感知センサ及び感知装置並びに感知方法
【課題】細胞を簡便に速やかに感知できる感知センサ及び感知装置並びに感知方法を提供すること。
【解決手段】水晶片41の表面側に共通電極42を形成すると共に、この水晶片41の裏面側に互いに離間させて励振電極43A、43Bを形成する。そして、励振電極43Aの上方側に対応する共通電極42上に、プラスに帯電したアミノ基46bを吸着層46として付着させる。この吸着層46にマイナスに帯電したHeLa細胞を吸着させると共に、吸着層46に対して培地やアドリマイシンなどの水溶液を供給しながら、各電極43A、43Bと共通電極42との間の領域4A、4Bを夫々励振させる。こうしてHeLa細胞の数量や容積の増減に対応する、各領域4A、4Bの発振周波数の差分を取得する。
【解決手段】水晶片41の表面側に共通電極42を形成すると共に、この水晶片41の裏面側に互いに離間させて励振電極43A、43Bを形成する。そして、励振電極43Aの上方側に対応する共通電極42上に、プラスに帯電したアミノ基46bを吸着層46として付着させる。この吸着層46にマイナスに帯電したHeLa細胞を吸着させると共に、吸着層46に対して培地やアドリマイシンなどの水溶液を供給しながら、各電極43A、43Bと共通電極42との間の領域4A、4Bを夫々励振させる。こうしてHeLa細胞の数量や容積の増減に対応する、各領域4A、4Bの発振周波数の差分を取得する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電片に設けられた電極上の吸着層に細胞を吸着させ、圧電片の固有振動数の変化に基づいて細胞を感知する感知センサ及び感知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動物に対して効果を持つ(何らかの作用を及ぼす)薬剤の選別(スクリーニング)や薬剤の性能評価、更には薬剤の作用メカニズムの解明など薬剤の開発を行うにあたり、動物を用いた動物試験に代えて、培養細胞を用いた試験が行われることがある。即ち、細胞を培養し、この細胞に対して薬剤を投与して当該薬剤の評価が行われる。そして、薬剤の効果の有無や程度を確かめるための指標の一つとして、例えば薬剤投与後における細胞数の増加や減少が評価(測定)される。具体的には、例えば有用な細胞を増殖させることのできる薬剤を選定(同定)する場合には、薬剤投与後に細胞数が増加したか否かを評価する。また、例えば抗癌剤として効果のある薬剤を選定する場合には、薬剤投与後に細胞数の減少や細胞の死滅が確認されたか否かを評価する。
【0003】
しかし、現在のところ、細胞数を高い精度で速やかに測定できる手法は少ない。具体的には、細胞数の測定法としては、培養皿(ディッシュ)にて細胞を培養した後、この培養皿から細胞を剥がして(採取して)、血球計算盤や自動細胞計数機で測定する方法や、ラジオアイソトープ(RI)を用いて細胞を標識してRI強度を測定する方法、あるいはBrdU(5−bromo−2’−deoxy−uridine)と呼ばれる試薬を細胞に取り込ませて標識し、免疫染色によって定量する方法などが知られている。これらの測定方法は、いずれも手間がかかる(速やかに測定できない)上、薬剤を投与した後、ある時点で測定することになる(エンドポイントアッセイ)ため、経時的な細胞数の変化を評価することは困難である。また、細胞数を経時的に測定できる装置も知られているが、このような装置は極めて高価であり、また汎用性が低く、細胞数の測定に用途が限定されてしまう。そのため、速やかにかつ簡便に細胞数を経時的に測定できる手法が求められている。
【0004】
一方、細胞が増殖するにあたって、細胞分裂やタンパク質の合成などを周期的に繰り返しており、この周期の長さや、ある一つの周期の中で細胞分裂やタンパク質の合成がどのタイミングで起こっているのかということについては、癌や再生医療と関連があるため、近年盛んに研究されている。この細胞周期を同定するにあたり、現在では主にフロートサイトメトリー(FACS)と呼ばれる手法を用いているが、この手法は既述の測定方法と同様に、ある時点(エンドポイント)で採取した細胞がどのような活動(細胞分裂やタンパク質の合成など)を行っていたかを測定する方法であり、また細胞を固定化した上で蛍光色素を細胞に取り込むという煩雑な作業が必要になってしまう。そのため、このような細胞周期を研究する分野においても、細胞周期をリアルタイムで速やかにかつ簡便に測定できる手法が求められている。
【0005】
特許文献1には、水晶振動子の電極表面に微生物を吸着させて、水晶振動子の発振周波数の変化に基づいて微生物を検知するセンサが記載されているが、既述の課題については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−275798
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような事情に基づいてなされたものであり、その目的は、細胞を簡便に速やかに感知できる感知センサ及び感知装置並びに感知方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の感知センサは、
圧電片の固有振動数の変化に基づいて、細胞を感知するための感知センサであって、
圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第1の振動領域と、
前記細胞を吸着するために前記励振電極の少なくとも一方の表面に形成され、正に帯電した吸着層と、を備えたことを特徴とする。
【0009】
前記吸着層としては、正に帯電したアミノ基を含むものを用いることができる。また、前記第1の振動領域に対して参照用として設けられ、圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第2の振動領域を備えていても良く、この場合には前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域は、共通の圧電片に設けられていることが好ましい。
【0010】
本発明の感知装置は、
前記感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
この第1の発振回路の発振周波数を測定する周波数測定部と、を備えたことを特徴とする。
【0011】
また、本発明の感知装置は、
前記感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
前記第2の振動領域を発振させるための第2の発振回路と、
これら第1の発振回路及び第2の発振回路の各々の発振周波数を測定する周波数測定部と、
この周波数測定部にて測定された前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域における夫々の発振周波数の差分を求める演算部と、を備えたことを特徴とする。
【0012】
さらに、本発明の感知方法は、
感知装置を用いて、圧電片の固有振動数の変化に基づいて細胞を感知するための方法であって、
吸着層に細胞を吸着させる工程と、
前記吸着層に吸着された細胞に対して、当該細胞を増加または減少させる薬液を供給する工程と、
少なくとも前記薬液を供給した後、第1の発振回路の発振周波数を取得する工程と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、圧電片の内部領域を介して対向するように一対の励振電極を形成すると共に、この励振電極の一方の表面に、正に帯電した吸着層を形成している。そのため、吸着層に細胞を容易に吸着させることができるので、圧電片の発振周波数の変化に基づいて、細胞を簡便に速やかに感知できる。また、この吸着層の形成された第1の振動領域と共に、吸着層の設けられていない参照用の第2の振動領域を設けて、これら第1の振動領域及び第2の振動領域における周波数の差分を算出することにより、感知センサの周囲の温度などの影響を抑えて細胞を高い精度で感知できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の感知装置の全体構成を示す概略図である。
【図2】前記感知装置のセンサユニットの一例を示す斜視図である。
【図3】前記センサユニットを示す分解斜視図である。
【図4】前記センサユニットを示す縦断面図である。
【図5】前記のセンサユニットに用いられる水晶振動子の一例を示す縦断面図である。
【図6】前記水晶振動子を示す平面図である。
【図7】前記水晶振動子に形成される吸着層を模式的に示す斜視図である。
【図8】感知装置における回路構成を示す概略図である。
【図9】前記水晶振動子における細胞の吸着及び分裂を示す模式図である。
【図10】前記細胞を撮影した結果を示す撮像図である。
【図11】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図12】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図13】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図14】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図15】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図16】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図17】前記感知装置に用いられる薬液の構造式の一例を示す模式図である。
【図18】前記感知装置に用いられるπ回路を示す構成図である。
【図19】水晶振動子の共振特性を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[第1の実施の形態:細胞の増加]
本発明の感知センサを備えた感知装置の第1の実施の形態の一例について、図1〜図8を参照して説明する。この感知装置は、図1に示すように、センサユニット2と、このセンサユニット2に薬液などの水溶液を供給する液供給系1と、センサユニット2に取り付けられた感知センサである水晶センサ7を駆動し、また得られた発振出力を処理する周波数測定部10を含むネットワークアナライザ(制御部)15と、を備えている。センサユニット2及び液供給系1は、例えば培地のpH及び湿度の維持のために、二酸化炭素(CO2)雰囲気に保たれた恒温槽(インキュベーター)70内に設置されている。図1中71は液供給系1からセンサユニット2に向かって伸びる供給路72に介設された例えば三方弁などにより構成されたバルブであり、73は排液部である。また、図1において74は、π回路が内部に設けられた冶具であり、水晶センサ7の発振周波数は、この冶具74内のπ回路を介して周波数測定部10にて測定される。尚、図1では感知装置を簡略化して示している。
【0016】
センサユニット2は、図2〜図4に示すように、支持体21、封止部材30、配線基板3、圧電振動子である水晶振動子4、流路形成部材5及び上部カバー24が下側からこの順番で積層されて構成されている。既述の水晶センサ7は、配線基板3上に水晶振動子4を設けて構成されている。この水晶振動子4は、図3、図5及び図6に示すように、例えばATカットの圧電片である円板状の水晶片41の表面側及び裏面側に、夫々例えば金(Au)などからなる励振電極42、43を設けて構成されている。この例では、水晶片41の裏面(下面)側に第1の励振電極43A及び第2の励振電極43Bが互いに離間して配置されると共に、表面(上面)側に前記2つの励振電極43A、43Bに対する共通の励振電極(共通電極)42を配置している。従って、図5に示すように、第1の励振電極43A及び共通電極42により第1の振動領域4Aが形成され、第2の励振電極43B及び共通電極42により第2の振動領域4Bが形成されている。
【0017】
共通電極42における第1の励振電極43Aに対応する上方側の領域には、図5に示すように、感知対象物である細胞を吸着するための吸着層46が形成されている。この吸着層46は、図7に模式的に示すように、共通電極42(金電極)の表面に結合したイオウ(S)を含む結合手46aと、この結合手46aに結合したアミノ基(−NH2)46bとにより構成されている。このアミノ基46bは、細胞の感知を行う時には、後述するように細胞や薬液などを含む水溶液中に曝されるので、当該水溶液に含まれる水素(H)と配位結合を起こして(−NH3)となり、正(プラス)に帯電することとなる。そして、細胞は、表面が負(マイナス)に帯電しているため、水溶液(試料液)中では、吸着層46に静電的に引き寄せられるので、当該吸着層46に極めて吸着しやすくなっている。
【0018】
従って、吸着層46に試料液中の細胞が吸着すると、第1の振動領域4Aにおける発振周波数が質量負荷効果により低下し、一方第2の振動領域4Bでは共通電極42に細胞が吸着しない。そのため、吸着層46に細胞を吸着させた後、各領域4A、4Bの発振周波数を比べる(差分を取る)ことにより、センサユニット2の周囲の温度、試料液そのものの粘度、試料液中に含まれる細胞以外の物質の付着などの外乱の影響を抑えて、吸着層46に吸着した細胞の量に対応する発振周波数の変化(低下分)を感知できることになる。この吸着層46を共通電極42上へ付着させる方法や、吸着層46に細胞を吸着させる方法については、後で詳述する。尚、既述の結合手46aとアミノ基46bとの間には、実際には複数のメチル基(−CH2)などが介在している場合もあるが、ここでは説明を省略している。
【0019】
既述の第1の励振電極43A及び第2の励振電極43Bは、夫々引出電極431,432を介して、図3及び図6に示すように、水晶センサ7をセンサユニット2に装着した時に、配線基板3上に引き回された導電路32、34に夫々電気的に接続されるように構成されている。また、共通電極42は、同様に裏面側へ回り込むように形成された引出電極421を介して、水晶センサ7をセンサユニット2に装着した時に、配線基板3上に形成された導電路33に電気的に接続されるように構成されている。配線基板3の端部領域には、各導電路32〜34と夫々接続される接続端子35〜37が形成されている。そして、これら導電路32、34は、図8に示すように、周波数測定部10に設けられた後述の発振回路6A、6Bに夫々接続され、共通電極42は、発振回路6A、6Bのアース側に接続される。尚、図6(a)は水晶振動子4の表面側を示しており、同図(b)は裏面側を示している。
【0020】
水晶振動子4は、図3及び図4に示すように、配線基板3に形成された貫通孔31を塞ぐように装着されており、水晶センサ7は、この図4に示すように、弾性体からなる流路形成部材5と、リング状の弾性体からなる封止部材30と、により夫々表面側及び裏面側が押しつけられた状態でセンサユニット2に取り付けられる。
【0021】
図1〜図4中26は液体供給管、27は液体排出管であり、液体供給管26を介して液供給系1から供給される水溶液が流路形成部材5と水晶振動子4との間の流路である液体供給領域53を通って液体排出管27から排出されるように構成されている。また、図1に示すように、液供給系1は、薬液などの水溶液の貯留されたシリンジ状のポンプ28を備えている。この例では、細胞数を減少あるいは細胞を死滅させるために、抗癌剤(薬液)であるアドリアマイシン及び細胞の栄養源である培地(DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)が10%含まれたFBS(Fetal Bovine Serum)培地)を含む第1の水溶液の貯留されたポンプ28aと、細胞数を増加させるために、培地を含む第2の水溶液の貯留されたポンプ28bと、が設けられている。
【0022】
次に、周波数測定部10について図8を参照して説明する。図8中6Aは水晶振動子4の第1の振動領域4Aを発振させるための第1の発振回路、6Bは水晶振動子4の第2の振動領域4Bを発振させるための第2の発振回路であり、これらの発振出力(周波数信号)は、スイッチ部80により交互に周波数測定部10に取り込まれるように構成されている。この周波数測定部10は、周波数カウンターや、例えば特開2006−258787号などの手法で回転ベクトルの速度を求める手法などによって周波数を検出するように構成されており、既述のように制御部であるネットワークアナライザ15内に設けられている。尚、図8では既述の治具74については省略している。
【0023】
この周波数測定部10にて得られた各振動領域4A、4Bの各々の発振周波数は、演算部である差分取得プログラム11aによって比較され(差分を取られ)、表示部17に表示される。また、このネットワークアナライザ15に設けられた抵抗値測定プログラム11bにより、前記各々の発振周波数に基づいて、水溶液中の粘弾性を示す共振抵抗値(クリスタルインピーダンス:CI)が求められると共に、各振動領域4A、4Bの各々の粘弾性の差分が算出され、表示部17に表示される。尚、図8中14はCPU、18はバスである。なお、共振抵抗値の測定方法については後述する。
【0024】
次に、感知装置の作用について説明する。ここでは、細胞を培養する場合(細胞数の増加を確認する場合)について説明するが、先ず、吸着層46の形成方法について述べる。センサユニット2を組み立てる前に、水晶振動子4において吸着層46の形成される部分(共通電極42の第1の励振電極43Aに対応する上方側の領域)以外の励振電極42、43を例えば樹脂などのマスク材で覆った後、水晶振動子4をシステアミン(HSCH2CH2NH2)溶液に浸漬する。前記部分がシステアミン溶液と接触すると、当該部分にシステアミン溶液中のイオウ(S)が多数箇所に自己吸着的に付着し、既述の吸着層46が形成される。次いで、余分なシステアミン溶液を洗い流した後、既述のマスク材を除去する。この吸着層46は、この例では互いに対向する一対の励振電極の一方に形成されているが、一対の励振電極の両方に薬液が供給される構成であれば、一対の励振電極の両面に吸着層46を形成するようにしてもよい。
【0025】
続いて、トリプシン(trypsin)処理により別の培養皿からHeLa細胞(ヒト由来の細胞)を予め剥離しておき、例えば5000個のHeLa細胞を含む水溶液を前記吸着層46の表面に滴下(播種)する。ここで、吸着層46に滴下するHeLa細胞の個数は、培養前のHeLa細胞の個数が分かるように、例えば予め実験を行うことによって、吸着層46に吸着できるHeLa細胞の個数よりも少なく設定しておく。
【0026】
既述のように、この水溶液中に含まれる水素が吸着層46のアミノ基46bに配位し、当該アミノ基46bがプラスに帯電するので、表面がマイナスに帯電しているHeLa細胞は、図9(a)に示すように、この吸着層46に吸着していく。そして、十分な吸着時間を取った後、滅菌したセンサユニット2内に水晶振動子4を収納し、このセンサユニット2を図2に示すように気密に一体化すると共に、配線基板3に形成された接続端子35〜37を介して振動領域4A、4Bと発振回路6A、6Bとを夫々電気的に接続する。そして、このセンサユニット2を恒温槽70内に設置する。尚、図9では、HeLa細胞及び吸着層46を模式的に示しており、またこれらHeLa細胞及び吸着層46の数量についても簡略化している。
【0027】
次いで、各発振回路6A、6Bにより例えば9MHzの周波数で水晶振動子4(振動領域4A、4B)を発振させ、周波数測定部10においてこれら振動領域4A、4Bの各々の発振周波数の測定を開始する。ここで、第1の振動領域4Aは、吸着層46及びHeLa細胞の分だけ第2の振動領域4Bよりも発振周波数が低くなっている。そのため、培養開始前における各振動領域4A、4Bの各々の発振周波数の差分は、吸着層46及び培養開始前におけるHeLa細胞の個数に対応する。そして、液供給系1から培地(薬液である第2の水溶液)を液体供給領域53に供給すると、各振動領域4A、4Bでは、この水溶液によって振動(発振)が妨げられるので、発振周波数が低下してある値に各々落ち着く。
【0028】
続いて、吸着層46上のHeLa細胞に培地が例えば1μl/minの流速で供給されると、このHeLa細胞は、培地を栄養源として例えばタンパク質やDNAを合成したり、あるいは分裂(増殖)したりする。この分裂によって生成した新たなHeLa細胞は、分裂前のHeLa細胞と同様に表面がマイナスに帯電しているので、図9(b)に示すように、吸着層46に速やかに吸着する。具体的には、HeLa細胞が例えば2つに分裂すると、吸着力が一時的に弱くなり(吸着層46から一時的に離れて)、その後吸着層46に再吸着する。従って、HeLa細胞が増殖した分、第1の振動領域4Aにおける発振周波数は、質量負荷効果により低下していく。
【0029】
そのため、各振動領域4A、4Bの各々の発振周波数の差分を取ると共に、この差分から培養前の各振動領域4A、4Bの差分を差し引くことにより、HeLa細胞の個数に対応する周波数がリアルタイムに(経時的に)速やかに算出されることになる。即ち、第2の振動領域4Bの発振周波数は既述のように温度変化や水溶液そのものの粘度、あるいはHeLa細胞以外の物質の付着などの外乱によるものであることから、第1の振動領域4Aの発振周波数から第2の振動領域4Bの発振周波数を差し引くと、外乱による周波数の変動分を補償した、HeLa細胞の吸着に起因する周波数の差分が得られる。ここで、HeLa細胞がタンパク質などを合成すると、HeLa細胞の数量が増加しなくても、HeLa細胞の重量が増加する。そのため、HeLa細胞の数量が変化しなくても、領域4Aにおける発振周波数が下降する。しかし、この細胞はその後タンパク質などによって増えた分に相当する重量の細胞を生成する(分裂する)ので、結果として見ると周波数の増減が細胞の数量に相当することになる。
【0030】
また、HeLa細胞が増殖した分、吸着層46の近傍の領域の粘弾性が増加するので、共振抵抗値が増加する。従って、この共振抵抗値の差分からも、HeLa細胞の吸着量に対応する値が分かる。これら発振周波数の差分及び共振抵抗値の差分は、既述のように表示部17に表示される。この際、これら差分のデータは、所定時間毎にデータのみを表示するようにしてもよいし、例えば図11に示すように、データを連続的に取得してグラフ化したものを表示するようにしてもよい。また、発振周波数のみを表示するようにしてもよいし、共振抵抗値のみを表示するようにしてもよい。図10は、細胞播種直後(培養前)と、48時間培養した後と、において細胞を撮影した顕微鏡写真を示している。この図10からも、吸着層46に細胞が吸着して、この吸着層46において細胞が接着進展及び増殖していることが分かる。尚、図10に示す顕微鏡写真は、0.196cm2の電極面積を撮像したものである。
【0031】
ここで、培養後のHeLa細胞の数量については、HeLa細胞の個数に対応する周波数の変化分を予め求めておくことにより算出される。具体的には、例えば既述のようにHeLa細胞を培養した後、培養液の供給(培養)を停止して、その時のHeLa細胞の個数を既述の血球計算盤、自動細胞計数機、ラジオアイソトープ(RI)あるいはBrdUを用いた手法により計数する。培養開始前におけるHeLa細胞の個数及び発振周波数と、培養後の発振周波数とが既知であることから、培養後におけるHeLa細胞の個数を計数することによって、発振周波数の変化分に対応するHeLa細胞の変化量(検量線)が分かることになる。このような検量線を具体的に求めた例については、後述の第2の実施の形態にて詳述し、細胞の個数を求める例については、後述の第4の実施の形態にて詳述する。以上の発振周波数の測定により、成分や効果が未知の薬液を含む水溶液を用いた場合であっても、HeLa細胞に対して供給した水溶液の効果(HeLa細胞が増加するか否か及びどの程度HeLa細胞が増加するか)が分かる。
【0032】
上述の実施の形態によれば、水晶振動子4の発振周波数の変化に基づいて細胞を感知するにあたり、吸着層46としてプラスに帯電したアミノ基46bを用いている。そして、このプラスに帯電したアミノ基46bは、細胞の培養に用いていた従来の培養ディッシュ(皿)と同程度の細胞吸着能力を持っている。そのため、表面がマイナスに帯電した細胞が吸着層46に静電的な引き合いにより速やかに吸着するので、細胞を容易に感知することができる。また、前記静電的な引き合いにより、電極表面への細胞の接着及び伸展が促進されるので、増殖に適している。さらに、細胞の標識が不要であることから、細胞を速やかに感知できる。更に、細胞を培養している間に亘って発振周波数を測定しているので、例えば細胞の増加を経時的に(リアルタイムに)感知できる。また、1つの水晶振動子4上に2つの振動領域4A、4Bを設けておき、一方の振動領域4Aを測定用、他方の振動領域4Bを参照用としていることから、センサユニット2の周囲の温度などの影響を抑えることができ、従って細胞を高い精度で感知できる。そのため、これまでの細胞の計数方法に比べて、薬剤の評価速度を速めることができ、新たな薬剤を速やかに開発できる。以上の第1の実施の形態では、発振周波数の測定に加えて、共振抵抗値についても算出するようにしたが、共振抵抗値を用いずに発振周波数によってHeLa細胞を感知しても良い。
【0033】
[第2の実施の形態;細胞周期の同定]
続いて、本発明の第2の実施の形態について、本発明のセンサユニット2を用いてHeLa細胞の周期の同定を行った例を説明する。既述のように、細胞は分裂(G2/M期)、タンパク質の合成(G1期)及びDNAの合成(S期)からなる細胞周期を繰り返している。そこで、センサユニット2を用いて、この細胞周期の同定を行った。先ず、吸着層46に吸着させるHeLa細胞の細胞周期がまちまちだと、細胞周期を特定できない。そのため、既述の第1の実施の形態と同様に水晶振動子4に吸着層46を付着させると共に、この吸着層46に滴下するHeLa細胞について、以下の処理を行うことにより、予め細胞周期を同調させた。
【0034】
(細胞周期の同調)
具体的には、ダブルチミジンブロック法により、S期の初期のHeLa細胞については細胞活動を休止させ、一方S期以外の周期の活動を行っているHeLa細胞については、そのまま細胞活動を続けさせると共に、S期の初期に到達すると活動が休止するように調整した。そして、別途実験を行うことにより、HeLa細胞がS期に同調したことを確認した。即ち、このダブルチミジンブロック法を行った後、吸着層46にこのHeLa細胞を滴下すると共に、BrdU(5−bromo−2’−deoxy−uridine)と呼ばれる試薬を培地に添加した。続いて、2時間後に洗浄及び細胞周期の固定を行った後、抗BrdU抗体を用いた免疫染色を行ったところ、約80%のHeLa細胞にBrdUが取り込まれて(約80%のHeLa細胞がBrdUを取り込む活動を行う周期に到達して)おり、従ってHeLa細胞の大部分がS期に同調していることが分かった。
【0035】
(細胞周期の同定)
そして、既述のダブルチミジンブロック法を行ったHeLa細胞を吸着層46に滴下して吸着させ、センサユニット2を組み立てて、各領域4A、4Bの発振とこれら領域4A、4Bの発振周波数の測定とを開始すると共に、液供給系1から第2の水溶液(培地)を液体供給領域53に供給して、前記HeLa細胞を培養し、取得された発振周波数を表示部17に表示する。図11は、この時得られた第1の振動領域4Aにおける発振周波数(差分を取る前の発振周波数)を示しており、また図12はこの発振周波数に基づいて算出された共振抵抗値を示している。このように、発振周波数の表示部17には、例えば発振周波数のデータを連続して取得し、グラフ化したものが表示される。この際、第1の振動領域4Aにおける発振周波数と第2の振動領域4Bにおける発振周波数とを別個に表示してもよいし、これら第1の振動領域4A及び第2の振動領域4Bにおける発振周波数の差分を取得し、この差分の発振周波数を表示してもよい。また、発振周波数の代わりに共振抵抗値のデータを表示するようにしてもよいし、発振周波数と共振抵抗値との両方のデータを表示するようにしてもよい。
【0036】
これらの図11及び図12から、細胞周期を同調させたHeLa細胞の培養を行うことにより、発振周波数の減少及び共振抵抗値の増加が確認された。尚、図13及び図14は、HeLa細胞を吸着層46に吸着させずに培地を供給した時に得られた発振周波数及び共振抵抗値を示している。以上の図11〜図14の結果から、発振周波数及び共振抵抗値の変化は、HeLa細胞の細胞活動に起因していることが分かる。
【0037】
この時、発振周波数や共振抵抗値は、ある周期で増減を繰り返している。そこで、共振抵抗値について着目して検討すると、M期(G2/M期)において細胞分裂が起こる時、元々吸着層46に吸着していた細胞が例えば2つに分裂するので、一時的に吸着層46から離れて、その後これら細胞が吸着層46に再吸着していると考えられる。そのため、M期では、共振抵抗値が一時的に減少すると考えられる。また、G1期では、タンパク質の合成が活発になるので、細胞の体積及び重量が増加して、共振抵抗値が上昇すると考えられる。更に、S期ではDNAの合成が行われるので、このS期でも細胞の体積や重量が増加すると考えられる。このような考察を元に、共振抵抗値の増減に各M期、G1期及びS期を割り振ると、HeLa細胞は、図15に示すように、3時間のG2/M期と、12時間のG1期と、9時間のS期と、をこの順番で24時間の周期で繰り返している
【0038】
従って、本発明の水晶センサ7は、予め細胞周期を同調させることにより、細胞の体積の増減を介して当該細胞周期についても測定できると考えられる。つまり、細胞の重量に応じて発振周波数が変化すると共に、細胞分裂の際に吸着層から浮き上がるときに一次的に重量が減少するように変化するため、細胞の種類に対応した発振周波数(又は共振抵抗値)の波形を取得することができる。これにより、発振周波数又は共振抵抗値を継続して取得することにより、細胞が培養により増加するときには、発振周波数又は共振抵抗値が周期的に増減を繰り返しながら、発振周波数で言えば徐々に減少し、共振抵抗値で言えば徐々に増加していく。そして、共振抵抗値で言えば、既述のように、増加後一次的に減少するポイントをG2/M期と判断することができるので、細胞の種類に対応した細胞周期を前記発振周波数又は共振抵抗値の波形から判断することができる。
【0039】
このため、細胞の培養時に発振周波数及び共振抵抗値の少なくとも一方のデータを取得して、その波形を表示部17に表示するようにすれば、細胞周期をリアルタイムで計測することができる。これにより、作業者は、その波形を見れば、細胞が細胞周期のどの段階にあるかがリアルタイムで分かるため、周期特異的な薬剤を最適なタイミングで添加することができ、このような薬剤の解析が容易になる。
【0040】
(検量線の作成と細胞数の算出)
続いて、既述の検量線を求めるために行った実験について説明する。吸着層46に5000個のS期に同調させたHeLa細胞を吸着させ、培地を水晶センサ7に供給して48時間に亘ってHeLa細胞の培養を行った。そして、培養前後における共振抵抗値及び発振周波数の夫々の差を求めると共に、培養後のHeLa細胞の個数を顕微鏡写真から直接計数した。この結果を以下の表に示す。
【0041】
(表)
【0042】
この表から、HeLa細胞1個あたりの共振抵抗値及び発振周波数の夫々の変化量は、夫々0.022Ω及び−0.058Hzとなっていた。従って、これらの値を用いることにより、測定する度に培養後のHeLa細胞の個数を数えなくても、培養前後の発振周波数や共振抵抗値から、HeLa細胞の個数を算出できる。
【0043】
つまり、発振周波数を用いて細胞の個数を算出するときには、培養後の発振周波数と、培養前の発振周波数との差を求めることにより、発振周波数の変化量を求める。そして、既述のように、細胞1個あたりの発振周波数の変化量は、−0.058Hzであることから、発振周波数の変化量に応じた細胞数を算出する。また、共振抵抗値を用いて細胞の個数を算出するときには、培養後の共振抵抗値と、培養前の共振抵抗値との差を求めることにより、共振抵抗値の変化量を求める。そして、既述のように、細胞1個あたりの共振抵抗値の変化量は、0.022Ωであることから、共振抵抗値の変化量に応じた細胞数を算出する。ここで、発振周波数又は共振抵抗値の変化量は、第1の振動領域4Aの発振周波数(共振抵抗値)と第2の振動領域の発振周波数(共振抵抗値)の差分の発振周波数の変化量であってもよいし、第1の振動領域4Aのみの発振周波数(共振抵抗値)の変化量であってもよい。
【0044】
この場合、正確な細胞数を算出する場合には、既述の手法により細胞周期を同調させて、計数した細胞を吸着層に吸着させて培養を開始し、発振周波数又は共振抵抗値を取得するが、大凡の細胞数を算出する場合には、細胞周期の同調は必ずしも行う必要はない。
【0045】
このような、細胞数の算出は、例えば既述のネットワークアナライザ15に細胞の個数を算出する細胞数演算プログラムを設けて行うようにしてもよい。この場合には、予め細胞の種類毎に、細胞1個あたりの発振周波数の変化量や、共振抵抗値の変化量を取得しておき、ネットワークアナライザ15のメモリに格納しておく。そして、細胞数演算プログラムでは、培養前後の発振周波数(又は共振抵抗値)の変化量を演算し、細胞の種類に対応した細胞1個あたりの発振周波数(又は共振抵抗値)の変化量を用いて、細胞数の演算を行い、演算結果である細胞数を表示部に表示する。
【0046】
(細胞1個の質量の計算)
続いて、細胞1個の質量を計算により求める手法について説明する。以下の式(1)により、1Hzの周波数の変化は、約1ngの重量の変化分に相当することが知られている。
式(1)
【0047】
既述のように、HeLa細胞1個あたりの発振周波数の変化量は−0.058Hzであるので、1個のHeLa細胞は、約58pgであることが分かる。そのため、HeLa細胞以外の細胞であっても、水晶センサ7を用いることによって1個あたりの重量を測定できると考えられる。尚、この実験については、センサユニット2を既述のように一定温度に保たれた恒温槽70に収納して実験を行っており、また既述の図11(図12)と図13(図14)とを比較しても分かるように、外乱の影響はほとんど少ないため、各振動領域4A、4Bの差分を取らずに前記表の値として振動領域4Aの値を用いている。
【0048】
[第3の実施の形態;細胞の減少(死滅)]
続いて、本発明の第3の実施の形態について、本発明のセンサユニット2を用いてHeLa細胞の減少を感知した例を説明する。第3の実施の形態における装置については、既述の第1、第2の実施の形態と同じ構成であるため説明を省略するが、薬液としては既述の第1の水溶液(アドリアマイシン、図17参照)を用いる。
【0049】
先ず、既述の第1の実施の形態と同様に、共通電極42への吸着層46の付着及びこの吸着層46へのHeLa細胞の滴下を行った後、センサユニット2を組み立てる。次いで、各領域4A、4Bの発振とこれら領域4A、4Bの発振周波数の測定とを開始すると共に、液供給系1から第2の水溶液(培地)を液体供給領域53に供給する。続いて、培養開始から例えば48時間後に、水晶センサ7に供給する水溶液を第2の水溶液から第1の水溶液に切り替える。第1の水溶液に含まれるアドリアマイシンにHeLa細胞が触れると、当該HeLa細胞が死滅し、例えば細胞接着性を失う。そのため、死滅したHeLa細胞は、吸着層46から離脱していく。こうしてアドリアマイシンの供給を続けると、吸着層46からのHeLa細胞の離脱(死滅)が継続的に起こり、例えば吸着層46から全てのHeLa細胞が剥離する。
【0050】
図16は、以上の処理を行った時に得られた第1の振動領域4Aにおける発振周波数及び共振抵抗値を示した結果である。水晶センサ7に供給する水溶液を培地からアドリアマイシンに切り替えると、発振周波数が減少から増加に転じると共に、共振抵抗値が増加から減少に発振周波数の変化と同じタイミングで転じていた。また、アドリアマイシンの供給を開始した時から21時間後には、発振周波数及び共振抵抗値についてはHeLa細胞を吸着させる前の値に戻っており、顕微鏡にて確認したところ、全てのHeLa細胞が死滅していることが分かった。
【0051】
従って、本発明の水晶センサ7を用いることにより、抗癌剤による細胞死をリアルタイムで計測できると考えられる。この第3の実施の形態では、HeLa細胞が増加から減少に転ずる様子を確認するために、水晶センサ7に供給する水溶液を培地からアドリアマイシンに切り替えたが、測定当初からアドリアマイシンを供給しても良い。
【0052】
このように、図1に示す構成の感知装置を用いることにより、吸着層に吸着された細胞を増殖させる薬液と細胞を死滅させる薬液の供給をバルブ71の切替えにより行うことができる、このため、細胞の増殖から死滅まで、一連の様子を周波数変化又は共振抵抗値変化で計測することができ、細胞の増殖や死滅の状況をリアルタイムで取得することができる。
【0053】
既述の各例では、センサユニット2を組み立てる前に、水晶振動子4の吸着層46に細胞を吸着させたが、センサユニット2にて細胞を吸着させても良い。具体的には、細胞及び培地を含む水溶液の貯留されたポンプ(図示せず)を既述の各ポンプ28a、28bとは別に設けて、センサユニット2を組み立てた後、水晶センサ7に対して培地(第1の水溶液)を例えば50μl/minで供給する。そして、水晶センサ7の発振周波数が安定した後、バルブ71を切り替えて、1×104個/mlの細胞を水晶センサ7側に例えば100ml供給する。次いで、水晶センサ7への細胞の供給が完了した後、液の供給を停止し、例えば15時間静置して細胞を吸着層46に吸着させる。その後、既述の各例のように、水溶液を供給する。
【0054】
このような手法であれば、バルブ71を切り替えるだけで細胞の吸着から当該細胞に対する薬液の供給までを連続的に行うことができるので便利である。また、以上の各例では、2つの振動領域4A、4Bを設けてセンサユニット2の周囲の温度などの影響を抑えるようにしたが、これら振動領域4A、4Bを各々別の圧電片41、41に形成し、互いに隣接するように配置してもよい。更に、1つの振動領域4Aだけを設けるようにしても良く、この場合には測定前後の発振周波数の差分を計算するようにしても良い。
【0055】
既述の吸着層46を構成する化合物として、プラスに帯電したアミノ基46bを用いたが、プラスに帯電していれば細胞を吸着できるので、吸着層46にはアミノ基46bに代えて、プラスに帯電したポリスチレン膜やコラーゲン膜などを用いても良い。また、細胞に対して供給する薬液としては、既述の第1の水溶液としてアドリアマイシンを用いたが、例えばアドリアマイシン以外の抗癌剤や細胞増殖のための増殖因子や、分化促進のための分化誘導剤などを用いても良い。更に、培養する細胞としては、HeLa細胞以外にも、NIH−3T3などのマウス由来の株化細胞や、初代培養細胞など、あらゆる細胞を用いることができ、制限はない。
【0056】
また、細胞に対して水溶液を供給している間に亘って発振周波数を測定し、細胞を経時的に感知したが、間隔を置いて測定しても良い。本発明のセンサユニット2は、水晶センサ7を取り替えるだけで別の測定も行うことができるので、汎用性が高い。即ち、吸着層46として抗体を用いた場合には、感知対象物として抗原を感知できる。また、互いに異なる種類の細胞同士の間の相互作用や、細胞とウイルスとの間の相互作用を調べる場合にもセンサユニット2を用いることができると考えられる。具体的には、細胞を吸着層46に吸着させておき、この吸着層46に対して別の細胞やウイルスを供給し、発振周波数の変化を測定することにより、これら細胞間や細胞とウイルスとの間で起こる相互作用を検出できる可能性がある。
【0057】
以上において、本発明では、細胞容積が増えると質量が増加するため、この質量増加により発振周波数又は共振抵抗値が変化することを利用して、細胞容積の増減を検出するようにしてもよい。例えば、細胞周期のG1期は、細胞数は増加せず、タンパク合成等により細胞容積が増大する。従って、既述の細胞周期の同定により、細胞周期がG1期であると認識しているときには、発振周波数又は共振抵抗値の変化は、細胞容積の変化に依存するものであるため、細胞容積の増減を検出することができる。
【0058】
ここで、共振抵抗値の測定方法について説明する。前記水晶センサ7の発振周波数は、冶具74内のπ回路を介して周波数測定部10にて測定されるが、このπ回路の構成について図18に示す。図中Zxは水晶振動子の電気等価回路である。Zo、Zlは測定系のインピーダンスであり、Viは電源部75の印加電圧、Voは、Zlにかかる電圧であって、これらは次式の関係にある。
Vo/Vi=Zl/(Zo+Zx+Z1) 図19に水晶振動子の共振特性を示す。fsは共振周波数、L[dB]は伝送量(減衰量)である。周波数f=fsの時には、Zx=R1(共振抵抗値)であり、次式が成り立つ。
L[dB]=20Log(Zl/(Zo+Zl+R1))+Vo/Vi これにより、 R1=Zl/{10^(L−Vo/Vi)/20}−(Zo+Zl) こうして、共振抵抗値R1は発振周波数に基づいて取得される。例えば20秒に一回周波数を掃引し、データ(発振周波数及び共振抵抗値(CI))を取得している。
【0059】
以上において、本発明では、少なくとも吸着層に吸着された細胞に薬液を供給した後、第1の発振回路の発振周波数を取得するようにすればよく、必ずしも薬液を供給しながら、リアルタイムで発振周波数を取得する必要はない。例えば、細胞への薬液の供給を開始する前と、細胞への薬液の供給を停止した後に、夫々発振周波数を取得し、これら発振周波数を比較して、細胞数の増減を把握するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0060】
1 液供給系
2 センサユニット
4 水晶振動子
4A 振動領域
4B 振動領域
6A 発振回路
7 水晶センサ
10 周波数測定部
42 共通電極
42 励振電極
46 吸着層
46a 結合手
46b アミノ基
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電片に設けられた電極上の吸着層に細胞を吸着させ、圧電片の固有振動数の変化に基づいて細胞を感知する感知センサ及び感知装置に関する。
【背景技術】
【0002】
動物に対して効果を持つ(何らかの作用を及ぼす)薬剤の選別(スクリーニング)や薬剤の性能評価、更には薬剤の作用メカニズムの解明など薬剤の開発を行うにあたり、動物を用いた動物試験に代えて、培養細胞を用いた試験が行われることがある。即ち、細胞を培養し、この細胞に対して薬剤を投与して当該薬剤の評価が行われる。そして、薬剤の効果の有無や程度を確かめるための指標の一つとして、例えば薬剤投与後における細胞数の増加や減少が評価(測定)される。具体的には、例えば有用な細胞を増殖させることのできる薬剤を選定(同定)する場合には、薬剤投与後に細胞数が増加したか否かを評価する。また、例えば抗癌剤として効果のある薬剤を選定する場合には、薬剤投与後に細胞数の減少や細胞の死滅が確認されたか否かを評価する。
【0003】
しかし、現在のところ、細胞数を高い精度で速やかに測定できる手法は少ない。具体的には、細胞数の測定法としては、培養皿(ディッシュ)にて細胞を培養した後、この培養皿から細胞を剥がして(採取して)、血球計算盤や自動細胞計数機で測定する方法や、ラジオアイソトープ(RI)を用いて細胞を標識してRI強度を測定する方法、あるいはBrdU(5−bromo−2’−deoxy−uridine)と呼ばれる試薬を細胞に取り込ませて標識し、免疫染色によって定量する方法などが知られている。これらの測定方法は、いずれも手間がかかる(速やかに測定できない)上、薬剤を投与した後、ある時点で測定することになる(エンドポイントアッセイ)ため、経時的な細胞数の変化を評価することは困難である。また、細胞数を経時的に測定できる装置も知られているが、このような装置は極めて高価であり、また汎用性が低く、細胞数の測定に用途が限定されてしまう。そのため、速やかにかつ簡便に細胞数を経時的に測定できる手法が求められている。
【0004】
一方、細胞が増殖するにあたって、細胞分裂やタンパク質の合成などを周期的に繰り返しており、この周期の長さや、ある一つの周期の中で細胞分裂やタンパク質の合成がどのタイミングで起こっているのかということについては、癌や再生医療と関連があるため、近年盛んに研究されている。この細胞周期を同定するにあたり、現在では主にフロートサイトメトリー(FACS)と呼ばれる手法を用いているが、この手法は既述の測定方法と同様に、ある時点(エンドポイント)で採取した細胞がどのような活動(細胞分裂やタンパク質の合成など)を行っていたかを測定する方法であり、また細胞を固定化した上で蛍光色素を細胞に取り込むという煩雑な作業が必要になってしまう。そのため、このような細胞周期を研究する分野においても、細胞周期をリアルタイムで速やかにかつ簡便に測定できる手法が求められている。
【0005】
特許文献1には、水晶振動子の電極表面に微生物を吸着させて、水晶振動子の発振周波数の変化に基づいて微生物を検知するセンサが記載されているが、既述の課題については検討されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2006−275798
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明はこのような事情に基づいてなされたものであり、その目的は、細胞を簡便に速やかに感知できる感知センサ及び感知装置並びに感知方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の感知センサは、
圧電片の固有振動数の変化に基づいて、細胞を感知するための感知センサであって、
圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第1の振動領域と、
前記細胞を吸着するために前記励振電極の少なくとも一方の表面に形成され、正に帯電した吸着層と、を備えたことを特徴とする。
【0009】
前記吸着層としては、正に帯電したアミノ基を含むものを用いることができる。また、前記第1の振動領域に対して参照用として設けられ、圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第2の振動領域を備えていても良く、この場合には前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域は、共通の圧電片に設けられていることが好ましい。
【0010】
本発明の感知装置は、
前記感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
この第1の発振回路の発振周波数を測定する周波数測定部と、を備えたことを特徴とする。
【0011】
また、本発明の感知装置は、
前記感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
前記第2の振動領域を発振させるための第2の発振回路と、
これら第1の発振回路及び第2の発振回路の各々の発振周波数を測定する周波数測定部と、
この周波数測定部にて測定された前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域における夫々の発振周波数の差分を求める演算部と、を備えたことを特徴とする。
【0012】
さらに、本発明の感知方法は、
感知装置を用いて、圧電片の固有振動数の変化に基づいて細胞を感知するための方法であって、
吸着層に細胞を吸着させる工程と、
前記吸着層に吸着された細胞に対して、当該細胞を増加または減少させる薬液を供給する工程と、
少なくとも前記薬液を供給した後、第1の発振回路の発振周波数を取得する工程と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、圧電片の内部領域を介して対向するように一対の励振電極を形成すると共に、この励振電極の一方の表面に、正に帯電した吸着層を形成している。そのため、吸着層に細胞を容易に吸着させることができるので、圧電片の発振周波数の変化に基づいて、細胞を簡便に速やかに感知できる。また、この吸着層の形成された第1の振動領域と共に、吸着層の設けられていない参照用の第2の振動領域を設けて、これら第1の振動領域及び第2の振動領域における周波数の差分を算出することにより、感知センサの周囲の温度などの影響を抑えて細胞を高い精度で感知できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の感知装置の全体構成を示す概略図である。
【図2】前記感知装置のセンサユニットの一例を示す斜視図である。
【図3】前記センサユニットを示す分解斜視図である。
【図4】前記センサユニットを示す縦断面図である。
【図5】前記のセンサユニットに用いられる水晶振動子の一例を示す縦断面図である。
【図6】前記水晶振動子を示す平面図である。
【図7】前記水晶振動子に形成される吸着層を模式的に示す斜視図である。
【図8】感知装置における回路構成を示す概略図である。
【図9】前記水晶振動子における細胞の吸着及び分裂を示す模式図である。
【図10】前記細胞を撮影した結果を示す撮像図である。
【図11】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図12】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図13】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図14】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図15】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図16】前記感知装置にて得られる特性を示す特性図である。
【図17】前記感知装置に用いられる薬液の構造式の一例を示す模式図である。
【図18】前記感知装置に用いられるπ回路を示す構成図である。
【図19】水晶振動子の共振特性を示す特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
[第1の実施の形態:細胞の増加]
本発明の感知センサを備えた感知装置の第1の実施の形態の一例について、図1〜図8を参照して説明する。この感知装置は、図1に示すように、センサユニット2と、このセンサユニット2に薬液などの水溶液を供給する液供給系1と、センサユニット2に取り付けられた感知センサである水晶センサ7を駆動し、また得られた発振出力を処理する周波数測定部10を含むネットワークアナライザ(制御部)15と、を備えている。センサユニット2及び液供給系1は、例えば培地のpH及び湿度の維持のために、二酸化炭素(CO2)雰囲気に保たれた恒温槽(インキュベーター)70内に設置されている。図1中71は液供給系1からセンサユニット2に向かって伸びる供給路72に介設された例えば三方弁などにより構成されたバルブであり、73は排液部である。また、図1において74は、π回路が内部に設けられた冶具であり、水晶センサ7の発振周波数は、この冶具74内のπ回路を介して周波数測定部10にて測定される。尚、図1では感知装置を簡略化して示している。
【0016】
センサユニット2は、図2〜図4に示すように、支持体21、封止部材30、配線基板3、圧電振動子である水晶振動子4、流路形成部材5及び上部カバー24が下側からこの順番で積層されて構成されている。既述の水晶センサ7は、配線基板3上に水晶振動子4を設けて構成されている。この水晶振動子4は、図3、図5及び図6に示すように、例えばATカットの圧電片である円板状の水晶片41の表面側及び裏面側に、夫々例えば金(Au)などからなる励振電極42、43を設けて構成されている。この例では、水晶片41の裏面(下面)側に第1の励振電極43A及び第2の励振電極43Bが互いに離間して配置されると共に、表面(上面)側に前記2つの励振電極43A、43Bに対する共通の励振電極(共通電極)42を配置している。従って、図5に示すように、第1の励振電極43A及び共通電極42により第1の振動領域4Aが形成され、第2の励振電極43B及び共通電極42により第2の振動領域4Bが形成されている。
【0017】
共通電極42における第1の励振電極43Aに対応する上方側の領域には、図5に示すように、感知対象物である細胞を吸着するための吸着層46が形成されている。この吸着層46は、図7に模式的に示すように、共通電極42(金電極)の表面に結合したイオウ(S)を含む結合手46aと、この結合手46aに結合したアミノ基(−NH2)46bとにより構成されている。このアミノ基46bは、細胞の感知を行う時には、後述するように細胞や薬液などを含む水溶液中に曝されるので、当該水溶液に含まれる水素(H)と配位結合を起こして(−NH3)となり、正(プラス)に帯電することとなる。そして、細胞は、表面が負(マイナス)に帯電しているため、水溶液(試料液)中では、吸着層46に静電的に引き寄せられるので、当該吸着層46に極めて吸着しやすくなっている。
【0018】
従って、吸着層46に試料液中の細胞が吸着すると、第1の振動領域4Aにおける発振周波数が質量負荷効果により低下し、一方第2の振動領域4Bでは共通電極42に細胞が吸着しない。そのため、吸着層46に細胞を吸着させた後、各領域4A、4Bの発振周波数を比べる(差分を取る)ことにより、センサユニット2の周囲の温度、試料液そのものの粘度、試料液中に含まれる細胞以外の物質の付着などの外乱の影響を抑えて、吸着層46に吸着した細胞の量に対応する発振周波数の変化(低下分)を感知できることになる。この吸着層46を共通電極42上へ付着させる方法や、吸着層46に細胞を吸着させる方法については、後で詳述する。尚、既述の結合手46aとアミノ基46bとの間には、実際には複数のメチル基(−CH2)などが介在している場合もあるが、ここでは説明を省略している。
【0019】
既述の第1の励振電極43A及び第2の励振電極43Bは、夫々引出電極431,432を介して、図3及び図6に示すように、水晶センサ7をセンサユニット2に装着した時に、配線基板3上に引き回された導電路32、34に夫々電気的に接続されるように構成されている。また、共通電極42は、同様に裏面側へ回り込むように形成された引出電極421を介して、水晶センサ7をセンサユニット2に装着した時に、配線基板3上に形成された導電路33に電気的に接続されるように構成されている。配線基板3の端部領域には、各導電路32〜34と夫々接続される接続端子35〜37が形成されている。そして、これら導電路32、34は、図8に示すように、周波数測定部10に設けられた後述の発振回路6A、6Bに夫々接続され、共通電極42は、発振回路6A、6Bのアース側に接続される。尚、図6(a)は水晶振動子4の表面側を示しており、同図(b)は裏面側を示している。
【0020】
水晶振動子4は、図3及び図4に示すように、配線基板3に形成された貫通孔31を塞ぐように装着されており、水晶センサ7は、この図4に示すように、弾性体からなる流路形成部材5と、リング状の弾性体からなる封止部材30と、により夫々表面側及び裏面側が押しつけられた状態でセンサユニット2に取り付けられる。
【0021】
図1〜図4中26は液体供給管、27は液体排出管であり、液体供給管26を介して液供給系1から供給される水溶液が流路形成部材5と水晶振動子4との間の流路である液体供給領域53を通って液体排出管27から排出されるように構成されている。また、図1に示すように、液供給系1は、薬液などの水溶液の貯留されたシリンジ状のポンプ28を備えている。この例では、細胞数を減少あるいは細胞を死滅させるために、抗癌剤(薬液)であるアドリアマイシン及び細胞の栄養源である培地(DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)が10%含まれたFBS(Fetal Bovine Serum)培地)を含む第1の水溶液の貯留されたポンプ28aと、細胞数を増加させるために、培地を含む第2の水溶液の貯留されたポンプ28bと、が設けられている。
【0022】
次に、周波数測定部10について図8を参照して説明する。図8中6Aは水晶振動子4の第1の振動領域4Aを発振させるための第1の発振回路、6Bは水晶振動子4の第2の振動領域4Bを発振させるための第2の発振回路であり、これらの発振出力(周波数信号)は、スイッチ部80により交互に周波数測定部10に取り込まれるように構成されている。この周波数測定部10は、周波数カウンターや、例えば特開2006−258787号などの手法で回転ベクトルの速度を求める手法などによって周波数を検出するように構成されており、既述のように制御部であるネットワークアナライザ15内に設けられている。尚、図8では既述の治具74については省略している。
【0023】
この周波数測定部10にて得られた各振動領域4A、4Bの各々の発振周波数は、演算部である差分取得プログラム11aによって比較され(差分を取られ)、表示部17に表示される。また、このネットワークアナライザ15に設けられた抵抗値測定プログラム11bにより、前記各々の発振周波数に基づいて、水溶液中の粘弾性を示す共振抵抗値(クリスタルインピーダンス:CI)が求められると共に、各振動領域4A、4Bの各々の粘弾性の差分が算出され、表示部17に表示される。尚、図8中14はCPU、18はバスである。なお、共振抵抗値の測定方法については後述する。
【0024】
次に、感知装置の作用について説明する。ここでは、細胞を培養する場合(細胞数の増加を確認する場合)について説明するが、先ず、吸着層46の形成方法について述べる。センサユニット2を組み立てる前に、水晶振動子4において吸着層46の形成される部分(共通電極42の第1の励振電極43Aに対応する上方側の領域)以外の励振電極42、43を例えば樹脂などのマスク材で覆った後、水晶振動子4をシステアミン(HSCH2CH2NH2)溶液に浸漬する。前記部分がシステアミン溶液と接触すると、当該部分にシステアミン溶液中のイオウ(S)が多数箇所に自己吸着的に付着し、既述の吸着層46が形成される。次いで、余分なシステアミン溶液を洗い流した後、既述のマスク材を除去する。この吸着層46は、この例では互いに対向する一対の励振電極の一方に形成されているが、一対の励振電極の両方に薬液が供給される構成であれば、一対の励振電極の両面に吸着層46を形成するようにしてもよい。
【0025】
続いて、トリプシン(trypsin)処理により別の培養皿からHeLa細胞(ヒト由来の細胞)を予め剥離しておき、例えば5000個のHeLa細胞を含む水溶液を前記吸着層46の表面に滴下(播種)する。ここで、吸着層46に滴下するHeLa細胞の個数は、培養前のHeLa細胞の個数が分かるように、例えば予め実験を行うことによって、吸着層46に吸着できるHeLa細胞の個数よりも少なく設定しておく。
【0026】
既述のように、この水溶液中に含まれる水素が吸着層46のアミノ基46bに配位し、当該アミノ基46bがプラスに帯電するので、表面がマイナスに帯電しているHeLa細胞は、図9(a)に示すように、この吸着層46に吸着していく。そして、十分な吸着時間を取った後、滅菌したセンサユニット2内に水晶振動子4を収納し、このセンサユニット2を図2に示すように気密に一体化すると共に、配線基板3に形成された接続端子35〜37を介して振動領域4A、4Bと発振回路6A、6Bとを夫々電気的に接続する。そして、このセンサユニット2を恒温槽70内に設置する。尚、図9では、HeLa細胞及び吸着層46を模式的に示しており、またこれらHeLa細胞及び吸着層46の数量についても簡略化している。
【0027】
次いで、各発振回路6A、6Bにより例えば9MHzの周波数で水晶振動子4(振動領域4A、4B)を発振させ、周波数測定部10においてこれら振動領域4A、4Bの各々の発振周波数の測定を開始する。ここで、第1の振動領域4Aは、吸着層46及びHeLa細胞の分だけ第2の振動領域4Bよりも発振周波数が低くなっている。そのため、培養開始前における各振動領域4A、4Bの各々の発振周波数の差分は、吸着層46及び培養開始前におけるHeLa細胞の個数に対応する。そして、液供給系1から培地(薬液である第2の水溶液)を液体供給領域53に供給すると、各振動領域4A、4Bでは、この水溶液によって振動(発振)が妨げられるので、発振周波数が低下してある値に各々落ち着く。
【0028】
続いて、吸着層46上のHeLa細胞に培地が例えば1μl/minの流速で供給されると、このHeLa細胞は、培地を栄養源として例えばタンパク質やDNAを合成したり、あるいは分裂(増殖)したりする。この分裂によって生成した新たなHeLa細胞は、分裂前のHeLa細胞と同様に表面がマイナスに帯電しているので、図9(b)に示すように、吸着層46に速やかに吸着する。具体的には、HeLa細胞が例えば2つに分裂すると、吸着力が一時的に弱くなり(吸着層46から一時的に離れて)、その後吸着層46に再吸着する。従って、HeLa細胞が増殖した分、第1の振動領域4Aにおける発振周波数は、質量負荷効果により低下していく。
【0029】
そのため、各振動領域4A、4Bの各々の発振周波数の差分を取ると共に、この差分から培養前の各振動領域4A、4Bの差分を差し引くことにより、HeLa細胞の個数に対応する周波数がリアルタイムに(経時的に)速やかに算出されることになる。即ち、第2の振動領域4Bの発振周波数は既述のように温度変化や水溶液そのものの粘度、あるいはHeLa細胞以外の物質の付着などの外乱によるものであることから、第1の振動領域4Aの発振周波数から第2の振動領域4Bの発振周波数を差し引くと、外乱による周波数の変動分を補償した、HeLa細胞の吸着に起因する周波数の差分が得られる。ここで、HeLa細胞がタンパク質などを合成すると、HeLa細胞の数量が増加しなくても、HeLa細胞の重量が増加する。そのため、HeLa細胞の数量が変化しなくても、領域4Aにおける発振周波数が下降する。しかし、この細胞はその後タンパク質などによって増えた分に相当する重量の細胞を生成する(分裂する)ので、結果として見ると周波数の増減が細胞の数量に相当することになる。
【0030】
また、HeLa細胞が増殖した分、吸着層46の近傍の領域の粘弾性が増加するので、共振抵抗値が増加する。従って、この共振抵抗値の差分からも、HeLa細胞の吸着量に対応する値が分かる。これら発振周波数の差分及び共振抵抗値の差分は、既述のように表示部17に表示される。この際、これら差分のデータは、所定時間毎にデータのみを表示するようにしてもよいし、例えば図11に示すように、データを連続的に取得してグラフ化したものを表示するようにしてもよい。また、発振周波数のみを表示するようにしてもよいし、共振抵抗値のみを表示するようにしてもよい。図10は、細胞播種直後(培養前)と、48時間培養した後と、において細胞を撮影した顕微鏡写真を示している。この図10からも、吸着層46に細胞が吸着して、この吸着層46において細胞が接着進展及び増殖していることが分かる。尚、図10に示す顕微鏡写真は、0.196cm2の電極面積を撮像したものである。
【0031】
ここで、培養後のHeLa細胞の数量については、HeLa細胞の個数に対応する周波数の変化分を予め求めておくことにより算出される。具体的には、例えば既述のようにHeLa細胞を培養した後、培養液の供給(培養)を停止して、その時のHeLa細胞の個数を既述の血球計算盤、自動細胞計数機、ラジオアイソトープ(RI)あるいはBrdUを用いた手法により計数する。培養開始前におけるHeLa細胞の個数及び発振周波数と、培養後の発振周波数とが既知であることから、培養後におけるHeLa細胞の個数を計数することによって、発振周波数の変化分に対応するHeLa細胞の変化量(検量線)が分かることになる。このような検量線を具体的に求めた例については、後述の第2の実施の形態にて詳述し、細胞の個数を求める例については、後述の第4の実施の形態にて詳述する。以上の発振周波数の測定により、成分や効果が未知の薬液を含む水溶液を用いた場合であっても、HeLa細胞に対して供給した水溶液の効果(HeLa細胞が増加するか否か及びどの程度HeLa細胞が増加するか)が分かる。
【0032】
上述の実施の形態によれば、水晶振動子4の発振周波数の変化に基づいて細胞を感知するにあたり、吸着層46としてプラスに帯電したアミノ基46bを用いている。そして、このプラスに帯電したアミノ基46bは、細胞の培養に用いていた従来の培養ディッシュ(皿)と同程度の細胞吸着能力を持っている。そのため、表面がマイナスに帯電した細胞が吸着層46に静電的な引き合いにより速やかに吸着するので、細胞を容易に感知することができる。また、前記静電的な引き合いにより、電極表面への細胞の接着及び伸展が促進されるので、増殖に適している。さらに、細胞の標識が不要であることから、細胞を速やかに感知できる。更に、細胞を培養している間に亘って発振周波数を測定しているので、例えば細胞の増加を経時的に(リアルタイムに)感知できる。また、1つの水晶振動子4上に2つの振動領域4A、4Bを設けておき、一方の振動領域4Aを測定用、他方の振動領域4Bを参照用としていることから、センサユニット2の周囲の温度などの影響を抑えることができ、従って細胞を高い精度で感知できる。そのため、これまでの細胞の計数方法に比べて、薬剤の評価速度を速めることができ、新たな薬剤を速やかに開発できる。以上の第1の実施の形態では、発振周波数の測定に加えて、共振抵抗値についても算出するようにしたが、共振抵抗値を用いずに発振周波数によってHeLa細胞を感知しても良い。
【0033】
[第2の実施の形態;細胞周期の同定]
続いて、本発明の第2の実施の形態について、本発明のセンサユニット2を用いてHeLa細胞の周期の同定を行った例を説明する。既述のように、細胞は分裂(G2/M期)、タンパク質の合成(G1期)及びDNAの合成(S期)からなる細胞周期を繰り返している。そこで、センサユニット2を用いて、この細胞周期の同定を行った。先ず、吸着層46に吸着させるHeLa細胞の細胞周期がまちまちだと、細胞周期を特定できない。そのため、既述の第1の実施の形態と同様に水晶振動子4に吸着層46を付着させると共に、この吸着層46に滴下するHeLa細胞について、以下の処理を行うことにより、予め細胞周期を同調させた。
【0034】
(細胞周期の同調)
具体的には、ダブルチミジンブロック法により、S期の初期のHeLa細胞については細胞活動を休止させ、一方S期以外の周期の活動を行っているHeLa細胞については、そのまま細胞活動を続けさせると共に、S期の初期に到達すると活動が休止するように調整した。そして、別途実験を行うことにより、HeLa細胞がS期に同調したことを確認した。即ち、このダブルチミジンブロック法を行った後、吸着層46にこのHeLa細胞を滴下すると共に、BrdU(5−bromo−2’−deoxy−uridine)と呼ばれる試薬を培地に添加した。続いて、2時間後に洗浄及び細胞周期の固定を行った後、抗BrdU抗体を用いた免疫染色を行ったところ、約80%のHeLa細胞にBrdUが取り込まれて(約80%のHeLa細胞がBrdUを取り込む活動を行う周期に到達して)おり、従ってHeLa細胞の大部分がS期に同調していることが分かった。
【0035】
(細胞周期の同定)
そして、既述のダブルチミジンブロック法を行ったHeLa細胞を吸着層46に滴下して吸着させ、センサユニット2を組み立てて、各領域4A、4Bの発振とこれら領域4A、4Bの発振周波数の測定とを開始すると共に、液供給系1から第2の水溶液(培地)を液体供給領域53に供給して、前記HeLa細胞を培養し、取得された発振周波数を表示部17に表示する。図11は、この時得られた第1の振動領域4Aにおける発振周波数(差分を取る前の発振周波数)を示しており、また図12はこの発振周波数に基づいて算出された共振抵抗値を示している。このように、発振周波数の表示部17には、例えば発振周波数のデータを連続して取得し、グラフ化したものが表示される。この際、第1の振動領域4Aにおける発振周波数と第2の振動領域4Bにおける発振周波数とを別個に表示してもよいし、これら第1の振動領域4A及び第2の振動領域4Bにおける発振周波数の差分を取得し、この差分の発振周波数を表示してもよい。また、発振周波数の代わりに共振抵抗値のデータを表示するようにしてもよいし、発振周波数と共振抵抗値との両方のデータを表示するようにしてもよい。
【0036】
これらの図11及び図12から、細胞周期を同調させたHeLa細胞の培養を行うことにより、発振周波数の減少及び共振抵抗値の増加が確認された。尚、図13及び図14は、HeLa細胞を吸着層46に吸着させずに培地を供給した時に得られた発振周波数及び共振抵抗値を示している。以上の図11〜図14の結果から、発振周波数及び共振抵抗値の変化は、HeLa細胞の細胞活動に起因していることが分かる。
【0037】
この時、発振周波数や共振抵抗値は、ある周期で増減を繰り返している。そこで、共振抵抗値について着目して検討すると、M期(G2/M期)において細胞分裂が起こる時、元々吸着層46に吸着していた細胞が例えば2つに分裂するので、一時的に吸着層46から離れて、その後これら細胞が吸着層46に再吸着していると考えられる。そのため、M期では、共振抵抗値が一時的に減少すると考えられる。また、G1期では、タンパク質の合成が活発になるので、細胞の体積及び重量が増加して、共振抵抗値が上昇すると考えられる。更に、S期ではDNAの合成が行われるので、このS期でも細胞の体積や重量が増加すると考えられる。このような考察を元に、共振抵抗値の増減に各M期、G1期及びS期を割り振ると、HeLa細胞は、図15に示すように、3時間のG2/M期と、12時間のG1期と、9時間のS期と、をこの順番で24時間の周期で繰り返している
【0038】
従って、本発明の水晶センサ7は、予め細胞周期を同調させることにより、細胞の体積の増減を介して当該細胞周期についても測定できると考えられる。つまり、細胞の重量に応じて発振周波数が変化すると共に、細胞分裂の際に吸着層から浮き上がるときに一次的に重量が減少するように変化するため、細胞の種類に対応した発振周波数(又は共振抵抗値)の波形を取得することができる。これにより、発振周波数又は共振抵抗値を継続して取得することにより、細胞が培養により増加するときには、発振周波数又は共振抵抗値が周期的に増減を繰り返しながら、発振周波数で言えば徐々に減少し、共振抵抗値で言えば徐々に増加していく。そして、共振抵抗値で言えば、既述のように、増加後一次的に減少するポイントをG2/M期と判断することができるので、細胞の種類に対応した細胞周期を前記発振周波数又は共振抵抗値の波形から判断することができる。
【0039】
このため、細胞の培養時に発振周波数及び共振抵抗値の少なくとも一方のデータを取得して、その波形を表示部17に表示するようにすれば、細胞周期をリアルタイムで計測することができる。これにより、作業者は、その波形を見れば、細胞が細胞周期のどの段階にあるかがリアルタイムで分かるため、周期特異的な薬剤を最適なタイミングで添加することができ、このような薬剤の解析が容易になる。
【0040】
(検量線の作成と細胞数の算出)
続いて、既述の検量線を求めるために行った実験について説明する。吸着層46に5000個のS期に同調させたHeLa細胞を吸着させ、培地を水晶センサ7に供給して48時間に亘ってHeLa細胞の培養を行った。そして、培養前後における共振抵抗値及び発振周波数の夫々の差を求めると共に、培養後のHeLa細胞の個数を顕微鏡写真から直接計数した。この結果を以下の表に示す。
【0041】
(表)
【0042】
この表から、HeLa細胞1個あたりの共振抵抗値及び発振周波数の夫々の変化量は、夫々0.022Ω及び−0.058Hzとなっていた。従って、これらの値を用いることにより、測定する度に培養後のHeLa細胞の個数を数えなくても、培養前後の発振周波数や共振抵抗値から、HeLa細胞の個数を算出できる。
【0043】
つまり、発振周波数を用いて細胞の個数を算出するときには、培養後の発振周波数と、培養前の発振周波数との差を求めることにより、発振周波数の変化量を求める。そして、既述のように、細胞1個あたりの発振周波数の変化量は、−0.058Hzであることから、発振周波数の変化量に応じた細胞数を算出する。また、共振抵抗値を用いて細胞の個数を算出するときには、培養後の共振抵抗値と、培養前の共振抵抗値との差を求めることにより、共振抵抗値の変化量を求める。そして、既述のように、細胞1個あたりの共振抵抗値の変化量は、0.022Ωであることから、共振抵抗値の変化量に応じた細胞数を算出する。ここで、発振周波数又は共振抵抗値の変化量は、第1の振動領域4Aの発振周波数(共振抵抗値)と第2の振動領域の発振周波数(共振抵抗値)の差分の発振周波数の変化量であってもよいし、第1の振動領域4Aのみの発振周波数(共振抵抗値)の変化量であってもよい。
【0044】
この場合、正確な細胞数を算出する場合には、既述の手法により細胞周期を同調させて、計数した細胞を吸着層に吸着させて培養を開始し、発振周波数又は共振抵抗値を取得するが、大凡の細胞数を算出する場合には、細胞周期の同調は必ずしも行う必要はない。
【0045】
このような、細胞数の算出は、例えば既述のネットワークアナライザ15に細胞の個数を算出する細胞数演算プログラムを設けて行うようにしてもよい。この場合には、予め細胞の種類毎に、細胞1個あたりの発振周波数の変化量や、共振抵抗値の変化量を取得しておき、ネットワークアナライザ15のメモリに格納しておく。そして、細胞数演算プログラムでは、培養前後の発振周波数(又は共振抵抗値)の変化量を演算し、細胞の種類に対応した細胞1個あたりの発振周波数(又は共振抵抗値)の変化量を用いて、細胞数の演算を行い、演算結果である細胞数を表示部に表示する。
【0046】
(細胞1個の質量の計算)
続いて、細胞1個の質量を計算により求める手法について説明する。以下の式(1)により、1Hzの周波数の変化は、約1ngの重量の変化分に相当することが知られている。
式(1)
【0047】
既述のように、HeLa細胞1個あたりの発振周波数の変化量は−0.058Hzであるので、1個のHeLa細胞は、約58pgであることが分かる。そのため、HeLa細胞以外の細胞であっても、水晶センサ7を用いることによって1個あたりの重量を測定できると考えられる。尚、この実験については、センサユニット2を既述のように一定温度に保たれた恒温槽70に収納して実験を行っており、また既述の図11(図12)と図13(図14)とを比較しても分かるように、外乱の影響はほとんど少ないため、各振動領域4A、4Bの差分を取らずに前記表の値として振動領域4Aの値を用いている。
【0048】
[第3の実施の形態;細胞の減少(死滅)]
続いて、本発明の第3の実施の形態について、本発明のセンサユニット2を用いてHeLa細胞の減少を感知した例を説明する。第3の実施の形態における装置については、既述の第1、第2の実施の形態と同じ構成であるため説明を省略するが、薬液としては既述の第1の水溶液(アドリアマイシン、図17参照)を用いる。
【0049】
先ず、既述の第1の実施の形態と同様に、共通電極42への吸着層46の付着及びこの吸着層46へのHeLa細胞の滴下を行った後、センサユニット2を組み立てる。次いで、各領域4A、4Bの発振とこれら領域4A、4Bの発振周波数の測定とを開始すると共に、液供給系1から第2の水溶液(培地)を液体供給領域53に供給する。続いて、培養開始から例えば48時間後に、水晶センサ7に供給する水溶液を第2の水溶液から第1の水溶液に切り替える。第1の水溶液に含まれるアドリアマイシンにHeLa細胞が触れると、当該HeLa細胞が死滅し、例えば細胞接着性を失う。そのため、死滅したHeLa細胞は、吸着層46から離脱していく。こうしてアドリアマイシンの供給を続けると、吸着層46からのHeLa細胞の離脱(死滅)が継続的に起こり、例えば吸着層46から全てのHeLa細胞が剥離する。
【0050】
図16は、以上の処理を行った時に得られた第1の振動領域4Aにおける発振周波数及び共振抵抗値を示した結果である。水晶センサ7に供給する水溶液を培地からアドリアマイシンに切り替えると、発振周波数が減少から増加に転じると共に、共振抵抗値が増加から減少に発振周波数の変化と同じタイミングで転じていた。また、アドリアマイシンの供給を開始した時から21時間後には、発振周波数及び共振抵抗値についてはHeLa細胞を吸着させる前の値に戻っており、顕微鏡にて確認したところ、全てのHeLa細胞が死滅していることが分かった。
【0051】
従って、本発明の水晶センサ7を用いることにより、抗癌剤による細胞死をリアルタイムで計測できると考えられる。この第3の実施の形態では、HeLa細胞が増加から減少に転ずる様子を確認するために、水晶センサ7に供給する水溶液を培地からアドリアマイシンに切り替えたが、測定当初からアドリアマイシンを供給しても良い。
【0052】
このように、図1に示す構成の感知装置を用いることにより、吸着層に吸着された細胞を増殖させる薬液と細胞を死滅させる薬液の供給をバルブ71の切替えにより行うことができる、このため、細胞の増殖から死滅まで、一連の様子を周波数変化又は共振抵抗値変化で計測することができ、細胞の増殖や死滅の状況をリアルタイムで取得することができる。
【0053】
既述の各例では、センサユニット2を組み立てる前に、水晶振動子4の吸着層46に細胞を吸着させたが、センサユニット2にて細胞を吸着させても良い。具体的には、細胞及び培地を含む水溶液の貯留されたポンプ(図示せず)を既述の各ポンプ28a、28bとは別に設けて、センサユニット2を組み立てた後、水晶センサ7に対して培地(第1の水溶液)を例えば50μl/minで供給する。そして、水晶センサ7の発振周波数が安定した後、バルブ71を切り替えて、1×104個/mlの細胞を水晶センサ7側に例えば100ml供給する。次いで、水晶センサ7への細胞の供給が完了した後、液の供給を停止し、例えば15時間静置して細胞を吸着層46に吸着させる。その後、既述の各例のように、水溶液を供給する。
【0054】
このような手法であれば、バルブ71を切り替えるだけで細胞の吸着から当該細胞に対する薬液の供給までを連続的に行うことができるので便利である。また、以上の各例では、2つの振動領域4A、4Bを設けてセンサユニット2の周囲の温度などの影響を抑えるようにしたが、これら振動領域4A、4Bを各々別の圧電片41、41に形成し、互いに隣接するように配置してもよい。更に、1つの振動領域4Aだけを設けるようにしても良く、この場合には測定前後の発振周波数の差分を計算するようにしても良い。
【0055】
既述の吸着層46を構成する化合物として、プラスに帯電したアミノ基46bを用いたが、プラスに帯電していれば細胞を吸着できるので、吸着層46にはアミノ基46bに代えて、プラスに帯電したポリスチレン膜やコラーゲン膜などを用いても良い。また、細胞に対して供給する薬液としては、既述の第1の水溶液としてアドリアマイシンを用いたが、例えばアドリアマイシン以外の抗癌剤や細胞増殖のための増殖因子や、分化促進のための分化誘導剤などを用いても良い。更に、培養する細胞としては、HeLa細胞以外にも、NIH−3T3などのマウス由来の株化細胞や、初代培養細胞など、あらゆる細胞を用いることができ、制限はない。
【0056】
また、細胞に対して水溶液を供給している間に亘って発振周波数を測定し、細胞を経時的に感知したが、間隔を置いて測定しても良い。本発明のセンサユニット2は、水晶センサ7を取り替えるだけで別の測定も行うことができるので、汎用性が高い。即ち、吸着層46として抗体を用いた場合には、感知対象物として抗原を感知できる。また、互いに異なる種類の細胞同士の間の相互作用や、細胞とウイルスとの間の相互作用を調べる場合にもセンサユニット2を用いることができると考えられる。具体的には、細胞を吸着層46に吸着させておき、この吸着層46に対して別の細胞やウイルスを供給し、発振周波数の変化を測定することにより、これら細胞間や細胞とウイルスとの間で起こる相互作用を検出できる可能性がある。
【0057】
以上において、本発明では、細胞容積が増えると質量が増加するため、この質量増加により発振周波数又は共振抵抗値が変化することを利用して、細胞容積の増減を検出するようにしてもよい。例えば、細胞周期のG1期は、細胞数は増加せず、タンパク合成等により細胞容積が増大する。従って、既述の細胞周期の同定により、細胞周期がG1期であると認識しているときには、発振周波数又は共振抵抗値の変化は、細胞容積の変化に依存するものであるため、細胞容積の増減を検出することができる。
【0058】
ここで、共振抵抗値の測定方法について説明する。前記水晶センサ7の発振周波数は、冶具74内のπ回路を介して周波数測定部10にて測定されるが、このπ回路の構成について図18に示す。図中Zxは水晶振動子の電気等価回路である。Zo、Zlは測定系のインピーダンスであり、Viは電源部75の印加電圧、Voは、Zlにかかる電圧であって、これらは次式の関係にある。
Vo/Vi=Zl/(Zo+Zx+Z1) 図19に水晶振動子の共振特性を示す。fsは共振周波数、L[dB]は伝送量(減衰量)である。周波数f=fsの時には、Zx=R1(共振抵抗値)であり、次式が成り立つ。
L[dB]=20Log(Zl/(Zo+Zl+R1))+Vo/Vi これにより、 R1=Zl/{10^(L−Vo/Vi)/20}−(Zo+Zl) こうして、共振抵抗値R1は発振周波数に基づいて取得される。例えば20秒に一回周波数を掃引し、データ(発振周波数及び共振抵抗値(CI))を取得している。
【0059】
以上において、本発明では、少なくとも吸着層に吸着された細胞に薬液を供給した後、第1の発振回路の発振周波数を取得するようにすればよく、必ずしも薬液を供給しながら、リアルタイムで発振周波数を取得する必要はない。例えば、細胞への薬液の供給を開始する前と、細胞への薬液の供給を停止した後に、夫々発振周波数を取得し、これら発振周波数を比較して、細胞数の増減を把握するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0060】
1 液供給系
2 センサユニット
4 水晶振動子
4A 振動領域
4B 振動領域
6A 発振回路
7 水晶センサ
10 周波数測定部
42 共通電極
42 励振電極
46 吸着層
46a 結合手
46b アミノ基
【特許請求の範囲】
【請求項1】
圧電片の固有振動数の変化に基づいて、細胞を感知するための感知センサであって、
圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第1の振動領域と、
前記細胞を吸着するために前記励振電極の少なくとも一方の表面に形成され、正に帯電した吸着層と、を備えたことを特徴とする感知センサ。
【請求項2】
前記第1の振動領域に対して参照用として設けられ、圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第2の振動領域を備えていることを特徴とする請求項1に記載の感知センサ。
【請求項3】
前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域は、共通の圧電片に設けられていることを特徴とする請求項2に記載の感知センサ。
【請求項4】
前記吸着層は、正に帯電したアミノ基を含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一つに記載の感知センサ。
【請求項5】
請求項1又は4に記載の感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
この第1の発振回路の発振周波数を測定する周波数測定部と、を備えたことを特徴とする感知装置。
【請求項6】
請求項2ないし4に記載の感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
前記第2の振動領域を発振させるための第2の発振回路と、
これら第1の発振回路及び第2の発振回路の各々の発振周波数を測定する周波数測定部と、
この周波数測定部にて測定された前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域における夫々の発振周波数の差分を求める演算部と、を備えたことを特徴とする感知装置。
【請求項7】
請求項5の感知装置を用いて、圧電片の固有振動数の変化に基づいて細胞を感知するための方法であって、
吸着層に細胞を吸着させる工程と、
前記吸着層に吸着された細胞に対して、当該細胞を増加または減少させる薬液を供給する工程と、
少なくとも前記薬液を供給した後、第1の発振回路の発振周波数を取得する工程と、を備えたことを特徴とする感知方法。
【請求項8】
細胞の周期を揃える工程を含み、
前記吸着層には、周期を揃えた細胞を吸着させることを特徴とする請求項7記載の感知方法。
【請求項9】
前記吸着層には、周期を揃えた所定の数の細胞を吸着させることを特徴とする請求項8記載の感知方法。
【請求項10】
取得された前記発振周波数及びこの発振周波数に基づいて取得された共振抵抗値の少なくとも一方を表示する工程を含むことを特徴とする請求項7ないし請求項9のいずれか一つに記載の感知方法。
【請求項11】
予め求めた細胞数と周波数情報である信号の変化量との対応関係に基づいて、細胞数を演算する工程を含むことを特徴とする請求項7ないし請求項10のいずれか一つに記載の感知方法。
【請求項1】
圧電片の固有振動数の変化に基づいて、細胞を感知するための感知センサであって、
圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第1の振動領域と、
前記細胞を吸着するために前記励振電極の少なくとも一方の表面に形成され、正に帯電した吸着層と、を備えたことを特徴とする感知センサ。
【請求項2】
前記第1の振動領域に対して参照用として設けられ、圧電材料からなる圧電片及びこの圧電片の内部領域を介して対向するように形成された一対の励振電極を含む第2の振動領域を備えていることを特徴とする請求項1に記載の感知センサ。
【請求項3】
前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域は、共通の圧電片に設けられていることを特徴とする請求項2に記載の感知センサ。
【請求項4】
前記吸着層は、正に帯電したアミノ基を含むことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか一つに記載の感知センサ。
【請求項5】
請求項1又は4に記載の感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
この第1の発振回路の発振周波数を測定する周波数測定部と、を備えたことを特徴とする感知装置。
【請求項6】
請求項2ないし4に記載の感知センサと、
この感知センサの吸着層に、細胞を増加または減少させる薬液を供給するための供給管と、
前記第1の振動領域を発振させるための第1の発振回路と、
前記第2の振動領域を発振させるための第2の発振回路と、
これら第1の発振回路及び第2の発振回路の各々の発振周波数を測定する周波数測定部と、
この周波数測定部にて測定された前記第1の振動領域及び前記第2の振動領域における夫々の発振周波数の差分を求める演算部と、を備えたことを特徴とする感知装置。
【請求項7】
請求項5の感知装置を用いて、圧電片の固有振動数の変化に基づいて細胞を感知するための方法であって、
吸着層に細胞を吸着させる工程と、
前記吸着層に吸着された細胞に対して、当該細胞を増加または減少させる薬液を供給する工程と、
少なくとも前記薬液を供給した後、第1の発振回路の発振周波数を取得する工程と、を備えたことを特徴とする感知方法。
【請求項8】
細胞の周期を揃える工程を含み、
前記吸着層には、周期を揃えた細胞を吸着させることを特徴とする請求項7記載の感知方法。
【請求項9】
前記吸着層には、周期を揃えた所定の数の細胞を吸着させることを特徴とする請求項8記載の感知方法。
【請求項10】
取得された前記発振周波数及びこの発振周波数に基づいて取得された共振抵抗値の少なくとも一方を表示する工程を含むことを特徴とする請求項7ないし請求項9のいずれか一つに記載の感知方法。
【請求項11】
予め求めた細胞数と周波数情報である信号の変化量との対応関係に基づいて、細胞数を演算する工程を含むことを特徴とする請求項7ないし請求項10のいずれか一つに記載の感知方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【公開番号】特開2012−137483(P2012−137483A)
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−266110(P2011−266110)
【出願日】平成23年12月5日(2011.12.5)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成24年7月19日(2012.7.19)
【国際特許分類】
【出願日】平成23年12月5日(2011.12.5)
【出願人】(000232483)日本電波工業株式会社 (1,148)
【Fターム(参考)】
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