説明

感染症の予防および治療

本発明は、感染症および/またはその経過の間に感染により影響を受ける疾患を予防するため、かつ/または治療するための、酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤および/または前記酵素により触媒される反応の生成物の阻害剤の使用に関する。記載の生成物は特に、セラミドを含む。中和抗体および/または抗うつ薬、特に三環系および/または四環系抗うつ薬が、阻害剤として使用されることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感染症の予防および/または治療に適している活性成分の使用に関する。
【0002】
感染症は依然として、世界中の大きな医学的問題であることから、かかる疾患の治療および予防についての研究は長い間、集中的研究の主題である。例えば、新規な抗生物質を開発するために、絶えず莫大な費用が費やされている。これらの抗生物質は、感染症の病原体としての細菌、真菌、原生動物または寄生虫を制御できるようにするために必要である。病原体耐性が継続的に新たに発生する問題が増加しつつあることを考慮すると、それは特に必要である。
【0003】
ウイルスまたはプリオンにより生じる感染症の治療は、特に難しい。これらの病原体はそれ自身の代謝を欠いているため、抗生物質で攻撃することはできず、そのため一般に、対症療法だけが可能である。
【0004】
特に上述の問題を考慮に入れて、感染症の予防および治療を改善するために、本発明の目的は、感染症の予防および治療に特に適している活性成分を提供することである。
【0005】
この目的は、請求項1および9に記載の阻害剤の使用によって達成される。好ましい実施形態が、従属請求項に記載されている。請求項15〜18は、相当する医薬組成物に関する。請求項すべての表現は参照により本明細書に包含される。
【0006】
酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤および/または酸性スフィンゴミエリナーゼにより触媒される反応から生じる生成物の阻害剤が、感染症の予防および/または治療のために本発明に従って使用される。これらの生成物としては、特にスフィンゴ脂質の切断から生じるセラミドが挙げられる。この種類の阻害剤の新規な使用を導く実験から、種々の病原性生物、例えば細菌、ウイルス、真菌および寄生虫による真核細胞の感染をそれによって有効に防ぐことが可能であることが示された。感染症の予防および/または治療の他に、その臨床経過が感染により少なくとも一部決定される疾患の予防および/または治療に、前記阻害剤を有利に用いることもできる。かかる疾患の一例は嚢胞性線維症である。
【0007】
これらの驚くべき結果は、真核細胞の原形質膜におけるセラミド豊富な膜プラットフォームが病原体による真核細胞の感染に必要であるという事実に基づいている。真核細胞の原形質膜におけるこれらの比較的大きなプラットフォームは、ラフト(raft)と呼ばれる原形質膜における非常に小さな別個のドメインの融合によって形成される。これらのラフトは、コレステロールおよびスフィンゴ脂質、特にスフィンゴミエリンからなり、それらは非常にしっかりと共に結合しており、したがって原形質膜のリン脂質が分離され、これらの小さな別個のドメインが形成される。ラフトに最も一般的に存在するスフィンゴ脂質は、非常に疎水性のセラミド残基および親水性ホスホリルコリン頭部基(head group)からなる、スフィンゴミエリンである。セラミドは、スフィンゴイド塩基D−エリスロ−スフィンゴシンおよび脂肪酸からのアミドエステルであり、通常C16〜C26の鎖長を有する。コレステロール環構造とスフィンゴ脂質との間の、およびスフィンゴ脂質の頭部基間の水素結合および疎水性ファンデルワールス相互作用によって、原形質膜においてスフィンゴ脂質およびコレステロールが側方結合し、他のリン脂質から自然に分離される(ブラウン(Brown)D.A.,London E.(1998).Functions of lipid rafts in biological membranes.Annu.Rev.Cell.Dev.Biol.14:111−367;ハーダー(Harder)T.,サイモンズ(Simons)K.(1997).Caveolae,DIGs,and the dynamics of sphingolipid cholesterol microdomains.Curr.Opin.Cell.Biol.9:534−542)。この結果、ラフトと呼ばれる、非常に小さな別個のスフィンゴ脂質およびコレステロール豊富な膜ドメインが生じる。ラフトの構造および機能は、それらの比較的大きな頭部基を有するスフィンゴ脂質間のスペーサーとして、おそらく働いているコレステロールをラフトから抜き取ることによって破壊される。
【0008】
ラフトからの膜プラットフォームの形成、これらの膜プラットフォームにおける受容体のクラスター形成または凝集、ならびに病原性細菌およびウイルスによる細胞の感染を媒介するメカニズムが本発明によって同定された。例えば、CD95またはCD40受容体を介した刺激、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)、淋菌(Neisseriae gonorhoeae)による感染、またはライノウイルスによるヒト細胞の感染に続いて、ラフトにおいてスフィンゴミエリンからセラミドが放出される。セラミドの生物物理学的特性のために、ラフトにおけるセラミドの形成は、小さなラフトの融合を引き起こし、原形質膜において大きな、セラミド豊富なプラットフォームが形成される。
【0009】
本発明につながる結果から、これらの小さなラフトは、酵素酸性スフィンゴミエリナーゼによって、およびこの酵素により触媒される反応により放出されるセラミドによって、上記のより大きなプラットフォームに融合されることが示されている。
【0010】
これらのプラットフォームの生理学的有意性が最近、グラッスム(Grassme)ら(J.Biol.Chem.276,20589−20596(2001);J.Immunol.168,298−307(2002))によって記述されている。この著者は、セラミド豊富なプラットフォームが細胞外空間から細胞内部へシグナルをリレーする役割を果たすことを示すことができた。これは、酵素酸性スフィンゴミエリナーゼの膜外部への移行の、様々な受容体、例えばCD95およびCD40の活性化による初期誘導を伴う。そこで、セラミドは、酸性スフィンゴミエリナーゼによってスフィンゴミエリンから遊離し、自発的にラフトに凝集する。この結果、非常に疎水性の膜領域へのラフトの形質転換が起こる。これらのセラミド凝集塊は、自発的に融合してより大きな膜プラットフォームを形成する傾向も示す。CD95およびCD40などの活性化受容体は、これらの受容体を介してシグナルを細胞内へリレーするのに必要であるが、これらのセラミド豊富な膜プラットフォームにおいて凝集する。
【0011】
興味深いことに、本発明の枠組み内で、これらのプラットフォームはさらに、病原性生物がこれらの相当する膜セクションを通って貫入することを可能にすることを示すことが可能となった。膜プラットフォームを形成するセラミドが、この酵素により触媒される反応の生成物であることから、酵素酸性スフィンゴミエリナーゼは、真核細胞内への病原性生物のこれらの「侵入門戸」の形成に決定的に関与している。このプロセスは、まだ未知のメカニズムによって、細胞内小胞において細胞表面にまたは膜の外側に酸性スフィンゴミエリナーゼが輸送される原因となる病原体によって開始される。その酵素は、その膜において、そこでスフィンゴミエリンをセラミドに分解する。本発明者らは、病原性細菌およびウイルスによる感染、特に緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)による哺乳動物細胞の感染の例に対する、セラミド豊富な膜プラットフォームのこの重要性を示すことができた。緑膿菌(P. aeruginosa)による哺乳動物細胞の感染は酸性スフィンゴミエリナーゼを活性化し、その結果、セラミドの遊離が誘導される。
【0012】
酵素酸性スフィンゴミエリナーゼの更なる課題は、真核細胞内への淋菌の侵入に関連して、グラッスム(Grassme)ら(Cell,Vol.91,605−615,1997)によって記述されている。その著者らは、酸性スフィンゴミエリナーゼが、特定の淋菌株の侵入を仲介する宿主細胞におけるシグナル伝達鎖に関与していることを示すことができた。Opaタンパク質と呼ばれる細菌性病原体上の特定の表面タンパク質は、これに関して重要である。それらは真核生物宿主細胞の特異的受容体に結合し、その結果、ホスホリパーゼCが活性化され、ジアシルグリセロールが形成される。そして次に、このジアシルグリセロールは酸性スフィンゴミエリナーゼを活性化し、その結果、この酵素により触媒される反応によってセラミドが形成される。しかしながら、このシグナルカスケードは、ごく特定の細菌または菌株によってのみ誘導可能であった。特に、このシグナルカスケードの誘導能は、細菌上のOpaタンパク質に依存する。したがって、このメカニズムは、本発明と関連して発見された前記膜プラットフォームを介した侵入および感染の一般的なメカニズムと比較すると、完全に異なり、非常に特異的である。
【0013】
本発明による、膜プラットフォーム形成の予防および/または既に形成された膜プラットフォームの破壊は、病原体が宿主細胞内に侵入するのを防ぐ。これは、本発明の枠組み内で、好ましくは酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤および/またはこの触媒によって触媒される反応の生成物の阻害剤を使用することによって達成される。これは、活性成分の標的が、宿主細胞上、つまり感染されるべき真核細胞上に位置する、感染症を治療するための従来の方法と比較して、利点を有する。本発明は、多くのかなり異なる病原体(例えば、細菌、ウイルス、寄生虫、原生動物または真菌)に用いることができる、感染の一般的阻害剤を利用可能にする。例えば、制御されるべき病原体に対して、それぞれを非常に特異的に作られなければならない抗生物質の使用と比較して、これは非常に重要な利点である。ここで、本発明による使用は、一般に以前は可能ではなかった方法で、ウイルス感染に対する措置を取ることも可能にする。さらに、本発明による使用によって、活性成分が病原体に対してではなく、この病原体により宿主細胞において誘導される反応に対して作られるため、耐性を生じる病原体の問題が避けられる。
【0014】
酸性スフィンゴミエリナーゼの活性に直接影響を及ぼす阻害剤の他に、本発明は、酵素の前駆物質および/または酵素の活性化のメカニズムに影響を及ぼす活性成分も包含する。その活性成分は、細胞内小胞の形成、安定化、動員および/または移行にも作用し得る。
【0015】
本発明はさらに、酸性スフィンゴミエリナーゼの酵素反応から生じる生成物の生物学的効果に影響を及ぼす阻害剤の使用を包含する。これらの生成物としては、特に、膜プラットフォームの必須成分を形成するセラミドが挙げられる。したがって、本発明は、セラミドを修飾する、特に不活性化する、中和または破壊する阻害剤を包含する。例えば、セラミドの分解速度を増加する物質を用いることが、本発明によって可能である。これに関して特に好ましいのは、例えば分子生物学の方法によって、その発現が高められ、したがってその活性が高められ、かつ/または更なる制御因子により活性化することができる、酵素セラミドグルコシルトランスフェラーゼである。その阻害剤はさらに、セラミドが凝集するのを防ぎ、そのためプラットフォームの形成が損なわれる。さらに、本発明は、既に形成されたセラミド豊富な膜プラットフォームの機能的能力に影響を及ぼし、かつ/または最初から膜プラットフォーの形成を防ぐ阻害剤の使用を包含する。
【0016】
本発明に従って適切な阻害剤は、多くの異なる物質、例えばペプチド、タンパク質または他の無機物質である。本発明はさらに、本発明に従って使用した場合に、スフィンゴミエリナーゼおよび/またはその反応生成物の阻害剤としてそれらが作用する限り、阻害剤として核酸を包含する。その適切な例としては、酸性スフィンゴミエリナーゼのアンチセンス分子、特にアンチセンスオリゴヌクレオチド、またはsiRNAが挙げられる。
【0017】
有利に用いられる阻害剤は、酵素酸性スフィンゴミエリナーゼを抑制することが知られている薬理学的活性成分である。これに関して、抗うつ薬、特に三環系および/または四環系抗うつ薬が特に好ましい。三環系抗うつ薬は、例えば、酵素のタンパク質分解を起こすことができ、その結果、酵素はもはや活性でなくなり、セラミドの形成が妨げられる。セラミドの遊離がこのように減少することによって、原形質膜内のプラットフォームの形成が妨げられ、そのため細胞の感染は起こらない。
【0018】
抗うつ薬アミトリプチリンおよびイミプラミンは特に有利であることが判明している。したがって、これらの抗うつ薬は、本発明による使用に特に好ましい。それらは、実質的に副作用を示さない既知の薬学的活性成分(ジェネリック)である。これらの活性成分は、本発明による使用に従来の剤形で、特に経口的に、静脈内に、筋肉内に、局所的に、または吸入により用いることができる。さらに、従来の投薬量は、本発明による使用に適している。しかしながら、本発明による効果は、投薬量を減らしても達成することができる。
【0019】
本発明はさらに、三環系および四環系抗うつ薬、特にアミトリプチリンおよび/またはイミプラミンから誘導される阻害剤の使用を包含する。これらの誘導された活性成分は抗うつ薬と実質的に同じ効果を有するが、さらに有利な特性を有し得る。これらの物質は、これらが出発物質よりも親水性であるように有利に修飾することができる。この効果は、修飾された物質が、例えばアミトリプチリンおよびイミプラミン物質よりも少ない程度で脳に蓄積することである。上述のこれら2種類の物質では、脳での蓄積を数週間後に検出することができる。誘導された物質のさらに有利な特性は、より良い安定性および/またはバイオアベイラビリティである。
【0020】
前記阻害剤の他に、例えば、デシプラミンおよび/またはFGF(線維芽細胞成長因子)またはそれから誘導される物質を酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤として使用することも可能であり、かつ有利である。
【0021】
本発明の更なる好ましい実施形態において、阻害剤は、抗体、特に中和抗体である。これらの抗体は、酵素酸性スフィンゴミエリナーゼまたはその反応生成物と、特にセラミドと非常に特異的に相互作用することができる。このようにして、酵素の活性または反応生成物の生物学的効果が損なわれ、好ましくは抑制される。抗体は一方では非常に特異的であり、一般に副作用が避けられることから、本発明による使用に抗体および阻害剤を用いることは非常に適している。本発明によるこの使用に適している抗体は、ポリクローナル抗体であり、その特別な特異性から、好ましくはモノクローナル抗体である。これらの抗体は、起源の点で異なり、ヒト化抗体が特に好ましい。ヒト化抗体とは、例えば特定の抗原に対してマウスにおいて産生される抗体を意味する。ヒト配列中にマウス配列をサブクローニングすると、すべてのマウス部分(可変ドメインを除いて)がヒト配列で置換された、ハイブリッド分子が形成される。これは、得られた抗体を非常に安全にヒトにおいて用いることができることを意味している。
【0022】
本発明の更なる好ましい実施形態で用いられる物質は、セラミド豊富な膜プラットフォームの形成に影響を及ぼす、特に損なうか、または抑制する物質である。感染を媒介するラフトの形成はこのようにして妨げられるか、あるいは既に存在するラフトが破壊される。本発明のこの実施形態において、特にβ−シクロデキストリン、ナイスタチンおよび/もしくはフィリピンまたはそれから誘導される物質が好ましい。
【0023】
感染症またはその経過が感染によって影響を受ける疾患の予防および/または治療において、場合によっては、本発明の異なる活性成分と組み合わせることが有利である場合がある。
【0024】
本発明の特定の利点は、活性成分(阻害剤)、つまり特に酸性スフィンゴミエリナーゼおよびセラミドの攻撃ポイントが細胞表面上に位置することである。したがって、活性成分を細胞内に輸送する必要なく、活性成分はこれらの標的に容易に到達することができる。これは、特に、例えば抗体などの大きな活性成分では問題になるかもしれないが、本発明による使用では、有利なことに問題は生じない。
【0025】
本発明による使用で予防的または治療的に処置することができる感染症は特に、ウイルス、寄生虫および/または菌類感染症である。さらに、原生動物により生じる感染症を処置することが可能である。かかる感染症の例としては、エイズ、A型肝炎、ライノウイルス感染症、ロシア春夏脳炎(SSME)、風疹、インフルエンザおよび/またはマラリアが挙げられる。細菌性感染症の予防的および/または治療的処置も、本発明による使用で成功させることが可能である。かかる疾患の例としては、結核、特に嚢胞性線維症における髄膜炎菌感染症または緑膿菌感染症が挙げられる。本発明による使用はさらに、獣医学分野においても有利に用いることができる。これに関して処置することができる感染症の例は、牛疫および/またはブタコレラである。
【0026】
本発明はさらに、感染症およびその経過が感染により影響を受ける疾患の予防および/または治療に用いる薬物を製造するための、酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤および/またはこの酵素により触媒される反応生成物、特にセラミドの阻害剤の使用を包含する。本発明によるこの使用の更なる特徴については、上述の説明を参照されたい。
【0027】
本発明は、三環系および/または四環系抗うつ薬、特にアミトリプチリンおよび/またはイミプラミンから誘導される物質である、本発明による使用に従った少なくとも1種類の活性成分を含む医薬組成物も包含する。本発明はさらに、少なくとも有効量のデシプラミン、FGF、β−シクロデキストリン、ナイスタチンおよび/またはフィリピンおよび/またはそれから誘導される少なくとも1種類の物質を含む医薬組成物を包含する。本発明はさらに、酸性スフィンゴミエリナーゼに対するものである、少なくとも1種類の抗体、特に中和抗体を含む医薬組成物を包含する。本発明はさらに、セラミドに対するものである少なくとも1種類の抗体、特に中和抗体を含む医薬組成物を包含する。これらの医薬組成物はさらに、それぞれの場合に、少なくとも1種類の薬剤担体を含む。従来の方法を用いて、これらの医薬組成物および相当する薬物を製造することができる。適切な剤形の例としては、錠剤、坐剤、注射用液剤または注入用液剤が挙げられる。
【0028】
本発明はさらに、真核細胞、特に哺乳動物細胞の感染を抑制する方法であって、酸性スフィンゴミエリナーゼおよび/またはこの酵素により触媒される反応の生成物が影響を受け、特にそれらの活性が抑制されることを特徴とする方法を包含する。この方法は、in vivoにてインタクトな生物において、または培養系、例えば細胞培養または組織培養において行うことができる。この方法の更なる特徴については、上述の説明を参照されたい。
【0029】
最後に、本発明は、感染症および/またはその経過が感染により影響を受ける疾患の治療であって、酵素酸性スフィンゴミエリナーゼおよび/またはこの酵素により触媒される反応の生成物、特にセラミドに影響を及ぼす、好ましくは抑制する阻害剤が投与される治療を包含する。この治療は、予防的に、かつ/または感染が起きている間または感染が起きた後に行う。感染の一般的リスクがある場合、またはさらに好ましくは感染の急性リスクがある場合には、予防的治療を行うことができる。本発明によるこの治療の更なる特徴については、上述の説明を参照されたい。
【0030】
本発明の前記特徴および更なる特徴は、従属請求項および図面と共に、実施例の以下の説明から明らかである。これに関して、個々の特徴は、それだけで実現するか、またはそれら複数を組み合わせて共に実現することが可能である。
【実施例】
【0031】
1.ライノウイルスによる感染
ライノウイルスでの実験結果から、種々のライノウイルス(HRV菌株14および16)によるヒト上皮細胞の感染によって、酸性スフィンゴミエリナーゼの活性化(図1)およびセラミドの遊離(図2)が起こることが示されている。
【0032】
a)ヒト上皮細胞(ヒーラ細胞またはex vivoヒト上皮細胞)の感染は、10〜15分以内で酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM)を3〜4倍活性化する。これは、例としてヒーラ細胞で実証された。その結果を図1に示す。細胞にライノウイルス(菌株14、MOI 25)を感染させ、細胞溶解物においてスフィンゴミエリナーゼの活性を測定した。この目的のために、細胞を感染後に洗浄し、250mM酢酸ナトリウム(pH5.0)、1.3mM EDTAおよび0.05%NP40中に取り上げ、低エネルギーで超音波処理器プローブを用いて超音波処理することによって破壊し、[14C]スフィンゴミエリン(0.5μCi/試料、54.5mCi/mmol;NEN)と共に30分間インキュベートした。CHCl3とCH3OHとの2:1(v/v)カラム混合物800μl、H2O200μlを添加することによって、in vitro酵素アッセイを止め、有機抽出後にシンチグラフィによって、上清水溶液中への[14C]ホスホリルコリンの遊離を測定した。3つの実験の平均値±標準偏差を示す。酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤、つまりアミトリプチリンと共に細胞をプレインキュベーションすることによって、酸性スフィンゴミエリナーゼの活性がブロックされる。
【0033】
b)酸性スフィンゴミエリナーゼの刺激は、感染した細胞からのセラミドの遊離と相関する。これを図2に示す。ヒト上皮細胞(ヒーラ)の感染は、感染後数分以内にセラミドの遊離を引き起こす。この目的のために、ヒーラ細胞に再び、ライノウイルス(菌株14)を感染させた。ジアシルグリセロール(DAG)キナーゼアッセイ(グラッスム(Grassme)ら,Cell 91,605−615,1997)によって、セラミドを測定した。DAGキナーゼおよび[32P]γATPを添加することによって、セラミドを[32P]−セラミドに変換した。リン酸化セラミドを薄層クロマトグラフィによって分画し、シンチグラフィによって決定した。3つの実験の平均値±標準偏差を示す。細胞をアミトリプチリンと共にプレインキュベーションすることによって、セラミドの遊離を止める。
【0034】
c)ライノウイルスによるヒト上皮細胞の感染は、セラミド豊富な膜プラットフォームの形成を誘導する。酸性スフィンゴミエリナーゼおよびセラミドのどちらも、感染後にライノウイルスもそれに結合する、膜プラットフォームの表面上に見つけられる。その実験的証明として、ヒト鼻腔上皮細胞にライノウイルス株14を20分間感染させ、固定し、Cy3標識モノクローナル抗セラミド抗体(Alexis社)で染色した。共焦点顕微鏡の下で、セラミド豊富な膜プラットフォームの形成は、感染して短時間の後にはっきりと認められた。未感染の細胞は細胞表面上にセラミドを示さなかった。
【0035】
d)酸性スフィンゴミエリナーゼの薬理学的阻害は、ライノウイルスによるヒト上皮細胞の感染を、感染のほぼ完全な抑制まで、用量依存的にブロックする。使用された薬物は、薬物(抗うつ薬)イミプラミンおよびアミトリプチリンであり、対照実験において20分以内に酸性スフィンゴミエリナーゼ活性の98%までをブロックする。ライノウイルスによるヒト上皮細胞の感染を、ウイルスの細胞変性効果のフローサイトメトリー分析において測定した。ライノウイルスはこれらの細胞において細胞死を誘導することから、細胞の感染の尺度として細胞死を用いることが可能である。イミプラミンおよびアミトリプチリンによるヒト上皮細胞の感染抑制についての用量効果プロットを図3に示す。このために、ヒトヒーラ上皮細胞にライノウイルス株14を24時間感染させ、FITC−アネキシンで染色した後に、ウイルスの細胞障害効果をフローサイトメトリーによって測定した。酸性スフィンゴミエリナーゼを抑制する、アミトリプチリンおよびイミプラミンを、ライノウイルスを感染させる30分前に、血清不含培地中の細胞に添加した。そのデータから、その薬物がほぼ完全にウイルス感染を抑制することが示されている。アミトリプチリンおよびイミプラミン自体は、細胞に対して細胞障害効果を及ぼさなかった。3つの実験の平均値±標準偏差を示す。
【0036】
e)ライノウイルスの細胞障害効果は、アミトリプチリンおよびイミプラミンによって抑制される。図4は、アミトリプチリンで処理した後のライノウイルスによるヒーラ細胞の感染の抑制についての代表的なフローサイトメトリー分析を示す。このために、ヒトヒーラ上皮細胞に、種々のライノウイルス株(RV14、RV16)を24時間感染させた。感染をウイルスの細胞障害効果によって測定し、FITC−アネキシンで細胞を染色することによって、フローサイトメーターで決定した。プロットの右方向へのシフトは、FITC−アネキシン結合の増加を意味し、したがって、細胞死の尺度である。ライノウイルスを感染させる30分前に、血清不含培地中の細胞に、アミトリプチリンおよびイミプラミンを酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤として添加した。そのデータから、その薬物がほぼ完全にウイルス感染を抑制することが示されている。アミトリプチリンの効果が実証されており、類似のデータがイミプラミンについても得られた。図4における左の図は、活性成分を添加していない効果を示し、右の図は、活性成分を添加した効果を示す。
【0037】
f)抗セラミド抗体を用いたヒーラ細胞の治療は、ライノウイルスによる細胞の感染をほぼ完全に抑制する。相当する実験のために、ウイルス(ライノウイルス株2、14および16)を感染させた細胞に、抗セラミド抗体(Alexis社)を濃度5ng/mlで添加した。ライノウイルスによる細胞の感染の抑制はおよそ95%であった。
【0038】
2.HIVによる感染
HIVは、本質的にウイルスのgp120分子がCD4受容体に結合することによってヒト細胞に感染する。gp120がCD4に結合しない場合には、HIVによる細胞の感染は単に無効となる。gp120分子はgp41分子と共に、gp120が三量体として存在する、オリゴマー複合体を形成する。Tリンパ球上でのCD4分子へのgp120の結合によって、gp120のコンフォメーションが変化する;特に、可変ループのコンフォメーションが変化し、そのため、いわゆる補助受容体結合部位が露出する。gp120は、この結合部位を介して補助受容体、通常サイトカイン受容体CCR5またはCXCR4に結合する。全体で、14を超える異なる補助受容体が同定されているが、CCR5またはCXCR4のみがin vivoで非常に重要であると思われる。細胞内へのウイルスの取り込みは、CD4へのHIVの結合および更なる補助受容体を介して開始される(クラパム(Clapham)P.R.,マックナイト(McKnight)A.(2001).HIV−1 receptors and cell tropism.British Medical Bulletin 58:43−59)。
【0039】
CD4分子は構成的に存在し、つまりラットの非感染細胞にも存在する。HIVによる感染に続いて、原形質膜の比較的小さな領域においてCD4の再分布およびCD4の濃縮が起こる(ポピック(Popik)W.,アルス(Alce)T.M.,Au W.C.(2002))。ヒト免疫不全ウイルス1型では、CD4+T細胞内への増殖性侵入(productive entry)のために、脂質ラフト共局在CD4およびケモカイン受容体が使用される(J.of Virology 76:4709−4722)。分子が局所的に、非常に大量に蓄積するこの現象は、クラスター形成または凝集と呼ばれる。これらのクラスターにおける感染後、CD4は、新たに形成された膜プラットフォームに、刺激された後に集められる、GM1、ラフトの代表的なマーカーと、およびCCR5およびCXCR4とも共局在する。コレステロールを抽出する試薬と共に細胞をプレインキュベーションすることによってラフトを破壊した場合、これらの研究では、感染後のCD4の凝集およびT細胞自体の感染のどちらも防がれた。それに対して、CD4へのウイルスの結合は変化しなかった。このことは、HIVによるヒト細胞の感染において、膜ラフトが顕著な役割を果たすことを示している。しかしながら、大きな膜プラットフォームへの多くの小さなラフトの融合に対して役割を果たすメカニズム、およびCD4の凝集および補助受容体の補充(recruitment)に対して役割を果たし、最終的に感染を媒介すると思われるメカニズムはまだ分かっていない。
【0040】
以下の結果から、組換えgp120でヒトTリンパ球を刺激することによって、HIVは、ヒト細胞に感染するためにセラミド豊富な膜プラットフォームを利用することが示されている。
【0041】
a)数分以内に、gp120は、ヒトTリンパ球においてセラミドの遊離を誘導する。図5は、組換えgp120 10μg/mlでのヒトCD4ポジティブなリンパ球の治療を示す。セラミドは1分以内に遊離される。DAGキナーゼアッセイを用いて、セラミドを決定した。
【0042】
b)gp120で刺激した後のヒトTリンパ球からのセラミドの遊離は、その中にCD4分子が共局在し、クラスターを形成する、刺激された細胞の原形質膜におけるセラミド豊富な膜プラットフォームの形成と相関する。図6は、gp120による細胞刺激がセラミド豊富な膜プラットフォームを誘導することを示している。gp120(10μg/ml)によるヒトCD4ポジティブなT細胞の刺激によって、2分以内にセラミド豊富な膜プラットフォームの形成が引き起こされる。セラミド豊富な膜ドメインの形成は、Cy3標識抗セラミド抗体で細胞を標識した後に蛍光顕微鏡によって決定された。FITC標識抗体で可視化されたCD4は、これらのセラミド豊富な膜プラットフォームにおいて凝集する。セラミド豊富な膜プラットフォームの形成の定量分析から、gp120で刺激した5分後に、CD4ポジティブなTリンパ球の50±7%がセラミド豊富な膜プラットフォームを有することが示される。
【0043】
3.緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)による感染
病原性細菌およびウイルスによる感染に対するセラミド豊富な膜プラットフォームの重要性が、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)による哺乳動物細胞の感染の例で示された。緑膿菌(P. aeruginosa)を感染させた後に、酸性スフィンゴミエリナーゼの活性化およびセラミドの遊離が、Chang上皮細胞、WI−38線維芽細胞、ex vivo肺線維芽細胞、ex vivo培養気管上皮細胞の感染後にin vitroと、気管上皮細胞においてin vivoの両方で認められた。感染後のセラミドの遊離はラフトで起こり、ラフトは遊離したセラミドによって、より大きな膜プラットフォームに再編成される。緑膿菌(P. aeruginosa)による感染後、遊離したセラミドおよび酸性スフィンゴミエリナーゼは、新たに形成された膜プラットフォームにおいて局在化する。
【0044】
緑膿菌(P. aeruginosa)感染後の膜プラットフォームの形成に対する酸性スフィンゴミエリナーゼの重要性は、酸性スフィンゴミエリナーゼを欠く細胞の感染後、セラミド豊富な膜プラットフォームが全く無いことによって示される。酸性スフィンゴミエリナーゼを欠く細胞において、コレステロール代謝を妨げる薬物でラフトを破壊することによって、緑膿菌(P. aeruginosa)による感染に対するセラミド豊富な膜プラットフォームの役割を調べた。これらの薬物は、β−シクロデキストリン、ナイスタチンおよびフィリピンである。膜ラフトからコレステロールを除去すると、ラフトの崩壊が引き起こされる。in vivoにて、β−シクロデキストリン、ナイスタチンおよびフィリピンで肺洗浄することによって、肺におけるラフトを破壊するか、または正常なマウスおよび酸性スフィンゴミエリナーゼを欠くマウスを使用した。この結果から、セラミド豊富な膜プラットフォームは、上皮細胞への細菌のインターナリゼーション、感染細胞の死および炎症性サイトカインの放出を制御することが示されている。
【0045】
これらの発見のin vivoでの重要性は、正常なマウスおよび酸性スフィンゴミエリナーゼを欠いたマウスを用いた感染の実験で示された。正常なマウスは数日以内に緑膿菌(P. aeruginosa)による肺感染から回復するのに対して、酸性スフィンゴミエリナーゼを欠くマウスは、緑膿菌(P. aeruginosa)による肺感染に非常に感受性があり、感染開始後数日以内に敗血症で死んだ。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM)がライノウイルスの感染により活性化される。
【図2】ライノウイルスがセラミドの遊離を誘導する。
【図3】アミトリプチリンおよびイミプラミンが、ライノウイルスによるヒト細胞の感染を用量依存的に抑制する。
【図4】ライノウイルスの細胞障害効果が、アミトリプチリンおよびイミプラミンによって抑制される。
【図5】HIV gp120が、ヒトTリンパ球においてセラミドの遊離を誘導する。
【図6】gp120による細胞刺激が、セラミド豊富な膜プラットフォームを誘導する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
感染症および/またはその経過が感染により影響を受ける疾患を予防するため、かつ/または治療するための、酸性スフィンゴミエリナーゼの阻害剤および/またはこの酵素により触媒される反応の生成物、特にセラミドの阻害剤の使用。
【請求項2】
前記阻害剤が、抗うつ薬、特に三環系および/または四環系抗うつ薬であることを特徴とする、請求項1に記載の使用。
【請求項3】
前記抗うつ薬が、アミトリプチリンおよび/またはイミプラミンであることを特徴とする、請求項2に記載の使用。
【請求項4】
前記阻害剤が、三環系および/または四環系抗うつ薬、特にアミトリプチリンおよび/またはイミプラミンから誘導される物質であることを特徴とする、前記各請求項のいずれかに記載の使用。
【請求項5】
前記阻害剤が、デシプラミンおよび/またはFGF(線維芽細胞成長因子)および/またはそれから誘導される物質であることを特徴とする、前記各請求項のいずれかに記載の使用。
【請求項6】
前記阻害剤が、抗体、特に中和抗体であることを特徴とする、前記各請求項のいずれかに記載の使用。
【請求項7】
前記抗体が、酸性スフィンゴミエリナーゼに対するものであることを特徴とする、請求項6に記載の使用。
【請求項8】
前記抗体が、セラミドに対するものであることを特徴とする、請求項6に記載の使用。
【請求項9】
感染症および/またはその経過が感染により影響を受ける疾患を予防するため、かつ/または治療するための、セラミド豊富な膜プラットフォームの形成を抑制する物質の使用。
【請求項10】
前記物質が、β−シクロデキストリン、ナイスタチンおよび/もしくはフィリピン並びに/またはそれから誘導される物質であることを特徴とする、請求項9に記載の使用。
【請求項11】
前記感染症が、ウイルス、細菌、寄生虫および/または菌類感染症であることを特徴とする、前記各請求項のいずれかに記載の使用。
【請求項12】
前記感染症が、エイズ、A型肝炎、ライノウイルス感染症、ロシア春夏脳炎(SSME)、風疹、インフルエンザ、結核、髄膜炎菌感染症および/またはマラリアであることを特徴とする、前記各請求項のいずれかに記載の使用。
【請求項13】
その経過が感染により影響を受ける前記疾患が、嚢胞性線維症であることを特徴とする、前記各請求項のいずれかに記載の使用。
【請求項14】
前記感染症が、牛疫および/またはブタコレラであることを特徴とする、前記各請求項のいずれかに記載の使用。
【請求項15】
三環系および/または四環系抗うつ薬、特にアミトリプチリンおよび/またはイミプラミンから誘導される少なくとも1種類の物質の有効量と、薬剤担体と、を含む医薬組成物。
【請求項16】
デシプラミン、FGF、β−シクロデキストリン、ナイスタチンおよび/もしくはフィリピン並びに/またはそれから誘導される少なくとも1種類の物質の有効量と、薬剤担体と、を含む医薬組成物。
【請求項17】
酸性スフィンゴミエリナーゼに対するものである少なくとも1種類の抗体、特に中和抗体の有効量と、薬剤担体と、を含む医薬組成物。
【請求項18】
セラミドに対するものである少なくとも1種類の抗体、特に中和抗体の有効量と、薬剤担体と、を含む医薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公表番号】特表2006−505527(P2006−505527A)
【公表日】平成18年2月16日(2006.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−530234(P2004−530234)
【出願日】平成15年8月21日(2003.8.21)
【国際出願番号】PCT/EP2003/009254
【国際公開番号】WO2004/017949
【国際公開日】平成16年3月4日(2004.3.4)
【出願人】(505065489)
【Fターム(参考)】