説明

感熱応答性ABAトリブロックポリマーおよびそれを含有する水性塗料組成物。

【課題】 感熱応答性を有する、常温で水溶解または水分散可能なABAトリブロックポリマーおよびそれを増粘剤として含有する水性塗料組成物を得る。
【解決手段】 水に対する下限臨界溶液温度が20℃以下であるポリマー又は疎水性ポリマーであるAブロック及び水に対する下限臨界溶液温度が40℃以上であり常温で水溶解または水分散可能なポリマーであるBブロックからなるABAトリブロックポリマーであって、Aブロック及びBブロックの出発モノマーがビニルエーテル構造である、ABAトリブロックポリマー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、各種機能材料として使用することができる感熱応答性を有する、常温で水溶解または水分散可能なABAトリブロックポリマーおよびそれを増粘剤として含有する水性塗料組成物に関する。
特に本発明は、ABAトリブロックポリマーのブロックセグメントが下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution Temperature:LCST)を持つ事により、常温では粘稠〜流動性がない状態であり、加熱により劇的に流動性が高くなる性質を示す事を利用して、該ポリマーを増粘剤として用いてなる水性塗料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
産業上利用可能な機能性材料として刺激応答性物質を用いる事が広く検討されている。なかでも最も一般的な刺激形態の一つである熱に対する応答、すなわち感熱応答については示熱性をもつロイコ色素や液晶示温材料など実用に供されている有機材料は数多い。
【0003】
一方ポリマー合成化学の分野において所謂リビング重合は構造を制御したポリマー材料の合成手段として多くの研究がなされてきた。現在では成長種がラジカル、カチオン、アニオンの夫々のタイプの重合についてリビング重合の存在が知られており重合の精密制御が可能である。
【0004】
リビング重合によって分子量分布の狭いポリマーをブロックまたはグラフトした構造を得る事が出来る。そこで刺激応答性のポリマーをブロックポリマーとすることにより刺激応答特性を制御した機能性材料として利用しようとする試み、研究がなされている。非特許文献1、2は刺激応答性ポリマーについての総説であり、ここに述べたブロックポリマーについても言及されている。
【非特許文献1】:青島貞人、高分子、46巻497−502頁(1997)
【非特許文献2】:青島貞人、高分子論文集、63巻71−85頁(2006)。
【0005】
構造を制御した刺激応答性ポリマーを用いることを技術的特徴とした特許も出願されている。特許文献1には感熱応答性のグラフトポリマーを用いた高分子ゲル膜が開示されている。また特許文献2には刺激応答性のブロックを少なくとも1つ含むABC型のブロックポリマーを含む組成物が開示されており、併せてそのインク組成物としての利用、それを用いての画像形成方法等が開示されている。
【0006】
また特許文献3には特許文献2を特に水溶媒で用いた際に分散安定性に優れた材料となる事が開示されている。そして特許文献2および3の詳細な説明中には刺激により系の状態が「臨界的変化」をうけ、例えば好ましい変化として温度によるゾル−ゲル変化を起こす事が記述されている。またその臨界的変化をもたらす温度としてポリ2−エトキシエチルビニルエーテルでは約20℃、ポリ2−メトキシエチルビニルエーテルでは約70℃であると記載されている。
【特許文献1】:特開平06−157689号公報
【特許文献2】:特開2003−119342号公報
【特許文献3】:特開2007−23297号公報。
【0007】
しかし特許文献2および3に記載されているブロックポリマーを用いた組成物は、ブロックポリマー、溶媒および色材を含みミセルを形成する組成物であることが必須であり、しかもブロックポリマーとしてはABC型であることが好ましいものである。そして、第3成分を必須とすること無く、単体で感熱応答性水溶液または水分散体となるABAトリブロックポリマーについては記載されていない。またそのようなABAトリブロックポリマーを増粘剤としていわゆる水性塗料に用いることも記載されてはいない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
感熱応答性を有する、常温で水溶解または水分散可能なABAトリブロックポリマーおよびそれを増粘剤として含有する水性塗料組成物を得る。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは鋭意検討の結果、Bブロックセグメントが下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution Temperature:LCST)を持つ常温で水溶解または水分散可能なABAトリブロックポリマーが、常温では粘稠〜流動性がない状態であり、加熱により劇的に流動性が高くなる感熱応答性増粘剤として水性塗料に利用できることを見出した。すなわち本発明は、
1.水に対する下限臨界溶液温度が20℃以下であるポリマー又は疎水性ポリマーであるAブロック及び水に対する下限臨界溶液温度が40℃以上であり常温で水溶解または水分散可能なポリマーであるBブロックからなるABAトリブロックポリマーであって、Aブロック及びBブロックの出発モノマーがビニルエーテル構造である、ABAトリブロックポリマー。
2.Aブロックのブロック長がBブロックのブロック長の1/5以下である項1に記載のABAトリブロックポリマー。
3.ABAトリブロックポリマーの合成が、二官能性開始剤を用い、リビングカチオン重合法により合成されることを特徴とする項1または2に記載のABAトリブロックポリマー。
4.常温においては疎水性−水溶性−疎水性の構造を有する会合型増粘剤として作用し、Bブロックの下限臨界溶液温度以上に昇温することによりポリマー全体が疎水性に変化して粘度が低下する感熱応答挙動を示すことを特徴とする、項1または2に記載のABAトリブロックポリマーの水溶液または水分散体。
5.項4に記載のABAトリブロックポリマーの水溶液又は水分散体を含有することを特徴とする水性塗料組成物。
を開示するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明のトリブロックポリマーは非常に単純な構造であり製造も比較的容易である。またそれを水中に溶解または分散した増粘剤はそれ自体が感熱応答性を持ち、伝熱流体や温媒(例えば温シップパットの保温充填剤)等に利用可能である。
【0011】
さらに本発明のトリブロックポリマーはBブロックのモノマーを選択する事により下限臨界溶液温度を調整できるので、たとえばその水分散物を含む混合物を常温ではゼリー状または粘稠な液体であり、人間の平常体温より少し高い程度の比較的低温の所望の温度で劇的に流動性が高まる特性を示すように設計する事が出来る。
【0012】
そのような増粘剤を幼児用離乳食や介護用栄養食など食品に添加することにより吸収が良く摂取し易いものとすることが出来る。また薬剤に添加する事により、摂取し易い経口薬剤としたり皮膚吸収性の良い貼り薬、傷消毒薬とすることが出来る。
【0013】
また、下限臨界溶液温度を比較的高めの温度に設定した場合は化粧品に添加して化粧崩れが置きにくく、かつ熱めのお湯で洗顔すれば簡単に落す事が出来る性質をもたせたり、比較的長時間処理面に留まって欲しいカビ除去剤のような住居・水まわり用洗剤に利用する事も可能である。
【0014】
そして、本発明のトリブロックポリマーの水溶液又は水分散液を水性塗料に増粘剤として配合することにより、常温で塗装された時には塗着塗料の粘度が高く、垂直面で塗膜がズリ落ちてしまういわゆる「タレ」を防ぎ、昇温される事により所望の温度の前後で急激な粘度の低下により表面の流動平滑化が起こり、ハケ塗装における「ハケ目」やローラー塗装における「ローラー目」、スプレー塗装における細かな「スプレー目」や溶剤の揮発により生じるやや大きな凹凸模様である「ボルテックス模様」などを解消し高仕上がり塗面を得る。このように塗装作業性と塗面仕上がり性を両立させる事が出来る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明のABAトリブロックポリマーについて、詳細に説明する。
【0016】
トリブロックポリマー
本発明に用いるトリブロックポリマーは出発モノマーとしてビニルエーテル構造のモノマーを用いて合成されるものであり、水に対する下限臨界溶液温度(Lower Critical Solution Temperature:LCST)が20℃以下のポリマーであるAブロックまたは疎水性ポリマーであるAブロックおよび水に対する下限臨界溶液温度が40℃以上のポリマーであるBブロックからなるABAトリブロックポリマーである。
【0017】
Aブロック:
Aブロックは、常温(水溶液の温度として20℃よりも高く35℃よりも低い温度領域とする。)において疎水性である。ここではAブロックが下限臨界溶液温度を持つとしてもその温度が20℃以下であり常温においては疎水性であるものも含む。構成モノマーとしてはポリマー単体でそのような特性を示すモノマーであれば支障なく用いることができ、その代表的なものとしてスチレンなど各種の公知のモノマーが挙げられるが、本発明においては安定なリビングカチオン重合性を示すビニルエーテルモノマーを用いることとし、なかでもイソブチルビニルエーテル(非水溶性=疎水性である)、2−エトキシエチルビニルエーテル(下限臨界溶液温度が20℃であり、それ以上の溶液温度では疎水性である)などを好ましいものとして挙げることができる。またヒドロキシメチルビニルエーテル、2−ヒドロキシエチルビニルエーテル等の水溶性モノマーや広義のビニルエーテルであり水溶性モノマーであるビニルアルコールなどであっても、上述のイソブチルビニルエーテル、2−エトキシエチルビニルエーテルなどのモノマーと組み合わせて合成したAブロックが常温で疎水性を示すものであれば、その量的範囲において用いる事ができる。
【0018】
Bブロック:
一方、Bブロックは、常温では親水性であり下限臨界溶液温度(40℃以上)で疎水性となり析出する。単体でそのような特性を示すビニルエーテルモノマーとして、例えば2−メトキシエチルビニルエーテル(下限臨界溶液温度が63℃である)、p−メトキシトリエチレングリコールビニルエーテル(下限臨界溶液温度が90℃である)などを好ましいものとして挙げる事ができる。
またBブロックが常温では親水性であり下限臨界溶液温度(40℃以上)で疎水性となり析出するとの条件を満たしている限りにおいて、所望の下限臨界溶液温度を持つBブロックを合成するためにイソブチルビニルエーテルや2−エトキシエチルビニルエーテルなどの疎水性モノマー(下限臨界溶液温度を低くする効果を持つ)や2−ヒドロキシメチルビニルエーテル、2−ヒドロキシエチルビニルエーテルやビニルアルコール等の水溶性モノマーを組み合わせて用いてもよい(水溶性モノマーは下限臨界溶液温度を高くする効果を持つ)。
【0019】
要するに本発明に用いるトリブロックポリマーは水に対する親和性が上述した必須とされる特性を満たす限りにおいて、構成モノマーを単一で用いても良く2種以上の複数を組み合わせて用いても良い。特にBブロックとして複数のビニルエーテルモノマーを組み合わせる事によって下限臨界溶液温度を用途に合わせた所望の温度に設定する事ができ好ましい。
【0020】
またかかるABAトリブロックポリマーにおいてそれぞれのブロックの大きさ(以降ブロック長と称する。これはブロックを構成するモノマー数である。)は両端のAブロックのブロッック長の和がBブロックのブロック長よりも小さいことが好ましく、Aブロックのブロッック長の和がBブロックのブロック長の1/5以下であることがより好ましい。このようにAブロックに対し、Bブロックの大きさが大きい事によりトリブロックポリマーの水に対する親和性はBブロックの特性が優越する。
【0021】
本発明のトリブロックポリマーは、常温においてはBブロックの溶解性の効果により水溶解または水分散する。このときトリブロックポリマーの濃度がある程度以上あるとき、疎水性を示しているAブロックが互いに疎水性相互作用により部分凝集構造をとり、ポリマー同士が水中でネットワークを形成する。そのためこのトリブロックポリマー水溶液または水分散液は常温では非常に粘稠となる(つまり増粘剤として作用する)。
【0022】
この液を加熱などにより液温上昇させBブロックの下限臨界溶液温度よりも高い温度にすることによりBブロックは溶解性を失い凝集する。このため常温で形成されていた、Bブロックを展伸した鎖部分としてAブロックが部分凝集構造をとることによるネットワークが消失し、液の粘度が下がり流動性が高くなる。
【0023】
ここでBブロックの下限臨界溶液温度は下限臨界溶液温度公知のモノマーを組み合わせる事により所望の温度に設定する事ができる。但しポリマーの下限臨界溶液温度については加成性はあるものの直線的ではないため、予め複数のモノマーを共重合させて下限臨界溶液温度を測定する事により所望の下限臨界溶液温度を与える組成を決定しておく手間がかかる。しかしながらそれによりBブロックの下限臨界溶液温度を自由に設定できる事ができ、このトリブロックポリマーの利用範囲が大きく広がるものである。
【0024】
下限臨界溶液温度の決定方法としては、温度可変型の粘度測定装置を用いて濃度1〜5質量%程度のポリマー希薄水溶液の粘度を室温から昇温しながら測定し、粘度が急激に減少する温度、すなわち微分粘度曲線のピーク温度を下限臨界溶液温度として決定する事ができる。より簡便な方法としては昇温しながら水溶液の透明性を目視確認し、曇点温度(ポリマーの凝集が起こることにより液が濁る)を下限臨界溶液温度とする事ができる。
【0025】
このように本発明のABA型トリブロックポリマーは水に希釈すると常温では増粘剤として働き液温上昇によって粘度が大きく減少する、感熱応答性増粘剤として作用する。
【0026】
トリブロックポリマーの合成方法
本発明のトリブロックポリマーはブロックポリマーを合成できる方法であれば支障なく用いて合成可能であるが、手順の簡潔さ、工程の安定性からリビングカチオン重合法により合成することが好ましい。
【0027】
本発明のトリブロックポリマーをリビングカチオン重合法によって合成する方法は、成書に準じて適宜実施する事ができる。例えば「実験化学講座 第26巻 高分子化学(第5版)」(日本化学会編、丸善株式会社発行)の「2.5章 カチオン重合」には具体的な合成方法が「実験例」として8例紹介されている。また本発明のABAトリブロックポリマーの場合、本発明の発明者らによる非特許文献3または4に記載された方法が、二官能性開始剤を用いて両末端に成長端のあるB幹ポリマーを合成し、その後Aブロックを両側に同時に成長させる方法でありブロック重合を2段階で完了する事が出来るので合理的であり好ましい。
【非特許文献3】:平原ら、Polymer Preprints,Japan.,53,p416(2004)
【非特許文献4】:平原ら、Polymer Preprints,Japan.,54,p421(2005)。
【0028】
リビングカチオン重合の特徴として重合開始種のモル数=生成するポリマーのモル数であり、生成する全てのポリマーが同じブロック長(=分子量)となる。
そして、AブロックとBブロックの夫々のブロック長は重合開始種のモル数とAブロック、Bブロックに用いるモノマーのモル数によって決まる。即ち、
Aブロックのブロック長=Na/2Ni (式1)
ここで、Naは合成時仕込んだAブロックモノマーの総モル数、Niは2官能開始剤のモル数である。そしてABAトリブロックポリマーの両端にあるAブロックのブロック長の和はNa/Niとなる。
一方、Bブロックのブロック長=Nb/Ni (式2)
ここでNbは合成時仕込んだBブロックモノマーの総モル数である。
【0029】
本発明のABAトリブロックポリマーは前述のようにBブロックがAブロックに比べて大きいことが好ましく、Bブロックのブロック長がAブロックのブロック長の和の5倍以上である事がより好ましい。例えば両端に夫々ブロック長10のAブロックがある場合Aブロックのブロック長の和は20であり、Bブロックのブロック長は20以上である事が好ましく、100以上であることがより好ましい。
【0030】
本発明のABAトリブロックポリマーの分子量はゲル排除クロマトグラフィー(GPC)法によって求めることができる。即ちリビング重合反応溶液をメタノールにて重合停止させ、テトラヒドロフランを展開溶媒としてGPCを測定し平均分子量Mn、及び分子量分布(Mw/Mn)を求める。
【0031】
本発明実施例においては「HLC8120GPC」(東ソー社製)を使用し、カラムは、「TSKgel G−4000HXL」、「TSKgel G−3000HXL」、「TSKgel G−2500HXL」、「TSKgel G−2000HXL」(いずれも東ソー(株)社製、商品名)の4本を用い、移動相;テトラヒドロフラン、測定温度;40℃、流速;1ml/分、検出器;RIの条件でGPC測定を行った。
【0032】
トリブロックポリマーの分子量は、7000〜500000が好ましく15000〜200000がより好ましい。7000よりも小さいと増粘効果が小さい事があり、500000よりも大きいと常温で充分に水に溶解又は分散しない事がある。
【0033】
トリブロックポリマーの合成の際、Bブロックとして所望の下限臨界溶液温度を得るため複数のモノマーをリビングカチオン共重合させる場合には相応の工夫が必要である。リビングカチオン重合はカウンターイオンが配位した活性末端に新たに付加するモノマーの構造選択性が非常に高い。モノマー混合物を全量仕込んで重合させようとした場合、通常のラジカル共重合では概ねモノマーの混合比に応じたランダム共重合ポリマー得られるが、イオン共重合、特にリビングカチオン共重合の場合は同一モノマーのシークエンスが長い、ブロック性の高い構造のポリマーとなり所望した1点の下限臨界溶液温度ではなく複数の下限臨界溶液温度を示す、あるいは下限臨界溶液温度をはっきりと示さない場合が生じうる。充分にモノマーが混ざり合ったコポリマー鎖を得るためには通常のリビングカチオン重合のようにモノマーを一括で仕込むのではなく、モノマー混合物を少量ずつ滴下して行き共重合した鎖を少しずつ伸ばしていく方法を取ることが好ましい。このような合成方法の工夫を加える事により所望の下限臨界溶液温度を持つBブロックを合成する事ができる。
【0034】
感熱応答性増粘剤の使い方
本発明のABAトリブロックポリマーを含んでなる感熱応答性増粘剤は、それを配合された混合物は常温ではゼリー状または粘稠な液体であり、幼児用離乳食や介護用栄養食など食品に添加することができる。その場合に感熱応答性増粘剤としてABAトリブロックポリマーの水溶液または水分散液に水溶性および/又は水中に安定に分散されている食品や栄養物質が混合されていてもよい。また薬剤に用いる事もでき、予め感熱応答性増粘剤としてABAトリブロックポリマーの水溶液または水分散液に薬剤が混合されていてもよい。
【0035】
また、化粧品としたり、洗剤に利用する事も可能であるので感熱応答性増粘剤としてABAトリブロックポリマーの水溶液または水分散液に、顔料や界面活性剤などが混合されていてもよい。
【0036】
特に好ましいABAトリブロックポリマーの用途として、水性塗料にこのABAトリブロックポリマーの水溶液または水分散液(顔料や界面活性剤などが混合されていてもよい)を増粘剤として用いることが挙げられる。塗料のバインダー固形分100重量部に対してこのトリブロックポリマーを固形分にして0.1部〜20部配合することにより、常温で塗装された時には塗着塗料の粘度が高く、垂直面で塗膜がズリ落ちてしまういわゆる「タレ」を防ぐことができる。
乾燥又は加熱時には、昇温される事により所望の温度の前後で急激な粘度の低下により表面の流動平滑化が起こり、ハケ塗装時における「ハケ目」やローラー塗装時における「ローラー目」、スプレー塗装における細かな「スプレー目」や溶剤の揮発により生じるやや大きな凹凸模様である「ボルテックス模様」などを解消し高仕上がり塗面を得る。このように塗装作業性と塗面仕上がり性が両立した水性塗料を得る事が出来る。このときベースとなる水性塗料は一液型でも二液型でもよく、ラッカー型でも熱硬化型でもよい。
【0037】
また、水性塗料はバインダーと希釈剤である水に加えて、一般的に塗料に用いられている副原料である有機溶剤、体質顔料、着色顔料、光輝材、触媒、各種添加剤を含んでいても良い。ここで添加剤とは塗面調整剤、光吸収剤、酸化防止剤、分散剤、防カビ剤、たれ防止剤などである。水性塗料が着色顔料を含まない又は含んでいたとしても極少量であり塗膜が透明性を示している場合はクリヤ塗料、着色顔料を含む場合はエナメル塗料、光輝材(及び必要に応じ着色顔料)を含む場合はメタリック塗料と呼ばれる事がある。
【0038】
水性塗料がラッカー型の場合はハケやローラーで塗装される場合が多いが、塗装後の表面を温風乾燥器(ドライヤー)や電熱ヒーター、赤外線ヒーター等で加熱してやる事でハケ目やローラー目を消して塗膜表面を平滑にする事が出来る。
水性塗料が工業用塗料に多い熱硬化型の場合はスプレー塗装される場合が多く、ブロックポリマーのBブロックの下限臨界溶液温度をスプレー塗装温度(常温)以上、焼付け温度以下に設定することによりタレ防止とスプレー目、ボルテックス模様解消の両立を得ることが出来る。
【0039】
このように本発明のABAトリブロックポリマーは感熱応答性増粘剤として、主に常温近辺で用いられる水を媒体としている様々な生活用品に好ましい温度/粘度特性を付与する事ができる。特にそれを含有してなる水性塗料組成物は塗装作業性と塗面仕上がり性を両立させる事ができる。
【0040】
以下、製造実施例、実施例及び比較例を挙げて本発明をさらに詳細に説明する。但し、本発明はこれらによって限定されるものではない。尚、「部」及び「%」は、いずれも質量基準による。
【実施例】
【0041】
ABAトリブロックポリマーの合成
出発モノマー
イソブチルビニルエーテル(以下IBVEと略記する)は協和発酵ケミカル(株)、2−エトキシエチルビニルエーテル(以下EOVEと略記する)、2−メトキシエチルビニルエーテル(以下MOVEと略記する)、p−メトキシトリエチレングリコールビニルエーテル(以下TEGMEVEと略記する)は丸善石油化学(株)よりそれぞれ入手したものを用いた。
溶剤
ヘキサン、トルエン、メタノール、ジクロロメタンなど合成に用いた溶剤は市販の特級試薬を用いた。
原料の前処理
合成に用いたモノマー、溶剤類はすべてモレキュラーシーブス(モノマー、非極性溶媒類)または塩化カルシウム(メタノール)による脱水処理を行った後、蒸留により精製したものを使用した。
【0042】
重合開始種溶液の調整
重合開始種はシクロヘキサンジメタノールジビニルエーテル(日本カーバイド工業(株)製、商品名CHDVE)1モルと酢酸4モルを60℃で8時間反応させて合成した。余剰の酢酸を減圧留去し、ヘキサンから再結晶により重合開始種1を得た。重合開始種1は減圧下、充分に乾燥させた後、トルエンで希釈して濃度40mM/L溶液としたものをABAトリブロックポリマーの合成に使用した。
【0043】
重合開始剤溶液の調製
重合重合開始剤としてのエチルアルミニウムセスキクロライドは、日本アルキルアルミ(株)製の商品名EASCを精製することなく使用直前にトルエンで希釈して1 M/L溶液としたものを0℃に冷却してABAトリブロックポリマーの合成に使用した。
【0044】
ABAトリブロックポリマーの合成
「実験化学講座 第26巻 高分子化学(第5版)」(日本化学会編、丸善株式会社発行)の「2.5章 カチオン重合」を参考にABAトリブロックポリマーを合成した。
【0045】
製造実施例1
IBVE−MOVE−IBVEトリブロックポリマー
撹拌装置、温度計を備え、充分に加熱乾燥して吸着水を除去したガラス製反応容器内を窒素置換した後、トルエン43.9g、酢酸エチル8.8g、MOVE 24.5g(240mM)、重合開始種溶液10.0ml(開始種 0.4mM)を加え、良く攪拌しながら0℃に冷却した。1M−EASC溶液 2.0ml(エチルアルミニウムセスキクロライド2.0mM)を加えて重合を開始し、0℃で3時間攪拌して反応を進行させ、ABAトリブロックポリマーのB成分を合成した。B成分のブロック長は600である。反応途中の溶液を一部抽出し、多量のアンモニアの0.3 wt%メタノール溶液中に注入して反応を停止させ、GPC測定を用いてMOVEの反応率と分子量の変化を追跡した。MOVEが90モル%以上消費された時点でA成分であるIBVE1.6g(16mM)を加え、0℃で更に24〜26時間攪拌して反応を進行させた。A成分(IBVE)のブロック長(片側)は20である。IBVEが消費された時点でアンモニアの0.3 wt%メタノール溶液80mlを加えて激しく攪拌して重合を停止した。反応停止後の混合溶液中にジクロロメタンを加えて希釈し、0.6規定の塩酸で3回、脱イオン水で1回、0.5規定水酸化ナトリウム水溶液で1回、脱イオン水で3回、この順序で洗浄した。次いで揮発分を減圧留去して目的物であるIBVE−MOVE-IBVEトリブロックポリマー(ポリマー1)を得た。得られたポリマーの分子量及び分子量分布はGPCにより測定した。Mnは66000、Mwは77000、Mw/Mnは1.17であった。
【0046】
製造実施例2
IBVE−MOVE−IBVEトリブロックポリマー
撹拌装置、温度計を備え、充分に加熱乾燥して吸着水を除去したガラス製反応容器内を窒素置換した後、トルエン51.9g、酢酸エチル8.8g、MOVE16.3g(160mM)、重合開始種溶液10.0ml(開始種 0.4mM)を加え、良く攪拌しながら0℃に冷却した。1 M ―EASC溶液 2.0ml(エチルアルミニウムセスキクロライド2.0mM)を加えて重合を開始し、0℃で3時間30分間攪拌して反応を進行させ、ABAトリブロックポリマーのB成分を合成した。B成分のブロック長は400である。反応途中の溶液を一部抽出し、反応途中の溶液を一部抽出し、多量のアンモニアの0.3 wt%メタノール溶液中に注入して反応を停止させ、GPC測定を用いてMOVEの反応率と分子量の変化を追跡した。MOVEが90モル%以上消費された時点でA成分であるIBVE0.8g(8.0mM)を加え、0℃で更に24〜26時間攪拌して反応を進行させた。A成分(IBVE)のブロック長(片側)は10である。IBVEが消費された時点でアンモニアの0.3 wt%メタノール溶液120mlを加えて激しく攪拌して重合を停止した。反応停止後の混合溶液中にジクロロメタンを加えて希釈し、0.6規定の塩酸で3回、脱イオン水で1回、0.5規定水酸化ナトリウム水溶液で1回、脱イオン水で3回、この順序で洗浄した。次いで揮発分を減圧留去して目的物であるIBVE−MOVE−IBVEトリブロックポリマー(ポリマー2)を得た。得られたポリマーの分子量及び分子量分布はGPCにより測定した。Mnは43000、Mwは49000、Mw/Mnは1.14であった。
【0047】
製造実施例3〜10
表1に示す配合量、反応時間以外は上記製造実施例1ないし2と同様にしてポリマー3〜10を得た。
【0048】
【表1】

【0049】
製造したABAブロックポリマーの特性を表2に示した。
【0050】
【表2】

感熱応答性の評価
エマルションの製造
容量2リットルの4つ口フラスコに、脱イオン水38.5部、Newcol707SF(日本乳化剤社製、ポリオキシエチレン鎖を有するアニオン性界面活性剤、不揮発分30%)0.1部を加え、窒素置換後、85℃に保った。この中に、脱イオン水52.3部、メチルメタクリレート30部、スチレン10部、n−ブチルアクリレート20部、2−エチルヘキシルアクリレート30部、ヒドロキシエチルアクリレート10部、Newcol707SF1.6部をエマルション化してなるプレエマルションの3%分及び0.4部の過硫酸アンモニウムを10部の脱イオン水に溶解させた溶液10.4部の25%分を添加し、添加20分後から残りのプレエマルション及び残りの過硫酸アンモニウム水溶液を4時間かけて滴下した。 滴下終了後、これをさらに2時間85℃に保持した後、常温まで放冷して固形分50%のアクリル樹脂エマルションIを得た。
【0051】
実施例1
製造実施例1で得たポリマー1 1.5gを脱イオン水17.0gに溶解して常温で透明・粘調な溶液1を得た。上記で得たエマルションI 100gに溶液1を全量加えよく混ぜ合わせて実施例1のエマルション組成物を得た。
【0052】
実施例2〜7及び比較例1〜3
表3に示す配合以外は上記実施例1と同様にして実施例2〜7及び比較例1〜3のエマルション組成物を得た。
【0053】
比較例4
エマルションI 100gに市販のウレタン会合型レオコン剤「アデカノール UH−756VF」(株式会社ADEKA製、32%水溶液)を1.6g及び脱イオン水13.2gを加えて比較例4とした。
【0054】
比較例5
エマルションI 100gに脱イオン水13.6gのみを加えて比較例5とした。
【0055】
【表3】

【0056】
感熱応答性の評価
実施例1〜7及び比較例1〜5について粘度の温度変化を測定し感熱応答性を評価した。粘度測定はコーン&プレート型粘度計「レオストレスRS150」(HAAKE社製、商品名)を用い、シアーレート5sec −1 で温度を変えて(30℃、50℃、70℃)測定した。表4に夫々の温度での粘度(Pa・sec)の値と共に感熱応答性評価(下記)を示した。
○:30℃における粘度に比べ50℃における粘度が大幅(粘度が1/3以下になる)に減少するか、又は50℃における粘度に比べ70℃における粘度が大幅(粘度が1/3以下になる)に減少する。
×:30℃、50℃、70℃における粘度が大きく変化しない。
【0057】
【表4】

【0058】
水性塗料としての評価
上記実施例1〜7及び比較例1〜5のエマルション組成物を塗装して、塗装作業性及び強制加熱した場合の塗面の仕上がり性を評価した。
【0059】
予め表面の油分をシンナーを用いて脱脂した後充分に乾燥させたA4サイズのブリキ板(200mm×300mm×0.3mm)に一寸筋交い刷毛を用いて、Wet塗布量が12gとなるように板の重量を測定しながら一方向にのみ刷毛を動かしてエマルション組成物を塗装した。このとき塗装作業性を評価した。
○:塗液に適当な粘度があり塗装しやすい。
△:塗液粘度が不足気味で少し塗りにくい。
×:塗液が流れてしまい刷毛塗り出来ない。
【0060】
室温で水平状態で5分放置した後、80℃に加熱した乾燥炉に入れて15分間強制乾燥を行った後に塗板を取り出して塗膜表面の状態を評価した。(上記で塗装作業性が×であったものは除外した。)
○:塗膜表面は平滑であり刷毛目は残っていない。
×:塗板全面で刷毛目が残っている。
【0061】
評価結果を表5に示した。
【0062】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
水に対する下限臨界溶液温度が20℃以下であるポリマー又は疎水性ポリマーであるAブロック及び水に対する下限臨界溶液温度が40℃以上であり常温で水溶解または水分散可能なポリマーであるBブロックからなるABAトリブロックポリマーであって、Aブロック及びBブロックの出発モノマーがビニルエーテル構造である、ABAトリブロックポリマー。
【請求項2】
Aブロックのブロック長がBブロックのブロック長の1/5以下である請求項1に記載のABAトリブロックポリマー。
【請求項3】
ABAトリブロックポリマーの合成が、二官能性開始剤を用い、リビングカチオン重合法により合成されることを特徴とする請求項1または2に記載のABAトリブロックポリマー。
【請求項4】
常温においては疎水性−水溶性−疎水性の構造を有する会合型増粘剤として作用し、Bブロックの下限臨界溶液温度以上に昇温することによりポリマー全体が疎水性に変化して粘度が低下する感熱応答挙動を示すことを特徴とする、請求項1または2に記載のABAトリブロックポリマーの水溶液または水分散体。
【請求項5】
請求項4に記載のABAトリブロックポリマーの水溶液又は水分散体を含有することを特徴とする水性塗料組成物。

【公開番号】特開2009−167282(P2009−167282A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−6356(P2008−6356)
【出願日】平成20年1月16日(2008.1.16)
【出願人】(000001409)関西ペイント株式会社 (815)
【Fターム(参考)】