説明

感温性相変化型水性組成物、紙用塗工剤、塗工紙および塗工紙の製造方法

【課題】ポリビニルアルコール(PVA)系樹脂を含む塗工層を形成でき、塗工性および粘度安定性に優れるとともに、得られた塗工層の耐水性に優れる水性組成物を提供する。
【解決手段】PVA系樹脂(A)、2以上のヒンダードアミノ基を有する化合物(B)および水を含み、樹脂(A)が酸基を有する構造単位を5〜40モル%有し、樹脂(A)の酸基と化合物(B)のヒンダードアミノ基との間に働く相互作用によって樹脂(A)および化合物(B)間に架橋構造が形成され、当該架橋構造によるネットワーク中に水が取り込まれた含水ゲルが形成されるゲル相と;前記架橋構造の形成が阻害され、樹脂(A)および化合物(B)がそれぞれ水中に溶解又は分散した水性液状体が形成されるゾル相と;を示し、両相の相変化が熱可逆的な感温性相変化型水性組成物とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、温度に応答する可逆的な架橋によって形態が異なる2つの相(ゲル相およびゾル相)を示すとともに、温度変化による当該2つの相の間の相変化が可逆的である感温性相変化型水性組成物に関する。また、本発明は、この水性組成物を利用した紙用塗工剤、塗工紙および塗工紙の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリビニルアルコール系樹脂(PVA系樹脂)は、その造膜性および接着性(例えば接着強度)に優れることから、各種のバインダー、接着剤、表面処理剤に広く使用されている。PVA系樹脂の用途の一つに、紙面に塗工する紙用塗工剤がある。この塗工剤はPVA系樹脂を含む水性組成物であり、当該塗工剤の塗工により、紙面の表面強度、美観、印刷特性などが向上する。また、機能性材料をさらに含む塗工剤とすることにより、PVA系樹脂をバインダーとする機能性層を紙面に形成できる。機能性材料の一例は感熱性の発色剤であり、この場合、機能性層として感熱性の記録層が形成された感熱記録紙が得られる。機能性層を保護するためのコート層の形成に、PVA系樹脂を含む塗工剤が使用されることもある。
【0003】
しかしながら、PVA系樹脂は水溶性が高いため、当該樹脂を単に含む塗工剤では、塗工により形成された層(塗工層)の低い耐水性が問題となる。塗工層の耐水性が低いと、例えば、印刷用紙としては、現時点で最も一般的な印刷方法であるオフセット印刷に適さない用紙となる。感熱記録紙としては、記録層が水分の影響により消失したり、紙面がべたつくなど、商品価値の低い記録紙となる。
【0004】
これに対して、バインダーとなるPVA系樹脂を化学架橋して塗工層の耐水性を向上させる方法が提案されている。例えば、特許文献1,2には、グリオキザールおよびグルタルアルデヒドのようなアルデヒド化合物を架橋剤として使用する方法が開示されている。しかし、これらのアルデヒド化合物を架橋剤として用いた場合、一旦架橋が進行するとその反応は非可逆である。
【0005】
また、特許文献3には、ホウ酸およびその塩をポリビニルアルコール(PVA)の架橋剤として用いる方法が開示されている。ホウ酸およびその塩は、ビニルアルコール単位の水酸基と水素結合などによる弱い架橋構造を形成し、この架橋構造は、温度により可逆的に開裂することができる。このため、ホウ酸およびその塩の使用により、温度による塗工剤の粘度の調整が可能となる。
【0006】
ところで、特許文献4には、酸とヒンダード構造を有するアミノ基を持つアミンとを使用することにより、熱不可逆的なアミド結合の形成を抑制し、代わって酸−アミン間にイオン架橋を形成することで熱可逆的な架橋構造を有する架橋体、および当該架橋体を含むホットメルト樹脂が開示されている。しかしながら、特許文献4は、ホットメルト樹脂のような疎水性の樹脂組成物に関する技術を開示するものであり、当該文献の技術は、有機溶剤すら含まない固形の樹脂組成物の溶融粘度のみに着目した技術であって、水性組成物および当該組成物を含む耐水性に優れた塗工剤に関し、当該文献には何ら記載がない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭56-155790号公報
【特許文献2】特開昭61-162383号公報
【特許文献3】特許第3736195号公報
【特許文献4】特開平10-338711号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1および2に開示されているように、PVA系樹脂に対する化学的な架橋性を有する化合物を架橋剤として使用し、PVA系樹脂と当該化合物との間の化学的な架橋のみを利用する方法では、塗工前に架橋反応およびそれに伴う不可逆的なゲル化が進行し、水性組成物としての塗工性および粘度安定性が低下する。これらの点は、特に、塗工延べ面積が大きい紙面に連続かつ低コストで塗工層を形成することが求められる紙用塗工剤において、改善が望まれる。
【0009】
一方、特許文献3に開示されているように、ホウ酸およびその塩をPVA系樹脂の架橋剤として用いる方法では、温度により塗工剤の粘度を調整できるため、水性組成物の塗工性および粘度安定性の向上が期待できる。しかし、この架橋構造は、瞬間的にはホウ素とPVA系樹脂が有する水酸基との化学的な架橋構造を形成しているが、溶媒分子、多くの場合は水と容易に配位交換するため、塗布膜が水に溶出しやすく、より高い耐水性を要する塗工剤としては適当ではない。さらに、ホウ酸およびその塩は、特に欧州において、化学物質規制の対象となっており、その使用量の削減が望まれる。
【0010】
本発明は、前記の課題を解決するためになされたものであり、PVA系樹脂を含む塗工層を形成できる水性組成物であって、水性組成物としての塗工性および粘度安定性に優れるとともに、ひとたび塗工層が形成された後は当該塗工層の耐水性に優れる水性組成物の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明の水性組成物は、ポリビニルアルコール系樹脂(PVA系樹脂)(A)、2以上のヒンダード(hindered)アミノ基を有する化合物(B)および水を含む。前記樹脂(A)は、酸基を有する構造単位を全構造単位の5〜40モル%有する。本発明の水性組成物は、含水ゲルが形成されるゲル相と、水性液状体が形成されるゾル相とを示す。ゲル相において形成される含水ゲルでは、前記樹脂(A)の酸基と前記化合物(B)のヒンダードアミノ基との間に働く相互作用によって前記樹脂(A)および前記化合物(B)間に架橋構造が形成され、当該架橋構造によるネットワーク中に前記水が取り込まれている。ゾル相において形成される水性液状体では、前記相互作用による前記架橋構造の形成が阻害され、前記樹脂(A)および前記化合物(B)が、それぞれ前記水中に溶解又は分散している。本発明の水性組成物は、前記ゲル相と前記ゾル相との間の相変化が熱可逆的である感温性相変化型水性組成物である。
【0012】
本発明の水性組成物は紙用塗工剤に使用できる。本発明の紙用塗工剤は、本発明の感温性相変化型水性組成物からなる。
【0013】
本発明の塗工紙は、本発明の塗工剤を紙面に塗工して得た塗工層を有する塗工紙であって、前記塗工層が前記水性組成物に含まれる前記樹脂(A)の酸基と前記化合物(B)のヒンダードアミノ基とが反応して形成されるアミド結合により架橋された樹脂(A)と化合物(B)との架橋体を含む。
【0014】
本発明の製造方法は、本発明の塗工紙の製造方法であって、塗工により前記水性組成物に含まれる水を揮発させることで、当該組成物に含まれる前記樹脂(A)の酸基と前記化合物(B)のヒンダードアミノ基との間に脱水縮合反応を進行させてアミド結合を形成し、該アミド結合により架橋された樹脂(A)と化合物(B)の架橋体を含む塗工層を形成する工程を含む。
【発明の効果】
【0015】
本発明の水性組成物は、PVA系樹脂(A)が有する酸基と化合物(B)が有するヒンダードアミノ基との間に働く相互作用により形成される樹脂(A)および化合物(B)間の架橋構造に基づいて、PVA系樹脂(A)を含む塗工層を形成できる水性組成物であって、水性組成物としての塗工性および粘度安定性に優れ、ひとたび塗工層が形成された後は当該塗工層の耐水性に優れる水性組成物となる。
【発明を実施するための形態】
【0016】
[ポリビニルアルコール系樹脂(A)]
本発明の水性組成物は、酸基を有する構造単位Xを全構造単位の5〜40モル%有するPVA系樹脂(A)を含む。樹脂(A)は、構造単位Xの含有率に関する上記限定が満たされる限り特に限定されない。樹脂(A)として、公知のPVA系樹脂の使用が可能である。
【0017】
構造単位Xが有する酸基は、例えば、カルボン酸基、無水カルボン酸基である。ゲル相における、化合物(B)が有するヒンダードアミノ基とのイオン性相互作用の形成、ならびに本発明の水性組成物から水が失われた相(脱水化相)における当該アミノ基とのアミド結合の形成がより確実であることから、酸基は、カルボン酸基および無水カルボン酸基が好ましい。
【0018】
構造単位Xは、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、クロトン酸、イタコン酸、フマル酸、マレイン酸などの、カルボン酸基を有する不飽和単量体に由来する単位;無水マレイン酸などの、無水カルボン酸基を有する不飽和単量体に由来する単位;である。ゲル相における化合物(B)が有するヒンダードアミノ基とのイオン性相互作用の形成、および脱水化相における当該アミノ基とのアミド結合の形成がより確実となることから、構造単位Xは、上記カルボン酸基を有する不飽和単量体に由来する単位が好ましく、アクリル酸単位又はメタクリル酸単位(これらをまとめて(メタ)アクリル酸単位という)がより好ましい。
【0019】
樹脂(A)は、例えば、蟻酸ビニル、酢酸ビニル、プロピオン酸ビニル、酪酸ビニル、イソ酪酸ビニル、ピバリン酸ビニル、バーサチック酸ビニル、カプロン酸ビニル、カプリル酸ビニル、ラウリン酸ビニル、パルミチン酸ビニル、ステアリン酸ビニル、オレイン酸ビニル、安息香酸ビニル、酢酸イソプロペニルなどのビニルエステル系単量体と、酸基を有する上述した不飽和単量体との共重合体をけん化して得た樹脂である。なかでも、樹脂(A)は、酢酸ビニルと、上記カルボン酸基を有する不飽和単量体および/又は上記無水カルボン酸基を有する不飽和単量体単位との共重合体をけん化して得た樹脂が好ましい。
【0020】
樹脂(A)は、本発明の効果が得られる限り、上述した単量体以外の他の単量体に由来する構造単位を含んでいてもよい。当該他の単量体は、例えば、アクリル酸メチル、アクリル酸エチル、アクリル酸n−プロピル、アクリル酸i−プロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸i−ブチル、アクリル酸t−ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸ドデシル、アクリル酸オクタデシルなどの、アクリル酸エステル基を有する不飽和単量体;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸n−プロピル、メタクリル酸i−プロピル、メタクリル酸n−ブチル、メタクリル酸i−ブチル、メタクリル酸t−ブチル、メタクリル酸2−エチルヘキシル、メタクリル酸ドデシル、メタクリル酸オクタデシルなどの、メタクリル酸エステル基を有する不飽和単量体;アクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N−エチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、ジアセトンアクリルアミド、アクリルアミドプロパンスルホン酸およびその塩、アクリルアミドプロピルジメチルアミンおよびその塩(4級塩等)、N−メチロールアクリルアミドおよびその誘導体などのアクリルアミド基を有する不飽和単量体;メタクリルアミド、N−メチルメタクリルアミド、N−エチルメタクリルアミド、メタクリルアミドプロパンスルホン酸およびその塩、メタクリルアミドプロピルジメチルアミンおよびその塩(4級塩等)、N−メチロールメタクリルアミドおよびその誘導体などのメタクリルアミド基を有する不飽和単量体;エチレン、プロピレン、ブチレン、イソプロピレン、イソブチレンなどのα−オレフィン類;メチルビニルエーテル、エチルビニルエーテル、n−プロピルビニルエーテル、i−プロピルビニルエーテル、n−ブチルビニルエーテル、i−ブチルビニルエーテル、t−ブチルビニルエーテル、ドデシルビニルエーテル、ステアリルビニルエーテルなどのビニルエーテル類;アクリロニトリル、メタクリロニトリルなどのシアン化ビニル;塩化ビニル、フッ化ビニルなどのハロゲン化ビニル;塩化ビニリデン、フッ化ビニリデンなどのハロゲン化ビニリデン;酢酸アリル、塩化アリルなどのアリル化合物;ビニルトリメトキシシランなどのビニルシリル化合物;である。
【0021】
樹脂(A)は、本発明の水性組成物がゲル相において含水ゲルが形成された状態となり、ゾル相において水性液状体が形成された状態となるために、水との親和性が高い必要、典型的には水溶性である必要がある。この観点から、上記他の単量体が、例えば、α−オレフィン類のように疎水性の単量体である場合、当該単量体に由来する構造単位の含有率は、好ましくは0〜10モル%であり、より好ましくは0〜5モル%である。
【0022】
樹脂(A)における構造単位Xの含有率(樹脂(A)の全構造単位に占める構造単位Xの割合)は、5〜40モル%である。当該含有率が5モル%未満では、ゲル相における、化合物(B)が有するヒンダードアミノ基とのイオン性相互作用の形成が不十分となり、水性組成物としての、温度による粘度調整の自由度が低下する(塗工性が低下する)。また、脱水化相における、化合物(B)が有するヒンダードアミノ基とのアミド結合の形成が不十分となり、塗工層の耐水性が低下する。当該含有率の下限は、7モル%以上が好ましく、10モル%以上がより好ましい。当該含有率が40モル%を超えると、ゲル相で形成される架橋構造の密度が過度に高くなることで、水性組成物としての、温度による粘度調整の自由度および粘度安定性が低下する。また、脱水化相におけるアミド結合の形成が過度に進行し、塗工層の靱性が失われる。当該含有率の上限は、30モル%以下である。
【0023】
構造単位Xが酸基として無水カルボン酸基を有する場合、樹脂(A)における構造単位Xの含有率は、実際の含有率の2倍として扱う。
【0024】
樹脂(A)には、酸基を有する構造単位Xがブロック的に導入されていることが好ましい。換言すれば、樹脂(A)が酸基を有する構造単位Xからなる重合体ブロックを有するブロック共重合体であることが好ましい。樹脂(A)は、ビニルエステル系単量体に由来する構造単位のけん化により形成されたビニルアルコール単位を構造単位として有するが、酸基を有する構造単位Xが樹脂(A)の分子鎖中にランダムに存在すると、構造単位Xの酸基と構造単位Xに隣接するビニルアルコール単位の水酸基とが反応してラクトン構造が形成されることがある。ラクトン構造となった酸基は、もはやヒンダードアミノ基との架橋構造の形成に寄与できない。酸基を有する構造単位Xが樹脂(A)にブロック的に導入されていると、このようなラクトン構造の形成が抑制され、各相における架橋構造の形成がより確実となる。なお、この場合、樹脂(A)は、酸基を有する構造単位Xからなる重合体ブロックと、ビニルアルコール単位を含む重合体ブロックとを有する。ビニルアルコール単位を含む重合体ブロックは、樹脂(A)のけん化度に応じて、けん化前のビニルエステル系単量体に由来する構造単位を含みうる。また、当該重合体ブロックは、上述した他の単量体に由来する構造単位を含みうる。
【0025】
樹脂(A)の重合度は特に限定されないが、100〜3000が好ましい。重合度が100未満になると、十分な膜強度を有する塗工層の形成が難しくなることがある。重合度の下限は500以上が好ましい。重合度が3000を超えると、ゾル相である水性液状体の粘度が上昇し、水性組成物としての温度による粘度調整の自由度が低下する(塗工性が低下する)。重合度の上限は2500以下が好ましい。樹脂(A)の重合度とは、JIS K6726−1994の規定に準拠して測定される平均重合度であり、樹脂(A)を再けん化し精製した後に、温度を30℃に保持した恒温水槽中で測定した極限粘度から求めることができる。
【0026】
[化合物(B)]
本発明の水性組成物は、2以上のヒンダードアミノ基を有する化合物(B)を含む。化合物(B)は、ゾル相およびゲル相においてアミド結合の形成を抑制し、ゲル相においてイオン性相互作用による架橋構造の形成を確実とするために、1分子中に2以上のヒンダードアミノ基を有する。酸とヒンダードアミノ基は1対で相互作用するため、2以上のヒンダードアミノ基を有することで、分子間架橋を形成することができる。化合物(B)が繰り返し単位を有する場合、例えば高分子量の化合物である場合は、化合物(B)が、2以上のヒンダードアミノ基を有する繰り返し単位を有すればよい。好ましくは、化合物(B)が2以上のヒンダードアミノ基を有する繰り返し単位を主たる繰り返し単位(含有率にして50モル%以上)として有し、より好ましくは、化合物(B)が2以上のヒンダードアミノ基を有する繰り返し単位(繰り返し単位は1種であっても2種以上であってもよい)からなる。
【0027】
ヒンダードアミノ基は、アミノ基が結合している原子、又はアミノ基が結合している原子に隣接する当該原子をアミノ基とともに挟持する原子に、アミノ基への物理的な立体障害となるヒンダード構造が結合している基のことである。ヒンダード構造は、例えばアルキル基により構築される。より具体的な例としては、アミノ基が結合している炭素原子(α位の炭素原子)又は当該炭素原子に隣接するα位の炭素原子をアミノ基とともに挟持する炭素原子(β位の炭素原子)に、2又は3のアルキル基が結合した構造である。アルキル基の炭素数は1〜4が好ましい。
【0028】
化合物(B)は、典型的にはアミン化合物である。化合物(B)が第二級又は第三級アミンの場合、α位の炭素原子にヒンダード構造が結合していることが好ましく、第一級アミンの場合、β位の炭素原子にヒンダード構造が結合していることが好ましい。化合物(B)が第二級又は第三級アミンの場合、窒素原子に結合する2つのα位の炭素原子にヒンダード構造が結合していることが好ましい。化合物(B)は第二級アミン化合物が好ましい。第二級アミン化合物の場合、窒素上のルイス塩基性が高いことから酸との強い相互作用が期待でき、かつ隣接炭素上のヒンダード構造による立体遮蔽を効果的に得ることができる。
【0029】
具体的な化合物(B)は、例えば、ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)セバケ−ト、ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)セバケ−ト、テトラキス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)ブタンテトラカルボキシレ−ト、テトラキス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)ブタンテトラカルボキシレ−ト、ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)・ジ(トリデシル)−1,2,3,4−ブタンテトラカルボキシレ−ト、ビス(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)−2−ブチル−2−(3,5−ジ第三ブチル−4−ヒドロキシベンジル)マロネ−ト、1−(2−ヒドロキシエチル)−2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジノ−ル/コハク酸ジエチル重縮合物、1,6−ビス(2,2,6,6−テトラエチル−4−ピペリジルアミノ)ヘキサン/ジブロモエタン重縮合物、3,9−ビス〔1,1−ジメチル−2−{トリス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジルオキシカルボニル)ブチルカルボニルオキシ}エチル〕−2,4,8,10−テトラオキサスピロ[5,5]ウンデカン、1,6−ビス(2,2,6,6−テトラエチル−4−ピペリジルアミノ)ヘキサン/2,4−ジクロロ−6−モルホリノ−s−トリアジン重縮合物、1,6−ビス(2,2,6,6−テトラエチル−4−ピペリジルアミノ)ヘキサン/2,4−ジクロロ−6−第三オクチルアミノ−s−トリアジン重縮合物、1,5,8,12−テトラキス〔2,4−ビス(N−ブチル−N−(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)アミノ)−s−トリアジン−6−イル〕−1,5,8,12−テトラアザドデカン、1,5,8,12−テトラキス〔2,4−ビス(N−ブチル−N−(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)アミノ)−s−トリアジン−6−イル〕−1,5,8,12−テトラアザドデカン、1,6,11−トリス〔2,4−ビス(N−ブチル−N−(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)アミノ)−s−トリアジン−6−イルアミノ〕ウンデカン、1,6,11−トリス〔2,4−ビス(N−ブチル−N−(1,2,2,6,6−ペンタメチル−4−ピペリジル)アミノ)−s−トリアジン−6−イルアミノ〕ウンデカンなどの、2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジノ−ルと2〜4価のカルボン酸とのエステル化合物もしくは部分エステル化合物、2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジルアミンと塩化シアヌルとの縮合物(多価アミンをさらに縮合させてもよい)、N,N−ビス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)アルキレンジアミンと塩化シアヌルとの縮合物(アルキルアミンをさらに縮合させてもよい);ポリ[{6−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)アミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジイル}{(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)イミノ}ヘキサメチレン{(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)イミノ}]などの、2,2,6,6−テトラメチルピペリジニル基あるいは2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジノ−ル基を有する単量体を重合又は共重合して得た高分子量の化合物である。高分子量体は、ヒンダードアミノ基を1分子鎖内に多点で有することから、少量でも高い架橋性が期待できる。
【0030】
[水性組成物]
本発明の水性組成物は、PVA系樹脂(A)と2以上のヒンダードアミノ基を有する化合物(B)と水とを含む。本発明の水性組成物における化合物(B)の含有量は、樹脂(A)100質量部に対して0.1〜20質量部が好ましく、0.5〜20質量部がより好ましく、0.5〜10質量部がさらに好ましい。当該含有量が0.1質量部未満になると、樹脂(A)と化合物(B)との間の架橋構造の形成が不十分となり、本発明の効果が得られないことがある。当該含有量が20質量部を超えると、樹脂(A)と化合物(B)との相溶性の確保が難しくなることがある。樹脂(A)と化合物(B)との相溶性が確保できないと、低分子量の化合物(B)では形成した塗工層から化合物(B)がブリードアウトしたり、高分子量の化合物(B)では塗工層の造膜性が低下したりする。当該含有量の下限は、1質量部以上が好ましく、1.5質量部以上がより好ましく、2質量部以上がさらに好ましい。
【0031】
本発明の水性組成物中の、樹脂(A)の含有率は、水性組成物の塗工性や、塗工層の乾燥に要する時間などを考慮して任意に選択することができるが、水性組成物の安定性と取り扱い性の観点から、その含有率は1〜30質量%の範囲内とすることが好ましく、3〜20質量%の範囲がより好ましい。
【0032】
本発明の水性組成物は、PVA系樹脂(A)が有する酸基と化合物(B)が有するヒンダードアミノ基との間に働く相互作用により、樹脂(A)および化合物(B)間に架橋構造を形成することができる。これにより、本発明の水性組成物は、塗工性および粘度安定性に優れ、かつ本発明の水性組成物からなる塗工層は耐水性にも優れる。
【0033】
本発明の水性組成物において、塗工性および粘度安定性に優れる効果が得られるのは、当該水性組成物が以下の二つの特徴的な相(フェイズ)に変化することに基づいている。一つ目の相は、含水ゲルが形成されるゲル相である。二つ目の相は、水性液状体が形成されるゾル相である。
【0034】
ゲル相では、樹脂(A)の酸基と化合物(B)のヒンダードアミノ基との間に働く相互作用に基づく架橋構造が、PVA系樹脂(A)および化合物(B)間に形成されている。酸基とアミノ基との間には通常であればアミド結合が形成されるが、ゲル相では、ヒンダードアミノ基の分子構造に基づく立体的な障害によってアミド結合の形成が阻害され、水分子が介在したイオン性相互作用による架橋構造が形成されると考えられる。水分子の介在は、酸基ならびにヒンダードアミノ基におけるアミノ基の部分の親水性が高いことに基づく。そして、これらの基の親水性ならびにPVA系樹脂(A)が有する水酸基の親水性に基づき、形成された架橋構造によるネットワーク中に水が取り込まれるため、ゲル相における本発明の水性組成物は、含水ゲルが形成された状態となる。
【0035】
一方、ゾル相では、水性組成物に含まれる水分子、樹脂(A)の分子鎖および化合物(B)分子の熱運動が大きい。これにより、水分子が介在したイオン性相互作用による架橋構造の形成が阻害される。ゲル相から温度が上昇してゾル相になった場合、これら分子の熱運動による相互作用の消滅によって、本発明の水性組成物における上記架橋構造の密度が低下する。そして、本発明の水性組成物は、樹脂(A)および化合物(B)が、それぞれ水中に溶解するか、又は水中に分散した水性液状体の状態となる。このゲル相からゾル相への相変化は熱可逆的であり、温度が低下してゲル相になれば、水分子、樹脂(A)の分子鎖および化合物(B)分子の熱運動が小さくなって上記イオン性相互作用が再形成され、本発明の水性組成物は含水ゲルが形成された状態に戻る。
【0036】
化学的架橋ではなく、水分子が介在したイオン性相互作用による架橋構造が形成されることによって、本発明の水性組成物は高い粘度安定性を有する。そして、当該架橋構造の形成および消滅が感温性かつ可逆的な相変化に基づいており、水性組成物として含水ゲルが形成された状態(ゲル相)から水性液状体が形成された状態(ゾル相)までを取りうることによって、本発明の水性組成物は温度による粘度調整の自由度が高く、塗工性に優れる水性組成物となる。
【0037】
本発明の水性組成物は、塗工により水が揮発して、当該水性組成物に含まれていた水が失われた相「脱水化相」に変化する。このゾル相又はゲル相から脱水化相への相変化は非可逆的である。水が揮発すると、水分子が介在したイオン性相互作用に代わって、樹脂(A)の酸基と化合物(B)のヒンダードアミノ基とが脱水縮合反応してアミド結合による強固な化学的架橋が形成される。このため、本発明の水性組成物を塗工してなる塗工層(脱水化相)は耐水性に優れる。
【0038】
本発明の水性組成物におけるゲル相とゾル相との間の相変化は、ある程度の幅を有する温度域内で進行する。ゲル相とゾル相とが相変化する温度は、水性組成物の組成、例えば、樹脂(A)および化合物(B)の種類、水性組成物におけるそれぞれの含有量など、によって異なる。水性組成物の用途にもよるが、当該用途における水性組成物の一般的な塗工温度においてゾル相を、それより低い温度にてゲル相をとるように、水性組成物の組成を決定することが好ましい。これにより、ゾル相による高い塗工性を有しながら、塗工後、温度が下がるとゲル相となって流動性が失われることで、塗工液のセット性が良好になる。
【0039】
組成決定の具体的な例として、例えば、本発明の水性組成物を50℃より低い温度範囲で塗工しようとする場合、相変化の温度を低くして水性組成物のゲル化を抑制するために、化合物(B)として低分子量体を用いることが好ましい。一方、50℃より高い温度範囲で塗工しようとする場合、相変化の温度を高くできることから、化合物(B)として、架橋の効率に優れる高分子量体を用いることが好ましい。具体的には、前者の場合、テトラキス(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)ブタンテトラカルボキシレ−トなどが、後者の場合、ポリ[{6−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)アミノ−1,3,5−トリアジン−2,4−ジイル}{(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)イミノ}ヘキサメチレン{(2,2,6,6−テトラメチル−4−ピペリジル)イミノ}]などが、化合物(B)として好適に用いられる。しかし、低分子量体である化合物(B)を含む水性組成物を後者の塗工に使用することはもちろん可能であり、高分子量体である化合物(B)を含む水性組成物を前者の塗工に使用することも可能である。
【0040】
本発明の水性組成物は、ゲル相においてもゾル相においても水を含む。本発明の水性組成物は、水を含むことができる温度域内にゲル相およびゾル相をとる。また、相変化に際して、本発明の水性組成物は、含水ゲルと水性液状体が混在したこれらの中間相の状態をとりうる。本発明の水性組成物を塗工剤として使用する場合は、塗工の際に、水性組成物がゾル相を示す温度にまで加熱することが好ましい。
【0041】
ゲル相において、樹脂(A)の全ての酸基と化合物(B)の全てのヒンダードアミノ基との間にイオン性相互作用による架橋構造が形成されていなくてもよい。独立して存在する酸基およびヒンダードアミノ基が存在していてもよい。また、温度変化によるゲル相とゾル相との間の相変化が可逆的であり、本発明の効果が得られる限り、酸基およびヒンダードアミノ基の一部がアミド結合を形成していてもよい。
【0042】
ゾル相において、樹脂(A)の全ての酸基と、化合物(B)の全てのヒンダードアミノ基とが独立して存在していなくてもよい。水性液状体が形成される限り、一部の当該酸基と一部の当該ヒンダードアミノ基との間にイオン性相互作用による架橋構造が残留していてもよい。また、温度変化によるゲル相とゾル相との間の相変化が可逆的であり、本発明の効果が得られる限り、酸基およびヒンダードアミノ基の一部がアミド結合を形成していてもよい。
【0043】
本発明の水性組成物は、含水ゲルが形成されるゲル相と水性液状体が形成されるゾル相との間で、組成物としての粘度が大きく変化する。その変化の程度は、例えば粘度計で測定した当該組成物の粘度について、ゾル相での粘度ηHに対するゲル相での粘度ηLの比ηL/ηHにして10倍以上、好ましくは20倍以上、より好ましくは50倍以上である。なお、比ηL/ηHはゲル相およびゾル相間の相変化の前後における水性組成物の粘度の変化に相当する。
【0044】
本発明の水性組成物の塗工によって、PVA系樹脂(A)を含む耐水性に優れる塗工層が形成される。塗工層において、樹脂(A)は例えばバインダーとしての役割を担いうる。塗工層の形成にあたっては、紫外線、電子線、熱などの架橋トリガーの印可を省略することができる。もちろん、本発明の効果が得られる限り、塗工層の形成にあたり必要に応じて架橋トリガーを印可することは差し支えない。
【0045】
本発明の水性組成物は、本発明の効果が得られる限り、その用途(塗工層の使用目的)に応じて樹脂(A)および化合物(B)以外の成分を含むことができる。当該成分は、例えば酸化防止剤、安定化剤、滑剤、難燃剤、加工助剤、帯電防止剤、着色剤、熱線反射剤、熱線吸収剤、耐衝撃助剤、充填剤、耐湿剤、分散剤、界面活性剤、紫外線吸収剤などの添加剤;樹脂(A)および化合物(B)以外の重合体および化合物;樹脂(A)の架橋剤;紙用塗工剤の説明において後述する機能性材料である。本発明の水性組成物は、これらの成分を1種又は2種以上含むことができる。ただし、架橋剤については、その添加により本発明の効果が失われやすいため、添加にあたってその種類および添加量に注意が必要である。
【0046】
[紙用塗工剤、塗工紙、塗工紙の製造方法]
本発明の紙用塗工剤は本発明の水性組成物からなる。本発明の紙用塗工剤の紙面への塗工によって、樹脂(A)を含む耐水性に優れる塗工層が紙面に形成される。
【0047】
本発明の紙用塗工剤は、例えばクリア塗工剤、機能性塗工剤として用いることができる。本発明の塗工剤をクリア塗工剤として用いた場合、例えば、紙面を保護するコート層あるいは別途形成された機能性層を保護するコート層が紙面に形成される。本発明の塗工剤を機能性塗工剤として用いた場合、塗工剤に含まれる機能性材料に応じた機能を示す機能性層が紙面に形成される。機能性材料は、例えば、染料および顔料などの発色剤、発色剤の発色を補助する発色助剤である。このとき、機能性層として発色層が紙面に形成される。
【0048】
本発明の紙用塗工剤の塗工対象となる紙の種類は特に限定されない。本発明の紙用塗工剤をクリア塗工剤として用いる場合、例えば、マニラボール、白ボール、ライナーなどの板紙;一般上質紙、中質紙、グラビア用紙などの印刷用紙;である。本発明の紙用塗工剤を機能性塗工剤として用いる場合、例えば、感熱記録紙、インクジェット用紙、感圧紙、アート・コート紙、微塗工紙である。
【0049】
本発明の紙用塗工剤は、例えば、塗工対象となる紙の紙面にそのまま塗工すればよい。本発明の紙用塗工剤を紙面に塗工する方法は特に限定されない。例えば、公知のコーター(サイズプレスコーター、エアナイフコーター、ブレードコーター、ロールコーターなど)を用いて塗工できる。
【0050】
本発明の塗工紙は、本発明の水性組成物からなる紙用塗工剤を紙面に塗工して得た塗工層を有する。塗工層は、樹脂(A)および化合物(B)の架橋体を含む。当該架橋体は、樹脂(A)の酸基と化合物(B)のヒンダードアミノ基とが反応して形成されたアミド結合による架橋構造を有する。塗工層は、樹脂(A)および化合物(B)以外の成分を含んでいてもよい。当該成分は、例えば、発色剤などの機能性材料および添加剤である。また、塗工層は上記アミド結合による架橋構造以外の架橋構造を有していてもよい。
【0051】
本発明の塗工紙は、本発明の水性組成物を紙面に塗工して得ることができる。本発明の塗工紙のより具体的な製法の一例は、本発明の製造方法である。
【0052】
本発明の製造方法は、本発明の水性組成物からなる紙用塗工剤を紙面に塗工して、塗工層を有する塗工紙を得る方法である。本発明の製造方法では、この塗工により、水性組成物に含まれる水を揮発させる。これにより、当該組成物に含まれる樹脂(A)の酸基と化合物(B)のヒンダードアミノ基との間に脱水縮合反応が進行し、アミド結合が形成する。そして、樹脂(A)および化合物(B)の架橋体であって、当該アミド結合による架橋構造を有する架橋体を含む塗工層が形成される。水性組成物に含まれる水を揮発させるためには、公知の乾燥方法を適用できる。
【実施例】
【0053】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されない。最初に、本実施例において作製した水性組成物および塗工層の評価方法を示す。
【0054】
[粘度評価]
実施例1〜5および比較例1〜4で作製した水性組成物について、温度変化による粘度の変化をブルックフィールド製粘度計「LVDVII+Pro」を用いて評価した。作製した水性組成物の粘度を、(I)25℃で1時間保持した時点、(II)その後、加熱して80℃で1時間保持した時点、(III)さらに冷却して25℃で1時間保持した時点、の3つの時点で測定した。そして、昇温時((I)→(II))および降温時((II)→(III))のそれぞれの温度変化に対する水性組成物の粘度の変化を評価し、温度変化の前後における水性組成物の粘度について、低い方の値に対する高い方の値の比が10以上となった場合をA、それ以外の場合をBとした。昇温時および降温時ともに粘度の変化がAであれば、評価した水性組成物における温度変化に伴う粘度の変化が大きく、かつ当該変化が温度変化に対して可逆的である(熱可逆性あり)といえる。昇温時の変化がA、降温時の変化がBであれば、昇温時に大きく粘度が変化するものの、評価した水性組成物における粘度の変化が温度変化に対して不可逆的である(熱可逆性なし)といえる。昇温時および降温時の双方の変化がBであれば、評価した水性組成物における粘度の変化が小さい、例えばゲル相およびゾル相を示さない組成物である、といえる。本明細書においては、昇温時および降温時ともに粘度の変化がAであるものを「熱可逆性あり」と、それ以外のものを「熱可逆性なし」として評価した。
【0055】
[耐水性評価]
実施例および比較例で作製した塗工フィルムを10cm×5cmのサイズに切り出し、その重量(浸水前重量)を測定した。次に、重量測定後の塗工フィルムを25℃の水に浸漬し、24時間静置した。静置後の塗工フィルムを取り出し十分に乾燥させた後、その重量(浸水後重量)を測定した。浸水前重量と浸水後重量との差(溶出量)を求め、浸水前重量に対する溶出量の比(溶出率)を求めた。溶出率が小さいほど、塗工フィルムの耐水性が高いといえる。
【0056】
(合成例1)
ポリビニルアルコール−b−ポリアクリル酸共重合体(P−1)の合成
還流冷却管および撹拌翼を備える内容積3Lの四つ口セパラブルフラスコに、イオン交換水737gおよび分子末端にメルカプト基を有するポリビニルアルコール(PVA、重合度1500、けん化度98.5モル%)100gを仕込み、これを撹拌しながら90℃まで加熱して、PVAをイオン交換水に溶解させた。次に、得られたPVA水溶液を室温まで冷却し、これにアクリル酸モノマー44.4gを攪拌しながら添加した後、フラスコ内の水溶液を70℃まで加温するとともに、当該水溶液に窒素を30分間バブリングすることで系内を窒素置換した。その後、過硫酸カリウムの2.5質量%水溶液37.6mLを90分かけて逐次的にフラスコ内に投入して、PVAとアクリル酸とのブロック共重合反応を開始、進行させた。重合反応は、過硫酸カリウムの添加後も系内温度を75℃にして60分間、さらに進行させた。その後、フラスコ内を冷却し、固形分換算で13質量%の濃度を有するPVA−ポリアクリル酸ブロック共重合体(P−1)の水溶液を得た。得られた水溶液の一部を取り出し、それを乾燥して得たポリマー片に対してプロトン核磁気共鳴(1H−NMR、270MHz)による組成評価を行ったところ、共重合体(P−1)におけるアクリル酸単位の含有率は20モル%であった。なお、NMR測定にあたり、重溶媒には重水を用いた。
【0057】
(合成例2)
ポリビニルアルコール−b−ポリアクリル酸共重合体(P−2)の合成
還流冷却管および撹拌翼を備える内容積3Lの四つ口セパラブルフラスコに、イオン交換水737gおよび分子末端にメルカプト基を有するPVA(重合度1500、けん化度98.5モル%)100gを仕込み、これを撹拌しながら90℃まで加熱して、PVAをイオン交換水に溶解させた。次に、得られたPVA水溶液を室温まで冷却し、これにアクリル酸モノマー19.8gを攪拌しながら添加した後、フラスコ内の水溶液を70℃まで加温するとともに、当該水溶液に窒素を30分間バブリングすることで系内を窒素置換した。その後、過硫酸カリウムの2.5質量%水溶液37.6mLを90分かけて逐次的にフラスコ内に投入して、PVAとアクリル酸とのブロック共重合反応を開始、進行させた。その後、フラスコ内を冷却し、固形分換算で13質量%の濃度を有するPVA−ポリアクリル酸ブロック共重合体(P−2)の水溶液を得た。得られた水溶液の一部を取り出し、それを乾燥して得たポリマー片に対してプロトン核磁気共鳴(1H−NMR、270MHz)による組成評価を行ったところ、共重合体(P−2)におけるアクリル酸単位の含有率は10モル%であった。なお、NMR測定にあたり、重溶媒には重水を用いた。
【0058】
(合成例3)
ポリビニルアルコール−無水マレイン酸共重合体(P−3)の合成
撹拌機、還流冷却管、アルゴン導入管、ディレー溶液の滴下口および重合開始剤の添加口を備える内容積3Lの反応器に、酢酸ビニルモノマー640g、メタノール199g、コモノマーとして無水マレイン酸モノマー0.84gを仕込み、アルゴンを30分間バブリングすることで系内をアルゴン置換した。これとは別に、無水マレイン酸をメタノールに溶解させて濃度5質量%とした溶液(ディレー溶液)を調製した。なお、ディレー溶液についても、アルゴンガスのバブリングによるアルゴン置換を実施した。
【0059】
次に、反応器を昇温させ、内温が60℃に達したところで、開始剤として2,2’−アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)0.096gを系内に添加し、重合を開始、進行させた。重合中、ディレー溶液の滴下により、系内のモノマー組成(酢酸ビニルとコモノマーである無水マレイン酸モノマーとの比率)を一定に保持した。重合開始から300分が経過した時点で、系を冷却し、重合を停止させた。重合を停止させるまでに添加したディレー溶液の総量は140.5mLであった。次に、30℃に保持しながら反応器内を減圧し、時々メタノールを添加しながら未反応の酢酸ビニルモノマーを除去し、ポリ酢酸ビニル−ポリ無水マレイン酸ブロック共重合体のメタノール溶液(濃度26.3質量%)を得た。
【0060】
次に、得られたメタノール溶液190.1gにメタノールを53.5gをさらに加え、続いて水酸化ナトリウムのメタノール溶液(濃度10.9質量%)6.4gを添加して、40℃で1時間けん化を行った。その後、系内に酢酸メチル200gを加えて残存するアルカリを中和した後、反応器の内容物をメタノール500mLに投入して洗浄し、メタノール中の沈殿物を濾別して、白色固体を得た。ここに水400gを加えて白色固体を溶解させた後、濃度0.1Nの塩酸10mLを添加し、1時間攪拌した。攪拌後の溶液をメタノール4L中に滴下して洗浄し、メタノール中の再沈殿物を取り出して、PVA−ポリ無水マレイン酸ブロック共重合体(P−3)を得た。得られた再沈殿物に対してプロトン核磁気共鳴(1H−NMR、270MHz)による組成評価を行ったところ、共重合体(P−3)における無水マレイン酸単位の含有率は2モル%(無水カルボン酸基を有するため、酸基を有する構造単位の含有率は4モル%として扱う)であった。なお、NMR測定にあたり、重溶媒には重水を用いた。
【0061】
(実施例1)
樹脂(A)として合成例1で得たPVA−ポリアクリル酸ブロック共重合体(P−1)の水溶液(固形分換算で濃度13質量%)11.5gに、以下の式(1)に示す、1分子あたり4つのヒンダードアミノ基を有する化合物(B)(ADEKA製、LA−57)0.075g、水9.23gおよびメタノール9.23gを加えて攪拌し、共重合体(P−1)を5質量%の濃度で含む水性組成物を作製した。化合物(B)の添加量は、樹脂(A)100質量部に対して5質量部であった。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果を以下の表2に、それぞれ示す。実施例1で作製した水性組成物は、25℃では含水ゲルが形成されたゲル相、80℃では水性液状体が形成されたゾル相の状態をとった。ゲル相とゾル相との相変化は可逆的であり、25℃における水性組成物の粘度は、一度80℃とした後もほぼ同一であった。実施例2〜5で作製した水性組成物もこれと同様の形態の変化を示すが、これらの水性組成物の粘度評価では、ゲル相とゾル相との間の相変化の前後における粘度の変化を評価したことになる。
【0062】
【化1】

【0063】
これとは別に、作製した水性組成物を15cm×15cmのサイズに加工したPETフィルム上にキャストして、当該水性組成物の塗工フィルムを作製した。キャストは、水およびメタノールを十分に揮発させた後、室温で24時間さらに真空乾燥して実施した。このようにして得た塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2に示す。
【0064】
(実施例2)
樹脂(A)として、合成例1で得たPVA−ポリアクリル酸ブロック共重合体(P−1)の代わりに、合成例2で得たPVA−ポリアクリル酸ブロック共重合体(P−2)を用いた以外は実施例1と同様にして、水性組成物および塗工フィルムを作製した。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果および塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。実施例2で作製した水性組成物は、25℃では含水ゲルが形成されたゲル相、80℃では水性液状体が形成されたゾル相の状態をとった。ゲル相とゾル相との相変化は可逆的であり、25℃における水性組成物の粘度は、一度80℃とした後もほぼ一定であった。
【0065】
(実施例3)
化合物(B)の添加量を2倍の0.15gとした以外は実施例1と同様にして、水性組成物および塗工フィルムを作製した。化合物(B)の添加量は、樹脂(A)100質量部に対して10質量部であった。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果および塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。実施例3で作製した水性組成物は、25℃では含水ゲルが形成されたゲル相、80℃では水性液状体が形成されたゾル相の状態をとった。ゲル相とゾル相との相変化は可逆的であり、25℃における水性組成物の粘度は、一度80℃とした後もほぼ一定であった。
【0066】
(実施例4)
化合物(B)としてADEKA製、LA−57の代わりに、以下の式(2)に示す1つの繰り返し単位あたり2個のヒンダードアミノ基を有する化合物(BASFジャパン製、CHIMASSORB944FDL)0.038gを用いた以外は実施例1と同様にして、水性組成物および塗工フィルムを作製した。化合物(B)の添加量は、樹脂(A)100質量部に対して2.5質量部であった。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果および塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。実施例4で作製した水性組成物は、25℃では含水ゲルが形成されたゲル相、80℃では水性液状体が形成されたゾル相の状態をとった。ゲル相とゾル相との相変化は可逆的であり、25℃における水性組成物の粘度は、一度80℃とした後もほぼ一定であった。
【0067】
【化2】

【0068】
(実施例5)
化合物(B)の添加量を2倍の0.075gとした以外は実施例4と同様にして、水性組成物および塗工フィルムを作製した。化合物(B)の添加量は、樹脂(A)100質量部に対して5質量部であった。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果および塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。実施例5で作製した水性組成物は、25℃では含水ゲルが形成されたゲル相、80℃では水性液状体が形成されたゾル相の状態をとった。ゲル相とゾル相との相変化は可逆的であり、25℃における水性組成物の粘度は、一度80℃とした後もほぼ一定であった。
【0069】
(比較例1)
化合物(B)を添加しなかった以外は実施例1と同様にして、水性組成物および塗工フィルムを作製した。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果および塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。比較例1で作製した水性組成物では含水ゲルが全く形成されず、当該水性組成物は、25℃、80℃いずれの場合も樹脂(A)が水に溶解又は分散した液状体であった。
【0070】
(比較例2)
化合物(B)の代わりに、ヒンダードアミン基を有さないポリエチレンイミン(日本触媒製、エポミン)を架橋剤として用いた以外は実施例1と同様にして、水性組成物を作製した。ポリエチレンイミンの添加量は、樹脂(A)100質量部に対して5質量部であった。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。比較例2で作製した水性組成物は、架橋剤を添加した後、直ちにゲル化し含水ゲルとなった。ゲル化した当該水性組成物は、80℃に昇温しても流動性を示さず、塗工フィルムの作製が不可能であった。
【0071】
(比較例3)
合成例1で得たPVA−ポリアクリル酸ブロック共重合体(P−1)の代わりに、合成例3で得たPVA−ポリ無水マレイン酸ブロック共重合体(P−3)を用いた以外は実施例1と同様にして、水性組成物および塗工フィルムを作製した。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果および塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。比較例3で作製した水性組成物は、架橋剤を添加した後に若干の増粘が認められたものの、粘度評価において設定したいずれの温度においても含水ゲルは形成されず、また、温度変化による10倍以上の粘度変化も認められなかった。
【0072】
(比較例4)
合成例1で得たPVA−ポリアクリル酸ブロック共重合体(P−1)の代わりに、市販のポリビニルアルコール樹脂(クラレ製、PVA−117)0.75gと、市販のポリアクリル酸樹脂(日本触媒製、アクアリックAS58)0.75gとの混合物を使用した以外は実施例1と同様にして、水性組成物および塗工フィルムを作製した。作製した水性組成物の組成を以下の表1に、作製した水性組成物に対する粘度評価結果および塗工フィルムに対する耐水性評価結果を以下の表2にそれぞれ示す。比較例4で作製した水性組成物は、粘度評価において設定したいずれの温度においても含水ゲルは形成されず、増粘もほとんど認められなかった。
【0073】
【表1】

【0074】
【表2】

【0075】
表2に示すように、本発明の水性組成物である実施例1〜5は、温度による粘度調整の自由度が高いとともに、高い耐水性を示す塗工層が形成可能であった。特に、化合物(B)の含有量が高い実施例3、ならびに化合物(B)の種類が高分子量タイプである実施例4,5の耐水性が高くなった。一方、比較例1に示すように、酸基を有する構造単位を有するPVA系樹脂のみでは、25℃および80℃のいずれにおいても含水ゲルは全く形成されず液状体のままであり、かつ耐水性が高い塗工層が得られず、作製した塗工シートは水に溶解した。比較例2に示すように、架橋剤がヒンダードアミノ基を有さないアミンの場合、水性組成物の作製から速やかに不可逆的なゲル化が進行し、塗工性および粘度安定性が著しく低下した。比較例3に示すように、酸基を有する構造単位の含有率が少ないPVA系樹脂を用いた場合、耐水性が高い塗工層が得られず、作製した塗工シートは水に溶解した。また、熱可逆性がなく(ゲル相およびゾル相が形成されず)、温度による粘度調整の自由度が低かった。比較例4に示すように、酸基を有する構造単位を有さないPVA系樹脂に酸基を有する構造単位を有するポリアクリル酸樹脂を混合した場合、架橋剤として化合物(B)を実施例1と同量使用しているにも拘わらず、耐水性が高い塗工層が得られず、作製した塗工シートは水に溶解した。また、熱可逆性がなく(ゲル相およびゾル相が形成されず)、温度による粘度調整の自由度が低かった。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明の水性組成物は、PVA系樹脂を含む塗工層を形成できる従来の水性組成物と同様の用途、例えば感熱紙などの紙用塗工剤に好適に使用できる。本発明の水性組成物を紙用塗工剤に用いた場合、水性組成物であることから環境に優しい一方で、塗工層とした後の耐水性に優れ、例えば水による印字の変質が抑制される。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリビニルアルコール系樹脂(A)、2以上のヒンダードアミノ基を有する化合物(B)および水を含み、
前記樹脂(A)が、酸基を有する構造単位を全構造単位の5〜40モル%有し、
前記樹脂(A)の酸基と前記化合物(B)のヒンダードアミノ基との間に働く相互作用によって前記樹脂(A)および前記化合物(B)間に架橋構造が形成され、当該架橋構造によるネットワーク中に前記水が取り込まれた含水ゲルが形成されるゲル相と、
前記相互作用による前記架橋構造の形成が阻害され、前記樹脂(A)および前記化合物(B)がそれぞれ前記水中に溶解又は分散した水性液状体が形成されるゾル相とを示し、
前記ゲル相と前記ゾル相との間の相変化が熱可逆的である、感温性相変化型水性組成物。
【請求項2】
前記樹脂(A)100質量部に対して前記化合物(B)を0.1〜20質量部含む、請求項1に記載の感温性相変化型水性組成物。
【請求項3】
前記酸基を有する構造単位が(メタ)アクリル酸単位である請求項1又は2に記載の感温性相変化型水性組成物。
【請求項4】
前記樹脂(A)が前記酸基を有する構造単位からなる重合体ブロックを有するブロック共重合体である、請求項1〜3のいずれかに記載の感温性相変化型水性組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の感温性相変化型水性組成物からなる紙用塗工剤。
【請求項6】
請求項5に記載の塗工剤を紙面に塗工して得た塗工層を有する塗工紙であって、
前記塗工層が前記水性組成物に含まれる前記樹脂(A)の酸基と前記化合物(B)のヒンダードアミノ基とが反応して形成されるアミド結合により架橋された樹脂(A)と化合物(B)との架橋体を含む、塗工紙。
【請求項7】
塗工により前記水性組成物に含まれる水を揮発させることで、当該組成物に含まれる前記樹脂(A)の酸基と前記化合物(B)のヒンダードアミノ基との間に脱水縮合反応を進行させてアミド結合を形成し、該アミド結合により架橋された樹脂(A)と化合物(B)の架橋体を含む塗工層を形成する工程を含む、請求項6に記載の塗工紙の製造方法。


【公開番号】特開2013−75956(P2013−75956A)
【公開日】平成25年4月25日(2013.4.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−215535(P2011−215535)
【出願日】平成23年9月29日(2011.9.29)
【出願人】(000001085)株式会社クラレ (1,607)
【Fターム(参考)】