説明

感光性素子

【課題】
本発明は、上記のようなフタロシアニン色素による増感機能の付与の困難性を無くし、より高能率な増感された感光性素子を提供することを目的とする。
【解決手段】
本発明において用いた5価アンチモンを含むフタロシアニン色素は、特許第4038572号(発明者;砂金宏明、加賀屋豊)に開示された方法で合成し、特に周辺置換基としてtert-butyl基を有する色素についてはJ.Inorg.Biochem.,102(2008)380に詳細に記述されている。
本発明は、この5価アンチモンを中心原子とし、かつ軸配位子として水酸基を導入することにより得られたフタロシアニン色素が微粒子酸化チタン等の感光性材料と著しく高い親和性を有することを知見するに至り、それを利用したものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の励起により所定の機能が発現される感光性材料の表面がフタロシアニン色素で修飾された感光性素子に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、この種感光性素子としては、フタロシアニン色素を吸着した微粒子酸化チタンが知られている。
この微粒子酸化チタンは、感光性素子の一用途である湿式太陽電池・光触媒に頻繁に用いられる。
酸化チタン自身は紫外光に良く応答するものの、可視光にはほとんど応答しないため、屋内での使用が制限される。
そこで酸化チタン微粒子の表面を有機色素で化学修飾し、可視光への応答性を向上させる試みが活発になされており、色素で化学修飾された酸化チタンを用いた太陽電池・光触媒はそれぞれ色素増感太陽電池・色素増感光触媒と呼ばれている。
しかしながら有機色素の光化学的な安定性に問題があり、この試みは解決すべき問題が少なくない。
フタロシアニン(Pc)は大環状のπ電子系の有機色素であり、その金属錯体(図7)は光に対して安定であることが知られており、太陽電池・光触媒用増感色素として注目を集めている。
【0003】
しかし、単純にフタロシアニン色素を修飾してもその濃度が不十分なために、その濃度を向上するため、非特許文献1-5に示すように、フタロシアニン色素に周辺置換基としてカルボキシル基やスルホン酸基等を導入し、それをアンカーとして酸化チタンに固定させる方法がとられていた。
非特許文献1ではフタロシアニン色素を酸化チタンに固定させるために酸化チタンを高価な有機リチウム試薬を用いて処理している。
非特許文献6及び特許文献1では、フタロシアニン色素を固定するためにカルボキシル基を有するピリジンを軸配位子として導入しているが、そのために高価なルテニウムを用いている。
このような従来の方法は、フタロシアニン自体がTiO2とは相互作用が弱いため(TiO2に引っかかるものが無いため)であり、例えばtert-butyl基を有するフタロシアニンは、一般的な溶媒に大変良く溶けるが、TiO2には直接には吸着しないということによるものである。
【非特許文献1】http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota /hyoujun_gijutsu/solar_cell/4_c_5.htm
【非特許文献2】Angewandte Chemie, 119 (2007) 8510, J.-J. Cid, et al.,
【非特許文献3】第88春季年会講演要旨集2PC081、 安田和正他
【非特許文献4】Inorganic Chemistry, 4 (1965) 469, J. H. Weber and D. H. Bush
【非特許文献5】Journal of Porphyrins and Phthalocyanines, 3 (1999), 230, Md. K. Nazeeruddin, et al.
【非特許文献6】Chemical Communications, 1998, 719, Md. K. Nazeeruddin, et al.
【特許文献1】WO/1993/009124(PCT/GB-92/02061)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、上記のようなフタロシアニン色素による増感機能の付与の困難性を無くし、より高能率な増感された感光性素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明において用いた5価アンチモンを含むフタロシアニン色素は、特許第4038572号(発明者;砂金宏明、加賀屋豊)に開示された方法で合成し、特に周辺置換基としてtert-butyl基を有する色素についてはJ.Inorg.Biochem.,102(2008)380に詳細に記述されている。
本発明は、この5価アンチモンを中心原子とし、かつ軸配位子として水酸基を導入することにより得られたフタロシアニン色素が微粒子酸化チタン等の感光性材料と著しく高い親和性を有することを知見するに至り、それを利用したものである。
【0006】
発明1の感光性素子は、感光性材料を修飾するフタロシアニン色素が五価アンチモンを中心原子とし、かつ軸配位子として水酸基が導入されてなる親水性フタロシアニン色素であることを特徴とする。
【0007】
発明2は、発明1の感光性素子において、感光性材料が酸化チタン粉末であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明では、微粒子酸化チタン等の感光性材料をフタロシアニン色素で化学修飾するにあたり、容易に充分な濃度のものが得られた。その方法の具体例は図1に示すようなものである。
中心元素として五価アンチモンを導入し、軸配位子として水酸基を持たせることにより著しく親水性を高めたフタロシアニン錯体(図2)を、錯体が溶解する適当な溶媒中で微粒子酸化チタンと混合し、ろ過または遠心分離によって溶媒(過剰の色素ならびに不純物を含む)を除去することにより得られる。
一般にフタロシアニンを酸化チタン上に固定する場合は、フタロシアニンのベンゼン環上の1個乃至複数の水素原子をカルボキシル基(エステル基を含む)やスルフォン酸基またはこれらの官能基を含む側鎖で化学修飾し、また酸化チタン微粒子を有機リチウム試薬等により活性化する必要があるが、本発明による方法は、そのような操作を必要としない。
また、得られた濃度も、従来のような複雑な工程を経たものと損傷はなく、それ以上の高濃度にすることも期待できる物であった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に用いるアンチモン−フタロシアニン錯体においては、五価アンチモンならびに軸配位子である水酸基(OH基)の存在が、酸化チタンへの特異な吸着の原動力であると考えられる。
五価のアンチモンが存在しない場合、例えば無金属体(図7におけるM=H2)の場合は色素の吸着は起こらずに溶液中にとどまり、他の金属錯体(M=Zn,Co,Cu)の場合は吸着しても親和性が弱く、洗浄中に大半の色素は溶液中に遊離する。
また同じアンチモンでも三価の錯体の場合は脱金属化が起こり、無金属体(図7におけるM=H2)が溶液中に遊離し、酸化チタンには吸着されない。
また五価のアンチモンの錯体でも、軸配位子が塩化物イオン(Cl-)の場合では、フタロシアニン色素の還元ならびにそれに引き続く脱金属反応が起こる。
以上のことから、以下の範囲の組成を持つアンチモン錯体が本発明と同様の特性を示すものと予想される。
【0010】
1.軸配位子である水酸基の数
1〜2個 実施例では水酸基の数が2個のものしか示していないが、1個しかない場合でも同様の効果があるものと予想される。
【0011】
2.周辺置換基(図2におけるR1-8)の種類
実施例では炭化水素基の例としてtert-butyl基、含ヘテロ原子炭化水素の例としてn-butoxy基および4-tert-butyl-phenoxy基を示しているが、これらの置換基は主にフタロシアニン色素の有機溶媒への溶解度を高めるために導入されているため、特に酸化チタンへの吸着には寄与していない。
カルボキシル基やスルフォン酸基等の極性基が存在する場合、酸化チタンへの吸着という点においてOH基と競合する可能性はあるが、本発明はこのような置換基が存在しなくても酸化チタンへの吸着が起こるように分子設計された色素を用いているので、これらの置換基が妨害するものではない。
さらにハロゲンやニトロ基、シアノ基のような置換基だけを持ち、炭化水素基のような置換基をもたないフタロシアニン色素は有機溶媒への溶解度が著しく低いため、実用上の観点からは本発明に用いるには相応しくないと考えられるが、ここで除外する理由は無い。
従って五価アンチモンと軸配位子としてのOH基が存在すれば、基本的にどのような周辺置換基をもつフタロシアニン色素でも実施例と同様のことが予想される。
【0012】
3.対陰イオン(図1におけるZ-
本発明に用いているアンチモン−フタロシアニン錯体は陽イオン種であるため、その電荷を中和するために対陰イオンが付随する。
実施例では三ヨウ化物イオン(I3-)だけを示しているが、これは五価アンチモン錯体を合成する際の原料が三価アンチモン錯体のI3-塩であることに由来し、またI3-イオンの存在が特段の不都合をもたらさないためである。
また本発明品を色素増感太陽電池に応用する場合、電解質として用いられるのはI3-塩であることが多いので、むしろ好都合であることが予想される。
しかしながら、フタロシアニン色素の酸化チタン微粒子への吸着には対陰イオンは寄与しないため、基本的にはどのような陰イオンでも、酸化チタンやアンチモン−フタロシアニン錯体と反応しない限り、実施例と同様のことが予想される。
【0013】
4.感光性材料
実施例ではAEROXIDERP25(日本アエロジル(株))およびDN-1-0(古河ケミカルズ)の2例の微粒子酸化チタンについて記載しているが、これらは代表的な微粒子酸化チタンであるので、他の製品についてもその比表面積に応じて同様の効果が予想される。
また、フタロシアニン色素による修飾により増感作用が認められている感光性材料については、本発明を適用することも可能と考えられる。
【0014】
5.溶媒
実施例ではジクロロメタン、ジクロロベンゼン、アセトン、アセトニトリルについてのみ記載しているが、溶媒の役割は色素分子を溶液中に分散させ、酸化チタンとの接触面積を増やすことであるので、フタロシアニン色素と溶媒が化学反応を起こさず、かつその溶媒中で十分な溶解度(>10-4M以上の濃度が確保できることが望ましい)をもちさえすれば特に溶媒を特定する理由はない。
溶解度があまり高くない溶媒(10-6M<飽和濃度<10-4M)でも吸着に用いる溶媒の量を多く用いれば良いので、請求範囲から除外する理由はない。
【実施例】
【0015】
本発明であるフタロシアニン色素担持酸化チタン微粒子の製造方法を図1に示す。
図1においてフタロシアニン色素は[SbPc(OH)2]+Z-という記号で記されており、図2に示すような構造を持つ(図2については後で詳細に説明する)。
この色素を溶媒(CH2Cl2)に溶解する。
溶媒の種類については後で詳細に説明するが、その量には特に制限は無く、色素を溶かすのに必要最小量があれば良い。
次に、tert-butyl基を持つフタロシアニン色素について記す。
一方、予め酸化チタン微粒子(この例ではAEROXIDEP25)を同じ溶媒に懸濁させておき、液をろ過または遠心分離により除いた後に、上記のフタロシアニン色素を含む溶液と1/2分間混合し、遠心分離またはろ過によって混合物から溶液を除く。
この溶液には吸着されなかった色素と不純物が含まれている。
さらに固体を同じ溶媒で洗浄し、洗浄した後の液がほとんど無色になるまで繰り返す(この例では3回)。
得られた固体を乾燥させて目的の色素担持酸化チタン微粒子が得られる。
【0016】
図2は本発明で用いたフタロシアニン色素の構造であり、フタロシアニン色素の中心元素として5価のアンチモンを採用し、さらに軸配位子として水酸基(OH基)を持たせることにより、著しく親水性を高めている。
図中のR1〜R8は周辺置換基と呼ばれる側鎖基であり、ここでは一般的に溶剤に溶け難いフタロシアニン色素の溶解度を高くするための役割を担っている。
従って当該実施例(表1)に示した通り、炭化水素や含ヘテロ原子(酸素、硫黄等)炭化水素を採用している。
【0017】
【表1】

【0018】
R1〜R8はすべて同じでも良く、また逆に全て異なっていても良い。
また一部の周辺置換基が単に水素原子であってもかまわない。
図中右側のZ-は対陰イオンを表しており、5価アンチモンを含む当該フタロシアニン色素が分子全体で+1に帯電しているために、その電荷を中和するために存在している。
本発明における実施例では、Z-としてI3-の例を示しているが、それは当該色素を合成する過程においてI3-として得られただけの理由である。
従って必要であれば、イオン交換によって容易に他の塩(例えばBF4-,PF6-,ClO4-等)に変換することができる。
【0019】
しかしながら、色素増感太陽電池の分野で用いられる電解質が一般にI3-を含むことに鑑みると、対陰イオンがI3-であると不都合が生じない限りは、敢えて他の塩に変換する必要性を考えつかないため、当該実施例では他の対陰イオンに変換しなかった。
図3は図1の方法で得られたフタロシアニン色素担持酸化チタン微粒子の写真(右)であり、比較のために色素を含まない溶媒と同様の処理をした酸化チタン微粒子(左)の写真も示している。
図4はフタロシアニン色素担持酸化チタン微粒子の光吸収スペクトル(黒の実線)であり、720nm付近に特徴的な強い吸収を示す。
赤の実線は同じ色素の吸収スペクトルをCH2Cl2溶液中で測定したものであるが、ほとんど同じ波長に吸収のピークを持つ。
【0020】
このことからこの方法で色素が酸化チタン微粒子に吸着されており、しかも複数の分子が固まっているのではなく、個々の分子が酸化チタン微粒子上に分散して存在していることを示している。
青の実線は色素を担持しない酸化チタン微粒子の吸収スペクトルであり、可視部には光の吸収を示さないことを示している。
図5はフタロシアニン色素担持酸化チタン微粒子のIRスペクトル(黒の実線)を、色素を担持しない酸化チタン微粒子(赤実線)ならびに色素だけ(青実線)のIRスペクトルと比較したものである。
【0021】
3000cm-1付近にtert-butyl基に由来するC-H伸縮振動に伴うピークが観測される他、色素自身が示すピークに対応する吸収帯が600-1800cm-1の領域に観測される。
しかし吸収帯の位置は必ずしも色素自身のスペクトルと一致しているわけではなく、また色素自身のスペクトルに見られる吸収帯が色素担持酸化チタン微粒子のスペクトルに現れなかったり、その逆の場合もあるので、色素が酸化チタン微粒子に単に吸着しているのではなく、酸化チタンと何らかの化学結合を持つことを示している。
図6は酸化チタン微粒子単位質量の当りに吸着される色素の量を調べた結果であり、横軸に酸化チタン微粒子に加えた色素の量、縦軸に実際に吸着された色素の量を記している。
酸化チタン微粒子に吸着された色素の量は、加えた量から吸着されなかった量を差し引くことで評価している。
【0022】
吸着されなかった色素の量は図1の固液分離後の溶液と洗浄液を合わせた溶液の体積と723nm(CH2Cl2を用いた場合)における吸光度を正確に求め、既知のモル吸光係数から算出した。
酸化チタン微粒子に担持される色素の量は、加える量が少ないうちは加えた色素の量に比例して吸着されるが、やがてある一定量に達するとそれ以上担持されなくなり、過剰の色素は溶液中に遊離する。
この例では酸化チタン微粒子として古河ケミカルズ(株)製のDN-1-0、溶剤としてCH2Cl2をそれぞれ用いているが、単位質量当りに担持される色素の量は用いた酸化チタン微粒子や溶剤の種類によって異なる。
【0023】
DN-1-0より比表面積が小さい日本アエロジル(株)製のAEROXIDEP25では、酸化チタン微粒子100mgあたりの最大担持量は1.0x10-6mol(約1/10程度)であり、また同じDN-1-0を用いた場合でも溶剤としてo-ジクロロベンゼンを用いると最大担持量はCH2Cl2を用いた場合の61%であり、またアセトンやアセトニトリルを用いた場合はさらに低く、それぞれ70%,26%程度であった(注;アセトニトリル中では酸化チタン微粒子と混合直後に副反応が生じ、アンチモンが色素から抜けているらしいことが吸収スペクトルから示唆された)。
【0024】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0025】
本発明により得られた感光性素子は、
・ 可視光による工業排水等の浄化(有害有機物質の分解、無毒化)
・ 燃料電池(可視光による水の酸素+水素への分解)
・ 湿式太陽電池(グレッツェル型太陽電池)等に有効に利用できる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】フタロシアニン色素の酸化チタンへの吸着過程のフローチャート
【図2】本発明で用いるアンチモン(V)−フタロシアニン錯体
【図3】フタロシアニン色素を吸着させた酸化チタンの写真
【図4】酸化チタン微粒子に固定した色素の光吸収スペクトル
【図5】酸化チタン微粒子に固定した色素のIRスペクトル
【図6】酸化チタンへのフタロシアニン色素の吸着量とその限界
【図7】フタロシアニンの図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光の励起により所定の機能が発現される感光性材料の表面がフタロシアニン色素で修飾された感光性素子であって、前記フタロシアニン色素が五価アンチモンを中心原子とし、かつ軸配位子として水酸基が導入されてなる親水性フタロシアニン色素であることを特徴とする感光性素子。
【請求項2】
請求項1に記載の感光性素子において、前記感光性材料が酸化チタン粉末であることを特徴とする感光性素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2010−37377(P2010−37377A)
【公開日】平成22年2月18日(2010.2.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−199508(P2008−199508)
【出願日】平成20年8月1日(2008.8.1)
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】