酸が、グルタチオン、ヒスチジン、セリン、グリシン、アルギニン、リジン、システイン、メチオニン、グルタミン酸又はトリプトファンである、請求項1に記載の感作性抑制剤。
【請求項3】
前記金属アレルギー物質がクロムであり、前記アミノ酸が、グルタチオン、システイン又はメチオニンである、請求項1に記載の感作性抑制剤。
【請求項4】
前記金属アレルギー物質が白金であり、前記アミノ酸が、グルタチオン、アルギニン、ヒスチジン、グルタミン酸、システイン、又はメチオニンである、請求項1に記載の感作性抑制剤。
【請求項5】
前記金属アレルギー物質がコバルトであり、前記アミノ酸が、グルタチオン、アルギニン、ヒスチジン、グルタミン酸、システイン又はメチオニンである、請求項1に記載の感作性抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2012−107010(P2012−107010A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−239553(P2011−239553)
【出願日】平成23年10月31日(2011.10.31)
【出願人】(000001959)株式会社 資生堂 (1,748)
【Fターム(参考)】